一足お先に夕涼み(椎田 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

タブロス市から少し離れたとある街に、『紫翠苑(しすいえん)』という公園がありました。
公園と言っても公の機関が作ったものではなく、商売で成功を収めた商人が個人的に作らせたものです。

大きな池を中心に園路や橋を配した庭園風の公園で、池の中やそのほとりにはカキツバタやハナショウブが。池中に設けられた小島や、池の外周の回路にはアジサイやアヤメが。
下草や松の木の緑を青紫や白の楚々とした花々が彩り、紅紫がアクセントを添えるとても美しい庭園です。
しっとりと落ち着いた雰囲気が特徴で、かつてはオトナのカップル向けのデートスポットとして密かな人気がありました。

しかしここ数年は訪れるものと言えば蝶や鳥くらいのもの。全盛期に比べると手入れもどこかなおざりです。
庭園の持ち主は最後まで手放そうとはしませんでしたが、あまりに赤字が続いてしまったため遂に半年前に売却されていました。

買い取ったのは、大手観光会社であるミラクル・トラベル・カンパニー。
良く言えば風情豊かな庭園は、老年の夫婦から年若いカップルまで、幅広い年齢がデートで訪れるような公園にリニューアルされることになりました。

新進気鋭の若手社員達の手で、紫翠苑は半年という驚異的な早さで元々の美しさを活かしたモダンな雰囲気の庭園に生まれ変わりました。
その結果、花盛りの季節になんとか間に合い、元の持ち主である商人が僅かではありますが感謝の意味合いも込めて資金援助を申し出たとのことでした。




「……その提供された資金で、今回のこのプレオープンイベントを開催させて頂くことになりました」

 そう言って、ミラクル・トラベル・カンパニーの女性社員が資料から目を上げました。
目の前には今回のイベントに招待され、パンフレットを覗き込む何組かのペア。友達同士でやって来たような者もいれば、恋人同士であると推察できる者もいます。
紫翠苑にはリニューアルの際に売店や出店を配置すると共に何通りかのコースが用意され、本来のターゲットであるカップル以外にも楽しんでで貰えるよう配慮されています。

「また、当園ではよりお客様に楽しんで頂くためにコースをご用意致しました。

●Aコース
花を見ながらゆっくりと歩いて15分程で歩き切ることが出来ます。
アジサイを中心とした色とりどりの花々が目を楽しませてくれます。
陸路が殆どなので、楓や松などの樹の下で軽食を摂りながらお喋りするには最適だと言えます。

●Bコース
花を見ながらゆっくりと歩いて30分程で歩き切ることが出来ます。
コースの半分以上が島と島を繋ぐ橋で構成され、まるで池の上を歩いているような気分を味わえます。
見通しがとてもよく、やや遠目になるものもありますがほぼ全ての花を見ることが出来るでしょう。
大きな池の中の浮島が中間地点となっており、休憩所も有りますので是非ご利用下さい。

●Cコース
花を見ながらゆっくりと歩いて20分程で歩き切ることが出来ます。
大池に注ぐせせらぎの傍を通るため、ハナショウブやカキツバタを楽しむことが出来ます。
イルミネートされた小さな池はとても幻想的で、ロマンチックな雰囲気を味わう事ができるでしょう。
木立などで見通しは余り良くは有りませんので、足元にはご注意下さい。

現在は以上の三コースとなっております。お二人で相談してどこのコースにするか決定されて下さい」

 パンフレットに書いて有る以上のことを付け足しながら流暢に説明を続けますが、

「あ。プレオープンイベントですので、申し訳ありませんが花の持ち帰りはご遠慮下さい」

 彼女は花摘みの項をパンフレットに見付けてしまい、己のミスに一瞬眉根を寄せます。
しかしそれ以外の、入園料は本来の半額の100Jrであり、更に希望者には浴衣の貸し出しと着付けのサービスは行われることを説明しました。
閉園時間や注意事項を改めてアナウンスすると、質問を受け付けます。

「……特に無いようですね」

 軽く頷くと、元の庭園で使われていたものを流用した木の引き戸に手をかけました。
長い時を経た渋さのある色や見た目とは裏腹の滑らかさそのままに、扉は抵抗なく開くと生まれ変わって初めての来訪者を受け入れます。

「それでは、楽しい時間をお過ごし下さいませ」

 女性社員は腰を折り、イベントの参加者を見送るのでした。

解説

日本庭園風の公園を舞台としたお話です。
紫翠苑のプレオープンイベントに招待されたペアのうちの一組として、浴衣で夕涼みをお楽しみ下さい。あ、もちろん浴衣に着替えられなくても大丈夫ですよ。
浴衣や髪型等、ご希望が有ればプラン内にご記入下さい。

時刻は日が沈み、少し涼しくなってきた辺りを想定して頂ければと思います。
残念ながらほたるは居ませんが、代わりにごく控えめにイルミネーションの電球が配されている池もいくつかあります。

庭園は何通りか回り方が有りますので、ABCいずれかのルート指定をお願いします。
特に記載が無くてもどのルートにもベンチや休憩所が有りますので、そこで休憩して頂くことも可能です。

また、扉を入ってすぐのところには売店や出店が有るので、そこで食べ物や飲み物を買ってから散策する事も出来ます。
取り扱っている商品は以下のとおりです。

出店(一律50Jr)
クレープ
アイスクリーム
たこやき
ジュースやお茶などの飲み物

売店(100Jr)
はちみつ鈴カステラ
元々紫翠苑で細々と販売されていた、花の蜜を使った名物の鈴カステラです。
売店は正式にオープンした際にはお土産等も売る予定ですが、カステラ以外は準備中です。

ジュースやお茶等の飲み物

ゲームマスターより

初めまして。
先日よりこちらでゲームマスターをさせて頂ける事になりました、椎田(しいだ)と申す者です。お見知り置きを。

梅雨入り宣言も出され雨や曇がちな日が続きますが、いかがお過ごしでしょうか。
じめじめしたいやーな季節ではありますが同時に、恵みの雨が降り注ぎ動植物たちが夏に向けて美しくなっていく季節でもあります。
せめてシナリオ内だけでも、水辺の涼しさを感じて頂ければ、と。

皆様のご参加、お待ちしております。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

リゼット(アンリ)

  Aコースへ
紺地に百合柄の入った少し大人びた浴衣で
髪は簪でフルアップ

浴衣を着るのは初めてだし
素敵な庭園だって聞いたから
髪のまとめ方も着付けも頑張って覚えて来たのに…

やっぱり食べてばかり!
わかっていたけど!

アンリと出かける以上、こうなるのは当然よね
花を眺めて雰囲気を楽しむ…なんてありえないわ
わかっていたはずなのにどうしてこんなに気分が沈むのかしら
でもクレープはおいしいわね…
アンリの食いしん坊がうつったのかしら

なんだかアンリにずっと見られているような気がする
どうせまた私をからかおうとしてるんだわ
私が子供だからっていつもいつも…!
もし大人だったら、何か変わっていたの?

ほんとにバカなんだから…もう


かのん(天藍)
  紫翠苑!
機会があれば一度中を見たかった庭園です
この機会は逃せません
藍染めの古典柄の浴衣にいつもの薔薇の髪留め外して浴衣に合う簪を
一通り全体を見たいのでBコース
下駄で歩き慣れていないので最初から擦れそうな所はテーピングしておきます(人には見せられませんけれど)
絆創膏数枚とテーピングテープ巾着に入れて
少し先を行く天藍の袖をつかみ
普段よりも歩幅が狭いのでゆっくり歩いてもらえるか尋ねます
浮島の休憩所で一休み
天藍に鈴カステラを勧めます
お砂糖が指に付きますから口開けてください
いつも庭園や植物が中心の所にばかり誘っていますので、少し呆れられていないか心配です
次の機会のために天藍が行きたい所を教えてくださいね



夢路 希望(スノー・ラビット)
  (浴衣、一度着てみたかったんです)
薄ピンクに小花柄の可愛らしい浴衣
髪もお揃いのリボンでアップにしてもらい、
ドキドキしつつユキの元へ

…そ、そんなにじっと見ないでください…
(やっぱり私なんかには似合わなかったでしょうか)
…え?…あ…ありがとう、ございます
ユキも、とても似合ってます
…い、行きましょうか

Cコース:
せせらぎの音に耳を傾けながらのんびりと
池の光景には思わず見入ってしまいます
「…綺麗」
少しの間立ち止まり
ちらりとユキの方を見たら目が合ってしまって、あたふた
その拍子に足がもつれて
気が付いたら目の前にユキが―って
「ご、ごめんなさいっ」
だ、大丈夫です
…危ないから、手を?
い、嫌ではないですけど…でも…


リーヴェ・アレクシア(銀雪・レクアイア)
  目的:庭園でのひと時を楽しみ
心情:季節の移ろいを楽しむのもいいものだ
手段:
服装→白と紫の桔梗が咲き乱れる浴衣
シンプルに着こなす
購入物→はちみつ鈴カステラとお茶
甘いものは進んで食べないが、名物と聞いて。お茶は緑茶。
選ぶコース→B

銀雪とゆったり歩くか。
遠目にも季節の花が確認出来るというし、時折足を止め、花を眺めることを中心に歩こう。
池の上を歩いているような景色もいいな。
夜、蛍でもいればさぞ幻想的に映えることだろう。
やはり、季節の移ろいを感じられるのは贅沢だな。
あとは、蝶が舞う姿、鳥が歌う声にも忘れずに。
私達は普段気が張る任務に身を置くからこそ、こうした静寂の休暇は貴重、来て良かったな、銀雪



ガートルード・フレイム(レオン・フラガラッハ)
  (直近の依頼で精霊に唇を奪われて以来、態度がぎこちない)
…レオン、その…
トランスのキスは頬で十分なのであって…その…人前でああいう真似は…(赤面)
いや、嫌では…(もごもご)

(そして耳元で囁く相方の色気にすっかりやられる(笑)。
浴衣着てくれば、言われた言葉にさらに赤面。完全に相手のペース)

あ、歩こう!歩こう!(Cコースを選択。顔の火照りを紛らわすようにすたすた歩く。こけるかも)

…あのな、レオン。
君にとっては特別なことじゃないのだろうが、私はあれがファーストキスだったんだよ…。

(しゃがんで足下のハナショウブやカキツバタを眺めて)
レオンが初めて女性とつき合ったのは、いくつの時だ?




 
 古く趣きのある扉が女性社員の手によって開かれると、まず清らかな水音が挨拶をしました。続いて、僅かに甘い香り。
夕暮れの薄明かりの中、エントランスとも言うべき広場に敷かれた白い玉砂利が、ほんのりと光っているようにも見えます。その向こうの紫と翠の濡れたような色の濃さが、石の透明感をいっそう引き立てます。

招待された者達はほんの少しの間その初雪の様な美しさに見とれていましたが、一組また一組と庭園に足を踏み入れて行きました。ざり、ざり、と耳に心地良い音が連続します。

ある二人組は食欲をそそる香りに誘われるように出店に軽食を買いに、またあるカップルは着付けをして貰いにと、最初の行動は人それぞれ。人の気配が絶えて久しい庭園でしたが、久しぶりの活気に風に揺れる花々もどこか嬉しそうに見えます。
 
 さあ、一足早い夕涼みの始まりです。
 
 
 
●Aコース
 
 紫水苑で現在歩くことが出来るコースの中では最も短い距離ながら沢山の花が出迎え、他のコースに負けず劣らずの充実した時間を楽しめるコース。
 
リゼットとアンリの二人も充実してはいましたが、それは少々他とは違う形のようです。
具体的上げるならば購入した食べ物の量。出店を担当していたスタッフは想定外の事態に慌てつつも、最後には営業スマイルではない苦笑めいた笑顔で送り出す程でした。
 
 
「はぁ……」
 
 コースの途中に設えられたベンチに腰掛け溜息を吐くのは、紺地に百合柄の浴衣を着たリゼットです。隠れた努力家である彼女は事前に着付けなどを練習し、スタッフは彼女の補助という形でついていました。
彼女にしては少し大人びた浴衣ですが、自分の思った通りに着付けが出来たお陰か髪を簪でフルアップにしているからか、不思議と違和感は有りません
 
「どうしたんだよ?」
 
 黒にかすれ縞模様の浴衣を着て隣に座るアンリが尋ねます。
どことなくそわそわとしていますがそれでも尚健啖な彼は、現在アイスクリームを平らげたところですが早速たこやきに手を伸ばしています。
売っている食べ物は全て買ったのではという程買い込んだ食料は、既にその半分近くがなくなっていました。
 
「わかってたけどやっぱり食べてばっかり!」
 
「そんなことかよ!」
 
 思わずツッコミを入れてしまいます。
そう言う彼女も、先程までとても美味しそうにクレープをかじっていたのです。
 
「そんなこととは何よ。でもアンリと出かける以上、こうなるのは当然よね。花を眺めて雰囲気を楽しむ……なんてありえないわ」
 
 再びの溜息。 
分かっていたはずの事とは思っていても、いつもとは違う服装に違う雰囲気。少しでも大人っぽくなろうとしているのに、こうもいつも通りの反応だと落ち込んでしまいます。
 
「…………」
 
「……なによ?」
 
 黙ったままじっと自分の顔を見つめるアンリの表情は、何時に無く真剣な雰囲気です。
何を考えているのか読み取ることは難しく、沈黙に耐え切れなくなったリゼットはついつっけんどんに言い放ってしまいます。
 
「俺だって花、ちゃんと見てるんだからな」
 
 アンリはそう言うと、リゼットの口に鈴カステラを押し付けます。唇に押し付けられたカステラに驚きつつも食べようとした刹那――。
 
「!?」
 
 まるで王子様のように整った顔が一瞬近づいたと思うとすぐに離れてしまいます。
一口サイズの鈴かすてら越しのキス。
唇同士が触れ合うことは有りませんでしたが、そっぽを向くアンリの頬は真っ赤になっています。
 
「ほんとにバカなんだから…もう」
 
 と、アンリと同じ位真っ赤に頬を染めながらもリゼットは憎まれ口を叩かずには居られないのでした。
 
 
 
●Bコース
 
 ところ変わって池の上。穏やかな水面に一組の男女の影が映り、ゆらゆらと揺れています。
二人揃って和装に身を包んだ、リーヴェ・アレクシアと銀雪・レクアイアです。

現在、紫翠苑の中で最も長いコースですが、趣味でも運動をしているリーヴェは慣れない服装でも然程苦にはなっていないようでした。
下駄の歯が小島と小島を繋ぐ木の橋にぶつかる軽い音を楽しみながら、彼女はゆったりと周囲を眺めます。
橋の上からは天に向かって咲く花々だけでなく、水面に映ってたゆたう花の影や、仲良く寄り添って歩く二人組の姿もちらほら見られました。
 
「え、えっと……リーヴェ、浴衣似合うね」
 
 白と紫の桔梗が咲き乱れる浴衣をシンプルに着こなした彼女は何時にも増して美しく、銀雪はドギマギしながらも声をかけます。
声が裏返ったりする事こそ有りませんでしたが、彼の信頼するパートナーには少し挙動不審に見えたでしょう。もっともリーヴェがそのことを指摘することは有りませんでしたが。
 
「有難う。銀雪こそよく似合っている」
 
「そ、そうかな……」
 
 気が張る任務の時とは違う柔らかな微笑みに、照れているのを悟られないようにと銀雪は自身の藍色の蜻蛉柄の浴衣に視線を落とします。
リーヴェはそれらを微笑ましく思いながら、なんとかリードしようと半歩先を歩く銀雪にゆっくりと着いて行きます。
 
途中すれ違う他の招待客に軽く会釈をしてすれ違ったりしながらも、目を楽しませる花は勿論のこと、耳や鼻でも紫翠苑を楽しみながら進んでゆきます。
残念ながら夜が近いせいで生き物の気配は少なかったものの、静謐さの中に控えめに響く鳥のさえずりは奥ゆかしく、カキツバタの葉の裏に止まって居る蝶の美しい翅模様をじっくりと鑑賞する事が出来ました。
橋の造りも凝っており、同じ木造の橋でも材質によって微妙に音が違うのだなとリーヴェが感心したように呟きます。
 
 
「来て良かったな、銀雪」
 
 コース最後の浮島。
その小島から陸に掛かる石橋の手摺に腰掛けて名物の鈴カステラをつまみ、遠くに咲くアジサイを見ながらリーヴェが呟きます。
声は小さいものでしたが、彼女の選んだ緑茶に比べて蜂蜜レモンのジュースは子供っぽかったかと悩む銀雪の思考を中断させるには十分でした。
強い力を感じさせる瞳は、今は穏やかに彼女が信頼するパートナーに向けられています。
 
「……うん。リーヴェがそう思ってくれて、嬉しいよ」
 
 やっぱりリーヴェには敵わないな、と思いながらも、銀雪は嬉しそうに頷くのでした。
 
 
 
 
 そしてそのすこし前。
中央の浮島でリーヴェと銀雪が会釈をしたのは、休憩所で休むかのんと天藍でした。
古典柄と無地というちょっとした違いはあれど、二人共藍染めの浴衣を着ていた為ペアルックに見えないこともなく。歩いている時に天藍の浴衣の袖をつまむかのんが可愛らしいのもあってか、時折すれ違う人達は微笑ましそうにするのでした。
 
「歩くの、早かったよな」
 
 他のものよりゆったりとした休憩所のベンチに腰掛け、少し申し訳無さそうに天藍が言います。きっちりと着付けをしたものの、歩いている内に僅かに崩れてきていますがそちらは余り気にしてはいません。自分よりもかのんに気を使っていたのですがそれでもまだ歩くのが早かったようで、袖を握られたのが嬉しい半面足りなかったかと反省しています。
かのんは気にしないと微笑み「それに」と何かを言い掛けますが、自分の巾着から絆創膏を取り出して天藍に手渡します。
 
「慣れないとそうなってしまいますよね。良かったら使って下さい、余り大きな声では言えませんが私も……」
 
「流石、用意がいいな……これで良いか。と、遮ってしまったな」
 
 感心しながら受け取ると、鼻緒に擦れて少し赤くなってしまった指の間に貼り付けます。
 
「いえ、大丈夫ですよ。……いつも庭園や植物が中心の所にばかり誘っていますので、少し呆れられていないか心配だったんです。でも此処は機会があれば一度中を見たかった庭園で……」
 
 何時もの薔薇の髪留めではなく、白い藤をモチーフにした簪が不安げに揺れます。
様々な花を見る事が出来るこのコースを選んだのも植物が大好きなかのんらしいな、と寧ろ好意的に思っていた天藍にはこの台詞は予想外でした。
 
「お誘いは、人混みよりは緑の多い場所の方が好きなので問題ない。草花の事は詳しくないが……いや、詳しくないからこそ一緒に出掛けた先でかのんの話を聞くのが楽しいんだ」
 
「本当ですか!?」
 
 まさに花開く、と言った感じにかのんの顔が明るくなります。
天藍自身はかのんがそう言って気遣ってくれるだけでも十分だと思っていましたが、こうも素直に喜ばれると思わず顔が綻びてしまいます。
 
次の機会のために天藍が行きたい所を教えてくださいね、と言う弾んだ声を聞きながら緑茶に手を伸ばします。
 
「あ、そうだ。……はい、天藍」
 
 彼女の指先には、先程購入した鈴カステラ。
思わず飲んでいた緑茶噴き出しそうになりますが、なんとか押し込め少しだけむせる程度で済みました。
しかし、かのんの方は至って真面目。
 
「お砂糖が指につきますから口開けてください」
 
 と、催促。
無自覚であろう行動に天藍はうろたえるも、そういう事ならと遠慮なくかのんの手を取ってぱくりと鈴カステラを食べるのでした。
 
 
 
●Cコース
 
 見晴らしが良く明るいBコースとは打って変わって、Cコースはどことなく薄暗い雰囲気です。
しかし、その分二人きりの空気やロマンチックな雰囲気を楽しめるようにと工夫が凝らされていました。
 
ガートルード・フレイムは、その工夫の一つである分岐の多さに内心で感謝していました。
他のコースとは違い一本道ではないため他の組追いついたり追い越したりという事がなく、火照った頬を見られずに済むからです。
 
直近の依頼でパートナーのレオン・フラガラッハに唇を奪われて以来、ぎこちない態度になってしまっているのですが、浴衣を着た際の色っぽい、と言う褒め言葉と彼の色気にすっかり参ってしまっているのでした。
 
「……あのな、レオン。君にとっては特別なことじゃないのだろうが、私はあれがファーストキスだったんだよ……」
 
「だろうな」
 
 どうにかこうにか、と言った様子で切り出したガートルードに対し、想定内だったのかレオンはあっさり言ってのけます。
 
「それに、トランスのキスは頬で十分なのであって……その……人前でああいう真似は……」
 
 彼女らしからぬ歯切れの悪さですが、それでも尚も言い募るガートルード。
平然を装いながらも楽しんでいるのが分かる態度だったレオンですが、その言葉に少し哀しげに眉を寄せます。
 
「嫌だった?」
 
 もごもごと嫌ではないという様な意図の事を言うが早いか、
 
「じゃ、いいじゃん。キスなんてさ、いくらでもしてやるよ……お前が望むなら、な」
 
 そっとガートルードの耳元で囁くと、先程の表情は何だったのかと思う位にっこりと微笑みかけました。
その変わり様にガートルードは呆気にとられますが、次第に内容を理解し再び赤面してしまいます。
そして思い出しました、こいつは可愛い女の子と見るやナンパする男だった、と。
 
「そ、そう言えば、レオンが初めて女性とつき合ったのは、いくつの時だ?」
 
 しゃがんで足下のハナショウブやカキツバタを眺めながら問いました。薄暗い中でも、落ち着いた青い花弁は鮮やかに存在を主張しています。
そのすぐ側を、さらさらと微かな音と共に清水が流れてゆきました。
 
「……なにをもってつき合ったというかにもよるんだが……。お前みたいなまともな奴が思い浮かべるような、ちゃんとした交際、という意味なら……。今まで一度もねえな」
 
 少しの沈静寂の後、その静けさをかきけすかの様にレオンが答えました。
 
「だってさ、戦場で死んじまって、泣かせるの嫌じゃん」
 
 どういうことかと問おうとするガートルードを遮り、レオンは少々バツが悪そうに笑います。
傭兵稼業を営んでおり、現在はオーガと戦うことも有る彼にとって危険は身近なものなのです。
 
ガートルードは右手の契約の証をそっとなぞると、彼に優しく微笑みかけます。
言葉こそ有りませんでしたが、その剣で家族を護ってきた彼女の笑顔はまるで「君を死なせはしない」と言っているかのようでした。
 
 
 
 
 
 Cコースの目玉は、何と言ってもイルミネーションの施された小さな池でしょう。
イルミネートされているもの以外にも澄んだ小さな池は点在しており、それらと生い茂る木立ちのお陰でこのCコースは魔法の森のような少し複雑で不思議な雰囲気すら感じられるコースになっているのです。
 
その中の一つ、コースの入り口に程近い池の前に人の姿が有りました。ベージュの浴衣を着付けて貰い、パートナーの神人と待ち合わせをしているスノー・ラビットです。
程なくして、簪ではなく浴衣とお揃いのリボンで髪をアップにした夢路希望がきょろきょろと辺りを見回しながら歩いてきました。
合流したは良いものの、スノーは希望の浴衣姿を見るのは初めてで思わずじっと見つめてしまいます。
 
「……そ、そんなにじっと見ないでください……」
 
 何時にも増して不安げな表情は、やっぱり似合わなかったかと心配していることが明白です。
 
「そういう格好も似合うね、可愛い」
 
 純粋にそう思ったから、というのは勿論ですが、自分の為にオシャレしてくれたのかな、という思いもあり。
褒め言葉には俯きがちになりながらも小さな御礼と、更にはユキもとても似合うとの言葉にほんわか笑顔になってしまいます。
 
「……い、行きましょうっ」
 
 これ以上褒められてしまう前に、と希望が促し二人はゆったりと木立の道へ足を踏み入れました。
 
 
「……綺麗」
 
 せせらぎの音に耳を傾けながらのんびりと歩く希望と、そのペースに合わせて隣を歩くスノーの目の前が開けました。蛍が明滅しているかのような儚げな光の点に囲まれた池は幻想的で、希望は溜息を漏らして暫し見入ってしまいます。
スノーはその様子を眺めていましたが、ふと希望と目が合います。自然に微笑みますが、それに慌てたのは希望。思わず顔を逸らしてしまいあわあわとしているうちに、足をもつれさせてしまいます。危ない!と言う声が聞こえ、倒れ込みそうになった希望は身を固くします。しかし――。
 
「大丈夫?捻ったりしてない?」
 
 スノーに咄嗟に腕を引かれたお陰で希望は事なきを得ましたが、未だに唖然としているのを心配したスノーは彼女の顔を覗くように問いかけます。
 
「ご、ごめんなさいっ」
 
ようやく彼に助けて貰ったことに気が付き反射的に謝ってしまいますが、すぐに大丈夫だった事を告げます。それを聞いてスノーもほっと胸を撫で下ろします。
 
「また転んだりしたら危ないから、手を繋ごう?」
 
「……危ないから、手を?」
 
 そう言って左手を差し出すスノーに、希望はオウム返しに問いました。
薄ピンクに小花柄の可愛らしい浴衣からほんの少しだけ出した希望の指先が、スノーの袖口あたりで惑っています。
 
「嫌だったら袖でもいいから掴んでて?」
 
「い、嫌ではないですけど……でも……」
 
 ちら、とほんの一瞬だけ希望はスノーの顔を盗み見ます。いつもと変わらぬ穏やかな眼差しに、まだ僅かに心配そうな色が浮かんでいます。
 
「じゃ、じゃあ……」
 
 折角の好意だし、借りている浴衣を汚すといけないし……と心の中で誰にするでもない言い訳をしながら、希望はおずおずとスノーの手に自分のものを重ねます。
手を繋いだお陰か、その後は足元がおぼつかなくなることもなく二人は無事に紫水苑を満喫することが出来ました。
 
 
 
 
●プレオープンを終えて
 
 スタッフの後片付けに一段落ついた頃にはすっかり暗くなってしまいましたが、お披露目はつつがなく終わりました。
紫水苑の正式なオープンは、間もなく行われることでしょう。
 
案内役を務めた女性社員は幸せそうな二人組ばかりだったな、と紫翠苑の門戸に鍵をかけながら思います。
 
「あーぁ……私も恋人、欲しいなあ」
 
 やや疲労の滲む声音でそんな事を言いながらも、今回の仕事に十分な達成感を抱えた彼女は帰路につきます。その後ろを、熱とほんの少しの湿り気を帯びたそよ風が吹き抜けてゆきました。
 
 夏は、もうすぐそこまでやって来ています。



依頼結果:大成功
MVP
名前:かのん
呼び名:かのん
  名前:天藍
呼び名:天藍

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 椎田
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 06月14日
出発日 06月22日 00:00
予定納品日 07月02日

参加者

会議室

  • すまない、諸事情あってCコースにしたよ。
    かぶって困ると言うことはなさそうだけど、一応連絡しておくな。

  • [5]夢路 希望

    2014/06/18-12:27 

    ゆ、夢路希望、です。
    パートナーはラビットさん、です。
    ……よ、宜しくお願いします。

    AコースかCコースの予定です。

  • 初めましての方もそうでない方もこんにちは。
    ガートルードと、精霊はレオンだ。
    どの経路も良さそうで、迷ってるけど、A、かな…。

  • [3]リゼット

    2014/06/17-09:34 

    リゼットよ。連れはアンリ。
    初対面の人もお久しぶりの人もよろしくね。

    行先はAかCかで決めかねているところ。
    いつも何か食べてばかりだからたまには…と思うけど。

  • [2]かのん

    2014/06/17-05:13 

    かのんと申します、パートナーは天藍。
    皆様よろしくお願いします。

    全体を見渡せたらと思っていますので、私達もBコースになりそうです。
    リーヴェさんと同じコースになりますが、参加者で各コース網羅はしなくても良さそうな感じなので差し支えなければ。

  • リーヴェ・アレクシアだ。
    パートナーは銀雪・レクアイア。
    私達はBコースを歩く予定だ。

    よろしくな。


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