【夏祭り・月下紅火】狐が作った狐飴(瀬田一稀 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 紅月ノ神社の夏祭りに出展される夜店は、どれもみんな妖狐が運営している。とはいっても、狐のままの姿じゃないの。だいたいみんな人に化けてて、浴衣を着ている人もいれば、甚平を着ている人もいるし、はっぴを着ている人もいる。要は人が出す屋台とそんなに変わらない。
「いらっしゃい、飴はどうだい?」
 せっかく人に変化しているのに狐柄の新兵衛を着て、狐耳のカチューシャをつけて、狐の尻尾のマスコットをつけた男の人が、そう声をかけてきた。
「飴?」
 隣の金魚に夢中で全然気づかなかった。
 呼ばれるままに屋台を見れば。
「うわあ、きれい!」
 そこには狐の形の透明な飴がたくさん並んでいたの。
 澄んだ黄色の……べっこう飴、なのかな。
 一口大で、小さなビニール袋に入ってる。
 座っている形、立っている形。とりあえず全部狐。ひたすら狐。でも顔が全部違うの。
「えっと、どの子にしようかなあ」
 私は端からひとつひとつをじいっと見て、なんとなく目があったような気がした子を選んだ。
「じゃあこの子!」
「おう、そいつな。200ジュールだよ」
「200? 飴にしては高いんだけど」
 不思議に思って聞くと、飴屋の人はにやりと笑う。
「ちょっと特殊な効果があるからな。それちゃんと家に帰ってから食えよ。もしここで食うなら、休憩所があるからそこに行ってからな。そうすれば人目を避けられるから。今食ったらたぶん大惨事だ、主に連れが」
「連れ?」
 私は片側にいる彼を見上げた。彼は不思議そうに首を傾げながらも財布を出して、お金を払ってくれる。
「あ、効果は30分くらいで切れるから、心配するなよ」
 立ち去る私たちの背中に、そんな声が聞こえてきた。

 そして二人して家に帰って、私は飴を舐めた。
 あまりにかわいいからもったいなかったけど、食べ物だしね、やっぱり食べないと。
「うーん、美味しいっ」
 普通の飴よりずっとずっと甘い。
 私はほっぺに手を当てようとして、その違和感に気付いた。
「毛! 毛が生えてるんだけど!」
 っていうかこれ……。
「狐?」

 そう、私の体は、狐に変化していたの。

解説

夜店で、キュートなふわふわ狐に変化してしまう不思議な飴が売っていました。
変化するのは体だけ。喋れますし、意識はきっちり人間のままです。
狐の飴ひとつ200ジュール

ちなみに人目を避けることができるパーテーションで区切られた休憩所があります。
こちらは使用料100ジュールです。

お好きにもふもふしてください。


ゲームマスターより

私自身、狐に詳しいわけではないので、厳密に狐がとる行動ではなくて構いません。
あくまで「こんなふうだったらいいなあ」というくらいで大丈夫ですので、ウィンクルムがもふもふ狐になったら……と考えてみてください。
飴を食べるのは、ウィンクルムのどちらか一人でも二人でも、ご自由に。
休憩所に入らずにその辺を走り回ってもいいですが、くれぐれも他の人に迷惑をかけないように気を付けてくださいね。
ちなみに妖狐にはこれが本当の狐ではないことはばれます。変なことをしてると捕獲されるかもしれません。

それでは素敵な時間をお過ごしください。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

淡島 咲(イヴェリア・ルーツ)

  狐の飴。すごく可愛いしとっても美味しそう。
ふふ、この澄んだ黄色はイヴェさんの瞳の色と似てて綺麗です…なんて面と向かっては言えませんが。本当に綺麗な色。食べるのが勿体です。
でも、イヴェさんとは帰る方向は違いますしせっかく買っていただいたんです一緒にいる間に食べてしまいましょう。

いただきます。

あれ?なんか視線が変わって手も気が…イヴェさんがすごく驚いてますね。え?狐になってるんですか?えー!?私が狐に!?
さっきの飴の効果でしょうか?
狐になってるのはいいんですが自分では見れないのがちょっと残念です。
狐は可愛いですからね。今の私は狐なのできっと可愛いはずです!
「イヴェさん!狐姿の私は可愛いですか?」


信楽・隆良(トウカ・クローネ)
  人目につかないとこならいいんだろ?
人気のない場所でぱくり

なんじゃこりゃー!
叫びかけてトウカの声に顔上げ

珍しい驚いてる
あたしがこのまま狐のふりしてたらどうするんだろ
興味本位で黙る

撫でられ驚き
うわ、こそばい
むずむずする
う、でも、これ
…気持ちいい、のかな

無意識に手のひらにすり寄ってしまったのが恥ずかしくて
これは絶対
あたしの意識があることを知られちゃいけない!

か、かわいいってなんだ
トウカは動物好きだったか?
あたしが動物とじゃれてても遠目に見てるだけだったのにっ

うあー、なんか暑い
同じところにずっといるからだ
祭!屋台、食いもん!
喋れないから袖を引き

わー持ちあげるな!
耳元で喋るな、ばかーっ!

あたしは狐、狐…


アリシエンテ(エスト)
 
どうせならば賑やかなところで食べた方が良いわよねっ
(好奇心を隠さずにエストと共に休憩室へ
食べたら狐へ)

手が狐!むしろ身体も狐!

……エストがいつも以上に大きく見えるわね
「エスト、そのまま」
エストに、動かないようにそう言って
膝の上に乗って、動かないその頬に手で触れてみたり、
腕をぺしぺし叩いてみたり
普段では体験できない事をこの機会にやってみるわっ

幸せそうに首筋に顔をこすり付けてみたり…そうそう、背中にぴったり背中と頭をくっつけたりすると、少し安心するのよね

え?エスト、何故エストまで狐にっ?!
そ、それに…
た、確かに、誰も、見ていないけれども…恥ずかしくて…これは、その温かすぎるから…からその、困る…



リヴィエラ(ロジェ)
  リヴィエラ:
(休憩所に連れて行かれながら)ロ、ロジェ様、どこへ行くのですか…?
その飴は一体…!? ロジェ様がお狐様の姿になっていくわ…!
瞳が紫色の銀狐…いいえ、とても気高い姿だと思います。
あ、あの、触れても、良いですか…? わ、ふわふわしてる…。
(ロジェを膝の上に乗せ、背中を撫ぜる)

え、ロジェ様、今、何と…?
ど、どうして…これは夢? ロジェ様が、私を…?
嘘、そんなの嘘だもん…っ

ロジェ様、私も…初めて貴方を見た時から、ずっと貴方が好きでした…!
だからお願いです、他の精霊様が現れても、どこにも行かないでください…! 私の事を嫌っても良い、お願い、死なないで…っ(涙を流して狐を抱きしめる)


エメリ(イヴァン)
  家に帰ったらとは言われたけど手元にあると気になるかも
今はイヴァンくん傍にいないし、いいや食べちゃえ!
うん、甘くて美味しい…あれ?

もしかして飴の効果かなって思ってたらイヴァンくんが戻ってきたから近づくね
見えてないのかな、気づいてもらえない
足にしがみついてみよう

狐になれる機会なんてそうそうないし楽しまなきゃ!とも思うけど
お祭りもまわり途中だったし気になるんだよね
でも人が多いし踏まれちゃうかな
…あ、そうだ。いい事思いついた

これならすっごく楽かも
イヴァンくんありがとう
狐だから特に何かできる訳じゃないけど見てるだけでも楽しい
お互い同じ気持ちだったら嬉しいな
でもイヴァンくんの腕が暖かくて、なんだか、眠く…



●一匹目
 石畳を、並んで二人歩いている。
「狐の飴。すごく可愛いし、とっても美味しそうです」
 淡島 咲は袋に入った狐飴を持ち上げ、提灯の光にかざした。透明な黄色をぼんやりとした明かりが照らし、飴の狐を柔らかく輝かせる。
 ――ふふ、この澄んだ黄色はイヴェさんの瞳の色と似ていて綺麗です……なんて、面と向かっては言えませんが。
「本当に綺麗な色。食べるのが勿体ないです」
 二人が向かう先は狐の青年に言われた休憩所だ。咲はそこでなくとも構わないと言ったのだが、イヴェリア・ルーツが首を振った。
「……飴屋の言うことも気になるし、言われた通りに休憩所で食べた方がいいだろう。いや、俺が買ったからと言って、無理に今食べなくてもいいのだが……」
 そこで、イヴェリアの目に咲の笑顔が映り。
「……でも、気に入ってくれたなら嬉しい」

 パーテーションに区切られた休憩所は、畳敷きになっていた。狭い中に座り込み、咲はいよいよといった様子で、飴のビニール袋を外す。
「いただきます」
 小さな飴を、ぱくりと口に放り込む咲。
「うわあ、甘い! まるではちみつみたいです」
 にこにことその笑顔は途絶えない。しかし。
 ……あれ? なんか視線が変わっている気が……イヴェさんがすごく驚いてますね。
「……これが飴屋の言っていた、特殊な効果か」
 イヴェリアは呟いた。咲は口の中で飴を転がしながら、普段よりもいっそう大きく見えるイヴェリアを見上げていたが、ふっと視界に入った自身の手に大きく目を見開いた。
 指がない! そのうえ毛が生えてる!
「もしかして狐? 狐になってるんですか? えー!? 私が狐に!?」
 咲は叫んだ。聞こえた声は普段の声で、人間の言葉を発していた。どうやら姿だけ変化するようだ。
「さっきの飴の効果でしょうか」
 イヴェリアの前で、咲は自分の姿を確認しようと肩を見下ろし背中を見返し、しまいにはくるくると尻尾を追って回り出す。
「……どうして回っているんだ? サク」
 リヴェリアは今はすっかり小柄になってしまった狐の咲に問いかけた。咲はちょんと動きを止めて丁寧に座り直す。その瞳は、人の時と変わらぬ深い蒼だ。
「せっかく狐になっているのに、自分で見れないのが残念です」
 サクは狐になれて嬉しいのか? ……まあ嫌でないならいいんだが……。
 考え込むイヴェリアの前で、咲はまたもくるくる回っていたが、不意にぴたりと静止した。四足で歩き、あぐらで座り込んでいるリヴェリアの膝に小さな前足をそろえて置いて、聞くのはいきなり。
「イヴェさん! 狐姿の私は可愛いですか?」
 あまりに突飛な問いかけに、イヴェリアは咲を凝視する。
「……どうしてそういう質問が出てくるんだ?」
「狐は可愛いですからね。今の私は狐なので、きっと可愛いはずです!」
 たしかに狐は可愛いとイヴェリアも思う。その点から考えれば『狐姿のサクは可愛い』となるわけだが――。
 狐姿じゃなくても、サクは可愛いだろ。
 もふもふの前足でイヴェリアの脚を叩く咲狐を見、イヴェリアは微笑む。
「笑ってないで答えてくださいよ」
「いや、うん、サクは……」
「私は?」
「…………狐姿、だな」
「もう、なんですかそれっ」
 たしたしたし。サクの手は激しくイヴェリアを叩き、尻尾は畳の上ではねている。その姿に苦笑しつつ、イヴェリアは思うのだ。
 いつでも可愛いと思っている、なんて。言えるわけがないだろうと。

●二匹目
 赤い鳥居から続く石畳。屋台が並び、狐と人が行き交う道で、エメリは一人で待ちぼうけ。
「遅いなあ、イヴァンくん。この飴……家に帰ったらとは言われたけど」
 エメリは手にした狐飴に目をやった。
「手元にあると気になるかも」
 そこできょろりと周囲を見回す。待ち人イヴァンはまだ来ない。
「いいや、食べちゃえ!」
 開けた口にぱくっと飴を放り込む。
「うん、甘くて美味しい……あれ?」
 視界がおかしい、世界がぐんと広く感じる。その間にも、エメリの体はみるみる縮み、耳が生え、尻尾が生えて。
 愛らしい狐へと変わっていった。

「あれ? エメリさん?」
 エメリとの待ち合わせ場所で、イヴァンは呆然と立ち尽くした。
「そんなに時間たってないのに、どうしていなくなってしまうんでしょうか」
 右を見、左を見。鮮やかな赤い髪を探しては見るものの、人が多く視界は悪い。
「……どうしましょう?」
 イヴァンはうーんと腕を組んだ。そのときだ。
「イヴァンくん、私、ここにいるよ」
「エメリさん?」
 聞こえた声にぐるりと首を回したが、求める女性はどこにもいない。はて、と首を傾げて再び熟考。

 イヴァンくんが戻ってきたから声をかけたのに、気付いてもらえない。
 狐姿だからかな。でもこのままじゃ困っちゃうし……。
 そうだ、足にしがみ付いてみよう。

 エメリは赤茶の毛並みを、イヴァンの足首辺りに押し付けた。イヴァンがびくりと体を揺らし、見慣れた瞳で見下ろして。イヴァンくん、と呼びかければ。
「……その声、もしかしてエメリさんなんですか?」
「そうだよ。エメリだよ」
 どうしてこんな、とイヴァンは記憶を呼び戻し、ああ、あの飴か、と結論に至る。たしか変化の時間は三十分。
 ため息交じりにエメリを見るが、エメリはすっかり上機嫌だ。
 狐になれる機会なんてそうないし、楽しまなくちゃ! とふんふんと鼻を鳴らして、エメリは夜店の並ぶ道を見る。
 お祭りも周り途中だったから気になるんだよね。でも人が多いし踏まれちゃうかな。
 いつもよりもだいぶ小さくなったこの体で、あの雑踏に突撃する勇気はない。うーん、どうしよう……そうだ!
「イヴァンくん、ねえ、抱っこしてお祭り連れて行って!」
「……抱っこ、ですか?」
 赤茶の狐の突然の言葉に、イヴァンはぐっと眉を寄せた。
 エメリさんを抱っこ……断ったら勝手に行ってしまいそうですね。そうなったら探し出せる気がしません。
「……わかりました、抱っこですね」
 イヴァンは渋々うなずいて、エメリの体に手を伸ばした。
「うわあ、これならすっごく楽かも。イヴァンくん、ありがとう」
 イヴァンの腕の中で、エメリは仏頂面を見上げる。いいえ、と短く答えつつ、イヴァンの心は葛藤中だ。だって、こんなにふわふわしているなんて思わなかった。あまりに気持ちが良くて撫でてみたいと思うのだが、中身がエメリだと思うと恥ずかしい。
 エメリは腕に抱かれたまま、祭りの様子を楽しんでいる。
「今は狐だから何もできないけど、見てるだけで楽しいよ」
 狐の口で、そんなことを言う。
 そのうちエメリは黙り込み、狐の体が重くなる。
「……エメリさん? もしかして寝ちゃいました?」

 時間を見れば、そろそろ狐化の効果が切れる三十分だ。
 イヴァンはエメリを抱いたまま、慌てて人ごみを抜けた。休憩所は遠かったので、人の少ない神社の裏手に連れて行く。そこにあったベンチに狐を置くと、それはすぐに人の姿へと戻っていった。
「……ぎりぎりでしたね。無事に戻ってよかったです」
 ほうっと安堵の息を漏らしつつ、体の変化にも目覚めないエメリの神経の太さに呆れてしまう。
「狐のエメリさん、あったかかったな」
 イヴァンはさっきまでエメリを包んでいた自身の腕をひと撫でし、眠るエメリの隣に腰を下ろした。

●三匹目
 頭に生えた耳は三角で、顔にはぴんぴん長いひげ。手は足になって地面の上へ。尻尾はもっふと天を向いた。大きな瞳は変わらぬ茶色。
 狐。それが、信楽・隆良の変わり果てた姿である。
 なんじゃこりゃー! 大きな声を出しかけて、隆良はその言葉を飲み込んだ。
「……っ、タカラ!」
 と。トウカ・クローネが叫んだからだ。
 珍しい。トウカが驚いてる。あたしがこのまま狐のふりしてたら、どうするんだろ、なんて思ってしまう。
 ちょっとした悪戯心で、隆良は口をつぐんで狐を演じる。そんな隆良の前で、トウカはじいっと狐姿の隆良を見つめた。
「飴の値段はこういうことか……。このまま走り去られたら、祭りの人ごみにまぎれてしまうな」
 トウカは隆良に手を伸ばした。隆良狐は逃げる気配はない。それに気をよくして、膝を折り、隆良の頭に手を置く。もっふもっふと撫ぜてやると、隆良はすうっと目を細めた。人の隆良なら、一瞬にして逃げている。
「狐のタカラの方が大人しいとは」
 隆良を撫ぜたことはないが、思わずこんな言葉が口をついた。
「かわいいですね」
 隆良ははっと目を開く。

 か、かわいいってなんだ。
 トウカは動物好きだったか?
 あたしが動物とじゃれてても、遠目に見てるだけだったのに?
 もしかして、撫ぜられて驚いて、固まったのがいけなかったのか?
 だってこそばくて、むずむずして、なんか……気持ちよかった……から。
 それとも無意識に、トウカの手のひらにすり寄ってしまったのが悪かったか?
 うわあ、恥ずかしい。
 これは絶対、あたしの意識があることを知られちゃいけない!
 たぶん口を開けば喋れるけど、絶対話しちゃだめだ!

 隆良はきれいな毛並みを震わせて、もぞもぞと体を動かした。
 熱い。なんか熱い。きっとずっとおんなじところにいるからだ。
 祭! 屋台、食いもん!

 隆良はぐいぐいとトウカの袖を噛んで引く。
「お祭り、行きたいんですか?」
 いつもみたくうなずきそうになって、慌てて首を持ち上げた。
 反応しない、あたしは狐、狐……。
 つんとそっぽを向いていると、トウカの手が隆良の腹の下に入り込む。
「ふえっ!」
 思わず声が上がってしまった。トウカはちょっとだけこっちを見たけれど、気付いてない、大丈夫。でも抱っこはだめだ、だめだ、だめ!
 隆良はすっかり短くなった両手両足……もとい、四本の足と尻尾をじたばたさせて、なんとか地上に降りようと試みた。
「はぐれたら困るでしょう。屋台を見たいなら大人しくしてください」
 尖った耳に囁かれ、へたりと尻尾から力を抜いた。
 くっそ、耳元で喋るな、ばかーっ!

 トウカの腕に抱かれたまま、屋台の道に連れて行かれる。
 ほかほかのたこ焼きに、真っ赤で甘いりんご飴。大好きなものを口の前に差し出され、隆良は一瞬動きを止めた。
 ……これって、いわゆる「あーん」ってやつじゃあ。
「タカラ、好きなものでしょう? どうしてためらうんですか? もしかして狐だから、食べられないんですか?」
 そんなことはない、ないぞ、トウカ! それにためらってなんか……ああもう、気にしてなんかないんだからな!
 隆良は湯気を立てるたこ焼きに齧り付いた。
 熱いっ! っていうか撫ぜるなっ!
 声を上げそうになり、再び念じるこの言葉。
 ……あたしは狐、狐、狐……。

●四匹目と……
「どうせなら賑やかなところで食べた方がいいわよねっ」
 買ったばかりの狐飴を手に、アリシエンテは休憩所に向かっている。もちろん一人ではない。相棒エストは渋面で、アリシエンテの後に続いている。
 相手は休憩室で飴を食べる気満々です。食べて何をされるか、わかりませんからね。
 そんなわけで、エストのポケットにも狐飴が入っている。これはアリシエンテに内緒で購入したものだ。
 休憩所にたどり着くと、アリシエンテはすぐさま飴をぽいっと食べた。ころころと舌で転がすこと数十秒。アリシエンテの体はあっという間に小さくなり、艶やかな金の毛並みに覆われていく。
 そして畳の上で鎮座するのは、一匹の金色薄茶の狐となった。
「手が狐! むしろ体も狐!」
 アリシエンテは楽しそうに自分の体を見下ろした。届く範囲に鼻を埋め、くんくんと匂いを嗅いでいる。しばらしくして納得したのか、すっかり低い位置からエストを見上げ、何をするのかと思いきや。
「エスト、そのまま」
 本当に狐になってしまったことに驚くエストにそう言って、アリシエンテは寄ってくる。
 膝の上に乗られる……これはエストの許容範囲。そこで後ろ足で立ち上がって、前足で頬に触れられる……これも、まあ許容範囲。もこもこの足はくすぐったい。その後なぜか腕をぺしぺし叩かれて、肩も胸も叩かれた。
 なんでしょう、これは。存在確認ですか? それともマーキング?
 ごく近い距離で、ふかふかの金色薄茶の狐が自由に動き回っている。エストから体を離すことなく、毛並みを押し付けて。
 たしたし、てしてし。尻尾がエストの体をうつが、たぶんアリシエンテは無意識だ。人間にはないその場所を、狐とはいえアリシエンテが鮮やかに使いこなせるとは思えない。
 人間の体ではできないことをするのだと、アリシエンテは思っている。とりあえずエストに触りまくる。……と言うと、なんだかとても……その、アレだけど。
 対するエストは奔放な狐にすっかり翻弄されていた。主が自分を弄り倒している。しかも狐だ、ケモノの姿だ。
 これはケモナ―でなくても緊張してしまいますね。いや、ケモノじゃなかったらまずいですけど。人間だったらなんて……想像は控えますけど。ええ考えませんよ、そんなこと! 考えませんってばっ!
 アリシエンテが……強調するが、狐のアリシエンテが、エストの首筋に顔をこすりつける。ふわふわした毛並みがエストの肌をこすっている。それはまるで、人間のアリシエンテの長い髪が、頬を撫ぜているようで。
 いいえ、そんな状況はないんですけど! とエストは一度、頭を振った。自分らしくもなく、動揺していることは自覚している。
 深呼吸をするエスト。アリシエンテは大きな瞳で不思議そうにそんなエストを見た。動物であるがゆえに、なんて純粋に見えるそのしぐさ。
 ……このままですとこちらの理性が危険ですので、私も買った飴で狐化を――。
 とエストが飴の入ったポケットに手を入れたところで、アリシエンテが膝を降りた。エストの腰のあたりをなぞるように背中に移動し、温かい体を寄せてくる。
 そうそう、こうして背中と頭をぴったりくっつけたりすると、少し安心するのよね……。
 などとは言わないままに実行するものだから、エストはあせって飴を取り出して、いつもなら丁寧に開封するビニールを手で破り、中の飴を口の中へと放り込んだ。
 みるみる狐になっていくエスト。
「え? エスト、何故エストまで狐にっ!?」
 理性が切れたとは、到底言えるはずもない。エストは無言で座り込み、前脚の間に顔を埋める……背中側に、少しだけ体重をかけて。
 ……自分は今は精霊ではないので、そっと後ろからくっつくくらい……許されますよね。
 エスト狐に寄り添われ、アリシエンテ狐はたぶん人であったら頬を染めた。
 同じ狐になると……なんだか恥ずかしくて、温かすぎて。なんていうかその……困るのよ。
 相手の呼吸すらわかるほどに密着したまま、顔は合わせずに。二匹は今までのどんな時より、互いの存在を感じていた。

●六匹目
「ロ、ロジェ様、どこへ行くのですか……?」
 問いかけには答えず、ロジェはリヴィエラの手を引いている。目指すのは先ほど狐の飴屋に聞いた休憩所だ。
 区分けされた場所は、周囲に人のいないところを選んだ。自分が今からやろうとしていることを考えたら、当然のことだ。
 畳敷きの休憩所に入り、ロジェはリヴィエラの正面に座る。おもむろに取り出したのは、先程夜店で買った狐飴。
「その飴は一体……?」
 リヴィエラが首を傾げる前で、ロジェはそれを口に入れた。途端、口内に広がるのは今までにどんな食べ物でも感じたことがないほどの、とろける甘さ。味だけならば、リヴィエラにも食べさせてやりたかったと思う。だが、しかし。
「ロジェ様……?」
 不安そうなリヴィエラが、どんどん大きくなっていく。いや、違う。ロジェの体が小さくなっているのだ。
「そんな……ロジェ様がお狐様の姿になっていくわ」
 両手で唇を覆うリヴィエラの瞳は、大きく見開かれたまま。
 リヴィエラを見ながら、ロジェは思う。
 俺は、リヴィーからの告白を受け、あの場ではただ逃げただけだった。狐の姿でも構わない。彼女の目を見つめ、告白に対する答えを告げるんだ。
 いつしかロジェの手は足となり、畳に触れる。それを見たとき、ロジェは自分がすっかり狐になったのだと知った。べ、別に告白の照れで狐になったわけではないと、自分自身に言い聞かせ……言い聞かせている時点で、認めているのだと気づいた。
 そんなロジェの心は知らず、リヴィエラは狐になったロジェを見つめていた。
「瞳が茶色の銀狐……とても気高い姿だと思います」
 きっぱりとそう言った後、ロジェの前に両手をついて、窺うように顔を覗き込む。
「あ、あの、触れても、良いですか……?」
「ふ、触れっ……」
 動揺を隠し、ロジェはお狐様らしく、こくりとうなずいた。リヴィエラがおずおずと手を伸ばす。一等大切な物をとるように、優しくロジェを抱き上げる。
「わ、ふわふわしてる……」
 リヴィエラの膝の上で、背中を撫ぜられて、ブローチをつけたリヴィエラに告白をされた時は威勢のいいことを思ったロジェも、今はすっかりされるがままだ。
 リヴィーの愛は、いつだって優しい。こうして俺を包み込んでくれる。
 彼女の大切な人を救えなかった俺を、狐化して告白しようとしている俺を。
 ロジェは、リヴィエラの膝の上で立ち上がった。そこにちょこりと座り込み、微笑む顔を見上げる。
「リヴィー」
 呼びかければ、なんですか、ロジェ様? と狐化を見たためか、少々弾んだ声が返る。その声音を心地よいものと感じながらも、ロジェは顔を引き締めた。……狐なので、それは誰にもわからなかったのだが。
 今が想いを告げる時と決意を決め、口を開く。
「俺は、君を一目見た時から、守ってやりたいと思った。なんで君みたいな華奢な少女が戦いの運命に呑み込まれなきゃならないと、憤りさえ感じた。自分よりも他人の為にばかり動くバカな君を見ていられるのは、俺だけだ。世界一バカで聡明で、優しくて愚かしい。リヴィエラ。俺は君が好きだ」

「え、ロジェ様、今、何て……? ど、どうして……これは夢? ロジェ様が、私を……? 嘘、そんなの嘘だもん……っ」
 嘘、嘘と言いながら、リヴィエラはゆるく頭を振った。人の姿であったなら、ロジェはリヴィエラを抱きしめることができただろう。髪を撫ぜ、本当だと囁くことができた。しかし……今は、見つめてやることしかできない。
 嘘という言葉をやっとひっこめたリヴィエラは、小さなロジェに瞳を向けた。震える声で、リヴィエラは告げる。
「ロジェ様、私も……初めて貴方を見た時から、ずっと貴方が好きでした……! だからお願いです、他の精霊様が現れても、どこにも行かないでください……! 私のことを嫌っても良い、お願い、死なないで……っ!」
 リヴィエラは、狐のロジェをきつく抱きしめた。ロジェは小さな首を伸ばして、泣きじゃくるリヴィエラの目尻の涙を舐める。つん、と触れる柔らかいものに驚き、リヴィエラは胸に押し付けるように抱えていたロジェをぱっと離した。
「ロ、ロジェ様?」
「俺が君を嫌う? そんなことがあるわけないだろう。君の方こそ……こんな狐の姿で告白する俺を、許してくれる……か?」
「どんな姿でも、ロジェ様はロジェ様です!」
 リヴィエラは再度ロジェを抱きしめ……次から次とこぼれる涙を、ロジェはその舌ですくい続けた。
 ……そのままの状態で狐化がとけてしまい、大騒ぎをするのは二人の秘密の話だ。



依頼結果:成功
MVP
名前:アリシエンテ
呼び名:アリシエンテ
  名前:エスト
呼び名:エスト

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 瀬田一稀
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル コメディ
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 08月08日
出発日 08月15日 00:00
予定納品日 08月25日

参加者

会議室

  • [5]アリシエンテ

    2014/08/14-01:16 

    挨拶が遅れたわっ!!(ばたばた駆け込んで)
    アリシエンテと言うわっ!どうぞ宜しくお願いするわねっ!

    今回は私だ…け…… エスト、何か他にも面白いものでも見つけたの?
    (狐飴だけが並ぶ屋台を不思議そうに覗いて)

  • [4]淡島 咲

    2014/08/12-05:50 

    こんばんは、淡島咲です。
    設楽さんとリヴィエラさんはお久しぶりです。
    みなさんよろしくお願いしますね(ぺこり)

    ふふ、すごく可愛い飴だから思わず買ってしまいました~。
    休憩所についたら食べてみるつもりです。

  • [3]エメリ

    2014/08/12-00:05 

    こんばんは、エメリです。
    今回はよろしくね。

    ちょっと高いみたいだけど見た目も可愛いみたいだし食べてみたいよね。
    イヴァンくんはいらないみたいだから、私だけ食べてみるつもりだよ。

  • [2]信楽・隆良

    2014/08/11-18:45 

    咲とリヴィエラは久しぶり!
    アリシエンテとエメリは初めましてだな、隆良だよ!よろしくなー!

    なんかよくわかんないけど、要は飴だろ?
    美味そうなものはなんでもいただきますってことで!
    あたし食べるつもりっ。

  • [1]リヴィエラ

    2014/08/11-11:09 

    こんにちは、私はリヴィエラと申します。
    あ、あのっ、ご一緒してくださる皆さま、どうぞ宜しくお願い致します(お辞儀)
    え、ええと、パートナーのロジェ様が、休憩所で飴を口にしてみるそうです。
    お狐様だなんてドキドキしちゃいますね…!


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