思い出のレシピ(県 裕樹 マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

●スランプ
 A.R.O.A.は神人と、契約した精霊のコンビ……ウィンクルムを主体として構成される、唯一オーガと云う未知の生命体に対抗しうる力を持つ組織である。
 その為、神人と精霊の間には密接な繋がり……絆が必要になる。表面上は相性が悪いように振る舞っていても、心の何処かで通じ合っているものなのだ。そしてその絆は、互いを思いやる気持ちの深さに比例して強くなる。例えそれが片想いに近い形であっても、いつかは双方が心を開くものなのだ。が、それが出来ないウィンクルムは、残念ながら破局を迎えて契約解消となってしまう。

 さて、ここに一組のウィンクルムが居る。神人の名はジャンヌ、精霊はテイルスのハードブレイカー・ジェフ。契約から2年目、レベルは23である。入隊当時は破竹の勢いでデミオーガやネイチャー、オーガをバッタバッタと倒して好成績を残した彼ではあるが、ここ数か月、その勢いが衰えているのだ。
「!! ジェフさん! グレムリンがそっちに!!」
「え……? うわっ、このヤロ!」
 ギリギリのところでその攻撃を退け、難を逃れるジェフ。だが、後輩の声掛けが無ければ危なかったところだ。相手が格下のネイチャーでも、急所を直撃されれば只では済まないのだから。

●言えないよ
「どうしちゃったのよ? ここ暫く、冴えないじゃない」
「な、何でもないよ……ちょっと調子が出ないだけさ」
「私にも、言えない事なの?」
「……存在しない事実を、話す事は出来ない」
 プイと背を向け、去って行くジェフは耳まで真っ赤になるほど顔を紅潮させ、『君だから言えないのさ』と腹の中で呟いていた。つまり、口に出せない何かが理由になって、調子が出ないのだという事は何となく分かった。あとは、その理由なのだが……こればかりは本人の口を割って真相を訊き出す以外にない、と思われた。が、真相は思わぬところから発覚したのだった。
「あら、ジェフったら、ジャケットを脱ぎっぱなしにして……」
 待機所に忘れられていた彼のジャケットを腕に掛け、届けてあげようとした。と、その時……内ポケットに入っていたのだろうか、一通の封書がハラリと落ちた。
「手紙……?」
 彼女に、その中身を読むつもりはなかった。だが、便箋を封筒に入れずにポケットに仕舞っていた所為で、見えてしまったのだ。彼の母が病に侵され、死んでしまったという一文が。

●そうだったのか
「……ホームシック!?」
「とは、微妙に違うと思うんですけど……彼の不調の原因は、お母様の死に目を看取れなかった悔しさと、その思い出に縛られているからだと……そう思えるんです」
 これはまた……デリケートな話題だなぁと、相談されたシャルロッテは頭を抱えた。そして慎重に討議した結果、放置は出来ないが、あまり話題を拡散してしまうのも彼のメンタルを刺激して益々スランプを悪化させてしまう事になるだろうという事になり、彼女の精霊であるエドガーと、数名の新人ウィンクルムによるプロジェクトチームを組んで真相の訊き出し、解決策の模索に掛かる事となった。

●頼れよ
「よぉ、ジェフ。ちょっといいか?」
「え? 何ですか? エドガー先輩」
「……お前が最近、身内の事で悩んでるって話を聞いたんでな」
「なっ! ……何でそれを……?」
「まぁまぁ、出所の詮索は無しだ。気になるだろうが、そこは抑えろ。そこをツッコむと、角が立つからな」
 エドガーは笑顔を作りながらも、その目線は真剣だった。そして話を振られたジェフは、縦社会の厳しさを骨の髄まで叩き込まれた生粋の体育会系だった。よって目上の者からの問い掛けに虚偽の回答は出来ない。流石に少々の時間を要しはしたが、彼は不調の理由をエドガーに洗いざらい白状していた。

●分かるかな?
「成る程……彼はまだ、お母さんの墓前にお祈りを捧げても居ないのね。それは気の毒だわ」
「それとな、どうも……お袋さんの作った料理の味が忘れられないらしい。大好物でな、それが奴の元気の元だったらしいぜ」
 話を聞いたエドガーが、シャルロッテと、ジェフの同期を集めて事の次第を説明していた。
「思い出の料理……それって何なんですか? エドガーさん」
「それが、シチューなんだよ。それでシャルと二人で奴の記憶を頼りに再現してみたんだが、どうも何かが足りねぇらしいんだ。それさえ分かれば元気が出るかもって奴も言ってるんだがな……」
 何ともまぁ……と、一同は頭を抱えた。本人にさえ分からない隠し味を探るのは、容易な事ではない。だが、彼は将来有望な若手のリーダー格。こんな事でリタイアさせる訳にはいかない。
「とにかく探してみましょう。彼の出身地、血族などを徹底的に洗えば、いつかは見付かる筈です」
 ジェフはフランス系の母とテイルスの父との間に生まれた混血の二世である。が、父は彼が幼い頃にオーガとの戦闘で殉死しているので話を訊く事は出来ない。
 彼の親世代に兄弟は無く、祖父母の世代はモザイク世界創生の際に別世界に残されて、会う事は出来ない。
 八方塞がりか……と肩を落とすエドガーたち。だが、その肩をポンと叩く新人ウィンクルム達の姿がそこにあった。
 彼らは、彼の思い出の味を探し当てる事が出来るのだろうか?

解説

●目的なんですが
 女々しい理由だな、と呆れないでやってください。こういう事を心の支えにしている男って、結構多いんです。増して、彼にとって唯一の肉親であった母が死んでしまったとあっては、ショックは大きいでしょう。
 ここは一つ、皆で協力して彼の元気を取り戻してあげましょう!
 方法は単純、各々でシチューを作り、正解の食材が入っていればOKなのです。

●正解は何なの?
 これは残念ながら明かせません、何故ならこれを推理するのが今回のゲームだからです。
 ヒントはシチューに使われる具材にあります。何か特徴的な、しかしある地方では常識的に使われる素材が鍵になるようです。
 ハーブか? 野菜か? 肉か?
 これを見事当てたウィンクルムに、MVPを差し上げます!
 正解者が複数の場合、最初に正解を導き出した方がMVPです(相談掲示板にて判定いたします)。正解者なしの場合、当方から正解を示して、MVP無しという形にさせて頂きます。ご了承ください。

●凝ったものなの?
 いや、ごく普通に入手可能で、皆さんも食べた事ぐらいはあるものだと思います(好き嫌いは分かれるでしょうが)。 
 日本では寒い地方のご当地メニューに使われる食材のようで、強いて言えば、香りが特徴的……かな?

●試作の為には
 ……A.R.O.A.期待のエース候補を救う為とはいえ、隊員の有志で始めた事なので本部から援助は出ないんです。
なので材料費は個人負担になってしまうんです。
 どのような食材を持ち込んで試作をするか、それはプランに依るのですが、持ち寄った食材を購入する為に幾ら遣ったか、明細表を提示して欲しいんです。スペースに余裕が無ければ合計額だけでも構いません。
 なお、材料の市販価格はPL各位の地元での価格を参考にして、凡その値段を算出してください。
 日本円換算で、1Jr=10円として計算して頂ければOKです。

ゲームマスターより

 こんにちは! 県 裕樹です。今回もまた、皆で仲間を助けよう! 的なイベントを用意しました。
 スランプに陥ったエース候補の優等生。優れた者ほど、些細な事で身を持ち崩しやすい……良くある話です。
 さて、例によって仲間の為に頑張りましょう。但し、今回は謎解き……と云うかクイズみたいなもんです。ある地方の郷土料理としてお馴染みの食材が答えになっているので、案外簡単かもしれません。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

音無淺稀(フェルド・レーゲン)

  ☆食材
▼マトン(100g)…42jr
▼トマト(ホール缶)…40jr
▼玉ねぎ(3個)…13jr
▼にんじん(1個)…6jr
▼ジャガイモ(1個)…10jr

○使用スキル
●調理

思い出のお料理ですか
お母さんの味って私は知らないから、少しだけ羨ましいです(困ったように笑い

エドガーさんのお母さんが作ったお料理を再現できるか判りませんが、思い出して貰えるような物が作れるよう頑張りますね

独特の臭みがあるものといえば、マトンでしょうか?
あれなら味も濃いですしシチューに入れたら味ががらっと変わるかも

シチューと言えど色々種類がありますが…マトンならトマトベースがいいでしょうか

フェルドさん、味見してみますか?(微笑み



ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)
  【具材】
シチューのルー 25jr
ホタテ 30jr
ニンジン(ハーフ) 5jr
ジャガイモ(メークイン3個) 10jr
タマネギ(1個) 10jr
ラム肉(500㌘) 100jr
黒胡椒 20jr
ローリエ 10jr

合計 210jr

【プラン】
ディエゴさん、何でもそつなくこなすように見られがちだけど…実は家事、特に料理はあまり上手じゃあないんだよね…(言えないけど)
だから今日は私が主導して作るよ
私も軽いものしか作れない腕前だから
周りの人に作り方をちゃんと聞いてから作ろう。
レシピもアドバイスも大事

ちゃんとしたものが作れたら褒めて欲しいな
私たちが食べる分も残るのかな…?



ひろの(ルシエロ=ザガン)
  シチューは、こっちに来る前。少し、お母さんの手伝いでやったことはある、けど。
ちょっと、自信無い……かな。

あの、レシピ見せて貰ってもいいです、か?
んと、とりあえずこの通りに作って。チーズと、生クリームのを最初に作ろうかな。
煮込むときに、加えればいいよね? ……たぶん。

コーン缶は、その。
お母さんが作るシチューには、入ってたから。
久しぶりに……、私が、食べたいなって。
同じになるかは、わからないけど。

……寂しい、のかな? よくわかんない。
顕現したら、オーガに狙われやすくなるから。危険って。だから、来たんだよ。

材料:
コーン缶 11Jr
生クリーム 19Jr
牛乳 15Jr
チーズ 24Jr
パセリ 13Jr


●リサーチ!
「ジェフさんのお母さんって、どんな方だったんですか?」
「んー、おっとりとした家庭的な女性だったようだ。俺も会った事は無いから、良く知らないんだがな」
「シチューと云っても、国によって違いがあるよね?」
「彼はフランス系移民の子孫らしいわ。だからベースはホワイトソースで良いみたい」
 『音無淺稀』の質問にはエドガーが、『ひろの』の呟きにはシャルロッテが、それぞれに応えていた。厨房に集まった三組のウィンクルムはそれぞれに趣向を凝らしたレシピを考え、何とかジェフの士気を取り戻す為に協力しようとしているらしい。
「俺達が試作した物も、かなりいい線行ってたらしいんだ。ただ、やはり決定的に何かが足りないらしい」
 そう言って、エドガーは『最も近い』と評された際のレシピをコピーし、皆に配っていた。それを見る限りでは、スタンダードなホワイトシチューで間違いないようだ。と云う事は、これに彼の言う『特定の具材』を加えれば良い、と云う事になる。
「その他の具は、何でも良いの?」
「野菜類やスパイスには特に言及しなかったな。俺達の舌で『美味い』と感じたコレが『近い』と言われたのがその証拠だ」
 ふぅん……と『ハロルド』がレシピに目を落としながら考える。スタンダードで良いという事だが、それだけ拘りがあると云う事は、必ず調理法にも特徴がある筈だと彼女は睨んでいたのだ。
「……なあ、本人にも思い出せないって代物を、付け焼き刃で再現できるものなのかな?」
「さあな……ただ、特定の具材が必要って以外は、難しいテクなんかは要らないみたいだぜ?」
「僕にも手伝えるかな……」
 『ディエゴ・ルナ・クィンテロ』、『ルシエロ=ザガン』、『フェルド・レーゲン』の順に、それぞれの神人が顔を付き合せて相談する様を眺め、各々に口を開く。今回は主に神人が調理を担当し、精霊たちはアシストに徹するという取り決めになっているらしい。
「あ、シャル先輩。ベースはホワイトソースと仰いましたが、アレンジを加えても大丈夫でしょうか?」
「ええ、バリエーションは豊富だったらしいわ。けど、必ずその『足りない具材』が入っていて、それが特徴だったらしいの」
 ふむふむ、と淺稀が頷きながらメモを取る。どうやら彼女はちょっと違った味付けを狙っているらしい。また、ハロルドもその会話に聞き耳を立てていた。彼女も何か、特徴的な技法を引っ提げて来ているらしかった。
「私は、私のお母さんの味を……そのまま再現するよ。無理はしない、とにかく喜んでもらえそうな物を作るんだ」
 マイペース宣言をするのは、ひろのである。これは彼女の『面倒事を嫌う』性格の表れと思われるが、真意はそうではないようだ。彼女は純粋に、自分の母の味を披露したい……そう考えているようだ。
 そうこうしているうちに、各自試作に入ったようだ。なお、場所はA.R.O.A.本部の職員食堂の調理場。ここならば全員が同時に調理できるし、試食も一度で済むという訳だ。

●ひろのさんの場合
 とにかく、基本に忠実に……それが彼女の方針であるらしい。よって、作り方もシャルロッテのそれに倣い、持ち込んだ具材によってオリジナリティを出すのみに留める事にしたようだ。ジャガイモ、ニンジン等の野菜類を買い忘れたようだが、シャルロッテが試作した際の余りを貰い、間に合わせたようである。
「ん……皮が残っちゃう、難しいな……」
「あーあ、見ちゃいられねぇな。そんなスピードじゃ今日中に出来上がらないぞ、貸してみろ」
「ルシェ、上手……」
「こんなモン、他の奴がやってるのを見てりゃ出来るようになるさ……下ごしらえはやっといてやる、ヒロノは味付けの準備をしておけ」
 野菜の皮むきに手こずるひろのを見かねて、ルシェが助け舟を出す。無論、彼とて料理の経験がある訳ではない。しかし、こんなのはナイフで鉛筆を削るのと要領は同じだろう? と、器用に皮むきを終わらせ、更に適当な大きさへのカッティングも難なくクリアしていく。その様子を、ひろのはポカーンとしながら眺めていた。
「ん? おい、見てばかりいないでヒロノも仕事しろよ」
「あ、うん……」
 野菜の下ごしらえをするルシェの手さばきに母の面影を見たか、ひろのの動きが止まる。が、彼の声掛けで我に返り、彼女は目の前の鍋と対峙した。
 鍋にバターを入れて軽く熱し、塊が溶けるのを待ってから小麦粉を投入、サラサラになるまで炒める。ここで良く冷えた牛乳を投入、ダマが出来ないよう丁寧にかき混ぜる。これが再び煮立ったら、ホワイトソースは完成である。
「ほう、鮮やかなもんじゃないか」
「お母さんのを……見てたから」
 少し顔を赤らめながら、ひろのは次のステップへと進む。どうやら彼女は、二種類のシチューを試作するようだ。まず、出来上がったホワイトソースに異なる味付けを施す為、二つの鍋に取り分ける。そして片方には生クリームを、もう片方にはチーズを混ぜ、下ごしらえの終わった野菜とホールコーンを投入して、焦げ付かぬよう弱火でコトコト煮込みながら時を待つ。
「その、コーンを入れるのが特徴なんだな。母親の味、って訳か」
「……」
「……わりぃ、親元離れて暮らしてんだよな……思い出させちまったか?」
「……いい、自分で決めた事だから」
 そっけない返事に聞こえるが……その表情には確かに、母を偲ぶ遠い視線が見えた。
(強がっちゃあ居るが……まだ14の子供だもんな。親が恋しくて当たり前だ。無理しやがって)
 ……ルシェはそう思いつつも、その言葉をグッと呑み込んでいた。

●ハロルドさんの場合
「ふぅん、ホワイトソースを作って本格的に……か。私のやり方とは違うみたいだね」
 ハロルドは隣で調理を進めるひろののやり方を見て、ポツリと呟いた。しかし『向こうは向こう、私は私』と割り切ったスタンスで臨んでいる為か、特に動揺した様子は無かった。
「……本当に一人で作るのか? 手伝わなくて大丈夫か?」
「ディエゴさん、心配しすぎ。大丈夫、ちゃんと出来るから」
「いいか? 具材を切る時は猫の手だぞ、火には充分気を付けるんだぞ?」
「……黙って見てて、気が散るから」
 あまりにディエゴが心配するので、ハロルドは少し突き放す感じでプイと顔を背ける。が、内心では彼に感謝していた。いつも見守ってくれて有難う、と。
 そして彼女の試作が始まった。まず野菜類の下ごしらえは基本通り、特に注目すべき点は無かった。が、ひろのがホワイトソース作りから始めたのに対し、ハロルドはその辺の手間を省き、市販のルーを使用するようである。但し、それを煮込む水分にホタテ貝が入っていた袋の中に入っていた水を使うようである。これによって味にコクが出るという、ディエゴの提案に依るものであった。
「んー……水加減はこのぐらいかなぁ? シャルロッテさん、どうですか?」
「市販のルーを使うのね。なら、その位で大丈夫。ルーが溶けるまでの間に、具材を仕込んでおくと煮詰まり過ぎを防ぐ事が出来るわよ」
「ありがとうございます、頑張ります」
 シャルロッテのアドバイスを受けて安心したのか、ハロルドの手つきが徐々に軽やかになって行く。やはり先輩隊員の士気を回復させる為のイベントとあって、緊張していたのだろう。
 ルーを仕込む間に、肉の下ごしらえをする。彼女が用意したのは、子羊……ラム肉である。これは独特の香りがある為、まず一口大にカットしてから黒胡椒をまぶして軽く揉んでおく。そしてそれをザッと水洗いしてからフライパンで炒め、全体に火が通ったらカットしておいた野菜を加え、更に炒める。そして焦げ色が付く前に火から下ろし、ルーの中に投入する。これにラムの強い香りを中和する為のローリエを入れ、玉葱の角が溶けて透明になるまで煮込めば出来上がりである。
「……ん、まあまあかな?」
「どれ? ……ふむ、美味いじゃないか。良く出来たな、ハル」
「ジェフさん、これで元気出してくれるといいんだけど」
「ハルのその気持ちが入っていれば、例え思い出の味とは違っても元気になる筈だ」
 ニコッと笑い、ディエゴとしては最大限にハロルドを褒め称える。シチューの出来栄えも上出来だが、何より『喜んでほしい』という気持ちが彼の胸を打ったようだ。無論、これがヒットすればまさに最高なのだが……それはこの際度外視で良かろう、と彼は思っていた。

●音無さんの場合
「皆はホワイトシチューなのね、予想通りだったわ」
 仕込み段階の調理台を覗き見て、淺稀がポツリと漏らす。どうやら彼女は、他の二人とは趣向の違うシチューを考えているらしい。その証拠に、彼女の調理台の上にはホワイトシチューには必須の牛乳も、ルーも用意されていない。あるのは野菜類と肉、それにトマトである。
「オトナシ、手伝おうか?」
「ん? んーん、大丈夫……と言いたいところですけど、じゃあお野菜の皮を剥いてもらえますか?」
「分かった」
 フン、フン……と鼻歌を歌いながら、淺稀は実に楽しそうに調理台に向かっている。それをピーラーで人参の皮を剥きながら、フェルドが横目で伺う。
「楽しそうだね」
「ええ、お料理は好きですから。それに……」
「それに?」
「……私、お母さんの味って、良く知らないんです。だから、ジェフさんのお母さんが作っていた物に、少しでも近い物が作れたら……良いなぁと思って」
 分からない……? と、フェルドは首を傾げる。『良く知らない』物をどうやって再現するのだろう、それがどうして楽しいんだろう……と。だが、彼はそれに対して勘ぐりを入れる事はしなかった。彼女は、こうして誰かの為に働くのが好きなのだ、と云う事を良く知っていたから。
 さて、淺稀も皆と同じように、まず皮を剥きカットされた野菜類と、一口大に揃えられた肉を鍋で炒める。ホワイトシチューではないので、使用する油はオリーブオイルである。と、ハロルドが使用したラム肉よりも更に強い香りが周囲に広がって行く。
「凄い香り……それ、何の肉?」
「うふふ……これは、羊の肉ですよ」
「羊だったら、さっき彼女も使ってた。けど、こんなにきつくなかった」
「同じ羊でも、大人と子供では味も香りも違うんですよ。これは大人の羊、マトンの肉です」
 マトン独特の香りと、焦がしニンニク、香草の香りが立ち上る。そして別の鍋では、裏ごししたトマトが沸々と煮え、これまた良い香りを放っている。そこへ炒めた肉と玉葱、人参を入れ、最後にジャガイモを入れて、すりおろした生姜を加える。
「これで暫く煮込んで、ジャガイモに串が通るようになったら出来上がりです」
 鍋に蓋をしながら火の勢いをごく弱くして、ニッコリと微笑む淺稀。どうやら会心の出来栄えのようだ。
「僕は……故郷の味とかはまだ分からないけど、オトナシの料理は好き」
「うふふ、ありがとうございます」
「……僕にとっては、オトナシの作った料理が……故郷の味、って奴になるのかも知れない」
「え? 何か?」
「……何でも……ない」
 プイと顔を背け、鍋をじっと見つめるフェルド。その頬は炎に煽られている所為か、仄かに朱が差していた。

●何なんだ?
「……今日、何かあんのか? スッゲーいい匂いがするんだが」
「んー、まだナイショ!」
「ンだよ、知ってんなら教えろよぉ」
 待機所で出番を待っていたジェフが、ジャンヌに問い質す。ジャンヌは事の経緯を全て知っていたのだが、この事は調理が終わるまでジェフには秘密に、と云う取り決めになっていたのである。所謂サプライズ……とは少々ニュアンスが異なるのだが、彼に先入観を持たれては効果が半減してしまうので、それを回避する為の措置であった。
「ジャンヌさぁん、準備オッケーですぅ!」
「あ、はぁい! 有難うミリアちゃん!」
 伝令役のミリアが、元気良く飛び込んで来る。準備完了の合図である。
「……さ、お待ちかねよ。アナタの疑問とお悩み、ぜーんぶ吹き飛ばしてあげる!」
「な、何なんだよ?」
 訳が分からん……と云った感じのジェフであったが、彼はジャンヌに手を引かれ、ミリアに背を押され、殆ど強制連行の如く職員食堂まで連れて行かれるのだった。

●この香りは!?
 席に着き、一品ずつ運ばれて来る深皿の中身を見て、ははぁん……とジャンヌの顔を覗き込むジェフ。また、余計な事を……と思った彼であったが、その言葉は口に出さず、グッと胸の奥に仕舞い込んだ。そして一皿目……ひろの作の一品、スタンダードなクリームシチューと対峙する。
「ん~、これは美味いな。ベーシックな味だが、コーンの素朴な甘さが良く引き立ってる。体が温まるぜ」
 上々の手応えである。だが、これは思い出の味とは違うようであった。そして二皿目、次もひろのの作品。次はチーズ入りシチューだ。
「おっ、これは……チーズだ、溶けたチーズが味に深みを出している! これも美味いな……でも根底にある味付けはさっきの奴と同じだな、同じ人が作ったんだろ?」
「御名答。この二皿は彼女が作ったんだよ」
「あ、の……いかが……でしたか?」
 照れ臭そうに、ひろのが厨房から顔を出す。元来彼女はそれほど照れ屋ではないのだが、手製のシチューが上々の評価を受けた所為だろう。その頬には朱が差し、窺うようにジェフに顔見せをした。
「うん、美味いよコレ! 勉強したんだね、ソースも手作りでしょ」
「へー、さすが食いしん坊、見どころが鋭い! ……で? これは『正解』だった?」
「え? あ、うーん……それはまぁ、違うんだけどな。でも美味いよコレ」
「おっと! ちょっと食べるのストップ! まだ続きがあるんだから」
 え? と、驚いてスプーンを置くジェフ。そして手元に用意された水で口をすすぎ、次の皿を待つ事になった。そして運ばれて来た三皿目……これは彼も思わず目を見張った。
「……!! こ、これ! お袋の味にソックリだ! 微妙にフレーバーは違うけど……な、何を入れたんだ?」
「おー、かなりいい線いったみたいだね!」
「……これは普通のシチュー……でも、豚肉の代わりにラム肉を使ってるの……」
「ラム……羊か!! そうか、この癖のある香りは、羊の香りだったのか!!」
 厨房から出て来たハロルドが、中身の種明かしをする。彼女が敢えて凝ったソース作りをしなかったのも、このラム肉の香りを素直に演出する為だったのだ。
「あら、じゃあ私の出番は無し、って事かしら……」
「あー、いやいや! せっかく作ったんだもの、食べて貰わなきゃ!」
 この時、ジェフは『お袋の味の正体は分かったんだ、これ以上食べてもなぁ』と思っていた。だが、最後に出されたその皿の香りを嗅いで……思わず目を剥いて驚いた。そしてスプーンを持ち替えるのももどかしそうに、その中身をかき込んだ。
「まぁ、もう正解出ちゃったみたいだし、蛇足かもだけど……ジェフ!? ど、どうしたの!?」
 ジャンヌが振り返った時、ジェフはスプーンを握ったままボロボロと涙を流していた。その様を見て、ジャンヌは勿論の事、ひろのも、ハロルドも、そしてそのシチューを作った淺稀もギョッとして、暫し言葉を失った。
「……これだ……フレーバーも何も吹っ飛ばす、この独特な香り……さっきのラムシチューも、その前のコーンシチューも美味かったが……こ、これを作ったのは!?」
「わ、私です……あ、あの……一体……?」
「この香り、この味!! ラムが正解かと思ったが、この香りだ! お袋のシチューに必ず入っていた……この肉は一体!?」
「ま、マトンです……羊には変わりないんですが、生後1年までの子羊をラム、2年以上育成した羊をマトンと呼ぶんです」
 そうか、成長度合いによって味が変わるのか……と、ジェフはガツガツとそのシチューを貪った。まるで数日ぶりに食事にありついたかのような勢いで。そして最後の一口を胃に収めると、彼は『謎が解けた……これを食べれば、いつでもお袋は胸の中に甦るんだ!』と言いながら淺稀を絶賛した。
「正解が分かった以上、これはもう要らないね?」
 そう言って、ジャンヌが先に出された三皿を下げようとしてトレイに乗せた。が、ちょっと待て! とジェフがその行動を制止した。
「誰が残すって言ったよ、それは皆、俺の為に作ってくれたんだろう? 勿体無い事するなよ」
 そして彼は全てのシチューを残らず平らげた。食後の彼は、まさに至福! と云う顔をしていた。
「……皆、ありがとう。結局、マトンが正解だった訳だけど……他のシチューも温かく、力の出るものだったよ」
 満面の笑みを浮かべ、彼は三人の少女たちを褒め称えた。それぞれに違う個性、異なる工夫を凝らしたシチューに元気を貰い、若きエースは此処に復活したのである。

●寂しくないよ
 街外れの小さな墓地に、彼は佇んでいた。手には花束を携え、喪服に身を包んで十字架の前に跪き、目を閉じていた。
(お袋……最期の瞬間に立ち会えなかったのは謝る、ゴメンな。けど、その代わり……俺、立派な戦士になるよ。俺の周りには、仲間の為に親身になれる、いい奴が沢山いるんだ。俺、その仲間の為にも頑張って、悔いのない生き方をするよ。だから……)
 つぅっと、一筋の涙が頬を伝う。が、それを見て笑う者は誰一人として居なかった。
(……だから、空の上から……ずっと見守っていてくれよな。俺が天寿を全うして、また会いに行くその日まで)
 十字架の前に花束を添え、合掌して空の上の母に誓いを立てる。何よりも重い、男の涙。これを見た参列者は、彼同様に心機一転、頑張ろうと心に誓うのであった。

●掛かって来い!!
「ジェフさん! 行きましたよ!」
「見えてらぁ、舐めんじゃねぇぞ化け物風情が!!」
 突進してくるヤグズナルを一刀両断。鉄壁のエース、此処に完全復活であった。
「やっぱ、アナタはこうでなくちゃ!」
「バッ……見られたらどうすんだよ!」
「アタシは気にしないよ?」
「俺が気にすんの!」
 ハードブレイカー、ジェフ。本日の戦果、ヤグズナル一匹に配下のネイチャー多数。これはほぼ、彼一人で叩き出したスコアである。そんな彼が頬のキスマークに気付いたのは、戦果報告をする為に司令官の面前に立った、その時であったという。

<了>



依頼結果:大成功
MVP
名前:音無淺稀
呼び名:オトナシ
  名前:フェルド・レーゲン
呼び名:フェルドさん

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 県 裕樹
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 3 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 07月07日
出発日 07月13日 00:00
予定納品日 07月23日

参加者

会議室

  • [3]音無淺稀

    2014/07/12-22:40 

    挨拶がぎりぎりになってすみません;
    ハロルドさんは【角を折られた狩人】以来です!
    ひろのさんはシナリオ内では初めまして!
    音無淺稀と申します!
    宜しくお願いします。

    私もジンギスカンかなぁ~と思いましたが…
    ガイドの【香りが特徴的】という事を考えるとラムよりもマトンの方かな?
    と思ってました。

    マトンはラムよりも独特の臭みがある事と味が濃いと言う事も考えると…
    シチューにした時の味がかなり違ってくるかも?

    ということで、マトンのシチューを作ってみようかなぁと。

  • [2]ひろの

    2014/07/11-14:05 

    ひろのです。今回は、よろしくお願いします。
    ハロルドさんと、ディエゴさんは。お久しぶりです。
    音無さんと、レーゲンさんは初めまして。

    ラム肉……、確かに匂いが強いです。
    私は、シチューって聞いたので。チーズかな、って思ってました。
    私たちは、チーズと生クリームと牛乳と、パセリ。を試そうと思ってます。

  • [1]ハロルド

    2014/07/11-00:43 

    ハロルドと申します、よろしくお願いしますー
    んーと、このガイド見た時からこれだろうという目星はついてます
    寒い地方でのメニューにあって、好き嫌いが分かれて、香りが特徴的
    ジンギスカン…もといラム肉なんじゃあないかなって思います。

    フランス系、ならシチューというよりラグーでしょうか
    ラグーにもラム肉は使われてたような気がします。


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