プロローグ
「いやぁ、よかったわ。誰も来えへんかったらどうしよ、思ててん」
白衣の青年は、奇妙なお国訛りでそう言うと、へらりと笑った。
金髪碧眼、ファータ族の特徴である長い耳――黙っていれば好青年、口を開くとどうにも胡散臭い彼はこう見えて、A.R.O.A.科学班所属の研究員である。
A.R.O.A.本部の掲示板を見て、本部近くのハト公園に集まったウィンクルムたちは一様に訝しげな表情をする。
それもそのはず、募集の貼り紙は「対オーガ研究の協力者募集」であったのに、公園はのどかで研究らしさの欠片もない。
すると、芝生の整備されたグラウンドを背に、科学者はしたり顔をした。
「今なあ、精霊の身体とオーガのデータを照らしあわせて、オーガの弱点を探れんかっちゅう研究をしとるのや」
続けて、「エルヴィン・マンフリートホウによるマリョクチソクテイ」だの「見直されつつあるリンボブンショ」だのと耳慣れない単語を矢継ぎ早にまくし立てる。そうして、ぽかんとしているウィンクルムたちに気づいて咳払いをひとつ。
「うわ、ごめんな、つい癖で。要するに……」
オーガについては判明していないことも多いが、一説には精霊が呪いで変質したものがオーガであるともいわれる。
だとすれば、精霊の弱点や強みとオーガのそれらとは似通った部分があるのかもしれない、というわけだ。
「特に、精霊と人間の違いや精霊の基礎体力について、なるべく仰山データがほしいんよ。そやけど、精霊ちゅうのは頑丈なようで案外デリケートや。たとえば……少なくともおれは、やけど、この耳には知らん奴に触られたら嫌やし、実験対象みたいに扱われるんは気ぃ悪いわ」
彼は人差し指で、己の尖った耳をつついてみせた。
「そこで、や。神人のお姉さんら、協力してくれへん?」
ファータの青年は、ぱん! と手を合わせ、大げさに拝むような仕草をした。
「契約相手やったら平気やって。ほしたら、この調査票、埋めてくれる? 埋められるとこだけでええよって」
ウィンクルムたちは強引に押し付けられた調査票にメジャー、ストップウォッチを手に、互いを見交わした。
解説
そんなわけで、精霊に協力してもらって計測調査をしましょう。
意外と、普段の任務で精霊と人間の違いを具体的に認識する機会は少ないのでは。
この機に、いつもは言い出しにくいお願いをしたり、質問をしてみたりしてもいいでしょう。
●調査項目
配布された調査票には、(テイルス・マキナ・ディアボロの三種族については)「耳・尻尾・角などの種族独自の部位の長さ・質感」「触れられたときの精霊の感想」、(すべての種族について)「100m走」「ハンドボール投げ」「走り幅跳び」等の筋力・体力測定、「その他調査によって得られたデータ」などの項目があります。
●その他補足事項
時間帯は午後、日差しは強く気温も高めです。
運動しすぎてばてないように、適宜休憩を入れるといいかもしれません。
ハト公園のグラウンドおよび公園全体を自由に使用してかまいません。
タブロスでは珍しいハトがたくさんいるほか、ベンチ、花壇、散歩道等の広めの公園にありそうな施設は一通り揃っています。
また、売店では、以下のものが売られています。
・各種飲み物(オレンジジュース、コーラ、スポーツドリンク) 20Jr
・ポップコーン(塩味、キャラメル味) 30Jr
・チュロス(シナモン、はちみつ) 35Jr
・ホットドッグ(プレーン) 50Jr
・チーズドッグ、カレードッグ 70Jr
ゲームマスターより
どの調査項目に多くプランを割くかは自由です。
広く浅くでも、狭く深くでも、各人なりの調査が行われていれば成功となります。
したがって、テイルスのふわふわ耳尻尾はもちろんマキナの耳の機構やディアボロの角やポブルスの筋肉をひたすら愛で……もとい、調査してもかまいませんし、触られて不機嫌になった精霊が仕返しをしてもかまいませんし、体力測定に夢中になって神人や他の精霊と勝負をしてもかまいませんし、精霊の胃袋検証と称してホットドッグいくつ食べられるかチャレンジをしてもかまいません。
それぞれの調査結果につき、明確なキャラクター設定がある場合には記載いただけると嬉しいです。
(例:100m走は7秒台、テイルスの尻尾はごわごわ/ふさふさ、マキナの耳の手触りは金属っぽい/プラスチックっぽいetc)
なければ、イラストや自由設定を元に適宜描写させていただきます。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
手屋 笹(カガヤ・アクショア)
計測ですか…オーガの情報収集とは言え科学者さんも大変ですわ。カガヤ、どうかしましたか? 科学者さんの話を聞いてから何だか様子がおかしいですわね? カガヤらしくありませんわ。 そんなの大丈夫ですわ、根拠はありませんけど。 さっさと計測しましょう。 休憩は入れます。 スポーツドリンクを買っておきましょう。 尻尾はまるまってるせいもあってもこもこですね…。もふもふ。 (まだ神妙な様子をしてますわね) 軽く悪戯しましょうか。普段のお返しも込めて。 カガヤのまるまってる尻尾を掴んで延ばす もといぐいっと引っ張りましょう。 耳の計測は…案の定頭に手が届きませんわね 屈めばいいだけなのに何故こうなるんですの!? 一応耳も…柔らかいと。 |
夢路 希望(スノー・ラビット)
研究のお役に立てるなら 何よりこの機会にユキの事を知れたら、と 兎さんそっくりの長い耳と可愛い尻尾 …実はずっと気になってたんです 「あ、あの…触ってもいいですか?」 おずおずと手を伸ばし、尋ね 良ければそっと触れて 「…ふわふわで気持ちいいです」 ユキの感想はどうでしょう? …な、なんだか困った顔をしています もしかして痛かったんでしょうか ご、ごめんなさい …? い、嫌がられてはないみたいです?(なでなで 後は筋力と体力の測定ですね 「頑張ってください」 大きく振られる手に小さく振り返し 走り姿に見惚れながらも記録して …あ 何だか辛そうです 「一旦休憩にしましょう」 私、飲み物買ってきますね ユキは日陰で休んでいてください |
八神 伊万里(アスカ・ベルウィレッジ)
売店:スポドリ×2 身体能力調査ですか この先の戦いのお役にたてるよう頑張りましょう わぁ、アスカ君すごいです! 特に脚力と体捌きは特筆すべきものがありますね お疲れ様です、終わったらマッサージするので座ってください ついでに耳尻尾の感触も…ごめんなさい、これも調査項目なんです!(ぐっ) うわ…尻尾ふわふわで…気持ちいい… それにこうすると耳がぺしゃんってなって アスカ君、いつもはかっこいいのに可愛い… こ、このときめきは一体…もしかして、私ってイジワル? あぁっ!顔が赤いです、大丈夫ですか!? それになんだかぐったりして… まさか熱中症に!? これ、飲んで横になってください! す、すみません、私ったらつい夢中になって… |
ペシェ(フランペティル)
うう、フラン以外の男性にはまだ慣れません… ギルティが精霊になる説…リンボ文書…気になりますが… 自分の数値を知るのは良い機会ですし 折角なので体力測定しましょ…気を取り直してサイズを計りましょう (メジャーで徐にウエスト計測)54cm…私より細い… えと、次は尻尾ですね! 動かさないで下さいってば(尻尾を捕まえる) 90cm…と… え?へたりこんで、大丈夫ですか? あそこのベンチで少し休みましょう 何か飲み物…あの、凄く近い…です (良い匂い…ドキドキします…) ひ、膝枕ですか!?どどど、どうぞ! (何気なく頭を撫でてみる) ご、ごめんなさい…なんとなく手が出ちゃって…角、計りますね… |
アマリリス(ヴェルナー)
軽装になったヴェルナーが珍しいと思いつつ 体力測定を中心に行おうと提案 自分は計測するので頑張れと告げる きりのいい所で休憩しようと声を掛ける 飲み物を買ってくると伝えるも先を越され手持ち無沙汰 疲れた様子もなく走っていったので体力があると再認識 休憩中ふと周囲を見て耳と尻尾をもふもふが羨ましくなる ポブルスなのは理解しているが思わず屈むように伝えて頭と耳を触ってみる 今の行動に首を傾げるヴェルナーにポブルスと人間は 似ているかの確認と告げ下心はなかった事を笑顔で主張 その後のヴェルナーの行動に思考停止するが立ち直り 気にしていないと伝えるが目が合わせられない 顔が赤いのを誤魔化すため測定を再会しようとせかし先に行く |
●1
「計測ですか……オーガの情報収集とは言え科学者さんも大変ですわ」
『手屋 笹』はふと横を見やり、地面の一点を難しい顔で見つめている『カガヤ・アクショア』の様子に首を傾げた。
「カガヤ、どうかしましたか? 科学者さんの話を聞いてから何だか様子がおかしいですわね?」
「うーん……そうかな」
「ええ。カガヤらしくありませんわ」
困ったように眉を下げる彼に、笹は断言する。
こんなに元気のなさそうな彼を見るのは、風邪を引いたとき以来かもしれない。ことによっては、あの時以上に。
うん、と彼は曖昧に頷いて、口を開いた。
「精霊が呪いで変質したものがオーガだって説もある、って言ってただろ? 改めて聞いちゃうと、俺とか知り合いがそうなる可能性もあるのかなーって思って……怖くなったというかね……」
成る程、家族や友人にも精霊はいるのだろう。笹は、カガヤの家で見た写真立てを思い出す。
だが――否、だからこそ、項垂れるカガヤにすかさず、
「そんなの大丈夫ですわ」
「どうしてさ」
「根拠はありませんけど。しいていえば、カガヤだから、でしょうか」
あっけらかんと言い放つ笹。カガヤはきょとんとしていたが、やがて、にっと笑ってみせた。
「笹ちゃんがそう言うなら大丈夫かな……? よっしゃ、はりきって計測やっていこうぜ!」
その笑顔はまだいくらかぎこちなかったが、彼は殊更元気よく準備運動を始めた。
まずは尻尾の測定ですわね、と紙を読み上げた笹の言葉に、カガヤはこだわりなく後ろを向いた。
「じゃあ……はい、どーぞ」
くるりと丸まった尻尾は、耳と比べると色の薄い和毛を顕にしている。
「まるまってるせいもあって、もこもこですね……」
もふもふ。笹は、指先の感触に目を細めた。
それから、しゃがんだまま上を見上げ、立っているカガヤの横顔をそーっと伺う。
まだ神妙な様子で心ここにあらずといった彼の表情に、眉根を寄せた彼女は決心をした。
「えいっ」
引っ張った。尻尾を。それも、思いきり。
「痛い痛い痛い! ちぎれるうううう!!!?」
「まっすぐにしないと、正確に測れませんもの」
それに、いつも身長のことでからかうのだから、仕返しです。とは、心のなかで。
「笹ちゃん、それ、飾りじゃないから大事にしてください……」
「次は耳……カガヤ……もう、すこ、し……!」
笹が背伸びしても跳ねてみても、身長差のせいで、指先はほんの少し彼の耳に届かない。
「やっぱ届かないかー。よし、じゃあ今度は俺がお返しで! ……よっ、と!」
カガヤは笹の両脇に手を差し入れると、彼女を高い高いの要領で抱え上げた。
「屈めばいいだけでしょう! 何故こうなるんですの!?」
笹はしばらくじたばた暴れていたが、それでも支える両腕はびくともしない。
諦めた笹は、不本意そうな表情で耳の感触を確かめる。
「一応、耳も……柔らかいと」
腹いせも込め、ちょっぴり多めに触ってやることにする。
くすぐったそうに首をすくめ、カガヤは笹をゆっくり降ろす。その間際、彼は口を開いた。
「あのさ、まだ思うところはあるけど……ちょっと元気出たよ。ありがとう、笹ちゃん」
それから、照れくさそうに笑って、
「さて、それじゃ、今度は運動、運動! 次は100m走、行くよ」
見ててね、と笹に向かって合図をひとつ、カガヤはスタート位置へ駆け足で向かった。
「……ん? 今、なにか踏んだような……?」
だが、少し離れたところに同僚たちがいるくらいで、特に何が落ちているわけでもない。
気のせいか、と首を捻り、カガヤは再び駆け出した。
●2
砲丸が飛んで行く。高く高く、まっすぐネットに吸い込まれ――。
「ギルティが精霊になる説に、リンボ文書……ううーん……って、え!?」
先刻の研究員の言葉を反芻しながら記録を取っていた『ペシェ』は、思わず口をぽかんと開けた。
「……砲丸投げって、こういうものでしたっけ」
見れば、ばつの悪そうな仏頂面で『フランペティル』が突っ立っている。
砲丸が飛んでいったのは彼の背後。要は、回しているうちにすっぽ抜けたらしい。
「……吾輩、体を動かすのは好かんのだ」
人間の倍近い身体能力を持つといわれる精霊であっても、全ての者が運動を得意とするわけではない。
効率のよい筋肉の動かし方や力の抜き加減を心得ていなければ、高い潜在能力が活かされることはないからだ。
その典型であるフランペティルは、歩み寄ってきたペシェに苦虫を噛み潰したような顔をして、そっぽを向いた。
「ええと……ほら。それでも、自分の数値を知るのは良い機会ですし。気を取り直して、今度はサイズを計りましょ」
へそを曲げたフランペティルをなだめながら、ペシェはメジャーを彼のウエストに軽く巻きつけた。
「ごじゅう、よん、せんち……」
「ん? どうした、肉」
「私より細い……」
愕然と呟いた彼女は、首を振った。
「えと、次は尻尾ですね!」
フランペティルは、ぎくりと後ずさる。赤みがかった細長い尻尾はくねくねと巧みにペシェの手をすり抜けるが、
「お、おい、ペシェ。尻尾はやめ……ッ、ひゃん!」
「動かさないで下さいってば」
努力もむなしく、彼女は難なく尻尾を掴まえる。フランペティルは悲鳴を上げた。
「そんなの……だめぇ……く……、は……あ……ッ!」
ペシェの指が尻尾を滑るにつれて呻き、ついにはずるずるとへたりこんでしまう。
「90cm……と。……え? 大丈夫ですか?」
尻尾に当てたメジャーと睨み合っていたペシェも、ようやく彼の異変に気づいたらしい。
「あそこのベンチで少し休みましょう。何か飲み物を……」
「……いかないで……ほしい……」
ベンチを示して自分は売店のほうへ駆けていこうとしたペシェの服の裾は、ひしと掴まれた。
どうしてこういうことになっているのか。すぐ隣に座るディアボロの様子を伺い、ペシェは眉根を寄せる。
「あの、凄く近い……んです、けど……」
「……嫌か? その……ひ……いや。肩を……貸せ」
フランペティルは言いかけた何かを誤魔化すように咳払いをした。
「え、肩!? どどど、どうぞ!」
至近距離で覗きこんでくる黄金の瞳はどこか切なげで、思わず返答をしてしまってから、ペシェは肩にもたれかかる重みに身を固くした。元々男性が苦手な性分で、彼にだけは慣れてきたとはいえこんなに近い距離は想定外だ。
彼の香水が仄かに甘く香る。いい匂い、とペシェは思い、ふと気づいた。
いつかの鍾乳洞での戦闘のときには鼻をつまむほどの「香害」だったはず。
今思えば、あの後は任務でもそれ以外でも、さしてひどい香水の匂いを感じたことはない。
見えないところで気にしていたのかと思うと、なんだか緊張がほぐれて笑みを零し、ペシェはそっと彼の角を撫でてみる。
わずかにねじれごつごつした角は思ったよりひんやりとはしていなくて、手にしっくり馴染んだ。
「ご、ごめんなさい……なんとなく手が出ちゃって。角、計りますね…」
ペシェの謝罪に対し、尊大で口煩い文句が飛んでくることもなかった。それどころか、
「ふふ……悪くない……」
フランペティルは恍惚とした表情で、目を瞑る。
彼の落ち度は、ここがグラウンドであることを忘れて尻尾を無防備に投げ出していたことにあった。
おまけに黒く細長いディアボロの尻尾は、遠目には土と同化して見つけることは困難だ。ゆえに。
「ぐわあ゛あ゛あ゛あ゛!?」
フランペティルは跳ね起きた。
「な、なんたることか……吾輩の優美で! 繊細な! 尾を! あろうことか、ふ、踏み……っ!」
語尾は息も絶え絶えで、目尻にはうっすら涙すら浮かんでいる。
ペシェはその様子を冷静に観察し、手元の用紙に書き留めた。
「尻尾に触れられると様子がおかしくなったり、踏まれて非常に痛がったりする。弱点の可能性あり……と」
●3
「ノゾミさん、なんだか楽しそうだね」
「そうですか? 研究のお役に立てるなら嬉しいな、って」
それに、と『夢路 希望』は心のなかで付け加えた。
なによりこの機会にユキの――『スノー・ラビット』のことを知れたら、と。
「最初は、どれから手を付けようか。耳や尻尾の調査が早いかな」
スノーが何気なく調査票の項目を読み上げると、希望は目を輝かせた。
兎さんそっくりの長い耳と可愛い尻尾――実をいえば、ずっと気になっていたのだ。
「あ、あの……触ってもいいですか?」
「ふふ。はい、どうぞ」
スノーがその長身をいくらか屈めると、いつもは希望の手には届かない長い耳が目の前で揺れる。
おずおずと手を伸ばしてそっと触れ、希望の緊張した面持ちは笑みこぼれた。
「……ふわふわで気持ちいいです」
それは、どんな高級な布よりも柔らかくて、希望の体温より少し高い温もりが心地よかった。
しばらく手の中の感触を楽しんでいたが、ふと見れば、スノーがいつもの穏やかな笑みとは違う表情を浮かべていた。
切なそうな、困ったような――希望も初めて見る表情に、手を止める。
「ユキ、もしかして痛かったんでしょうか。ご、ごめんなさい……」
力加減を間違えてしまったのかと、耳に触れる手を引っ込めようとした。すると、
「……ううん。痛くはないよ、大丈夫」
希望の手にスノーの大きな手が重なり、再びそっと耳にあてがわれる。
「ねえ、ノゾミさん。もう少し、続けて?」
希望は頷くと、慈しむように何度も柔らかい毛並みを撫でた。
「あとは……。あ、運動もあったんだっけ。力は自信ないけど、走ったり跳んだりはいけるかな」
せっかくだからカッコいいところ見せたいし。スノーは大きく手を振ってから、スニーカーの紐を結び直す。
「ノゾミさん、見ててね!」
「はい、頑張ってください」
離れた場所で小さく振り返された手に、彼はよし、と気合を新たにした。
希望は、スノーが走る姿から目を離すことができなかった。
大きく振られる腕、躍動するように大きな歩幅のスプリント、真剣な眼差し。自転車よりも速いんじゃ、と目を瞠る。
スノーと、それからほぼ同時――正確には少し後にスタートした隣のレーンの黒猫耳のテイルスがゴールするまで、すっかり呼吸をすることすら忘れていた。何事か話して猫耳の青年が去っていったあと、スノーはその場に膝をついた。
あ、なんだか辛そう。そう思い、希望は小走りで近寄る。
「一旦休憩にしましょう」
「……うぅ。ちょっと頑張りすぎちゃった」
苦笑するスノーに、格好良かったです、と微笑んでみせた。
「ユキは日陰で休んでいてください。私、飲み物を買ってきますね、何がいいですか?」
「ごめんね。オレンジジュース、お願いできるかな」
ベンチに座って休憩しながら、スノーはふと優しい感触の残る耳に触れる。
彼女のてのひらの温もりには、不思議な感覚を覚えた。
別に、他人に耳を触られることが初めてというわけではない。
むしろ、目立つ造形のためか、珍しがって人間や同じ精霊から触られる機会は多かった。
それなのに、こんなふうに感じたのは初めてだ。
いつもより柔らかな彼女の表情が、耳を優しく撫でる手が、とても心地好くて――。
「どうしたんですか、ユキ?」
不思議そうに覗きこむ彼女の声に、ようやくスノーは現実に引き戻される。
「ううん。ノゾミさんにまた撫でてもらえるなら、もうちょっと頑張ろうかなって」
本音混じりの軽口を口にして、赤い瞳を優しく細めたスノーはベンチから立ち上がった。
●4
「うってつけの機会だな。俺の動きをきちんと把握したら、アンタももっと作戦立てやすくなるだろ?」
「はい、この先の戦いのお役にたてるよう、頑張りましょう」
『八神 伊万里』は、『アスカ・ベルウィレッジ』の言葉に意気込んで頷いた。
今後の任務にも、日頃欠かさない報告書の分析と併せ、ここで得られたデータは活かせるかもしれない。
正確な限界が分かっていれば、どこまで無理が利き、どこからは控えたほうがいいかもわかる。
たとえば、アスカがオーガをぎりぎりまで引きつけるときだとか、救助対象を連れて逃げられるか見極めるときなどに。
「9m23cm……わぁ、アスカ君すごいです! 特に脚力と体捌きは特筆すべきものがありますね」
メジャーで砂場の上を測りながら、伊万里は熱心に書き留めた。
反復横跳び、走り幅跳びといった競技では、人間では到底追いつけない記録を叩きだしている。
「まあ、ある程度は鍛えているからな。次は……100m走か。……ん?」
ようい。身を低くし、クラウチングスタートの姿勢を取ったとき、隣のスノーと一瞬目が合った。お、と黒い耳もぴくりと動く。
スタート。走り始めると、少し前を行く彼の走りは、容姿どおりしなやかな兎を思わせた。
互いに勝負を吹っ掛けたわけではないとはいえ、並走していれば競争心も湧くというもの。
「離され……て、たまるか……ッ!」
ぐんぐん差を縮めたが、獣心族たちが全力で走るにはコースはあまりにも短い。惜しくも僅差で先着を譲ることになった。
息を整えているスノーと視線を交わし、健闘を讃え合う。
「アンタ、テイルスにしたって速いな。次は負けないぜ」
「ふふ、ありがとう。今回はスタートも厳密に同時だったわけじゃないしね。僕もこんな熱戦は久々だったよ、また機会があったら、ぜひお願いしたいな」
更に、アスカの取り柄は、人並み外れた体力にもあった。あれだけ全力を出した後でありながら、
「ふー、走った走った。もう100mあればな」
「お疲れ様です、はい、水分補給も忘れずに。終わったらマッサージするので座ってください」
伊万里から差し出されたスポーツドリンクを受け取り、けろりとしている。
「ああ、せっかくだから頼むかな」
芝の上に胡座をかいて座るアスカの肩甲骨の辺りを、伊万里は手慣れた様子で指圧していった。
腰のあたりまでマッサージを終えたとき、彼女の瞳がきらりと光る。
「ついでに耳尻尾の感触も……ごめんなさい、これも調査項目なんです!」
「ふにゃあっ!? し、しし尻尾はやめ……ち、力が抜け……」
マッサージの心地よさにすっかり緩みきっていた黒い尾を伊万里はそっと撫で上げた。
「うわ……尻尾ふわふわで……気持ちいい……」
尻尾の毛並みに沿って指先を滑らせると、アスカのつんつんした毛並みの耳がぺったり倒れる。
アスカ君、いつもはかっこいいのに可愛い――胸のときめきに、思わず彼女が尻尾に頬ずりすると、日だまりの匂いがした。
「これも調査なんて聞いて……な……、う、……くッ」
アスカは何かを堪えるように目を細める。だが、伊万里の手つきは止まらない。
「……もしかして、私ってイジワル?」
数分後――。
「あぁっ! 顔が赤いです、大丈夫ですか!? それになんだかぐったりして……。まさか熱中症に!? これ、飲んで横になってください!」
「だ、大丈夫だ……どこも具合は悪くない……」
息を荒げ、目を逸らしていたアスカは、むっと唇を曲げた。
「言っとくけど、あんなとこ触らせるのはアンタにだけなんだからな! つ、次はなるべく手加減しろください!」
「す、すみません、私ったらつい夢中になって……」
謝りながらも、次、と耳聡く、うっとりとした表情を見せる伊万里。
何かに目覚めさせてしまったかもしれない――アスカの悩みの種が、こうしてひとつ増えたのだった。
●5
「ヴェルナーは、ポブルスですし……体力測定を中心に行いましょうか。わたくしが記録しておきますわ。頑張ってくださいね」
「はい。アマリリス様にそう仰っていただけるなら、全力が出せそうな気がします」
『ヴェルナー』は、普段身につけている上着を脱ぎ手袋を外しながら、『アマリリス』に頷いた。
「……珍しいですわね、ヴェルナーの軽装は」
「そう……かもしれませんね、アマリリス様の前では。測定であれば、最善の状態で行わねばなりませんから」
生真面目に応える彼はやる気十分、トラックの方へ大股で歩いていった。
「まあ……。ヴェルナー、思った以上に力持ちですのね」
アマリリスは、彼の記録を書き留め、感嘆の声を上げた。一通りの種目で人間以上の記録を出してはいるが、特に懸垂や砲丸投げといった、筋力を要する種目の記録が目を引く。
ただ、あまり無理をしてもいけない。アマリリスは、彼がグラウンド一周を走り終えたところで声をかけた。
「休憩いたしましょう、ヴェルナー。わたくし、飲み物を買ってきますわ」
「わざわざアマリリス様の手を煩わせるには及びません、私が行って参ります。どうか、こちらでお待ちください」
駆け出す彼を止める間もなく、取り残されたアマリリスは再び瞬いた。
「体力も……あるようですわね、あんなに走ったあとですのに」
待っている間、アマリリスは周りのウィンクルムたちが測定を行う様子をぼんやりと眺めていた。
柔らかそうな兎に似た耳を撫でる神人。犬や猫に似た尻尾を触る神人。ディアボロの角を測る神人――。
いいな、と無意識に唇が動いた。別に、契約相手が他の種族だったらよかったと思ったわけではない。
ただ、なんだか羨ましくなったのだ。ヴェルナーにもああして測る部位があったなら、触れる口実にもなっただろうに、と。
そのとき、飛んできた何かが傍のネットにぶつかって、鈍い音を立てた。
「……きゃ!?」
恐る恐る近づいてみると、丸くて重みのある、鈍く光った――これは。
「砲丸……でしょうか……?」
「ご無事ですか、アマリリス様!」
飲み物のカップを両手に戻ってきたヴェルナーが急いで駆け寄ってくる。
「申し訳御座いません、私が目を離したばかりに……」
「いいえ、平気ですわ。怪我はありませんでしたもの、驚いただけで」
「しかし……」
気に病むヴェルナーの気を紛らわそうと思い立ち、アマリリスは、そうですわ、と声を上げた。
「それより、ヴェルナー。少し屈んでもらっても?」
彼は訝しそうにしながらも、それに従う。
アマリリスは彼の頭――獣心族や魔性族ならば耳や角がある場所と、人間のそれとほとんど変わらぬ耳に触れた。
ヴェルナーは、びくりと身を固くしたが、身じろぎもせずに彼女の指先が触れるがままになっている。
「やっぱり、見たところはわたくしたちと変わりはありませんのね」
「その……これは一体、どういう……?」
躊躇いがちに問う彼に、アマリリスはにっこり笑んだ。誰もが下心を疑うことのないような笑顔、彼女も承知の上である。
「ヴェルナーはポブルスでしょう。他の種族の精霊のような尻尾や角はありませんけれど、わたくしたちと全く同じ作りをしているのかしら……と思って」
「ああ。そういうことでしたか」
彼は少し目元を緩めると、オレンジジュースのカップを傍のベンチに置いた。
「精霊も人間も、神代の昔に神々が創ったものと言われています。もしかしたら、存外、その神の中に我々ポブルスや人間に似た方がいたのかもしれません」
ヴェルナーの指先は、彼女の髪を梳く。色素の薄い髪を一束持ち上げ、覗いたアマリリスの耳たぶをそっと撫でる。
「ああ、本当ですね。私と変わらない……、アマリリス様?」
「ヴェ、ヴェル……ッ」
アマリリスは口を開いては閉じ、言葉に詰まった。
その様子を不思議そうに眺めていたヴェルナーだったが、そのうちに己の行動の大胆さに気づいたものか、はっと手を離し、数メートルは飛び退る。
「も、申し訳ございません、アマリリス様! お詫びのしようもございませんが、かくなる上はこの命……!」
真面目な彼が言うと、本当に切腹でもしかねない。恐縮するヴェルナーに、アマリリスは大きく首を振ると、
「き……っ、気にして、いませんわ」
なんとか言葉だけは紡いだ。とはいえ、目が合わせられず、
「そんなことより、行きましょう。ほら、まだ測定項目が残っていますわ」
急かして歩くアマリリスの横顔は、首筋まで真っ赤に染まっていた。
依頼結果:成功
MVP:
名前:夢路 希望 呼び名:ノゾミさん |
名前:スノー・ラビット 呼び名:スノーくん |
名前:八神 伊万里 呼び名:伊万里 |
名前:アスカ・ベルウィレッジ 呼び名:アスカ君 |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | コモリ クノ |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | コメディ |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 普通 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 07月03日 |
出発日 | 07月08日 00:00 |
予定納品日 | 07月18日 |
参加者
会議室
-
2014/07/06-20:51
こんばんは、八神伊万里です。
パートナーはテイルスのアスカ君。
はじめましての方もそうでない方もよろしくお願いします。
精霊の能力を計測するんですね…
これはきっと、後々の戦いに役に立つはずです!(ぐっ)
それに(小声)耳…尻尾…もふもふ……(じーっと見る) -
2014/07/06-19:59
ごきげんよう、アマリリスと申します。
初めましての方もお久しぶりの方もよろしくお願いいたします。
色々と腑に落ちない箇所はありますが計測自体はしっかり行いますわ。
ヴェルナーはポブルスですし体力測定が中心になるかと思います。
(他の方々をちらっと見て)…ヴェルナーにも尻尾があればよかったのに。 -
2014/07/06-17:11
あ……八神さんはお久しぶりです。
他の方々は初めまして、ですね。
夢路希望と、いいます。
……よ、宜しくお願いします。
(パートナーの耳をチラチラ見つつ) -
2014/07/06-13:33
ペシェさん、フランペティルさん、こんにちは。
鍾乳洞での任務、お疲れ様でした。
他の方は初めましてでしょうか?
手屋 笹と申します。
よろしくお願いしますね。
科学者さんの話を聞いてからカガヤが珍しく考え事をしてしまったみたい…。
何かあったのでしょうか?
それはともかく計測は行います。
あの丸まった尻尾……(じーっと見ている) -
2014/07/06-01:14
フランペティル:
ほう、笹嬢にアマリリス嬢と、その精霊達は以前任務を共にしたな。その説は世話になった。
その他の者は初めてであるな。
吾輩はフランペティル!光と水を操りし清廉なるエンドウィザードであるぞ!(ポーズ決めっ)覚えて置くが良い。
ペシェめが研究への貢献と煩いから来てみれば、公園に胡散臭い科学者か。やれやれ、吾輩、体を動かすのはあまり好きではないのだがなぁ…(体力に自信が無いだけ)
我ら気高きディアボロがあんな下品なギルティに変わるなどと、
失われたリンボーダンスだかなんだか知らんが…
…おい、ペシェ
何故吾輩の上着を脱がす。吾輩は運動は好かんと言っておろうに。
ペシェ:
だって、動きにくそうですし…数値を計るのに邪魔ですし