プロローグ
不思議な異世界、紅月ノ神社。
祭りのメイン会場へと続く、自然豊かなあぜ道。その周辺が荒らされていることを見回りの妖狐が発見した。
ゴミが巻き散らされていたり、道の土が掘り返されていたり。
道のそばに佇んでいた道祖神の石像も、被害を受けている。蹴り倒され、土埃にまみれ、顔にはべったりと黒い墨を塗られ、散々なありさま。
手口からして、おそらく下級妖怪の仕業だろう。相手はとうにトンズラしており、追跡は断念せざるを得なかった。
「そういうわけで、親切なウィンクルムさまに一汗かいていただきたいんですぅ」
やたらテンションの高い美形の男妖狐が、尻尾をくねくねさせながらウィンクルムに頼みかける。
それは正式な依頼というより、ボランティアの呼びかけだった。
この妖狐、ノーギャラでウィンクルムを働かせようとしている!
「道祖神の夫婦、心配ですねぇ。下級妖怪もあしらえないぐらい神通力が落ちてるなんて……。きっと祠にあちこちガタがきているせいですぅ……」
色々と残念なイケメン妖狐はポン、と手を叩いた。
「そうだ! この際、道祖神の祠をビーティフルに改装しちゃっても良さそうですぅ。我ながら超ナイスアイディアですぅ。費用はウィンクルムさま持ちにすれば、さらにウハウハですぅ!」
なんたることだろう!
ただ働きをさせるだけでは飽きたらず、自腹で祠を修繕しろといっている!
「良いことすると、きっと気分も晴れ晴れするですぅ。ツルでもクモでも地蔵だろうと、恩はドシドシ売っといて損はないですぅ」
めちゃくちゃふてぶてしい妖狐の頼みを聞き入れた、とても親切で心の広く寛大なウィンクルムは、道祖神のあぜ道にむかっていく。
不幸中の幸いで、修復不可能なほどの被害はなかった。
汗を流しながら、ある者はゴミをひろい、ある者は地面の穴を直す。墨で汚された道祖神像をキレイに洗って、元の位置へと戻した。
ウィンクルムたちが掃除や修復を頑張ったおかげで、道祖神はすっかり見違えた様子だ。
その時だ。清らかな涼風がサッと吹いたのは。
「いやぁ。助かったわい」
「親切にしてくださってありがとう」
どこからともなく聞こえてきたのは、気の良さそうな老人の声と、優しそうな老女の声だ。祠がキレイになったことで、神聖な力を取り戻した道祖神夫婦だろう。
「さて。ささやかながら、恩返しをさせていただきたいんじゃがのう」
「お礼になるかわからないけれど、私たちが大好きな景色にご招待するわね」
「ワシらの力じゃあ、ほんの束の間の夢を見せることしかできないが、楽しんでおくれ」
ふと気がつけば、ウィンクルムたちは、それぞれが思い描く夏の景色の中にいた。
解説
・必須費用
祠の修繕費:1組300jr
・その他
祠をキレイにしてくれたウィンクルムへの恩返しに、道祖神夫婦が夏の夢を見せたいとのことです。
道祖神はいかにも昔ながらの夏休み、といった幻想を見せてくれます。ヒマワリ畑、潮騒の砂浜、セミしぐれの森などなど……。思い思いの夏の風景の中で、精霊との親睦を深めてください。
夢なので、たとえば小学生ぐらいになったりと、希望があれば年齢変化も可能です。
浴衣や甚平などを着ることもできます。
道祖神が見せる夏の夢は、神人と精霊二人の間で共有され、現実に戻った後もハッキリとした記憶として残ります。
夢の中でどれだけ時間が経過しても、現実時間ではごくわずかな時間です。
・プラン
希望する夏の風景のご指定と、夢の中でとりたい行動を書いていただく形になります。
神人や精霊が和風文化に親しみがないなどの理由で、具体的な和の夏の光景のご指定がプランになかった場合は、道祖神夫婦がオススメする日本の夏の情景をお届けします。
ゲームマスターより
山内ヤトです!
「紅月ノ神社夏祭りイベント」対象のハピネスエピソードです。
タダ働きどころか、自腹を切って祠の修繕まですることになったウィンクルム……。
夢の中でしっかり元をとってください!
リザルトノベル
◆アクション・プラン
かのん(天藍)
潮騒の砂浜、隣に岩場 2人とも心身共に小学校低学年位 水着にパーカー水筒を肩にかけ砂遊び中、天藍に誘われ岩場について行く 岩と岩の間の距離に飛び越えることを逡巡 差し出された手につかまって岩場を進み目的地へ 岩場の窪地に留まる小さな海の様子に歓声を上げる (小さな魚や蟹が取り残されている) 天藍が勢い余って膝をすりむいたので、水筒の水をかけ傷口を流しポケットの中のハンカチで濡れた所を拭いて絆創膏を貼る もう痛くない?とにっこり 手を引かれて砂浜に戻り、どういう具合か波打ち際で水の掛け合いになり、ずぶ濡れになって笑い合った所で夢から覚める 隣の天藍と目が合い、濡れ鼠でしたねと微笑む 忘れられない思い出ができましたとも |
Elly Schwarz(Curt)
心情】 お礼なんて恐縮ですが……体験出来たら素敵ですね。 夏の夢】潮騒の砂浜 ・2人共5歳児へ 子供に戻ってみたいとはしましたが、ここまで幼くなるとは。でも海綺麗ですね。 あんなに水が嫌いだったのに、お陰で少しだけそう思えるようになったんです。 ・過去に触れる 僕はこの頃だと木の実集めに夢中でした。 母さんが作る木の実のおやつが凄く美味しくて。 特に誕生日の時、村では貴重なホールケーキを作ってくれて……あ そう言えばクルトさんの誕生日、いつでしたか? こ、今月だったんですか……しかも過ぎていたとは。 クルトさんの事まだ解ってないみたいですね。 ……そう、ですか?でも後日改めてリベンジします! 服装】 エリー:白いワンピース |
ロア・ディヒラー(クレドリック)
クレちゃん、小さい頃の思い出が無いって言ってたな・・・例え幻影でも、楽しい思い出を作ってあげたい 聞こえてきたのは祭囃子の音。目を開けるとそこは神社の夏祭り あ、あれー?わたしちいさくなってる!?(小学校低学年ぐらい。蝶々柄の紫の浴衣着用)クレちゃんもちっちゃい・・・。 せっかくだからおまつり、たのしもー!えっとね、あ、やきそばたべるやくそくしてたよね!やきそばから~! おまつりでたべるやきそばは、なんでかばいおいしーんだよー はぐれないようにって、クレちゃんもちっちゃいのにー (綿菓子やリンゴ飴、ヨーヨーとりをひとしきり楽しんで、境内で盆踊りを見物) ちっちゃくなったからか、はしゃいじゃった!楽しかったね |
市原 陽奈(日暮 宵)
ふふ、道祖神の夫婦に喜んでもらえたようでよかったです。いいことと自分で言ってしまうのはあれですが…いいことをすると気分がいいですね。 夢の中で宵と過ごす…どんな時間が過ごせるでしょうか? 私は浴衣で宵は甚平。あら、年は随分と小さくなってしまいましたね12、3歳というところでしょうか。 …懐かしいですね。宵とはずっと一緒に過ごしてきましたからもちろん幼い頃も知ってます。でもこうやって改めてみると不思議な感じです。 宵は仕事柄気を張ってることが多かったですが。ここでは楽にしてください。 私、宵とやりたいことが沢山あったんです。 小さい頃のやり直し。ホタルを見て花火をして昔出来なかったことをやりましょう。 |
出石 香奈(レムレース・エーヴィヒカイト)
レムってこういう和の雰囲気好きよね なら、あたしの夢も気に入ってくれるかも Tシャツとショートパンツのラフな格好 子供の頃施設にいたって話はしたっけ? 夏の田舎体験てのがあって 一度だけ夏休みに古民家の見学に行ったの ちょうどこんな佇まいで… 今日はあの時できなかったことを全部やるわよ 家中転げまわったり、冷蔵庫を漁ったり…なんてね 悪戯っぽく微笑む 見て!大きな西瓜…すごく美味しそう 川で冷やして食べましょう 半分に切ってスプーンで食べるわよ 残った皮を洗って帽子にするの、憧れてたのよ …うぷ、もう無理 子供の頃の夢だったんだけど、なかなかうまくいかないわね 小川に足を浸けてぼーっとする …泣いてないよ 今は寂しくなんか…ない |
妖怪によって荒らされた道祖神の祠を直したウィンクルムたち。
お礼に道祖神の夫婦の力で、一時の夏の夢を見せてくれるという。
ウィンクルムたちは、それぞれ思い思いの夏の風景を心に描いた。
●果たされた約束
好きな夢が見られると聞き、『ロア・ディヒラー』は真っ先に『クレドリック』のことを考えていた。
(クレちゃん、小さい頃の思い出がないって言ってたな……)
パシオン・シーの豪華ホテルで花火を見ながら、かわした約束。
(たとえ幻影でも、楽しい思い出を作ってあげたい)
世界が暗転した。けれど不安や恐怖はない。
ロアの耳に賑やかな音楽が届く。
(これは……祭囃子?)
そう認識すると同時に、ロアは夏祭りの会場に佇んでいた。どうやらここは紅月ノ神社とは別の神社のようだ。
それにしても、やけに周りのものが大きく感じられる。
「あ、あれー? わたしちいさくなってる!?」
夢の中で、ロアは小さな頃に戻っていた。だいたい小学校低学年ぐらいか。着ているものは、蝶々柄の紫の浴衣。
「あ! これパシオン・シーで、きたゆかたにそっくり!」
声も舌足らずになっている。
「これは……。げんえいのなかとはいえ、ちぢんでいるだと?」
普段はマッドサイエンティストオーラを放っている『クレドリック』も、今のロアと同じぐらい幼い姿になっていた。浴衣の柄は吉原つなぎ。
「クレちゃんのゆかたは、パシオン・シーとは、べつのがらにしたんだね」
ロアは楽しげに笑う。
「ちいさいクレちゃんって、ふしぎなかんじ」
「む? わたしのほうが1cmほどおおきいぞ」
クレドリック、張り合う。
「ねえ! せっかくだからおまつり、たのしもー!」
ロアはパッと顔を輝かせる。
「えっとね、あ、やきそばたべるやくそくしてたよね! やきそばから~!」
「そうだな、たべにいくとしようか、やきそばを」
夢の中で幼くなっても、ロアはちゃんと約束を覚えていた。
二人は焼きそばの屋台に並ぶ。子供用のがま口の中には、たくさんの硬貨が入っていて好きなだけ遊べそうだ。
座れる場所を探し、買ったばかりでホカホカの焼きそばを食べる。
「おまつりでたべるやきそばは、なんでかばいおいしーんだよー」
ロアは無邪気に笑う。
「ふむ、たしかになにやらおいしい……」
クレドリックは、感慨深そうに頷いた。時折、ロアの顔を見つめている。
「なぁに、クレちゃん? あ! もしかして、かおにあおのりが、くっついてるとか!?」
ロアはあたふたと手を動かす。
「ちがう」
クレドリックは自分の心の動きを観察していた。ロアの笑顔を見ているだけで、食べ物が美味しくなるし、楽しく感じる。どうしてなのか。科学のように答えは出ない。
焼きそばを食べ終えても、祭りの熱気はまだまだ続く。
二人は心ゆくまで楽しむことにした。
「はぐれないように、てをつないでいたまえ。いまのロアはちっちゃいのだから」
「はぐれないようにって、クレちゃんもちっちゃいのにー」
といいながらも、ロアは小さな手を素直にクレドリックに差し出す。
きゅ、とその手が握られる。きっと大人や思春期になってしまったら、もうできないような、純粋で無垢な手繋ぎ。
キラキラ光るリンゴ飴。ふわふわの綿菓子。色とりどりのヨーヨー。
「わたがしというものは、いささかたべづらい」
大きな綿菓子に悪戦苦闘するクレドリック。
「あはは。クレちゃん、ほっぺにわたがしがついてるよー」
頬についた綿菓子にロアが手を伸ばす。ひょいと取って、子供ならではの気軽さでぱくっと口に入れる。
クレドリックの顔が次第に赤くなっていったのに、小さなロアは気づかない。
その後のヨーヨー釣りで、クレドリックは活躍した。
「じつにおくぶかいせかいだ」
釣り上げたヨーヨーをロアにプレゼントする。その顔は誇らしげ。
ひとしきり遊んだ二人は盆踊りを見物する。ちょこんと並んだ二つの影。
「ちっちゃくなったからか、はしゃいじゃった! たのしかったね」
子供になったロアはいつもより大胆な一面を見せた。
「わたしも……たのしかった。まつりのおもいで、ロアとつくれてわたしはうれしい」
そんな彼女とすごした夏祭りの思い出は、たとえ幻影でも、クレドリックにとって大切なものになっていくのだろう。
●海とたわむれ
『かのん』が目を閉じて開ければ、そこは夏の海だった。
潮騒の音が聞こえる。砂浜と岩場が隣接していた。
かのんは水着の上にパーカーをはおり、肩に水筒をかけていた。年齢は小学校低学年ほどだろうか。浜辺で、サラサラとした砂をすくったり、貝殻を拾い集めて遊んでいる。
夢の中なので他に人はいない。
いや、忘れてはならない大切な相手がいた。『天藍』だ。夢の中で、彼も少年の姿になっている。
「良いものを見つけた。こいよ」
天藍の見つけたものは岩場の方にあるようだ。天藍は身軽に岩場を進んでいく。
一方かのんは岩の隙間を前にして、足がとまってしまった。
「俺の手につかまれ」
天藍の手につかまり、かのんは岩の隙間を飛び越した。
子供になっても、天藍の面倒見の良い兄貴分気質は変わらない。
「これを見せたかったんだ」
潮の満ち引きでタイドプールができている。小さな魚やカニの姿もあった。
「とてもキレイ。まるで海の切れ端ですね」
ちゃぷ、と手を海の切れ端にひたしながら、かのんは歓声を上げる。
うれしそうなかのんの様子を見て、天藍はどこか満足げだ。かのんが喜ぶことで、彼もまた喜びを感じている。
と、浮かれていたところで、天藍はつるりと足を滑らせた。
「わ、天藍! 大丈夫ですか?」
「この程度、なんでもない」
すりむいた膝からは、じわりと血がにじんでいた。
「今、手当しますね」
かのんは肩にかけていた水筒の蓋を開けた。中の水で傷口を洗う。ハンカチでそっと濡れたところを拭き、最後に絆創膏をはって完了だ。
「これでもう痛くない?」
そういって、天藍に微笑みかける。
「……ああ」
天藍は急に顔をそらした。不器用な態度はきっと照れ隠しだ。自分にむけられた優しげなかのんの笑顔に、思わずドキッとしたのだろう。
その後、二人は再び手を繋いで砂浜へと戻った。かのんがケガをしてはいけないと、注意深く岩場を先導する天藍少年の姿は、姫をエスコートする小さな騎士のようだった。
「天藍。なんだか顔が赤いですよ」
その発言に他意はなく、かのんはただ見たままを述べただけだ。夏の海辺の日差しは強いので、天藍を心配する気持ちも含まれていた。
「気のせいだろ。……それっ!」
「きゃっ!?」
けれど天藍にとってはその指摘は恥ずかしく、かのんにわざと海水をかけることで自分の心臓の騒がしさをごまかした。
かのんの髪から、ポタポタと海の雫が滴った。一瞬だけポカンとした顔は、すぐに楽しそうな表情へと変わる。
「やってくれましたね。反撃ですよ! えいっ!」
「うわっ」
かのんも負けじと天藍に海水を浴びせる。イジワルされたのではなく、水をかけ合う遊びの誘いだと見なしたらしい。
天藍もさっきまでの気まずさを忘れて、無邪気な子供同士の遊びの世界にすんなりと入っていった。
すっかりずぶ濡れになったところで互いの姿を見る。二人は弾けたように愉快に笑った。
そこでかのんは夢から覚めた。
ここは現実。目の前には、直したばかりの道祖神の祠があって、そして隣には天藍がいる。もちろん大人の姿で。
(この夢の記憶は、二人の間で共有されるという話でしたね)
チラリと天藍の様子をうかがう。彼と目が合った。おそらく、天藍もかのんと同じようなことを考えていたのだろう。
「濡れ鼠でしたね」
かのんが微笑めば。
「まさかやり返されるとは思わなかった」
そう照れ混じりの苦笑が返される。
「道祖神の夫婦が見せる夏の夢。風変わりな体験でしたが、忘れられない思い出ができました」
「ああ。俺もだ」
視線をかわしながら穏やかに微笑む二人。子供時代の快活な笑いとは異なる、大人同士の落ち着いた笑顔がそこにあった。
●失われた子供時代をもう一度
「ふふ、道祖神の夫婦に喜んでもらえたようでよかったです」
「まったくお嬢は人が良すぎますよ。修理をすることにまったく抵抗なしですか」
善行のお礼は、道祖神がつむぐ幸せな夏の夢。
『市原 陽奈』と『日暮 宵』は幼い頃から共にすごし、本物の家族よりも親密な絆ができていた。
宵は、陽奈の従者であり一番の友人でありたいと思っている。
陽奈は主従ではなく、対等な人間として宵と向き合いたいと願う。が、現時点ではその試みはあまり上手くいっていない。
(夢の中の世界なら、私たちの家系の宿命は無関係ですよね)
陽奈は静かに目を閉じた。
夢の舞台は緑豊かな自然公園だ。里山風の景観で、近くを流れる小川には多様な水生植物が自生している。時刻は夕暮れと夜の中間ほど。木々の間に提灯が連なっており、適度に闇と光が混在している。
陽奈は水に映る自分の姿の変化に気づく。
「あら、随分と小さくなってしまいましたね」
水面に映っているのは、浴衣を着た十二歳ほどの少女。
「お嬢」
声のした方へ振り返ると、甚平姿の宵がいた。彼も陽奈と同様、年齢が変化している。
「夢、なんですよね」
たしかめるように、宵は自分の体を動かしてみたり周囲の風景を見渡す。
通常の睡眠時に見るあやふやな夢と違って、道祖神が見せるこの夢の中では、ハッキリした意識を持って自分の思い通りに行動することができるようだ。
ふと、宵と陽奈の視線が合った。
「浴衣、よく似合ってらっしゃる」
陽奈は軽く微笑む。それから、普段の凛とした振る舞いとは異なる、子供っぽい仕草でくるりと一回転してみせた。浴衣のたもとが優美な円を描く。
「ふふ。せっかく子供に戻れたんです。堅苦しいのはやめましょう」
現実世界では、家や立場にまつわる様々な厄介事が二人の間に横たわっている。だからこそ、この夢の中ぐらいでは自由でいたい。
小川から、緑がかった小さな光がふわりと飛ぶ。
「おっ。ホタルですかね」
光の数が多くなる。無数の光が飛びかい、二人を包み込むように広がっていく。ホタルがこうして光るのは、恋の相手を探し求めるため。そういわれている。
しばしその幻想的な光景を二人で眺める。
「私、宵とやりたいことが沢山あったんです」
ぽつり、と陽奈が心情を明かす。
「お嬢……」
幼い頃から旧家の次期当主として育てられてきた陽奈には、のびのびとした子供らしい時間は与えられなかった。常に完璧を期待され、実力でその期待に応えてきた。
「せめて夢の中では、昔できなかったことをやりましょう。小さい頃のやり直しです。宵と一緒にホタルを見たり、花火をしたいって思っていたんですよ」
陽奈がそう口にした瞬間、花火の道具一式が足元に出現した。
「さすが夢の中です」
さっそく陽奈は花火の一つに火をつける。手持ち花火からは色とりどりの火が吹き出し、陽奈と宵の顔を七色に照らしだす。
宵は陽奈の横顔を見つめていた。新しく花火に火をつけながら、子供らしくない表情でしみじみとつぶやく。
「お嬢は周りから完璧を求められてきて、こういう子供らしいことなんて、なんにもできなかったですからね」
そんな陽奈のことを自分の力で守りたい。
宵は幼い頃からそう思っていた。
幼い頃は純粋にそう思えていた。
(主従の関係。その事にまだ絶望してなかった頃)
いつからだろうか。宵が陽奈に対して、主従や友人以上の思いがあることに気づいたのは。芽生えかけたそんな自分の感情をごまかし続け、それでも宵は精霊として、従者として、陽奈の傍らに居続けている。
「どうしました? 浮かない顔をしていますが……」
「や。なんでもありません」
またしても宵は自分の感情を一つごまかした。今はただ陽奈との思い出を作ることに専念する。
大人たちの都合で失われてしまった、彼女の子供時代をやり直すために。
●古民家ノスタルジー
『レムレース・エーヴィヒカイト』は、祠の修理に参加したウィンクルムたちの中でも特に熱心に作業に打ち込んだ。
「修繕に力を貸せて気分も清々しい。祠の落ち着いた雰囲気も良いものだ」
「レムってこういう和の雰囲気好きよね」
『出石 香奈』は、お礼に見られるという夢の内容を考える。
「和風なものが好きなら、あたしの夢も気に入ってくれるかも」
気がつけば、二人はまったく違う場所に立っていた。まだ何もない白い空間だ。
「ええと……。子供の頃施設にいたって話はしたっけ?」
背景がぼんやりと移り変わり、施設風の建物のシルエットがおぼろげに浮かび上がる。香奈はそのイメージを片手で掻き消しながら、話を続ける。
「そこで田舎体験てのがあって、一度だけ夏休みに古民家の見学をしたの」
今度は鮮やかに舞台が変わる。農村風の民家が出現する。今度は実物と区別がつかないほど鮮明なイメージだ。
二人の衣服も一瞬のうちに変わっていた。香奈はTシャツとショートパンツといったラフな格好。レムレースはかすれ十字の甚平。
「そうそう。ちょうどこんな佇まいで……」
夢の中の古民家を香奈は懐かしそうに眺める。彼女にとって、それはただの幻影ではない。自分自身の記憶の再現だ。
「……ほう、なかなか趣のある古民家だ」
感心するレムレース。もともと田舎町の剣術道場にいた彼は、こういった和の情緒が好きなのだろう。
民家の裏手には小川が流れている。
「今日はあの時できなかったことを全部やるわよ」
香奈はイタズラっ子のような表情でいう。
「家中転げまわったり、冷蔵庫を漁ったり……なんてね」
「おい、そんなことをしてもいいのか?」
レムレースは、香奈の提案に面喰らったようだ。
「現実ならダメでしょうけど、ここは私たちの夢の中よ」
香奈にいわれてレムレースも納得する。
「ああ、そうか……。では俺も一通り家を探索してみるとしよう」
和風建築に興味があるらしく、レムレースは香奈の記憶の古民家をじっくり鑑賞することにした。
年月の風合いを感じさせる壁。大黒柱のある古風な造り。天井を見上げれば、梁がむき出しになっている。だが少しも無粋な印象はなく、むしろ趣がある。緻密に組まれた木の梁には、職人の手による人工の美しさと、木材が放つ天然の美しさが調和していた。
時折涼やかに響くのは風鈴の音か。
「なんとも風情がある。気に入ったぞ」
この古民家を見せてくれた香奈に礼をいおうとしたが、広々とした座敷でダイナミックに側転をする香奈の姿を見て、レムレース、少し固まる。
「……楽しそうで何よりだがとても年上に見えんな」
台所方面にむかった香奈は、良いものを見つけたようだ。
「見て! 大きなスイカ」
抱えた果実をレムレースに見せる。
「でもこれ冷えてないのよね。この家の冷蔵庫って、レトロな木製タイプだし」
スイカを丸ごと入れるのは物理的に不可能。せっかくだから、どうにか冷やして食べたい。香奈は近くにキレイな小川が流れていることを思い出した。川で冷やせば良い。
「半分に切ってスプーンで食べるわよ。残った皮を洗って帽子にするの、憧れてたのよ」
ご機嫌な香奈。
「俺の分は普通に切ってくれ」
冷えたスイカを切り分け、食べることしばらく。
香奈は途中でギブアップした。
「うぷ、もう無理」
無理もない。スイカ半分といったら、そうとうな量だ。
「子供の頃の夢だったんだけど、なかなかうまくいかないわね」
「少し休め」
香奈の肩をレムレースは労るように軽く叩いた。
小川に足を浸し、香奈はぼんやりと時をすごす。ノスタルジックな一時は、人の心を切なくさせる。その背中はひどく悲しげだ。
「泣いているのか」
「泣いてないよ」
背を向けている香奈の表情は、レムレースからは見えない。
「今は寂しくなんか……ない」
言葉をかけようとして、レムレースはやめる。
代わりに、やはり少し寂しそうなその頭をそっとなでた。
●誕生日の記憶
「お礼だなんて、なんだか恐縮ですね」
『Elly Schwarz』は控えめに微笑む。遠慮深いところが、真面目な彼女らしい。
「働いたんだから、恐縮に思う必要は無いだろ。ちゃんと元を取らないとな」
対照的に『Curt』は偉そうにいってのける。
性格によって反応は違っても、ステキな夢を見たいという気持ちは二人とも同じだ。
目を閉じれば一瞬の浮遊感。立っていた地面が、しっかりとした大地から柔らかな砂地の感触へと変わる。
二人の夢の舞台は潮騒の砂浜。小さな体で見る海は、いつも以上に雄大に感じられる。エリーもクルトも、五歳児の姿に戻っていた。
「子供に戻ってみたいと思ってはいましたが、ここまで幼くなるとは」
エリーは白いワンピースを身につけていた。この服装は、幼少期に着ていたことがある。
「マジか。夢なんて実現するもんだな」
クルトは黒いタンクトップに半ズボン姿だ。
ふいにクルトのため息が聞こえた。
「だが、まさか夢の中でエリーと同い年になるとは」
クルトはわざと不服そうな態度をしてみせる。好きな女の子には、ついイジワルに接してしまう彼の性質のせいだ。
「それ、なんだか引っかかる言い方ですね」
けれども鈍感な彼女には、天邪鬼なクルトの愛情表現はいまいち伝わらない。
だがエリーも本気で怒ることはなく、夏の海へと興味をむけた。
「僕カナヅチで、水は嫌いなんです」
静かに打ち寄せる波を見つめる。
「でもこの海はキレイだと、少しだけそう思えます」
泳げなくとも、海を眺めることはできる。寄せては返す波や、輝く水平線。時間を気にせずに景色を眺めるのは、ゆったりとした贅沢な一時だ。
クルトも軽く笑いを浮かべる。
「ああ。悪くない」
砂浜で二人、海を見ながら会話を交わす。
幼い姿になっているため、自然と幼少期の思い出話に話題がいく。
「僕はこの頃だと、木の実集めに夢中でした」
エリーは着ている白いワンピースを軽くたくし上げ、スカートを使って木の実をたくさん集めている仕草をしてみせた。
「母さんが作る木の実のおやつが、僕は大好きだったんです」
「エリーは、良い幼少時代だったんだな」
そういったクルトの言葉には、ほんのかすかな羨望と物憂げなニュアンスがあった。
だが、エリーがまったく幸福な境遇であるかといえばそうでもない。彼女は家族と故郷をオーガによって壊されているのだから。
それでもエリーは大切な思い出を語っていく。穏やかな気持ちで過去を回想できるのは、隣にクルトがいるからかもしれない。
「特に誕生日の時、村では貴重なホールケーキを作ってくれて………」
そこでエリーは、ふと何かに気づいたようだ。
「あ。そう言えばクルトさんの誕生日、いつでしたか?」
「……は? 俺の誕生日? 随分唐突だな、今月の6日だが」
8月6日。エリーは慌てふためいたかと思うと、次にガックリと肩を落とした。
「こ、今月だったんですか……。しかも過ぎていたとは」
「そんなに落ち込むな、元々祝われた事は無い」
さらりとそう告げてから、クルトはごく小さな声でつけ足した。
「それに今はエリーとここにいるだけで良いと思ってる」
エリーはまじまじとクルトを見つめた。透明感のある海の色に似た、青い瞳で。
「僕、クルトさんの事まだ解ってないみたいですね」
「解ってないのはそこだけじゃないんだが。それはまぁ良い」
エリーは小首をかしげる。
「……そう、ですか? でも後日改めてリベンジします!」
やけに張り切った声でそう宣言する。先ほどのクルトの、誕生日を祝われた事は無い、という言葉が気になっていた。
「リベンジ、ね……。気長に待っててやる。本当に気にした事無いんだが」
誕生日のリベンジとなると一年後だ。
「……でも悪くない気分だな」
クルトはぽつりとつぶやいた。
依頼結果:普通
MVP:
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 山内ヤト |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | イベント |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 普通 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 08月05日 |
出発日 | 08月12日 00:00 |
予定納品日 | 08月22日 |
参加者
- かのん(天藍)
- Elly Schwarz(Curt)
- ロア・ディヒラー(クレドリック)
- 市原 陽奈(日暮 宵)
- 出石 香奈(レムレース・エーヴィヒカイト)
会議室
-
2014/08/10-12:38
-
2014/08/10-12:38
こんにちは、ロア・ディヒラーとパートナーのクレドリックです。
市原さんは初めまして、他の皆さんはお久しぶりです!どうぞよろしくお願いいたします。
夏の夢ですか・・・クレちゃん小さい頃の思い出とかなさそうだから、ちょっとでも楽しい思いをさせてあげたいな・・・。
皆さんも良い夢が見られますように。
-
2014/08/09-05:23
こんにちは、市原陽奈といいます。
パートナーは宵。
Ellyさんはお久しぶりです。
はじめましての方は初めまして。
夏の夢。夢だから出来ることもあるんでしょうね。
皆様も素敵な夢を…。 -
2014/08/08-09:23
出石香奈と、パートナーのレムよ。
はじめましてもそうじゃない人もよろしくね。
夏の夢か、それならあたしの行きたい場所は…
ふふ、皆楽しみましょうね。 -
2014/08/08-05:14
かのんと申します、こちらはパートナーの天藍
初めましての方も、お久しぶりの方もどうぞよろしくお願いします
記憶に残る夏の夢・・・、どのような物なのか楽しみです -
2014/08/08-01:15
かのんさんと天藍さん、香奈さんとレムレースさんは初めまして。
ロアさんとクレドリックさん、陽奈さんと宵さんはお久しぶりです。
改めまして僕はElly Schwarzと言います。精霊はCurtさんです。
今回よろしくお願いします。
夏の夢、ですか……今からドキドキしますね。