プロローグ
雨上りのからりとした青い空。
まだ濡れた道を、黒い服を着た人間ばかりがぞろぞろと歩いています。彼らが纏うのは喪服。
故人を偲ぶよう思い出話に花を咲かせ、蟻のような行進はゆっくりと進みます。
「そう言やあ、息子さんは?」
「確か店でやることが有るからって、こっちには来ないらしいよ」
そう話す二人の女性が視線を向けた先には、しっかりと戸の閉まった一件の建物。広い一階部分の上にちょこんと乗ったような二階部分。採光のためか南側の窓は大きく、うすいクリーム色の壁とともに暖かそうな印象を与えます。海のような深い青の瓦屋根は、この青空に穏やかに調和しています。
民家の様にも見えますが、大きな引戸に掛けられた『本日休業』の札が何らかの店で有ることを示しています。
やや距離が有るためしんとしているのは仕方がないにしても、窓にかかった薄いレースのカーテンを透かしても人の気配は感じられません。
「……一人で遺されとんじゃ、落ち込むのも無理はあるまいて」
人の良さそうな老翁の言葉に、詮索好きなご婦人方は気まずそうに目を逸らします。
が、二人はすぐに他の話題でしめやかに盛り上がり始めました。それに他の女性が興味を持ったのか、話に加わります。
一行は列を乱すこと無く、歩を進めてゆくのでした。
所変わって。
昼下がりの日の余り差し込まない室内に、ひとり椅子に腰掛ける青年がいます。陽光も射さず照明をつけても居ない部屋は薄暗く、しかしこの晴天は黒ずくめの男を闇のような孤独へ埋没させてはくれません。
この青年の名はカクタス。先日唯一の身寄りである祖母を亡くし、その葬儀も先程終わってしまいました。
祖母の経営していたこの店を理由に食事会への出席を断って帰って来たものの、今は何をするでもなくただぼーっとしているだけです。
沢山の人の気配が少しずつ近づき、続き、少しずつ離れ、そして何も聞こえなくなりました。
それでも、椅子は根が生えたように動きません。座るカクタスも植物のように微動だにしていないからです。
ぽとり、ようやく動きがありました。涙です。
この家の屋根と同じ青い目から、一滴ずつ雫が降ります。木目の床に吸い込まれ消えるのを見つめ、彼はほんの少し、泣きました。
数刻の後、彼は面を上げます。
椅子の自然な軋みを耳にしながら振り返ると、黄金の日差しが四時前を指す時計を照らしていました。いつもならば常連のお客さん達が開け放した店頭でお喋りを楽しんでいる時間です。
ふと、その時計の横のコルクボードからポスターが剥がれかかっているのに気が付きます。
見ればそのすぐ下にポスターを止めていたものであろうピンは落ちており、億劫そうにしながらも見つけた以上はと拾いに行きます。
うなだれた片隅にピンを刺しながら内容を検めれば、それはこの店の近くにあるグリーンヒル公園のものでした。サボテンを始めとした多肉植物が特に有名な公園です。
これを見ながら、カクタスのおばあちゃんとお客さんが和やかに談笑していた事が鮮明に思い出されました。
「……そうだ」
もう祖母はいないけれど、ここは彼女だけの店ではなく彼女達の店だったのだ。
す、と立ち上がると陽光を透かしたクリアな視界が広がります。今は何も展示されていないショーケース、カバーの掛かったレジスター、消した跡だけが残る小さな黒板。そして、年月を重ね趣味の良い家具。
そのどれもが、人の目に触れることで初めてその意義を見出す事が出来るのだと悟ります。
「僕が、きちんとこの店を継がないと」
着慣れない黒のジャケットを脱ぎ捨てるようにして机に放ると、表の鎧戸を開け放ちます。人の気配は有りません。
踵を返し落涙の跡がすっかり消えた床を踏み越え、カクタス青年は裏庭へ出ます。
外は少し蒸し暑く、斜陽に目を細めます。とにかく歩きたい気分でした。
すっかり渇ききった道を歩き始めます。
数日後。
タブロス市街で、手書きのチラシを目にするようになりました。
内容は以下の様なものです。
トワイン生花店リニューアルのお知らせ
いつもお世話になっております、トワイン生花店です。
上記にも有ります通り、お陰様で当店はリニューアルオープンを致しました。
つきましては記念イベントとして、多肉植物の寄せ植え教室を開催したいと思います。
参加者は二人一組となって作業をして頂きますので、どうぞお誘い合わせの上ご来店下さい
参加費
お一人様200Jr
※今回作成して頂く作品は、記念として店頭にディスプレイさせて頂くものです。
お持ち帰りは出来なくなっておりますが、御了承下さい。
鉢植え、植物、その他必要なものは全てこちらで取り揃えております。
お申込みは最下部連絡先へ。また、空きがあれば当日中の参加も受け付けております。
日時は――(以下省略)
「こ、これで、来てくれるかなあ……」
ここ数日、慣れない事を続けてきたカクタスはぐったりと二回の自室のソファで手作りのチラシを眺めます。
普段からよく祖母の手伝いをし、また幸いにも色々な手助けをしてくれる祖母の知人が多かったこともあってなんとか今日まで漕ぎ着けることが出来ています。現にこの寄せ植え体験教室というアイデアも、店内の装飾に悩んでいた時にされたアドバイスから着想を得たものなのです。他にも、使わなくなった鉢などを譲って貰ったり接客の手ほどきを受けたりと、近所の人々はカクタスの新たな門出を応援しているようです。
しかし、明後日の教室は、カクタス自身の力だけで行わなければなりません。
疲れと不安とほんの少しの希望を抱えたカクタスは、そのまま眠りに落ちるでした。
解説
タブロス市の新市街にある、小さなお花屋さんを舞台にしたお話です。
チラシを見た、噂を聞いた、たまたまその前を通りかかった……理由は人それぞれでしょう。二人でお喋りをしながら、ゆっくり寄せ植えをお楽しみ下さい。
参加費としてお一人様200Jr(二人で400Jr)頂きます。
作業は一組につき一つの机で行って頂きます。鉢植え、多肉植物共にかなりの自由度に選べますので鉢の形状や寄せ植え全体の雰囲気等ご希望が有ればプランにご記入下さい。また、下部に一例を上げますのでその中から選んで下さっても結構です。
また、チラシにも有るように、今回の作品はディスプレイになるためお持ち帰りは出来なくなっております。御了承下さい。
以下簡単な説明や資料など
●多肉植物
サボテンやアロエ等が有名ですが、寄せ植えにはその他様々な多肉植物が使われます。
色や形はバリエーションに富んでおり、ブラックナイトという名の通り黒っぽいややスマートな葉を持つものが有ります。
チワワエンシスは淡く可愛らしい色合いながらもほんのりと赤い先端だけは鋭くなった葉を持ちます。
ミカヅキネックレスはつるのように長く生育し、吊り鉢に向いています。
また可憐な花を咲かせるものもあります。
上記のミカヅキネックレスは白い花を咲かせ、肉厚ながらのこぎりのような葉のキリンソウは小さな黄色い花を咲かせます。
サボテンも同様に花が咲き、変わった色をしているものがありますが、最大の特徴はなんと言っても刺でしょう。例えば紫晃星は白い刺がまるで星が輝くように見え、花は明るい紫と名の通りのサボテンです。
その特徴的な刺はアクセントは勿論、寄せ植えの主役にも最適です。
刺にはご注意下さい。基本的に作業はピンセットで行いますが、希望すれば軍手の貸出も行われます。
上記以外ものも使えますが、検索して出てこなかったりした場合描写が薄くなる可能性があります。
ゲームマスターより
初めましての方は初めまして、そうでない方はごきげんよう。椎田です。
七月に入り日に日に暑さが増してきておりますが、如何お過ごしでしょうか。
今回は、暑い所の植物で連想されるであろうものの一つ「サボテン」を題材としてみました。
梅雨明けはまだ遠いという地域もあるやも知れません。水害にはお気を付けてお過ごしくださいね。
以下NPCの情報です。
カクタス(18)
人間。焦げ茶の髪に深い青の目、健康的に焼けた肌。大柄ですが、穏やかな性格。
人見知りがちで引っ込み思案ながら、朴訥で心優しい青年です。
客商売には向かない素養だと自覚しており、これからの事を考えて多少荒療治でもと一念発起してこの企画を打ち立てました。が、自分がつきっきりにならなくてもいいようにと二人組の募集をする辺り、改善は程遠そうです。
※プランにてご指名等無い限り、殆ど出ないものだと思って下さって結構です。
それでは皆様のご参加、お待ちしております。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
リーリア=エスペリット(ジャスティ=カレック)
チラシを見て、植物好きのジャスティを誘ってきてみた。 初めてなので説明をよく聞き、注意しつつやってみる。 植物を、サボテン中心に配置してみる。 ジャスティの方を見てみたら、どことなく楽しそうな感じが伝わってきて、微笑ましく思う。 普段は任務以外ではあまり外に出ないから、こういう機会に引きずり出すことにしているが、彼のあのような様子を見ると、連れてきて正解だったと思う。 ジャスティの寄せ植えが一段落ついたら、どういう植物を選んだかとか、こだわりなどを聞いてみる。 きっと、いろいろ教えてくれるだろう。 彼の話を聞くのは結構好きだ。 (ただし小言以外) 寄せ植えで使う多肉植物 ブラックナイト、熊童子、サボテン(紅小町) |
篠宮潤(ヒュリアス)
人見知りそう、な、カクタスさん? それでも、お店のために一歩踏み出した勇気、僕はすごい、と思うんだ ●作業中 顔見知りなかのんさんたちの姿にホッ ←これも人見知りな為 「生花、ご一緒したときも思った、けど…かのんさん、 手つきも良いしセンスも素敵、だね」 植物、普段扱ってるのかな…と思うにとどめたか、頑張って話しかけたか 「ぁいたっ。いや…ピンセット、だと、上手く植えられなく、て…」 軍手借りて植えようと。棘刺さりまくり。精霊から突っ込まれる ●完成形:夜空イメージ 紫晃星を一見ランダムに並べその隙間を埋めるようブラックナイト 四隅にポトシウム 「うん。実は、ね」 紫の花咲いたら『トワイン』の文字(見えればいいな) |
かのん(天藍)
店の前を通り、この催しに気付いて飛び入り参加 多肉植物の寄せ植えですか 寄せ植えは仕事(ガーデナー)で良く作りますけれど、多肉植物はあまり使わないのですよね 普段手にしない種類を扱えるのは楽しいです 管理方法等お店の方に窺えると良いのですが 涼しげな楕円のガラスの鉢を使いましょう 天藍も好きな物を選びませんか? では、銀月の林にセダムの茂み 色や形が違うエケベリアを数種選んで 赤色の強い物と青色の強い物で花畑のように スキル:ガーデニング、植物学フル活用 (少し勢いついてたらしく) あ、いえ、ちょっと机の角にぶつけただけです(手の甲隠しつつ) 天藍の手当の行動に頬が染まる 普段からいつも気にかけていてくれることに感謝を |
ミオン・キャロル(アルヴィン・ブラッドロー)
アドリブ歓迎 寄せ植えって初めて 多…肉植物?そういうのもあるのね やり方?私、知らないわよ…店主さん教えて下さる? とりあえず鉢とか植物を選んでみる?(周りを見つつ …この薔薇みたいなのがいいわ 器はガラスの丸いのが涼しそう 予想外に熱中 大丈夫!?…えっと (手を取り傷口に口を当てる、上目使いに目が合う) 失礼ねっ!救急箱、借りてくる! (ハンカチを投げ捨てながら) 面白かったわ また参加したいわ、ありがとう(にっこり笑顔) 今度知り合いにも声をかけて、また来るわね 持って帰れないのが残念 チワワエンス、エノプラが中央 ミカヅキネックレスを片側に垂らすように クラッスラ属の星の王子は逆側に高さだす |
Amane=Ilvory(Dante)
<心情> 寄せ植え体験ができるってお母さんから聞きました。 …おばあさんが亡くなったことも…。 <雰囲気・形状> 雰囲気:クール 形状:普通の鉢植え <貸出物> 軍手 <行動> 僕は チワワエンシス と サボテン 攻めで行こうと思います…。 話はズレますけど、最近傷増えてません? え、難癖野郎と大喧嘩? …なんですかそれ。賭け事と関係ないんですね。 …あんまり、無茶しちゃ駄目ですよ。 前言撤回。うるさいです。 <終わった後> 自分の力で頑張ろうとしているカクタスさんを見てなんとなく、放っておけなくなった。 …声をかけよう。 「あなたなら大丈夫だと思います。 ……頑張って下さいね」 追いついたダンテに、 「…なんとなく、です」 |
●サボテンは逆境でこそ美しく
相変わらずからりとした青い空、退屈そうに白い雲がひとつふたつ浮いています。風は優しく、暑く籠った空気を僅かに揺らすだけで、昼食時だからかタブロス市内の人通りも疎らです。
体験教室の準備を終えたカクタスは、店内から大きな窓を開け放して続く広い裏庭で一息吐いていました。
花屋の経営というものは、経験や知識のない彼が考えていたよりも厳しく難しいものです。しかし周囲の支えとなにより本人のやる気もあって、なんとかここまで漕ぎつけることが出来ました。
「……よし」
体を預けていた籐の椅子から身を起こします。
小さく気合を入れると、通りに面した店の前に『寄せ植え体験教室』の看板をかけに行きました。
その背を、写真の中の瑞々しく若さを感じさせる老婦人が見送ります。モノクロの写真の
周りを彩るセロハンと針金で花を象った可愛らしい写真立てが、やや正午を過ぎた陽の光を浴びきらりと輝きました。
●まるで生きた宝石箱
「えっと……じゃ、じゃあどうぞ始めて下さい」
一通りカクタスのたどたどしい説明が終わり、漸く開始の合図が出されました。
カクタス自身もですが、参加者もその危なっかしい様子からは想像できないほど何事もなく説明が終わりほっと一安心していました。
自身の母からこの催しを聞いたというAmane=Ilvory。彼女はパートナーである精霊のDanteと共にやって来ていました。
体験教室の事と同時に彼の祖母の訃報も知らされたアマネは、軍手を借り受ける時にそっとカクタスに声をかけます。
「あなたなら大丈夫だと思います。……頑張って下さいね」
控え目ながらもその意図を汲み取った彼は大丈夫だと言うように微笑みます。
「メグ、なにやってんのー?」
ダンテの呼び掛けに互いに軽く目礼をし、アマネはパートナーの方へ駆け寄ります。
そんな彼女に優しいんだな、と微笑みかけるダンテ。
「……なんとなく、です」
ふいっと顔を反らすと鉢や植物を選びに歩き出します。
そんなアマネが選んだのはチワワエンシスと数種類のサボテン。小さく愛嬌のある見た目ながらも刺が一筋縄ではいかないような雰囲気です。それに合わせるように、ダンテはブラックナイトとキリンソウを選びます。
「メグ、サボテンは俺やるから。女の子なんだし怪我したらマズイしさ」
「……じゃあ、ダンテさんにお願いします。話はズレますけど、最近傷増えてません?」
言葉通り、アマネの持って来たサボテンを配置し始めるダンテ。その手に古くないキズがいくつか有るのをみつけます。
「傷? ああ……なんか変な難癖野郎に絡まれてさ」
「 え、難癖野郎と大喧嘩? ……なんですかそれ」
何でもないかのようにダンテは言いますが、アマネは渋い顔。
「……あんまり、無茶しちゃ駄目ですよ」
「……えっ、まさか俺のこと心配してくれてる!?」
「前言撤回。うるさいです」
メグちゃんのツンデレ期到来!?
とばかりに沸き立つダンテにぴしゃりと一言。
一見二人に温度差があるようですが、出来上がったクールな雰囲気の作品からはそんな事は感じ取れない程の完成度でした。
格好よさを重視した選択だったのでやや全体的な主張が強くなりそうでしたが、敢えて普通のシンプルな鉢植えにすることで上手くバランスをとっています。
リーリア=エスペリットに誘われて参加したジャスティ=カレックは早速、寄せ植えに使う植物を選びに席を立ちました。リーリアは先に鉢植えを選ぶと、少し遅れてジャスティの後ろから植物を覗き込もうとします。が、その目は楽しげな様子のジャスティに奪われました。表情こそ普段と変わりませんが、パートナーであるリーリアには楽しそうな様子が感じられます。
普段任務以外で外出することの少ないジャスティをリーリアはよく連れ出すのですが、楽しんでくれているのが分かるとやはり嬉しいもの。思わず笑みを零してしまいます。
「……どうした?」
「え? あ、何でも無い!」
何か面白いものでも見つけたか、と急な問いかけに慌てて答えます。それに然程気にした風もなく、手早く選んだ植物を持ってさっさと作業机に戻って行きました。
「あ、ちょっと!」
リーリアもいくつか植物を拾ってその後を追います。
「説明は有ったけど、いざ自分たちでやるとなると難しそうね」
「案ずるより産むが易し、だろう?」
リーリアが問い返す間もなく。
ジャスティは慣れた手つきでピンセットを使い、二つの丸がくっついたような独特の鉢に寄せ植えを始めます。それを見ながら、リーリアもそっとサボテンを摘みあげます。紅小町の白い刺に気を付けながら、片方の丸の真ん中に降ろしました。その周りに、ブラックナイトと熊童子。初めてにしては上手くいったと思い隣を見てみると、ジャスティも丁度終わったようです。
「あ、それ綺麗ね。ふわふわしてるのは可愛いし」
端に置いた紫晃星の周りを固めるように植えられた雫石。緑から徐々に透き通っていくレンズのような佇まいは、植物らしさを残しながらも鉱物的な美しさも感じさせます。
「雫石、ですね。こっちは月兎耳……キミも選んでるじゃないですか、熊童子。産毛と、葉先の色や形がそれらに似ているんでしょうね」
白い産毛と葉先の黒っぽい斑が雪うさぎの耳のようなものも可愛らしく添えられています。
ジャスティも横目でリーリアの寄せ植えを確認したのか、さらりと名前を言い当てました。名前も見ずに持ってきたものだったのでリーリアは目を丸くします。
「確かに、そう言われてみれば小熊の手っぽいかも?」
「キミ……名前も見て来なかったのか」
「なっ……さっさと置いて行ったのはジャスティの方じゃないっ」
傍から見れば諍いの様ではありますが、それでも楽しそうに話すジャスティとそれを聞くリーリアの様子を見て、カクタスは安堵し他の机の様子を伺おうとします。
「あの、カクタスさん」
「は……はい!」
が、呼び止められます。
飛び入りでさんかしたかんのんと天藍の二人でした。不意を突かれたカクタスの驚きようが面白かったのか、かのんは控えめにくすくすと笑っています。
「申し訳ありません、つい。私も植物に携わる仕事をしているのですが、多肉植物はあまり使わないのですよね。管理方法など伺えると、と思い……」
まさか同業のお客が来ると思わなかったカクタスは二度目の驚き。
「えっと、あ、僕もまだあまり、なんですが……」
しどろもどろになりながらも、植物学の知識だけでなくガーデナーとしての経験もあるかのんには詳しすぎる説明はせずとも伝わるので話は弾んでいるようです。
植物ならなんでも使うわけではないのかと感心していた天藍も、次第に専門的になっていく会話に手持無沙汰です。憮然としながらも辺りを見回すと、真っ白いどことなく光を放っているような多肉植物が目につきました。よく見てみると葉と同じく白い産毛が生えており、それが光っているように見えているのです。
「あっ、天藍すみません。カクタスさんも有難う御座いました」
そう言うかのんの手には、既に硝子の鉢。楕円形のそれは涼やかで夏らしさを感じさせます。
「天藍も好きなものを選びませんか?」
じゃあ、と咄嗟に手に取ったのは目の前の白い葉をもつ植物。
「銀月ですか。ゆっくり育つ多肉植物の中でも特に生育が遅くて、あまり出回らないんですよ」
目の付け所が違いますね、とカクタス。その傍ら、かのんが手早く硝子の鉢と銀月の両方に合う様な植物を手早く選ぶ手つきを、天藍が感心したように眺めています。
「店主さーん!」
「あ、はいっ。え、じゃ、お楽しみください」
慌てて二人に会釈すると、若い店主は呼ばれた方に早足で、かつ注意深く歩いて行きました。
それを見届け、かのんと天藍は作業机へ戻ると不馴れな天藍は軍手で、かのんはピンセットでそれぞれ作業にかかります。生業にしているだけあってかその手際はよく、天藍の手つきにもつい熱が入ります。その甲斐あってか美しい寄せ植えが出来ました。
硝子の鉢と、銀月の林にセダムの茂みはいかにも涼しげ。その周囲を彩る数種類のエケベリアは赤色と青色の強い物。鮮やかなそれは
花畑を思わせます。
かのんが細部の慎重に細部のバランスを取り、完成です。
と。
「……?」
「あ、いえ、ちょっと机の角にぶつけただけです」
鈍い音を聞き付けた天藍が質すよりも早く、それを察したかのんが手の甲隠しつつ言います。が、天藍はそれを許さずやや強引に手を取ると眉を顰めます。そこには僅かに滲む血。
「て、天藍!?」
唇を寄せ血を舐めとる天藍の行動にかのんは頬を染め、さっと辺りに視線を走らせます。幸い誰にも見られていないようでした。その間にもかのんの手にはハンカチが巻き付けられます。
「パートナーなんだから隠すな、こういうことは……却って心配になる。俺にはそのまま教えて欲しい」
普段よりはやや厳しい口調ながらも、内容は心配そのもの。しかしそれ以上に、かのんには天藍の気持ちを察しました。
「……ごめんなさい、天藍。今後は気をつけますね? 怪我をしないようにも、それを貴方に隠してしまわないようにも」
一方、カクタス。
彼を呼んだのはミオン・キャロル。彼女はガーデニングや寄せ植えの経験は勿論、多肉植物のことも余り知らない様子。説明慣れしていない上に緊張でガチガチになったカクタスの話振りではよく分からなかったらしく、数々の多肉植物と鉢の前で待っていました。その横ではアルヴィン・ブラッドローが興味津々と言った様子で多肉植物、特にサボテンを見ています。
定食屋の娘に、女の子の間で流行ってると聞いた事を思い出したアルヴィンがミオンを誘って来たのでした。しかしながら女の子なら誰でも喜ぶだろうと言うアルヴィンの思惑は外れ、ミオンの表情は明るいとは言い難いものです。それを気にしながらも、本物のサボテン見たさに参加したアルヴィンはカクタスが来るや否や質問攻めです。
「ちょっと! サボテンについて聞きに来た訳じゃないでしょ?」
「あ、悪い悪い……」
ばつの悪そうな笑みを浮かべカクタスを解放します。あらためてミオンが寄せ植えについて尋ねると、二度目ということもあってか
先程より落ち着いた、丁寧な答えが返ってきます。
「成程な。で、何から始める?」
「とりあえず鉢とか植物を選んでみる?」
そうしてミオンが選んだのはミカヅキネックレス、薔薇のような印象の星の王子とチワワエンシス。アルヴィンは可愛くない!と言われながらもまさにサボテン、といった形を持つエノプラを選びました。
二人でああでもないこうでもない、と賑やか言い合いながら寄せ植えの作業を進めていきます。
「っ……!」
「アルヴィン? って血が出てるじゃない!」
ピンセットでの作業に集中し過ぎたアルヴィンの指先が鋭く尖ったエノプラの刺に触れてしまったようで、そこに一つだけぷっくりと赤い玉が光っています。
「大丈夫!? ……えっと」
ぱっと手を取り、傷口に唇が触れる刹那。二人の視線がぶつかります。
「……いや、口の中って雑菌が」
上目遣いのミオンに動揺したのか、アルヴィンは一拍遅れて声を発します。失礼ねっ! と言いつつも、ミオンが立ち上がり救急箱を借りに軽快に駆けていってしまいます。本気で怒った様子はないものの、アルヴィンは思わずじっと自分の手を見詰めるのでした。
その後カクタスがとても慌てて持って来た救急箱で処置をすると仕上げにかかります。
比較的大きな株のエノプラひとつを中心に、手前側にミカヅキネックレスがたおやかにしなだれかかりその反対側には星の王子が高さを出す立体的な寄せ植えが完成しました。全体的に緑と赤のコントラストが美しく、丸い鉢でもエノプラのお陰で可愛らしくなりすぎてはいません。
二人で色味や配置に拘っただけあり、満足げに完成した寄せ植えを眺めるのでした。
「生花、ご一緒したときも思った、けど……かのんさん、手つきも良いしセンスも素敵、だね」
ほう、と息を吐くのは篠宮潤。人見知りの気のある彼女はつい知り合いのほうに目が向いてしまうらしく、今も作業の手を止めてしまっています。
「ウル」
それを見咎めるような声音でヒュリアスが彼女の名を呼べば、あわあわと目の前のプランターに土を入れます。そこにカクタスが足元に注意しつつ戻って来ます。潤の構想する寄せ植えは植物をふんだんに使う関係で広い鉢が必要で、先程カクタスが裏庭の倉から引っ張り出して持って来たものでした。しかしそれで大丈夫かを確認する前に、怪我人が出たとのことで大慌てで潤とヒュリアスの元から離れていたのでした。
「あ、ど、どうもすみません。このくらいの大きさで大丈夫そうですか?」
「は、はい。た、ぶん……」
互いにおずおずと、と言うより寧ろおどおどと言った様子にヒュリアスは少し眉をしかめます。白黒はっきりつけるタイプの彼には理解し難い態度なのでしょう。
潤たちが作った土の状態を見、大きな寄せ植えを作るに当たっての注意点を述べた後、分からないことがあったら呼んでくださいね、と言ってカクタスは二人から離れます。
知らず身を固くしていた潤の体から力が抜け、大きく息を吐きます。
「しかし、ここまで大きくする事もなかろう……」
「うん。実は、ね」
カクタスが十分に離れたのを確認すると潤が声を落として、紫晃星をトワインの文字にするつもりである事を、ヒュリアスに囁くように伝えます。
「……ウルにしては意外なアイディア」
「どういう意味……」
とがっくりする潤。
ヒュリアスとしては誉めたつもりでもあるのでしょう。しかし思ったよりも落胆の色の濃い潤の頭をぽんぽんと撫でるとプランターに向かい直ります。
「ほら、始めるぞ」
潤ははっと我に帰ると、園芸用のピンセットを手にします。
「あ、うん。じゃあえっ、と……先ず は、四隅のポトシウムを」
ヒュリアスはこくりと頷くと、緑の多肉植物をピンセットで摘まみ上げてすみのほうに配置します。現在こそ青々としていますが、紅葉するとキュートな桃色になります。
「花々よりは、こうした緑中心の植物たちの方が好みだな……」
何かを思い出しているのか、何処か感慨深げにヒュリアスが呟きます。
「それって、もしかして年のせ……」
「……言うな」
そっ、と口を噤む潤。手元には四つに分けられた紫晃星のと沢山のブラックナイト。骨を折りながらもピンセットでどうにか仕分けていたようです。
そういった細々した作業は諦め、軍手をはめるとまずは紫晃星から。
「ぁいたっ」
しかし、若々しい刺は軍手越しに手に届くものさえ有りました。
「ウル……ピンセットを使いたまえ……」
「いや……ピンセット、だと、上手く植えられなく、て……」
しかしながら、呆れ顔の助言には素直に従い再びピンセットを手にします。元気の良いサボテンをピンセットで摘まむと、ぷるぷるしながらも何とか植えようとします。が、中々上手くいきません。
そのうちヒュリアスはまどろっこしくなったのか、ピンセットを持っている潤の手を上から握りました。
「ヒュ……!?」
「こうして、震え出す前にすぐ土にのせろ。……何故更に震え出すのかねこの手は」
至って真顔で次々とサボテンを配置するヒュリアスとは対象的に、潤はと言うと驚きや照れや申し訳なさなど様々な感情の入り交じった複雑な顔。
と、そこでカクタスの彼にしてはやや大きな声。
「っと、あの、皆さん進展はどうでしょうかー……殆んどの方が終わりまし、た?」
体験教室として設定されていた時間が終わりに近づいてきている事に気がつくと、ヒュリアスが重ねた手を解放します。ほっとすると同時にどことなくさみしさを覚えながらも、彼に教わった通り紫晃星をやさしくかつ素早く。彼女の思うまま置いてゆきます。ヒュリアスはと言うと、気ままに配されたサボテンの周りにブラックナイトを植えています。潤へ教授していた時より安定感のある手つきでなめらかに多肉植物達が整列します。黒く敷き詰められたブラックナイトは、まるで夜空のようで紫晃星はその名の通り星、ポトシウムは可愛らしい妖精のようにも見える、幻想的な仕上がりになりました。
大きな寄せ植えを作った潤とヒュリアスの二人がほんの少しだけ遅れましたが、寄せ植え体験教室は 無事終了しました。五組分、全てが個性的で美しく、トワイン生花店は漸く花屋として息を吹き返し始めたようにさえ感じさせます。
「えっと……どうでしたでしょうか、寄せ植え体験。お怪我された方は、その、すみません……。でも、それでも楽しんで頂けたのなら、幸いです」
またいつか、トワイン生花店にお越しくださいませ……!
そう言ってカクタスは今回参加してくれた五人十組のウィンクルム達を見送るのでした。
●斜陽の色は思い出の色
夕暮れ。
体験教室の後片付けを終えたカクタスは、祖母の遺影を手にしんと沈む店内をゆっくりと歩きます。その静寂は生き物のいない静けさではありません。ひっそりと息づくもの達の静な存在感を確かに感じさせる、生き生きとした静寂です。
一生懸命作った寄せ植えを残して帰っていくのは名残惜しいながらも、帰る際激励の言葉や楽しかった等の感想、また来たいと言って貰えた事を思い出していました。
「お婆ちゃん、は……こんなに大変で。でも、こんなにも楽しい仕事をしてたんだね」
僕、絶対この店を守るから。
青年から大人へ。その一歩を踏み出しつつある孫の言葉を、白黒の老婦人は相変わらず穏やかな笑顔で聞いているのでした。
依頼結果:大成功
MVP:
名前:篠宮潤 呼び名:ウル |
名前:ヒュリアス 呼び名:ヒューリ |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 椎田 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | ハートフル |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | とても簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 07月02日 |
出発日 | 07月08日 00:00 |
予定納品日 | 07月18日 |
参加者
- リーリア=エスペリット(ジャスティ=カレック)
- 篠宮潤(ヒュリアス)
- かのん(天藍)
- ミオン・キャロル(アルヴィン・ブラッドロー)
- Amane=Ilvory(Dante)
会議室
-
2014/07/07-10:02
同じく飛び入りのミオンよ。
初めましての人もそうじゃない人も宜しくお願いします。
-
2014/07/07-00:15
かのんと申します
飛び込みですが参加させて頂きましたよろしくお願いします。 -
2014/07/05-21:25
こんばんは。私はリーリア。
よろしくね。
パートナーのジャスティが植物好きだから、なんだか嬉しそう。
多肉植物って個性的でかわいいものも多いから楽しみね。
どんなのを植えようかしら…。 -
2014/07/05-21:12
やあ、初めまして。篠宮 潤(しのみや うる)という、よ。
パートナーはテイルスの……ヒューリ?なんか珍しく、ウキウキして、ない…?
あっごめんッ。テイルスの、ヒュリアス、だよ。
ヒューリは、前に生け花をしたときは全然乗り気じゃ無かった、んだけど……
なんだか、今回の寄せ植え?っていうのは、気になるみたい、だ。なんでだろう…??
僕もサボテンとか、好き、だよ。寄せ植え、楽しみだ、ね。 -
2014/07/05-13:46
初めまして、Amane=Ilvoryです。
アマネで構いません。
パートナーはこないだ契約したばかりのポブルスのダンテさん。
初めての参加で緊張していますが…良い寄せ植えができると、良いですね。
こういう、植物に関することは大好きなので楽しみです♪
…少し気になることがあるので、終わった後も残るかもしれないです。
どうぞ宜しくお願いします。