プロローグ
●苛立ち
誰が言い始めたか、6月に結婚した夫婦は幸せになるという――
「くっだらねぇ……あんな雨の多い月に結婚式? ったく、誰が言い出したんだかな。ドレスは雨でグショグショ、招かれる賓客だって濡れ鼠になりながら笑顔で新郎新婦を祝ってやらなきゃならねぇ。式場のスタッフだって本当は嫌だろうぜ」
そう悪態を吐くのは、ウィンクルム3年目のフランツ。ポプルスのロイヤルナイトだ。外は雨、これでもう5日連続で太陽を見ていない。こうジメジメした日が続けば、彼でなくとも嫌気が差すというものであろう。
「おいおい、そんな愚痴をカルラに聞かれたらどうするんだ?」
「……女の我儘で、くだらねぇ風習に付き合わされる方の身にもなってみろよエドガー。俺は爽やかな春の光を浴びながら晴れの舞台に立ちたかったのに」
そう、フランツは自らが希望した4月から少々延期された6月に挙式する事が決まって、それが些か気に入らないようなのだ。いや、自分の希望が通らなかった事に不満を感じているのではない。何故わざわざ気候の悪い6月を選ぶのか、それが分からずにイライラしているようであった。
「女ってのは、例えそれが単なる風習や言い伝えだと分かっていても、それにあやかりたいと思う生き物なのさ」
「言ってろ! ……それにしてもカルラの奴、最初は『なるべく早く』を主張してたのに……何故いきなり6月に延期、だなんて言いだしたんだ?」
「それこそ知らねぇよ、何なら本人に聞いてみりゃいいじゃねぇか」
「訊いても答えないから分からねぇンだよ」
ハァ……と、カップに注がれた紅茶に目を落とす。そこには暗い表情の自分の顔が映っている。これが、愛する者と間もなく結ばれる事になった男の顔であろうか……フランツはそう思いつつも、スッキリとしない気分を抑え切る事が出来ず、周囲に苛立ちをぶつけるのだった。
●真相
一方、花嫁となるカルラはフランツより2歳年上の『あねさん女房』だった。元々、彼女が『なるべく早く』を主張していたのは、その年齢的な問題にあった。25歳になる前に、誕生日である5月より前に……と云う事を考慮して4月を選んでくれたフランツに感謝すらしていた。だが、式の日取りを決める直前になって、彼女は突然意見を違え、6月を希望しだしたのだ。
「……まだ、言ってないの?」
「ん……言ったところで、もう時計の針は戻らないし、姉さんが生き返る訳でも無いから」
そう、彼女は挙式を前にして、双子の姉であるカルラを喪っていたのだ……本来フランツの花嫁になる筈であった姉を、である。
「でも、いつかは真実が分かっちゃうんだよ。暴かれる前に、自分から言ってしまった方が……」
「出来る訳ないじゃない! ……姉さんの身代わりだなんて……言える訳ないじゃない……」
声を荒げ、思わずハッとその口を押さえる彼女は、カルラの妹であるシンディだった。彼女たち二人は顔かたちや髪形、体格などの外見はおろか、性格までも酷似した姉妹だったのだ。生来の神人である点、趣味、そして異性の好みも……全く同じだったのだ。だが、カルラがフランツというパートナーに恵まれた一方で、シンディの前には何故か精霊が現れなかったのだ。適性も何もかも、全く同じだというのに……
シンディはカルラと二人暮らし、カルラがウィンクルムとしての任務から帰ると、シンディがそれを迎えて疲れを癒しながら体験談を聞く、というのがいつもの流れだった。時には武芸の手ほどきを受け、日頃から鍛錬を欠かさず、時には体調を崩したカルラと摩り替って任務に出た事もある程であった。それでも誰一人として、摩り替りに気付く者は居なかったのだ。そう、フランツでさえも。
そしてフランツは、彼女たちが双子である事を勿論知らない。そう、カルラが病魔に侵され、既に故人となっている事も……
「ずっと隠してたんだね」
「治ると思ってた……私も、姉さんも。でも……神様は意地悪だった」
「……桜の花が、咲いてる頃だったね……」
「……ん」
カルラは春爛漫、まさに挙式を一か月後に控えた頃にこの世を去ったのだった。次第に侵される体の状態を隠し、最後まで笑顔を絶やす事無く……しかし、雪深い冬が明けるのと同時に、彼女の命運は尽きていたのだった。
「だから貴女は本名を捨てて、カルラとして彼の前に立った……けど、悲しみからも立ち直れず、カルラ本人に完全に成り済ます自信も無かった。だからだよね、式の日取りを伸ばしたのは」
「そうよ……そう言ってしまえば、どんなに楽になれるか……けど! 私だって彼が好きなの! 彼が姉さんの幻影を追い掛けて、私の前から去って行くのが怖かったの! だから……」
だから、完全にカルラに成りすます事が出来るようになるまで、時間が必要だった……6月の花嫁になりたいという言い訳は、その真実を隠すのにうってつけだったという訳である。
「彼を騙す事への、罪悪感は無いの?」
「……私だって……本当はいけない事をしていると分かってるわ。でも、もう後戻りは出来ないの! 彼は私を姉さんだと完全に信じてる、このまま時が過ぎれば全て丸く収まるのよ!」
本当にそうだろうか……聞き役のシャルロッテは複雑な気分だった。このまま二人が結ばれても、絶対にしこりが残る。そんな気がしてならなかったのだ。
●吐露
「……そういう事だったのか……」
「最初に『カルラじゃ無い』と言った時、驚いてたわ。今まで、誰にもばれた事が無かったのにって……」
「どうして分かったんだ?」
「分かるわよ。癖に微妙な違いがあったし、何より……うなじの所にあるホクロが彼女には無かった。他の人は騙せても、彼女と同期でペアを組む事も多かった私には通じなかったわ」
フランツの態度の悪さをシャルロッテに零したエドガーが、思いもよらぬ真実を知って驚愕の声を上げる。だが、ちょっと待て? と、彼は素朴な疑問をシャルロッテに投げ掛けた。
「お前にさえ見破られる程度の摩り替りを、奴が気付いていないってのは不自然じゃないか?」
「そこよ。彼、絶対に気付いてると思うの。けど、それを隠して……シンディを受け容れるつもりなんだと思う。彼女のひたむきな気持ちを無碍に出来るような人じゃ無いもの、彼……」
「……どうしたらいいと思う?」
「どう、って……そりゃあ、嘘を吐き通したまま幸せになれる筈が無いとは思うよ。けど、それは本人たちの問題だから……」
嘘を吐き通す為には、更にその上から嘘を塗り固める必要がある。そんな厚化粧の花嫁の化けの皮など、簡単にはがれてしまう……そう思ったエドガーは翌日、フランツに本当の気持ちを問い質す事にした。
●決断
「……あぁ、彼女がカルラじゃないって事には気付いてたよ」
「じゃあ、お前が不機嫌そうにしていたのは……」
「そうさ……俺に真実を語ってくれない、偽の『カルラ』に苛立ちを覚えていたからさ!」
「……破談にするのか?」
「彼女次第だな……今の俺になら、カルラの死を認める事も、『カルラ』を受け容れる事も出来る。けれど、真実を語る事の出来ない間柄をいつまでも続ける事は出来ない。彼女が挙式までに真実を語ってくれない場合は、この縁談は無しにして俺もウィンクルムを辞める」
……彼の決意は固かった。真の幸せを掴む事が出来るかどうかは、シンディの勇気に掛かっている。だが、彼女は勇気を振り絞る事が出来るのだろうか……?
解説
●目的
罪悪感から逃れるため、嘘で嘘を塗り固めるシンディ。その偽りの気持ちを突き崩し、素顔のままで彼と一緒になって欲しい……それがこのお話の目的です。
●どうやって?
多くを語る必要は無いでしょう。フランツは既に事実を知り、全てを受け容れてシンディを迎えようとしています。ただ、自分を心から信頼してくれないシンディに、苛立ち……と云うより悲しみにも似た感情を抱いています。
シンディの口から真実を語らせ、『カルラ』ではなく『シンディ』としてフランツの前に立たせるにはどうすれば良いか、皆様の創意工夫にて策を練り、彼女を導いて欲しいのです。
●タイムリミットは?
物語の始まりは6月16日現在と考えてください。そして挙式は一週間後、6月23日となります。この7日間で彼女を説得し、真実を語らせる勇気を持たせて欲しいのです。
ゲームマスターより
こんにちは! 県 裕樹です。お題に則り、私も『ジューンブライド』という奴を書いてみました。
しかし、皆さんの考える『6月の花嫁』って、幸せなイメージが多いと思うんですよ。けど、こういう事情を持った花嫁候補が居ても、不思議じゃないんじゃないかなーと思いまして。
楽しげなイベントに一石を投じる問題作となりそうですが、敢えて投入してみます。宜しければ覗いてみてください。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
シャルティエ・ブランロゼ(ダリル・ヴァンクリーフ)
真実の儘に「彼」と「彼女」が向き合う未来の為に …悲恋は、僕好みじゃないですから フランツさんは任せましたよ、相棒 敢えてシンディさんを説き伏せません 彼を騙す事に罪悪感を抱く時点で、答えは其処に 1週間の時間があるもの 僕はシンディさん達の事が知りたい カフェで紅茶を手に、花屋でお花を前に 傷付いた貴女の心が休まる優しい時間を過ごしながら、思い出に耳傾けながら 約束の日には姉妹の今までを聞き作ったブーケを、シンディさん…ううん、シンディに 似て非なる色合いの紫陽花は2人の髪色に合わせ 纏うリボンは思い出の色を写し 「友人」の願う未来が、梅雨空を越えた晴天へ続く様に、祈っています 見届けは相棒と共に、そっと指を絡めて |
ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)
一人で説得する事になっちゃった …話は苦手 もし、何も動きがないなら… 話したくない事だけど私の事を話そう。 私の名前…男の子っぽいよね 本当の名前じゃないの 私はどこから来たのか、自分自身のことが何も思い出せない 貴方には本当の名前もあって、本当の自分のことを覚えてる こういう事を続けていると…いつか本当の自分を忘れちゃう それは、貴方が思っている以上に辛い事だって言っておくよ。 それにね…信じようよ、相手のこと 私も、本当の自分が…パートナーが嫌うような人間だったらどうしようって不安がある。 だけどそれ以上に…ディエゴさんはそんな事を思うような人じゃないって信じてる。 貴方にとってフランツさんはそうじゃないの? |
七草・シエテ・イルゴ(翡翠・フェイツィ)
私は…… 夫婦は楽しい事も苦しい事も全部含めて話し合える…… そんな関係であってほしいと思っています 今も、そしてこれからも シンディさんは、フランツさんに本当の自分を見て欲しい…… けれどそれが出来ない、勇気がもてない そういうご心境でしょうか。 出来るようでしたら、シンディさんを呼び止め お時間を頂けるか確めてから説得に入りますね 彼女の話に耳を傾けつつ ・シンディさんが本当の自分として結婚できない理由 ・何がそうさせているのか ・仮にカルラさんとして結婚したら後悔しないか この3つを尋ねて意見を出します でも 本当にシンディさんを愛しているなら どんな形でも受け止めてくれると思いますよ 私、夫婦ってそうだと信じてますから |
ミヤ・カルディナ(ユウキ・アヤト)
「必要なのは、一歩踏み出す勇気と、勇気を後押しする愛だと思うの」 ●行動 最初にフランツに会い、 私達がシンディが一歩踏み出すお手伝いをするから、 貴方は彼女が告白しかけたら先を促して優しく誘導して と頼むわ 最初の一言で躓いたら、やはり最後まで打ち明けられないでしょ? フランツの協力が不可欠なのよ 打ち明けるのを待ってる気持ちは分かるけど、踏み出そうとする彼女に手を差し伸べてあげてほしいの、とね それからシンディの説得よ 告白しなさいと言うんじゃなく、フランツはどんな人かとか、思い出を聞くの 彼が素晴らしい人なら、告白を受け止める人だと彼女は気付く ”信頼”が強くなるからよ! 「大丈夫、彼はきっと受け止めてくれるわ」 |
●大声で喋るから……
(……マジか? これが事実だとしたら大変だぞ!)
休憩室に入ろうとしたところで中の会話が聞こえ、思わず足を止めてしまったのは『翡翠・フェイツイ』だった。彼は過去に何度かカルラと話した事があり、それなりに親しい間柄を築いていたので、まさか『摩り替り』が起こっていたとは思わなかったようである。
(……今、俺がこの事を知ったのは、本人たちには黙っていた方が良いな……ただでさえ不安定な精神状態のようだし、神経を逆撫でするような言動は避けなくてはな)
未だに動揺している内心を必死に抑え付けながら、彼はその場を離れた。そして、この事態を何とか打開すべく同期の隊員に相談を持ち掛け、解決策を練ろうと考えていた。
●マジかよ!?
「えーっ!?」
「シッ! 声が大きい!」
思わず驚愕の声を上げてしまった『シャルティエ・ブランロゼ』を、『ダリル・ヴァンクリーフ』が窘める。しかし、そうしたい気持ちはよく分かる。事実、翡翠ですらもその場で声を上げそうになり、慌てて口を押さえたほどのインパクトだったのだから。
「じゃあ、今までフランツさんはトランス無しで戦ってた、って事?」
「そうなるな。カルラさんがいつも手袋をしているのも、紋章の色を隠す為だろう……だが、いま問題にすべき事は、そこじゃない」
「そうね……偽りを真実に摩り替えてはいけない。そんな誤魔化しの関係は、すぐに壊れてしまうわ」
翡翠の言に呼応したのは『七草・シエテ・イルゴ』である。彼女は過去に男女間のトラブルで痛手を負った過去がある為、尚更この件について敏感に反応したようだ。
「この場合、どっちを説得すればいいのかな?」
「結果的には両方を納得させなくてはならないけど、順番からすればフランツさんの方からでしょう。彼が摩り替りを見破っていて、且つ彼女を受け容れるつもりがある事を暴露すれば、スムーズに話が……」
「通らないさ」
『ユウキ・アヤト』が呟いた疑問に『ミヤ・カルディナ』が答えているところへ『ディエゴ・ルナ・クィンテロ』が割って入り、その台詞を遮った。
「何故? 不安要素を取り払ってやれば……」
「本末転倒だ。フランツさんは彼女の方から真実を語ってくれるのを待っているんだぞ?」
「うっ……!」
鋭い切り口の返答に、ミヤは思わず言葉を失ってしまった。そして更にその言を後押しする者が居た。『ハロルド』である。
「ディエゴさんに賛成。まず相手を信じる心を持たなければ、解決にはならないよ。だからまず女の人の方を説得して、勇気を持って貰うのが先だと思う」
成る程……と一同は納得したかに見えた。だがディエゴは相変わらず渋い顔をしている。
「……やめておけ。第三者が後押しをして、どうにかなる問題では無い」
「そんな事ないよ、誰かの説得があって初めて、目の前の壁を突き破る気持ちになるんじゃない!」
「私もそう思う、ディエゴさん……何で今日はそんなに否定的なの?」
「いま言った筈だ……第三者が他者のデリケートな部分に介入する事は、話をこじらせるだけで俺は好かない」
それだけを言い残し、ディエゴはプイと背を向けて去ってしまった。どうやら彼は、この件には触れたくないらしい。
「……奴の言う事も、間違いじゃない。却って心を強硬にさせ、ますます殻に籠らせてしまう危険がある」
「時間を掛けて、ゆっくりと説得すれば……」
「それでも、相手のデリケートな部分に触れる事に変わりは無いだろう……核心には触れず、周辺からガードを切り崩して行くんだ。無論、俺達は『その事』に気付いていない振りをしてな」
「難しいね……でも、やるしかないね」
翡翠の出した『難題』に、まず呼応したのがミヤだった。次いでユウキが『仕方ないなぁ』と云う感じで両手を挙げ、シエテも口を真一文字に結んで頷く。シャルティエは『僕は二人の本当の心を知りたい』と説得を拒否、ダリルも概ねその考えに準じるようであった。
「どうする? ハル」
「……ディエゴさんの言った事は間違いじゃ無い……けど、何かをしなくちゃ相手の心は動かせないんだよ。今のままじゃ、二人は破局するしかない。私はそうさせるのは嫌」
ハロルドはキュッと歯を食い縛り、決意を固めるように語る。その回答を聞いて、翡翠は『その通りだよ……何故頭から事を否定するような態度を見せたんだ、ディエゴ』と、自分達に背を向けた仲間の姿を回想していた。
●彼女の名前は?
「カルラさん」
「……」
「あの、カルラさん?」
「えっ……あ、わ、私? は、はい、何でしょう?」
まず先鞭を切ったのはシエテだった。声を掛けられた『カルラ』は、自分が呼ばれているのだと気付かずに、暫くその呼び声に反応せず、ジッとカップの中の紅茶に映る自分の顔を眺めていた。
「す、すみません……考え事の最中だったんですね。仕方ありませんね、挙式までもうすぐですものね」
「!! ……そ、そうね……御免なさい、私そろそろ……」
慌てて席を立つ『カルラ』を見て、シエテは『やはり……』と呟き、俯いてしまった。やはり何か深い事情があって、真実を隠さざるを得ないのだろう……と思うと、その理由について問い詰めるのが躊躇われるのだ。
「シエ、此処で怯んではダメだろう。まだ核心どころか、薄皮一枚すら剥がせていないぞ」
「いきなりは無理……だって私、彼女の本当の名前すら知らないんだもの。あの人がカルラさんではないと分かっていて、それでもカルラさんと呼ばなくてはならない……それが辛いの」
その回答を聞いて、翡翠は勿論、影で聞き耳を立てていたメンバーもハッと気付いたように目を丸くする。そう言えば彼女の本当の名前を知る者は、この中には居ないぞ……と。
「やはり、本人の意思を尊重したいですね。説得はせず、此処はゆっくり……」
「逆だ、情報の不足も手伝って俺達の方が大きく立ち遅れているんだぞ。多少強引に切り込んででも、説得を急ぐべきだろう」
シャルティエが方針の変更を具申するが、それは出来ないと翡翠が否定する。確かに平時であれば彼女の言も尤もなのだが、今は既に尻に火が点いている状態。僅かな時間的余裕も無い状況なのである。
「残念だが、翡翠の言う通りだよシャル。彼らは事情を把握したあと、挙式までの僅かな時間で親睦を深めなくてはならない。それを考えると、時間は寧ろ足りないぐらいだ……本当は相棒の味方をしたいところだがね」
「う……確かにそうだけど……」
相方のダリルにまでダメ出しをされ、納得出来ない、という表情で俯いてしまうシャルティエ。しかし彼女の主張を通していたら、確実に時間は足りなくなってしまう。それは明らかだった。
「……やっぱ私、彼女を追うね……フランツさんの方は宜しく」
「ぼ、僕も……いいでしょ?」
ここでハロルドが離脱、『カルラ』を追って駆け出した。彼女なりに何か考えがあるのだろう。そしてその後をシャルティエが追う。
「追わなくて良いのか?」
「男が居ては、話し辛い事もあるだろう」
翡翠の短い問い掛けに、ダリルが応える。
「分かった……此処で時間を浪費している暇は無い、行こう。俺達はフランツさんを問い詰めるぞ。今度は俺が当たる」
「待って、今度は私に任せて」
名乗り出たのはミヤだった。彼女には何か、搦め手で情報を聞き出す考えがあるらしい。そして彼女に一任する事を決めると、一同はフランツを探して歩き出した。
●暗いですよ?
ポツポツと垂れる滴を眺めながら、彼は煙草の煙を燻らせていた。しかし紫煙を口から吐いてはいない。ただ火の点いた煙草を持ったまま、ボーっとしているのだ。
「……あちっ!!」
「大変! 火傷は直ぐに流水で冷やさないと」
「……こんなの火傷のうちに入らないさ……ところで君は誰だい?」
名前を知られていない……と、話し掛けたミヤは思わずガクッと肩を落としてしまった。が、ここで怯んでいる暇は無い。
「失礼しました……私はミヤ・カルディナと申します。先日契約してA.R.O.A.に入隊した新人です」
「そうか……とにかく手の事は大丈夫、心配は要らない」
「そうですか……ところで、そんなに深く、何を考えていらしたのですか?」
「……プライベートな事だ、干渉されたくない」
これは想像以上に頑なだと思ったミヤだったが、此処で引き下がる訳にはいかない。少々強引にでも情報を引き出さなければ前進できないと、使命感を帯びた目でジッと彼を見据えた。
「そうか、挙式を間近に控えてらっしゃいましたね! マリッジブルーですか?」
「!! ……よく喋る口だな……ああ、その通りだよ。本当にこのまま結婚して良いのか、それを考えていたのさ」
「何故!? 想いを通じ合わせて、漸く結ばれるところまで来たのに、なぜ悩むのです?」
「……何処かに隠された本物と、良く出来たイミテーション……それを見抜けない程、間抜けじゃないって事だよ」
存外にスルリと顔を出した核心に、ミヤは『金星ゲットか?』と心の中で小躍りをする。そして、あと一歩! とばかりにグッと迫る。
「イミテーション……って、まさか? ソックリさんに求婚しちゃった訳じゃあるまいし」
「痛いところを衝いて来るなぁ……その通りだって言ったらどうする?」
「……え!?」
本当は知っている、その事実を。けれど、彼を説得して彼女に真相を確かめるよう仕向けるには、まだ此方の手の内を読まれる訳にはいかない。ミヤは迫真の演技で『いけない事を聞いてしまった』と云った表情を作る。
「な、何故、本物ではないと?」
「理由は色々……目に見えるところから、見えないように隠してる内面まで、ね。けど、俺は彼女の方から本当の事を言って欲しいんだ。自分はカルラじゃ無い、カルラの振りをした別人なんだ、ってね」
「じゃあ、その……いま本部に居る、あのカルラさんは!?」
「さっきも言ったろ、イミテーションさ。名前も知らない別人だよ」
何と! と、更に愕然とした表情になるミヤ。しかし今度は演技ではない、本当に落胆したのである。まさか、フランツ本人ですら未だ彼女の本当の名前を知らないとは思わなかったのだ。
「まさか、そんな……」
「嘘だと思うなら、彼女の手袋を外してみな。青い紋章が顔を出す筈だから」
「!!」
会話はそこで終わりになった。最後の一言を口にしながら、フランツが去ってしまったからだ。
(……殆ど、翡翠が言った通りだった……でも、彼ですら本名を知らないとは……)
ここでミヤは、彼が何故『彼女から真実を語ってくれるのを待っている』のか、その理由が分かりかけた気がした。シエテが言っていた事の意味が、漸く理解できたのである。
●アナタは誰?
「……アナタは、誰?」
「!? ……カルラよ?」
「嘘」
「何で嘘を言わなくてはいけないの……そう云う貴女こそ、誰?」
前置き無しでいきなり核心に触れて来た、オッドアイの少女。初顔合わせになる為、互いに名を知らないのは当然だったのだが……私の訊きたいのはそう云う事じゃないの、と彼女は更にズイと迫る。
「私はハロルド……そう名乗ってる。けど、これ……本当の名前じゃないの。私、本当の名前を何処かに置いて来てしまったの」
「え……?」
そう切り出したハロルドの顔を、思わず見詰めるカルラ……いや、シンディ。彼女は一体、何を言い出すの? と。
「貴女は本当の名前を持っているのに、何故かそれを隠してる。私から見たら、それはとても悲しくて、本当の自分に失礼な事。そして、本物の彼女を侮辱する事……」
「な、何が言いたいの?」
「……こんな事をいつまでも続けていると、いつか本当の自分まで忘れちゃうよ。さあ、もう一度訊くね。貴女は……誰?」
「わ、私は……」
今、此処には自分と目の前の少女たちの他には誰も居ない。彼女たちを振りほどき、この場を強引に去る事は充分可能だ。だが、何故かそれをやってはいけない気がする……シンディはそんな感覚に囚われていた。
「私はカルラ……皆はそう思ってる。殆ど、疑っている人はいないと思ってる。いや、そう思ってた……」
「……先に言っておく。彼は貴女がカルラじゃ無い事に気付いてる。そして、貴女の方から真実を語ってくれるのを待ってるよ」
「ま、まさか……バレて、た……?」
「本当にその人の事が好きなら、すぐにそんな事は見破るよ。でも、彼は『貴女を待っている』と言ってた……」
「彼を信じて、全てを打ち明けてはどうでしょうか……僕はそれが良いと思います」
二人の新人に鋭く指摘され、シンディは『もう、隠し通すのは無理ね』と呟き、スウッと一呼吸置いてから、ゆっくりと口を開いた。
「私の名前はシンディ……カルラの妹よ。双子のね」
「カルラさんは?」
「……空の上に行ってしまったわ。結婚式の直前にね……彼女は最後まで諦めていなかった、絶対に病気を克服して彼の前に立つ事を信じていた。けど、それは叶わなかった……」
次第に視線を下に落とし、絞り出すように真実を語るシンディ。だが、ハロルドが確かめたい事はまだあった。
「……シンディさん、貴女はただの身代わりなの?」
「!! 違う! 私も彼が……フランツが好き! だから……姉さんの恋人を奪ってしまうようで、怖かった……だから姉さんになろうとした。シンディと云う名前を捨てて、私がカルラになれば、全ては丸く……」
「……バカ?」
辛辣な一言がシンディの胸に突き刺さる。傍で聴いていたシャルティエも、一瞬言葉を失った程だ。
「それが失礼な事だって、さっき言ったよね? 分からないの? それが全ての人を騙す、卑怯な事だって」
「でも……でも!!」
「ハロルドさん、もう少し柔らかく……でも、彼女の言う事は本当なんです。シンディさん、彼を信じて!」
「……彼は待っていると言った、これもさっき伝えたよ……私の言いたい事はこれだけ、あとは自分で考えてね」
そう言うと、ハロルドは踵を返して去って行った。慌ててその後を追うシャルティエの姿が滑稽に映る程、鋭い気迫を剥き出しにして……
●情報は揃ったが
「そう、か……そういう事情だったのか」
合流したハロルド達から話を聞いて、まず口を開いたのは翡翠だった。
「本当は、もっとゆっくり……説得無しで、自分の口から真実を話して欲しかった……」
「同感だな。強引に口を割らせたようで……これは本当の意味での告白では無いと思う」
「……そんな事をしている時間は無いんだよ。ダリル、これはさっきお前自身が言った事だろう? 式は一週間後、それまでに二人が真実と向き合わなければお終いなんだよ」
うっ、と言葉に詰まるシャルティエとダリル。彼らはジックリと心をほぐす策を推していたので、その正反対を行くハロルドにしてやられる形となったのだ。
「……とにかく情報は揃った、だが……」
「これをどうやって解決に結び付けるか、だね」
翡翠の呟きに呼応したのはユウキだった。彼も速攻派だったので、素材が揃った事を喜びながらも手段に結び付ける事が出来ない事に歯痒さを覚えていたのだ。
「……手札を一遍に出すだけが手じゃないよ。フランツさんが、彼女を偽物と知りつつもどうして破談にしなかったのか、そこに鍵があると思う」
「なるほど……彼にも勇気が必要だ、って事だな? 全てを受け容れ、本物の彼女を迎え入れる為の」
そう! と、ミヤがユウキの背を叩く。そして、この役は既にフランツに面が割れているミヤが適任だろうと、彼らは再び彼女に事の運びを委ねる事にした。
●好きなんですか?
「……また君か。今度は何だい?」
「率直に伺います。フランツさん、貴方は『彼女』が好きですか?」
「……」
暫し瞑目し、即答を躊躇うフランツ。だが、次の瞬間に放たれた言葉はズシンと重いものだった。
「……ああ、好きだ。確かに彼女はカルラじゃ無い、そしてカルラはもう居ない……紋章の消えた手の甲を見れば一発で分かるさ。だが彼女が俺を好きでいてくれる気持ちがビンビン伝わって来るんだ。だから、イミテーションと分かっていても捨てる事が出来なかったんだ。カルラを忘れるという事じゃない、彼女の向こうにカルラを透かして見る訳でも無い。カルラはカルラ、彼女は彼女だ。違う一個人なんだよ」
「カルラさんの事は……どうするのですか?」
「……俺は幻影を追い掛けて、現実から足を踏み外すほど馬鹿じゃない。ただ、あの子が何者なのかは計りかねているけどね」
その言葉に偽りが無いのだという事は、目を見れば直ぐに分かる。本当の恋人を、婚約者を喪って……その姿に瓜二つの別人に心を移して惚けるような軽薄な男なら、『別人だと分かっていても、捨てる事が出来なかった』等と云う台詞は吐けないだろう。
「……彼女の名は……本当の名は……」
「おっと待った! それは俺が直接訊かなきゃならない事だろ?」
「クス……そうですね」
「しかし……君も相当な世話焼きだね、お嬢ちゃん」
「……ミヤです……」
ぷぅっ! と膨れ顔を作るミヤの頭をポンと撫でながら、悪い悪い! と笑うフランツ。どうやら、彼についていた憑き物はこの時点で全て拭い去られていたようだ。
●今更なんだけど……
今、休憩室の中は極度の緊張が支配していた。二人の男女が、互いに向き合いながら……話し掛けるタイミングを伺っている。
「……君、カルラじゃ……ないんだろ?」
「ハイ……騙していて済みません。姉の幸せを、横から奪い去るようで……怖かったんです」
「姉さん? ……そうか、君はカルラの……」
「双子の妹です。シンディと言います」
成る程、道理でソックリな訳だ……と初めて納得するフランツ。その顔には笑顔が浮かんでいたが、逆にシンディは泣きそうな顔になっていた。
「……ある人から聞きました。貴方が、私を偽物と知りながら、待っていてくれている事を……でも! 私は……」
「俺の事が嫌い、かい?」
「違う! 好きだから……本当に好きだから、真実を知られるのが怖かったの。本当の事を話せば、貴方は何処かに行ってしまう……そう思ったから……」
「そうだな……君が最後まで、その事を隠して結婚式に臨むつもりだったら……俺は君を嫌いになっていただろう。けど、君は正直に全部話してくれたよね」
優しい目を向けながら、フランツはシンディの手袋を外し、その青い紋章に優しくキスをした。紋章の色は青から赤に変わり、契約が完了した事を告げていた。
「……仕切り直しだ。いきなり結婚で、申し訳ないけど……他の誰かに好きになった人を取られるの、嫌なんだよね」
「!! ……フランツさん……いいんですか!? 私は……」
「シンディ、だろ? ……君とカルラは紫陽花のようだ。紫陽花には、二面性と云う花言葉がある。表裏一体、一つの顔に二つの心を持った姉妹……本当に似ているよ。でも、彼女は彼女、君は君。そこが紫陽花とは違うところだ……そうだろ?」
その瞬間、ワッという歓声と共にクラッカーの音が鳴り響いた。シャルロッテに先導された、翡翠たちである。
「おめでとう、先輩!」
「幸せなご家庭を、築いて下さいね!」
「僕、信じてました……フランツさんの事を!」
「喪失の悲しみと、新たな想いを同時に呑み込んで……立派な男だ、惚れたぜ!」
翡翠、シエテ、シャルティエ、ダリルの順である。そして、やや遅れてミヤとユウキが声を揃えて一言。
「お幸せに!」
「おいおい、まだ早いだろ。結婚式はこれからなんだぞ」
照れながらも、それらの祝福を否定しないフランツ。彼は今、大きな自信と心の支えを手に入れて、まさに順風満帆と云った雰囲気を纏っていた。
●その頃……
「やめておけ、と云った筈だ」
「……嫌だったの。本当の名前を隠して、偽りの関係を作ろうとするあの人が」
「だから、その凝り固まった恐怖心をぶち壊したか。ま、上出来だったな」
フゥッ、と紫煙を燻らせながら……窓の中から聞こえてくる歓声に耳を傾けるディエゴと、彼に寄り添う格好で空を見上げるハロルドがそこにいた。
<了>
依頼結果:成功
MVP:
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 県 裕樹 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | ロマンス |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 普通 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 4 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 06月16日 |
出発日 | 06月22日 00:00 |
予定納品日 | 07月02日 |
参加者
- シャルティエ・ブランロゼ(ダリル・ヴァンクリーフ)
- ハロルド(ディエゴ・ルナ・クィンテロ)
- 七草・シエテ・イルゴ(翡翠・フェイツィ)
- ミヤ・カルディナ(ユウキ・アヤト)
会議室
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2014/06/21-23:50
>ミヤさん
うぅ、一枚取られましたね。
シンディさんだけを説得するだけでは、上手くいくとは限らないという事でしょうか。
了解しました。
是非フランツさんへの後押し、お願い致します。 -
2014/06/21-22:31
>七草さん
いえ、こちらこそどうぞ宜しくお願いします。
なお私はシンデイさんに会う前にフランツさんのところに寄っていきます。
シンディさんが勇気を出すなら、それを誘導して迎え入れてほしいと彼を説得するためです。
彼女の告白を待つだけでは、…ちょっとズルいです(苦笑
一歩踏み出しかけた彼女に手を差し伸べるのも大切なのではないかしら、とね。
そののちシンディさんの元に向います。
プランは提出し終わりました。うまくいくことを願っています。 -
2014/06/21-22:23
ミヤさん、初めまして。
私は七草シエテと申します、こちらこそよろしくお願いします。
説得側、ありがとうございます。
既婚のウィンクルム様がいるかわからない中、説得に悩んでいる所でした。
私はシンディさんのお悩みの聞き役に回った上で、意見を出したいと思っています。
あと1時間36分くらいで出発しますが、どうぞよろしくお願いします。 -
2014/06/21-22:08
こんばんは。ミヤと申します。
出発間際だけれど私も参加させてくださいね。
行動としては説得がメインになります。どうぞ宜しくお願いします。
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2014/06/21-17:16
うふふ、ありがとうございます。
そうですよね・・・。
明日は皆で説得して、シンディさんが安心して一歩踏み出せるようにしないと・・・。 -
2014/06/21-16:23
そうですね・・・
私もどうしても伝えたいことがあるので、シンディさんのもとに行ってると思います。 -
2014/06/21-14:22
ハロルドさん、お久しぶりですね。
パンケーキ以来になるんでしょうか・・・今回、どうぞよろしくお願いします。
個人的な質問で申し訳ないのですが、
今回の場合、
おそらく全員でシンディさんのもとに来て、説得するような形になるのでしょうか? -
2014/06/21-06:08
皆さんお久しぶりですー
ハロルドと申します、パートナーはディエゴさん。
説得、頑張ります。 -
2014/06/19-22:29
シャルティエさん、初めまして。
私は七草シエテ、精霊は翡翠といいます。
こちらこそどうぞよろしくお願いします。
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2014/06/19-22:04
少しの嘘と駆け引きは恋に必要…と、先人は宣いますけれども。
今回は少しばかり、大き過ぎるようですね。
おい2人がより良い未来を選べるよう、少しでも協力出来たらと思います。
神人のシャルティエと精霊のダリルと申します。宜しくお願いしますね。