風鈴通りで願いを込めて(瀬田一稀 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 工房に続く道は、風鈴通りと呼ばれている。並ぶ家々の軒先につるされたたくさんの風鈴は、人の想いをつめたものだ。
 ある者は、妻への感謝を。ある者は、恋人への愛情を。ある者は、父への尊敬を。
 音と風にのせ届けてもらえるよう、風鈴に願いを込めている。
 これらの風鈴は、風鈴通りの行き止まりにある、工房で作られている。
 無口で無愛想な職人は、風の主と呼ばれている。
 風の主が、熱したガラスに息を込める。まるで風船のように、ぷうっと膨らむ風鈴の卵。
 ぱちん、と棒につながる先端を切れば、風鈴の外枠ひとつ、できあがりだ。
 それに鈴たるガラス管をつけるのは、風の主の娘の役目。
 鈴姫と、呼ばれている。
 鈴姫は、一つ一つ丁寧に、風鈴に鈴をつけていく。
 その下に願い事を書く短冊をつけ、風鈴は完成する。
 願い事は、透明なペンで書かれる。
 それを通りの軒先の、どこかに飾るのだ。
 誰にも見えないよう、願いはひっそり音になり、風に乗って届けられると言われている。

 そうだ、風鈴通りの主のことも忘れてはいけない。
 通りの主は音爺と呼ばれている。風の主の父親であり、先代風の主である。
 音爺は、風鈴通りの住人と、夏を売っている。
 アイスクリームにかき氷、ラムネに切り分けたスイカなど。
 通りに並ぶベンチのどこか、藍色の甚兵衛を着、金魚のイラストのついたうちわを持っている年寄りがいたら音爺だ。
 音爺は、趣味で占いをやっている。
 グラスに入れた水に、小さなガラスの球を入れ、その沈み方で占いをする。
 当たるも八卦、当たらぬも八卦のものではあるが、決して不幸を語らぬ占いは、悩む人の背中を押してくれると評判だ。

 風鈴通り、訪れるなら夕闇の頃がいい。
 風が吹き抜け、見事なガラスの調べを聞くことができる。
 夏夜ににぎわう風鈴通り。
 一度訪れてみてはいかがだろうか。

解説

タブロス某所にある風鈴通りのお話です。
まずは工房で、風鈴の短冊に願いを書きましょう。
風鈴ひとつにつき、願い事はひとつだけ。300ジュールかかります。
願いは特別な、文字が透明になるペンを使って書きます。誰にも見えません。
それを、風鈴通りの軒先につるします。
願いは音になり風にのり、大切な人に伝わると言われています。

通りでは、バニラのアイスクリーム、いちごのかき氷、ラムネ、冷やしスイカを売っています。
値段は一律、50ジュール。

音爺の占いは無料です。
趣味なので当たらないこともありますが、悪いことは言いません。
占ってほしいことをお願いしてみてくださいね。
(結果の希望があればプランに記入を。なければこちらで考えます)

軒先にベンチがありますので、疲れたら休憩もできますよ。


ゲームマスターより

涼しい夕方、風鈴の音が聞こえる通りを、大切なパートナーと歩いてみませんか。
風鈴工房と買い物と占いと。
組み合わせは自由です。
あなたのお好きなことを、お好きなようにしてみてくださいね。

ただし、これは通り、公共の場です。
人の目がありますので、その点はご承知を。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

リゼット(アンリ)

  短冊には背が伸びてアンリを見返せますように、と
なんて書いたのか聞かれても絶対教えない
そういえば風鈴、吊るせるかしら…

風鈴ってきれいな音がするのね
涼やかで気持ちが良いわ
…ええそうね。ラムネの栓をあける音も悪くはないわね
って、うまく開けられない。どうなってるのよこれ
い、いい音だから特別に私の分も開けさせてあげてもいいわよ?

開けてもらったのはいいけど、今度はビー玉が引っかかって飲めないじゃない!
まだ飲んでるのかって?う、うるさいわね
少しずつ味わって飲んでいるだけよ
ちょっと、私のラムネなんだから飲まないでよ!
これって間接キ…なんでもない!それ全部あげる!

占いは今の私に必要なこと、とでもしておこうかしら


リヴィエラ(ロジェ)
  リヴィエラ:
【短冊】
これが風鈴という物なのですね…素敵…

私の書くお願い事は
『ロジェ様がいつまでも無事で、幸せでありますように』です。
ロジェ様は時々、死に急いでいるように見えるから…。
ふふ、覗いちゃダメですよ? これを軒先に吊るすのですね…あっ!
(手が滑って風鈴を落とし、割ってしまう)
そんな…これじゃ、お願い事が…え、ロジェ様…良いのですか…?

(風に流れて、ロジェの願い事が流れてくる。涙を流し、彼の背中に縋る)
私は、貴方が幸せじゃないとダメなんです。こんなお願い事、嫌…!
ロジェ様は何もわかってない! 貴方と一緒じゃなきゃ、私は幸せになんかなれない…!
約束です。私を置いていかないで…。



ミオン・キャロル(アルヴィン・ブラッドロー)
  ※アドリブお任せ歓迎
アルヴィンが首都に来て1カ月くらい
あまり知らないというので観光がてらに

■風鈴
すごい風鈴、綺麗な音。
…賑わってるわね。

え?…急に言われても…特に願ごとは
そうね<悩みながら>
「アルヴィンがあまり怪我しませんように」

何て書いたかって?<慌てて>
人に言う事じゃないでしょ!
ほら、次行くわよ<さっさと歩きだす>

■占い
何かしら…占い?変わってるわね
<足を止め少し眺める、占いはしない>

(あれアルヴィンが居ない…?)
…つめたっ!?

いつまで頭抑えてるのよっ!<手で振り払う>
ちょ、ちょっと…
(…手、大きい。ちょっと体が熱いかも…)

■願い事 ラムネ



アマリリス(ヴェルナー)
  見えないのならこれですわね
「ヴェルナーがもう少し行間を読めるようになりますように」と
正直は美徳と言いますが正直すぎるといいますか
…もう少し気づいてくれてもいいですのに
書き終ったら軒先に飾りますわ

後はベンチに座ってゆっくりしましょう
…ヴェルナー?なぜあなたは立ったままですの?
スペースがあるのにわたくしだけが座っているというのもおかしいですわ
わたくし達は主人と従者ではなくウィンクルムなのですから
隣に座ってくださいませ

距離が近くなり急に恥ずかしくなりましたが悟られる訳にはまいりません
風鈴の音に聞き入っているふりでやりすごします
…ううん、願い事が叶ってしまうとわたくしの心臓が持たないかもしれませんわね



空朱音(鴇色 灯火)
  【購入】
▼風鈴2個…600jr

主様と一緒に風鈴通りに行くよ
そこで風鈴を購入して願い事を書きたいな

短冊には「主様の願いが叶いますように」って書くよ
私の願いは、主様の幸せだから
それ以外の願いは思いつかない

風と音がきっといつか伝えてくれるのかも
そうしたら凄く素敵だね(にへへ
だから主様は見ちゃダメ

主様も風鈴に願い事書くの?
…大丈夫、見ない
けど、気になる…

主様の大切な人って…誰なんだろう?
風鈴が…私に伝えてくれたらいいのに

でも、一緒にいられるだけで幸せだし
これ以上は高望み…かも

音爺さんっていう人が占いやってるんだって
占って貰いたいな

「主様との相性」

勿論、主様には内緒
結果次第で自分から手を繋ぎに行きたいよ



「風鈴か。音も見た目も涼しげで風情があり、やはりいいものだな」
 夕刻の通りを歩きながら、鴇色 灯火は目を細めた。
 道の脇に並ぶ家々の軒先には、数えきれないほどの風鈴が揺れている。風の鈴、とはよく名づけたものだ。高く硬質な音は、確かに鈴によく似ている。
 耳を塞ぐほどの大音響。しかし聞き入るほどに美しい、鈴の音を生み出す工房の入口。そこには「願いを届ける風鈴」と書かれた紙が貼ってあった。
「願いを届ける?」
 なんのことかわからず読み上げると、風鈴に短冊をつけていた女性が顔を上げた。
 風姫である。
「私の父が作った風鈴は、風に揺られ音を奏でることで、大切な人へ願いを伝えると言われているんです。通りにあった風鈴は、すべてそのためのもの。おひとついかがですか?」
「面白い風習をしているのだな」
 灯火はサンプルとして並んでいる風鈴を手に取った。背が足りず、サンプルを見ることができない空朱音に、それを見せてやるためだ。
「どうだ、アキ」
「願い事が叶うなんて素敵だね」
 朱音が目を輝かせる。その表情で、灯火の次の言葉が決まる。
「……二つ、頼む」
「はい、わかりました」
 鈴姫は風鈴を取り出しながら、小さな朱音を見下ろした。
「お嬢さん、短冊はあっちのテーブルで書くのだけれど、届くかしら? 届かなかったらお兄さんに抱っこしてもらってね」


「へえー……あーやって作るのか……。面白いな、なんでガラスが膨らむんだ?」
 アルヴィン・ブラッドローは興味津々に、工房の奥、風の主の作業を見つめていた。手前では、風姫が風鈴に短冊をつけていて、そばには小さなテーブルがある。
 ちりん、ちりん。サンプルの風鈴が鳴る。
「すごい……きれいな音。人もたくさんいるし、にぎわっているわね」
 ミオン・キャロルの声に、アルヴィンが振り返った。
「そうだな……って、あのテーブル、みんな何をやってるんだ?」
「願い事を書いているんじゃない?」
「願い事……。ミオンは何か書かないのか?」
「え? 私? そんな急に言われても……」
 目標ではなく願い事。なにかあるかしらと、ミオンは熟考し……思い至る。
「それならこれね。すみません、私にも風鈴をひとつ」
 ミオンは風姫から風鈴を受け取ると、テーブルの上でさらさらとペンを走らせた。自分でどうにかできないことだからこそ、願う。
――アルヴィンがあまり怪我をしませんように。
「何書いたんだ?」
 アルヴィンはミオンの背にかぶさり、短冊を覗こうとする。しかし背後にアルヴィンの体温を感じた瞬間、ミオンはするりとアルヴィンの腕から抜け出した。
「そんなこと、人に言うことじゃないわよ。ほら、次行くわよ」
 まったく、アルヴィンはスキンシップが多すぎなのよ。あんな距離、近すぎるってば。
 風鈴を持って、ミオンは通りへと歩き始める。後ろを、アルヴィンが追いかけてくるのを感じながら。


「これが風鈴というものなのですね。……素敵」
 短冊に願いを書くようにと渡されたものをしげしげと眺め、リヴィエラは感嘆の声を上げた。これを軒先に吊るすと、あんなにきれいな音を奏でるのかと、さっき通りで聞いたガラスの音を思いうかべる。
「確かに、願い事を叶えてくれそうな、美しい音でした」
 うっとりと目を閉じたリヴィエラを、呼ぶのはロジェである。
「リヴィー、はやく願い事を書かないと、後ろが詰まるぞ」
「そうですね。すみません」
 同じテーブルには何を書こうか悩んでいる者もいるようだが、リヴィエラは願いに困ることはない。常に考えていることを、書くだけなのだから。
 文字が透明になるのはいい。誰にもこの、秘密の願いを知られることがない。
 隣では、ロジェが同じように願い事を短冊に書いている。その顔はなぜかとても厳しくて、リヴィエラは彼が願っていることが不安になった。
 ロジェ様は時々、死に急いでいるように見えるから……変なことを、考えていないといいのだけれど。だって私は、ロジェ様に救われた……。
 ロジェはリヴィエラの視線には気づかず、願いを書き終えたペンをきつく握りしめた。この願いが叶うならば、自分はどうなってもいいとさえ思っていた。リヴィエラに、いくら謝っても謝りきれぬ後悔を、ロジェは抱えている。それは自分の故郷も、リヴィエラの両親も、救えなかったこと――。
 祈願が届くのならば、俺は自分の命をもって、リヴィエラに償おう。君を幸せにできなくてすまないと。
 ああしかし、それだけで、償えるだろうか。


「見えないのなら、これですわね」
 テーブルの上のペンをとって、アマリリスは小さな短冊に文字を連ねた。
 ――ヴェルナーがもう少し、行間を読めるようになりますように。
「正直は美徳とは言いますが、正直すぎると言いますか……」
 もう少し、こちらの気持ちに気付いてくれてもいいですのに。
 漏れた小さなため息に自分自身が驚いて、アマリリスは慌てて周囲を確認した。しかしヴェルナー当人は、こちらを向いていない。ペンを片手に固まっている。書く前に「覗かないで」と言ったせいもあるのだろうが、なにせ本当に真面目な性分なのだ。書くべき内容に悩んでいるのだろう。
 ヴェルナーの額にしわが寄る。
「……アマリリス様をお待たせするわけにはいきません」
 彼女は自分が仕えるにはもったいないほどの人物だ。不具合があってはいけない。
 ヴェルナーは思い切って、短冊に文字を書き始めた。自分の願いが思いつかないのならば、大切な人の願いが叶うことを祈る。誰も損はしないのだし、それが良策のはず。だから、ヴェルナーの願いはこれだ。
 ――アマリリス様の願いが叶いますように。


「いいよ、私は床で書くから!」
「そんなところでは書きにくいだろう。アキなど俺にとっては小鳥の羽のようなものだ。ほら、気にするな」
 問答無用で抱き上げられ、朱音は頬を膨らめた。しかし不機嫌な表情をしながらも、願うことは灯火のことだ。
 ――主様の願いが叶いますように。
 一番大事な人だから、それ以外など思いつかない。
 小さな短冊に、一生懸命思いを込める。
「終わったか?」
「終わったよ、ありがとう。主様」
 言うと、ゆっくり地面に下ろされた。
「主様も風鈴に願い事書くの?」
「ああ、大切なのがひとつあるんだ。なかなか、叶えるのが難しくてな」
 灯火はすらすらと文字を書き、すぐに短冊を完成させた。願いはもちろん、この年下の相棒のことだ。
 ――主様では他人行儀だから、名で呼んでほしい。
 朱音はテーブルを見上げている。灯火が何を書いているのか、気になってしかたがないのだ。
 大切なのって……大切な人にあてたってことかな。
 それって誰だろう?
 風鈴が……私に伝えてくれたらいいのに。
「よし、終わったぞ」
 灯火が、いつの間にやらうつむいていた、朱音の頭に手を置いた。
「ねえ主様、風と音がいつか……本当に伝えてくれたら、すごく素敵だね」
「ああ。……いつの日になるのかな」
 朱音は見上げ、灯火は見下ろし、見つめあう。消えてしまった願い事は、今この場では互いが知る方法はない。

 ※

 透明な風鈴には「背が伸びて、アンリを見返せますように」と書いた。お願いは、アンリに絶対教えないんだから。
 リゼットは、にぎやかに鳴っている風鈴の列を見上げた。自分の頭よりも、ずっと高い位置にある軒先。
 あそこにこの風鈴を吊る下げなくちゃいけないのよね……。
「なんだリズ、届かないのか?」
 頭上からの声に、リゼットはつんと澄ました顔をする。
 アンリは苦笑。
「しょうがねえなあ、俺が吊るしてやるよ」
 俺の願い、別に敵わなくてもいいかもしれねえな。そんな台詞が聞こえて、リゼットはアンリを見上げた。
「何を書いたの?」
「お前が教えるってんなら言ってもいいけど?」
「どうして私がアンリに!」
「それなら俺も教えなーい。俺の願いは世界を平和にするけどな!」
「さっき、叶わなくてもいいって言ったのに?」
「叶えばさらに幸せってな!」
 にっかりと、アンリは笑う。
 何をお願いしたのかしら?
 思案するリゼットは知らない。アンリが、リゼットの成長――主に身長と胸のサイズの成長を、願ったことを。


「ん~……届かないっ……どうして踏み台がないのでしょう」
 風鈴の並ぶ軒下、アマリリスはつま先で立ち、足を震わせながら、吊るされている風鈴に向かって思い切り手を伸ばした。しかし触ることができるのは、風に揺れる短冊まで。これでは、軒先に風鈴を吊り下げるのなんて絶対無理だ。
「アマリリス様、私が代わりましょう」
 自分の分はとうに飾ったヴェルナーが、声をかけてくれる。
「結構です。これは自分でやります」
 願い事が見られることを恐れてそう返したのだが、ふと目に映ったほかの風鈴の短冊に文字は見えない。そこでやっと、透明なペンを使ったことを思い出した。
 ヴェルナーは困惑顔で、アマリリスを見守っている。手伝いたい気持ちはあれど、アマリリスが断ったから手が出せないのだろう。まったくどこまでも真面目な人。アマリリスは、風鈴をヴェルナーの前に差し出した。
「やっぱり頼みますわ。ヴェルナーなら、簡単に吊るせるのですもの」


 がちゃん、とガラスの割れる音に、周囲にいた誰もが振り返った。
「ああ……」
 地面に膝をつき、割れたかけらを手に、リヴィエラは肩を落とす。
「そんな……これじゃお願い事が……」
「また君は、ドジを……」
 ロジェの言葉は非難ではない。わかってはいても、リヴィエラは顔を上げることができなかった。
 どうしても叶ってほしい願いがある。いや、願いどころではない。切望だ。
 どうしましょう。また工房へ行って、別の風鈴を貰って来ましょうか。でもロジェ様はなんて言うかしら。
 ひとりでの思案。そこに、ロジェの手が伸びてきた。
「割れた風鈴でも良い。俺のものと一緒に軒先に飾るぞ」
「……良いのですか?」
「短冊の部分は、俺がお守りとして持っておくよ」
 風鈴を吊るした後、ロジェはそう言って、小さな短冊を握りしめた。風に揺れて音となり、願いが叶うはずの短冊。リヴィエラの願いはどうなってしまうのか……そんな気持ちがあったから、貰い受けたのだが。
 ……これは、リヴィーの願いか?
 まるで思念のように、歌のように。
 流れてくる、彼女の声が。
 ――ロジェ様がいつまでも無事で、幸せでありますように。

 リヴィエラへも、ロジェの願い事が届いていた。
 ――あいつの前に俺よりふさわしい精霊が現れ、幸せになれるように。
 低く語りかけるような声。それはいとも簡単に、リヴィエラの心を決壊させた。リヴィエラの青い瞳から、涙がこぼれ、頬を伝う。
「私は、あなたが幸せじゃないとダメなんです。こんなお願い事、嫌……」
 リヴィエラが、ロジェの背にすがる。ロジェは体を返して、彼女を抱きとめた。
「君は……バカな奴だ。大丈夫だよ。俺は君が幸せになるまでは死なない。君に適合する、他の精霊が現れるまでは死なないよ」
「ロジェ様はなにもわかってない! あなたと一緒じゃなきゃ、私は幸せになんかなれない……!」
 いやいやと首を振るリヴィエラの長い髪を、ロジェは撫ぜる。
「約束です。私を置いていかないで……」
「大丈夫、君を一人にはしない」
 こんな君を、一人になんてできるわけはない。
 たくさんの風鈴が、リヴィエラがすすり泣く声を音に隠している。道行く人には、二人はただ抱き合っているように見えることだろう。
「大丈夫、大丈夫だ、リヴィー」
 ロジェは囁き続ける。リヴィエラの涙が、止まるときまで。

 ※

「風鈴って本当にきれいな音がするのね。涼やかで気持ちがいいわ」
「風鈴の音も確かにいいが、ラムネもいいぞ。この栓を開ける音もいいし、ビー玉が瓶に当たる音も夏! って感じがするんだよな」
 アンリは栓となっているビー玉をはずした。とたん、空気がはじける音がする。
「たしかに、悪くはないわね」
 リゼットも真似して蓋を開けようとするのだが、なぜかうまく開けることができない。
「なんだ? 開けられないのか?」
「べ、別にそういうわけじゃっ! いい音だから開けるのもったいなくて」
「ほい、開けてやるよ、貸してみ?」
 ひょいと手を伸ばし、アンリがリゼットの瓶を持っていく。

 ビー玉が瓶に当たり、カランと高い音を奏でる。アンリは美味そうに喉を鳴らしているが、リゼットは唇を湿らす程度だ。
 なにこれ、ビー玉が邪魔でうまく飲めない……なんでアンリは飲めるのよ。
 ちらちらと隣のアンリに目をやれば、
「いつまで飲んでんだよ、リズ。炭酸抜けちまうぞ? これもう蓋できねえんだから」
「す、少しずつ味わって飲んでるだけよ」
「もしかして炭酸苦手とか? それとも量多かった? しかたないな。いらないなら俺が飲んでやるよ」
 アンリはリゼットの手の内から、またも瓶をさらっていく。そしてそれをそのまま自身の唇へ……。
「ちょっと、私のラムネなんだから飲まないでよ!」
 リゼットは叫んで取り返そうとしたが、アンリの唇に触れる透明な瓶を見て、気づいた。気づいてしまった。
 これって間接キ……!
「飲むなら返すよ、ほら」
 半分ほどまで減ったラムネ瓶を返されるが、そんなもの、飲めるわけがない。
「いらないわ、それ全部あげる!」
「は? なら貰う……」
 そこまで言った、アンリの表情が固まる。アンリは瓶をまじまじ見つめ、それからちらとリゼットを見た。頭を振って、息を吐き。
「くそ、一気飲みだ!」
 ごくごくと瓶のラムネを飲んでいく。


「風鈴も飾ったことですし、あとはベンチに座ってゆっくりしましょう」
 アマリリスは、手近なベンチに腰を下ろした。木製のそれは色褪せていて、長い年月愛用されてきたことが明らかだ。
 風鈴と古い町並み。年寄りならば見慣れたものが、若いアマリリスにはとても珍しく感じられた。
 あたりに目を向け息をつく。その視界に、相棒の姿が映る。
「……ヴェルナー? なぜあなたは立ったままですの?」
「なにがあってもすぐ対応できるよう、おそばで待機しております」
 ヴェルナーの固い回答に、アマリリスは苦笑する。
「スペースがあるのにわたくしだけが座っているというのもおかしいですわ。わたくし達は主人と従者ではなくウィンクルムなのですから、隣に座ってくださいませ」
「は……、では失礼いたします」
 ヴェルナーは言われるままに、アマリリスの隣に座った。とはいっても、背筋はまっすぐ、視線も前を向いている。さきほどヴェルナー本人が言ったように、まさに待機の姿勢だ。
「……あの願い事、早く叶うといいのですけど」
 それまで腿の上へと置いていた手を、アマリリスはそっとベンチに滑らせた。それは意識をしない行動であったが、指先がふとヴェルナーの服に触れ、はじかれたように手を上げる。
「どうかされましたか?」
「……いえ、なにも」
 アマリリスは目を閉じた。こうして風鈴の音に耳を澄ましているふりをすれば、ヴェルナーはもう話しかけてはこないだろう。その音よりも、今は自分の鼓動の方が、ずいぶんにぎやかなのだけれど。
 願い事が叶ってしまうと、私の心臓が持たないかもしれませんわね。
 うっすら目を開け、ヴェルナーを見る。相変わらずきっちり伸ばした背筋のままの、彼が何を考えているかはわからない。


「さて、一通り見て回ったし、一度休憩しよう。確か軒先にベンチがあったはずだ。お、あそこが空いている」
 灯火が腰を下ろしたベンチに横に、ちょこんと朱音も座り込む。しかし瞳はきょろきょろ何かを探しているふうだ。
「どうかしたか?」
「音爺さんっていう人が占いをやってるんだって。占ってもらいたいなって思って」
「音爺?」
 そんな老人いただろうかと、灯火は立ち上がった。長身を生かしてあたりを見れば、何やら人が集まっているベンチがある。
「もしかしたら、あそこにいるかもな。行くか?」
「いいよ、私一人で行ってくる。主様はここにいて!」
「……平気か?」
「大丈夫!」
 朱音は灯火の返事を待たず、ぱたぱたと走り出した。
 ……主様となんて行けないよ……! だって聞きたいのは、主様との相性なんだから。

 ※

「音爺さん、今の私に必要なことを教えてくれます?」
「リゼットさん、と言ったかな。よし、やってみよう」
 音爺の手から、水をはったコップの中へ。ビー玉が転がり、水底に落ちていく。
 リゼットには当然なにもわからない。しかし音爺は「なるほどなるほど」とうなずいて、立ったままのリゼットを見上げた。
「かわいらしいお嬢さん、少ぉし素直になったらどうかな?」
 真っ白はひげに覆われた唇が、静かな笑みをたたえている。胸の内すべてを見透かされたようで、リゼットはつんと澄ました顔のまま、頬を染めたのだった。


「あのおじいさんとお嬢さん、何をしているのかしら?」
 ミオンは通りを歩く足を止め、人の集まるベンチに目を向けた。紺色の甚平を着た、白髭の老人が、コップにビー玉を入れている。それを見て、少女に何やらアドバイスをしているようだ。驚いた顔をしているということは、結構当たるのだろうか。
「変わった占いね」
 ミオンは振り返った。当然その場にいるだろう相棒に話しかけたつもりだったのだが、そこに求める人の姿はない。
「アルヴィン?」
 呼べば返事はないくせに、背後からひやりとしたものを頬に当てられる。
「つめたっ」
「へへ、喉乾いたからラムネ買ってきた。どうした? いい年して迷子か?」
 とんとんと頭を撫ぜられて、思わずその手を振り払う。
「もう、いつまで頭押さえてるのよ。いなくなったのはアルヴィンでしょ!」
「一人で不安になっちゃった?」
 どこまでも無邪気な表情で、アルヴィンは笑う。その顔のまま、ミオンの手をぎゅっと握ってきたのだから、ミオンは呼吸が止まるかと思った。
 だってここは往来で、なんでこんなこと……!
 文句を言おうとするが、アルヴィンは衆目など気にする様子はなく、より一層、ミオンの手を強く掴む。
「ほら、これで迷子にならないだろ? さあさあ、休める場所探してこのラムネ飲もうぜ。これきんきんに冷えてるから、絶対美味いって」
 アルヴィンの、左手にはミオンの手のひら。右手には二本のラムネ。小瓶の中では、甘くさわやかな飲料が揺れている。
「もう、そんなに引っ張らないで!」
 言いながら、ミオンは思う。今アルヴィンの中にあるラムネが、少しでもこの体のほてりをおさめてくれますように、と。


「音爺さんっ! 私、私も占ってほしいの。主様との相性!」
 音爺が目を細め「そうかいそうかい」とうなずく。
「じゃあやってみようね。コップの中に、ビー玉を入れて……」
 ぽちゃり、ビー玉が水に落ちる音。カラン、ガラスのぶつかる音。
「おやおや」
 音爺は顔を上げた。
「お嬢ちゃんと主様は、お互いに思いあっているようだ。いい関係じゃな」

 一方灯火は、一人きりのベンチで、風鈴の音に耳を傾けていた。
「……本当に、この音とともに願いが届けばいいのだが」
「主様~! 占いしてきた!」
 灯火の前に立ち、はにかみながら、朱音はおずおずと手を伸ばした。それをぎゅっと握ってやれば、少女は満面の笑みになる。
 ……願い事は焦ることはないな。長い時間をかけて、思いを伝えていけばいい。
 今はまだ、小さなこの子へと。

 ※

 ねえ、大切なあなた。
 幸せになって。
 どうか、どうか。
 風が揺らすは切なる願い。言えない想い。
 風鈴通りは、宵闇に沈んでいく。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 瀬田一稀
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 06月22日
出発日 06月29日 00:00
予定納品日 07月09日

参加者

会議室

  • [5]空朱音

    2014/06/26-02:34 

    初め、まして。
    空に朱い音って書いて、アキアカネって言うんだよ。
    えっと、宜しくお願いします。

    主様に、色々連れてって貰うんだよ。
    主様が「風鈴は音も見た目も涼しくて趣がある」って言ったから。
    私も一緒について行くの。

    透明なペンで書くと風に乗って想いが届くって聞いたから…。
    私もこっそり書いておくんだよ。
    いつか届いたら、きっと幸せ(にへへ

  • [4]アマリリス

    2014/06/25-22:16 

    ごきげんよう、アマリリスと申します。
    パートナーはヴェルナーです。
    短冊も風鈴通りも楽しみですわ。
    今回はよろしくお願いいたしますね。

  • [3]ミオン・キャロル

    2014/06/25-19:57 

    よろしくお願いします。
    私はミオン、パートナーはアルヴィンよ。

    もう夏ね…、月日が流れるは早いわね。
    観光がてらぶらぶらする予定よ。
    沢山の風鈴と音が楽しみだわ。

  • [2]リヴィエラ

    2014/06/25-07:59 

    こんにちは、私はリヴィエラと申します。
    パートナーのロジェ様と、風鈴の短冊にお願い事を書く予定です。
    ふふ、お願い事はもう決まっているのです。皆さま、宜しくお願い致します(お辞儀)

  • [1]リゼット

    2014/06/25-00:21 

    リゼットよ。
    連れのアンリと一緒に参加するわ。よろしくお願いね。
    短冊に何を書くかは…これから考えてみるわ。
    当日が楽しみね。


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