季節の変わり目にご用心(梅都鈴里 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

「はう……風邪ひいた……」

 ずびび、と神人はひとつ鼻を鳴らして。
 半分瞼の落ちた表情で、喋るのも億劫そうに呟く。
 確か今の時期、知人や家族の間でナントカエンザ、とか言うのが流行していたはずだ。
 まさか自分がそれにかかるなんて思ってもみないから、全く気に留めていなかった。

「寒いのに、外ではしゃぎまわるからだ。まったく……」
「うー。だって、晴れてる日に家に篭ってる方が勿体無いじゃない」
「それでウイルスもらってきてたら世話ないな」
「返す言葉もありません……」

 呆れた様に吐き出される精霊の小言には、バツが悪そうに布団に隠れながら、言葉を返す。
 雪が積もっただとか、近場でイベントがあるだとか。
 何かにつけ人が集まる場所へ足を運んでいたから、どこかで貰ってきたのだろう。
 更にタチが悪いのは、感染力の強い病気ゆえに、仲のいいパートナーにさえ、あまり傍に居てもらえないことである。

「ねえ、もう行っちゃうの?」
「ああ。飲み物も補充したし、困らないだろ」
「えー。さびしい」
「はいはい。後で来るから」

 いい子で寝てろよ、と残された台詞には、つまらなさそうにジト目を返す。
 かと言って、パートナーの消えた扉をずっと見ていても埒があかないので、今は大人しく寝ておくことにした。
 ふと喉が乾いて、パートナーが置いていったビニール袋を漁ると、清涼飲料水の他に、神人の好物のケーキが入っている事に気付く。

『元気になったら、今週末のイベント一緒に行くぞ』

 バーコードの上らへんにペンで走り書かれた、パートナーの文字。
 彼の素直じゃない気遣いと、その時に対する期待に胸を躍らせて自然と頬が緩んで、今は体の回復に努めることにした。

解説

■目的
風邪ひいたパートナーの看病

・熱を出すのは神人、精霊どちらでも構いません。
また、なんとかエンザじゃなくても、つきっきりで看病できるようなものでも構いません。
途中で治ってからの、後日プランとかでも良いです。
会話、看病描写、病気の時ほど弱音が出る感じのやつとか、自由にお願いします。

・買出しで300jr消費しました。


ゲームマスターより

ご無沙汰しております。家族がインフルで全滅した梅都です。
今は落ち着きましたが、今年は大流行だったようですね。皆様もご自愛頂きたく思いつつ、恒例の風邪エピソードですが、お気軽にご参加お待ちしております。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

鞘奈(ミラドアルド)

  神人が風邪を引いた

弟と妹にうつすわけにはいかないからミラに頼んだ…けどミラに看病されるなんて悔しい…
自室にいれるなんて
部屋をみられるのが恥ずかしい
ちゃんと片付けておけばよかった
弱った姿をみられる

甲斐甲斐しく、いつも通りに世話をしてくれるミラを見つつ
(相変わらず憎らしいほど美形よね。何してても様になるっていうか」
目が合うと笑いかけてくれる
大丈夫かい、苦しくないかい、の問いに適当に返事をして

「風邪はうつすと治りが早いって知っているかい」
に、ちょっとだけ理解するのに時間がかかって
そのうちに、ミラがベッドに座って、いつもの笑顔で笑う
冗談に聞こえないわよ、ばか

…看病してくれて、ありがとう


リチェルカーレ(シリウス)
  ☆看病する方

シリウスが熱を出すなんて珍しい
薬局で体温計や冷却シートや解熱剤(眠くならないのをください!とお願いして薬剤師さんにだいぶ探してもらった)を買って彼の家へ

ただいま、お薬とか買って…寝ていてって言ったのに!
いいえ 大丈夫じゃありません
シリウスは平熱が低めなんだから わたしより熱はつらいはずよ

38度6分…微熱じゃないじゃない
お薬飲んでひと眠り…
わたし、横にいるわ それでも駄目?
少しぼんやりとした熱に浮かされた目ーいつもより幼く見える彼の顔にどきり
頬を染めるも 薬を飲むのを見てぱっと笑顔
自分の肩にそっと彼の頭を乗せかけて
これなら休める?
静かに目が伏せられるのに 早くよくなりますようにと頭にキス 


ひろの(ルシエロ=ザガン)
  ひろのの部屋:ドアは開いてる

喉が痛くて、体がだるくて、寒気がすごい。鼻水はそんなに出てないから、たぶん熱風邪。
原因はなんだろう。夜に昨日の夜はなんだか暑くて、起きた時には布団が体にかかってなかったせいだろうか。寝冷えしたのかも。

おでこと頭の後ろがひんやりして気持ちいい。
「……うつる、よ」(ぼやあ、っと言う
つまり、ルシェには風邪移らない?

? 何でこんな近づくの?(距離を開けようにも寝てるので無理
「ちか、……ぇ」
なんか、どこかで読んだことあるような……?(サブカルチャー
ルシェの目が、ぼんやりとしか見えない。じゃなくて。
「うつしたく、ないから……」(目を逸らす
「……どうぞ」(近くにいてくれるのは嬉しい


シャルティ(グルナ・カリエンテ)
  38度ね……。まあ、安静にしてなさいよ
にしても、頑丈なあんたが、今流行りのなんちゃらにかかるなんてね
分からないものね

薬、飲む前になにか食べておいた方が良いわね
ちょっと待ってなさい
部屋から出ようとして止められた

……なによ?
……本当になによ?
(なんちゃらにかかったせい? 普段のグルナとは違うわね)
はいはい、仕方ないわね
グルナの横に座り直す

ちょっ……! あんたね……!
バカ、とっとと寝なさい……って、寝て、る?

はあ……全くもう
心臓に悪いのよ、グルナのバカ
顔が熱いのは「好き」とか言われ慣れてないだけ。そう自分に言い聞かせてひとまず部屋を出た


鬼灯・千翡露(スマラグド)
  たはー……やっちゃった
(真っ赤な顔でベッドに横たわりつつ緩い苦笑)

んー……うん、お水飲む
ありがと……(急須から水を流し入れて貰い)
あ、ブドウゼリー
あれ綺麗な緑色で好きなんだ
美味しいしね
何から何までありがとね、ラグ君

……ラグ君がいない家は何だか久しぶり
この家は独りで住むには広いんだなあ

(不意に表情の消えた顔で天井を見ながら)
……ねえ、ラグ君
ラグ君は、このまま何処かに――

(いなくなったりしないよね)
(そう言いかけて、少年の喉の奥に言葉は消えた)

………………
……そう、だね(泣きそうにくしゃりと笑い)
もう、私独りの家じゃないもんね
待ってるよ、待ってるから
頑張って早く風邪治すから
だから早く、帰ってきてね



「ちゃんと片付けておけばよかった……」
 はあ、とため息混じりにぼやいた言葉は幸い精霊には届かなかったけれど、何か言った? と扉の向こうから問い返され、神人、鞘奈は弱々しく「なんでもない」と首を横に振った。

 よりにもよって姉弟の長女である鞘奈が風邪をひいた。弟と妹にうつしたくなかったから、神人より幾分体の丈夫とされている精霊、ミラドアルドに看病を頼んだ。
 けれども内心悔しい。こんな風に情けない姿で、望まない形で初めて部屋を見られたくはなかったのに。
 せめてもっとちゃんとして、綺麗な時に来てくれたら、なんて思うのはきっと気が弱くなっているからだ。
 弱っている姿を見られる事が、普段はクールに振舞っている彼女には、何より恥ずかしいと感じていた。
 そんな風に気を揉む神人とは裏腹に、キッチンに立ち、ここへ来る前に買ってきた粥の材料を調理するミラドアルドは、初めて立ち入った神人の部屋の事を思い起こしていた。
 ちゃんと片付いているし、シンプルな中にもほんの少し可愛らしさがのぞく部屋は、とても彼女らしいと思う。
 こんな形で招かれた事には、彼女としては不服かもしれないけれど、素直に頼られたようで嬉しかった。

「玉子粥を作ってきたよ。食べられるかな」
 粥の材料と一緒に買い込んだ果物ゼリーもトレイに乗せて、彼女の横たわるベッドの枕元へ椅子を引き、腰掛ける。
 体を起こしやすいよう背中に手を添えて、鞘奈が落ち着くのを待ってくれる。
 そういった自然な気遣いが出来るのは、彼の育ちの良さ故なのだろうか。
(相変わらず憎らしいほど美形よね……何してても様になるっていうか)
 甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるミラドアルドを見つめて、ぼんやりそんな事を考えていると目が合って、安心させるように笑いかけてくれて。
 ただでも熱い頬が、ほんの少し上気した、気がする。
「起きてて、苦しくないかい」
「ええ……」
「お粥、熱いかな。ふーふーしようか?」
「……助かるわ」
「……」
 大丈夫かな、と、本当に心配になる。
 いつもよりも彼女からの視線が刺さって、本当に、彼女らしくない。
 憎まれ口の一つも返ってきそうな物なのに、今はじっと、黙ってこちらのいう事を聞いてくれて――かと思えば熱に浮かされたような瞳で、じっと穴が開くほど見つめてきて。
 お粥もゼリーも食べてくれたし、食欲がそこまで落ちてないなら、あとは寝ていれば大丈夫かな、と思い直し、少しだけ顔を近づける。
 手が出ないのをいいことに、そのまま、こつんとおでこ同士をくっつけると、やっぱりびっくりするくらい熱かった。
「……風邪は、うつすと治りが早いって知ってるかい?」
「……え」
 至近距離で告げられた言葉の意味を、理解するのに少しだけ時間を要したものの。
 いつになく真剣な表情から、その意味を鞘奈が把握して目を見開いた時には、ミラドアルドはベッドに座り直し、いつもの笑みをたたえていた。
「冗談に聞こえないわよ、ばか……」
 意図に気付いて唇を尖らせ、ばさりと布団をかぶり直し、シーツの中へ逃げ込んでしまった鞘奈にくすくすと笑う。
 調子が戻ってよかった、と思いつつ、珍しい姿を見れた、とも。
「看病してくれて、ありがとう……」
 背を向けられたまま、解けた声色で投げかけられた礼には「どういたしまして」と返しておいた。


「たはー……やっちゃった」
 真っ赤な顔でベッドに横たわりつつ、熱のこもった息を吐き出すのは神人の鬼灯・千翡露。
 無自覚なパートナーの表情に、精霊スマラグドは呆れたような顔をして。
「全く危機感がないんだから」
 痛みを感じない程度に神人の頬をむにむにと揉んでやれば、いひゃいよ~と笑った。

「水飲む? ジュースでもいいけど水のがいいよね」
「んー……うん、お水飲む」
 返答を聞き届けてから、台所で急須に飲料水を注いで、そのまま千翡露の所へ持っていく。
「これなら起きなくても飲めるでしょ」
「うん、ありがと……」
「あと、冷蔵庫にぶどうのゼリー入れておいたから、食べられそうな時に食べてね」
「うん。あれ、綺麗な緑色で好きなんだ。美味しいしね」
 何から何までありがとね、ラグ君、と、赤い顔でこんな時まで笑おうとする。
 彼女の陽だまりみたいな笑顔は見ていて安心するものだけれど、今は少し不安になった。
「……じゃあ、そろそろ僕は行くね」
 名残惜しそうな顔で、千翡露のそばから立ち上がる。
 不本意ながらも、彼女が治るまでは止むを得ず、もう一人の精霊宅に居候中の身だ。
「そうだね。うつさないうちに……気をつけてね」
「こっちの心配までしなくていいんだよ。自分の事だけ考えて」
「えへへ……うん、ありがとう」
 また来るから、と言葉を残し、スマラグドが部屋から姿を消す。
 ほどなくして、カチ、コチ、と静かな室内に時計の秒針を刻む音だけが響き始めた。
(……ラグ君がいない家は何だか久しぶり。この家は独りで住むには広いんだなあ……)
 感情の消えた顔で天井を見ながら、誰も聞いていないのに――否。
 聞いていない今だから、口をついてしまった言葉。
「……ねえ、ラグ君。ラグ君は、このまま何処かに――」
 いなくなったりしないよね――続く言葉は、少年の喉の奥に吸い込まれて消えていた。
「……へ?」
 見開いた新緑色の先に、先程出ていったはずの精霊の顔を認めても起こった事が理解出来ずに、間の抜けた声を絞り出すのが精一杯で。
 ほんの数秒のキスをして、無言のまま顔を離したスマラグドは、けれども次には困ったように苦笑した。
「……ほんとうはね、うつるかもしれないから、こういうの駄目って言われてるんだけど」
 内緒ね、といたずらっぽく、口元に人差し指を立てる。
「だからちひろも、それ以上は言わないの」
「ラグ、くん……」
「帰ってくるから。ちひろが嫌だって言ったって、帰ってくるんだから。ここは俺の家でもあるんだよ」
 家に帰ってくるのは、当然! にっ、と歯を見せてはにかむスマラグドの姿に、安心感がどっと押し寄せて、不意に千翡露の涙腺が緩む。
 たぶん、心細かったんだろう。体が弱っているタイミングで、一人この家に取り残された様な気になって。
 そばにいてほしい、なんてわがままを言える性分ではないから、笑って誤魔化そうとしていたけれど。
 そんな強がりも、きっとこの少年には最初から分かっていたのだ。
「……っそう、だね。もう、私独りの家じゃあ、ないもんね……」
 泣きそうにくしゃりと笑って、たどたどしく言葉を紡ぐ。
「待ってるよ、待ってるから……頑張って早く風邪治すから」
「うん」
「だから早く、帰ってきてね」
「うん……帰って来たら」
 次の休みにはどうしようとか、ご飯は何をたべよう、とか。
 楽しみをひとしきり話して、やがて千翡露がウトウトと眠りにつきそうな頃にようやっと、スマラグドは静かに家を後にした。


(喉が痛くて、体がだるくて、寒気がすごい。鼻水はそんなに出てないから、たぶん熱風邪)
 常人ならばひっくり返るような熱を出しているはずの神人、ひろのは。
 至って冷静に、自身の体調を分析していた。

 原因はなんだろう――昨日の夜はなんだか暑くて、起きた時には布団が体にかかってなかったせいだろうか? 寝冷えしたのかも。
 何にせよ季節の変わり目だし、風邪をひいてしまったものは仕方ない。
 寝ていれば治るだろうと、諦めに似た境地で体を横たえていると、開いたままの扉から精霊、ルシエロ=ザガンが入ってきた。
「頭、少し動かすぞ」
「うん……」
 タオルで保冷剤を包み、ひろのの頭を軽く持ち上げ、枕を抜いた代わりにそれを置く。
 そうっと頭を戻して、今度は額に冷却シートを貼る。こうして頭部を冷やせばいいのだと、タオルや保冷材を用意してくれた、ルシエロの『ばあや』が教えてくれた。
「家から出てもいないのに、風邪を引くとは」
 はあ、と溜息をついて、紡がれた言葉に気付いて。
 額と頭の後ろがひんやりして気持ちいい、と思いつつ、うっすら開いた瞳の先に、その場を動かず様子を見守っているルシエロを認めた。
「……うつる、よ」
 ぼやあっと、熱に浮かされたような、小さな声で呟く。
 一応、彼の身を心配しているつもりなのだけれど、ちゃんと伝わったかは定かじゃない。
「精霊が丈夫なのは知っているだろう? 今まで風邪をひいたことは一度もない」
「……つまり、ルシェには、風邪、うつらない?」
「そうだな。……だが」
 不意にルシエロが、ひろののベッドに手をついて、顔を近づける。
 なんで、こんなに近づくのだろう。距離を開けようにも、後ろにも前にも逃げ場がないし、何よりこんな体ではまともに動けない。
 なすがまま、目の前に迫った端正な顔立ちに、少しばかり動悸が騒ぎ出した。
 このドキドキは、多分病気のせいじゃない。
「移せるものならそれも良い。オマエが苦しんでるのは見たくない」
「……ぇ」
 なんだか、こういうシチュエーションを、どこかで読んだことあるような……?
 持ち前のサブカルチャー知識をこんな時までフル動員するけれど、それに思い当たったところで、どうして、という疑問しか浮かんでこない。
 ルシエロのまっすぐな眼差しだって、ぼんやりとしか見えない――そうじゃなくて。
「……うつしたく、ないから」
 力なく瞳を逸らしつつ、小さく戻ったひろのの返答を聞き届け、ルシエロはふ、と苦笑する。
 先程触れた髪は汗ばんでいるからか湿っていた。つらそうに熱い息を漏らし、熱で潤んだ目で見られ、思うところは大いにある。あるけれど――。
(……無理はさせられん)
 ふう、と己の気持ちの方を落ち着かせるように、一つ大きく息を吐き出すと。
「ここに居ていいか?」
 上体を起こしながら問えば、再度「うつるよ」と返ってくる。
「まあ、うつらないだろう。……ひろのが、居ても構わないと思ってくれるなら、だが」
 駄目押しのように、ずるい言い方をする。
 正直、心細い気持ちはあったから、彼がそう言ってくれるのであれば、こんな時くらいは。
(近くにいてくれるのは、嬉しい)
 体が弱って居る時くらい、ちょっと甘えるのも悪くはないと思う。
 少しだけ視線をほどいて「どうぞ」と返したら、傍らに座りなおしたルシエロが額をやわく撫でてくれた。


「お願いします、どうしても眠くならないものがいいの!」
「そうはいっても……お仕事ですか? 寝るのが一番回復になるんですよ」
「いいんです、お願いします!」
 とある昼下がり、薬剤師に頭を下げて必死に頼み込むリチェルカーレの姿があった。
 珍しく熱を出した精霊、シリウスに飲ませる薬を買う為に。

「放っておいたら治るのに……」
 気だるげに横たわって、はあ、と熱い息を吐き出すのは風邪をひいた当人である精霊、シリウス。
 仕事が立て込んだことに加え、持病のような悪夢の発作の時期が重なって、疲労と心労がたたり発熱したのだと思う。
 家へ訪れるなり『どうして風邪薬がないの!?』と、頬を膨らませ買い物に出かけたリチェルカーレの事を思い出し、またため息が漏れた。
「……そろそろ帰ってくる頃か」
 病人である自覚もそぞろに、重い体を起こして、シリウスはキッチンへ向かった。
「ただいま。お薬とかもらって……ってシリウス、何してるの!?」
 おかえり……と、甲斐甲斐しく玄関で出迎えてくれた精霊は、流石にこんな時くらいは寝てくれているものと思ったのに。
 聞けば「お茶でも淹れようと……」と見当違いな答えが返り、リチェルカーレは呆れたように瞳を見開いた。
「寝ていてって言ったのに、悪化したらどうするの!?」
「大袈裟だな……ただの微熱なんだから、大丈夫……」
「いいえ大丈夫じゃありません! シリウスは平熱が低めなんだから、わたしより熱はつらいはずよ」
 少女の小さな手にぐいぐい背を押されて、あれよあれよという間に寝室へと引き戻されてしまい、びしりと指を突きつけられてひとつ肩を竦めた。

「38度6分……微熱じゃないじゃない」
 冷却シートや薬と一緒に買って来た体温計でシリウスの熱を測れば、見た目を裏切らないだけの数値が返る。
「どうりで目が回ると……」
「起きてウロウロしてるからよ、もう」
 お薬飲んで一眠り……と駄目元で提案してはみるものの、やはり彼は横になる事を、やんわり首を振って拒否する。
 ぼんやりと熱に浮かされた瞳が、いつもよりも彼の顔立ちを幼く見せていて、小さく心音が跳ねる。
 騒ぐ胸中のまま頬を染めるも、大人しく薬を飲むシリウスには、ぱっと笑顔を咲かせて。
「……わたし、横にいるわ。それでも駄目?」
 横になるのが無理なら、せめて座ったままでも休めれば、と。
 揺れる視界の中、そう提案してくるリチェルカーレの心配そうな表情に、困ったように笑って、シリウスは柔らかな髪をくしゃりと撫でた。
「居てくれて、助かってる……」
 ちらりと見えた薬の袋には、よく薬局で見かける『眠くなる成分』を使用していない、と書かれていた。
 気を遣われた事に気付いて、けれどもその想いが今はとてもあたたかい。
 弱々しくも微笑むと、リチェルカーレの小さな手の平が、シリウスの頭を彼女の肩に引き寄せた。
「これなら休める?」
 引き寄せられるままもたれかかった肩は、自分のそれよりも柔らかくて小さいのに、守ってくれている、と感じさせられる。
 ありがとう。小さく呟いて、肩の力を抜き、そっとシリウスは瞳を伏せた。
「……早くよくなりますように」
 額に落とされたキスのぬくもりのおかげか、その夜は悪い夢を見るような不安に苛まれる事はなかった。


「38度ね……まあ、安静にしてなさいよ」
 手元の体温計を一瞥して、目の前で病に伏せるパートナー、グルナ・カリエンテに、神人シャルティが言葉をかけると。
 ついてねぇ……と額を押さえ、倦怠感に苛まれる己の身をグルナは呪った。

「――にしても、頑丈なあんたが、今流行のなんちゃらにかかるなんて」
 わからないものね。苦笑交じりにそんなことをぼやいたら、じとりと不服そうな精霊の視線が返る。
「いくら丈夫だ頑丈だっつっても、体調崩す時は崩すっての……げほっ」
 いつもの減らず口にも覇気がない。心配なのもあるけれど、なんだかこちらまで調子が狂いそうだ、と思う。
 体温計に風邪薬、飲料水など、一通り必要そうなものは揃えたが、彼が苦しそうに咳き込んだのを見て、ふと思い立つ。
「薬飲む前に、何か食べておいた方が良いわね。ちょっと待ってなさい」
 その足でキッチンへ向かおうとするが、部屋から出ようとした所で「おい、シャルティ」とグルナが背中を呼び止めた。
「なに?」
「あー……その、なんつーか」
「……。本当に何よ? まどろっこしいわね」
「……とりあえず、ここに居ろ」
「…………」
 放たれた言葉を受けて、呆けたように丸く見開いた瞳を、ぱちぱちと瞬かせる。
 シャルティを呼び止めたグルナのほうも、なんだかいたたまれない、という表情をしているものの。
 熱に浮かされたような瞳が、常よりも切々と揺らいでいるように思えて。
(……病気のせい? いつものグルナと違うわね……)
 らしくない精霊の様子にペースを乱される。
 何だか寂しがる子供のように見えて、ふっと少しだけ表情を和らげた。
「はいはい。仕方ないわね」
「……ん、わりぃ」
「別にいいわ。でも、薬飲まないとよくならないんだからね。少ししたら、何か食べるものを取って――」
 つらつらと語りかけるシャルティを、ぼうっと眺めていたグルナの手が、不意に彼女の頬に伸びる。
「……ちょ、っと、なに」
「お前の頬、結構柔らけぇんだな……」
 白い、絹のような肌を眺めていたら、なんとなく触れたくなっただけなのだけれど。
 身じろぎはするものの、逃げ出したりしない程度に、心を許してくれているのだろうか、なんて。
 この前の手当ての時も、今もそうだ。突き放さないから、夢を見てしまう。
「好きだ、シャルティ」
「……あ」
 あんたね……!
 調子の悪いこんな時に何を考えているんだろう、そんな思いで溜息を吐くも、じわじわと熱を上げていく白い頬を自覚してないわけじゃない。
「バカ、とっとと寝なさい……って……」
 視線を泳がせつつ、悪態交じりに休息をせっつけば、すうすうと寝息が聞こえ始めて。
「寝て、る……?」
 気付けば、グルナの意識は眠りに落ちていた。
 結局薬も飲ませてないし、言うだけ言って、という気持ちもあるし、何もかも中途半端だ。
 それでも、彼が眠ってくれたことに安堵している自分も居て。
「……はあ、全くもう」
 心臓に悪いのよ、グルナのバカ。
 吐き出す言葉とは裏腹に、シャルティの困ったような笑みはどこか優しい。
 顔が熱いのは好意を伝えられることに慣れていないだけ。未だに心臓が落ち着かないのも、グルナの突拍子もない行動のせい。……それだけ。
 自身の困惑と揺れる胸中を、色んな言葉で誤魔化して――その理由にも今はまだ気付かずに。
 眠るグルナの額をひとつ撫でてから、次に目を覚ました時に何か食べられるものでも、と思いなおし、そっと部屋を出た。



依頼結果:成功
MVP
名前:鬼灯・千翡露
呼び名:ちひろ
  名前:スマラグド
呼び名:ラグ君

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 梅都鈴里
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ビギナー
シンパシー 使用可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 03月15日
出発日 03月26日 00:00
予定納品日 04月05日

参加者

会議室


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