愛を見える化、計測します(瀬田一稀 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

 その日、A.R.O.A.本部に一人の男が走り込んできた。
「見て、見てください!」
 息せき切って、叫ぶ彼の名はマックス。最近愛するマリンと暮らし始めたばかりの、ごく一般的な大学生だ。
「どうしたんですか?」
 A.R.O.A.職員は驚き尋ねた。ここに駆け込んでくる人と言えば、たいていはオーガの被害に遭った人が多い。そんな人の表情は、悲しみ、あるいは怒り、恐怖に満ちている。しかしマックスは違った。これ以上ないというくらいの、満開の笑みだったのだ。
「僕、ついに発明したんです!」
「……発明? なにをですか?」
 それならテレビ局にでも行った方がいいのではないか。内心ではそんなことを思いながら、職員はとりあえず聞き返す。彼がここに来たのは何らかの理由があるのだろうとも思ったからだ。
「ふふ、ふふふ……」
 押し殺した不気味な笑み、そしてマックスは、じゃーん! と自ら効果音をつけて、小さな機械を取り出した。
「僕が発明したものは、愛の計測器『ラブ・ウォッチ』です!」
「『ラブ・ウォッチ』? なんかいかがわしい名前ですね」
「No、No! これは愛しあうカップルの愛情の深さを見える化してくれる、素晴らしい道具なんですよ!」
「ほう、それはすごい」
 職員はマックスのもつ、一昔前の万歩計のような機械に目を向けた。その色が目が痛くなるようなショッキングピンクだったので、棒読みのようになってしまったが、感心したことは事実である。
 ここまでくれば、A.R.O.A.職員には彼の言いたいことがわかった。
「その機械は試作品だから、ウィンクルムで試してみて欲しいというんですね?」
 確認のために聞けば、マックスは「Yes!」と声を張り上げる。
「でも一応言っとくと完成品です。だって僕とマリンちゃんのLOVEはお互い100点! 相思相愛、両想いだったんですから!」
 いえーい、とピースを振って喜ぶマックスは……大丈夫なのだろうか。職員の冷たいまなざしにも気づかず、マックスはマリンちゃんの写真を取り出し見せつけた。
「可愛いでしょう、ぼくのマリンちゃん!」
「……カメ? カメでもいいんですか?」
「もちろんですよ。この機械の両端にある赤い紐、これをぴゅっと引っ張って指に巻いて、真ん中のハートの形のボタンを押せばいいんですから。ああ、マリンちゃんの場合は手に巻いたんですけどね!」
「……そうですか、運命の赤い糸ってところですね」
「そうです、イメージはその通り! ってことで、愛の計測にご協力お願いします! ちなみに協力してくれた人には、お礼に僕が作ったお菓子をあげちゃいます!」
 そう言って、マックスは、今度は小さな小袋を取り出した。色とりどり、星型の粒はどうやら金平糖のようだ。
「金平糖、つくったんですか?」
 たしかこの作り方は結構手間だったはずだが、と職員が首をかしげると、マックスは「No!」と言う。
「実はこの金平糖は、僕の実家の和菓子屋のものなんです。それに、僕はこっそり愛のエッセンスを振りかけたんですよ。互いに食べさせあうと、Happyになれますよ! 和菓子屋『卯月』どうぞよろしく!」

解説

マックスが持って来た小さな機械『ラブ・ウォッチ』をぜひ使ってみませんか。
しかしこの品物、マックスは自信満々ですが、実は計測数値は適当、愛の深さにはまったく関係ありません。
計測結果がいい場合、普通の場合、悪い場合。ご希望するものをひとつえらんで、プランにご記入ください。

なお、マックス作の金平糖は、ただの金平糖です。しかし素直な人や思い込みの激しい人ならば、「愛のエッセンス」にくらっときちゃうかもしれません。
逆にクールな人や現実主義の人にはきかないでしょう。

マックスは、和菓子屋『卯月』のお座敷ご招待券を置いていきました。
『卯月』は、若い女性に人気のお店で、お座敷ご招待券は、個室を貸し切るためのチケットです。普段なら100ジュールかかるところ、本日は券の提示で無料になります。

メニューは以下の通り。

抹茶ソフトクリーム 30ジュール
みたらしだんご 50ジュール
お抹茶セットA (抹茶と白玉あんみつ) 100ジュール
お抹茶セットB (抹茶とぜんざい) 100ジュール

なお、300ジュールにて、ペア向け浴衣レンタルサービスがございます。
着付けはお店のスタッフがしてくれます。
(柄の指定がありましたら、スタッフにお申し付けください)
浴衣を着て甘味を楽しむほかに、お店の庭の散歩ができますよ。
庭には鯉のいる小さな池があり、赤い橋が架かっています。

二人きりの畳敷きの部屋、および風流な和風庭園で、和のひとときをぜひお楽しみください。

※基本的な流れは『ラブ・ウォッチ』にて愛の計測→『卯月』で甘いものを堪能となります。金平糖を食べるタイミングは各自にお任せします。


ゲームマスターより

『ラブ・ウォッチ』や金平糖は、二人の関係に変化を与えるスパイスとなるでしょうか。
きっかけって、大切ですよね。

金平糖でくらっとしたい神人さん、精霊さんはプランに記入願います。なにも書いていなければ、ただの金平糖とさせていただきます。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

月泉 悠(エードラム=カイヴァント)

  エードさんとはカップルって訳じゃないけど…
試してほしい、って頼まれたし…試すだけなら…

え…?
これって…いい数値、みたいだけど…本当に?
わ、ビックリ…!
す、少なくともエードさんに嫌われはない、んだよね…?
で、でも付き合ってるわけじゃないし…(混乱


「浴衣レンタル…」
浴衣は気になる、けど…エードさんはどうだろう…?
でも、いつもと違う格好するって、ちょっと恥ずかしい、かも…

「あ、そういえば…すっかり忘れてましたけど、金平糖…」
マックスさんは食べさせあうとか言ってた気がするけど…
って、え、エードさん!?
本当に食べさせあうんですか…?
うぅ…恥ずかしい…
ドキドキしてるのは、食べさせあったせい…?
それとも…?



ミサ・フルール(エミリオ・シュトルツ)
  ラブ・ウォッチ、どんな結果が出るんだろう
ドキドキするよ

計測結果は『普通』
これは喜べばいいの?落ち込むところなの?
リアクションに困るよ~!

ほ、ほら、チケット貰ったことだし、卯月に行こう!
私達甘いもの大好きだもんね
って、これ2人きりなの!?(赤面)

エミリオさん、私のこと『妹』だと思ってるみたい
私も初めはエミリオさんを『頼りになるお兄さん』だと思ってたけど、今は、エミリオさんのことす、す・・な、なんでもないよ!

金平糖、美味しい!
ねぇ知ってる?
お互いに食べさせあうと幸せになれるんだって(赤くなって俯く)
私も食べさせてあげるね!
今、少しでも『妹』から脱出できてたらいいな

☆領収書
お抹茶セットA(2人分)



リヴィエラ(ロジェ)
  リヴィエラ:
【計測】
ラブウォッチで愛の計測だなんて…ドキドキしてしまうわ…
(計測の結果、『最悪』と出る)
えっ…そんな、嘘…!
(泣きながら和風庭園の赤い橋へ)

【和風庭園】
そんなの嫌…だって私、ロジェ様の事が…
(橋の上に来たロジェに甘味を渡され、『機械がインチキ』だと聞かされる)しかし…

「『俺の事は無理に好きにならなくて良い?』
ど、どういう事、ですか…?
そんなの…そんなのずるいじゃないですか!
私の気持ちは無視して、いつも決めるのは貴方ばかり!
私の気持ちは、機械じゃ測れない。ロジェ様が決めるものでもない。私自身が決めます」

あ、金平糖…うぅ、だから私は、貴方の事が…(顔を真っ赤にしつつ)



ミオン・キャロル(アルヴィン・ブラッドロー)
 
『愛の深さを測る機械』…
ウィンクルムは信頼が大事って言ってたし
そもそも依頼だから、
別にアイツの気持ちが知りたいとかそんな事はこれぽっちもないの

理論武装は完璧ね…って何を…
アルヴィンなんてどーでもいいのよ
そう、これは人助けよっ!!(ぶつぶつ

■結果:良い
えぇっ!!?
えと、つまり…そーいうことで…

次は甘味処ね、何食べようかしら~
(ちょっと楽しくなってきたかも)

■茶屋:お抹茶セットA
…ぇ
そ、そうよね、うふふふ…
別に何もないわ!
(結果がどうあれしょんぼりするわけないじゃない!)

そ、そんなのする訳ないでしょ!
いらないわよっ!!



高司・珠希(ミース)
  <心情>
ラブ・ウォッチ…。
ミースとはカップルじゃないけど…でも、やっぱり興味には勝てないっ!

【計測結果:良い】

<行動>
甘いものがあまり好きじゃないミースを半ば無理矢理連れてきちゃったけど……迷惑、だよね?
浴衣レンタル…え? でも…!
へっ? どこ行くのミース! え…水色の蝶の絵柄…? 良いの…?

【浴衣:蝶の絵柄】

あれ、甘いもの苦手じゃなかったっけ? ぜんざい食べれるのミー?
ああ、嫌いってわけでもないんだ…びっくり。
苦いものがダメ? …なに聞いてたんだ私っ!

【注文:お抹茶セットA】



「ラブ・ウォッチ、どんな結果が出るんだろう?」
 ミサ・フルールは緊張しながら、ショッキングピンクの本体にあるボタンを押した。ピピピ、と小さな電子音が鳴り、すぐに機械中央の画面に文字が表示される。
『普通』
「え……?」
 ミサはそれを、きょとんとした顔で見た。てっきりパーセントで表示されると思っていた。しかも普通って!
 これは喜べばいいの? 落ち込むところなの?
「ミサ、百面相してどうしたの? 顔が面白いことになってるよ」
 エミリオ・シュトルツにつっこまれ、ミサははっと意識を戻す。そうだ、こんな顔していたらエミリオさんに変に思われちゃう! 普通なら、良くもないけど悪くもないんだから、気にしたって仕方ないよ。
「エミリオさん! チケットもらったことだし、卯月に行こう。私達、甘いもの大好きだもんね!」
「そうだね。甘味処だからあんこかな。楽しみだね」
 羊羹、お団子、ぜんざい、おしるこ。
 そんな話をしながら二人は店に向かった、のだが……。


「愛の深さを測る機械……ね。ウィンクルムは信頼が大事って言ってたし、そもそも依頼だから。別にアイツの気持ちが知りたいとか、そんなことはこれっぼちもないのよ」
 ミオン・キャロルはよし、と両手を握った。その指には赤い糸、もといラブ・ウォッチのコードがつながっている。
「理論武装は完璧ねって、私は何を……アルヴィンなんてどーでもいいのよ。そうこれは人助けよっ!」
「俺?」
 背中を向けている先で、アルヴィン・ブラッドローの声がして、ミオンは「きゃっ!」と悲鳴を上げた。
「なによ、独り言を聞くなんて失礼よ」
「この距離じゃ聞こえるだろ。ってかミオン、たまにぶつぶつ言ってるよな」
 神人になって日も浅いし、いろいろ大変なのかな。そんな言葉が耳に届いて、それはあえてスルーする。たぶんそれだけではないけれど、認めたくないというのが本心だ。
「とりえあえず、コレやるわよ」
 二人の間で揺れている小さな機械。派手なピンク色の本体についているボタンを、ミオンは押した。ピピピ、といかにも考え中といった音が鳴る。そして出てきた結果に、ミオンは声を上げた。
「ええっ!!?」
 それは周囲に響くほどの大音声。しかし隣のアルヴィンは、へー、良かったな、とにこにこ笑うのみ。この結果で反応はそれだけなの? とミオンは言いたい。だって、だって。
『良い』。
 デジタルな画面には、そんな言葉がはっきり映っていたのだから。


「愛の深さが見える、か……。悠さんとは知り合ってそんなにたっていないし、そこまでいい結果が出るとは……」
「エードさんとはカップルってわけじゃないけど……試してほしいって頼まれたし……試すだけなら……」
 月泉 悠とエードラム=カイヴァントは互いに互いを見やりながら、二人同時に診断ボタンを押した。小さな電子音が鳴る。そして出てきた結果に、二人して目を見張った。
「おや、これは」
「え……? これって……いい数値、みたいだけど……本当に? わ、ビックリ……!」
「機械が故障している……なんていうのは、興がないよね」
「す、少なくともエードさんに嫌われてはない、んだよね……? でも付き合ってるわけじゃないし……」
「まあ……パートナー契約をしたわけだし、ここまでじゃなくとも、もう少し親しくなれたらいいとは思うけど……」
 機械をはさみコードがつながった近距離で、同じ画面を見ながら、二人の会話は成立していない。互いに口にするのは独り言。そのくせなぜか目が合って、にこりと笑ってみたりもする……のだが、悠の口から出るのは「ごめんなさい」だ。
 悠は眼鏡の奥の瞳を瞬かせ、エードラムを見上げる。
 これはもはや癖だった。相棒が何を考えているのかはわからない。だから、ついこうしてうかがうようなことをしてしまう。
 エードラムは二人の手から丁寧にラブ・ウォッチを取り外すと、さっきもらったチケットを取り出した。
「甘いもの、食べに行こうか」


「ラブ・ウォッチ……。ミースとはカップルじゃないけど……でもやっぱり興味には勝てない!」
 マーシャ=アルガード――本名は高司・珠希だが、気に入らないのでマーシャを名乗っている――は、えい! と意を決して、ピンク色の中央にあるボタンを押した。小さな機械は電子音を鳴らしながら、しばらく二人を判定しているようだった。そして画面に表示された言葉は『良い』
 正直、悪い気はしない。いや、それどころか。


「ラブ・ウォッチか……。どういう仕組みになっているのか、興味があるな」
「愛の計測だなんて……ドキドキしてしまうわ……」
 赤いコードの先にある小さな機械を、ロジェは興味深そうに、リヴィエラはどきどきとしながら見つめていた。ピピピと電子音が鳴る。その後出てきた結果に、リヴィエラは息を止めた。
「えっ……そんな、嘘……!」
 リヴィエラは、するりと指からコードをほどいて走り去る。
「お、おい、リヴィー!」
 ロジェは改めて画面を見た。そこには『最悪』の文字が表示されていた。

 ※

「って、これって二人きりなの!」
 卯月にて通された部屋を見て、ミサの頬は一気に赤く染まった。三畳ほどの小さな部屋に、座卓がひとつ、座布団が二つ。窓から見える庭園はそれこそ見事なものではあるけれど……。
 注文した抹茶と白玉あんみつのセットが届いても、それがとても甘くて頬が落ちそうなくらいおいしくても、ミサはこの空間にどきどきしっぱなしだ。
「何を気にしてるのか知らないけど」
 小さなスプーンに白玉とたっぷりのあんこをのせた、エミリオがミサの顔をじっと見た。
「人の想いは絶えず変化するものだし、数値では表せないものだと思うんだ。だからそんなに気にすることないよ」
「気にしてなんかないよ」
「嘘、だってほら」
 エミリオが向かいの席から、ミサの口元に指を伸ばす。ミサはとっさに息を止めた。なぜかわからないけれど、体がそう反応してしまったのだ。
「……クリームついてる。それに気づかないくらい、考え込んでたってことでしょ?」
「エミリオさん……」
『普通』の結果よりも、ミサにはエミリオの今の好意の方がショックだったりもする。
 エミリオさん、私のこと『妹』だと思ってるみたい。私も初めはエミリオさんのこと『頼りになるお兄さん』だと思ってたの。でも今はエミリオさんのこと、す、す……。
 とっさに頭に浮かんだ単語に、ミサは激しく動揺した。こんな狭い二人きりの空間で、私は何を考えているの。
「ミサ、どうかした?」
 小首をかしげるエミリオに、ぶんぶんと首を振る。
「な、なんでもないよ!」
 エミリオはくすりと笑い、いつのまにやら最後の一口となっていた甘味を口に入れた。
「ほら、ミサも早く食べなよ。気分転換に庭を散歩しよう」


「えと、つまり、これってそーいうことで……」
 機械につながったままの指を振り回し、ミオンはあっちこっち、いかにも挙動不審。それほどに『良い』は衝撃的だった。その横で、アルヴィンは小さな機械を手に取った。
「これって仕組みはどうなってるんだ? 気持ちがわかるなんて、都会は違うなあ」
 興味津々の瞳は、きらきらと輝いてさえ見える。
「どうしてそこに反応するのよ!」
「どうしてって、だってすごいだろ?」
 至極当然の顔で言われ、ミオンはがっくり脱力する。そうよね、この人は森育ちだった。まだいろいろ不慣れなのよ、と自分に言い聞かせる。それに、こうして子供のように好奇心旺盛なアルヴィンを見ているのは、ちょっと楽しかったりもするのだ。
 ミオンはポケットから、さっきもらったばかりのチケットを取り出した。
「次は甘味処ね、何食べようかしら?」
「メニューはなにがあるんだろうな」
 アルヴィンの興味の対象は、あっさり甘味処に映る。しかし手には、大切そうにラブ・ウォッチを握ったままだ。


「浴衣レンタル……」
 気になる……けど、エードさんはどうだろう? でも、いつもと違う格好するのって、ちょっと恥ずかしい、かな。
 ちらりとエードラムの顔を見やると、彼はいつもどおり穏やかな笑みで、悠を見下ろしていた。
「レンタルする? 僕は別に構わないよ」
「ほんと?」
「うん。種類がいろいろあるみたいだから、好きな柄を選んだら?」
 そう言われると、迷ってしまう。金魚の模様も良いけれど、こっちの兎柄も、朝顔も捨てがたい。エードさんはどんなのが好きなんだろう。っていうか浴衣って眼鏡かけてても似合うのかな。
 見かねた店員さんが、これなどどうですか、と勧めてくれる。
「あ……きれい。これ、これがいいです!」

 別々の部屋で着つけてもらい、案内された部屋で初めて、互いの浴衣姿を見た。
「……普段とは違う格好というのも、新鮮でいいね」
 エードラムの言葉に、悠はほっと息をつく。
 選んだのは、紺地に薄桃の桜柄だった。帯は赤。対してエードラムは黒字に白と灰の縞柄だ。
「似合ってるよ」
「……エードさんも」
 蚊の鳴くような声で答え、うつむいたまま座布団に座る。


『良い』の結果にすっかり気を良くしたマーシャがミースを引っ張ってきたのは、招待券をもらった卯月。しかしその店内で、マーシャは早くも後悔していた。
 甘いものがあまり好きじゃないミースを半ば無理やり連れてきちゃったけど……さっきは浴衣レンタルがあるって聞いて、つい喜んじゃったけど、やっぱ迷惑、だよね?
 通された二人きりの部屋で、マーシャはちらちらとミースの顔に目線をやった。甘味の店だから当然なのだが、メニューは甘いものばかり。ミースは食べられるだろうか。
「決まったか?」
 ミースが聞く。マーシャはこくりとうなずいた。
「俺も決まった。じゃあ店員呼ぶぞ」
 甘味は平気かと問う間もなく、ミースは抹茶のセットを注文した。その後復唱する店員に、マーシャが予期せぬ問いを投げかける。
「浴衣のレンタルって、今頼めばいいのか?」
「ええ、こちらに柄のサンプルがございます。お好みのものがございますか?」
 店員は、生地の一覧表を差し出した。
「浴衣レンタル……え、でも……」
 無理やり連れてきてしまったのに、そんなこと。動揺するマーシャは置いて、ミースはさっさと浴衣の柄を選び始める。
「確か水色が好きで、蝶が好きなんだよな……あ、これ!」
「こちらでございますね。お客様はいかがされますか?」
「俺は……別に何でも」
 それなら私が選んであげる、とは言えなかった。ミースが、自身が着る浴衣の柄を、店員が勧めたものにあっさり決めると、二人は別室へと案内された。

 ※

 鮮やかな緑の木々が植わる庭には、人工の小さな池がある。泳ぐ魚はもちろん鯉だ。ゆらゆらと動く尻尾が美しい。
「鯉……」
 連想する言葉は『恋』。見つめるミサに、エミリオが金平糖をひとつ、そっと差し出した。
「口開けて? 食べさせてあげるよ」
「え……でも」
「いいから」
 言われるままにミサは唇を開けた。砂糖の固まった小さな粒は、ふんわり甘い。
「美味しい!」
 ミサが破顔する。
「お互いに食べさせあうと幸せになれるんだよね……?」
 言った直後に顔は熱い。きっと赤くなっているだろう。
「私もエミリオさんに食べさせてあげるね!」
 緊張に震えそうになる唇をなんとか笑みの形に維持をして、ミサは金平糖を手に取った。エミリオが開けた口の中に、ころりと甘い粒を転がす。
「美味しい? エミリオさん」
「うん。上品な甘さだね」
 エミリオは、にっこりと笑う。
 今、少しでも妹から脱出できていたらいいとミサは思う。笑顔の裏でエミリオが、なぜか高鳴る自身の鼓動に、困惑しているとも知らずに。


 通された部屋はかなり狭いものの、きっちり隣と隔たった個室だった。小さな座卓と座布団があるだけのシンプルな作り。しかし窓からの景色があまりにも見事なものだから、注文の品を待つ間も、ミオンはまったく飽きることはない。
「なあ、ちょっと聞いたんだけど」
 なかなか来ない店員に、直接注文をしに行って、ついでにそのまま盆を持って来たアルヴィンが、戻ってくるなり口を開いた。
「隣の部屋にウィンクルムがいて、ちょっと聞こえたんだが、さっきの機械、壊れてるみたいだぞ」
「……え?」
 目の前に置かれた抹茶と白玉あんみつ、そしてアルヴィンが自分の前に置いたみたらし団子を見ながらも、ミオンの脳みそにはおいしそうの言葉一つ浮かばない。変わりに口から飛び出したのは、低く乾いた笑い声だ。
「そ、そうよね、うふふふ……」
 テーブルに手を置いて、ミオンはうなだれる。
「まあ別にね、うん、何もないわ」
「どうした? 大丈夫か? 腹減ったのなら、みたらし食うか? ああ、そういやもらった金平糖いるか? なんか互いに食べさせるとか聞いた気がするけど」
「そ、そんなのするわけがないでしょ? 金平糖なんていらないわよっ!!」
 もう! と言いながら、ミオンはスプーンを手に取ると、ひたすらに白玉だんごを食べ始めた。
 べつにさっきの機械が壊れてたからってへこんでないし! 結果がどうあれ、しょんぼりなんてするわけじゃないじゃない。
 脳内で語るのはそんな言葉。アルヴィンはいたわるような、見守るような表情で、みたらし団子に噛みついた。


 庭を散歩しようかと、エードラムが言ったので、彼と悠は庭園を歩いている。
「あ、そういえば……すっかり忘れてましたけど、金平糖……」
 悠は浴衣の袂から、小さな金平糖の袋を取り出した。食べさせあうとか聞いた気はするが、自分から言い出す勇気はない。しかしそれをあっさり、エードラムが口にした。
「確か、食べさせあうって言ってたよね。悠、さあ、ひとつどうぞ」
 あーん、と差し出され、悲しきかな、性分で悠は一歩、後退る。
「え、エードさん!? 本当に、食べさせあうんですか……?」
「うん、そのつもりだよ」
 さあと促され、悠はおずおずと口を開いた。ころりと転がる金平糖の、ほのかな甘さが口に広がる。
「僕も、いい?」
 開いたエードラムの口に、悠もまた金平糖を滑り込ませる。
 どきどきしているのは、小さな甘味を食べさせあったせい? それとも……?
 熱くなった頬に手を当てて、悠は静かにほほ笑む、エードラムを見上げた。
「……気分がいいのは、楽しいひとときを過ごせたからかな」
 エードラムのつぶやきが、悠の耳にそっと届いた。


 見慣れない浴衣姿で、マーシャとミースは向かい合う。ミースがぜんざいを食べる様子を、マーシャはじっと見つめていた。
「……なんだよ」
 その視線が気になったのだろう。ミースが顔を上げる。
「や、甘いもの苦手じゃなかったっけって思って……。ぜんざい食べれるの、ミー?」
 ここまできて、やっと聞くことができた。なにやっているんだろうと思いたくなる。しかもミースの答えは。
「いや? 苦手じゃない」
「ああそっか……」
 マーシャは内心でほっと胸をなでおろした。水色に蝶の浴衣。こんな素敵なものを選んでもらったのに、無理やり付き合ってもらっているのだとしたら、申し訳なさすぎる。
 ミースは甘い小豆を口に運びながらでも、と口にした。
「……苦いのが駄目」
 言いながら、いかにもいやそうに露骨に顔をしかめている。
「苦いものが?」
 マーシャは繰り返した。今まで一緒に暮らしてきているが、それは初耳だ。
「でも家じゃ食べてるよね?」
 思わず尋ね、何を聞いているんだ私、と思う。でも聞きたい。だって普段、ミースはあまり自分のことを話さないから。
「ああ、それはせっかく作ってもらってるのに悪いからな」
「そっか、甘いものは平気で、苦いものが苦手なのか……」
 反芻すると、ミースはじっとマーシャの顔を見た。
「苦いもの、食わせようとか思ってないよな?」
「思ってないよ、そんなこと!」
 むろん、反対だ。ミースは苦いのが嫌いって、今度こっそり、義母に言っておこう。
「なんで笑ってるんだ?」
「ううん、別に」
 正面に向かい合い、ちらりちらりと互いの見慣れぬ姿に目をやりながら、二人は甘味を楽しんだ。


「最悪だなんて、そんなの嫌……。だって私、ロジェ様のことが……」
 卯月自慢の庭園には、鯉がすむ小さな池がある。そこにかかっている赤い桟橋の上で、リヴィエラはひとり水面を見つめていた。
 ひらひらと、二匹の鯉が連れ添って泳いでいる。その仲睦まじさに、リヴィエラの目から涙が落ちる。この鯉たちのように近くにいられたら、そんなことすら思ってしまう。あの人……ロジェと。
「おいリヴィー」
 とうに聞き慣れている声が聞こえ、リヴィエラの目の前に、抹茶と白玉あんみつののった盆が差し出された。
「ぜんざいとどっちがいいかわからなかったから、こっちにした」
 リヴィエラは、ゆるゆると顔を上げる。
 そこには少し怒ったような、困ったような顔をしたロジェがいた。
「あの機械はインチキだぞ」
「……え?」
「機械工学に関する知識は持ち合わせている。あの結果は、何かの根拠があってでているものではない。ただのランダム表示だ。……ま、依頼者は喜んでいたというから、結果に信憑性がないことに、気づいてはいないだろうが」
「本当、ですか?」
「なんだ、助手の君が、俺を疑うのか?」
 リヴィエラはふるふると頭を振った。
 ロジェが、重々しく口を開く。
「俺のことは……無理に好きにならなくていいんだぞ。ウィンクルムだからって、君の気持ちまで縛る権利なんて、俺にはない」
「無理にって……どういうこと、ですか?」
 リヴィエラは、ロジェの顔を見つめた。ロジェが言っている言葉の意味がわからない。どうしていきなり、そんなことを言うのかも、だ。
 これ以上危険な目にあわせたくないと、突き放されていたのは遠い昔のことだと思っていた。なのに、ロジェはまたこうして、リヴィエラを遠ざけようとする。どんな理由があるかは知らない。でもオーガによって両親を失ったのは、自分もロジェも同じ。危険な目と言うならば、ロジェだってあっているはずだ。
 気づけば口走っていた。
「そんなの……そんなのずるいじゃないですか! 私の気持ちは無視して、いつも決めるのは貴方ばかり! 私の気持ちは、機械じゃ測れない。ロジェ様が決めるものでもない。私自身が決めます!」
 大きな声で一息に言ったせいで、喉がひりひりと痛んだ。
 ロジェはしばらく呆然とリヴィエラを見下ろしていたが、はっと息を吐いた。
「私の気持ちは私が決めます、か……。ならば俺も容赦はしない。君が拒絶しようが知ったことじゃない。俺はお前と、友人を守る。死なせはしないから、覚悟しろよ」
 そう言ってロジェは、取り出した金平糖を、リヴィエラの口に押し込んだ。
「どうして拒絶とか言うんです……だから私は、貴方のことが……」
 言いながら、リヴィエラの頬が朱に染まる。涙で真っ赤になってしまった瞳よりも鮮やかな、赤に。



依頼結果:成功
MVP
名前:リヴィエラ
呼び名:リヴィエラ、リヴィー
  名前:ロジェ
呼び名:ロジェ、ロジェ様

 

メモリアルピンナップ


( イラストレーター: 箱花ゆずき  )


エピソード情報

マスター 瀬田一稀
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル コメディ
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 05月30日
出発日 06月06日 00:00
予定納品日 06月16日

参加者

会議室

  • [6]高司・珠希

    2014/06/03-08:45 

     皆さん初めまして。マーシャ=アルカード……高司珠希…です。
    ええと、ラブ・ウォッチというネーミングが気になりまして…
    大切な相棒、テイルスのミースと一緒に参加します!

    皆さん、どうぞ宜しくお願いします!


    ミサさん>はいっ宜しくお願いしますね(一礼

    ミース*俺はコイツ、タマ公の相棒、ミースだ…(珠希の頭に腕を乗せながら
    珠希*タマ公じゃないってば!

  • [4]月泉 悠

    2014/06/03-01:13 

    月泉 悠、です…よろしくお願いします……。

    えっと…か、カップルとか、そういうのではないですけれど……
    試して欲しいという事でしたので、使ってみようかと……


    >ミサさん
    お、お久しぶりです……覚えていてもらえてただけでも、嬉しいです。

  • [3]ミオン・キャロル

    2014/06/02-10:13 

    はじめまして、ミオンと言います。
    パートナーのアルヴィンと参加するわ。

    べ、別に『愛の深さ』が気になったわけじゃなくて
    今後の指針というか…なんというか…
    とにかくよろしくねっ!

  • [2]リヴィエラ

    2014/06/02-08:07 

    こ、こんにちは、私はリヴィエラと申します。
    ミサ様はまたお会いできて嬉しいです(嬉しそうに微笑みつつ)
    初めましての方は…そ、その、宜しくお願い致します(緊張しつつお辞儀)
    ラブ・ウォッチで、どんな結果が出るのか…とてもドキドキしています。

    ロジェ:
    こいつのパートナーのロジェという。宜しく頼む。
    技術者としては、ラブ・ウォッチがどういう仕組みなのか気になってな。
    べ、別に甘い物に釣られたわけではないんだが…

  • [1]ミサ・フルール

    2014/06/02-06:21 

    ミサ・フルールです。
    ディアボロのエミリオさんと一緒に参加するよ。

    リヴィエラちゃんと月泉さんはお久しぶりです。
    またご一緒できて嬉しい!

    ミオンさんと珠希ちゃんは初めまして!
    どうぞよろしくお願いします(ぺこり)

    ラブ・ウォッチか、どんな結果が出るんだろ。
    ドキドキするね・・・!(そわそわ)


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