【夏の思い出】いをながし(紺一詠 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 絹に似た手触りの、彼方側の透けるほどに薄い、短冊が二葉。各自、ここに懺悔を記す。
 過剰な装飾も姑息な不足も、必要ない。一切の駆け引きを排除し、うつつの罪を打ち明けよ。海神は必ず御前を赦すだろう。
 書記には筆を用いる。墨をたっぷり含んだ毛筆で、思い思いにしたためる。懇ろに手をかけるものあらば、忽ち仕上げるものもあり、己が罪に臨む様子は人其れ其れだ。
 時を置いて海に放たば、短冊は形象を転ずる。人によって、もしくは罪の重みによって、千変万化する。ある一葉は飛翔する魚類へと変じ、また別の一葉は、虹色の水母に変容した。
 しかし、全ての短冊の末路は共通している。咎人のまわりをしばし回遊してから、海の泡となる。溶ける。消える。海神のもとへ還ったとうたうものもいる。
 一連の行事を、地元の人々は『いをながし』と呼ぶ。

「要するに、一種の厄払いですね。1年の不浄を落としましょう、という趣旨の」
 別段ここ1年の出来事に絞らなくてもいいそうですけど、と、ミラクル・トラベル・カンパニーのツアーコンダクターは告げる。
 後悔しきりの往時の不行跡があらば、それを短冊に書き付け、海へと流す。と、魔力のこめられた短冊は水棲の生き物に変化し、十数分経過したのち、溶解する。それを見通すことで面々は改めて罪を羞じ、憂いを断ち、新しい未来を始める。どのような生き物に変わるか、どのような軌跡をみせるか、によって、己の生きざまを占う意味もあるらしい。
 いをながしはパシオン・シーのセイレーン岬に程近い入江の村で、昼の半日かけておこなわれる。
「皆様。どうか、今年のいをながしに御参加くださいませ」
 ツアーコンダクターは綻びながら、頭を下げた。

解説

「いを」は古語で魚のことです。「うろくず」も魚の古語。


・ウィンクルム一組様400ジェール必須。2枚の短冊がもらえます。精霊と神人にそれぞれ1枚ずつの分配を想定してますが、どちらかが2枚使っちゃってもかまいません。その場合、もう片方の方はなにも書けないわけですけれども。

・短冊をあまらせても、返金はありません。短冊の追加はなしです。

・早朝から夕方にかけて、いをながしに参加するタイミングはお好きに決めてください。ただし夜間は駄目です(夜の海は危ない)。

・「短冊に何を書くか」の他「どんな魚に短冊が変わるか」「海でどんな動きをするか」等、プランで御指定ください。淡水魚でもいいですし、イメージだけをお伝えくださっても大丈夫です。というか、鯵とか鮃とかいわれましても、寿司食いねえみたいなかんじになってしまう……(いや、それでも全然かまいませんですけど)。

・壜ラムネがひとり1本配られます、こっちは無料、おかわりは1本10ジェール。冷やし飴は1杯20ジェール、かき氷が1杯30ジェール、わらびもちが1舟40ジェール。

・貸衣装として浴衣があります。1着100ジェール。ウィンクルムお二人様がどっちも着るとなると、200ジェールかかる計算です。

ゲームマスターより

御拝読ありがとうございます。紺一詠です。
実は和風好きです。最近、書く機会がなかったですが。
もうちょっと和物なエピにチャレンジしたい今日この頃。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

羽瀬川 千代(ラセルタ=ブラドッツ)

 
日陰から微動だにしない相手を宥め
もう夕方だよ。大分涼しくなったし、これなら大丈夫でしょう?
後で冷たい物、買ってあげるから。ね?(手を差し出し)

厄払いを終え、すれ違う人の晴々した顔つきが眩しく見える
ラセルタさんは書かないんだね。急いで筆を走らせる
『役に立てなくてごめんなさい』
仄かに光る小さな魚、暫く同じ場所をくるくる泳ぎ続ける

自分の事だけに手一杯で、周りを見る余裕が無くて
すぐには変われなくても少しずつ視野を広げていきたい
ラセルタさんや仲間の事を助けられるように

相手の緩んだ帯に気づき、立ち止まらせて締め直す
貸衣装だから戻ればすぐに返却するのだけれど
……もう少しだけ、浴衣姿の彼を近くで見ていたい


鹿鳴館・リュウ・凛玖義(琥珀・アンブラー)
  そもそも、不行跡なんて僕、したっけ?
いや、やったと言われればやったし、
やってないと言われればやってないけど・・・・・・

不行跡になるかわからないけど
強いて言うなら初戦の・・・・・・確かデミ・ゴブリンの時だったね
武器も防具も持たないで敵に向かった事かな?
・・・・・・そうだ、コレを書いて夕方に流そう。

あの時は、仲間の皆だけでなく、
琥珀ちゃんにも本当、迷惑かけちゃったからなぁ

浴衣2人分、レンタルするよ。
飲食は壜ラムネと、わらびもち。
わらびもちは、琥珀ちゃんと半分こにしようか。

おっ、なんか錦鯉に変わったよ!?
しかし、よく回るねぇ。目を回したりしないのかな?

ふぅ。
たまにはこんなしみじみとした日もいいよね。



木之下若葉(アクア・グレイ)
  時間は朝
まだ涼しく静かな時間にしようか

んー…俺は後悔とかあまり無い方なんだよね
自分が悪いと思ったら
謝って気が済んでしまう方だし

でも最近、少し考える事があったからそれを書こうかと思って

『他人事では無い』
今までアクアや周りの神人や精霊を見て
「頑張ってるな」と思っていたんだけれど
それってどれだけ尊敬しててもどこか他人事だったんだよね

でも違うなって
これは自分自身の事なんだって、思えたから

それこそ今更だけれど、アクア
「一緒に、頑張ろうか」

改めて宜しくお願い致します
なーんて、ね

(緑の瞳の黒い金魚が回遊し)
ああ。良かった
ん?いや、ね
ヒトデあたりになって高速スピンしながら海に潜ったら
流石に吹きだすなと思ってさ



信城いつき(レーゲン)
  せっかく遊びにきたのにレーゲンが細かく心配するから
、俺ちょっとふてくされてしまった
やっぱりまだ頼りないって思われてるのかな
でも、それでレーゲンにあたるのは間違ってるよな……

よし!短冊にこれ書こう
「我儘で怒ってごめんなさい」

何の魚になるのかな…………え!?
もしかしてこれ、さっきまでの俺ってこと?
こんな顔してたのかな……変な顔、なんかおかしいや
二人で笑って、俺のふてくされてた気持ちも一緒に流してしまえたみたいだ

レーゲン、心配ばかりかけてごめんなさい

大事な……相棒。
そうだった、レーゲンには大事な人がいたんだ。
なぜか少し寂しい気持ちもあるけど
レーゲンが相棒って言ってくれたんだ、嬉しい事なんだ、きっと。



セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)
  黄昏時が良いよな。
逢魔時っていってさ。
現実と幻の時が交り合うような時間っていうか。
陽の沈む茜色の空がだんだん薄紫になっていくのも幻想的でいいじゃん。

短冊は『いつもラキアに心配かけてゴメン』と書こう。
依頼で戦う時つい敵の前に出ちゃうんだよ。
オーガ相手に神人は何もできない訳じゃない。
精霊に危険な事押しつけるのは性に合わないし。
2人で障害は乗り越えたいからオレも頑張る。
海に流したら、沢山のトビウオになって海の上飛びまくり。
魚の数が悔やむ数なら、オレ悔しい事で一杯だな。
でも障害は乗り越える気概が大事だというメッセージだと思うぜ!

ラキアが争い事で心を痛めてるのは知ってる。
「大丈夫だ」と抱きしめてやろう。



●馳せる不行の陰

 暑さもまだ眠りの淵から冷めない、澄んだ空気漂う早朝。
セイレーン岬を通り入江の村へと歩む二つの細長い影。
「うん。まだ人も少ないし涼しい。いい時間だったね」
「はい、ですー」
 気持ちよさそうに伸びをする木之下若葉の隣りで、少しまだ眠たそうに目をこすっているアクア・グレイ。
「いつもは僕の方が早いのに。ワカバさん、今日は早起きさんですね」
「なんだかんだ、楽しみ、だったのかなー?」
「疑問形、ですか?」
 不思議そうに首をこてりと傾げるアクアに微笑みを向けたまま。
「俺は後悔とかあまり無い方なんだよね。自分が悪いと思ったら謝って気が済んでしまう方だし」
「ああはい。そんな感じします」
 納得するように口元を和らげるアクア。同意を向けながら若葉を続ける。
「でも最近、少し考える事があったから……それを書こうかなって」
「なんですか?」
 見上げるアクアに、書くまでナイショ、といたずらっコのように人差し指を口元にやって。
二つの影は仲良くゆっくりと歩みを進める。

 時は進み、細長い影は反対方向へ傾き伸びた夕刻。
「ほらいつき!サンダルなんだからそんなに走ったら転ぶよっ」
「分かってるって!あ!ラムネもらえるってよ!」
「ああほら。人にぶつかるから私の横にいなさいって」
「~~っっだー!もう!!」
 心配症なパートナー、レーゲンの数分間隔に飛ぶ注意に、とうとう信城いつきは大声を上げた。
「俺、そんっなに頼りない…っ?」
「いや……そういうわけじゃ……」
 言葉を続けようとしたレーゲンに背を向け歩き出すいつき。
(しまった。やりすぎた)
どうしても、どうしてもいつきに対しては心配性になってしまう。もうあんな思いはしたくないから。
それでも少々言い過ぎであったことを自覚し、反省するようにそれでもいつきのそばを離れないよう後ろからついていくレーゲン。
そんなレーゲンを時折ちらっと振り返りながら、元来素直な性格であるいつき。こちらも反省は早かった。
(やっぱ頼りないって思われてるのかな……でもそれでレーゲンに当たるのは間違ってるよな……)
どうしよう。どうやって謝ろう……
そんないつきの視界に、海に短冊を流す人々の姿が映るのだった。

「りく、ふぎょーせきってなぁに?」
 淡い水色の浴衣で転ばないようぎこちなく歩きながら、琥珀・アンブラーは隣りに並ぶグレーの落ち着きのある浴衣姿へと声をかける。
声をかけられた当人、鹿鳴館・リュウ・凛玖義、んんー、としばし考えて。
「過去のしちゃった、よくない行動……って感じかなぁ」
「ふーん……」
 幼い琥珀にはイマイチ飲み込めないのか、凛玖義が差し出すように下げて持っているわらびもちに手を伸ばし一つぱくり。
「この場合、後悔してること、なのかな。琥珀ちゃんは思いつくのある?」
「う、うーん……よくわかんない……かも」
 ははは、と眉ハの字になった顔を見てはその頭を優しく撫で回しながら。
凛玖義もまた続いて首を傾げた。
「僕も、したっけかなぁ……?いや、やったと言われればやったし、やってないと言われればやってないけど……」
「りくにも、むずかしいの?」
「うん。難しいかも。……ああでも……」
 何か思い浮かんだのか、凛玖義は一度オレンジ色の空を仰ぐ。
「しいて言えば初戦の……、……そうだ、コレを書いて流そう」
 なに?なに?と興味津々に覗き込んでくる琥珀に、あのね……と笑いながら、それでも少し言いにくそうにしながら
短冊を配っている方向へ足を向ける凛玖義であった。

 すっかりカラになった壜ラムネを砂浜に一度置いて、羽瀬川 千代からもらったもう一つの壜ラムネに口をつけながら、
木陰から微動だにしないラセルタ=ブラドッツ。
千代は夕日をしばし眺めてから、そんなパートナーの方へと歩んで行く。
その日傘を指でクイッと軽く上げ、傘内の表情を窺いながら。
「もう夕方だよ。大分涼しくなったし、これなら大丈夫でしょう?ラセルタさん」
 暑そうに浴衣の襟元を広げながら、ラセルタはまだ少々むすっとしている。
「後で冷たい物、買ってあげるから。ね?」
「かき氷は絶対に食べる」
 微笑みと共に向けられた懇願へか、冷たい物へか、横を向いていた顔を戻し。
息をついてからラセルタは仕方なさそうに差し出された手をとって
その身を橙色の中へと投じる。
海辺へと向かいながら、すでに厄払いを終えた人々とすれ違い。
千代はそんな晴れ晴れとした表情をどこか眩しそうに、目を細め歩みが遅くなっていた。
「余所見をするな。鼻先をぶつけるぞ」
「わっ」
 ぶつかりそうになった人だかりから庇うように、千代の手を強く引くラセルタ。
視線をそちらへと移す。
「……なんだ」
「ううん。何でもないよ」
 どこか嬉しそうな声色を纏う千代がいた。

 水平線と橙を揺らす太陽が重なり始めようとするのを、海辺に佇みしばし見つめてから。
セイリュー・グラシアは ほぉ……と感嘆の吐息と共に後ろを振り返る。
「黄昏時って良いよな」
「どうしたの突然」
 同じように沈もうとする夕日を視界に入れながら、ラキア・ジェイドバインは不思議そうに聞き返した。
「逢魔が時っていってさ。現実と幻の時が交り合うような時間っていうか」
 楽しそうで、どこか切なそうな横顔をラキアは黙って見つめる。
「陽の沈む茜色の空がだんだん薄紫になっていくのも幻想的でいいじゃん」
「セイリューでもそんなこと思うんだね」
「おい。なんだ、『でも』って」
 突っかかるセイリューを横目にしながらラキアは内心少し驚いていた。
夕刻をそれ程幻想的に捉えていたセイリューの、新たな一面に。
「うん。夕方は風も涼しくなって気持ちいいよね」
 なびく髪を風の好きに任せるラキアの姿を映しながら、セイリューはさて……と足を踏み出す。
「流しに、行くか」
「……そうだね」
 それぞれの手にある短冊を無意識に二人とも握り締めた。

●海へと還るそれぞれの跡

『他人事では無い』
 筆が紡ぐ言葉を横から目にして、アクアは疑問形いっぱい、といった顔を若葉へと向けた。
顔で語ってきたアクアに一度笑んで。
「今までアクアや周りの神人や精霊を見て、『頑張ってるな』と思っていたんだけれど
 それってどれだけ尊敬しててもどこか他人事だったんだよね」
 少し気まずそうに若葉は伝える。
「ワカバさんの言葉は、どこも他人事なんかじゃなかったです!」
「……ありがとう」
 でもそう感じてもらえたなら。
違う、そうじゃない、って気付かせてくれたのはアクアなんだ、と。
「うん……これは自分自身の事なんだって、思えたから……」
 アクアと、仲間のおかげで。なんて照れくさいね、とはにかみながら若葉が今度はアクアの短冊を覗き込んだ。
『何も出来ないと思わない』
ワカバと視線が合えば、少しもじもじしながら、しかし決して視線を逸らせることはなくアクアは言葉を発する。
「謙遜で跳ねのけてしまうのは何か違うなと思いまして。
 自分の出来ること、出来ないこと、ちゃんと見極められる人になりたいんです」
 その言葉に、若葉の脳裏を掠める風景。
魚を仲良く食べた星の下。夜空の煌きに見守られながら、伝えきれなかったこと。
今、いつの間にかアクアはしっかりと受け止めてくれていた。
「出来る事があると言ってくれる方が此処にはいらっしゃいますから」
 真っ直ぐワカバに向けられた言葉。
自分は見ているだけじゃなかったのかな……。ささやかな自信さえ分けてくれる。
(まだまだ、だなぁ)
苦笑いを心の中で。アメジストの瞳には微笑む自分を映させて。
「一緒に、頑張ろうか」
「ワカバさん……!はいっ、『一緒に頑張りましょう!』」
 輝く笑顔に改めて照れくさそうに海へと視線を走らせて。
溶かした短冊がいつの間にかその姿を変えていることに気付く。
緑の瞳の黒い金魚、尾鰭が水に溶け込むよう透明で美しい白い金魚。
二匹が弧を描くように仲良く回遊しているのを、並んで見つめ。アクアはこっそり、若葉へも視線ちらり。
(ワカバさんが……照れてる!)
金魚に、若葉の姿に、感動していたアクア。の横から思わぬ感想が。
「あぁ良かった。いや、ね。ヒトデあたりになって高速スピンしながら海に潜ったら
 流石に吹きだすなと思ってさ」
「高速スピン……って何だか地面にも潜れそうです。あれ?その前にヒトデって魚でしたっけ」
 さっきまでのワカバさんはどこに……。そして自分もどうして返しちゃったんだろう。
「ん?何か言った?アクア」
「いいえ。ああ……ラムネ美味しいです……」
 惜しかったような。ワカバさんはどこまでもワカバさんでした。
と、再確認するようにまだ昇り始めたばかりの太陽に揺らめく海を遠い眼差しで見つめるアクアであった。


 突然、海辺に集まる人々の輪の中にいつきが突っ込んでいったのに驚いて、レーゲンはとにかく後を追った。
追いついた先で見たのは、何やら短冊にすごい勢いで書きなぐっているいつきの姿。
「……いつき?」
 何をしているのと続けようとして、まだ怒っているかと思い直し恐る恐る、それでもいつきに拒絶されない限り隣へ並ぼうとするレーゲン。
真横に来たレーゲンに視線をやらないものの、そのまま、どこか居て欲しそうに一度短冊への筆を止め。
そうしてしばし沈黙が続いた後、いつきはおもむろにその短冊をレーゲンに見せた。
「……え?」
『我儘で怒ってごめんなさい』
 不思議な光沢を放つその紙には、確かにそう書かれていた。
胸の内が一気に暖かさを帯びるのを感じる。本当に、いつきのこんなところに何回救われているだろう。
レーゲンの表情が緩んだのを確認して、いつきはやっと顔を上げポソポソと声を発した。
「……これ、後悔、とか、ざんげ?っていうの書いて、海に流すと海の生物の形になって海神様が受け止めてくれるんだって……」
 いつきが懺悔することなんて何もないのに、と思いながら、それでもその気持ちが嬉しくてレーゲンはそっといつきの手を取る。
「海に、流してみようか」
「!うん!」
 パッと声を明るくし、ようやくいつものいつきの雰囲気へと戻る。
「何の魚になるかな……っ、え!?」
 ワクワクと短冊を海へと浸ける。すると短冊が変化しそこに現れたのは……
「河豚!?」
 レーゲンも思わず大きな声を上げた。
外敵がいない時はこんな姿をしていないハズの河豚(フグ)。しかし目の前の水面に、さぁ見ろ、とばかりに
ぷっかりと泳いでるのか浮かんでいるのかなその姿は、丸々膨らんだ河豚であった。
「もしかしてこれ、さっきまでの俺ってこと?」
 いつきの呟き。どちらからともなくお互いを見やって。
吹き出した。
ぷかぷか漂う自分のふてくされた気持ちが形になって流されていく。
笑い合う二人。
「レーゲン、心配ばかりかけてごめんなさい」
 ひとしきり笑ってから、海から上がったいつきは改めてレーゲンに向き直って素直な言葉を口にする。
「悪いのは私の方だ。頼りないなんて思ってないよ。いつきは大事な……相棒だよ」
(大事な……相棒)
そうだった、レーゲンには大事な人がいたんだ。
寂しさと切なさと、何かが芽生えたような心の内を握り締めるように一度ぎゅっと己の胸元へ手を置いて。
仲直りにラムネ飲みながら夕日でも見ようか、と微笑むレーゲンに笑みを返し一緒に歩きながら。
いつきは自分に言い聞かせる。大事な居場所をレーゲンが認めてくれたんだ。相棒、って。
嬉しい事なんだ、きっと……と。
レーゲンは守る。いつきの心を。自分が傷ついたとて今のいつきがそばに居てくれることを選んだ。
過去でなくこれからの二人の為に。


『武器も防具も持たないで敵に向かって、仲間の皆に、琥珀ちゃんに迷惑をかけた事』
 どう書こう、と悩み悩みながら凛玖義はそろそろと筆を動かす。
なんてよむの?と度々尋ねる琥珀に書いてあることを教えると、途端にしょんぼりとした表情に凛玖義は、え!?と驚いた。
「りくのふぎょーせきが、かんぜんぶそうしないで、立ち向かったことなら、
はくは……そんなりくを守れなかったこと……だと思う」
 今でも鮮明に思い出せる。背中が赤く染まった凛玖義の姿が。
大丈夫だとそれでも自分を励ましてくれた大好きな凛玖義に怪我をさせてしまったことを。
「ひっ……ひっく……!」
「わわわっ!琥珀ちゃん、泣かないで!?」
「な、泣いてなんかいないよぅ!」
 小さな口から強がりが出るのがまた可愛くて、いじらしくて、凛玖義は慌てて浴衣の袂をハンカチ代わりに琥珀の目元へと当てる。
「迷惑かけちゃったのは俺だよ?琥珀ちゃんは、ちゃんとデミ・ゴブリンに大きな一撃すら与えてたじゃない」
 怖っただろうに……と小さく付け足した凛玖義に琥珀はブンブンと首を横に振る。
「こわかったのは……りくがいなくなっちゃうかもしれないって、思ったことだもん……」
「……そっか」
 どこにそんな強さが隠れているんだろう。泣き虫でちっちゃな琥珀。
「ね、琥珀ちゃん。どんな魚になるか、流してみようよ」
 涙を拭ってやりながら、戦いの場では自分が守られる事があるのだとしても、せめてこの小さなパートナーの笑顔を守りたい。
凛玖義は短冊を海へと浸ける。
「おっ、なんか錦鯉に変わったよ!?」
「え!?どこどこっ?わーっ、すごいね、すごいねりく!」
 パッと綻んだ顔にホッと胸をなで下ろして。
「琥珀ちゃんのは?」
「うん?えーっとね……、あ!金魚になったよ!」
 錦鯉の後に続くように、水の輪を作るように二匹で同じところをくるくる、くるくる。
「……よく回るねぇ。目を回したりしないのかな?」
「うん、はくも何だか目が回るぅ~」
 それは大変っ、と海から上がりながらすっかりほっこりしながら二人で仲良くわらびもちを口に運び。
お腹も膨れ、夕日も沈み始める頃には心地よい風が肌を撫でて。琥珀はしょぼしょぼと目をこすった。
「りく、ごめん。眠くなっちゃって……」
「ありゃ。そうだねそろそろ帰ろうか」
「えーと、おんぶ、してほしいなぁ。ダメ?」
 閉じそうな瞼を頑張って開き、凛玖義をまぁるい紫の瞳で見上げる。
わぁかわいい。勝てるはずがなかった。
「うん。いいとも」
「わぁい、やったぁ」
 しゃがみ込んで背中に温かい体温を抱えて、凛玖義は立ち上がり歩き出す。
ゆっくり揺られる気持ちよさにいつの間にか寝息が。ぷー……ぷー……
「りく、大好きぃ……」
「琥珀ちゃんっ?起きてるの?」
 ぷー……ぷー……
寝言だと分かると凛玖義は微笑ましそうにまた歩みを進め。
「ふぅ。たまにはこんなしみじみとした日もいいよね」
 夏の爽やかな風がそんな呟きを運んでいった。


「ラセルタさんは書かないんだね。ごめんね、もうちょっと待って」
 急いで筆を走らせる千代を横目に、ラセルタは答える。
「俺様の後悔は既に己の中で消化している。今更、海神に許しを乞う必要など無い」
「……ラセルタさんらしい」
 クスリと笑いながら、よし出来た!と短冊を掲げる。それをひょいと覗き込めばあからさまに眉間にシワを寄せるラセルタが。
『役に立てなくてごめんなさい』
「おい千代」
 抗議を言いかけたラセルタの目に、夕日を浴びたのとは違う、仄かに光る小さな魚が映った。
千代の短冊が海の中で姿を変え、千代の見守る視線に応えるように同じ所をくるくると泳ぎ続けている。
角度をかえ自身の光と夕焼け色とが混ざった輝く小さな魚を、ラセルタはついと興味深げに眺めていた。
「どう?ラセルタさん」
「うむ。美しいものは好きだ」
 熱心に見つめる横顔に、千代も安堵の顔で微笑みを向ける。
小さな魚が海へ還るまで二人で見守ってから、ゆっくりと来た道を戻りながら。
ふと千代は囁くように口にする。後悔だけじゃない。これからの決意も現すように。
「俺ね……自分の事だけに手一杯で、周りを見る余裕が無くて。
 でも、すぐには変われなくても少しずつ視野を広げていきたい。ラセルタさんや仲間の事を助けられるように」
 聞こえなくてもいい、と思っていた言の葉をラセルタはしっかりと受け止めていた。
「……千代はお人好しが過ぎるな」
「そう、かな?」
 卑下だけではないのなら、と一瞬思ったが。まだどこか面白くない。
ラセルタがどう言葉にしようかと考えていれば、その着こなした浴衣も、帯も、大分緩んできているのに気付いた千代が
立ち止まるよう呼びかけて、思案するラセルタを余所に帯を直し始める。
後ろから前へ、移動してきた千代。目の前で揺れる柔らかそうな髪。
「お前が最優先で見るべきはこの俺様だろう?」
「え?ラセルタさん、なに……うわ!?」
 突然、ぐしゃぐしゃと髪をかき混ぜられ千代から驚きの声が発せられた。
(俺様はお前だけを見ているというのに、気に入らん)
今、この髪を触っているのは自分である。この指の先から直球に千代の心まで思いが流れ込めばよいものを。
バサバサになった髪を不思議そうに直しながら、もうそっぽを向いてしまったラセルタを千代は見つめる。
(浴衣似合うよね……もうちょっと、戻ったら返却だし……せめてもうちょっと……)
ラセルタは気付かない。千代の視線に。ちゃんと思いを宿している強い瞳に。
それぞれの想いを秘めたままそれでも二人は同じ歩幅で、遠回りに海辺を通って帰りの途に着くのであった。


 夕日も半分程姿を隠し、海の色が次第に濃い藍色に変わる頃。
僅かに残った光を求めるように沢山のトビウオが今、ラキアの目の前を飛び跳ねていた。
「わー……魚の数が悔やむ数なら、オレ悔しい事で一杯だな」
 冗談まじりに呟きながらそれでもトビウオを見る目は真剣で。ラキアは声をかける。
「一体なんて書いたの?」
「『いつもラキアに心配かけてゴメン』って」
 あっさりと応えられた言葉に、その内容に、ラキアは目を丸くする。
「オレさ、自覚はあるんだよ。ついいつも敵の前に出ちゃってるの」
「あったんだ自覚」
 あったの!と返しながら、苦笑いになってセイリューは続ける。
「精霊に危険な事押しつけるのは性に合わないし。だから、2人で障害は乗り越えたいからオレも頑張る」
 障害は乗り越える気概が大事だというメッセージだと思うぜ!、と
跳ねるトビウオを見つめる強い眼差しからしばし目を逸らせず、ラキアは見つめる。
「そういうラキアは?」
 問われてハッと視線を泳がせてから、躊躇うように口を開く。
「『幾つもの生命を助けられなくてごめんね』」
 消え入りそうに発せられた言葉に、セイリューは残っていた笑みをしまってラキアの続く思いを待つ。
促されるようにラキアも応える。
「オーガだって元々は普通の野生種がオーガ化した物も多い。
 それらが起こした事件での犠牲者も沢山いる、人も動物達も。
 全て助けられる筈は無いけれど、犠牲は少ない方がいい。弔えばそれで終わりって訳じゃない……」
 ああ、やっぱりとセイリューは思う。
この優しい優しいパートナーは本来戦うことには向かないはずなんだ。
芯の強さでひた隠しているようだけれど、隣りで共にしていれば自然と流れ込んでくるラキアの思いにセイリューは気づいていた。
「だから、お前を慰めるように回ってるんだな。コイツ」
 セイリューが指した先にはラキアの周りを静かに泳ぐ、長い長い、羽衣のようにヒレを揺らめかせ光を纏う竜宮の使いが。
そうなのかな、と小さく笑んだラキアをそっと抱き締めるセイリュー。
「大丈夫だ」
 一瞬固まったラキア。しかしそのセイリューの言葉に含まれる意味をラキアも感じていた。
「またそんなこと言って……」
 森を守ってきた古い老木と対面したときを思い出す。自分の罪を全て持っていこうとするセイリューの言葉。
あの時はそれでも励まされていた。でも今は……
「俺の罪を全部セイリューが背負うのは狡い」
「は?」
「……半分、だ。セイリューのも半分もらうから」
 パートナーってそういうものだろう、と最後は無言で伝えてくるラキアの瞳に今度はセイリューがしばし固まる番。
 二人を許そうとするよう、たゆたっていた竜宮の使いはゆっくりと海へと還っていくのだった。


 それぞれの想いを受け取って 海は波一つなく 深い深い眠りにつくのだった。


(このリザルトノベルは、蒼色クレヨンマスターが代筆いたしました。)



依頼結果:大成功
MVP
名前:鹿鳴館・リュウ・凛玖義
呼び名:りくっ、りくぅ
  名前:琥珀・アンブラー
呼び名:琥珀ちゃん

 

メモリアルピンナップ


( イラストレーター: puni  )


エピソード情報

マスター 紺一詠
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 07月16日
出発日 07月22日 00:00
予定納品日 08月01日

参加者

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