いつかの『未来』の話(白羽瀬 理宇 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

ある晴れた日の午後、あなたはパートナーと共に公園を訪れていた。
すると……

――ポン!――

不意に足元にボールが1つ転がってきた。
一見すると、両手で持てるくらいの大きさの普通のゴムボールだ。
しかしその色合いは銀色というか虹色というか。
シャボン玉が不透明になったらこんな色なのではないかと思わせる
どこか不思議な色をしている。

「何かしら?」

あなたとパートナーがボールを拾うと。

「あ、ありがとー!」

軽やかな足音と共に子供の声が聞こえた。
きっとボールの持ち主なのだろう。
顔を上げてみれば、頬を紅潮させ、息を切らせながら一人の子供が走ってくる。
駆けてきた子供にボールを渡そうとして、あなたはふと気づく。

あれ?この子……どこかで見たことが?

それは目の色か、それとも顔の色か?
いやそれだけではない、顔の形そのものか……?
この顔、どこかで見たことがある。
驚くあなた達。
そうして『誰か』に似た面差しの子供が、あなた達が持つ不思議な色のボールに触れた瞬間――
世界が真っ白な光に包まれた。



そうして今、あなた達は『未来』にいる。
何年先かは分からない。
数年後か、あるいは数十年後か。
どこかの『未来』をあなた達は生きている。
もしかしたら、さっきの子供があなた達の側を走り回っているかもしれない。
そう、これは不思議なボールが見せた一瞬の幻惑。
現実ではない夢の世界。
それは、いつのどんな日の話になるのだろう?

解説

現在の地点よりも先の未来のお話です。
全てのコトが済んだ、その後のお話。
いつかの未来の、とある日を描きます。
幻惑の中で見る夢のお話なので、必ずしもこの通りになるわけではありませんが、
いわゆる「こうして2人は幸せに暮らしましたとさ……」のお話です。
数年後でもいいですし、数十年後に2人がおじいちゃん、おばあちゃんでもいいですね。
その日はどんな日でしょうか?
結婚記念日?子供の誕生日?あるいはパートナーを見送る日?
そんな未来のお話を教えてください。

描写するのは夢の中だけですが、
夢が終わったら、子供にお菓子をあげて別れますので
【一律300Jr】消費といたします。

ゲームマスターより

お久しぶりです。
最後にエピを出してから1年半ぶり……ですね(汗)
月日の経つのは早いものです。

さてまあ色々とございますが
一種の「エピローグ」的なお話もアリかと思いまして、未来の様子を覗きに行こうと思います。
どんな未来を見せてくれるのか、
みなさまのプランを楽しみにしています。
どうぞよろしくお願いします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

リチェルカーレ(シリウス)

  小さな女の子を抱いて上を見上げている
見上げる程に高い木 風に飛んだ娘のリボンを取りに行ったシリウスを探す
シリウス 大丈夫かしら…
あぁ、フィリア 泣かないで
お父さん、すぐに来るからね
ぐずり始めたフィリアをあやし 笑顔を向ける
シリウスと同じ 柔らかな黒髪を撫で
かさりと木の葉の揺れる音に 頭上に視線を
シリウス?見つかった?

軽々と飛び降りてきた彼に フィリアが手を伸ばす
とおたん たい?
舌たらずな口調で 痛くない?と尋ねるフィリアを抱きしめて
困ったようにシリウスが笑う

笑うのが苦手で 
手を伸ばすのも 伸ばされた手を握るのも戸惑っていた彼
そんなシリウスの柔らかな笑顔

もっと笑って
あなたが笑ってくれたら わたしたちも笑顔になるの  


かのん(天藍)
  急に顔を上げ、お父さん帰ってきた!と門扉に向かう息子
言われて外を覗けば幾分離れた所に見慣れた姿
耳が良いのか勘が鋭いのか、幼くても精霊なんですね

天藍が、こちらに気付いて手を振り替えして早足になる様子に嬉しくなる

おかえりなさい、天藍
自分で育ててみたいと言うから、向日葵の種をまいたのよね
今日の出来事を話している2人の様子に笑みが浮かぶ

長靴の中にも土が入っていると思うんです、家に上がる前に見て貰えますか
天藍にこっそり耳打ち
しゃがんでスコップですくった土が長靴の隙間から入るところを目撃したので

洗濯しておきますから、汚れ物まとめておいてくださいね
そうと決まればと競争しながら家に向かう2人の背中に声をかける


日向 悠夜(降矢 弓弦)
  ◆娘が私達へ婚約者を紹介しに来る春の日

弓弦さん今日は朝から随分と落ち着かないね
私だって緊張しているよ?自分より慌てている人が居るからかな

落ち着けない弓弦さんの正面に立って手を取り語りかけるよ
大丈夫、大丈夫だよ
あの子は弓弦さんに似て聡明な子だし、人を見る目は確かだよ
ちょっとお寝坊さんな所もそっくり

あの子なら大丈夫
それは私達が一番よく知っているでしょう?
それに、何かあってもこの家は、私達はあの子が帰ってこられる場所だから
…でも弓弦さん、門出はもうちょっと先だと思うな?

さて、そろそろ来る時間じゃないかな?
インターフォンが鳴ったら二人で玄関へ迎えに行こっか
おかえりなさい、朝日
いらっしゃい、待っていたよ


八神 伊万里(アスカ・ベルウィレッジ)
  十年後のある春の朝
キッチンを片付けていると、リビングから女の子の怒声が聞こえる

「もー、おとうさん!わたしのもちもののなまえはカタカナでかいてって言ったでしょ!」
「ふつうは美月をディアナなんて読まないんだからね!」
会話を聞いて思わずくすりと笑う
顔は私に似てるけど、気が強い所はアスカ君似かも…

でもやっぱりあの名前はちょっとまずかった、自分で出しに行けばよかった
おっと、そろそろ止めに行かないと

はい、そこまで
ごめんねディアナ、今改名の手続きをしているところだから
もう少しだけ待ってね
お父さんも反省して…え?
弟か妹?ほ、欲しいの?
えーっと、どうしましょうか…
頷く娘を挟んで顔を赤くしてアスカ君を見る


水田 茉莉花(八月一日 智)
  あ、さとるさん…外が明るいってことは、もう朝なのかな?

うん、お疲れ様で良いかもしれない
終わったあと、あたし気を失っちゃったみたいだし
泣き声聞いたら安心しちゃった…あ、産まれるまで側に居てくれてありがとう

そうだ、結局どっちか確認しなかった
検査では女の子の確立高いって言われてたけど…

うふふ、元気に泣いてる
あの子は?待ち疲れて倒れてたりは…

たしか産まれる前から女の子っぽい服やラトルを見てたものね
早く遊んであげたいんだろうな

ん、大丈夫
すぐに歩くようには言われてたし
それに…ついてきてくれるでしょ、さとるさん

お父さんムーチューバーになるんですもんね
そんなオファーも来るかもですよ?
…それ自分で試すんですか?


■「娘さんを僕に……!」の日

 見えてきたのは、いわゆる日本家屋といわれる建物。
場所はタブロスの街外れだろうか。
窓辺や庭には多くの猫が思い思いにくつろいでいるのが見える。
「にゃん……」
 そのうちの1匹。縁側で寝転んでいた三毛猫の横を飼い主の足がかすめる。
しかし飼い主である降矢 弓弦は、それに気づいた様子もなく足を進める。
まるで大きな猫のように所在なく歩き回る弓弦の様子に日向 悠夜が笑いながら声をかけた。
「弓弦さん今日は朝から随分と落ち着かないね」
「いやいや落ち着いてられると思うかい……?」
 何しろ今日は2人の愛娘が婚約者を連れて来るというのだ。
手塩にかけた愛の結晶が巣立っていく予感。
幸福感と寂しさが混ざり合う不思議な感覚が、どうしても弓弦の心を揺らすのである。
「私だって緊張しているよ?」
 一見落ち着いてみえる悠夜が笑う。
それでも悠夜が平静を保っていられるのは、きっと自分より慌てている存在が眼の前に居るからだろう。
辛いときも楽しいときも、共に歩んできた大切なパートナー。
ならば、この動揺も一緒に乗り越えていきたい。

 弓弦の正面に回り込み、悠夜は弓弦の顔を見上げた。
「あの子なら大丈夫。それは私達が一番よく知っているでしょう?」
 悠夜は弓弦の手を取り、それを胸の前で己の手で包み込む。
「あの子は弓弦さんに似て聡明な子だし、人を見る目は確かだよ」
 目の周りには年齢相応のシワが刻まれているものの、若かりし頃と変わらぬ意志の強さを弓弦は悠夜の瞳に見た。
その光が浮足立った弓弦の心をすっと落ち着かせたようだ。
「そうだね、あの子は悠夜さんに似て懐が広く、芯の強い子だ」
 そうして弓弦は、取り乱していた自分を恥じるように照れ笑いを浮かべる。
「敵わないなぁ、悠夜さんには」
 どうやら目的は果たせたようだ。
弓弦の手を放し、悠夜はニヤッと笑って言う。
「ちょっとお寝坊さんな所もそっくり」
 まるで鏡のように同じ表情を浮かべて弓弦が返す。
「食いしん坊な所も悠夜さんにそっくりさ」

 先程までの所在ない足取りとは違う、落ち着いた足取りで縁側に向かう弓弦。
その向こうには、庭の桜の木が今が盛りと咲き誇っている。
ごくごく自然な仕草で弓弦に並んだ悠夜が桜を眺めながら言う。
「この家は、私達は、何かあってもあの子がいつでも帰ってこられる場所だから……」
 桜の花びらが舞い散る、穏やかな庭の景色。
過ぎてきた賑やかな日々が思い起こされる。
「寂しくはあるが、大切なあの子の門出だ。応援してあげないといけないね」
 しんみりとした弓弦の言葉が胸に染み込みかけ……ふと悠夜は首を傾げた。
「でも弓弦さん、門出はもうちょっと先だと思うな?」
「そ、そうだったね……まだ挨拶の段階だった」
 悠夜のおかげで弓弦も落ち着いたように思えたが、やはりまだ少し浮足立っていたようだ。
はぁ……とため息をつきつつ弓弦は思う。
(この段階でこの動揺ならば、本当の門出では僕はどうなってしまうんだ……?)
結婚式の衣装など見せられたら大号泣してしまうのではなかろうか……。
それもそれで幸せな家族の姿だが、当事者としては心穏やかではおれぬ弓弦である。

ピーンポーン! とインターフォンが鳴る。
ビクっと背中を揺らす弓弦。
悠夜と弓弦2人の目が合って、ついさっきのやり取りを思い出し、そして2人で微笑み合った。
私達は大丈夫。愛娘も大丈夫。
玄関に向かう悠夜と弓弦。
「おかえりなさい、朝日」
 悠夜が愛娘を呼べば、その隣の青年がぎこちない様子で頭を下げる。
「いらっしゃい、待っていたよ」
 笑顔で青年に挨拶する悠夜。
その視線が傍らの弓弦に向かう。
いつもと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべ、弓弦が言った。
「おかえり、そしていらっしゃい」

まるで霧が晴れるように消える夢。
悠夜と弓弦は顔を見合わせ、互いの表情から2人が同じ幻想を見たことを悟った。



■無邪気な爆弾

 見えてきたのはとある家の屋内。
リビングのソファーには、穏やかな表情で新聞をめくるアスカ・ベルウィレッジ。
キッチンからは八神 伊万里が食器類を片付けるカチャカチャという音が聞こえてくる。
通気のために開けられた窓から、風に乗って舞い込む桜の花びらが一枚。
新学期の季節だ。

 バタバタ……! バタン!
朝食後の静かな空気をぶち破るのは、小さな足音。
黒髪に碧い目の可愛らしい少女がリビングに飛び込んできたのだ。
「もー、おとうさん!わたしの持ち物の名前はカタカナでかいてって言ったでしょ!」
 少女の手には学校で使うノート。
どうやら入学式で支給されたノートに書かれた名前に対する抗議のようだ。
幼い声ながらもハキハキとした物言いが、しっかり者の伊万里の性質をよく受け継いでいる。
「だって仕方ないだろ。美月もディアナもどっちもぴったりで選べなかったんだ」
そう。伊万里とアスカの容姿を受け継ぐこの少女の名は「美月」と書いて「ディアナ」と読むのだ。
「お父さんにとってお前は美しい月の女神様だぞ」
 ちょっとキラリと光る名前の由縁をアスカはそう主張するが、
だからといって漢字の読みが変わるわけでもない。
「ふつうは美月をディアナなんて読まないんだからね!」
 ええ、おっしゃる通り。ふつうは「みづき」と読むでしょう。
「……ごめんなさい、嬉しすぎてハイになったまま届けを出してすいませんでした」
 愛する娘に叱られて、アスカがシュンと耳を伏せる。
「はい、そこまで」
 割って入たのは伊万里だった。
この名前のまずさは理解しつつも、そろそろ父娘喧嘩の止め時だと感じたのだろう。
娘が産まれた喜びにハイになっているアスカに任せずに、伊万里が自分で出生届を出しにいくべきだった。
とはいえ、産後すぐの身体ではそれも難しいので、一番はアスカが冷静になってくれることだったが。
キッチンから出てきた伊万里は濡れた手を拭きながら屈み、娘と視線を合わせて言う。
「ごめんねディアナ、今改名の手続きをしているところだから。もう少しだけ待ってね」
「もう……!」
 はぁ……とため息をつく愛娘。
やっと落ち着いたかと思ったが、次の瞬間。
「弟か妹ができたら、わたしが名前つけるから!おとうさんはつけないでね!」
 ギョッとするアスカ。
仲睦まじい夫婦のこと、そういうことがあっても不自然ではないが
今はまだだと考え、それなりに振る舞っていたはずだが……。
アスカは思わず伊万里のお腹を見て、それから顔を見た。
「弟か妹?」
 しかし伊万里のほうもアスカ同様面食らっているところを見ると、
何か変化があったわけでは、まだないようだ。
ほっと息を吐き出すアスカ。
その視線の先では伊万里が愛娘に訊ねている。
「弟か妹……ほ、欲しいの?」
「うん!!!」
 元気よく答える娘。
「えーっと、どうしましょうか……」
 つまりその、娘の希望に応えるためにはアレがソレでナニな訳で。
仲は良いので別に全く構わないのですが……うん。
思わず顔を赤くしつつ訊ねる伊万里。
よろしいのでしょうか? ええ、よろしいと思います。
答える代わりにアスカは愛娘の頭を撫でてこう言った。
「よし分かった、名前は頼んだぞ!」
 その言葉にぱぁっと花が咲くような笑顔を見せる愛娘。
まだこの娘は、赤ちゃんはコウノトリさんが運んでくると信じているに違いない。

 パッと電気が消えるように幻想が消える。
思わず顔を見合わせる伊万里とアスカ。
「……っ!!」
「ぁ……!!」
 2人の顔が一瞬で完熟トマトの色になった。



■幸せの化身は土まみれ

 見えてきたのは家。
10年近く前に他界したかのんの両親が遺し、今はかのんと天藍が住む家。
今とあまり変わらない光景。
しかし周囲の樹木は今よりもほんの少し大きくなっているように見える。

「そうそう、そうやって土のお布団をかけてあげてね……」
 かのんが優しく話しかけるのは、幼稚園生くらいの男児。
小さな手でスコップを持ち、土の上の小さな穴に土を乗せている。
「あ……」
 ふと手を止めて顔を上げた少年。
「お父さん帰ってきた!」
 残りの穴はそのままに、スコップを握りしめたまま門扉に向かって走っていく。
「あらあら……」
 困ったような、それでいて愛おしそうな笑みを浮かべて残った穴に手で土をかぶせ、かのんは立ち上がる。
塀の外を覗けば、まだだいぶ離れたところを歩いてくる天藍の姿が見えた。
これほど遠いのに天藍の気配が分かるというのは、耳が良いのか勘が鋭いのか。
「お父さーん!」
 少年の声が聞こえたのか、それともやはり気配を感じたのか。
ふと顔を上げ、こちらの姿に気づいた天藍が手を振り返し、歩みを早める。
愛情溢れるその様子に、かのんの胸がじんわりと温かくなった。

「お父さんおかえりー」
 土がついたままのスコップを持った手を振り、少年が天藍を迎える。
「ただいま」
 かのんと天藍によく似た、黒色の頭を撫でればザラリとした感触が天藍の手に伝わる。
見下ろしてみれば、少年の頬にも服にも泥がつき、なかなかにいい汚れ具合だ。
今日もいい子にしていたかなどと話していれば、道具を片付けていたらしいかのんが天藍を出迎える。
「おかえりなさい、天藍」
 その頬に軽くキスをして天藍は答えた。
「ただいま、かのん」
 2人の足元では、少年が今日のできごとを一生懸命に天藍に伝えている。
「母さんの手伝いしてたのか?」
 おおよその内容を把握した天藍が少年に訊ねれば、少年はそうだと言って胸を張った。
どちらかといえばかのんの方が手伝っていたのだろうが、それはそれで微笑ましい。
「自分で育ててみたいと言うから、向日葵の種をまいたのよね」
 かのんが指し示すのは、先程まで少年とかのんが作業をしていた花壇。
きっと夏には見事な大輪の花を咲かせるのだろう。
天藍がそんなことを考えていれば、愛息子のちいさな手が天藍の荷物に触れる。
「これなーに?」
「ん? 鳥の餌台を作ろうかって話をしてただろう?その材料だ」
「ほんと! ぼくも作る、手伝う!」
 元気のよい声が愛おしい。
手伝うというか、どちらかというとかえって手間がかかる結果は目に見えるのだが
かのんがこの子と一緒に向日葵を植えていた気持ちがよく分かる。
グリグリと男親ならではの力で息子の頭を撫で、天藍は言った。
「でもその前に、泥汚れ落とした方が良くないか?」
「うん?」
「よし、父さんも仕事で汗掻いてきたから、まず俺達は風呂だ」
「お風呂! いっしょに入る!」
 さっそく家の中に向かおうと、天藍の手を引く少年。
歩き出す天藍に、かのんがそっと耳打ちをする。
「長靴の中にも土が入っていると思うんです、家に上がる前に見て貰えますか?」
どういうことかと、かのんを見返す天藍にかのんが優しい苦笑を浮かべる。
「スコップですくった土が長靴の隙間から入るところを目撃したので」
 ああなるほど。
その時の様子が目に浮かび、天藍は思わず笑みを浮かべた。
小さな子供、特に男の子というのは、とかくそんなものだ。
お風呂へと急ぐ愛息子を天藍が追いかけ、それに反応した息子が抜かされまいとさらに急ぐ。
「洗濯しておきますから、汚れ物まとめておいてくださいね」
 大小二人分の汚れ物。
それもまたかのんにとっての幸せの証なのだ。

 パチンとシャボン玉が割れるように幻影が消える。
幸せな気持ちの名残を共有するように、かのんと天藍は顔を見合わせて微笑みあった。



■ハッピー・ニュー・ベイビー

 見えてきたのは白い病室。
「あ、さとるさん……」
 ベットの中でモゾリと身動きして目を覚ましたのは水田 茉莉花。
「外が明るいってことは、もう朝なのかな?」
「おはよう、お疲れ様……ってゆーべきなんだろーかこの状況って」
 ベットを覗き込み、茉莉花の問いに答えるのは八月一日 智だ。
「うん、お疲れ様で良いかもしれない」
 ほぅっと息を吐き出しながら、茉莉花は言う。
なぜなら茉莉花は、この夜の間に1つの大仕事をやり遂げたからだ。
「……泣き声聞いたら安心しちゃった」
 それは、出産。
無事に産まれてきた証とも言える産声を聞いた直後、
茉莉花はそれまでの疲労もあり、まるで気を失うように眠り込んでしまったのだ。
「産まれるまで側に居てくれてありがとう」
「あうんまぁ、おれがしたことが役に立ってンならうれしい」
 女性が出産に臨む際、パートナーができることはあまり多くない。
せいぜい智のように水やゼリー飲料を差し出すことくらいだ。
それでも、そばにパートナーがいるという安心感、気兼ねなく雑用を頼めること、
そして何よりも「この人との子供を産むのだ」という気持ちが、茉莉花に力を与えてくれた。

「そうだ、結局どっちか確認しなかった……」
 検査では女の子の確率が高いとは言われていたものの、実際に確認する前に眠ってしまった茉莉花。
訊ねてみると智が答えた。
「んと、無かったから女のコです」
 横になっている茉莉花に見やすい角度で、自分のスマホを差し出す智。
「色々撮ってあるぜ」
 そこでは産まれたての2人の娘が元気な産声を上げている。
「うふふ、元気に泣いてる」
 2人はしばらくスマホを眺めながら幸せな感慨に浸っていたが、茉莉花がふと別の懸念事項に思い至った。
「あの子は?待ち疲れて倒れてたりは……」
 あの子とは、茉莉花と智の1人目の子供。昨晩産まれた女の子の兄にあたる存在だ。
「チビ助はガラス張りのあの部屋から動かないぜ。『ぼくの妹だー』ってそればっかり」
 新生児室の窓に張り付くわが子の様子が鮮明に想像でき、茉莉花は少し笑う。
「早く遊んであげたいんだろうな。産まれる前から女の子っぽい服やラトルを見てたものね」
「それな」
 両親を上回る勢いで、新しく産まれる子のグッズを見て回っていた上の子。
あまりの熱の入れっぷりに、財布が悲鳴を上げる寸前だったと智はぼやく。
「まぁ、まりかが入院してる間にベッドとかの大物の組みたて、手伝ってくれたのはありがてーけどな」
 ついこの間産まれたばかりのような気もしていたのに、
いつの間にか、そんなことができるほどまで成長していたらしい。
そんな感慨にふけっていると、新生児室からのコールが入った。
「おっと、ミルクの時間か」
 出産後の入院は、思っているほど暇じゃない。次から次へとやることがあるのだ。
まだ疲れの残る身体をぎこちなく起こす茉莉花と、それを気遣う智。
「歩けるか、まりか?」
「ん、大丈夫。すぐに歩くようには言われてたし」
 立ち上がり、新生児室に足を向けながら茉莉花は言う。
「それに……ついてきてくれるでしょ、さとるさん」
「あ、んまぁ。ミルクやれねぇと職場の後輩に威張れねぇし、宣伝用動画のネタにも出来ねぇ」
 智の言葉に茉莉花がクスリと笑う。
「お父さんムーチューバーになるんですもんね」
 動画配信を行うムーチューバー。
子持ちのムーチューバーともなれば、子供に関する動画のオファーも来るかもしれない。
そんなことを茉莉花が言えば、智は目をキラリと輝かせて答えた。
「【おむつ比べてみた】とか【おしりふき試してみた】とか良いよな!」
 悪くはない。
しかし、赤ちゃんに使い心地を評価として述べられるわけもない。

 夢から覚めるように幻影が消える。
「おむつとか、おしりふきとか、それ自分で試すんですか?」
 幻影は終わったというのに、思わず智にそう訊ねる茉莉花。
想像された寒い絵面に、2人は同時に身を震わせた。



■穏やかな微笑み

 見えてきたのは野原に立つ1本の大きな木。
その根本には、まだ若い夫婦と1人の少女。
きっと散歩かピクニックでもしていたのだろう。
と、その時だ。
いたずらな不意の強風が一吹き。
少女の髪のリボンが飛ばされ、空に舞う。
少女が手を伸ばし、次いで父親が手を伸ばすが届かない。
そうして少女のリボンは彼らの元を離れ、どこかへ行ってしまった。

「あーーーん!!」
 わっと泣き出してしまった少女を慌てて抱き上げる母、リチェルカーレ。
「あぁ、フィリア 泣かないで」
 父であるシリウスも、リチェルカーレに抱かれた少女の背中を撫で、何とか宥めようと必死だ。
「どこへ行ったのかしら……」
 2人で少女をあやしつつリボンの行方を探す。
程なくしてリチェルカーレが、木のてっぺん近くの細い枝にリボンが絡んでいるのを見つけた。
「大丈夫!お母さんが取ってきてあげる」
 握りこぶしで宣言するリチェルカーレ。
シリウスと、リチェルカーレの腕の中の少女が同時に目を丸くする。
「かあたん のぼる?」
 まだまだ幼い少女だが、思うところはシリウスと同じだったのだろう。
どこか不安そうな表情を浮かべて訊ねる様子に、シリウスはこっそりとため息をついた。
「……父さんが取ってくるから待ってろ」
 ガーンという表情をするリチェルカーレ。ほっとした表情をする少女。
2人を残し、シリウスは黙々と木を登りはじめた。

「シリウス 大丈夫かしら……」
 少女を抱いたまま木を見上げ呟くリチェルカーレ。
思ったより時間がかかっていることに不安を覚えたのか、腕の中の少女が再びグズり出す。
「お父さん、すぐに来るからね」
 笑顔を向け、シリウスと同じ黒髪を優しく撫でてやれば、少女は少し落ち着きを取り戻した。
なだめるようにゆっくりと身体を揺らすリチェルカーレ。
そうして母娘で待つことしばし、木の上の方でカサカサと枝葉の揺れる音が聞こえてきた。
「シリウス? 見つかった?」
「ああ 見つけた」
 木の上から応えるシリウス。
細い枝に絡んだリボンをほどきながら、シリウスは思う。
(俺が来て正解だった)
こんな高さでは、リチェルカーレは木から降りるどころか転落して来るだろう。
それでもきっとリチェルカーレはふんわりと笑っている。
そうしてシリウスだけが寿命が縮む気持ちを味わうのだ。
まったく……と浮かぶ苦笑がどこか優しいことに、シリウス本人は気付かない。
何とかリボンを回収し終えると、シリウスは下にいる2人に向かって声をかけた。
「少し離れろ 飛び降りる」

 スタン! と身軽に飛び降りてくるシリウス。
それなりの高さがあったから、
膝のクッションを上手く使っていても、着地の速度はかなりのものになる。
その速さにさすがに驚いたのだろう。
「とおたん たい?」
 痛くないか? とリチェルカーレに抱かれた愛娘がシリウスに向かって手を伸ばす。
それをごく自然な仕草で受け止め、
腕の中に移ってきた柔らかな身体を愛おしそうに抱きしめて、シリウスは困ったように笑った。
「大丈夫だ。……ほら 今度は無くすなよ」
 回収してきたリボンをシリウスが少女に渡せば、少女の顔に輝くような笑顔が弾ける。
「とおたん がとー!」
 舌足らずな感謝の言葉と笑顔に、シリウスの口元が自然とほころぶ。
傍らには陽だまりのように笑うリチェルカーレ。
かつては笑うのが苦手で、手を伸ばすのも伸ばされた手を握るのも戸惑っていたシリウス。
そのシリウスがこんなにも柔らかく微笑んでいることが、リチェルカーレには嬉しいのだ。
そうしてシリウス自身も……。
青と碧。この世で最も美しい二対の瞳の中に自分の顔が映り込んでいるのが見える。
その顔が驚くほど穏やかなことに、言いようのない幸せを感じていた。

 ざっと風が吹いて幻想が消える。
それでも夢の中で感じた圧倒的な幸福感は、2人の胸の中にしっかりと残っていた。



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


( イラストレーター: ジュン  )


エピソード情報

マスター 白羽瀬 理宇
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 05月13日
出発日 05月18日 00:00
予定納品日 05月28日

参加者

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