【夏の思い出】綾綴りの人魚(久部 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

●或る伝説のお話
 むかしむかし、あるところに人魚のお姫様がいました。
 海の中での生活は、何不自由ないものでした。
 まるでここが楽園で、他には何もいらないものとさえ思うほどでした。
 しかしあるとき、お姫様は人間の王子様に恋をしてしまいました。
 お姫様はその美しい声と引き換えに、人間の足を手に入れました。
 王子様はお姫様を一目見ただけで、恋に落ちました。
 けれどお姫様は話すことができません。
 つらくてつらくて、どんなに王子様のことを愛しているか。
 話したくても声を発することができません。
 そこで王子様が用意したのは、1枚の羊皮紙と1本のペンでした――……。

●図書館『マーメイド・リリックス』
 ゴールド海岸にあるコーラルベイの一角に、小さな図書館がある。
 中は開放的な作りになっており、外からの潮風が優しく香る。
 2階建てで吹き抜けの円柱形をしており、1階から2階までびっしりと本が詰まっていた。
 1回の中心部分には読書スペースがあり、机と椅子が並んでいる。
 この図書館を利用するには、ある約束事を守る必要がある。
 『決して図書館内で話をしないこと』
 図書館におけるマナーでもあるが、ちょっとした会話も厳禁となっている。
 図書館の裏の敷地には、その昔、声を失った人魚を憐んで作られた石碑が在った。
 その伝説を引き継いで、この図書館では声を発することが禁じられた。
 代わりに用意されたのは、筆談用の羊皮紙とペン。
 図書館側から配布されており、会話をする場合は筆談で行う。
 それがこの図書館での在り方だった。
 
 本当にちょっとした会話だったり。
 いつもは言えない言葉だったり。
 声に出来ない本当の気持ちだったり。
 筆談をせずに読書や物思いに耽ってみたり。
 
 この静寂の図書館で、貴方は何をしますか?

解説

■図書館での過ごし方
・ゆっくり読書をするのもよいですし、
 パートナーと筆談で話に集中するのもよいです。
・上記の通り、声を発することはできません。
 大声を出した場合は、司書の人に怒られます。
・図書館の利用には300ジェールがかかります。
 専門書などの貴重な書物を閲覧する場合は、プラス100ジェールかかります。
・筆談に利用する羊皮紙とペンは最初の1セットは無料ですが、
 羊皮紙を追加する場合は50ジェールが必要です。
・羊皮紙のサイズはA5程度です。

■スタート
・図書館に入る直前からスタートです。
 何か話しておきたいことがあるなら、
 最初のうちに話しておくといいかもしれません。


ゲームマスターより

ご閲覧ありがとうございます、久部(キューブ)です。

今回は静寂の図書館が舞台です。
波音を聞きながら、ゆったりとした時間を過ごしていただければと思います。
邪魔するものもなく、貴方とパートナーだけの時間をご提供いたします。
心情重視のエピソードとなっておりますため、
たっぷりと思うがままの心の内をお見せください。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

アリシエンテ(エスト)

  中に入る前に人魚姫の伝説を知って「そうだわっ!筆談で人魚のお姫様と王子様ごっこをしましょう!」と提案
もちろん、私が王子様よ(真剣)
中に入ってスタート!

『ならば僕もこの想いを一枚の羊皮紙に託そう』

調子に乗って恋言葉を書いている内に、段々少し位ならば本音を織り交ぜても良いかもと思う

『君はいつでも僕の事だけを気に掛けてくれていた』

『声などいらない。君に声が無いのならば、僕も躊躇い無くこの声を捨てよう』

何だか向こうの台詞も妙に恥ずかしいものが増えてきた、
恥ずかしさに耐え切れずに、別に追加した羊皮紙に一言

『いつも、ありがとう。感謝してもし足りない』

一度も言った事の無い言葉
逃げるように、図書館を飛び出すわ



テレーズ(山吹)
  読むだけで色んな知識や世界に触れ合えるって素晴らしい事だと思うんです
ここでは一体どんな本に出会えるか楽しみです

では折角なのでここの伝説になっている人魚の話を探してみます
言葉がなくても想いは伝わったんでしょうか?
人魚はどんな言葉を紡いだのか気になります

こ、これは…!
この感想と想いを誰かに語りたい共有したい!
直接言葉で伝える事ができないのがすごくもどかしいです
人魚もこんな気持ちだったんでしょうか
私も頑張って文字で伝えてみます!

ま、全く紙が足りません
文字で伝えた人魚さんはすごいです…
ここは潔く諦めて外に出たいです
喋りたくて仕方ありません、話したい事が一杯あるんです
聞いてくださいね、山吹さん!



メーティス・セラフィーニ(ブラウリオ・オルティス)
  先日の書庫での事についてきちんとお礼を言いたい
向き合おうと決めたは良いが恥ずかしくて未だ何も言えてない為

…い、いいですよ別に、デート(小声)でもっ

図書館に入り感嘆の声を上げそうになる
どんな本があるか少し見て回り、ここの人魚の伝説の書かれた本をとり席に着く
少し読んで視線に気付き本を置く

オルティスさん、この前はありがとうございました
私ずっと過去の事しか見てなくて、あなたに迷惑かけたと思います
…あの人を想う気持ちは変わりません。
でも、少しずつでもあなたを知っていけたらと思うんです
ウィンクルム、ですから。

…え?それは…ちょっとまだ恥ずかしいです
まぁ、文字なら…

羊皮紙足りなかったら足す


Elly Schwarz(Curt)
  【心情】
人魚伝説がある図書館ですか……素敵ですね。
読書するだけですけど、声を出さないよう注意しましょう。
僕は久々に物語でも読みましょうかね。

【羊皮紙の内容】
どうしたんですかクルトさん?
暇って、まだ読み始めたばかりですよ?
もう読んでしまったんですか?
構えって、ここは喋っちゃいけないんです!

クルトさんのせいですよ!?
??

【行動】
いい加減にして下さ……むぐっ。

【終盤】
気にしなければ良いのに
僕も何故気にしてしまうんでしょうか……振り回されてばかりですね。
ここは気にせず読書に集中……え?

折角なので図書館の裏の敷地にあると言う人魚の石碑、見に行きませんか?
なんとなくクルトさんと見に行きたいと思ったんです。



ミオン・キャロル(アルヴィン・ブラッドロー)
  本、読むのね。好きなの?
そうね…一緒に選ぶ必要もないし読書コーナで会いましょう
基本はジェスチャー、表情や仕草で伝える

別れた後、少しアルヴィンを目で追う
何を読もうか考えつつ、本棚を転々とし1冊手に取る
読書コーナで精霊を見つけ目くばせで挨拶

本の隙間から覗く、あまり見ない表情
『こうしてみると綺麗よね…』
目が合うと慌てて視線を戻す
『平常心平常心…』段々、本に没頭する

本を閉じるとと肩を震わしているアルヴィンに気づく
『何よ?』訝しんで少しむっとしつつ首を傾げる

本の表紙を見せる「大人の為の童話集」

「何よ、さっきから。
そんなに面白い本だったの?」
少し拗ねるか、下から覗くように顔をみる

読書は週に1、2冊くらい



●或る伝説の物語
 むかしむかし、あるところに人魚のお姫様がいました――……。

●或る信頼の物語
 図書館『マーメイド・リリックス』。
 あるふしぎな約束事のある図書館。
 『図書館の中では、喋ってはいけないよ――……』
 それはとある人魚姫の、悲しくも切ない伝説によるものだった。
 建物は外壁が真白で、石灰のような気泡が見られる、海辺独自のものだ。
 そこにやってきたのは5組のウィンクルム。
 彼女ら、彼らは何を思い、何を体験するのか。
 それはここから始まっていく。

「そうだわっ! 筆談で人魚のお姫様と王子様ごっこをしましょう!」
 図書館に足を踏み入れる前。
 名案だとばかりに、アリシエンテがぱちんと両手を鳴らす。
「もちろん、私が王子様よ」
 また無謀な事を言い始めた……と、彼女のパートナーである精霊、エストは思う。
 伝説に則った遊びを行うというだけでも奇妙な遊びだ。
 その上男女性別を逆転して、自分の立場はお姫さまになれという。
 全く人使いの荒い『お姫さま』だ、とエストは心の中でだけそっと思った。
 図書館の中に足を踏み入れると、そこはやはり静寂に満ちていた。
 遠くから聞こえてくる潮騒の音だけが、吹き抜けの中に反響していく。
 人の声はこそりとも聞こえない。
 代わりに、たまにカリカリと何かを書く音が聞こえた。
 アリシエンテとエストが司書にお金を払う。
『ここでは声を発することが禁止されています』
 司書が予め羊皮紙に書かれていた注意書きを取り出す。
 そして、1本のペンと1枚の羊皮紙を差し出した。
『こちらをお使い下さい。羊皮紙の追加は50ジェールです』
 すると、アリシエンテが早速サラサラと文字を書く。
『念のため、もう1枚ください』
 司書はわかりました、とばかりに首を縦に振って、羊皮紙をもう1枚差し出した。
 ペンと羊皮紙を持って2人は席につく。
 一応、人魚の伝説が書かれた本を幾つか横においた。
 そして、アリシエンテが何を書こうか悩んでいるのを見て、エストはそっとペンを走らせた。
『嗚呼、何と云う事でしょう。
 こんなにも恋焦がれているのに、この声でその想いを紡ぐ事は永久に叶わないなんて』
 エストはこの人魚伝説について、少々ばかりの知識があった。
 ゆえに、人魚の想いを知っていた。
 アリシエンテは少し驚いたように見えたが、それを切欠としてペンが滑る。
『ならば僕もこの想いを一枚の羊皮紙に託そう。
 愛という言葉は、君にこそ相応しい』
 声に出して言うならばこそばゆい言葉でさえ、ペンで紙に宿してしまえば心地よい。
『君はいつでも僕の事だけを気に掛けてくれていた』
 まるでそれが本当のことのように思える。
 自分は声なき相手に恋焦がれる者で、ペンと羊皮紙だけが世界のようだと。
『声などいらない。君に声が無いのならば、僕も躊躇い無くこの声を捨てよう』
 アリシエンテの指が止まる。
 一瞬、本当に我を忘れていた。
 エストはそのことに気付いただろうか。
 いつも通り冷静な彼の表情からは、その中身は読み取れない。
 なるほど、文字で気持ちを伝えようとすると、感情の機微が見て取れない。
 アリシエンテの手が止まると、今度はエストの手が動いた。
『綺羅星の様な王子様……。
 声も出せない私をこんなに真摯に見つめて下さってありがとうございます』
 エストは記憶にある人魚姫の言葉を探す。
 けれど、知識を超えた何かが、彼のペン先を揺らしていた。
 アリシエンテはその言葉を見て、もう1枚の羊皮紙を取り出す。
 彼に見られないようにそっと、羊皮紙に思いを描く。
 それをテーブルに置くと、まるで逃げるように図書館を飛び出した。
「!?」
 エストが驚いてアリシエンテを追おうとする。
 しかし、その足は止まった。
 残された1枚の羊皮紙。
 そこには、託された『王子様』からのメッセージが書かれていた。
『いつも、ありがとう。感謝してもし足りない』
 エストはゆっくりと微笑みながら、震える手で羊皮紙を大切そうに懐に仕舞い込んだ。
 あとは、『王子様』を追いかけなければ。
 この『お姫さま』の声と引換に得た足を使って――……。

 メーティス・セラフィーニとブラウリオ・オルティスは図書館の入口に佇んでいた。
 メーティスはある1件以来、ブラウリオと向きあおうと決めていた。
 けれど、羞恥心が邪魔をしてなかなかハッキリと伝えることができなかった。
 もじもじとするメーティスを見て、ブラウリオが言う。
「翠の森の時を思い出すね、今度はちゃんとしたデートかな?」
 からかうようにブラウリオが言うと、負けじとメーティスが小声で返す。
「……い、いいですよ別に、デートでもっ」
 その様子に絆されながら、ブラウリオは彼女をエスコートする。
「……ふふ、冗談だよ。さ、行こうか」
 図書館の中に入ると、まずはジェールの支払いとペンと羊皮紙が渡された。
 ブラウリオが受付をしてくれている間、メーティスは思わず感嘆の声を上げそうになる。
 吹き抜けの2階建ての図書館は、所狭しとぎっしりと本が詰められているからだ。
 一生かけても読みきれないような量の本が、ここには収められている。
 その事実に圧倒されていた。
 受付が終わった彼と一緒に、彼女はどのような本があるかを見て回る。
 伝記や異聞、歴史書、物語。たくさんのジャンルの本が陳列されている。
 そして伝説の類が保管されているスペースには、あの『人魚姫』の話があった。
 子供向けから大人向けまで、さまざまなタイトルで同じ内容が記されていた。
 その中から2、3冊抜き取って、メーティスは席に座った。
 彼女と一緒に本棚を眺めていたブラウリオも、彼女の横に座る。
 彼女が本を読み始めて数分。
 横から視線を感じた彼女が、ふと横を振り返る。
 羊皮紙とペンを取り出して、メーティスがつづった。
『すみません。暇でしたか?』
 すると彼はそのペンを借りて、同じく羊皮紙にペンを走らせる。
『気にしないで、メーティス。
 もとより君が振り向くまで諦めないつもりだったし』
 その言葉により慌てたメーティスは本を置いた。
『それに好きになってくれなくても、傍に居てくれるなら十分だから
 ……俺としては好きになってもらいたいけど、ね』
 軟派な言葉が、その綺麗な文字によってとても美しい言葉に見える。
 それとも、相手が相手だからそう見えているのか。
 もしも後者だったら素敵だな、なんて。真っ赤になったメーティスは考えた。
 とんとん、と指を叩いて、ペンを貸して欲しい旨を伝える。
 すると、彼が彼女の意図を汲み取りペンを渡した。
 自分の中で向きあおうと思っていること。
 頑張って頑張って、必死になってようやくペンを動かした。
『オルティスさん、この前はありがとうございました』
 つづられていく文字。
『私ずっと過去の事しか見てなくて、あなたに迷惑かけたと思います。
 ……あの人を想う気持ちは変わりません』
 それはとても丁寧な文字だった。 
『でも、少しずつでもあなたを知っていけたらと思うんです。
 ウィンクルム、ですから』
 ブラウリオはその丁寧な文字を、暖かい視線で見ていた。
 どこか初々しい、子供に対するような、けれどどこか大人びた、愛おしさ。
 不思議と、彼女からはそんな情を受けていた。
 スッ、と彼女からペンを取った彼は、羊皮紙に願いを書いた。
『ねぇ、また名前で呼んでほしいな
 恥ずかしいならせめて文字でもいいから』
 そして、ペンともう1枚の羊皮紙を彼女に渡す。
 彼女はまるで人魚姫のようだ、と感じた。
 言葉では言えない気持ちを、代わりにペンで馳せる。
 彼の名前を羊皮紙に刻むと、彼は愛おしそうにそれを見て、大事に懐へと仕舞った。

 Elly SchwarzとCurtは受付を済ませて本を読んでいた。
 正確には、エリーが本を抱え、椅子に座ったばかりである。
 そしてやれ1ページ目を開き読み始めて数分後。
 彼女のパートナーであるクルトが羊皮紙にさらさらと文字を書いていた。
 そしてそれをエリーにつきだす。
『おい』
『どうしたんですかクルトさん?』
『暇』
『暇って、まだ読み始めたばかりですよ?』
『読み終わった』
『もう読んでしまったんですか?』
『構え』
『構えって、ここは喋っちゃいけないんです!』
「いい加減にして下さ……むぐっ」
 言葉の押収に最後はエリーが口を開いてしまった。
 慌ててクルトが口を塞ぐも、周囲からの視線は避けられない。
 気持ちを落ち着かせながら席に座り直すエリー。
 それにしても、彼はオカルト系のサブカルチャーカテゴリの本を読んでいたはず。
 しかしそれにも飽きたのか本当に読み終わったのか。
 ともかく暇であるとエリーに訴えたのだ。
 エリーもエリーで、気にしなければよいとわかってはいるのだ。
 今のやりとりもついカッとなってしまった。
 冷静に受け止めて、気にしなければこんなことにはならない。
 けれどどうしても気になってしまう。
 彼のことが、気になってしまうのだ。
 その事実に反省しつつ、すっかり集中力が途切れてしまった読書を諦めた。
 積んでいた本を元の場所に戻しにいく、と羊皮紙に刻む。
 クルトは面倒そうに頷くだけだった。
 席に戻ると、エリーは羊皮紙に何かをつづった。
『図書館の裏の人魚の石碑、見に行きませんか?』
 その言葉を見て、クルトは最初こそ少し驚いた様子だった。
 しかしそれでも断ることはなく、行くぞ、とばかりに席を立った。
 図書館を出た裏。
 入口とは真反対の位置には切り立った崖がそびえ立っている。
 崖際には安全用にロープが引かれているようだ。
 大きな樹木が立っていて、そこは思いの外涼しかった。
 涼を得るには充分な青々とした葉が茂っている。
 その、真下。
 木陰で守られるように立っている石碑がある。
 大人1人分程度の石碑だ。
 何か文字が書かれているようだが、この潮風でかき消されてしまっている。
 目を凝らしてみても、何が書いてあるかはわからなかった。
 クルトは思う。
 人魚のように、自分の気持には犠牲が伴うものなのか、と。
 しかし、今までが上手くいきすぎていたのだ。
 それくらいのものがあっても、仕方ない。
 悪くないさ、この鈍感をどこまで落とせるか。
 エリーは考える。
 読書に集中しようと思っていたのに、邪魔されて。
 結果的にではあるが声を出してしまい恥ずかしい目に合わされて。
 それなのに、こうして静かに石碑を眺めている。
 相性がいいのか、悪いのか、わからない。
 人魚姫みたいに、ひとめぼれしていたらどんなに楽だろう。
 そうすれば、何の躊躇いもなく――……。
 止めよう。こんな思考は無意味だ。
 エリーは考えることをやめた。
「クルトさん、そろそろ行きましょう」
「ああ」
 2人はそれぞれの想いを胸に、図書館を去っていった。
 人魚の潮騒を置き去りにして。

 テレーズと山吹は向い合って読書をしていた。
 読書とは様々な知識や多種多様な世界に触れることができる。
 それがとても素晴らしいことだという。
 ここではどんな物語に触れ合えるかを楽しみにしていたが、ここは人魚の図書館。
 人魚の伝説の本を読むと決めていた。
 人魚に関する本はそれこそ多種多様。
 すべてに目を通そうとするならば1日では終わりそうもなかった。
 それでも数冊見繕って、パートナーである山吹の向かい側に座った。
 そんな山吹は、自分自身が選んだ本をゆったりと読みつつ、彼女の顔を見ていた。
 読書をするだけにしろ、くるくると表情を変える彼女が面白い。
 読書に集中しようにしても、彼女の百面相を見ている方がよほど胸が温まった。
 邪魔していないかとも思ったが、こちらの視線に気付く様子もない。
 それほどテレーズは読書に熱中しているようだ。
 見ていて飽きない、とはよく言ったものだ、と山吹は思う。
 よく面倒事を持ってきたりもするが、可愛い彼女のわがままのうち。
 いつの間にか慣れてしまっている自分がいた。
 この胸の温かさが親愛の情なのか、それとも別の何かなのか。
 振り回されるのも、また一興。
 また知らないうちに、彼女に頭を垂れるのだ。
 一方、そんな目で見られているとは気付かないテレーズ。
 彼女は人魚に関する様々な本を用意していた。
 そしてそれを読んでいくにつれ、深まる感情。
 今得たばかりの新鮮な知識を、誰かと共有したい。
 語り合い、熱弁し、想いを伝えたい。
 そんな激情にも似た感情がむくむくと彼女の中で広がっていった。
 もしかすると、人魚もこんな思いだったのかも知れない。
 伝えたくてどうしようもないこの思いを、安々と伝えられない。
 その枷は、こんなにも重いものだったのか。
『山吹さん、山吹さん! 聞いてください!』
 たまらずペンを取って羊皮紙で彼を呼ぶ。
『どうしましたか』
『あのですね! この本がすっごく面白くて――……』
 すらすらと文字で埋め尽くされる羊皮紙。
 山吹は邪魔しないよう、時折首を縦にゆっくり振ることで相槌を打つ。
 比較的小さな文字で記されていく感想や思い。
 それでもあっという間に羊皮紙はいっぱいになってしまった。
『ま、全く紙が足りません……』
 その落ち込んだ様子に、山吹はくすくすとおかしそうに笑った。
 勇ましい話をするときは果敢に、可憐な話をするときは情緒的に。
 そして今は自分に対する反省に落ち込んで。
 本当に百面相を見ているのだ、おかしくてたまらない。
『外に出ましょうか』
 山吹がペンを取り、羊皮紙の空いたスペースに文字を書く。
 テレーズはうんうんと何度も頷いた。
 それぞれ借りていた本を元の場所に戻す。
 そして受付にペンを返して、図書館の外へと出た。
「っはー! もどかしかったー!」
 外に出てテレーズの第一声がそれだった。
 伸びをして身体の緊張をほぐす。
 どこか緊張していた自分がいたらしく、思いの外それは気持ちよかった。
「テレーズさんには、少し難しい図書館でしたか?」
「うーん。でも、すっごく楽しかったです!
 人魚の伝説も多岐に渡っていて、微妙に違うところがあったりして」
 きっと受け継がれていく内に、細分化していったのだろう。
 人魚の伝説はおおまかな点は同じでも、細かいところが違うものもあるそうだ。
「喋りたくて仕方ありません、話したい事が一杯あるんです。
 聞いてくださいね、山吹さん!」
「はい、仰せのままに」

 ミオン・キャロルの後を追って、アルヴィン・ブラッドローがゆっくりと足を止めた。
「本、読むのね。好きなの?」
 ミオンがアルヴィンに問いかける。
「好きっていうか。ここと違って娯楽が少なかったからな。よく読んでたよ。
 ところで、ここの中、喋れないんだろ? どうする?」
「ジェスチャーとか……仕草とかでわかるでしょ、何となく」
「了解」
 受付を済ませて、ペンと羊皮紙を受け取る。
 まずは読書コーナで待ち合わせることに決め、2人はバラバラに動き出す。
 別れた後も、ミオンは少しばかりアルヴィンの方を見ていた。
 けれど、彼は気付いていないのか振り返ることはない。
 こちらも何か思うことも言うこともなく、何気なく、見ていただけだ。
 すぐにその視線も外すと、自分もまた読む本を探しに歩き出した。
 本棚から一冊の本を取り出す。
 一方で、アルヴィンは本の洪水のような圧巻する量を見て、拳を握りしめる。
 しかしそれも一瞬のこと。
 推理小説シリーズを手に取ると、丁度本を選び終えたらしいミオンと目があった。
 2人が読書スペースに移動すると、何も言わずに黙々と読書を開始した。
 もちろん、羊皮紙にペンを走らせず、黙って読書をするのも、図書館では正しい在り方だ。
 ミオンが本を読んでいるふりをして、少し本の角度をずらしてパートナーを見る。
 ぎりぎりこちらの視線に気付いていないのであろう、黙って読書にふける彼。
 茶系の髪質をラフに整え、色白だが貧弱なイメージはない。
 その姿は綺麗だと称するに相応しいものだと思った。
 自分は黒い髪に黒い目。
 羨ましいような、そうでもないような、不思議な感覚だった。
 ミオンの視線に気付いたのか、アルヴィンが不意に顔を上げる。
 さっと視線を戻して、気付かれないように平常心を保つように努めた。
 やがて2人共が読書に熱中し始めた頃。
 区切りのよいところで、アルヴィンがふとミオンの方へ視線をやった。
 すると悲しそうになったり怒っているようであったり。
 なぜか百面相をしている彼女がいた。
 普段の彼女からは想像できず、思わず見ていたら吹き出しそうになる。
 彼女が本を閉じると、肩を震わせている彼に気付く。
 訝しんで眉をひそめると、彼が羊皮紙に何やらすらすらと書いた。
 そこを何とか自制心で留めると、羊皮紙に文字を書いて彼女の方へ行った。
『何読んでるんだ? 面白そうだから借りようかな』
 ミオンはアルヴィンに言われるがまま、本を渡す。
 ――『大人の為の童話集』
 予想外のジャンルのタイトルに戸惑うが本を受け取る。
 ミオンの頭をぽんぽん、と叩いた。
 そしてそのまま貸出窓口へと向かう。
 途中、思い出し笑いに堪えつつ、彼女の怪訝な瞳に咳払いをした。
 図書館で貸出の受付を済ませた後。
 2人は外に出てきていた。
「何よ、さっきから。そんなに面白い本だったの?」
 人の顔を見ては肩を震わせたり咳払いをしたりするアルヴィン。
 図書館から出れば、静寂の制限は無くなるので直接問いただした。
「いや、ごめん。別に」
 ミオンの頭をもう一度ぽんぽん、と叩く。
 最後にもう一度咳払いをすると、もう平常心を保てるようになった。
「俺たちは、伝える手段があってよかったよな」
「え?」
「何でもない」
 儚い言葉は、潮風にさらわれて、消えていった。

●或る人魚の物語
 ――――パシャン。
 尾ひれが波を打つ音が、どこかで聞こえた気がした。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 久部
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 07月07日
出発日 07月12日 00:00
予定納品日 07月22日

参加者

会議室

  • [5]テレーズ

    2014/07/10-23:44 

    こんばんは、テレーズと申します。
    今回はよろしくお願いしますね。

    私達は読書メインで過ごしてこようかと思っています。
    貴重な書物もあるということで今からすっごく楽しみです!

  • メーティス・セラフィーニです。よろしくお願いしますね。

    私たちは筆談メインになると思います。話したい事があるので…
    でも仕事で司書をしているので、どんな本があるかも少し気になりますね。

  • [3]ミオン・キャロル

    2014/07/10-10:06 

    皆さん、よろしくお願いします。
    ミオン・キャロルよ。

    私達は読書だと思うわ。
    図書館は久しぶり。何を読もうかしら…。

  • [2]アリシエンテ

    2014/07/10-02:26 

    ごきげんよう。メーティスさんとテレーズさんは初めましてねっ。
    アリシエンテと言うわっ。皆さん宜しくお願いするわねっ。

    自分は本を読むか、羊皮紙を+50して伝説に沿ったごっこ遊びをするかで悩んでいる最中となるわ。
    多分ごっこ遊びをして失敗すると思う()
    そんな感じになるけれども、どうか宜しくお願いするわね。

  • 皆さんお久しぶりな方ばかりですね。
    改めましてElly Schwarz、エリーと言います。
    精霊はディアボロのCurt、クルトさんです。
    よろしくお願いします!

    さて、僕はどんな本を読みましょうか。ワクワクします。
    声を出してはいけない事も、注意しなくてはいけませんね。
    でも読書に集中していれば、特に危惧する事でもない……ですかね?()


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