【夏祭り・月花紅火‏】鳴らぬ鈴の音(こーや マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

●鳴らぬ音
 限られた期間にのみ訪れることが出来るという紅月ノ神社に、勿論君も興味をそそられた。
パートナーと連れ立って数多く並ぶ屋台の合間を縫って歩く。
 リンゴ飴、綿菓子、ヨーヨー掬いに金魚掬い、射的など、祭特有の屋台たち。
そのどれもが賑わう中、一軒だけ客の姿の無い屋台があった。
 なんだろう、気になった君が足を止めると、同じようにしてパートナーも足を止めた。
屋台を彩るのは色とりどりの風鈴。
朝顔に金魚、花火、向日葵と柄の豊富さに反し、涼しげな風鈴特有の音色はどれ一つとして奏でていない。
「気になりますか?」
 売り子の妖狐の声音は不思議でしょと言わんばかり。
君は素直に肯定した。
 女妖狐はゆっくりと立ち上がり、風鈴の一つを手に取った。
本来ならば「舌」と呼ばれる部位がガラスの外身に触れれば高く澄んだ音が響くのに、やはり風鈴は無音のまま。
「宵流しっていう風鈴で、涼を得るための風鈴ではないんです。
告白の為の風鈴なんですよ」
 告白……君はつい、顔を赤くしてしまう。
勘違いさせてしまいましたね、くすりと笑い、女妖狐は風鈴を元の場所に戻す。
「告白と言っても、愛情を示す告白ではないんです。
悲しい過去、辛い過去……そういった秘めておきたいものを告白する為のものなんです」
 同情して欲しいわけじゃないけれど、知ってほしい……そんな秘密もあるでしょう?
女妖狐は屋台が向かい合って出来た道の向こうを指差す。
「境内の隅に風鈴棚があります。そこで秘密を告げてから、宵流しを吊るすんです。
そうしたら綺麗な音が、りぃんと。一度限りですけれどね。
あなた方にはいい機会じゃないでしょうか?」

解説

●費用
宵流し1つ 150jr
買えるのは一人につき一つだけです。
神人さんは買うけれど、精霊さんは買わないということにしても問題ありません。
お持ち帰りは出来ませんのであしからずご了承ください。

屋台から風鈴棚までの道中で食べ物を買うことも出来ます
・綿菓子
・リンゴ飴
・焼き鳥
いずれも50jrです。
こちらは複数買っても問題ありません。
逆に二人とも買わなくとも構いません。


●流れ
宵流しを選び、食べ物屋台を見ながら移動。
秘密を告白してから宵流しを吊るすという流れになります。
宵流しの柄はお好みのものをご指定ください。

秘密は辛かった過去、悲しい過去などそういったベクトルのものでお願いいたします。

ゲームマスターより

今回はキレイなこーやのターンです

リザルトノベル

◆アクション・プラン

リリコ・ゲインズブール(イーヴォ・ルミヤルヴィ)

  悲しい過去を流してくれる『宵流し』
朝顔の風鈴を一つだけ買って、胸に秘めた思いを打ち明ける。

私、小さい頃に両親を亡くして、孤児院で育ったって話はしたよね?
両親がいなくて寂しい気持ちを、ずっと胸の内に隠してきて、年長になってからは、新しく来た小さい子たちの『お姉さん』役として面倒も見て来たの。
でもね、本当は私ももっと甘えたかった。頼られることは嫌じゃないけど、時には我儘も言って見たかった。
孤児院の先生は優しくしてくれたけれど、学校では同級生にいじめられたりもした。
何より、昨日まで当たり前にいた人が突然いなくなる。それが何より悲しかった。

もう二度と、大切な人を失いたくない。
それが私の本当の願い。



油屋。(サマエル)
  珍しい柄 確か春の花でしょ?
レンゲソウって

全身の気持ち悪い刺青を見てゾッとしてしまう

サマエルは今まで苦しいとか助けて欲しいとか、
そんな事は一切言わなかった 言えなかったんだと思う
辛い事も全部一人で抱え込んで
それを知らずに傷つく事を言ってしまったかもしれない

初めて聞いた彼の弱音、痛々しい刺青に涙を流す
ごめんねという謝罪の言葉 そして

「もっと甘えても良いんだよ」と

捻くれ者で 甘え下手なのを知っているから

大丈夫、アタシがサマエルを守るよ
絶対に見捨てたりしない
ずっと一緒に居るから

握られた手を強く握り返す

話が聞けたのもこれのお蔭かな
感謝しながら宵流しを吊るす
   
150jr 

※両者アドリブOK



ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)
  宵流し2つ 300jr
焼き鳥 50jr

焼き鳥…味を感じない、緊張してる

(彼が語る過去は衝撃的だった、ディエゴさんの心が私のそばに無いのがこんなに苦しい…好きの形が違ってきてるんだ
…傍で支えよう、思いが報われなくても)

…私を信じてくれて有難う、私も…特別な秘密を話すね
前の依頼で私は自分のことをエクレール・マックィーンって呼んでたらしいの…覚えてないけど、私の本名なんだと思う

エクレールって稲妻って意味だよね
光るだけで後には何も残らない、空っぽな自分にはぴったりだなって
以前ならそう考えたけど、今はそうは思わない

二人の時はエクレールって呼んで欲しいな
本当の名前、ディエゴさんに一番乗りで呼んで欲しい



日向 悠夜(降矢 弓弦)
  ●心情
宵流し…過去の告白…
降矢さん、買うの?
そう…じゃあしっかり聞くね

●移動
降矢さんが何を告白してくれるか気になるけれど、何時も通りに歩くよ
あ、リンゴ飴!お祭りって感じがして私は好きなんだ
買って食べない?

●告白
風鈴棚に着いたら降矢さんが話出すのを待つよ
何も言わずじっと聞くね

●吊るし
鈴の音聴いた後も暫くは言葉を掛けないかな
じっと、降矢さんと同じ方向を見つめて…
降矢さんは…きっとその人を尊敬していたんだろうな…

「…ねえ、降矢さん
私は、一人で行かないよ
…一人でも行かせないからね」

(成功すれば)最後にぎゅっと手を握りたいな

●柄
ムクゲとワレモコウ
地味な見た目

●Jr消費
宵流し1個
リンゴ飴2個

●アドリブ両可


水田 茉莉花(八月一日 智)
  あっちにもこっちにも出店があって制覇しきれないなぁ
次リンゴ飴ねー

あれ、こんな所に出店あったかしら?
風鈴…悲しい出来事や辛い出来事を言うのか…

うん、この鬼灯柄が気に入ったの
ああ、あたしの身内は全員元気よ!
(鳴らない風鈴を揺らしつつ吊す所へ)

…ほづみさん
あの日、ボーゼンとしてたあたしを
何も聞かず、ほづみさん家に連れてってくれたけど
2つ、ショックな事があったの…

勤めていた会社が倒産して…好きな仕事だったんだけどな
アパート帰ったら、隣の部屋が火元であたしの部屋全焼
全財産は着てた服とハンドバックの中身だけだった

…あたし、助かってるんだほづみさん
家とオーガを倒す簡単な?お仕事があれば
生きてはいられるモン♪



●花
 数え切れぬほどの屋台が水田 茉莉花を取り囲む。
同じ綿菓子を扱っていても片や大きな綿菓子、片や淡い水色とピンクが混ざり合った綿菓子といった違いがあるのが面白い。
これでは屋台の制覇は難しそうだ。
 一先ず、食べたい物を食べていこう。
屋台を覗き込みながら、やや後方を歩く八月一日 智に宣言。
「次、リンゴ飴ねー」
「ぐあーっ、おれの財布から全部出てるのがわかんねぇのかぁってか、おれにも焼き鳥喰わせろぉ!」
 そんな抗議の声は茉莉花の耳には届いていなかった。
というのも、茉莉花が客のいない出店に気を取られていたから。
 なんだろう。
吸い寄せられるように茉莉花はその出店へと近づいていった。



 過去の告白を促す風鈴、宵流し。
女妖狐からの説明を受け、音の無い風鈴を眺めていた降矢 弓弦の横で、すっと腕が宵流しへと伸ばされた。
降矢 弓弦はムクゲとワレモコウが描かれた宵流しを摘み取る。
「降矢さん、買うの?」
「うん」
「そう……じゃあしっかり聞くね」
 弓弦が昨日見た夢は、予兆だったのかもしれない。
夢の中では忘れることの出来ない一人の男が笑っていた。
だから、悠夜には話して良いかもしれないと思った。
 けれど、未だ決意は固まっていない。
「ワレモコウの花言葉を知っていますか?」
「え?」
 唐突な女妖狐の問い掛け。
どうやら宵流しに描かれた花のことを言っているらしい。
「花言葉と言っても、一つとは限りませんけれども」
 女妖狐は宵流しの朝顔を、悠夜を、弓弦を順番に眺めていく。
「『変化』、『移ろいゆく日々』。……過去は変わらなくとも、人は変化していくのですよ」


 歩きながら齧る焼き鳥にハロルドは味を感じなかった。
ひどく緊張しているのだ。
 ちらと、隣を歩くディエゴ・ルナ・クィンテロの表情はいつもと変わらない。
違うのかもしれないが読み取ることは出来ない。
 ハロルドが緊張しているがゆえか、それともディエゴが隠している為か。
そのどちらなのか、どちらでもないのか、あるいは両方なのかさえ分からない。
 ディエゴの手元では宵流しが揺れている。
一歩進むごとに舌がガラスの縁を叩くもやはり宵流しは鳴らない。
 宵流しを彩る百合提灯の絵が、ハロルドにはやけにちらついて見えた。


 サマエルは迷わずに蓮華草の風鈴を選び取った。
横から見ていた油屋。は控えめながらも驚きを見せる。
「珍しい柄。確か春の花でしょ?」
「ええ、そうですね。宵流しは涼の為のものではありませんから、夏を代表する絵に限っていないんです」
「ふぅん」
 サマエルが何も言わず代金を支払う。
受け取った代金を釣銭入れへと落としながら、女妖狐は口を閉ざしたままのサマエルに話しかけた。
「花言葉をご存知のようですね」
 サマエルは答えない。
構わず、女妖狐は微笑んで見せた。
「いってらっしゃいませ。ムスビヨミのご加護がありますように」


 腹いせに買った二本の焼き鳥を食べながら、智は先程の出来事を思い返す。
茉莉花が求めたのは鬼灯柄の宵流しだった。
この柄がいいのだと、茉莉花は言った。
 彼女のリンゴ飴を買ってやり、手渡す。
「お前、そんな柄がいいんだ」
「うん、この鬼灯柄が気に入ったの」
 茉莉花は宵流しを揺らし、描かれた鬼灯を覗き込む。
屋台の灯りと重なれば、橙色の鬼灯が光っているように見えた。
 鬼灯は死者をもてなす為に使われることを思い出し、聡は眉を顰める。
茉莉花はその様子にすぐに気付き、安心させるように言う。
「ああ、あたしの身内は全員元気よ!」
「……心配して損した」
 思い違いだったらしい。
そう言いつつも、聡はほっとしていた。


「あ、リンゴ飴!」
 悠夜は見つけたリンゴ飴屋台を指差す。
「お祭りって感じがして私は好きなんだ。買って食べない?」
 言いながらも悠夜は屋台へ向かう。
大きな赤いリンゴ飴を二つ買い求め、うち一つを弓弦に差し出した。
 弓弦は微笑みながら受け取る。
「ありがとう」
 いつもと同じ悠夜の態度を見るたびに、かちり、かちりと心が定まっていく。
一つ、一つ、しっかりと骨組みを組むように、ゆっくりと、堅固に。



●鈴
 リリコ・ゲインズブールが選んだのは朝顔柄の宵流し。
素朴な愛らしさと涼やかさを持つ花に反して、リリコの心中は暗い。
 イーヴォ・ルミヤルヴィは静かにリリコが話すのを待っている。
じっと、リリコを見つめて待っている。
 リリコが切り出し方に迷っているうちに、一陣の風が吹きぬけた。
スカートと共に宵流しの舌が踊る。
それでも鳴らない鈴。
鳴らすのだと、心が定まった。
「私、小さい頃に両親を亡くして、孤児院で育ったって話はしたよね?」
「はい、以前お聞きしました」
 リリコが語ろうとしていることがどれだけの重さか、今はまだ分からない。
けれど、その重さに関わらず、リリコが過去を告白するというのであればイーヴォ自身は真摯な態度で答えるべきだ。
イーヴォの真剣な表情の中にある、いつもと同じ素直な眼差しをリリコは感じた。
そのことが彼女の背を優しく後押しする。
「両親がいなくて寂しい気持ちを、ずっと胸の内に隠してきて。
年長になってからは、新しく来た小さい子たちの『お姉さん』役として面倒も見て来たの」
 子供が多く大人が少ない環境において、年長の少年少女は自然とその役割を求められる。
それはどこにいても求められる、当然の成り行き。
 でもね、そう口にしたリリコは寂しそうに笑う。
「本当は私ももっと甘えたかった。頼られることは嫌じゃないけど、時には我儘も言って見たかった」
 幼い頃から孤児院にいたからこそ、出来なかった。
年長の少年少女は、大人たちがいかに大変かを見てきていたから。
リリコ自身が『お姉さん』となってからは尚更。
「孤児院の先生は優しくしてくれたけれど、学校では同級生にいじめられたりもした。
何より、昨日まで当たり前にいた人が突然いなくなる」
 リリコから笑みが消える。
残ったのは、悲しさと、寂しさ。
「それが何より悲しかった」
 宵流しを風鈴棚にかけるべくリリコは腕を伸ばした。
イーヴォは手伝おうとするも、今はまだリリコよりも背が低い。
そのことがもどかしくて仕方が無い。
 彼女が語ったことが、いつも明るく前向きであろうとするその理由であろう。
きっと、かつてのような辛く寂しい思いをしたくない、他の誰にもそんな思いをしてほしくない……そんな願いが根底にあるようにイーヴォは感じた。
「もう二度と、大切な人を失いたくない」
 それが私の、本当の願い。
リリコが宵流しから手を離す。
 りぃん。
高く澄んだ、それでいて耳に障らない音が響く。
宵流しが鳴ったのだ。
 舌が今一度、朝顔が描かれたガラスを叩いた。
りぃん。
「いつかあなたの信頼を得られるような、立派な男になってみせます」
 リリコを支えられる自分ではない。
今はまだ、未熟で頼りない身だということはイーヴォ自身が一番理解している。
『信』じて『頼』ってもらえる男になりたい。
それがイーヴォの願い。
 だから。
「辛いことがあっても、一人で抱え込まないでください」
 真っ直ぐな瞳は変わらず、リリコを見つめている。
もう誰も悲しむことのない世界を作りたいと、イーヴォは訴える。
「その想いはきっと、僕もあなたも同じなのでしょうから」
 重なった、二人の二つ目の願いは宵に流れることなく、心へと留め置かれた。
まるで、誓いの言葉のように。


 茉莉花は先程と同じように宵流しを覗き込む。
鬼灯に灯りを重ねると、それが切欠のように思えた。
「……ほづみさん」
 返事は無い。
けれど、それが智なりの優しさだと茉莉花は理解していた。
 あの時もそうだったから。
「あの日、ボーゼンとしてたあたしを何も聞かず、ほづみさん家に連れてってくれたけど。
2つ、ショックな事があったの……」
 それは二人が出会った日のこと。
茉莉花にとって、全てがひっくり返った日。
「勤めていた会社が倒産して……好きな仕事だったんだけどな。
アパート帰ったら、隣の部屋が火元であたしの部屋全焼。全財産は着てた服とハンドバックの中身だけだった」
 茉莉花は吐き出すように、一息に言い切った。
けれど、その表情は困っちゃったなと言わんばかりの苦笑い。
だからこそ、苦しさが見えた。
 風鈴棚に宵流しを吊るせば、りぃんと響く鈴の音。
「……あたし、助かってるんだ、ほづみさん。家とオーガを倒す簡単な?お仕事があれば生きてはいられるモン♪」
 智は喉まで出かかった言葉を飲み込む。
『人死により質悪いじゃねぇか、生きる糧を奪われたって』
 宵流しを持った者同士は皆、慎重に距離を離している。
とはいえ、『辛い過去を告白』しにきた他の者達の中には親しい人を失った者もいるだろう。
抱いた感想は言葉にするのは無神経に思えたから、飲み込んだ
「………オイコラ、みずたまり、頭貸せ……下げなきゃ届かねぇだろ!」
 突然の智からの要求に戸惑いながらも素直に茉莉花は身を屈めた。
すると、ぺちん、聡の掌がつむじに落とされる。
「ハイ、今までのお前、今日でいなくなったー」
 何が起きたか分からず、茉莉花は驚いた表情のまま聡を見た。
「今日からみずたまりとして生きる、ハイ決定」
 くしゃり、茉莉花は過去の自分を崩すように笑った。
同じように聡も笑う。
「鬼灯は送り盆提灯だな」
 鬼灯が描かれた宵流しが、応えるように高く鳴った。


 風鈴棚に着いたサマエルは話の前にと言って、浴衣を肌蹴させた。
現れたのは随所に刻まれた刺青。
 油屋。はぞっとした。
タトゥーと言えるようなファッション性のあるものではなく、もっとおぞましいものだったから。
 サマエルは油屋。の反応には何も言わず、己の過去を紡ぎだす。
「父は聖職者だった 表向きは。実の所は甚振るのが大好きな暴力主義者だ。毎日俺の体を刃物で斬りつけたんだ」
 いつもと同じように冷静なサマエルの顔。
けれど、油屋に流れ込んでくるのは負の感情。
「愛しているからこそ貴方を傷つけたい等と訳のわからん理由で、幼少期から人の体にこんな物をつけてくれるとは。
母親はそんな俺を助ける事も無く笑って見ていたよ」
 しゅるり、乱れた浴衣を整える。
その身に刻まれたものは浴衣の下へと隠された。
「今でもその時の事が夢に出てきて魘される」
 宵流しを見つけてから、初めてサマエルは油屋。を直視した。
油屋。は泣いていた。
 油屋。が初めて聞いたサマエルの弱音、痛々しい刺青。
ごめんねと、零した謝罪は何に向けられてのものだったのだろう。
「もっと甘えても良いんだよ」
 捻くれ者で甘え下手だということは知っているから。
宵流しなんていう切欠がなくとも、甘えていいんだから。
 サマエルは大きな掌で、自分のものより小さな油屋。の手を包む。
それが彼からの返事。
油屋。の手の暖かさはサマエルの胸にじんわりと染み込んでいく。
 泣かせるつもりではなかった。
けれど、確かめたかった。
「本当はお前がどんな人間なのか計ろうとしていたんだ」
 屈折したサマエルの弱さゆえだと、油屋。は分かっていた。
だから、ぎゅっとサマエルの手を握り返した。
「大丈夫、アタシがサマエルを守るよ。絶対に見捨てたりしない。
ずっと一緒に居るから」
 サマエルはふっと笑った。
とても自然に。
「何を今更」
 嘘が苦手で、すぐに人を信じる馬鹿で、誰よりも優しい。
それがサマエルのパートナーの姿だ。
 サマエルはそっと指先で油屋。の涙を拭う。
涙はサマエルの指を伝い、雫となって石畳へと落ちて染み込んだ。
「話が聞けたのもこれのお蔭かな」
「そうだな」
 サマエルが宵流しを吊るすのを、油屋。は見守る。
胸の内でありがとうと、宵流しに感謝しながら。
 りぃぃん。
宵流しが鳴った。
「済まなかった」
 響く宵流しの音に溶かすように、サマエルは小さく呟いた。
契約を交わしてから初めての謝罪の言葉。
いいんだ、油屋。は柔らかく、包むように微笑んだ。
苦しみが和らいだなら、それで。


 弓弦はどこか遠くを見つめていた。
悠夜はじっと、何も言わず彼を待つ。
 りぃぃん、離れたところにいる、誰かの宵流しの音が微かに聞こえてきた。
それが合図となった。
「友が居たんだ。勇敢で公正な男でね。彼と共に過ごす青春は輝かしかった」
 弓弦がどこを見ているのか悠夜には分かった。
彼が語る友と過ごしていた日々を、弓弦は見ているのだ。
「ある日、2人で街に出ていたんだ。その帰り道、故郷にオーガが現れたという報せを聞いたんだ」
 じわり、苦い思いが混ざりだす。
けれど、揺るがない。
悠夜に話すのだと決めたから。
「僕はウィンクルムを連れて来るべきだと訴えたが、彼は待てないと言って、故郷を救う為に一人行ってしまったんだ」
 弓弦は友がどうなったかを語らなかった。
語るまでも無かった。
「………僕は、今でも後悔しているよ」
 言いながら、悠夜は宵流しを吊るす。
りぃん、りぃん、りりぃぃん……。
余韻が消え去ってなお、悠夜は黙っていた。
黙って弓弦と同じ場所を見ていた。
弓弦が見ているものと、悠夜が見ているものは重ならないけれど、想いだけは重ねたかったから。
 弓弦はその人を尊敬していたのだろうなと、見知らぬ彼の友を思い描く。
もやがかかったように見えないその姿は、弓弦の消せない傷。
 なら、自分はどうするべきだろう。
その答えはすぐに見つかった。
「……ねえ、降矢さん。私は、一人で行かないよ。……一人でも行かせないからね」
 視線は絡まない。
二人とも変わらず同じところを見ている。
 それで、よかった。
「ありがとう」
 短くも多くの想いが篭った言葉は、確かに悠夜の元へ届いたのだった。


 さやさやと、風が吹いた。
風鈴棚に並んだ沢山の宵流しだけでなく、ディエゴとハロルドの髪も揺らしていく。
 俺は、ふいにディエゴが口を開いた。
ハロルドは緊張の眼差しのままディエゴを見る。
「学生の頃から軍人を目指して勉強をしてきた。弱い者を助け、多くの命を守る為、軍医になった。嬉しかった」
 今でも思い出せる。
希望を胸に、軍服を纏った自分の姿。
 けれど、ディエゴが目にしたものは思い描いたものとはかけ離れすぎていた。
「……軍の現実に正義なんてものは無かった……深く失望したよ。
他の奴らもやっている事だ……そういう気持ちで……自分達の機密を敵に売った…」
 唾棄すべき行為に自分自身が手を染めてしまった。
強い後悔が絆を通してハロルドにも流れ込む。
「俺自身は会議にかけられ、除籍処分だけだった。
だが……裏切り者を匿ったとして、婚約者と尊敬していた上司が見せしめに処刑されたんだ。俺の目の前で」
 苦しい。
渦巻く後悔の中で溺れそうになる。
ハロルドでこうなのだから、ディエゴ自身の苦しさはどれほどだろうか。
「俺は、そうやって自分自身が無視してきたもの達こそ守りたかったんだ。
権威や名誉など形の無いものの為に軍に入った訳じゃあない……」
 人には言えない告白を終えると、ディエゴは風鈴棚で最も高い場所に宵流しを吊るした。
誰も触れられないように……そんな風にハロルドには見えた。
りぃぃぃぃぃん。
「こんな過去は誰にも言えない……。だが、お前だけには必ず話すと約束したからな……」
 かつて結んだ約束により紡がれたディエゴの過去は、衝撃的だった。
ハロルドの心に重く圧し掛かる。
 そして、ハロルドが苦しい理由はもう一つ。
ディエゴの心が自分の傍にない、そして二人の『好き』の形が違って来ていることを感じてしまったのだ。
 けれど……それでも、傍で支えようとハロルドは思う。
想いが報われなくとも。
「……私を信じてくれて有難う、私も……特別な秘密を話すね」
 青と金の瞳が交差する。
今はそれすらハロルドの胸を締め付ける。
ハロルドは懸命にそれを押し隠した。
「前の依頼で私は自分のことをエクレール・マックィーンって呼んでたらしいの……。
覚えてないけど、私の本名なんだと思う」
 ちらとディエゴが吊り下げた宵流しを見上げる。
描かれているのは提灯百合―サンダーソニア。
「エクレールって稲妻って意味だよね。
光るだけで後には何も残らない、空っぽな自分にはぴったりだなって……以前ならそう考えたけど、今はそうは思わない」
 鮮烈な光は、焼きつくように見るものの目を奪う。
確かな意味と存在感があるものだと、今は思う。
 ハロルドはディエゴを見上げた。
そうしなければディエゴの顔は見えないから。
身長差よりももっと大きな距離をハロルドは感じた。
「二人の時はエクレールって呼んで欲しいな。本当の名前、ディエゴさんに一番乗りで呼んで欲しい」
「分かった。お前が、エクレールが望むなら」
 傍にない心の代わりに、ディエゴにだけ許した名前が寄り添う。
ハロルドにはディエゴが、とても近く、けれどどうしようもなく遠く感じてならなかった。
 過去は消えない。
けれど、苦しさ、悲しさ、辛さ……それらは長い時をかけて和らいでいく。
 風鈴の音色が、宵闇に溶けて流れ行くように――



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター こーや
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル シリアス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 08月10日
出発日 08月20日 00:00
予定納品日 08月30日

参加者

会議室

  • [5]日向 悠夜

    2014/08/17-22:55 

    こんばんは
    日向 悠夜って言うよ。よろしくお願いするね。

    風鈴…宵流しは降矢さんが買うそうだよ。
    …どんな事を話してくれるのかな。

  • こんにちは。リリコ・ゲインズブールです。
    ご一緒される方は、よろしくお願いしますね。


    秘密の告白……いーくんと出会う以前の、幼いころから抱えていた
    「本当の気持ち」をそっと打ち明けてみようかな。

  • [3]水田 茉莉花

    2014/08/13-17:22 

    どうも、水田茉莉花です。
    ・・・秘密っていうか、言いそびれてることならあるんだけどね。
    あのボケチビ、そのあたりわかるのかなー?

  • [2]ハロルド

    2014/08/13-14:54 

    ハロルドです、よろしくお願いします
    秘密…んー、頑張ります

  • [1]油屋。

    2014/08/13-14:44 

    こんちはー油屋。だよ、宜しく!
    変わった風鈴だよね……アタシは特に秘密なんて無いんだけど
    サマエルの方が何か言いたそうなんだよね。


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