【夏の思い出】まぼろしのレストラン(織人文 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 パシオン・シーは、タブロス市から自動車で一日の距離にある、南国の海だった。
 カプカプビーチは、そのパシオン・シーに面した小さな海岸だ。
 地元の人たちが崇める神様の使いが住むと言われる場所があり、かつては観光客は立ち入り禁止だった。しかし今は開放され、ゆっくり海水浴や海辺の散策を楽しみたいと考える人々に人気だった。
 そんなカプカプビーチを舞台に、地元の観光協会が今年打ち出したのは、『肝試し』だった。
「肝試しといっても、こちらが作ったコースの中を二人一組で巡って、メダルを集めて帰って来る、というだけの簡単なものですよ。途中にお化けや妖怪が出ますが、危険はありません」
 観光案内所では、そんなふうに説明された。
 参加費用は、一人300ジェールだという。
 一方、この催しについて、観光客の間にはある噂が流れていた。
 それは、月の明るい夜に肝試しに参加すると、不思議なレストランに入ることができるというものだ。
 そのレストランでは、自分にとっての思い出の料理を食べることができるという。

 そして、肝試し当日の夜。
 参加者たちはルールどおり、二人一組になって少しずつ間を開け、海岸に観光協会がボードで仕切って作った通路の中へと入って行く。
 あなたたちの番になり、二人並んで通路へと歩み入った。
 空には月が煌々と輝いていて、あたりはずいぶんと明るい。
 こんな明るい晩に肝試しなんて、雰囲気が出ない――あなたはふとそんなことを思いつつ、角を曲がった。
 するとふいに通路は途切れ、目の前に白い石造りの建物が現れた。
 短い階段の先にある玄関ポーチには、木の看板がぶら下がり、月明かりにそれがレストランであるらしいことが伺えた。
 あなたたちは、半ば招き寄せられるかのように階段を昇り、玄関のドアを開ける。
「いらっしゃいませ」
 中から響いたのは、低くおちついた声音だった――。

解説

肝試しの最中に、忽然と現れたレストラン。
ウィンクルムのみなさんには、ここで、自分の思い出に残る料理を堪能し、二人の時間を過ごしていただきます。

レストランにいる客は、あなた方二人だけです。
他のウィンクルムたちや、観光客の姿はありません。

プランには、注文する料理(あるいは飲み物やスイーツ)と、それにどんな思い出があるのかを、書いて下さい。
また、服装(どんな水着だとか、サマードレスを着ているなど)も書いていただければ、極力、描写させていただきます。

ゲームマスターより

閲覧いただき、ありがとうございます。
織人文です。

今回は、月光の射し込むレストランで、二人きりの時間を過ごしていただくというエピソードです。
料理にまつわる思い出を切り口に、二人の絆をよりいっそう、深めて下さい。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

アリシエンテ(エスト)

  服装:白基調に黒のレースと紐をあしらったゴシックドレス

肝試しと思っていたらこんな所にお店が…!
思い出の料理…何でも出して頂けるのね。それならば、
(しばらく記憶を辿るように思案して)

──レタスの入ったサンドイッチと、紅茶
アイスティーで、氷が入っていて……入れ物は金属製のどこにでもありそうな水筒で

……? ああ、そうね。エストはその時確か留守を預かっていたもの。知らなくて当然だわ
──これは、幼い頃にお母様が作った料理なの
春に溢れ返りそうな桜を、お父様達と私とで見に行った時の

(軽く目を伏せ)
自分で作る必要など、何処にも無くて
一言料理人に言えばもっと見映えも良かったでしょうに……笑っていいのよ、エスト。



油屋。(サマエル)
  料理:レモンジュース

昔 お父さんがよく作ってくれたジュースなんだ
すごく好きだった
ハチミツが入っててほんのり甘いの 懐かしいなぁ
サマエルも飲んでみる?

ちょっとしたサプライズに驚きつつ
ありがとう!いただきます
すごく美味しい!
思わず笑顔
そっか、これがアンタの思い出の味なんだ
メモ帳に味とか具材、分かるだけ書いておこう
いつか作って食べさせてあげたい

ぽつりぽつりと出てくる幼少時代の話に耳を傾けて
サマエル、普段は昔の話とかしないから話してくれたのが嬉しい

アタシも楽しいよ サマエルの話すごく面白いし!

今度はアタシのお気に入りの定食屋さん行かない?
食べて貰いたいヤツがあるんだ



リヴィエラ(ロジェ)
  リヴィエラ:

※オムライスが大好き

何て素敵なレストラン…私はお屋敷にいた頃、母がよく作ってくれたオムライスをお願いします。
(オムライスを食べ、『昔食べた味と同じ』と泣きながらロジェに向かってオムライスを乗せたスプーンを差し出し)
お父様は私が小さい頃、『ほらリヴィー、あーんして』って、こうやって…ふふっ…う、ぐす…。
ロ、ロジェ…様…? 違う、ロジェ様のせいじゃない!
私がいつまでもA.R.O.Aに行かなかったのが悪かっただけ!
…! あ、あのっ、私、私…貴方の傍にいたい…思い出も未来も、全て奪って欲しい…
だからどうか、他の精霊様が現れるまでだなんて言わないで…



テレーズ(山吹)
  思い出の料理といえばあれです
昔、山吹さんがくれたおにぎりです

私あの頃は勉強が嫌で遊んでばっかりでしたね
みかねたお父さんに山吹さんを家庭教師で付けられましたが逃げ回ってて

逃げ回ってたらご飯の時間を過ぎちゃってお腹をすかせてたら
山吹さんが持ってたおにぎりを分けてくれましたよね
具はうめぼしで私おにぎりも初めてだったからその味にすごくびっくりしちゃって
あの後これは何?って色々と質問攻めにしちゃいましたよね
山吹さんの教え方が上手で他にももっと色んなことを知りたいなって思ったんですよ

お返しにと思ってマドレーヌを焼いてみましたが
山吹さんが甘いもの苦手と知らなくて迷惑を掛けてしまいましたね
あれ、どうしました?



●メニュー1 サンドイッチとアイスティー
 ウェイターに案内されて、アリシエンテとエストが腰を下ろしたのは、窓際の席だった。
 アーチ型の窓からは、月光の降り注ぐ砂浜が臨める。
 店内には、いくつか席が設けられているが、客は彼女たちだけのようだ。
 ウェイターに渡されたメニューを開き、アリシエンテは軽く目を見張った。
「これは……」
 そこには、少し型崩れした、いかにも素人が作ったとおぼしいレタスのサンドイッチと、どこにでもあるような金属の水筒の写真が載せられていたのだ。その下には、『レタスのサンドイッチと氷入りアイスティー』と書かれている。
「当店のメニューは、お客様の思い出の料理を掲載しております」
 ウェイターが、穏やかな声で微笑みながら言った。
「まあ……」
 アリシエンテは再び目を見はり、噂のことを思い出す。
 少し考え、メニューを閉じると言った。
「それでは、レタスのサンドイッチと氷入りアイスティーをお願いします」
「かしこまりました」
 ウェイターはうなずき、尋ねるようにエストをふり返る。
「では、私も同じものを」
 メニューを開くことなく、エストが答えた。
 しばらくして運ばれて来たのは、写真とそっくり同じものだった。
「ずいぶんと、質素なメニューですね。貴女とは無縁に思えますが……これに、思い出があるのですか?」
 目の前に置かれたそれに、エストは驚きを隠せない様子で、尋ねる。
 アリシエンテは、小さく首をかしげた。ずっと一緒の彼が、このメニューについて知らないことを、怪訝に思ったのだ。が、すぐに気づいて言った。
「ああ、そうね。エストはその時、たしか留守をあずかっていたもの。知らなくて当然だわ。――これは、幼いころにお母様が作った料理なの。満開の桜を、お父様たちと私とで見に行った時の……」
 言って、彼女は軽く目を伏せる。
 窓から射し込む月光が、白を基調に黒のレースと紐をあしらったゴシックドレスに身を包んだ彼女を、ひどく悲しげに見せた。
「自分で作る必要など、どこにもなくて……一言、料理人に言えばもっと見栄えもよかったでしょうに。……笑っていいのよ、エスト」
「いいえ、笑ったりはしません」
 エストはかぶりをふって返すと、サンドイッチを手に取った。
 その脳裏に、桜の花びらが舞い散る下に敷物をしいて、両親と共に初めての母の手料理を囲む幼いアリシエンテの姿が浮かぶ。
 そんな彼に、アリシエンテは続けた。
「それが、私がお母様の手料理を食べた、最初で最後の記憶よ。……その時、『次はもっと上手に作るわね』と言っていたけれど、その機会は二度とないまま、お母様は……」
 言いさして、彼女は小さく唇を噛み、うつむく。
 そう、両親は彼女が十四の時に亡くなっている。
 まるで雨に打たれる花のような彼女に、エストは小さく息を飲んだ。だが、声をかけることはせず、ただ黙って手にしたサンドイッチを口に運ぶ。
「とても美味しいかと。アリシエンテ」
 低く告げる彼の言葉に、アリシエンテは顔を上げた。
「ありがとう」
 やわらかく微笑み返して、自分もサンドイッチを手に取る。一口食べて、クスリと笑った。
「本当に、あの時のお母様の味だわ。……美味しい」
 呟くように言う彼女に、エストもまた微笑む。
 そんな二人を、窓から射し込む月光が、優しく照らしていた。

●メニュー2 おにぎり
 ウェイターに案内されて、テレーズと山吹は窓際の席に着いた。
 四角く切られた大きな窓からは、月光に照らされ、静かに波の打ち寄せるビーチが見える。
 店内には、いくつか席が設けられていたが、客は彼女たち二人だけだった。
 テレーズは、テーブルの上に置かれたメニューを広げる。そこにはおにぎりの写真があって、下には『おにぎり・梅干し入り』と書かれていた。
「おにぎり……?」
 何か思い出しそうになって首をかしげつつ、彼女はそれを注文する。山吹も、メニューを開く手間をはぶいて、同じものを頼んだ。
 やがて運ばれて来たのは、写真と同じものだ。
 テレーズは一口それを食べて、目を丸くした。そして、思い出す。
「昔、山吹さんが作ってくれたのと、同じ味です」
 おにぎりに手を伸ばそうとしていた山吹は、怪訝な顔になった。
 それへ、テレーズは言う。
「私、あのころは勉強が嫌で、遊んでばっかりで……見かねたお父さんに、山吹さんを家庭教師につけられましたが、逃げ回ってて」
 そうなのだ。
 食事も忘れて逃げ回ったあげくに腹を空かせた彼女が、山吹からもらったのが、梅干しの入ったおにぎりだったのだ。
「私、あの時おにぎりを初めて食べたものだから、その味にすごくびっくりしちゃって、あのあとこれは何って、質問攻めにしちゃいましたよね」
 彼女は、クスクスと笑って続ける。
「あの時の山吹さんの教え方が上手で、それで他にももっといろんなことを知りたいなって、思ったんですよ」
 それを聞いて、山吹もようやく当時のことを思い出した。
「そういえば、そんなこともありましたね。あのころのテレーズさんは、だいぶお転婆でしたね。いや、今も……」
 今も同じくお転婆で――と言いかけ、彼は危うく口を閉じる。軽く咳払いして、続けた。
「あ、いえ、なんでもないですよ。……あのころ、どうやったら心を開いてくれるのかなと考えあぐねていましたが、まさかおにぎりから仲良くなれるとは、思ってもいませんでしたね」
 言っているうちに、懐かしさがこみあげて来て、彼は口元をほころばせる。
「あれから随分経ちましたが、まだこうして縁が続いているとは」
 言葉を切って、はたと向かいに座す相手を見やり、頭を下げた。
「今後も、よろしくお願いします」
「私の方こそ、よろしくお願いします」
 慌ててテレーズも、頭を下げる。
 顔を上げ、二人は笑い合う。
 それから、テレーズはもう一つ思い出したことがあって、口を開いた。
「そういえば……お返しにと思って、マドレーヌを焼いてみましたが、山吹さんが甘いもの苦手と知らなくて、迷惑をかけてしまいましたね。あれ、どうしました?」
「え、それは……」
 問われて山吹は、返事に詰まる。
 というのも、甘いものが苦手というのは、嘘だったからだ。
 テレーズの料理は、見た目は普通なのだが、味が酷い。
 当時のマドレーヌも同じくで、外観は美味しそうだった。だが、一口齧った途端、しょっぱい味が口一杯に広がり、食べるのは危険だと判断したのだ。
 とはいえ、その事実を彼女に告げることもためらわれた。そこで、嘘の理由を口にして、食べなかったというわけだ。
 ちなみに、真実はいまだ彼の胸中にのみおさめられている。罪悪感はあるものの、話したあとが怖いので、黙っているというのが本当のところだった。
「ゆ、友人にあげたら、とても美味しいと喜んでいました。……食べられなくて、残念です」
 しばし内心で煩悶したあと、結局彼はまた嘘を口にする。
「本当ですか? よかった。……じゃあ、今度は山吹さんが食べられそうなものを、作ります。甘いものがダメなら、辛いものとかは、どうですか? 麻婆豆腐とかカレーとかは」
 嘘だなどと疑いもせず、テレーズは笑顔で言って、尋ねた。
「え? あ……そ、そうですね……」
 山吹は、額に汗をにじませながら、いったいどうやってこの窮地を切り抜ければいいのかと、必死に考えを巡らせる。だが、何も浮かんで来ない。
「そ、それはともかく……せっかくのおにぎりです。食べましょう。ね?」
 とにかく気持ちをそらせようと、そんなことを言ってみる。
「はい」
 テレーズは、元気よくうなずいて、再びおにぎりを手に取った。
 自分もおにぎりを手にしながら、ここを出るまでに、なんとか断る方便を考えなくては――と脳みそをひたすら回転させる山吹だった。

●メニュー3 オムライスとプリン
 ウェイターに案内されて、リヴィエラとロジェは、奥の席に着いた。
 壁にはステンドグラスがはめ込まれ、そこから月光が射して、あたりを柔らかな光で包んでいる。
 店内には、二人の他に客はいない。
 テーブルの上のメニューを開いたリヴィエラは、そこに大好きなオムライスをみつけた。
「これ、お屋敷にいたころ、母がよく作ってくれたオムライスに似ています」
 メニューに載せられた写真に呟き、彼女はさっそくそれを注文する。
 ロジェの方は、メニューを開くまでもなく、注文したのは大好きなプリンだった。
 やがて運ばれて来たオムライスに、リヴィエラは目を見張る。それは、本当に彼女の母の作ったものにそっくりだったからだ。
 一口食べた彼女の目から、涙があふれ出す。
「この味は、間違いなく、お母様のオムライスです!」
 叫んだ途端、彼女は涙が止まらなくなってしまったようだ。泣きながら、ロジェの方にオムライスを乗せたスプーンを差し出した。
「お父様は私が小さいころ、『ほらリヴィー、あーんして』って、こうやって……」
 言いかけたものの、言葉は嗚咽つ共に口の中に消える。
「リヴィー!」
 ロジェは思わず立ち上がり、傍に駆け寄った。まるで、何かに心臓をわし掴みにされているかのように苦しく、彼女の嗚咽の一つ一つがナイフであるかのように、胸を刺す。
 彼は腕を伸ばし、リヴィエラを抱きしめようとした。
 その時。
「お水のおかわりは、いかがですかー?」
 背後から、妙に間の抜けた声がかけられる。ふり返ると、若いウェイターがポットを片手にすぐ傍に立っていた。
「けっこうだ」
 軽く苛立って、ロジェは冷たく返す。
「失礼しました」
 立ち去ろうとして、ウェイターは何につまずいたのか、ころびそうになった。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
 涙を浮かべたまま、リヴィエラが声をかける。
「は、はい。……失礼しました」
 ウェイターは慌てて答え、そのまま立ち去って行く。
 だが、闖入者のおかげで、すっかり昂ぶりは冷めていた。
 リヴィエラは小さくすすり上げてはいるものの、嗚咽の声は止んでいた。ロジェの胸も、まだ鈍く痛んではいるものの、先程のようではない。
 それでも彼は、唇を噛んで謝罪の言葉を口にした。
「ごめんな。君の両親を救えなかったのは、俺のせいだ」
「ロジェ様……」
 リヴィエラは、そんな彼を涙に濡れた目で見上げる。激しくかぶりをふった。
「違う、ロジェ様のせいじゃない! 私が、いつまでもA.R.O.Aに行かなかったのが、悪かっただけ!」
 叫ぶ彼女の目から、再び新しい涙があふれ出した。
「リヴィー……」
 それを見て、ロジェの心はまたもや波立つ。
(許してくれとは言わない。でも、今君の傍にいるのは、俺だ。俺がオムライスを作ってやる。君の思い出の味を、俺のものに変えてやる。だからもう泣くな。君の思い出も未来も、俺のものだ)
 胸の中に、そんな言葉があふれた。
 リヴィエラの傍にいるのは、彼女に適合する他の精霊が現れるまでと決めていたはずだ。なのに、彼女を手放したくない。
 だがその言葉も想いも、彼の口からほとばしることはなかった。さっき、抱きしめることができていたら、違っていたのかもしれないが、もはやあとの祭だ。
 彼は席に戻ると、自分が頼んだプリンをスプーンですくって、リヴィエラの方へと差し出した。
「これでも食べて、泣き止め」
「ロジェ様……」
 まだすすり上げながら、彼女は大人しくそれを食べる。
 そして、うつむいて小さく唇を噛みしめると、言った。
「あ、あのっ、私、私……あなたの傍に……」
「リヴィー?」
 何を言い出すのかと、ロジェがそちらを見やった時だ。
「失礼いたします」
 声と共に、ウェイターが現れた。
「何か他に、ご注文はございませんか」
 さっきとは別の人物だったが、ロジェは思わず溜息をついた。
「ああ。これだけで充分だ」
 彼が答えると、ウェイターは一礼して立ち去って行った。
 それを見送り、彼は改めてリヴィエラをふり返る。だが、彼女は「なんでもないです。ごめんなさい」と、かぶりをふるばかりだ。
 ロジェは低く吐息をつくと、改めてスプーンを手に取った。
「食べよう」
 告げて、プリンをすくう。
「はい」
 リヴィエラもうなずくと、スプーンを手に取るのだった。

●メニュー4 レモンジュースとミートパイ
 ウェイターに案内されて、油屋。とサマエルは壁際の席に着いた。
 壁一面にはステンドグラスがはめ込まれ、高い位置にある窓からは、月光が射し込んでいる。
 店内に客は、二人だけだ。
「アタシは、レモンジュースね」
 メニューを手に取ったものの、開く前になぜか父親が作ってくれたレモンジュースが浮かび、油屋。はウェイターに告げる。
 一方サマエルは、開いたメニューにミートパイを見つけ、子供のころによく食べたのを思い出して、それを注文することにした。同時に、彼女にサプライズしようと、ウェイターを手招きする。
「内緒で、二人分用意していただくことは、できますか?」
 小声で尋ねた。対して。
「ミートパイを、こちらの方の分もですね?」
 新米らしいウェイターは、大きな声で問い返してしまったのだ。
 おやおやと肩をすくめるサマエルに、油屋。はきょとんとなる。が、青ざめるウェイターを見て、ふいに事情が飲み込めた。思わず笑い出す。
「も、申し訳ありません!」
 ウェイターがこれ以上できないぐらい、体を折り曲げて謝るのへ、彼女は笑い止んで言った。
「言っちまったものはしかたがないさ。……さ、注文を頼むぜ。アタシもミートパイだ」
「し、承知いたしました」
 ウェイターは恐縮しつつ、再度頭を下げて、立ち去って行く。
 ややあって、レモンジュースとミートパイ二人分が運ばれて来た。
 油屋。は、まずジュースに口をつけた。
「昔、お父さんがよく作ってくれたジュースと、同じ味だ」
 目を丸くして呟き、肝試しに参加する前に耳にした噂を思い出す。あの噂は本当だったのかと思いつつ、言った。
「すごく好きだったんだ。ハチミツが入ってて、ほんのり甘いの。懐かしいなあ」
 そして、黙って話を聞いているサマエルに問う。
「サマエルも、飲んでみる?」
「ああ」
 うなずいてサマエルは、自分の方に軽く押しやられたグラスから伸びたストローを口に含んだ。
「優しい味だ。悪くない」
 一口飲んで、グラスを彼女の方に返しつつ、サマエルは感想を漏らす。
「だろ?」
 うれしそうにうなずき、油屋。は今度はミートパイに手を伸ばした。
「美味しい!」
 一口食べてみて叫ぶと、彼女は豪快にそれを口に運び始める。
「前々から、食わせてやりたいと思っていたものだ」
 うなずいてサマエルは、彼女の食べっぷりに笑い声を上げた。
「いい食いっぷりだな。……幸せそうな顔をしている」
 楽しげに言って、彼は自分も食べ始めた。そうしながら、ぽつぽつと語る。
「幼いころ、よく食べていたんだ。……はじめに作ったのは、うちにいたシェフだ。それ以来、好物になった。……母は料理はできなかったが、俺のためにと、一生懸命レシピを覚えて、作ってくれたもんだった」
「そっか、これがアンタの思い出の味なんだ」
 それを聞いて、油屋。は言った。口に入れたパイを、味をたしかめるように、噛みしめる。
「ああ。……これを食うと、実家が恋しくなる」
 うなずいて、サマエルは言う。
「だが、母はもういない。シェフも、今はどこにいるかさえわからない。……このミートパイが食えるのも、これが最後の機会かもしれん」
「なら、アタシが作って食べさせてやるよ。味とか具材とか、わかるだけメモ帳に書いて帰るから、それで作ってやる」
 彼を励ますかのように言うと、油屋。はバッグから筆記用具を取り出し、さっそくメモし始めた。
「期待しているぞ」
 それを見て、サマエルは笑って返す。
 今食べただけで、同じものが作れるとは思えなかったが、彼女の気持ちが、何よりうれしかった。
 メモを書き終え、再び食事を始めた油屋。が、そんな彼に笑いかける。
「アンタ、普段は昔話なんかしないから、話してくれてうれしいぜ」
「そういうものか」
「そういうもんさ」
 笑って返す油屋。に、サマエルも笑う。
「……おまえと食事をするのは、楽しいな」
「アタシも楽しいよ」
 うなずく彼女に、サマエルは思いついて言った。
「またどこかへ行くか、二人で」
「ああ。……そうだ、今度はアタシのお気に入りの定食屋さんに行かない?」
 彼女もその提案に乗る形で返す。
「食べてもらいたいヤツが、あるんだ」
「どんな料理だ?」
 興味深々と尋ねるサマエルに、油屋。が説明を始める。
 二人は、料理の話題で更に盛り上がって行くのだった。

●エピローグ
 ふと気づくと、いつの間にかウィンクルムたちは、肝試しのゴールにいた。
 いつあのレストランを出たのか、そこからどうやって肝試しのコースを回ったのか、まったく記憶にない。
 ただ、彼らの手には集めなくてはいけないメダルは一つもなく、ゴールの傍にある受付で、参加賞の貝殻のペンダントをもらって解散となった。
 どことなく、キツネにつままれたような気分だった。
 けれど。
「肝試しより、有意義だったかもしれないわね。……だって、もう二度と食べられないと思っていた、お母様の手料理を味わえたんですもの」
 風に揺れる髪を軽く押さえて呟くアリシエンテに、エストもうなずく。
「そうですね。私も、奥様の手料理を食べられて、うれしいです」
「『まぼろしのレストラン』……悪くないお店だったわ」
 小さく微笑み、アリシエンテは満ち足りた表情で宿へと歩き出した。エストも黙って、従う。
「カレーは以前に作ったことがありますから、期待していて下さい。山吹さん」
 輝くような笑顔を浮かべて、精霊にそう言っているのは、テレーズだった。
「は、はい……」
 うなずく山吹は、逆に真っ青な顔で、額には脂汗まで浮かんでいる。
「どうかしましたか? なんだか、顔色がよくない気がしますけど……」
 それに気づいて問う彼女に、山吹は慌ててかぶりをふった。
「い、いえ……なんでもないです……」
 返しつつ、せめてタブロスに戻るまでには、何か断る理由を考えなくてはと強く決意する彼だった。
 そんな二組と違い、ただ黙って肩を並べ、海岸を歩いているのはリヴィエラとロジェである。
「……作ってやる」
「え?」
 独り言のように、そっぽを向いたまま呟かれたロジェの言葉に、リヴィエラは驚いて顔を上げ、足を止めた。
「……俺が、オムライスを作ってやる」
 それへ今度は、はっきりとロジェが繰り返す。視線は変わらず、彼女を見ないままだったが、その面には強い意志が刻まれていた。
「君の舌が、母親の味を忘れるぐらい、いくつでも俺が作ってやる」
「ロジェ様……」
 リヴィエラの目が、一瞬丸くなる。が、すぐに笑顔になった。
「はい! 楽しみにしています!」
 大きくうなずき、今度は明るい足取りで、歩き出す。ロジェも、小さく一つ息をつき、歩き出した。
 一方。相変わらず、料理の話題で賑やかなのは、油屋。とサマエルだ。
「――だから、本当なんだって。こ~んなにでっかいのに、あっという間に食べられちまうんだぜ」
「ふむ。……だとしたら、よほど美味いのだな、そのメンチカツは」
 身振り手振りを加えて話す油屋。に、サマエルは感心したように呟く。
「ああ。それに、付け合わせのキャベツも、しゃっきしゃっきで……なんか、思い出しただけで、腹減って来ちゃったぜ」
「おやおや、それは。……なら、宿に戻ったら、何か食べるか。それとも、途中で何か買って行くか?」
 腹を押さえて言う相棒に、サマエルは小さく笑いに肩を震わせ、提案した。
「それいいな! 何か買って行こうぜ!」
 たちまち、彼女からは賛成の声が上がった。
 四組のウィンクルムたちは、それぞれの思いを胸に、夜の海岸をたどる。
 そんな彼らを、ただ煌々と輝きながら、月だけが見詰めていた――。



依頼結果:普通
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 織人文
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 4
報酬 なし
リリース日 07月09日
出発日 07月16日 00:00
予定納品日 07月26日

参加者

会議室

  • [5]油屋。

    2014/07/14-00:38 

    こんちゃー!油屋。だよー!!
    思い出の料理か~色んな意味で楽しみかも

  • [3]リヴィエラ

    2014/07/14-00:11 

    こんばんは、私はリヴィエラと申します。宜しくお願い致します(お辞儀)
    思い出の料理といえば、私は…子供っぽいって笑われちゃう、かな…
    思い出に浸れるひとときを、楽しみにしています。

  • [2]テレーズ

    2014/07/13-01:29 

    こんばんは、テレーズと申します。
    よろしくお願いしますね

    こんな不思議なレストランに出会えるなんて運がいいですね。
    思い出の料理…、となるとあれしかありません!
    ふふ、今からとっても楽しみです。

  • [1]アリシエンテ

    2014/07/13-00:09 

    アリシエンテと言うわっ。お邪魔するわねっ。
    思い出の料理、……食べ物、飲み物の器、レストランで頼むには共に少し特殊だけれども、手に入らない事も無いし食材も安価。きっと大丈夫よね…

    ええっ、たまには、過去を振り返るのも悪くは無いものね。


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