精霊だって風邪をひく? お見舞い大作戦(コモリ クノ マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

 ある朝のこと。
 A.R.O.A.本部に所属精霊の欠勤連絡が入った。それも、数本同時に。

「妙だな、こんなにいっぺんに。しかも、理由が体調不良ときた。症状は咳、くしゃみ、熱……まるで風邪だな、こりゃあ」
「季節の変わり目だからですかね?」
「いやあ……それにしても、だ。一般的に彼らは体が丈夫で、人間と比べて体調を崩しにくいと聞くが……」
 年下の職員は、ふしぎですねえ、と相槌を打ったあと、ふとなにか思い出したように手を打った。
「……あ。そういえばつい一昨日、悪戯好きのグレムリンがこのへんをうろついて騒動になったの、知っています?」
「ああ……あれか。田舎ではよく見るが、タブロス市街北部では珍しいな。それがなにか?」
 グレムリンは大人の膝ほどの小鬼モンスターで、機械などの人工物に悪戯してばらばらに壊してしまうことで知られている。
 最近の都会の子供はグレムリンをお伽話だと思っている、などという笑い話もあるくらいだが、それも機器類の多い都会では彼らの防除に尽力しているからにすぎない。郊外ではまだ多くのグレムリンが生息しているし、都市部にだって気を抜けばこうして入り込むことがあるのだ。
「そいつが、本部前の消火栓を壊したんです。おかげで、通りかかってびしょ濡れになったウィンクルムがいたとか。特に、とっさに神人を庇った精霊なんてひどかったみたいですよ。ちなみに、僕も革靴を駄目にされました。あーあ、気に入ってたのに……」
「お前の靴のことはどうでもいい。それで、濡れネズミになったから風邪をひいたってわけか?」
「まあ、推測ですけど。任務や訓練帰りの者もいたようですしね。トランスなどで消耗していれば、十分ありえます」
 まだ絆の強くないウィンクルムであれば、トランスによる消耗はなおさら大きい。
 いくら強靭な精霊でも、そこへ水びたしにでもなれば、体調を崩してもおかしくない。
 普段体調を崩すことの少ない精霊が欠勤するほどだ、おそらく相当弱っているのだろう。
 上司はふむ、と気遣わしげに考えこんで、机上の電話に手を伸ばす。
「一応、欠勤する精霊の契約神人に連絡を入れておくか。その間、普段以上に護身に気をつけないといけないだろうしな」

 さて、その日の昼下がり。
 事情を聞いて、それぞれ自分の契約精霊の看病に行くことを決意した神人たちが数名。
 彼女たちはA.R.O.A.本部そばのコンビニエンスストアで、ばったり遭遇するのだった――。

解説

●持ち物、消費Jrについて
アクションプランには、神人がコンビニエンスストアで購入した持ち物を書いておいてください。

スポーツドリンクなどの飲み物 10Jr
ゼリー、プリン類 10Jr
レトルト粥 20Jr
冷却ジェルシート 25Jr

その他、市販のものに関しては、1Jr=現代の約10円換算で消費します。
また、どのような家にも必ずあると思われるもの(タオル、着替え等)、神人や精霊の一般スキルや自由設定に密接に関わるものについては、「神人が家から持参する」「精霊の家で見つける」ことができます(GMが判定させていただきます、ご了承ください)。

●他の参加者(神人)との交流について
お見舞い自体は基本的に各ペアごとの行動になりますが、参加神人たちは互いにそれぞれがお見舞いに行くことを知っているため、お見舞い中に他の参加神人に連絡を取るなどしてもかまいません(任意です)。
(例:料理の苦手な神人が他参加者にメールや電話でアドバイスを求める、心細くなって他参加者にメールするなど)
ただし、プラン中であまり多くの神人の名前を出すと1つ1つの描写が薄くなるため、ご利用は計画的に。

そのあたりは、よかったら神人たちの作戦会議@コンビニエンスストア、すなわち相談掲示板で相談してみてください。

ゲームマスターより

そんなわけで、いざ、体調を崩した精霊たちのお見舞いへ。
精霊の性格を考えてどんな行動をとるか考えてみると、成功しやすいかもしれません。

ウィッシュプランに余裕があれば、簡潔でよいので、
・精霊がこれまで病気などで寝込んだことはあるか
・精霊が住んでいるのはどんな家か
などが分かる記載があると、大変うれしいです!

リザルトノベル

◆アクション・プラン

淡島 咲(イヴェリア・ルーツ)

  風邪をひかれたと聞いてすごくびっくりしました。
きちんとした方なので健康管理もしっかりされてるのかなって思ってたので。
でも…なんだかちょっと安心したって言うか…イヴェさんも風邪をひくんだなって思ったらすごく愛おしくなりました。
妹の面倒を見ていたこともありますので看病は得意だと思います。
イヴェさんの家に行くの初めてですね。お家に何があるかわからないのでとりあえずおかゆとスポーツドリンクを持っていきましょう。
おかゆは…手作りしたいですが調理器具がどれくらいあるかわからないですし。
レトルトで我慢してくださいね。そばに私がいるので濡らしたタオルもまめに交換できますし。大丈夫ですよ。ゆっくり休んでください


リゼット(アンリ)
  冷却シートとプリンを買って部屋に持っていくわ

私が作ったのが食べたいとか言ってたけど
台所に入ったら周りが大騒ぎするから
買ってきたものをお皿に出してごまかしましょう
作ってあげたいと、思わないわけじゃないのよ?
料理ができないなんて思われてるのは悔しいもの

バカも風邪を引くのね
食欲もいつもならお肉お肉ってうるさいのにプリンだなんて
本当に弱っているみたいだし
し、仕方ないから食べさせてあげてもいいわよ

うつしたら治るって、そんなの迷信でしょ?
でももし本当に治るんだったら…
ちょっと大人しくして、うまくき…すできないでしょ
しなくていい?またからかったのね!
人が真面目に心配して…ないけど!
早く治しなさいよね、バカ!



手屋 笹(カガヤ・アクショア)
  カガヤが風邪ですか…
一刻も早く治して守って貰わなくてはなりませんし
お見舞いに行きましょう。

お邪魔しまっ
…何故カガヤは寒そうな格好で寝ているんでしょう?
叩き起こしてすぐに着替える様言います。
着替えの間だけ一度外に出ます。

【医学】知識使用。
元々体力はありますので熱の出るままに任せて
楽に寝られる状態にしてあげましょう。

レトルト粥の用意をしておきます。
スポーツドリンクと一緒に出して食べるよう言います。
あとは寝るまで様子を見守りましょう。

「何だか大きな子供を見てる気分ですね…
元気そうで安心しましたわ…」
カガヤが寝ている間に
部屋の片づけをしてあげましょうか。

【コンビニで買う物】
スポーツドリンク、レトルト粥



イフェーネ・サヴァリー(レイノル)
  まさか、あのレイノルが風邪だなんて…!
やはりあの時水を被ったせいでしょうか
でしたら反応しきれなかった私の責任でもありますね…

しかし看病には何が必要になるのでしょうか
とりあえずそれっぽいものを買っておきましょう
購入:レトルト粥、冷却ジェルシート

ちょっと、何をあからさまに迷惑そうな顔をしているんですか!
看病しますから病人は大人しく寝ていて下さいね

確か風邪の時はよく食べてよく寝るのがいいのでしたっけ?
レトルト粥を買ってきましたので台所お借りしますね
心配しなくても大丈夫です、レトルトなら失敗のしようがありませんもの

…ごめんなさい
まさかあんな事になるなんて

心配なのは本心ですから
早く元気になって下さいね


●食欲不振に
「アンリ、入るわよ」
 ノックの後に、『リゼット』は自宅の客室の扉を開けた。返事は待たない。
 獣心族の『アンリ』は契約以来、彼女の屋敷の客間に滞在している。
 今朝はいつものうるさいほどの大声が聞こえてこなかったから、リゼットが顔を見に行ってみると、ぐったりとベッドにうつ伏せになっていたのだ。あまりの様子に大丈夫かと尋ねると、「プリン食いてぇー」ときた。おまけに、「リズの手作りの」とご指名つきで。
「……バカも風邪を引くのね」
 とは、昼過ぎにA.R.O.A.から改めて風邪大流行の報を受けたときに、リゼットが洩らした感想である。

 ともあれ、いつもより緩慢な動きで体を起こしたアンリは、リゼットの顔を見ると即座にぴくりと獣の耳を動かした。
「プリン、作ってくれたのか?」
「そうよ。せいぜい感謝しながら、よぉく味わって食べなさい」
 リゼットは手にした銀の盆を突き出す。
 皿の上に載っているのはたしかにプリンだ。しかし、プリンの上に冠されたカラメルは寸分の狂いもなく平らだし、つややかな円錐台にはわずかの崩れもない。――素人の手作りというよりは、工業製品のような。
 仕方ないのだ。なぜって、リゼットが厨房に立ち入り火など使おうとした日には、屋敷の者たちが大騒ぎするのだから。
 だが、断ってアンリに料理音痴と思われるのも業腹だ。
 したがって、彼女はコンビニエンスストアで買ってきたプリンを皿に盛って出すという所業に踏み切ったのだった。
 ところが、アンリはプリンに飛びつくことなく、まじまじ見つめている。
「これって……」
 もしかして、手作りじゃないって気づかれた……? どきりとしてアンリの顔を覗きこむと、彼は首を振った。
「ん……いや、何でも。それより、あんま食欲湧かなかったんだけど、これなら食える気がする」
「食欲がないですって……? アンリが……?」
 かつて目の前で、チョコレートを、苺を、あれだけの勢いで平らげた彼が。
 リゼットは唖然と鸚鵡返してから、眉根を寄せる。だいたい、いつもなら肉、肉とうるさいアンリのリクエストがプリンだったことからして、らしくなかった。きっと、それだけ体調が悪いということなのだろう。
「し、仕方ないから食べさせてあげてもいいわよ」
 ベッドの傍に立ったままぐいと差し出した、プリンをひとすくい載せた匙。
「な、なによ、にやにやしてるんなら、自分で食べなさいよね。元気なんじゃない」
「げほっ、げほっ、あー、全然元気じゃねえ、なあ、リズ、一人じゃ食えねえかもしれん……あーん」
 ぱくり。彼はにかっと笑った。
 プリンが美味しかったのか、口に入れてやったのが嬉しかったのか、はたまたからかうのが楽しいのは分からないが、ああ、もう。顔だけはいいのだから、こういうときは本当にずるい。
「や……やっぱり、あとは自分で!」
 不服そうな視線には無視を決め込む。リゼットはアンリに匙を押し付けた。

「あー。食った食った。ご馳走さん。風邪ってさ、誰かにうつしたら治るとかいうよな」
 匙を渡されてから、プリンがなくなるまではほとんど一瞬だった。
 アンリがふと益体もない思いつきを口にしたのは、食後の幸福感と発熱によるところが大きい。軽口を続ける。
「早く治せっていうんならうつさせてくれよ」
「そんなの迷信でしょ? 大体、どうしたらうつるかも分からないもの」
「キスでもすりゃうつるんじゃね?」
「アンリのバカ! 犬!」
 顔を真っ赤にしたリゼットは、しばらくおとなしくなったかと思いきや、何事か呟き始めた。
「でも……もし、本当に治るなら……」
 一大決心とばかりにきっと顔を上げ、リゼットは気迫すら滲ませる表情で身を乗り出した。
「うわ、何するつもりだよ、まさか……」
「ちょっと大人しくして、うまくキ……キス、できないでしょ」
「おい、待て待て待て! ほんとにしようとする奴があるか!」
 アンリは近づいてくる顔を片手で制し、ふいと横を向いた。
「ったく……いいから早く自分の部屋戻れ。お前にうつっても、俺はプリンなんて作ってやれないぞ?」
 だいたい、仮に作ってやれたとしても、平らげてしまわない自信は微塵もない。
 きょとんとしていたリゼットは、眉尻を上げる。
「またからかったのね! せっかく、人が真面目に心配して……」
「へーえ、心配してくれたのか?」
「……して、ないけど! もう、戻るわ!」
 彼女は口をへの字に曲げて銀盆を引ったくると、ワンピースの肩をいからせて踵を返す。
 バタン! と大きな物音を立てて扉が閉まった。

 アンリは、ベッドに倒れ込んで息を吐いた。リゼットが置いていった冷却シートを額に貼り付けて、
「……流石に、からかいすぎちまったか」
 そのとき、戻ってくる足音とともにもう一度、そろりそろりと扉が細く開いた。
「早く治しなさいよね、バカ! ……それだけ!」
 かわいいとこあるんだよな。ちゃーんと。アンリは再び一人になった室内で、頬が緩むのを抑えきれなかった。

●体のだるさに
「イヴェさん、お昼はきちんと召し上がりましたか?」
 『イヴェリア・ルーツ』の部屋に通された『淡島 咲』は、開口一番そう言った。
「いや。サクからもらった電話のあと、少し眠っていたからまだ食べていない」
「横になって待っていてください、すぐにお粥を温めてきます。キッチン、借りてもいいですか?」
 客人にそんなことをさせるわけにも、と彼が腰を上げようとすると、だめです、と言わんばかりの視線で押しとどめられた。
 仕方がないのでその言葉に甘えることにして、改めてベッドに横になる。実際のところ、ほとんど二十年ぶりの風邪は生半なデミ・オーガには匹敵するくらいの強敵で、起き上がるだけでふらふらするのだから有難かった。
 臥せったまま、咲が台所で立ち働く背を見るともなしに眺め、イヴェリアはぽつりと洩らす。
「何というのか、不思議な気分だ……」
 そういえば、咲を部屋に上げるのは初めてだ。その彼女が、イヴェリアの家の鍋に水を汲み、コンロの火を点け――それに、普段のおっとりとした笑みからは意外なほどにきびきびと立ち働く咲の様子は、随分看病慣れしているように見えた。

 咲が戻ってくるまではいくらもかからなかった。
「レトルトで我慢してくださいね。本当は手作りしたかったんですが、お台所の様子も分からなかったですし」
 モノトーン基調でまとめた部屋に馴染む黒いテーブルに盆を置くと、咲も椅子のひとつに座った。
 最近、任務が忙しくてろくに使っていなかった丼に収まった白粥は、美味そうに湯気を立てている。
「いや、これで十分だ。有難く頂こう」
 盆の上に添えられたれんげを取り、一口、二口。
 粥の温度も丁度よく、沁みわたるような薄い塩味を味わっていると、対面から何やら視線を感じる。
「……サク、どうかしたか?」
「なんだか、意外です」
 ぽつりと零すように、咲が言う。
「健康管理はしっかりしていたつもりだったが……すまない。少し気が緩んでいたのかもしれない」
 イヴェリアの金の瞳は伏せられ、そろそろ空になりそうな膳を向いた。
 情けないな、と自嘲する。
 きっと咲はそんなふうには思っていないんだろうとも思う。思うが、彼女に不甲斐ないところを見せたくないのもまた事実。
 咲は果たして、大きくかぶりを振った。
「いえ、責めているわけではないんです。というよりも、むしろ……」
 咲はしばらく言葉を選ぶように宙に視線を彷徨わせていたが、彼が粥を食べ終え盆にれんげを置くと、立ち上がった。テーブルを回り、イヴェリアの方へ歩いてくる。
「イヴェさん、いいですか?」
 こつん。答えを待たず、額にぬるい感覚が押し当てられる。
「ああ、やっぱり少し熱がありますね。スポーツドリンクも枕元に置いておきますから、脱水症状を起こさないように……」
「サク。……その」
 青空のような蒼を間近に見ながらイヴェリアは、ようやく体温を測っているのだと悟った。
 息遣いが感じられそうなほどの距離で告げられる言葉に戸惑い、声をかけると、彼女はきょとんと瞬いた。
 一拍ののち、はっとあわてて後ずさり、今更になってかしこまる咲。その距離、歩数にして三歩分ほど。
「ご、ごめんなさい、つい妹の面倒を見るのと同じような感覚で……! そ……れより、でも、熱があるなら眠らないと! 私、食器を片付けてきますから」
 ぱたぱたと離れていく足音を聴きながら、ベッドに横になるイヴェリアの表情は柔らかかった。

 戻ってきた咲は、清潔なタオルと氷水で満たした洗面器を抱えていた。
 先刻のこともあり体を拭くのは躊躇われたが、冷やした濡れタオルで彼の汗ばんだ首筋を数度拭ったあと、額に載せる。
 硬質な機械類に似た機巧族の耳も、長く稼働させすぎた機器類に似た熱を帯びてしまっているようだ。
「そろそろ帰ったほうがいい。サクに風邪をうつしては、……その、俺も困る」
「私なら大丈夫です。むしろ、イヴェさんをこのままにして帰るほうが心配で、眠れなくなってしまうかもしれません」
 そばにいれば、濡れタオルもまめに交換できますし。口にすれば余計に気を遣わせてしまうだろう算段は、胸に留めておく。
 やがて、どうしてもと頑張る咲に根負けしたものか、気だるさに耐えかねたものか、
「……すまない。ならば、もう少しだけ」
 イヴェリアがゆるりと双眸を閉じた。

「サク……」
「はい」
 氷水で冷やしたタオルを取り替えながら、薄く開いた金の瞳に向かって咲は微笑む。
「大丈夫ですよ。ゆっくり休んでください」
 普段はしっかりして年上らしいイヴェリアが、こうして弱いところを見せてくれるのは、咲にとっては嬉しかった。
 いいんですよね。心のなかで、彼女は思う。すこしはあなたと、絆を結び始めることが出来たと思っても――。

●咳・のどの痛みに
 チャイムの音がした。
「ん、誰だ、こんな時に……? あ゛ー、はいはい、何の用……」
 『レイノル』は咳き込みながらドアを開けた。視線を幾らか落とせば、そこには見覚えのある金の髪。
「……」
 思考時間、1秒。レイノルは黙ってそっとドアを閉め――
「あっ、ちょ、ちょっと、閉めないでください!」
 『イフィーネ』は強引に体を割りこませるようにした。のみならず、小柄な体で、レイノルの腕の下を潜り抜けて家に滑り込む。
「……お前意外と反射神経いいな。と、いうか。何しに来たんだよ! ……げほっ、げほっ」
「見てわかりませんか? もちろんレイノルの看病です!」
「あー……」
 レイノルは、思わず叫んだ反動で咳き込んだまま眉間に皺を寄せ、任せてくださいと胸を張る少女を見下ろす。
 年端も行かぬ少女としては相当しっかりしている部類だということは、これまでの任務で解ってはいた。
 最近のデミ・ゴブリン掃討作戦でも臆さず有用な方針を提案していたし、今ではもう戦闘時のお荷物とは認識していない。
 だが、それとこれとは話が別だ。
 彼ははっきり覚えている。彼女がかつて包丁を逆手持ちし、塩と砂糖を間違え、オーブンの予熱に火薬を持ちだそうとした実績を。
「ちょっと、何をあからさまに迷惑そうな顔をしているんですか! 病人は大人しく寝ていてくださいね。今日はレイノルのお手伝いなしに、全部やってみせるんですから」
「ああ、なんか頭痛が更に酷くなってきた……」
「大丈夫ですか? 冷却シートもあります、ほら、こうして……」
 イフェーネは、精一杯背伸びをすると、冷却シートをなんとかレイノルの額に貼り付けようとした。
 ぴと。ぺりっ。ぴと。ぺりっ。
 身長差のせいで、シートの端が額にくっついては離れ、くっついては離れ――もどかしいことこの上ない。
「……貸せよ」
 レイノルは諦めたようにひょいとそれを没収すると、自分で額に貼りつけ、深々とため息をつく。
 大人しくすべきなのは俺よりもお前だし、そのほうが冷却シートよりきっと効く。そんな率直な感想を伝える元気はなかった。

「あら。片付いているのですね」
 イフェーネは通された部屋を意外そうに見回し、手元の袋から何かを取り出す。
「確か、風邪の時はよく食べてよく寝るのがいいのでしたっけ? レイノルは寝ていてください。レトルト粥を買ってきましたので台所をお借りしますね。心配しなくても大丈夫です、レトルトなら失敗のしようがありませんもの」
「レトルトだろうが嫌な予感しかしない……」
 不承不承ベッドに横になりつつレイノルが呻くと、彼女はちょっぴりむくれて大股で台所へと向かった。しかし――。

「……ごめんなさい。まさか、あんなことになるなんて」
 前言撤回は早かった。数分後、プラスチックが焦げる臭いとともに、イフェーネが肩を落としてベッドの傍へ戻ってくる。
「いいよ、別に……お前が来たときに覚悟は決めてた。あとは、気持ちだけで充分だからじっとしててくれ……」
 あんなことがどんなことなのか尋ねる勇気は彼にもなかったが、大方これはレトルトの容器が溶けた臭いだろう。後で台所の惨事を片付ける覚悟も心のなかで追加した。
 レイノルの風邪で掠れた声を聞き、イフェーネは申し訳なさそうに眉を下げる。
「心配なのは本心ですから。……早く元気になって下さいね」
 しょんぼりと部屋の隅でじっとしているイフェーネを見て、ふとレイノルは首を捻った。
「なんでそんなにあれこれしたがるんだ? 別に得になるでもなし、契約相手だからってそこまでしなくてもいいんだぜ」
「だって……私の責任でもあるでしょう?」
「へ? 俺の風邪が?」
 イフェーネはこくりと頷いた。
「一昨日、A.R.O.A.本部の前でレイノルが水浸しになったのは、私を庇ってですよね。きちんと避けられていれば……って」
「あー、そういうことか、気にすんな。どうしても何かしたいなら……そうだな」
 レイノルはしばらく考え、少し笑った。
「子守唄でも歌っててくれ。よく寝るのがいいんだろ?」
 イフェーネは意外そうに瞬いたあと、大きく頷いた。
 彼女の歌声は、はじめは恐る恐る、しかし次第に柔らかく辺りに響き渡る。
「ささやくは風の唄、妖精のおしゃべり、ねむれ、ねむれ、穏やかに……」
 このあたりでは昔からある子守唄のひとつだ。
 聴き入るようにレイノルは目を閉じ、やがてまどろみへと誘われていった。

●急な発熱に
 『カガヤ・アクショア』の家のドアの前、『手屋 笹』は大きく息を吸い込む。
 一刻も早く治して守って貰わなくてはなりませんし。心の中でもうひとつ理由を付け加え、チャイムを押した。
「カガヤ、お見舞いに来ましたの。入りますわよ?」
 ドアの向こうからは微かに、んー、とくぐもった声。了承の意らしい。

「お邪魔しま……っ」
 部屋に上がり込んだ笹の挨拶は、途中で途切れた。
 ベッドの布団は人型に盛り上がっていて、外から見えるのは尻尾の灰色とはみ出た肩の肌色……肌色?
「……何故カガヤは寒そうな格好で寝ているんでしょう」
 どうやら彼は上半身に何も着ていないらしい。このところ暑くなってきたとはいえ、
 さっそく笹は大股でベッドまで歩いて行った。これは放っておくわけにはいかない。
「ほら、カガヤ、起きてくださいな!」
 尾だけ垂らして横向きに丸まっているカガヤを揺り起こすと、ぼんやりした鼻づまりの応えが返る。
「ん……笹ちゃん……?」
「ええ、わたくしです。すぐ着替えないと」
「だって、あっつい……」
 寝起きの抗議は、どこか子どもがぐずるよう。
「きっと熱があるのですわね。でも、だったらなおさら、汗をかきますから、そのままだとよくありません」
 有無を言わさず笹は、床に脱ぎ捨てられた寝間着を押し付ける。
 ごろり、億劫そうにいくらか仰向いた翠の瞳は、諾の返事の代わりに細められた。

「カガヤ、もう終わりました?」
 一旦外へ出ていた笹が声をかけた後、
「何かまだふらふらする……ほんと、何これ……」
「何これ、ではありません。典型的な風邪の症状ですわ、か、ぜ!」
「風邪? ああ、これがかあ……」
「……もしかして、カガヤ。初めてですか、風邪を引くのは……?」
「うん。怪我ならしたことはあるけど、こんなふうになったことはなかったし……」
 笹は目を丸くした。いくら強靭な精霊といっても、子どもの頃にすら風邪をひいたことがないとは。
「でも、それなら基礎体力が相当あるでしょうから、熱の出るままに任せてあとは眠れば……食事だけはしておいたほうがいいでしょう。起きられますわね?」
 笹はてきぱきとレトルト粥にスポーツドリンクの用意をすると、カガヤの前に並べた。
 普段は快活な彼も、今日は発熱のせいかどこかぼんやりとしている。
「ああ、そんなふうにしているとこぼれますわよ!」
「あ、ごめん……熱っ」
「もう、そんなに急いで食べたら熱いに決まっています。こうして冷まして……ほら、口を開けてくださいな」
 いつもは小動物でも愛でるように笹を扱うカガヤだが、今日ばかりはどちらが年上か知れない様子。
 笹が思わず口を出すこと数回ほど、ようやくなんとか寝かしつけるに至った。
 スポーツドリンクはいつでも飲める場所に置いておく。
「何だか大きな子供を見てる気分ですね……。でも、元気そうで安心しましたわ」
 寝台の枕元に屈みこんで、臥せったカガヤの横顔を覗き込む笹はくすりと柔らかく笑った。
「いつもは見上げるばかりですから、今日は新鮮ですわね」
 なにせ、トランスのために頬に口づけるときなど、頭ひとつ分以上の身長差をどうにかこうにか調整しているくらいだ。
 しかし、こうしてずっと寝顔ばかりを見ているわけにもいかない。手持ち無沙汰に、笹はふと周りを見回し、
「……カガヤが寝ている間に部屋の片づけをしてあげましょうか」
 とはいえ、普段はきちんと片付けているらしく、そう散らかっているわけではない。
 笹は、床に散らばった着替えを畳み、そう広くはない一人暮らしの部屋を手際よく片付けていく。
「あら、これは……?」
 棚の上に着替えを置いておこうとしたとき、笹は飾られた写真立てに目を留めた。
「カガヤ……いえ、違いますわね」
 彼に似た、けれども雰囲気の異なる獣心族と女性が並んで写っている。
 場所は、A.R.O.A.本部前だろうか。なにか嬉しいことでもあったときなのか、二人とも満面の笑顔を浮かべている。

 そのとき、後ろからぽつり、呼ぶ声がした。
「笹ちゃん」
「あら、起こしてしまいました……、ふふ、寝言でしょうか」
 振り返れば、カガヤはまだ穏やかに寝息を立てている。
「んん、見えないなら、肩車してあげても……むにゃむにゃ」
 どんな夢を見ているのやら。笹が苦笑し布団をかけ直してやると、鼻づまりの低い声が、笹ちゃん、ともう一度呼ぶ。
 今度また背が低いだの肩車だのと言ったなら、治ったあとで一言言ってやらなくっては。冗談半分、そんなことを考えながら、笹がカガヤの横顔を覗き込むと、翠の瞳が薄っすら開いた。
「……ありがとな」
「カガヤ……。いいえ、どういたしまして」

●それぞれの特効薬
 翌日、A.R.O.A.本部には再び数本の電話連絡が入った。
「昨日の欠勤連絡の精霊たち、皆全快したそうです」
「いくら精霊だって、そう早くは治らないはずだが……?」
 職員たちは首をひねる。

 彼らは知らない。精霊たちの風邪には、とびっきりの特効薬が与えられていたことを。

 しばらくののち、今度は神人に風邪が流行ったとの報がA.R.O.A.を騒がせることになるのだが――それはまた、別の話。



依頼結果:成功
MVP
名前:リゼット
呼び名:リズ
  名前:アンリ
呼び名:アンリ

 

名前:手屋 笹
呼び名:笹ちゃん
  名前:カガヤ・アクショア
呼び名:カガヤ

 

メモリアルピンナップ


( イラストレーター: 楠なわて  )


エピソード情報

マスター コモリ クノ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 4
報酬 なし
リリース日 06月06日
出発日 06月12日 00:00
予定納品日 06月22日

参加者

会議室

  • [4]淡島 咲

    2014/06/11-16:18 

    淡島咲と言います。
    よろしくお願いしますね(ぺこり)

    失礼かもしれませんがイヴェさんでも風邪をひかれるんですね…。
    ちょっと意外でした。
    しっかり看病できたらなって思ってます。

  • イフェーネ・サヴァリーと申します。
    よろしくお願いいたしますね。

    まさかあのレイノルが風邪をひくだなんて…。
    一人暮らしと聞いていますし心配です。
    看病の経験はありませんが、少しでも楽になるよう頑張ってきます。

  • [2]手屋 笹

    2014/06/10-00:50 

    手屋 笹と申します。
    リゼットさんとイフェーネさんはお久しぶりですね。
    咲さんは初めましてです。

    カガヤの家となると…
    何故でしょう…持って行かないといけないものがたくさんある気がしてきます…。
    必要なものメモを作っておかないといけないかも。

    それではよろしくお願いします。

  • [1]リゼット

    2014/06/09-11:45 

    リゼットよ。よろしくお願いね。
    馬鹿も風邪をひくのね、驚きだわ。
    さっさと直してもらわないと。
    さ、さみしいとかじゃなくって、仕事にならないって話よ!


PAGE TOP