木漏れ日の降り注ぐ森(蒼鷹 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

復興の進むタブロスの町並みに、そより、秋風が吹き抜けて、過ごしやすい季節の訪れを告げる。
きらきらと、木の葉が光り輝き、森はピクニックやデートにちょうどいい季節だ。

長い戦いが、終わった。

森の奥には清らかな泉が湧いている。
水の音が耳に心地よい。散策するにはもってこいだ。
まだ少し蒸し暑いから、足まで水につかってはしゃぐのもいいかもしれない。

森の小路では、リスや鳥、キツネなどの動物たちも、穏やかな季節を楽しんでいるようだ。
動物に関する知識があれば、近づいてきて、ともに遊んでくれるかもしれない。

少し離れた広場では、旅の音楽家たちが、賑やかな音を奏でている。
クラシック、ジャズ、民謡、ロック、サンバ。
彼らは流行り歌から、少しマニアックな歌まで、なんでも知っている。
リクエストをすれば、思い出の曲を奏でてくれるかもしれない。
一緒に歌う、弾くのも大歓迎だ。

森の出入り口には、レンガ造りのおしゃれなカフェが一軒。
ケーキにアイスクリーム、紅茶、コーヒー、軽食と、カフェにありそうなものは一通りそろっている。
テイクアウトも可能だ。

木漏れ日の降り注ぐ森は、全てを受け入れるようにざわめく。

愛を語るのもいいだろう。

秘密を打ち明けるのもいいだろう。

喧嘩するのも、ただなんとなく過ごすのもいいだろう。

二人のいつもの日常が、そこにはある。

解説

いつもの日常、なんとなくデートをして、のんびり終わりたいな~という方向けに。
自由性が高いエピソードなので、この世界での日常をお好きな形で締めくくって下さい。
ほのぼのでもシリアスでもギャグでも、ご自由にどうぞ。

森の奥、森の小路、広場、カフェと色々設備をご用意しましたが、ご利用は自由です。
寄らなくてもよし、一か所だけ寄ってもよし、複数個所回って頂いてもかまいません。
随所にベンチがありますし、ピクニックシートを広げてくつろぐこともできます。

森の場所としては、タブロスからそう遠くない、破壊されなかった場所をイメージしていますが、
「故郷の森にしてほしい」等リクエストありましたらお書き下さい。対応します。

森の美化と環境保全にご協力下さい。
300Jrいただきます。

ゲームマスターより

ええと、なんとかエピソード出せました。蒼鷹です。
男性側には殆んどエピソード出していなかったので、「え、誰?」な方が多いかと思いますが…。
需要あるか分かりませんが、最後にのんびり過ごして頂けたらと。

らぶてぃめではじめてゲームマスターをやらせて頂き、幸せな経験を沢山させていただきました。
プレイヤーの皆様、ゲームマスターの皆様、スタッフの皆様、本当にありがとうございました。
この場を借りて、心からの感謝を申しあげます。
またどこかで皆様と逢える日を祈っております!

リザルトノベル

◆アクション・プラン

ヴァレリアーノ・アレンスキー(アレクサンドル)

  己と同じ目に遭う人が居なくなる
誰もが笑顔で暮らせる幸せな平穏な世界を望んでいたのに

残ったのは?(掌見つめ

サーシャと広場へ
昔教会で聴いた聖歌が流れて足止める

過去を顧みる余裕があるとは
お前の目には俺はどう映る?
…同感だ(自嘲気味に嗤う

場所変えて泉へ
祭で聞いた事がずっと引っ掛かっていた(EP50

お前が持つ俺と対の十字架を母の親友が持っていたという話は聞いた事がない
本当に親友だったのか?
えっ?テノールは俺の母親の名、だ(混乱
待て…母は父と共にあの日俺を守って目の前で死んだ
隣人を愛せよ…母の口癖にして最期の言葉
十字架もその時…
もう一人の所持者…マリーナтетка?
俺を守ったのは、―

―ッ嘘だ!
お前…なのか


信城いつき(ミカ)
  森の中でのんびり

できたの!?見せて見せて!

なんだろう……?
銀の細工に石がきらきら反射して、確かに花火っぽくはあるんだけど
細工自体はすごくいいよ、悪い訳じゃないよっ
でも…ミカらしいんだけど今までのミカの作品と違うっていうか…

自分用なの?それもまた珍しいね
でもいいと思うよ。
アクセサリー自体もだけど、ミカがすごくいい表情してる
自信があるって目をしてるから

…帰りに辞書買っていこう。だって悔しい!
ミカがすごくいいもの作ったのに、それを言葉にできないのがっ
いつかちゃんと理解して言葉にしたい


ラティオ・ウィーウェレ(ノクス)
  「本当は君のいた山にしようと思ったんだけれどね」
「流石に片道一ヵ月の道程は僕にはちょっと……」

「だろうな。期待はしていない」
「して、また突然だったな」

「うん、まあ。思いついたから来たんだよ」

「何だ。また何時ぞやのように我の気分転換とでも?」

「よくわかったね。オーガが残っているとはいえ、ほぼ役目は終わったようなものじゃないか」
「君がどう考えてるかわからないけど。感謝の気持ちにね」

「……ほう。感謝か」

「うん。だって、君は山に帰るかも知れないじゃないか。お礼になじみ深い自然の多いところにと思ってね」

「貴様は」

「うん?」

「随分、素直に心内を晒す様になったな」


●森の奏でる音色
 風に騒ぐ梢の音に、水の湧く音が混ざりあい、賑やかな駒鳥の鳴き声が唱和する。初秋の森はえもいわれぬ天然の演奏で、『ラティオ・ウィーウェレ』と『ノクス』を歓迎した。
 精霊はほっと息をついた。
「どうだい?やっぱり街中よりも落ち着くかい」
 いつも通りの穏やかな表情で、ラティオが問いかける。ノクスは周囲を見回していたが、少し不満げに、
「音は落ち着くがな。ここのにおいには、まだ都会の排気がまざっている。我の故郷の空気には較べるべくもない」
「そうか……」
 神人はぼんやりと答えて、
「本当は君のいた山にしようと思ったんだけれどね」
 と、自分の白衣の下、足に履いたスポーティ・ハンナを見て、
「流石に片道一ヵ月の道程は僕にはちょっと……」
 ノクス、悟ったように頷き、
「だろうな。期待はしていない」

 研究のためなら何日も徹夜するという性格的な意味でも。
 風呂ですら体力を使うという肉体的な意味でも。
 それ以外の生活態度的な意味でも。
 自宅の研究室を離れての深山暮らしには、ラティオは向いていない。
 一時的な旅行として出かけることすらないだろう。特に、新しいオーガが出現しなくなり、依頼で僻地へ赴く可能性もほぼ無くなった、今となっては。

「して、また突然だったな」
 タブロスの近くとはいえ、何もない森の中に誘われたのは、ノクスには少々意外だった。
「うん、まあ。思いついたから来たんだよ」
「何だ。また何時ぞやのように我の気分転換とでも?」
「よくわかったね。オーガが残っているとはいえ、ほぼ役目は終わったようなものじゃないか」
 オーガは高位のものから消えていくという。当分は残された敵の処理が残っているが、それが完了する日もそう遠くはない。何より、イシスとの戦いに加わり貢献した二人は、「お疲れ様、当面はゆっくり休んで下さい」とのねぎらいのもとに、オーガの残党処理の任務も、現時点では免除されていた。
 ラティオが抱えていた研究も一段落して、今は完全な休暇だ。
 神人が時間をもてあまし、誘ったのもわかる、と精霊が一人合点しかけたところで、
「君がどう考えてるかわからないけど。感謝の気持ちにね」
 神人の口からこんな言葉が紡がれて、ノクスは少し目を見開いた。
「……ほう。感謝か」
 青年は、うん、と首を縦に振り、
「だって、君は山に帰るかも知れないじゃないか。お礼になじみ深い自然の多いところにと思ってね」
 精霊は熟慮するように、しばらく押し黙った。神人もあえて、その沈黙を破ろうとはしなかった。

 ノクスは梢の向こうの青空を、遠い自分の故郷がある方向を眺めた。
 彼の地の水は甘く、雨が降れば森全体が打ち震えるように澄んだ音を立てた。
 今、あの森はどうなっているのだろうか。
 足元の水辺に小鳥たちが集まって、ぴいぴいと祭囃子のように陽気に囀っていた。
 やがてぱたぱたと、ノクスの眺めていた方角に飛んでいった。

「貴様は」

「うん?」

「随分、素直に心内を晒す様になったな」

「意思の疎通は、まず知って貰う事からだと理解出来たからね」
 最初の頃は、それでだいぶすれ違ったっけ。
 神人は懐かしく振り返る。

 ノクスはやがて軽く目を閉じた。
「礼など不要だ。だが……気持ちは受け取っておく」
「……うん」
 ラティオは静かに頷いた。
「君は最後まで、しっかり僕を護ってくれた」
「ふん」
 ノクスの声色は相変わらず不遜だったが、言葉は優しかった。
「正確には、共に戦った、だ。貴様はよくやった」
 研究肌の彼が、剣をふるい、一歩も引かずに立ち向かったのだから。

「……貴様」
「なに?」
「これから、どうするつもりだ」
 ラティオは空を見上げて、
「いずれ、新しい仕事を探さなくちゃいけないよね。ずっと無職ってわけにもいかないし。研究が好きだし、これからもその方面の仕事がしたいと思ってる」
「そうか」
「……ノクスは?」
 精霊は少しの間黙った。

「貴様は、我に何を望む?」

「……えっ?」
 普段、あまり動揺しないラティオの目が丸くなった。
「何を、って……、君のしたいようにすればいいじゃないか」

 他人は他人、自分は自分。
 それぞれが、自分らしく、好きに生きればいい。
 その結果、共に歩んでいけるのならば喜ばしいし、すれ違ってしまうのなら仕方がない。
 誰かに縛られるのも、誰かを縛るのも本意じゃない。
 それが、ラティオのこれまでの生き方だった。

「我が尋ねているのは、我の望みではなく、貴様の望みだ」
 精霊は漆黒のつり目をさらに細めて、
「知って貰う事が大事だと、気がついたのだろうが」

「我にどうして欲しい?」

 ラティオの翠色の瞳が、戸惑うように揺れた。
 ノクスがそんなことを聞いてくるとは、思わなかった。

「大切なのは、貴様が何を望むか。それを聞かなければ、我も自らの行方を決めることはできない」
大切なのは、心を開いてわかり合うこと。
そのためには、どうしても、言葉にすることが必要だから。
「ラティオ、貴様の言葉が聞きたい」

「僕は、……――」

困惑しながらも、ラティオが口を開いた。

 不意に。
 強い風が吹いて、今までにない激しさで梢が揺れた。
 ざあっ、と世界に葉ずれの音が満ちた。
 それでも、ノクスの両耳は、ラティオの言葉を聞きとった。
 ノクスはやがて、そうか、と頷いた。

 森からの帰り道。
 バス停へと歩きかけたラティオの腕に、なにか硬い、冷たいものが当たった。
 見ると、視線を合わさないまま、ノクスが何かを自分の腕に押し付けている。
 戸惑いながら受け取ると、それは小さなガラス瓶だった。
 中には、鱗のようなものが数枚、入っている。
 ラティオは本日二度目の驚愕に息をのんだ。
「知っていたの?」
 ノクスは呆れ顔で、
「我が今まで、貴様の視線に気がついていないとでも思ったのか。人を希少生物か何かのように、じろじろと……」
「そうか、ごめん」
 そう言うラティオの口元はにやけている。
「風呂で落ちた。何が楽しいかわからんが、研究したければ勝手に……」
 横目で言いかけた精霊の目は、途中で神人の顔に引き寄せられた。
 こんなに嬉しそうなラティオの表情は、はじめてだったから。
「ありがとう」
 素直な感謝の言葉に、満面の笑みに、ノクスは一瞬見とれ、言葉を失った。
 今すぐ別れを告げるには、それは少し、美しすぎた。

●光彩陸離
「冷たっ!」
 手を突っ込んだ泉の水の、思った以上の低温に、『信城いつき』は思わず笑顔をこぼした。『ミカ』はクスっと笑って、
「湧き水みたいだな。年中そのくらいの温度かもしれないな」
「こんなに冷たいなら、夏に来ればよかった。来年、またここに来ようよ!レーゲンも一緒に」
 三人で水遊びしようよ、と提案する少年の表情は、年齢よりも幼く見え、とてもこの少年が精霊と共に栄誉勲章を受け取ったなどとは思えない。見守るミカにとっては、いつきとレーゲンが表彰されたことは誇らしく思う反面、だからといって何かが変わるというわけではなかった。
 いつきは、いつものいつきだ。
「チビ、足元気をつけろ。そこ、毒蛇がいるぞ」
 ミカが指さすと、
「えええっ!?」
 いつきは思わずびょん、と飛びのいてから、地面をじっと見て、
「木の枝じゃないか!も~」
 素直なリアクションに、にやっと笑う精霊に、神人がため息をつく。
 ミカも、いつものミカだった。

 オーガは遠くない未来に消滅する。あの日、主人想いの白い犬が味わったような悲劇も無くなる。『記憶の森』で、後世の人々に伝えたい想いを樹に託したいつきは、今はすっかり三人の店『手の中の花火』の構想に夢中だ。
 通りすがったカフェでは、窓からしゃれた内装を覗いて、ああいうオブジェの飾り方もあるんだ、この内装はどのくらいお金かかるのかな、とミカに話しかける。

 少し歩きまわって、森の中の清涼な空気を楽しんだ後、二人は森の小路のベンチに腰をかけた。
「気持ちいいー」
 いつきが背伸びをして深呼吸すれば、空を見上げて、梢の間に白くうっすらとした月を見つける。
「ルーメンだ。そういえば、ルーメンで工芸茶を飲んだのも秋だったね」
 深い青の矢車菊に似た花を思い出す。
 そろそろ話そうと思っていたころに、ちょうどよく水を向けられて、ミカは切り出した。
「そうそう。この前話した『手の中の花火』やっと出来上がったんだ、見るか?」
 いつきの顔がぱっと明るくなった。
「できたの!?見せて見せて!」
 最終決戦の前、三人で肩を寄せ合ってお店の話をしたときに、ミカが言っていたアクセサリーだ。
 ずっと温めてきたテーマだから、ミカの思い入れや情熱の傾け方も相当なものだったろう、といつきは想像する。どおりでここしばらく、あまり顔を合わさずに作業に没頭している様子だったし、今日はミカの方から森に誘ったわけだ。
 ワクワクする。どんなアクセサリーに仕上がったのかな。
 ミカが丁寧な手つきで、バッグから小箱を取り出し、いつきに中身を見せる。
 それは、メンズのネックレスだった。
 いつきは思わず、息をのんだ。

 銀の曲線で包み込むような中に、小さな青い宝石が入っている。
 その透き通るような青。計算されつくしたカットで、光の入り方によって色が違って見える。明るい青にも、深い青にも。それを繊細な銀細工が包み込むように、宝石がキラキラと光を反射するのを受け止め、輝きをより引き立たせるように細工されている。
 そのネックレスは、一見小さくて。特別に飾り立てた感じでもなくて。
 でも。決して平凡なデザインでは無くて……。
 もしも、いつきが街で、ジュエリーショップでこのアクセサリーを見つけたら、足を止めて見入ってしまうに違いなかった。
「どう思う?」
 ミカに感想を聞かれ、いつきは懸命に言葉を探した。
「なんだろう……?」
 この印象をそのまま表現できる語句は、しかし、見つからなかった。
「銀の細工に石がきらきら反射して、確かに花火っぽくはあるんだけど」
 でも、このデザインには、それ以上に深い意味があるような気がして。
 いつきは、うーん、と悩みながら、
「細工自体はすごくいいよ、悪い訳じゃないよっ。でも……」
「でも……?」
 ミカは気になって聞き返した。芸術家の常で、人の感想は気になるもの。
 それが、もっとも見てもらいたかった相手の感想なら、なおさらだ。
「ミカらしいんだけど今までのミカの作品と違うっていうか……」
「ああ」
 ミカは素直に頷いた。
「今までとは違う想いを込めながら作った」
「どんな想い?」
 ミカは微笑して、
「どうしても、自分用に作りたかったんだ」
 いつきは、ミカの想いの内容が知りたかったけど、それよりも意外な台詞の方に気がいった。目を丸くして、
「自分用なの?それもまた珍しいね」
 いつきはこくんと頷き、
「でもいいと思うよ。アクセサリー自体もだけど、ミカがすごくいい表情してる」
「そうか?」
「うん、自信があるって目をしてるから」
 いつき、もどかしそうに手でくしゃくしゃと自分の髪をひっかきまわして、うーんとうめいていたが、
「帰りに本屋に寄っていい? 辞書買いたいんだ」
 だって悔しい!と不満げに、
「ミカがすごくいいもの作ったのに、それをうまく言葉にできないのがっ。
いつかちゃんと理解して言葉にしたい」

 精霊は、神人の感想に満足していた。込めた想いの意味には気がつかなくとも、想いの強さは伝わっている。それでよかった。

 いつきとレーゲン、愛し合う二人の気持ちを理解し、尊重し、見守る。
 それがミカのスタンスだった。しかし、
『俺はミカの事好きだよ、大大大好き』
『レーゲンとは違う意味で、俺のいちばん』
 まっすぐに投げかけられたその言葉が、御しがたい、強烈な力で、ミカを引きずった。
 思わず、一歩。
 自ら線を引いた、心の境界の向こう側へと踏み込んだ。
 耳元で囁いたその言葉は、いつきだけが知っている。

 踏み込めば、何か変わってしまうかもしれない。
 今まで築きあげ、護り続けてきたものが、壊れるかもしれない。

 ミカが抱いたそんな恐れは、杞憂に終わった。
 結局、何も変わりはしなかった。今までのまま、いつきとレーゲンが大事で、2人からも大事に思われている。

(だから、大丈夫なんだ。
誰に何と言われようが、ここに……いつきのそばにいていいんだと)

 それは、いつきの言った通り、自信だった。
 愛される自信。愛し続ける自信。

(だからこれを作ったんだ。
小さくて、きらきらして、その中心に大事な石を包み込んでいる、
俺の……――)

 どぉん。
 遠くで花火の音が響いて、ミカといつきは驚いて空を見上げた。
 秋空に、赤やピンクの煙が漂っている。
 通りすがりの老人が、にこにこ笑って教えてくれた。
「ウィンクルム達の勝利を記念して、近くの街で、花火大会をやるんですよ。
今は昼花火の部で、夜はもっと沢山の花火が上がります。
復興途中なのでささやかなものですが、屋台も出ますよ」

 ミカの小さな花火が、ぱぁっと喜びに輝いた。
「ミカ、観に行こうよ!」
 精霊は眩しそうに彼を見て、ああ、と頷いた。

(誰も…チビも一生知ることはないかもしれない。
でも、俺が知ってるから)

●悪魔
 街は人々の喜びで溢れ、街の音楽家が戦勝を記念して作ったウィンクルム讃歌が流れていた。『ヴァレリアーノ・アレンスキー』は、別世界の住人を見るようにぼうっと眺めていた。『アレクサンドル』は小さくため息をついた。塞ぎこんでいる様子の少年に、外の空気を吸わせようと誘ったら、この騒ぎだ。
 二人の足は自然に、人気の少ない森へと向かった。

 己と同じ目に遭う人が居なくなる。
 誰もが笑顔で暮らせる、幸せな平穏な世界を望んでいたのに。
 願いは……叶ったのに。

 ヴァレリアーノは己の掌を見つめる。
「……残ったのは?」
 そこに残されたのは、未来でも希望でもなかった。
 なにもなかった。
 新たな世界は、彼を置き去りにして動きだしていた。

 少年の耳に、先ほどとは違う音楽が流れてきた。
 森の広場で、旅の音楽家たちが歌っているのは、厳かな聖歌。かつて、少年が教会で聞いた曲。
 静かな祈りの歌声が、いっとき彼を、追憶へ……穏やかな光さす幸福な日々、彼が愛した人々の元に返していた。
 しかし、やがて彼の心は失意のうちに、現在へと舞い戻った。
 戦いは終わっても、オーガの犠牲になった人々が帰ってくるわけではない。

「お前の目には俺はどう映る?」
 ぽつり、少年は問いかけた。この世界でただ一人、現実感を伴った存在に。精霊は物憂げに口を開いた。
「……前にも告げたが、我は汝の瞳が好きだ」
 何者にも揺らがぬ強い意志。強くて脆い瞳。
 その手で、少年の頬に触れる。
「だが喪失した」
 青年は紫の瞳で、穏やかに、だが宣告するように、
「片割れとして率直に言おう。今のアーノは空虚(ぬけがら)だ」
「……同感だ」
 少年は自嘲気味に嗤った。

 普段は絶えず清水の湧く泉は、今は、鏡のごとく凪いでいた。
 少年は、対岸に、季節外れの向日葵が一輪、枯れかけているのを見て、胸のざわつきを一瞬、覚えた。

「サーシャ」
 ずっと気になっていたことがあった。
「あの話……祭のとき聞いた、十字架の話のことだが」
「汝の心にはまだ蟠りがあるのだろう。平和取り戻し今あの事実を知って尚、我と居られるかと」
 ただ、己の中の血への渇望を満たすために、森の民を皆殺しにした過去。
 しかし、少年が疑問を感じているのは、そこではなかった。
「お前が持つ俺と対の十字架を、母の親友が持っていたという話は聞いた事がない。本当に親友だったのか?」
「信じるかは否。テノールはそう言っていたが」
「えっ?」
 少年の瞳が、今は困惑に揺れている。
「テノールは俺の母親の名、だ」
 精霊の瞳にも軽い動揺が走る。
「……?どういう事なのだよ」
 泉の中心に、音もなく波が立ち、円を描いて広がっていく。向日葵がわずかに揺れた。悪しき予感が、森の中に、二人の心に満ちる。
「待て……母は父と共に、あの日オーガから俺を守って目の前で死んだ」
 全ての終わりであり、全ての始まりであるあの日に、少年の心がもう一度立ちかえる。
「隣人を愛せよ……母の口癖にして最期の言葉。十字架もその時……。
もう一人の所持者……マリーナтетка?
俺を守ったのは、――」
「まさか」
 信じがたい思いで、半ば独白のように精霊が呟いた。
「アーノの母親を殺めていたのか?」
 つまり、オーガからヴァレリアーノを守って死んだのはイサークの母親で、アレクサンドルに殺されたのはヴァレリアーノの母親だったのだ。
「――……ッ嘘だ!」
 ありえない。
 しかし、何かが少年に告げていた。これは真実なのだと。
「お前……なのか」
 アレクサンドルも、ことの核心をとらえ、蟠りが解けた様子で、
「皮肉なものだ。イサークの我への憤りは真実を知っていた故か。……事情は知らぬが、アーノの母は教会を出ていたのやもしれぬ」
 因果応報。精霊は低く嗤う。
 そして涙目の少年に目をやれば、青年の心が喜びに湧いた。
(その眼だ)
 アレクサンドルが何より大好きなあの眼を、少年が取り戻していた。
「これも運命か」
 精霊の愉悦の表情に、少年は言葉を失い、わなわなと唇を震わせる。
「さぁ選べ。
我を”受け入れる”か。
アーノが選んだ事なら、全て享受する」
 宣告するように、精霊が告げる。黙ったまま、少年が剣に手をかけた。
 怒りに燃えるその瞳は……愛情よりもはるかに強い感情をこめて睨む瞳は、オーガなどという他の存在ではなく、ただ一人、アレクサンドルの為だけに向けられているのだ。
「我を憎め」
 歪んだ愛を込めて、精霊が吠えた。
 少年は精霊に斬りかかった。

 心底の飢えが、今、最高の形で充足しようとしていた。
 自分はこの為に生き、この為に殺したのか。
 アーノに殺されるのは構わない。けれど、この視線を独占する時間をすぐに手放すのは惜しい。
 精霊の高揚を、歓喜を感じるほどに、少年の怒りが、悲しみが、憎しみが途方もなく爆発する。
 信じていたから。相棒であり、保護者であり、導き手だったから。
 裏切られたショックはあまりに大きく、あらゆる感情がぐちゃぐちゃになって、少年を突き動かした。
 流れた刃が向日葵を斬り裂く。
 だが。
 激しく動揺する神人の剣と、悦楽の中でも冴えを失わない精霊の剣では、最初から結果は見えていた。渾身の一撃を軽くかわされ、バランスを崩した少年は泉に転落した。
「――ッ」
 心臓が飛び上がる。冷水が、燃えさかる頭を醒ましていく。
 精霊はとっさに、助け起こそうと手を伸ばした。しかし少年は身を起こすと、その手をはねのけた。水滴がその頬の傷をつたって流れる。
 少年は毅然と、
「サーシャ、俺はもっと強くなる。そしてお前を殺す」
 精霊は嗤う。
「いつでも来い。憎め。我を汝の物にしろ」
 自分を恨む限りは、少年はこの美しい、強い瞳を保ち続けるのだから。
 しかし神人は続けた。
「俺は強くなって、お前の中の悪魔を殺す」

 精霊はかつて語った。少年と過ごす時間に安らぎを覚えると。そんな感情を持ったのは初めてなのだと。
 少年には、精霊の全てを、血の通った温かい面までも恨むことは、できなかった。

 だがその返事に、青年は憐れむように、
「アーノ、それは不可能だ。
汝が悪魔と呼ぶもの、それ故に汝は我と契約し、我は汝に惹かれたのだよ」
 少年はうなだれた。
 悪魔の心を失ったサーシャなど、先ほどまでの自分と同じ、空虚に過ぎないだろう。
 しかし、ならばどうしたらいいのか、彼にはわからなかった。

「さあ、水は冷たい。そのままでは風邪を引く」
 立ちあがった少年の頭に、ばさり、精霊が自分のマントをかける。
 今度は、拒まなかった。泣いているのを悟られたくなかったから。
 アレクサンドルは目を細める。まだ楽しみ足りない、もっと楽しませてほしい、と。

 精霊にとっては人生で最も幸福な時間が、神人にとっては真の悪夢の日々が、始まろうとしていた。

【END】



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 蒼鷹
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 3 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 08月30日
出発日 09月07日 00:00
予定納品日 09月17日

参加者

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