プロローグ
「私は、現代っ子のウィンクルムの皆さんも、田舎暮らしを体験すべきだと思うんですよ」
どんっ、とA.R.O.A.本部の受付カウンターをたたいたのは、白髪の老人だ。髪と同じく真っ白なあごひげが、胸の半ばまでを覆っている。
ちなみに年は今年90になるそうだ。元気な90歳もいたものだと感心する。
「聞いていますか、あなた!」
「はあ……」
若い男性職員は、老人の年に似合わぬ剣幕に、ぼんやり返すことしかできなかった。何だいきなりこの人は、言いたいことはそれだけだ。
しかし老人は気にした様子もない。
「ちゃんと目を見てお聞きなさい、お坊ちゃん!」
お坊ちゃん! もう20代も半ばの僕を捕まえて、お坊ちゃんと来たか!
「最近の若い者は、古きよき生活を知らんのです。自給自足の暮らしを知らんのです。タブロスに来れば、幸せな暮らしができると思っている。そのおかげで私らの村からは、若人(わこうど)が消えてしまった……」
老人は、くっと唇を噛みしめた。
「ちょっとした旅行でいいんですよ。若い人が来てくれれば村が活気づく。そこで私らは考えました」
そう言って老人は、背負った荷物の中から巻物を取り出した。するするとそれを開くと、中には毛筆で書かれた美しい文字が並んでいる。
が、美しく崩れすぎていて、若い職員には読むことができない。
「……これ、なんて書いてあるんですか?」
尋ねれば、案の定老人は目を見開き、口をぱかりと開いて、最近の若者は、とこぼした。
「我が村に伝わる、秘伝の書です。とはいっても、鮎料理の作り方ですよ。今回は村に伝わるこの味をエサに、若い人たちを呼び寄せようと決意しました」
「呼び寄せるって……」
「鮎釣りなんて、したことはないでしょう? 私らの村で人を寄せられるものといえば、美しい景色と川、それと鮎。今の時期はそれしかないのです。だからぜひ、鮎を目当てに来ていただきたい!」
老人は職員の目をじっと見つめた。
「ここに来れば若い人がたくさんいると、道中で聞いたのです。どうか年寄りの最後の願い、聞き届けてはいただけませんでしょうか?」
解説
山間の村、アユラへ日帰り旅行をしませんか。
アユラでは美しい自然を見ることができるほか、鮎釣り体験、および鮎料理を楽しむことができます。
釣りに必要な道具は一式貸してもらえます。先生として村の男性が付きますので、知識はなくても構いません。
川辺、あるいは川の中から、エサで釣る方法です。
その後の料理(お刺身、塩焼き、揚げ物等)まで含め、参加費は一人300ジュールです。
料理は基本的に村のお母さんたちがしてくれますが、お手伝いは大歓迎です。
(釣れなくても料理は出してもらえますので、ご心配なく)
お座敷で食べるのではなく、いわゆるバーベキュー、川岸での料理になります。鮎の塩焼きは、鮎にくしを刺して焼きます。
メニューの希望があればプランに記載してください。鮎が関係なくても、山っぽければ大丈夫です。
村の人は自分の息子や孫とも思える年齢の人が来てくれることに、とても喜んでくれるでしょう。思い出話や、遠くにいる一人娘の紹介話等をされる恐れがありますが、ぜひ優しく聞いてあげてくださいね。
ゲームマスターより
なんのひねりもない、今の時期の自然を楽しむエピソードです。
大自然の中、山間の村でのんびりするのはいかがですか。
おじいちゃん、おばあちゃんの多い村ですので、お願いすれば秘蔵のお酒とか、我が家のお漬物とかも出してもらえるかもしれませんよ。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
羽瀬川 千代(ラセルタ=ブラドッツ)
釣りは初めてだし、先生に一から教わろう 鮎の塩焼きは絶対に食べたいな 餌は俺が付けるから、ラセルタさんはどんどん釣って? ふふ、頑張って大漁を目指そうね 料理のお手伝い、参加させて下さい アユラの故郷の味を少しでも学べたらなと 郷土料理、というか故郷の味に憧れがあって 食わず嫌いは勿体ないよ 食べ方って、かぶりつくだけだけれど ……美味しい?良かった、俺も少しお手伝いしたんだ 自然に囲まれる生活って、のんびりしてて良いなぁ えっ、婿入り?ええと、その(戸惑いがちに精霊を見つめ) 今はAROAの仕事が大切なので それに、ラセルタさんが一緒に居てくれますから ?!ち、違いますっ……こら、悪ノリしない!(離れようと腕伸ばし) |
アキ・セイジ(ヴェルトール・ランス)
◆概要 鮎釣り⇒交流 ◆詳細 ●釣り ランスが得意なので教えて貰いながら頑張る 餌をうまく付けられなかったら手伝ってくれと頼むよ 珍しく素直…ってどういうことだよ(ぷう 初めての釣果に思わずガッツポーズ ふふふ、俺も中々やるじゃないか 何時の間にか競って釣って、どんどん渓流の中に 転ばないように注意はする(転びそうになったら焦る ランスが転びそうになったら支えるつもりだ(諸共に水の中に入っても仕方ないさ; ●交流 村の人と一緒に料理して一緒に食べたい 大勢の方が楽しいんだよ *両親を亡くしているので懐かしい気持ちになって村の人に懐く *魚料理以外も喜ぶ お礼に写真を撮るよ お子さんに送って里帰りはどうかと誘うのはどうだろう、って |
大槻 一輝(ガロン・エンヴィニオ)
おおぅ。鮎釣り。 海ならまだ分かるんだけど、川釣りとかやった事ないな。 ガロンは…言わなくても出来そうだよな(とほい目 …このハイスペックイケメンめ(ぼそっ いや、べーつーにー? ぇ。蟲じゃないと駄目なん? 餌。 え、蝦とかは、そうゆうのは! ぐぬぬ…うぼぁ…まっじっか。 まあ、良くも悪くも田舎、って感じだよな。 良い所だとは思うけれど、住みたいとは思えないわ。 お!きた!キタコレ!!フィーッシュ!!! ば、バカ・・・な、逃げられた・・・や、と・・・!? くっそ。うっせうっせ!釣れてる奴は良いよな(ガロンの差かな食う ガロン、後でまたやるで。 もっとガッツリ教えたって。 |
柊崎 直香(ゼク=ファル)
市民の皆様との交流もーウィンクルムの大切なお仕事ですー あ、おじいちゃん、秘伝の書はそんな簡単に人に見せちゃダメだよ ここぞというときに出してこそ秘伝っぽい。うん。 鮎釣りどころか釣り自体初めて。 ゼクも人に教えるほどの経験はないっていうし、 村のお兄さんに手取り足取り教えて貰おう、お願いしまーす とりあえず川辺から狙ってみる ……釣れなくても残念賞かなにかで一匹釣ったことにしたい そして鮎料理! 釣ったその場で食べるのも初めてだ それほど都会で育った覚えはないんだけどね 自然が綺麗なところはそれだけで十分魅力があるよ 焼き加減てどう見るんだろ、とわくわくしつつ 塩焼きは豪快に齧りつくし、お刺身も珍しいから味わいたいー |
セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)
川に来て鮎釣りを見ているだけはアリエナイ。 アウトドア好きだから釣りしなきゃ。 オレは鮎を釣る!小さい時には友釣もりしたぜ。 でも地元民の教えを請い、釣ってみよう。 「先生よろしくお願いします」 色々な方法を知るのはサバイバル技術習得にも通じるし。鮎以外の物も釣りたい。 岩魚とかマスとか、居るかな? ラキアが初めてだっていうから釣竿の動き等見てアタリとか教えてやろう。初心者は判りにくいじゃん。針を上げるタイミングばっちりで釣り上げようぜ。 釣った魚を料理してもらうよ。鮎はそのままでいいけどほかの魚はちゃんと内臓とって捌こうぜ。料理はお薦めをお願いする。知らない料理とかあるかも。炊き込みご飯とか山菜とか。 |
「川の側はわりと涼しいな。木陰のせいか?」
ラセルタ=ブラドッツはそう言って、黒レースの日傘を閉じた。それと同時、ふらふらと女性が寄ってくる。
「あんた、すごいきれいな髪だねえ」
和服に割烹着姿の彼女は、六十歳ほどだろうか。しかし、ほうっと吐き出す息は少女そのもの。その小さな肩に、男性がぽん、と手を置いた。
「ちょっと、チワさん」
「なんだい、タキ」
「チワさんはお料理班でしょう? 彼らには先に鮎釣りを楽しんでもらいますから、チワさんはサワさんと一緒に料理の準備をしていてもらえますか? 後から長老も来ますし、食事を待たせちゃ申し訳ないですから」
「ああそうだった」
名残惜しそうにしながらも、チワは自分の持ち場へと戻っていく。
「チワさん、きれいな男性が好きだから」
タキは苦笑したが、すぐにぴっと背筋を伸ばした。
「えっと、みなさんこんにちは。僕はタキっていいます。皆さんと鮎釣りをする者です」
ぺこり。タキが頭を下げる。日差しを反射する、『鮎』と書かれた白いTシャツがまぶしい。
「わあ、先生だ」
最年少の柊崎 直香が嬉しそうに駆け寄っていく。
「先生、僕鮎釣りどころか釣り自体初めてなの。ということでお願いしまーす」
「はい、わかりました。皆さん初めてですか?」
タキは一同を見渡した。
「オレは小さいときには友釣りをしたぜ」
セイリュー・グラシアが言えば、
「俺は釣りとかキャンプとか得意だな」
ヴェルトール・ランスが胸を張る。
「海ならまだわかるんだけど、川釣りはやったことないな。ガロンは……言わなくてもできそうだよな」
大槻 一輝はガロン・エンヴィニオを見やった。
「そうだな。まあでも、少しやったことがある程度だよ。なに、カズキもなれればできるようになるさ」
「……このハイスペックイケメンめ」
「ん? なにか言ったか?」
「……いや、べーつーにー?」
「皆さん、結構初めてなんですね。いや、大丈夫ですよ。難しいことはなにもありませんから」
タキは笑顔で言い、後ろにまとめて置いていた竿を手に取った。
「じゃあとりあえず、皆さん竿持ってください。ゆっくり説明しまーす」
「はい、先生よろしくお願いします」
セイリューが高らかに声を上げる。その声に、他のウィンクルムたちもそれぞれに挨拶を口にした。
羽瀬川 千代は、餌が入っている入れ物を開けた。虫の一匹をつまんで、針の先にちょこんとつける。ラセルタはそれを見ていない。よかった、こんな虫をつけるところを見ていたら、ラセルタさん、思い切り嫌な顔しそうだから。
「鮎の塩焼きは絶対に食べたいな。餌は俺がつけるから、ラセルタさんはどんどん釣って?」
餌のことは何も言わず、千代は竿をラセルタに渡した。
「俺様の直観は当たる。魚を釣ることなどたやすいことだ」
ラセルタは、餌に気付いた様子はない。千代から竿を受け取る代わりに、さっき閉じた黒レースの日傘を千代に、差し出してくる。
「年寄りは暑さに弱いからな。これを使え」
「……ありがとう。ふふ、頑張って大量を目指そうね」
千代は笑顔で日傘を受け取ると、日差しの中に立つラセルタを見上げた。
「ああ、任せろ」
竿を手に、ラセルタは川へと近づいていく。その唇には、挑戦的な笑みが浮かんでいた。
「僕のために鮎を釣りたまえー」
川辺に立った直香はまっすぐに腕を伸ばし、長い竿を相棒に差し出した。はいはいと、ゼク=ファルが受け取る。
「素直だね」
ゼクは何の疑問もないというように座り込み、さっさと竿の先、小さな針に餌をつけ始めた。
「俺の釣果が全部お前のものにされるのは、最初からわかっていたからな」
そう言われると、なんとなく悔しく感じるのはどうしてだろう。直香はゼクの広い背中を見下ろした。
「よし、勝負しよう」
「は?」
「どっちがたくさん釣るか勝負である」
じゃん。直香は自分の分として用意されていた、釣り竿を手に持った。
「……好きにしろ」
言いながら、ゼクは直香の針にも餌をつけてやった。
「友釣りはもととなる鮎がいないと釣れないけど、餌釣りは餌だけで釣れるからいいよな。鮎以外の魚もいるのかな?」
セイリューの独り言に、みんなに指導すべく歩き回っていたタキが答えた。
「それはもっと上流ですねえ。マスなら釣れるかもしれませんけど」
「そっか~」
のんびり答えて竿の先を見る。自分のものは変化なしと、隣の相棒のものに目を向けると。
「ラキア引いてる! ほら、ほらっ、竿上げろ!」
顎の先で示してやれば、ラキア・ジェイドバインが驚いた顔を見せた。
「竿って……うわっ! 釣れた! なあ、これ鮎か?」
ラキアが振り返る。釣糸の先で踊る魚を見、セイリューはぴっと親指を立てた。
「おう、鮎だな!」
「やった! セイリューが教えてくれたからだ。セイリューってこういうの結構上手だよね。小さいころから自然の中で遊んで育ったんだね」
言われ、セイリューは辺りを見渡した。風にそよぐ木々の枝葉、上流から流れる川の水。人工物のない風景は、そう言われてみれば懐かしいものだ。しかし、魚を釣る理由といえば、ひとつに決まっている。
「まあ慣れてるってのもあるけど、要は、食いたいから釣る、だろ?」
ラキアは声を上げて笑う。その手の中で、鮎はぴちぴち跳ねている。
「え、蟲じゃないと駄目なん? 餌。エビとかは、そうゆうのは!」
川辺にしゃがみこみ、一輝は叫んだ。同じく座り込んだタキが、小さな餌の入れ物を開けながらそうですねえ、と返事をする。
「ほんとはこの時期、鮎って藻とか食べてるんで蟲じゃないほうがいいんですけど、プランで蟲って書いてくださった方がいたのでねえ」
「ぐぬぬ……うぼぁ、まっじっか」
「ははは、我慢するんだな。楽しめば案外平気になるものだよ」
ガロンはさらりと言って、蠢く虫を手に取った。それを針の先につけ、ぽーんと川の流れに放る。そんな彼の足元のバケツの中にはすでに鮎が泳いでいる。
「まあこれで釣ると決まってるなら仕方がない……」
一輝は顔をしかめて虫をとり、針の先にひっかけた。それをガロンを真似して川に投げる。はあ、ここで一息だ。
「良くも悪くも田舎って感じだよな~、ここ。いいところだとは思うけど、住みたいとは思わないわ」
「蟲もいるしな」
ガロンの横やりにじろりと睨んでやれば、彼はまたもや鮎を釣り上げている。
「……ってそんなひょいひょい……」
言いかけて、自分の竿の先が揺れていることに気付いた。一輝の顔がぱっと輝く。
「お! きた! キタコレ! フィーッシュ!!!」
思い切って一気に竿を引き上げた。にもかかわらず、その先には何もいない。
「ば、ばか……な、逃げられた……や、と……!?」
一輝はがっくり項垂れた。その姿に、ガロンが呆れた目を向ける。
「カズキ、少し静かにしないと……ほら、こうなるね」
引き上げた、ガロンの針の先にも魚はいない。どうやら一輝の声で逃げてしまっているらしい。一輝はぶんぶんと頭を振った。
「くっそ。うっせうっせ! 釣れてる奴はいいよな。ぜってーガロンの魚食う」
そんな一輝の拗ねた仕草に、ガロンは苦笑いだ。
「別に釣れなくとも、食べる分は確保しているさ。今度は料理の手伝いをしよう。さあ、準備をしようか」
ランスは川岸に座り、アキ・セイジが餌をつける様を見つめていた。
「セイジ、餌はもっとちょんってつけるんだって」
「もう……さっきから。そんなに言うなら手伝ってくれよ」
そう言って、セイジはわずかに頬を膨らませる。そんな姿は珍しくて、ランスは餌に手を伸ばした。
「りょーかい。珍しく素直だな、今日は」
「どういうことだよ、それ……」
セイジの頬がさらに大きくなる。しかしその不満顔は、時間をあけず笑みに変わった。ランスが餌をつけてやり、それを川に投げてすぐ。鮎が釣れ始めたのだ。
「やったな、セイジ!」
「ふふふ、俺もなかなかやるじゃないか」
セイジは両手を上げて、ガッツポーズを決めた。そのうち餌の扱いにも慣れてきて、つけては釣り、釣ってはつけと、自分でできるようになった。そうなれば夢中である。
「セイジさん、ランスさん! 川に入らないでくださーい。ここはそんなに流れ速くないですけど、足元滑りますからね!」
「は、いつの間にこんなところまで……」
タキの声掛けに、セイジは川岸に戻ろうとした。片足を上げ、それをおろし、水中の苔に、ぬるりと滑る。わっ! 思わず叫んだが、足の裏に力を込めて、なんとかその場にとどまった。しかし駆け寄ろうとしてくれたランスが、見事に足を滑らせる。
「大丈夫か、セイ……うわあっ」
「おい、ランス!」
転びかけたランスの腕を掴み、二人して水中に転がった。冷たくて気持ちはいいが、衣服はすべて、びしょびしょだ。
「あーもう」
濡れて半身を起こし、ランスは髪をかきあげる。そのしぐさが。
「なんで見てるんだ? セイジ」
「いや、べ、べつに!」
セイジは思い切り目をそらした。
※
「俺は調理には参加しない。味見は歓迎だが」
釣りの前、千代に渡した日傘を再び手に持って、ラセルタはさっさと日陰に引っ込んでしまった。そんな彼に苦笑しつつ、千代は料理を始めている女性陣、双子のチワとサワに近づいた。
「料理のお手伝い、参加させてください。アユラの故郷の味を少しでも学べたらなと思って」
にこり。千代はほほ笑む。二人はそれに、少女のように頬を染めた。
「若いのにずいぶん嬉しいことを言ってくれるねえ」
「おしゃれなものは作れないけど、故郷の味ならばっちりだ」
チワとサワはご機嫌だ。
「憧れがあるんです、皆さんが作る味に」
千代が思い出していたのは、自分が育った孤児院の院長夫婦のことだった。もちろん、チワとサワはそれを知る由はない。だが、院長夫婦と同じ優しい声で、千代に話しかける。
「じゃあそこのじゃがいも、皮をむいてくれるかい? ああこれは村の畑で採れたものだよ。私が育ててるんだ。ふふ、美味しいよ」
「わーい、鮎料理!」
バンザイと、直香は両手を高く上げた。傍らのゼクは黙って立っているものの、直香にはわかっていることがある。
「ゼクは料理に興味あるんでしょ? 僕にはお見通しだ。ほら、村のお姉さまたちを手伝ってくるのだ、ゼクよー」
背中をとんと押してやれば、ゼクはあっさり足を踏み出した。
「わかった、行ってくる」
「仏頂面を少し崩してからね」
元はいいからそんなに怖がられないと思うけど。とこれは言わない。言わなくてもあそこのお姉さま……もといおばあちゃんたちならすぐにわかるはず。だってさっき、ほかのお兄さんを見て、頬染めてたからね。
「あれま、お兄さんも手伝ってくれるのかね。じゃあね、この枝豆、さやからだしてもらえるかい? 転がるから逃がさないようにね?」
「ああ、わかった」
「そんなおっきな手でやりにくいかねえ。梅干しの種抜くのとどっちがいいかね?」
「……いや、枝豆で」
ゼク、ちゃんと地域交流してる。遠目に見ても笑ってしまいそうになるのは、ゼクがどこまでも無表情だからだ。
ふふふ、と笑って直香はゼクに声をかけた。
「僕は鮎焼いてるほうに行くねー」
こちらは男たちの調理場である。
タキが念のためと持って来たTシャツに着替えた二人が、ここにはいた。セイジとランスである。
ちなみに着ているTシャツはタキとおそろいのプリントもので、胸に大きな毛筆書体で、『鮎』と一文字書かれている。アユラの土産物屋で売っているらしい。
「よっし、魚をさばくときは俺に任せてくれ」
ランスは、鮎を一匹手に持った。その姿に、同じく鮎を手にしたセイジがびっくり顔をする。
「ランス、家で料理しないじゃないか。できるっていうなら家でも手伝ってくれよ」
魚を持っていない左手で、ぺしぺしとランスの肩をはたく。ランスはなつっこい笑みとともに、セイジへと視線を向けた。
「少しは手伝ってもいいけど、俺、セイジの料理食べたいんだよなー」
そう言う間に、ランスのさっき濡れた前髪から、しずくが落ちる。額を頬を、あごの先を、一粒の水滴が流れていく。
これは天然なのか? 狙っているのか?
水も滴るなんとやらの、あざといともとれる返事。しかしセイジはそれが嫌ではない。
俺の料理を食いたいって言った……。にやけそうになる顔を引き締めて、渋々、そう渋々に、返事をする。
「仕方ないなあ……」
そんなこと、全然思ってないくせに。
串に刺した鮎が焼かれているところを、直香が覗き込んでいる。
「これ、焼き加減ってどうみるの?」
「まあ焦げてきたらいいかなって感じですね。うん、慣れと勘です」
「なんかすごいプロっぽい!」
タキと直香。無邪気な笑顔のその横で、ラキアはうきうきとアルミホイルを取り出した。
「さっき釣った鮎! 山の幸と一緒にバターでホイル焼きにしてみようかな」
隣のかまどで、鮎を揚げているサワがこちらを向く。
「お兄さん、ずいぶんおしゃれな料理を作るねえ。私等はそんなの思いつかないよ、定番ばっかだ」
「定番……おすすめって何ですか?」
セイリューが尋ねると、サワはそうだねえ、と首を傾げた。
「今あっちのお兄さんとチワが作ってるのは、夏野菜の煮物だよ。じゃがいもとにんじんとたまねぎと……まあ食べればわかるかね。畑で採れた夏野菜をまとめて煮てるんだ。あのお兄さんはご飯炊けるの待ってるんだけどね、枝豆と梅干しの混ぜご飯を作ってもらうつもりだよ。それで今揚げてるのは小さい鮎だ。男衆が作ってるのは鮎の塩焼きと刺身だね」
そこによたよたと歩いてきたのは、A.R.O.A.に依頼に来た白髪の老人だ。
「この料理は全部、秘伝の書に書いてあったんですぞ」
老人――実はアユラの長老だ――はそう言って、秘伝の書を取り出した。その巻物を開こうとするのを、きょろきょろ歩いていた直香が止める。
「おじいちゃん、秘伝の書は簡単に人に見せちゃだめだよ。ここぞというときに出してこそ秘伝っぽいし、うん」
「なにが秘伝だね。そりゃ奥さんのお料理帳じゃないか」
チワの声が上がる。
「お料理帳?」
直香が聞き返すと、チワはああ、と低い声で肯定した。
「長老の奥さんが亡くなる前に、長老のために書きとめたものさ。今作ってるのはその献立だよ」
「料理上手だったからな、あいつは」
長老が思い出すように、空を見上げた。真っ青な初夏の青空だ。そこに、タキの声が響く。
「鮎はできましたよ~。チワさん、サワさん、そっちはどうですか~?」
※
「ッ?! 魚が丸ごと串に突き刺さっているだと……!」
ラセルタは鮎の塩焼きに驚きの声を上げた。持参のナイフとフォークは膝の上に置いたままだ。
「ラセルタさん、食べず嫌いはもったいないよ」
鮎に手を伸ばす千代を、ラセルタは睨み付ける。
「俺様は串に刺さった魚の食べ方は知らん! 先に食すところを見せろ」
「食べ方って、かぶりつくだけだけれど」
ほら、こうやって。千代は横に持った鮎の背中部分に齧り付いた。焼きたての鮎は香ばしく、ほこほこと湯気を立てる身は美味い。
ラセルタは恐る恐るといったふうに、同じように鮎に噛みついた。それをもぐもぐと咀嚼する。きょろりと動いた目が、鮎をじっと見つめた。そのあと無言でフォークを持って煮物に手を伸ばし、じゃがいもを口に入れる。
「……鮎、美味いじゃないか。こっちの煮物も」
千代は唇をほころばせる。
「よかった。俺も少しお手伝いしたんだ」
その横で、アルミホイルの包みを開けるのはラキアである。
「ホイル焼きもなかなかうまくできたっぽいね。上にのってるきのこは村でとれるんだって」
はい、とセイリューに、自慢の品を差し出せば、セイリューは「なかなかうまい」と感想を述べる。
「ほんと? ほかのも作り方教えてもらったよ。セイリューが食べたいって言ったときに、作ってあげられるように」
直香は楽しげに鮎を手に取った。
「釣ったその場で食べるのって初めてだ~」
「直香、俺はこっちの混ぜご飯を作るのを手伝ったんだ」
暗に、だからそれを先に食べろとゼクは主張するのだが「それはあとでね」と直香はあっさりしたものである。
「鮎いただきまっ……あつっ!」
ぱくりと大きく噛みついて、とっさに唇から離す。ゼクによってすかさず目の前に出されたものを口に放り込んだ。
「わー、お刺身冷たくておいしー」
「ほらお嬢ちゃん、ウィンクルムのお兄さんが、ホイル焼きを作ってくれたよ」
長老が、ラキアが作ったホイル焼きを開いて直香の取り皿に置く。お嬢ちゃん? 一瞬疑問に思ったが、とりあえずありがとうと返した。しかし魚を見てすぐに、直香は思い切りのしかめつらをする。
「う……ゼクに重大な任務を課す。きのこを排除してくれたまえー」
「はいはい」と言われるままに、ゼクはきのこをどけはじめる。しかしそれを長老が止めた。
「だめだよお嬢ちゃん、しっかり食べないと、大きくなれんよ」
そう言って、ゼクがせっかくよけたものを、また入れるのだからたまらない。
「おじいちゃん入れないで! きのこは絶対オーガの亜種なんだから!」
「この混ぜご飯、いい味ですね。へえ、本当に混ぜるだけなのか。家で作ってみようかな」
ゼクが手伝った枝豆としその混ぜご飯。そのおむすびを、セイジは美味しそうに食べている。その隣から、サワがランスに話しかけた。
「あんたたち、相棒なんだろう? 川に入ってるときから見てたけど、兄弟みたいに仲がいいねえ」
「そうだろ?」
同じく握り飯に食いついて、ランスは満面の笑みである。その横で、セイジはぽつりとつぶやいた。
「まあ……家族、だし」
「は? なんか言ったセイジ?」
ランスが聞き返す。が、二人は並んで座っているのだ。
「聞こえなくない、聞き返すな、ランス!」
にやにや笑うランスを横目に、セイジは大声を出した。そしてこの話はここで終わりとばかりに、立ち上がる。その手には、荷物から取り出したカメラが握られている。
「ほら、皆さんの写真を撮るぞ。は? お礼だよお礼。お子さんに贈って、里帰りを誘うのはどうかなって思って持って来たんだ。おーい、邪魔するな。お前のは後で撮ってやるから」
「あー自然に囲まれる生活ってのんびりしてていいなあ」
のんびりと、千代が言った。そんな千代に、チワがお茶を差し出してくれる。
「そうかい、それじゃアユラに婿に来たらいいじゃないか。うちの一番下の娘はどうかね?」
「え、お婿に?」
千代は思わず聞き返し……相当気に入ったのか、二匹目の鮎の塩焼きを食べる相棒を見やる。彼にはこの話が聞こえているのだろうか。
「今はA.R.O.A.の仕事が大切なので……それに、ラセルタさんが一緒にいてくれますから」
ぽつりと返すと、チワは「付き合ってるのかい?」と聞いてきた。その真正面ど真ん中の問いかけに、なんて答えたらいいのかと思案したのは一瞬のこと。
ラセルタが、鮎から目を上げた。
「ふ、そうだ、千代は俺様の嫁だ。誰にもやらんぞ」
あっさりそんなことを言って、しかもいたずらな笑みまで見せて、千代の腰に手を回す。おやおや、まあまあ。チワは楽しそうに笑うが、千代はなんとかラセルタを離そうと、彼の体を押す腕に、思い切り力を込める。
「ち、違いますっ……こら、こんなとこで……悪乗りしない!」
そんなにぎやかな食事を終えて、一輝はよいしょ、と立ち上がった。
「あー、うまかった。ガロン、また鮎釣るで。お前釣れるんだから、もっとがっつり教えたってや」
「釣れてたとしても、俺はもう食べられないよ」
「そんなん、自分もや。でも釣る! ガロンに釣れて俺に釣れないはずがない!」
「おや、珍しくやる気になっているね」
日の光、川の流れ、涼やかな風。
山間の村アユラの時間は、ゆっくりと流れていく。
依頼結果:成功
MVP:
名前:アキ・セイジ 呼び名:セイジ |
名前:ヴェルトール・ランス 呼び名:ランス |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 瀬田一稀 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 男性のみ |
エピソードジャンル | コメディ |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 06月02日 |
出発日 | 06月09日 00:00 |
予定納品日 | 06月19日 |
参加者
- 羽瀬川 千代(ラセルタ=ブラドッツ)
- アキ・セイジ(ヴェルトール・ランス)
- 大槻 一輝(ガロン・エンヴィニオ)
- 柊崎 直香(ゼク=ファル)
- セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)
会議室
-
2014/06/08-23:48
アキ・セイジだ。
鮎を釣り、料理を楽しむ流れで提出を完了した。
村人との交流も楽しみだ。
ではリザルトで会おう。 -
2014/06/08-23:40
セイリュー・グラシアだ。
プラン提出してきたぜ。
川の幸と山の幸、色々と楽しめると良いな。 -
2014/06/08-22:56
羽瀬川千代です、宜しくお願いしますね。
先ほどプランの提出を終えて来ました。
秘伝の鮎料理、楽しみです。
その為にもまずは釣り上げなければいけませんね…頑張らないと。 -
2014/06/08-15:44
もうすぐ出発だけど挨拶しちゃえー。
クキザキ・タダカです、一緒に行く人はよろしくね。
川辺からの釣りと、料理は精霊がちょっとお手伝いしてるかな。
鮎をー貪るよー。