新緑の図書館(梅都鈴里 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 山脈のとある森の中。
 開けた広場に深緑のひんやりとした空気が流れて、酷暑にあってもここだけは別次元のような錯覚を思わせる。
 辺りは夜明けの静寂に包まれ、そして広場の中心にはぼんやりと、白壁の小さな建物が在る。

「おや……貴方も避暑へ? それともまた、迷子でしょうか」

 ぽっかりと開いた入り口へ近付くと、闇の中からモノクルを掛けた老紳士が現れた。柔らかな物腰で、旅人二人の不安な心を落ち着けるように、おっとりと微笑んでいる。ちょっと休まれますか、どうぞお入りなさい――、誘われるよう足を踏み入れると、外観からは予想も付かないほど、内装は広く。そして……。

「ここは、図書館です。記憶や思いを閉じ込めた、貴方たちだけの図書館……」

 ずらりと奥まで並んだ本棚。一冊手に取れば、そこに載っているのは隣に立っているパートナーとの思い出や情景。暖かな感情やくすぐったい記憶についおかしくなって、神人が隣に居る精霊をふと見遣れば、隣の彼もこんなこともあったな、と穏やかに微笑む。

「ふふ、若者達は青くて羨ましいですなあ。貴方達にとって、幸せな記憶ばかりではないかもしれませんが。それでもお二人が積み重ねてきた、数ある歴史の1ページ……」

 聞けば、この図書館へ足を踏み入れる者たちにはある共通項がある。『愛する者のことを、これから先も知ってゆきたい』という想いだ。その気持ちが無い者や、一人旅の神人や精霊に、そもそもここは見つけられない。故に、パートナーと共に迷い込んだ者だけが、その本たちを手にすることができるのだと。

「最早、何も申し上げません。お二人が積み重ねてきた想い出や、育まれた心。思い起こすのも結構、秘密を知る事も結構。勿論、これから先を描く事も――これを」

 老紳士が差し出したのは、古びた万年筆と『図書館ノート』と書かれた重厚な冊子。
 中をめくれば今はまだ白紙だが、枠線にあしらわれた薄い模様は華やかに彩られている。
 これから先を歩んでいく二人に、どうか幸せな記憶が多く残るようにと。

「自由に、記して頂ければと思います。これからもお二人が描く理想や、はたまたこれまでの反省や。絵にしてみるのもいいですね。勿論、ここで読まれた本の感想でも。……そのノートは大切に、わたしの方で保存いたします故」

 モノクルに伸びる鎖をちゃり、と揺らし、老紳士は深く深く頭を下げた。

解説

目的
涼しい図書館で本を読んで一休みするだけのお話です。
過ごすだけで老紳士からは茶菓子を振舞ってもらえます。
入館料300jr。

図書館の構造
・1~2階層…これまでのお互いの思い出、共通して持っている記憶や情報の本棚
(●●へデートに行って楽しかった、他人の知らない趣味を知ってる、など)
・3~4階層…まだお互いの知らない思い出、共通して持っていない記憶や情報の本棚
(知って欲しい趣味や思い出があるけど恥ずかしくて言えない、愛情をもっと沢山伝えたい、など)
・5階層………深層。『過去のトラウマや罪悪感を愛する人に許されたい』や『変な人に声をかけられたけれど、心配させそうで言えなかった』の様な、知って欲しいけど知ってほしくないといった、複雑な感情を伴う不安などを含めた本棚

プランに必要な情報
・描写してほしい、本棚に記されている思い出や記憶
・構造は上記の通りですが一例なので、そこまで厳密に設定しておりません。
・過去EPは極力参照

できること、できないこと
・過去の図書館エピのように、相方が変な感じになる、っていうのはありません。二人で本を読んでください。
・読み終えた後、渡された図書館ノートへよければ一言書いていっていただければ幸いです。
・ノートは観光所とかによくある帰り際の一言ノートみたいなやつです。内容は本当になんでも。特に浮かばなかったら書かなくても。こんなことしたかったなとか、こんな二人になれますようにとか、四字熟語とか漢字一字とか。理由も特に問いません。(プランの文字数あると思うので……)
・情報の内容や全体の雰囲気はコミカルでもシリアスでも。
・アドリブはつい入れがちなのですが、『アドNG』とプランに一言頂ければ善処いたします。逆に『アド歓迎』とあれば、文字数の許す限りで多めに入れさせていただきます。特筆されてなければいつも通りに書きます。

ゲームマスターより

ご無沙汰しております。多忙さからシチュノベ等にも参加出来ないまま終わりが見えてきてしまったので、初心に帰ったエピを出させていただきました。
最初に出したエピソードって感慨深いですね。入ってもらえた時の嬉しさだったり、プランを預かった時のわくわくだったり、リザルトを喜んでいただけた時の達成感であったり。
これまで出してきたエピに参加頂いた方、どなたにも多く思い入れがあります。本当に本当にお世話になりました。
らぶてぃめが終わっても、精霊さんと神人さんの歴史はずっと紡がれていくと思っております。そういった未来への思いや、旅路の振り返りを描かせていただければ幸いです。よろしくおねがいします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

信城いつき(レーゲン)

  ※契約直後(記憶喪失中)※アド歓迎

レーゲン…さん
銃は…なんだか怖い。でも慣れなきゃねウインクルムとして戦うんだから

レーゲンにもう不安はないけど
AROAかそれともジェンマは
どうしてこの人に俺を選んだんだろう?
背も小さい、記憶も無い、戦い方も知らない俺を。

俺と出会ったからウインクルムになってオーガと戦わなきゃいけないよね
なんで自分が…戦うのイヤって思った事ない?

そっか…俺も守れるんだみんなを
守れるのはいいな。ここに来てみんな優しくしてくれたから…
あのね俺も頑張る!レーゲンやみんなを守れるように訓練頑張るよ!

ノート:「俺も!」(大きく力強く)
戦いもだけど、レーゲンがずっと笑っていられるようにね


セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)
  アド大歓迎。
参照EP244→257。

今までに関わった人の中ではアイヴァンの事が印象に残っててさ。
環境の激変って色々あるけど、彼の場合コレは大変だ、と依頼の最初で感じた。
任務中での彼の精神的ケアは、いつきさん達ががっつりしてくれるから安心だった。いい仲間が居て良かったよな。
頼りになる仲間の存在はホントありがたいぜ。
感謝してるんだ。

将来的なアイヴァンの生活基盤をどう準備して、彼を助けるか、が重要課題だったけど。
少しでも、彼が未来を得るのに役立てたかな、って思ってる。
生きて行くのは彼自身の努力に寄るけど、現実的に自立する手助けを僅かにでもできたんじゃないかな、ってさ。

アイヴァン、元気にしているかな?


鳥飼(鴉)
  「人の記憶ってたくさんあるんですね」(感心して、ぐるりと首を巡らす
「ここは1階だから、共通の、でしたっけ」鴉さんとは結構一緒にいますし、どの出来事でしょう。

「あ、色が選べるカフェですね!」懐かしいです。
「この頃の鴉さん、僕のこと……なんて言うんでしょう?」
「警戒? 不審? 不思議なものを見るような? そんな感じでした」
「僕みたいな?」(不思議そうに窺う

あの頃に比べたら、ずっと仲良くなれました。
これからも仲良くしていきたいです。
「あの、鴉さん」
「これからも、ウィンクルムが必要じゃなくなっても。仲良くしてくださいね?」(にっこり
「鴉さん?」

「なら大丈夫ですね!」
ノート『これからも思い出をたくさん一緒に』


ユズリノ(シャーマイン)
  1~2階層 契約の思い出

AROAで保護生活送る冬のある日 適応者の報せが来て面会の日
不安で憂鬱な僕の前に現れた精霊は 優しく美しい笑顔で挨拶をしてくれた 見惚れてしまう はっ 僕も挨拶(声が上ずる
契約意思を示してくれたけど こんな素敵な人の人生に僕なんかが割込んでいいのかと迷う

雪像や温かいおまんじゅうにほっこり
この都に来て一番優しい時間に思えた
不安を話す
決まりとはいえいきなり僕を押し付けられたら…迷惑ですよね?
僕の覚悟…?

本部玄関
また来るよと言われて
僕の覚悟なんて全然出来てないけど
彼が行ってしまうのが嫌だったから引き留めて
契約…僕として下さい…(左手出す
ああ…彼はロディさんに印象が似ているんだ…と気付いた



●幸福な人生を

 不安と憂鬱の中、A.R.O.A.で保護生活を送っていた、冬のある日のことだった。
 神人であるユズリノに、適応者――パートナーたり得る精霊の報せが舞い込み、面会の日が訪れたのは。
「ユズリノさんか。……はじめまして」
 挨拶を交わし、手を差し出す精霊の容姿に、その柔らかな雰囲気に。
 一目で、それまでの陰鬱な気持ちは吹き飛ばされてしまった。
(なんて美しい人なんだろう)
 優しく、人好きのしそうな笑顔に、つい挨拶も忘れて見惚れた。
 それと同時に――彼は契約の意思を示してくれたようだけれど、こんな素敵な人の人生に、自分が割り込んでいいのか、と戸惑う。
 きょとんと目を丸くして首を傾げる精霊、シャーマインに気付いて、ハッと我に返った。
「はっ……! はじめましてっ……!」
 慌てて深々と頭を下げるも、緊張から声が変な方向に上ずってしまう。
 恥ずかしさから頭を上げられずに居ると、くすりと小さく笑い声が聞こえて、おそるおそる顔色を伺った。
「初対面だからな。緊張するのも無理はないが……そうだ、タブロスを観光しよう。俺を知って、話を聞いて、それから契約するか決めてくれればいい」
 俺はいつでも、準備できているから。
 包み込むような声音で穏やかに告げられて、安堵の息を吐き出すと共に、よろしくおねがいします、と小さく応えた。

「おいしい……」
 ひとしきり近場を巡ったあと、ハト公園のベンチに座って。
 雪像を鑑賞しつつ湯気の立つあんまんを頬張り、僅かに笑みを零したユズリノに、隣に座るシャーマインは瞳を細める。
 まだまだ少年の面影が濃く残る、儚げな子だと最初思った。
 あまりにも自分と違い過ぎて――けれども、不思議とそれを嫌だとは思わない。
 あんまんを奢ったのだって、別に大した事じゃないのに、大仰に喜んで。
 この都に来て、一番幸せな時間だ、なんて。
(それだけ、不安な日々を送って来たんだろうか……これまで)
 常にオーガから狙われる神人らの不安は、自分達には底知れない。
 守ってあげないと、という、純粋な庇護欲だったように思う――最初に抱いた感覚は。
「あっ……! ご、めんなさい、僕、食べるの遅い、ですよね……」
「え?」
「シャーマインさん、もう自分のぶん食べ終わってて……すぐ終わりますから……っ」
「ああ、いや……」
 突然妙なポイントで謝られてしまって、流石に、幸せそうな顔を見ていたから大丈夫、とはまだ言えない。
 緊張しきりな彼に、どう接していいか迷っていると、あんまんを食べ終えたユズリノが不意に不安を口にした。
「迷惑、ですよね……」
「ん、何が?」
「決まりとはいえ、いきなり、僕なんかを押し付けられたら……」
「……」
 そんな事を気にしていたのか、と言うと、またへこまれてしまいそうだ。
 逡巡して、言葉を選ぶように、自身の思いを言葉にする。
「自分なりに、契約の責任は受け止めてる。俺の両親も現役のウィンクルムでね。凄く仲がいい」
「そう、なんですか……」
「俺とあんたもうまくやれるさ。覚悟が決まらないなら、待つよ」
「僕の、覚悟……」
 神妙な面持ちで、ユズリノは彼の言葉を反芻した。

 本部に戻り別れ際、また来るよ、と手を上げ告げる背中に、思わずユズリノは袖を引いた。
 覚悟なんて全然出来ていないけれど、何も返せていないまま彼が行ってしまうのが嫌で、咄嗟に出た行動だった。
「僕と……契約、してください」
 おずおずと差し出された、左手の甲に。
「喜んで」
 そう気障に告げて、シャーマインは口付けを落とした。

 ――……ああ、彼はロディさんに似ているんだ。

「……誰が、ロディおじさんに似てるって?」
「ひえっ!?」
 一階層で、過去にまつわる本を読み終えたユズリノがふふふと頬を緩めていると、隣のシャーマインが不服そうな声を漏らした。
「そんな風に思われてたなんて……」
「い、いやっ、違うんだよ!? 代わりとか全く同じとかそんな事思ってなくて、そのっ……!」
「……ああ、わかってる。リノの事になると、自制が効かなくてだめだな……」
「シャミィ……」
 今は、彼があの人とは全く違うとはっきり言える。
 それだけ積み重ねてきた思い出たちが、蔵書の数だけ胸の内に眠っているのだから。

 ノートにはシャーマインの筆跡で『おじさんはキューピッドだったと思う事にする』と一筆――さらに一言『今夜寝かさん』とも付け加えられており。
 それを読んだユズリノの、照れやら焦りやらでころころと変化する表情に――本で見た出会いの日の彼を重ねて、幸せを噛み締めるように微笑んだ。


●揺るぎ無い決意の路を

「……彼を、前線に立たせないように?」
「はい。契約で力は得たけれど……二度といつきに、危険な事はさせたくないんです」
 契約に際し、職員に強くそう言っていたのは、神人、信城いつきのパートナーである精霊、レーゲン。
 顕現時に起きたある一つの大きな事件を切欠に、契約直後のいつきは記憶を失っていた。
 瘴気にあてられた愛犬、マシロの暴走と、死別。
 あまりにもショックな出来事から、記憶を閉ざしたいつきにこれ以上、辛い思いをさせたくなくて。
 整備していた銃をそっと隠すように置いて、レーゲンはいつきのもとを訪れた。

「レーゲン……さん」
 たどたどしく名前を呟いた、生気の薄い瞳。
 昔からいつきを知るレーゲンは、その変化に心を痛ませずにいられない。
 困ったように笑って、怯えさせてしまわないよう、ゆっくりと彼の傍へ歩み寄った。
(いつきにとっては、つい最近出会ったばかりの、素性の知れない相手と戦場に出なきゃいけないんだ)
 それがどれほど、怖くて恐ろしい事であるのか――まるで自分事のように、不安がこみ上げる。
 そんなおそれは顔に出さず、つとめて優しく振舞った。
「名前、呼び捨てでいいよ。他人行儀で寂しいから」
「……どうして」
「ん? なに?」
 ぽそりと呟かれた言葉に、レーゲンはしゃがみこんで、目線を合わせる。
(A.R.O.A.――はたまた女神ジェンマは、何故、この人に俺を選んだんだろう)
 いつきはぼんやりと、そんなことを考えていた。
 背も小さい、記憶も無い、戦い方も知らない……こんなにも頼りない自分を。
 穏やかな立ち振る舞いと雰囲気に、不安はすっかり取り除かれたけれど、降って湧いた疑心は消えない。
「レーゲン……は。俺と出会ったから、ウインクルムになって。オーガと戦わなきゃいけないんだよね」
「うん。そうなるね」
「なんで自分が、って……戦うのがイヤだって、思った事はないの?」
 純粋に、まじりっけのない瞳で問うてくる無垢な少年に。
 まっすぐ瞳を見つめ返して、レーゲンは断言した。
「嫌とは思ってないよ、むしろ良かったと思ってる」
 力を持たず、あの痛ましい事件のとき。
 いつきだけでなく――大事な彼の家族すら守りきれなかったあの時と今は、違う。
「今度こそ、守れるから」
 まるで過去にも、同じような事件を経験したかのような言葉を、神妙な面持ちで告げるレーゲン。その、優しくも強い、新緑色に。
 理由なんて分からないけれど、勇気付けられるように、ほんのり暖かくなる胸の内を、いつきは感じていた。
「だから、いつきは後方に……」
「……そっか。俺も守れるんだ。みんなを」
「えっ……あの、いつき?」
 後方に下がってて、と言いかけた言葉を遮られたレーゲンは、彼の言葉に瞳を見開く。
「守れるのは……うん、いいな。ここに来て、ウィンクルムの人たちも本部の人たちも、皆優しくしてくれたから……」
「いっ、いや、そうじゃなくて……」
「あのね、俺も頑張る! レーゲンや、俺と同じように苦しむ人たちを守れるように……訓練、頑張るよ!」
「…………」
 まずいスイッチが入ってしまった。
 いつきの性格なら、こうなることくらい見越せていたはずなのに。
 彼に武器を持たせたくなかった。二度も辛い思いをさせたくなくて。
 あの時守られてしまった代わりに、せめてこれからはマシロのぶんまで、守らせてほしかった。
 けれど――記憶を失ってなお、いつきの強い心根はまったく変わらない。

『銃は……なんだか怖い。でも慣れなきゃね。ウィンクルムとして戦うんだから』

 無意識に思い出すからなのだろうか。
 契約の際、震える手で、銃を……閉ざした記憶を刺激しないようにと、遠ざけていた武器に触れた、あの彼が。
 今は強い瞳で、誰かを守りたい、と宣言している。
 その変化を、大事に見守っていこうと、その日レーゲンも心に決めた。

「懐かしいなぁ、ふふ。レーゲン、昔もこの頃も今も、全然変わってないや」
「はは……今思うと、ちょっと過保護で恥ずかしいかな……」
 本を読み終えて、遠くない過去を思い返して微笑むいつきに、レーゲンはほんの少し照れの混じった苦笑いを返す。
 あれから、もっとずっと彼は強くなった。
 無事記憶が戻って、想いを告げあって。二人の立ち位置はあの頃とまったく違うものに変化した。
 守る者と守られる者、今は決してそれだけの関係じゃない。それでも、レーゲンの志はきっとこの先もずっと変わらないだろう。
『これからも、ずっと守り続けるよ』
 ノートには一筆、丁寧な文字で綴られて。
『うん、俺も!』
 応えるような言葉が、大きく力強い筆跡で、すぐ隣に並びあっていた。


●永久の光であれ

 二階層で手にし、二人が開いた重く分厚い冊子には、表題に大きく『彼』の名が刻まれていた。

「これ、あの時の……」
 ふと目についた本を手に取ったのは精霊であるラキア・ジェイドバイン。
 パートナーである神人、セイリュー・グラシアもまた、記憶に深く刻まれた子供のことを思い起こした。
「アイヴァンの、救出依頼と……その後、A.R.O.A.に、彼の今後を改めて頼みに行った時の話だね」
「……ああ、そっかぁ。懐かしいな。すごく印象に残ってた……いや」
 印象深い事件でもあり、どれほど時が経っても――否、年月を経るほどに。
 子供が大人へと成長するほど、多感な時を重ねるほど……あの時助けた少年が、今どのように過ごしているのかと、気にかけてしまうのだ。

 アイヴァン・デガーモ。運命の悪戯に翻弄された、哀れな少年の話。
 セイリューとラキアの両者はずっと、彼の行く末を案じて来た。
 日常のふとした瞬間にも、今どうしてるだろうなぁ、なんて話したりもするけれど。
 どんなに身を案じたところで、未来は彼自身が切り拓いていくしかないと理解していて。
 何よりそれは、セイリューとラキアの二人がオーガに関わる者達であるからこそ、身にしみている現実であり。
 A.R.O.A.に身を寄せるという選択の、後押しをした責任があるからこそ、心配になる。

「環境の激変って色々あるけど、アイヴァンの場合、コレは大変だ、って最初の依頼で感じてた」
「そうだね……生活のあれこれを身に付けるのは、大変だったんじゃないかなぁ」
 親や家の庇護を離れて、いきなり世間に放り出される形になるのだ。
 彼がこれから生きていく為には、必要以上の困難が付き纏うのだろうと、未来を今も憂うラキアに、セイリューは頷く。

 任務中のアイヴァンの精神的なケアは、いつき達がしっかりと担当してくれたから安心だった。
 頼もしい仲間達に恵まれた、と、あの一件を組んだチームには心底感謝している。
 けれども護送して終わり、という訳ではなく、むしろ解決した後からが、アイヴァンにとってはスタートラインだったのだ。

「将来的なアイヴァンの生活基盤をどう準備して、支えていくか、が重要課題だったけど……少しでも、彼が未来を得るのに役立てたかな、って思ってる」
 生きていくために必要な意思は彼自身の努力に寄るものでも、現実的に自立する手助けを、僅かにでも出来たのではないかと、セイリューは思う。
「……セイリューがあの時、本部に掛け合ってくれた――それ以上の事は、きっと出来なかったと思うよ。みんなで沢山考えて……よりよい形に落ち着いて、本当に良かった」
 彼は本当に頼もしいパートナーだ、とラキアは思う。
 行動力も、力もあって、何よりそれを必ず実現してみせるという折れない意志がある。
 君と居ると、どんな危機でも絶対に助けてくれる――そう、心から感じて。
 アイヴァン元気にしてるかなぁ、とぼやく横顔を見つめて、隣に立つパートナーの強い存在感に、これまで以上に感謝していた、そんな折。

「……『デガーモ家』の騒動ですか?」

 背後からそっとかけられた声に、二人は振り返る。
 館の主である老紳士が、一冊の本を手に立っていた。
「ご存知、なんですか……?」
「……失敬。盗み聞くつもりはありませんでしたが……以前、ここを訪れたディアボロの少年が、何やら申していた事と共通しているように思えまして」
「アイヴァンが、ここに来たのか?」
 老紳士はそこに佇み、本を開くこともなく、微笑むだけだ。その沈黙は、否定とも肯定とも取れる。
 けれども、このタイミングで姿を現したと言う事は、つまりそういうことなのだ。
「……お名前や、傍らにいらっしゃる方との関係性など、私達は一切干渉いたしません。無論、外部に漏らす事も本来はタブーです。しかし……その少年が、あまりにも我侭――執拗に、乞うので」
 老紳士は言った。随分と我の強い、勝気な少年であったと。
 けれどもけして礼儀は失さず、出来る事なら、と前置きして、伝言を頼まれたと。
 老紳士が『図書館ノート』の真ん中あたりを一枚捲ると、そこには一言こう綴られていた。

『僕を救ってくれた、誇らしい八人の戦士達にまたどこかで会えたら、今度は一緒に戦いたい。元気にやっているよと、そう伝えて』

 ――サインも何もない、その一言が本当にアイヴァンのものであるかは、老紳士にもきっとわからない。
 それでも、ラキアとセイリューは互いに顔を合わせて、微笑みあった。


●悔いなき選択を

「人の記憶ってたくさんあるんですね」
 ほう、と感心して、ぐるりと首を巡らせるのは神人、鳥飼。
 パートナーである精霊、鴉も「どういった単位で分けられているのでしょうか」と口先だけ合わせつつ。
(辛い思い出も、ましてや私の過去など。読ませる必要は無い)
 内心、そんな風に思いながら。
「さて、この辺りは何が」
 好奇心に見せかけて、目に付いた本を一冊手に取った。

「ここは一階だから、共通の、でしたっけ」
 どの出来事でしょう、と、鴉の開いた本を覗き込むように、鳥飼が傍へ歩み寄る。
 彼との付き合いも、これで結構長くなる。
 謎が多くミステリアスな彼は、いつも飄々とあしらうばかりで、まだまだ知らないことが多い。
 それでも、共にした思い出は共有出来る。
 そんな歴史の一ページが紙面に浮かび、鳥飼はぱっと表情をほころばせた。
「あ、色が選べるカフェですね!」
 懐かしいです、と楽しそうにページを捲る彼に、そんなこともありましたね、と鴉もまた意識を傾けた。
 スノーウッドの森に佇むカフェで、選んだ色に応じたスイーツを振舞ってもらい、二人で舌鼓を打った。
 その時の、今よりもずっと謎多き人であった鴉を思い起こして、うーん、と鳥飼は思考する。
「この頃の鴉さん、僕のことを……なんて言うんでしょう?」
「はあ。印象の話でしょうか」
「はい。うーんと……警戒? 不審? 不思議なものを見るような……そんな感じで見てた気がします」
 鳥飼の感覚に、鴉は瞳を静かに瞬かせる。
 無意識にやっているのだろうが――なかなか、他人を観察する彼の勘は鋭いように思う。
 けれども本人は無自覚に、他意がある風でもなくさらりと言ってのけるから、嫌な気持ちはしない。
「……ええ。主殿ような方には、初めて会いましたから」
 不意に、あの頃の二人を思い起こして、鴉は瞳を伏せ、小さく口角を上げて答えた。
 僕みたいな? 首を傾げる鳥飼に、もう一度「はい。主殿のような」と同じ答えを反芻する。
(お人好しで、見返りを求めない。未知の人でした)
 そんな風に思いつつ、口には出さない、ひねくれやな性格は自負している。
 それでも――余計な言葉なんてなくても、ただ隣に居て自分らしくしているだけで、鳥飼は笑っていてくれる。
 無償のぬくもりを添えてくれる、そんな人。
「……あの頃に比べたら、ずっと仲良くなれました」
 本を一冊読み終えたところで、呟かれた鳥飼の言葉に、鴉は視線だけを返す。
「あの、鴉さん」
「はい?」
「これからも。……ウィンクルムが必要じゃない世界に変わっても。仲良くしてくださいね?」
 にこりと微笑み、手を差し出す鳥飼に、少しだけ鴉は考える。
 契約の義務があったから、A.R.O.A.に連れてこられたから。
 そんな建前を必要としなくなる世界になっても。
(私が、これから先も、主殿の隣に?)
 それは一体、どんな形の二人なのだろう。
 守るべきもの、守られるべきもの……役割が消えたとき、鳥飼と自分の関係は、一体どう変化していくのだろうか。
「鴉さん?」
 黙ってしまった精霊に、鳥飼はきょとりと首を傾げる。
 まるで、差し出した手を取ってもらえるのが当たり前というような。
 そんな神人の表情を見ていたら、疑問だとか不安だとかは、どこかへ吹き飛んでしまった。
「……いえ、今後とも。主殿次第というだけですよ」
 それだけ告げて、手を握り返した鴉に、鳥飼はまたぱっと表情に花を咲かせた。
 出会ったときよりも、互いに向ける笑顔が増えたのは、決して鴉だけではないだろう。
「なら大丈夫ですね!」
「自信がおありのようで」
「はい。鴉さんのこと、これからもずっと、たくさん知って行きたいですから!」
 あの日、カフェで同じように、もう少し鴉の事を知りたい、と言った鳥飼に。
 一緒に居るだけでも嬉しい、なんて台詞に、思わず言葉を失った自分。

 なんだか、あの時呆けてしまった自分の姿が無性におかしくなってしまって、訝しげに首を傾げる鳥飼の隣で、鴉は一人含み笑いを漏らしていた。

 ノートには、鳥飼の筆跡で『これからも思い出をたくさん一緒に』と。
 鴉は、鳥飼の書いた一文から少し間を空けて『この文を見たあなたも、悔いのない選択を』と書き残した。
(……私が見知らぬ誰かにお節介とは)
 決してうわべではなく、心から出た言葉に、ひっそりと自嘲を浮かべる。
 出会った当初には考えられなかった、こんな奇妙な変化はきっと、隣に立つパートナーのせいだ。
 それでも今は、彼の隣を歩み続ける自分の選択が、間違ってはいないと信じて。




依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 梅都鈴里
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ビギナー
シンパシー 使用可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 07月29日
出発日 08月05日 00:00
予定納品日 08月15日

参加者

会議室

  • [4]鳥飼

    2018/08/04-21:10 

    鳥飼と、鴉さんです。よろしくお願いしますね。

    記憶と思い出の図書館……。こうして見ると、結構な数なんですね。(棚を見上げる

  • [3]信城いつき

    2018/08/04-20:49 

  • [2]ユズリノ

    2018/08/04-14:20 

    ユズリノとパートナーのシャーマインです。
    よろしくお願いします。

    不思議な所だね…。
    (何となく目についた本を手に取る)


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