支配された都市――ひとつの終焉――(沢樹一海 マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

鉄の台に仰臥し、手枷足枷を嵌め、身動きできない状態で彼は考える。
自分の名前は忘れた。とうの昔に、記憶から消滅して霧になった。家族の顔も、友人の顔も覚えていない。ただ、彼女の顔だけは覚えている。彼女への狂おしい程の愛情と、その彼女を“食べてしまった”時の自分と、“別人格の自分”への怒りと憎しみは、増幅することはあっても減ることはない。

――デミ・ギルティである自分には、二つの人格がある。
デミ・ギルティになる前、精霊として人間の恋人を持っていた頃の人格。
そして、デミ・ギルティになった後に“産まれた”人格だ。
後人格と自分は完全なる別人で、二重人格ものによくあるような、頭の中で人格同士が会話するということもない。

あいつは、完全なる悪だ。
産まれた時から、理由のない悪だった。

目が覚めた時に、知っている街が壊滅していたことが一体何回あっただろうか。
数えきれず、数えるのも恐ろしい。
日々そう思っていた時に、俺は思いついた。
何度も何度も人格交代をしている間に、俺とあいつはお互いに『何時間経ったら人格が入れ替わる』のかを把握していた。
その『入れ替わる』前に、俺が自分の体を拘束すればいいのではないか。

そう思ってから、俺は自らを拘束するようになった。
それ以来、目が覚めた時の光景はいつも同じで、拘束された状態のまま意識が戻ることに安心していた。
――あいつは、この拘束を解くことができないまま、自分に与えられた時間を浪費しているんだろう――
そう考えていたし、実際、そうだったのだろうと思う。

だが、最近はそうではない。
拘束状態で目が覚めるのは同じだが、着ている服が随分と豪華になった。
自由になった体で、服を見繕ったのだろう。
拘束場所も、いつの間にか変わっていた。
自分が用意した場所ではない所で、拘束具に繋がれて目が覚める。
何か、嫌な予感がした。

そして――俺は、知ってしまった。
あいつがまた、街を支配し、人を殺しまくったということを。
何人か助かった?
そんなことに、何の意味がある?

デミ・ギルティになった俺に俺の意識が残ったのは、あの時に食べた『彼女』の影響だと思う。
『彼女』が、俺に元に戻ってほしいと考えた結果だ。
元の性格に、元の精霊に戻ってほしいと――
しかし、そんなことが不可能であるということは俺が一番良く知っている。








A.R.O.A.のウィンクルム達よ。
迷惑な頼みであるということは分かっている。
俺を、殺してくれ。俺は死ななければならない。
殺してくれ。殺してくれ。殺してくれ。殺してくれ――


――――――――――――――――――――――――――――

「……と、これがA.R.O.A.に届いた『クロック』の裏人格からの手紙だ。勿論、『クロック』が裏人格がある振りをして俺達をおびき寄せようとしている可能性もある。だが、俺は個人的には手紙の内容は真実だと思っている」
 A.R.O.A.事務長のロズウェルは、集まったウィンクルムに厳しい表情でそう言った。
「だが、罠だろうが罠じゃなかろうが関係ない。せっかく居場所を教えてくれてるんだ。出向いて殺す。そうだろう? ロズウェル」
「ああ、その通りだ。オーガの事情など関係ない」
 デュークに水を向けられ、ロズウェルは頷く。
「だが、無抵抗かそうじゃないかというのは、討伐に際しては重要なことだ。その辺りを考えてしっかり準備をしていってくれ」
「ついに、私達の街を滅ぼしたギルティと戦う時が来たのね……」
 リースが緊張した面持ちで言う。
 ――戦いを決意したウィンクルム達は、都市カロンのA.R.O.A.支部地下のまた地下に『クロック』が造ったという、地図にも載っていない広い広い拘束室へ向かうこととなった。

          ◆◆◆

 寒々とした拘束室に辿り着いたウィンクルム達が目にしたのは、硬く、冷たい寝台に拘束された『クロック』だった。彼の姿は、過去にウィンクルム達の証言から描いた想像図と酷似していた。瞼を閉じ、眠っているように見える。
 しかし――
 皆が寝台に一歩近付いた時、『クロック』は目を開けた。
 そこに宿っているのは、人を見下し餌としか見ない、自分を高く評価している化け物の心だった。
『……!?』
 ウィンクルム達が驚いている間に彼は舌を長く伸ばし、それを上手く使って拘束具を外していった。ダイヤル式の錠の数字を軽々と合わせていく。
「拘束されるようになってからも飽きる程に時間はありましたからね。ダイヤルの数字を調べるのなど容易いことですよ。というより――俺に不可能はありませんし」
 『クロック』は寝台から起き上がる。それだけで、物凄い圧力がウィンクルム達を襲った。
「……私達は、騙されたの……? あの手紙は、貴方が私達をおびき寄せる為に書いた出鱈目……」
 体を震わせてリースが言う。『クロック』は彼女を一瞥すると、顎を上げて笑った。
「あの手紙を書いたのはもう1人の俺ですよ。ただ、彼は書き終わったところでタイムオーバーになってしまった。そこで、俺が入れ替わりの時間について書き足したんです。『自分が目覚める時間』にあなたたちが来るようにね」
「もう1人のお前は、手紙を隠さなかったのか? ギルティが拘束を解いていることは知っていたんだろう」
 敵意を迸らせつつ、デュークが訊く。その敵意を心地良さそうに体に浴びながら、『クロック』は答えた。
「自分が眠っている間に彼が何をしているのか調べるのは必要事項ですから。彼が浅い頭で隠した手紙など簡単に見つけられますよ。ダイヤル番号を調べるよりも遥かに簡単にね。……さて、そろそろ『食べましょうか』」
 そして、最後に『クロック』は言った。
「ところで、そちらで俺は何と呼ばれているのですか?」
「……『クロック』だ」
「じゃあ、そう呼んでください」

 口元の笑みを深め、『クロック』は寝台から立ち上がった。

解説

これまでのお話は
「支配された都市――新たな神人――」
「支配された都市・回想―分かたれた2人―」
「支配番外~お出かけオーガは人を夢見る~」
を参照ください。


――ということで、デミ・ギルティ『クロック』とラストバトルです。今回でタイトルに「支配」と名のつく物語は終わりです。
『クロック』の性格ですが、
バトル中はデミ・ギルティとしての傲慢な敬語野郎。
バトルに負けると本来の性格野郎になります。

☆アドベンチャーエピソードですが、ハピネス寄りのエピソードだと考えてください。
(バトルシーンを書くためだけのアドベンチャーです。ええ。装備やスキルの都合です)

   ※よほどのことがない限り※

勝利確定だと思っておいて大丈夫です。
その為、バトルに重点を置いたプランでも、バトルを終えた後の会話や心情を主軸にしたプランでも構いません。
キャラクターとしてやり残したことがないように頑張りましょう。

私もマスターとしてやり残したことがないように執筆します。

ゲームマスターより

皆さまのご参加お待ちしております!

リザルトノベル

◆アクション・プラン

リチェルカーレ(シリウス)

  「殺してくれ」なんて そんなお願い悲しすぎる
本当は元に戻したい ギルティ化が解ければと思う
何もできない その時は?
その時は それでも彼を止めなくては

戦闘開始と同時にトランス 
シリウスや他の仲間と連携 引きつけながら器探し
懐中時計やブレスレット等 それらしい物を狙う
器の場所がわかれば周知 破壊
闇のオーラが消えたら LT
エムシで攻撃 少しでも掠ればクロックの防御力を削れる
当てることを狙って
後衛へ狙いがいけば 神符で拘束
立ち塞がる

元に戻ることはできないの?
中に眠っている精霊さん あなたの神人と同じことを願うわ
元に戻って

戦闘後 元の人格に戻っていれば彼の手を取り
…お疲れさま ひとりでずっとがんばったのね
涙をこらえて笑顔


八神 伊万里(アスカ・ベルウィレッジ)
  例え元の精霊の人格が残っていても
デミ・ギルティとして人に害を及ぼすなら、倒さなければならない
現状、そうすることでしか救いがないのなら

トランスしアスカ君について前衛へ
外套の殺気感知で不意討ち等に気をつけつつ
鉄扇で身を守りながらクロックの弱点を探す
私は鱗がどこかにないか、クロックの体をよく観察
弱点が鱗の方なら庇いながら戦うかもしれないので、それを探します
見つけたらアスカ君に伝えて鱗を狙ってもらう
弱点が器だった場合は、他の仲間が探してくれていると思うので指示に従う

弱点が破壊されたらST
全力で攻撃に参加
効果が切れる前に後退し邪魔にならないようにする

オーガやギルティを元に戻す方法は本当にないのかな…


シルキア・スー(クラウス)
  事前
作戦会議皆としておきたい
支部前でトランス

対クロック
まずデミギルの弱点探し
彼は裏人格を浅い頭と侮ってるのね
そこにつけ込む
「裏の彼を出し抜いたつもりの様だけど こうなると彼が予想しなかったと?
オーガは滅ぼす それがウィンクルム どちらでも構わないのよ これは彼の計算の内
その証拠に彼はちゃあんと印をつけてくれてる デミギルティの弱点にね!」
と自信満々ハッタリかます
疑心で弱点触ろうとしたり目線向けないかな(嵌れば皆に周知
分らないままなら寝台 箱 壺 絵画等射て壊し心の器探すしかないわね

弱点撃破後援護射撃

本来の人格に
あなたはもう人を殺さない 安心して
それと愛した人を想って滅んだオーガはまたどこかでその人に逢えるそうよ


 都市――否、『元』都市カロンに赴いたウィンクルムは、カロンが滅ぼされた時に巻き込まれたリースとデュークを含めて8人だった。
 A.R.O.A.カロン支部の前に辿り着くと、デュークは迷わずに正面扉を開けようとした。移動中もずっと厳しい表情でいた彼は、遂に怒りを隠すのを止めたようだ。
 感情的に動こうとする彼を、シルキア・スーが制止する。
「待って。行く前に作戦会議をしましょう。時間はまだあるわ」
「…………」
 デュークは腕時計をちらりと見ると、怒りを収めて皆に向き直った。
「そうだな。済まない。先走りすぎた」
「相手はデミ・ギルティだ。それぞれの役割をはっきりさせておこう」
 クラウスも言い、他に異論も出なかったことから8人は対デミ・ギルティ戦の作戦をしっかりと立てた。
 作戦会議が終わると、建物内に入る前にシルキアとクラウスはトランスした。
 ――「光と風、交わり紡ぐ先へ」
 インスパイア・スペルを唱えたシルキアは、クラウスの頬に口づけした。

 地下牢の先にある、オーガが作ったと思われる通路は滑らかな材質で出来ていて、手作りとは考えられない程にどこか貴族感が漂っていた。
 扉の前に立ち、リチェルカーレは内に抱いていた想いを打ち明ける。それは、これから向かう戦場に対する決意のようなものだった。
「『殺してくれ』なんて、そんなお願い悲しすぎる。本当は元に戻したい。ギルティ化が解ければと思う。でも……何もできない、その時は?」
 リチェルカーレは皆を見回す。ウィンクルム達は哀しい顔をして俯くだけだった。だが、それが同じ結末を想像した結果であるということは彼女には解った。
 事実、八神 伊万里はリチェルカーレの話を聞いて『その時』を想像していた。
(例え、元の精霊の人格が残っていても……。デミ・ギルティとして人に害を及ぼすなら、倒さなければならない。現状、そうすることでしか救いがないのなら)
 そんな仲間達を前に自然と表情を曇らせるパートナーを見て、シリウスは僅かに首を振る。
 元に戻せたら――
 その願いが非常に難しいことは、きっとリチェルカーレも知っている。
 沈黙の中、デュークだけが武器を強く握り、燃えるような目で彼女を見ていた。結論を聞くことで、自らの気持ちをますます確実にしようとしているように。
「……その時は、それでも彼を止めなくては」
 そして、リチェルカーレは言った。皆が肯定の意を示す。シリウスも、僅かに首を振った。
「――これ以上のデミ・ギルティとしての活動を止めること――それが、彼の望みなら」
 彼の言葉で、皆の心は一つになった。
 扉を押し開けた先には、人の姿をした男を拘束した鉄の寝台があった。

         ◆◆◆

 拘束室の壁も天井も無機質な鉄製だったが、家具はそれなりに揃っていた。棚や絵画、壺に洋服掛け、火の無い暖炉、机に椅子――『クロック』が用意した家具であれば、本来の『彼』がカロンへの移動にもっと早く気付いた筈だ。これは『彼』が使っていた家具なのだろう。
 『クロック』が床に足をつけた瞬間、拘束室の空気がぴりっと音を立てたような気がした。ここはもう、ある意味異空間だ。トランスを待っていたウィンクルム達は一気にトランスを開始した。
「トランスですか。ゆっくりやってください。弱いままの魂を食べても物足りないですからね」
 高みの見物を決め込んだ『クロック』の前で、連続してトランスは行われる。
 ――「この手に宿るは護りの力」
 リチェルカーレとシリウスがトランスすると、冷たい部屋にふわりと柔らかく暖かい風と光が広がった。羽根のようにちらちらと光がふたりの間を舞い降り、消えていく。
 シリウスは【魂剣】ソウルダンサーを手に、エトワールを行った。くるくると、流れるように円を描いて舞っていく。それと共に、彼の回避能力が大きく、命中率も僅かに上がる。牽制として魂剣を放つと、それは『クロック』に受け止められ、投げ返された。直後、デミ・ギルティはいつの間にか握っていた長い鞭でシリウスを狙う。目にも止まらぬ速さで迫ってきたそれを、シリウスはぎりぎりのところで躱した。その間に、伊万里とアスカ・ベルウィレッジもトランスする。
 ――「運命を切り拓く」
 伊万里の声が響き、彼女とアスカの間から、つがいの朱い火の鳥が飛び立った。鳥達は出口を探すように天井を何周かして消えていった。
 先んじてトランスしていたクラウスは、火の鳥が飛んでいる時にパートナーに頼んだ。
「シルキア、ディスペンサを頼む」
「うん、わかった」
 つま先立ちになったシルキアに向けて身を屈めると、額に柔らかい唇が触れる。彼女の内に満ちていた力の全てがクラウスに流れ込んでくる。彼は、回避力の落ちたパートナーの前に出つつ仲間達の動きの把握に努め始めた。

 ――アスカは伊万里と前線に出ると、セルシウス・ダイヤ(両手剣)を構えた。纏ったオーラが消えるまで、デミ・ギルティには攻撃が殆ど通らない。
「おらっ!」
 両手剣で本気で攻撃しているように見せかけて、アスカは伊万里を庇える位置に立って牽制攻撃を行う。
「ふふ、どんな攻撃も俺には通じませんよ」
 得意気なクロックに、知ってるよ! と内心で答える。鞭は切断してもすぐに伸びてきた。それを避けて斬るアスカと、後衛に攻撃が当たらないように防御に徹するシリウスにナイツオブバース(片手本)を持つクラウスがシャイニングスピアをかけた。アスカとシリウス、それぞれの周囲に数個の光の輪が浮遊する。光輪は、『クロック』が放つ鞭攻撃を跳ね返した。
「クラウス!」
 『クロック』の攻撃が一点に集中しないようにデミ・ギルティの背後に回っていたデュークが呼ぶ。『クロック』のオーラが大量のネジに変化し、デュークを襲いつつあった。
「ああ!」
 クラウスは彼にもシャイニングスピアをかける。光輪に跳ね返されたネジは、『クロック』のオーラに触れるとその中に溶け込んでいった。
「オーラを自在に扱ってるわ……!」
 リースが恐れを含めた声を出すと、『クロック』は、ふっと笑った。だが、実のところ、ウィンクルム達はその点においては恐れていなかった。オーラをいくら操れようが、『弱点』を探してそれを壊せばオーラは消えるのだ。
 ウィンクルム達は、戦いながら『クロック』の『弱点』を探していた。
(彼は裏人格を浅い頭と侮ってるのね)
 『クロック』の話を聞いてそう判断したシルキアは、まずはそこにつけ込むことにした。
「裏の彼を出し抜いたつもりの様だけど、こうなると彼が予想しなかったと?」
「おや、どういうことでしょうか」
 『クロック』は気を悪くした様子もなく、彼女を見下した顔でふさふさのコートをばさっとたなびかせた。コートに隠れていた部分が覗いた瞬間も、ウィンクルム達は見逃さない。
「オーガは滅ぼす。それがウィンクルム。倒すのだから裏でも表でもどちらでも構わないのよ。これは彼の計算の内。その証拠に彼はちゃあんと印をつけてくれてる。デミギルティの弱点にね!」
 自信満々にハッタリをかますと、『クロック』は対峙してから初めて眉を顰めた。む、とした表情で腕を組む。疑心で弱点を触ろうとしたり目線を向けないかと思ったが、彼の目はシルキアから逸らされなかった。
「……おかしいですね。手紙の中身は徹底的にチェックしてから封をしたのですが。手紙からは彼の絶望と……そして、全てを書き切ったという達成感が感じられたのですが、貴女の言葉を信じるなら、それから書き加えたということになりますね……」
「そういうことよ! 手紙には封を一度開けた跡があったわ!」
「……そうですか。まあ、嘘でも本当でもどちらでも構いませんよ」
 『クロック』はそう言うと、コートのボタンを全てはめた。
『……!?』
 ウィンクルム達はつい動きを止める。『クロック』は彼女達にニヤと笑った。その笑みは、これまで見せたことのない獰猛なものだった。
「さて、そろそろ本気を出しましょうか」
 緊張感が高まる中、ウィンクルム達は素早く視線で会話をした。
 ――コートの中……懐中時計でしょうか。ブレスレットの可能性も考えていましたが……
 リチェルカーレが問いたいことが伝わり、デュークが頷く。
 ――懐中時計に絞った方がいいだろうな。
 ――私達は相談で決めていた通り、一応家具を壊していくわね。
 シルキアとクラウスが目で家具類を示し、リースは伊万里を振り返った。伊万里は器ではなく鱗を狙う役割を担っていた。コートの前を閉じたのはブラフだとも考えられる。
 ――はい。私は鱗を狙います。
 この意志疎通に使ったのは2秒に満たない時間だっただろう。だが、一瞬にも近いその間に『クロック』は攻撃を仕掛けてきた。10本以上の鞭とオーラのネジが確かな殺意をもって容赦なく迫る。
『……!!』
 ウィンクルム達は、ある者は弾き飛ばされ、ある者は防御し、ある者は避けた。クラウスは怪我をした者にインベル・ヴィテをかけながら、混戦の中で家具類を壊していく。そこでふと、彼はひとつのことに気が付いた。8人の中で最初におかしいと思ったのは、パートナーが関係していたからだろう。
 その頃、伊万里は『クロック』の鱗を探して彼の体をよく観察していた。戦闘開始からずっと目を凝らしてきたけれど、それらしきものは見つからない。
(コートで隠されて更に探しにくくなってしまったけど、本当に彼の弱点は鱗なのかな……あれ?)
 『クロック』の攻撃のメインは鞭からネジに変わっていた。叛逆ノ黒外套を纏った伊万里は、弾丸のように飛んでくるネジに込められている殺気を感知して【鉄扇】鳳凰ノ舞扇で跳ね返す。折り返し地点を得たネジは、オーラに戻る前に『クロック』に当たることがある。それだけ、彼が精神を乱しているということだろう。シルキアのハッタリは効いている。
 『クロック』はネジが当たってコートが破れても、ボタンが飛んでも気にしていない。本当にコートの下に鱗が隠れているのなら無頓着というのはおかしいのではないか。
(やっぱり……振り? ……あれ?)
 そこで、伊万里は気が付いた。
 ――また、伊万里とは別にリチェルカーレとシリウスも『弱点』について気づくことがあった。
 懐中時計は壊した。ブレスレットも。
 2人がどこを狙っても、クロックは急いで防御するような行動は取らなかった。警戒して自分達に攻撃を集中させるということもない。全てに対してそうなのかとも考えたが、彼の近くで戦っていた2人にはわかった。
 『クロック』が攻撃しない相手がいる。それがシルキアだった。彼女はほぼ動かず、バニッシュメント・ボウ【両手弓】で細かい家具を壊していた。『クロック』はその矢を撃ち落としたりはしない。そして、彼女自身もほぼ完全スルーだ。
 どうして、と考えた時に分かった。シルキアの背後に小さな植木鉢があり、赤い花が咲いていた。誤ってそれを壊すのを恐れているのではないか。
 先程は、弱点に目を遣っていなかったのではない。むしろ、思いっきり弱点を見ていたのだ。
「シリウス! 植木鉢!」
 リチェルカーレの声がする。それから約1秒の間に『クロック』はシリウスを狙い、彼はトーベントで植木鉢に急接近してそれを破壊した。
「何を……!」
 焦る『クロック』からオーラが消えていく。その間に、伊万里とアスカはセイクリッド・トランスした。アスカが紋章に口付けをした瞬間、伊万里の背中から光の翼が出現する。リチェルカーレとシリウスもらぶてぃめっと・トランスする。2人がキスをした直後、彼女達の服装が神々しいものに変わる。勿論、能力も大幅に上がっていた。
 アレグロを使ったシリウスから体当たりを食らい、『クロック』はよろけた。彼の顔には弱点を壊された驚きに加え、シリウスの姿が消えたように見えたことへの驚きが貼り付いている。その隙をついて、ウィンクルム達は一斉に攻撃を始めた。アレグロによって防御力が大幅に下がった今のうちに畳みかける。
 伊万里は前線に出て、片手剣「トランスソード」を握って至近距離から『クロック』を連続攻撃した。別角度からは、クラウスの攻撃が飛んでくる。
「ちっ!」
 連撃に対し、デミ・ギルティは蚊にたかられて煩わしい、というような表情を浮かべた。傷を負い、痛みのせいだろうか強い苛立ちが感じられた。
 ――倒せる。
 余裕を崩さなかった『クロック』のこの変化に、皆はそう予感し、気を引き締めた。
 攻撃を止めたらいつ形勢逆転するか分からない。アスカがグラビティブレイクを使うと、『クロック』の高級そうなコートが爆散した。シリウスはトーベントを使って確実にダメージを重ねていく。彼が距離を取ったところで、シルキアが次々と矢を放つ。
「ちょっと顕現しただけで生意気な……。まずは貴女から殺してさしあげましょう」
 『クロック』は腕を伸ばすと掌を広げ、そこから幾つもの黒いエネルギー弾を生み出した。その全てを、シルキア1人に集中させる。
「……!」
「危ない!」
 クラウスが前に出て盾「パヴィス」を構え、エネルギー弾を跳ね返す。パヴィスから、黒い煙が立ち上った。
「――お前にはこれ以上、誰も殺させない」
 厳しい目を向けて言いながら、シリウスは目の前のデミ・ギルティの本来の人格に思いを馳せた。
(……押し込められている精霊の心も、これ以上壊させない)
 『クロック』は「ほお」と愉しそうな笑みを浮かべる。彼からは血が流れていたが、全然気にしていないようだ。
「過去に死んだ、何万人というこの都市の住人については水に流してくれるんですかね」
「お前……!」
 その言葉に激高したデュークが突撃しようとする。だがこの時、『クロック』は黒のエネルギー弾を自分の周囲全てに出現させていた。接近した時の未来が明確に見えたクラウスは、デュークの行く手を腕で阻んだ。
「止めろ、死ぬぞ!」
「……!」
 体をびくりと震わせ、デュークは歯噛みしながら足を止めた。それを見て『クロック』はにやりとする。エネルギー弾を一点集中させ、一気にリースに放ってくる。リースは「きゃ……!」と小さく悲鳴を上げて盾を構えた。かなり重厚な盾だが、攻撃の全部を防ぐのは難しいだろう。
「リース殿!」
 クラウスはシャイニングアローIIを彼女に使った。大量の闇の塊は光輪とぶつかり合い、相殺されて消えていく。
「ありがとうございます……」
「お前ぇ!」
 デュークはますます激昂し、皆の制止を振り切って『クロック』に片手剣を突き刺そうと特攻した。しかし、彼は剣をいなされ、拳で腹を殴られて吹っ飛んだ。壁に叩きつけられて動かなくなる。「デューク!」と叫んだリースが駆け寄っていく。クラウスもインベル・ヴィテをかけるために近付いた。
 一方、伊万里のセイクリッド・トランスの効果は切れ始めていた。効果が切れると愛の力が著しく失われることで、脱力感と、血が沸騰するような激痛に襲われる。もう、この戦闘が終わるまでに復帰するのは難しい。
 伊万里が後退を始めたのを見て察したアスカは、グランドクラッシャーを使用した。コンクリートの床が走るように壊れていき、破片――瓦礫と言ってもいいだろう――が『クロック』を襲う。
「小癪な……!」
 『クロック』が瓦礫に対処している間に、伊万里は壁際まで後退して座り込んだ。苦痛の中でアスカ達の戦いを見ながらも、彼女が注目してしまうのは『クロック』だった。
(オーガやギルティを元に戻す方法は本当にないのかな……)
 元が精霊であるということは理解していたが、今回のように精霊の人格の叫びに直に触れてしまうと強くそう思う。
 その時、リチェルカーレの儀礼刀「エムシ」が『クロック』の手の甲を掠った。彼は手を舐めながらも、その微かな一撃が自らの防御力を下げたことは分かったようだ。
「昔に比べて、随分と武器の研究が進んでいるようですね……」
 その顔に、もう笑みはなかった。歯向かってくる者達への怒りだけが見える。
『……!』
 後衛に緊張感が走る。『クロック』が最終手段を使ったのだろう。彼女達の周囲全部に無数の黒いエネルギー弾が浮かんでいる。それが牙を剥こうとした時(牙は無いが)、リチェルカーレは神符を使って『クロック』を拘束した。
「ぐうっ……!」
 当然、『クロック』は拘束を解こうと力を入れる。しかし、神符はびくともしなかった。
 リチェルカーレは彼の前に立ち塞がって訴えかける。 
「元に戻ることはできないの? 中に眠っている精霊さん、あなたの神人と同じことを願うわ。……元に戻って」
「……ふふ、随分と甘い神人ですね。そんな考えで、今までオーガの命を奪ってきたのですか。……断言しますよ。ギルティとして“進化”した精霊が元に戻ることはありません。肉体的にも、性格的にもね」
 クロックはそう言ってせせら笑った。リチェルカーレは顔を曇らせ、俯いた。いつの間にか、彼女は胸の前で両手をぎゅっと握っていた。その彼女をそっと下がらせ、アスカが前に出る。『クロック』と対面した彼は、以前に戦ったデミ・ギルティ――ヨミツキの君を思い出した。
(あいつも、元には戻れなくて結局倒すしかなかった。可哀想だと思わないでもないけど、
それでもオーガが人を脅かすなら、俺は戦う。一番優先されるべきは、今ある命なんだ)
 そして、アスカはグラビティブレイクを使った。
 避ける術もなく彼の攻撃を正面から受けた『クロック』は、遂に倒れた。

 虫の息だが、『クロック』はまだ生きていた。
 意識を失ったのは、ほんの一瞬。
 次に目を開けた時、彼の目は穏やかになっていた。雰囲気で解る。彼は――『本来の人格』だ。
「皆、ありがとう……ごめん」
 リチェルカーレは、掠れた声で言う彼の手を優しく握った。
「……お疲れさま。ひとりでずっとがんばったのね」
 涙をこらえて笑顔で言うと、彼は柔らかい笑みを浮かべた。シルキアも彼に近付き、そっと話しかける。
「あなたはもう人を殺さない。安心して。……それと、愛した人を想って滅んだオーガはまたどこかでその人に逢えるそうよ」
「…………」
 彼は黙って目を閉じた。後は、体から魂が抜けるのを待つだけというように。
「お前の名は記録しておかなければならない。オーガのひとつの例として……名を教えてくれ」
 クラウスが訊くと、彼は目を閉じたまま唇を震わせた。
「……悪い……分からないんだ……」
「……そうか。……他に、何か話しておきたいことはあるか?」
「謝りたい……だが……いくら謝っても足りないことは分かっている……。償うことも、できない……。死ぬくらい、しか……」
「そうとも限らないかもしれないぜ」
 そこで、デュークが精霊を見下ろして言った。彼の手には、カラーボールのようなものと等身大の骸骨人形があった。
「……?」
「これは『クロック』が研究製作していたカラーボールだ。相手に投げることで魂が入れ替わる」
「魂が……?」
 精霊はデュークの言わんとしていることに気が付いたようだ。目を開けて骸骨人形を見る。
「しかし……人形に魂は無い……」
「そうだ。だから俺の勝手な推測だが……、これを使えば『貴様の魂は人形に移る』。だが、『人形には魂が無いからデミ・ギルティの体は抜け殻のままになる』。そして――死ぬ」
「…………」
「人形に移れば、償いも出来るかもしれない。……使ってみるか?」
「……ああ……」
 デュークからカラーボールを受け取ると、人形にぶつけた。それから、数日後――

 骸骨人形は、カロンで当時犠牲になった人々の亡骸を埋葬していた。『クロック』が死んでも、一度住み着いたオーガはまだ都市にいる。しかし、見た目が骸骨だからか、完全に無視されて襲われることもない。
(少しずつ……少しずつでも償いを……。……!?)
 突然、人形の体が動かなくなった。骸骨人形は悟った。これは、死が近付いている時の感覚だと。
 思い出されるのは、最後にシルキアが言ったこと。
(リナ……)
 骸骨人形は、その場にがしゃん、と崩れ落ちた。



依頼結果:成功
MVP
名前:リチェルカーレ
呼び名:リチェ
  名前:シリウス
呼び名:シリウス

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 沢樹一海
エピソードの種類 アドベンチャーエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 3 / 2 ~ 5
報酬 多い
リリース日 01月03日
出発日 01月11日 00:00
予定納品日 01月21日

参加者

会議室

  • [13]リチェルカーレ

    2018/01/10-23:29 

  • [12]八神 伊万里

    2018/01/10-21:24 

  • [11]八神 伊万里

    2018/01/10-21:24 

    そうですぬ。人数も少ないですし、攻撃手は多い方がいいと思います。

    プランは少し心情寄りになってしまいましたが、提出しました。
    皆さん、頑張りましょうね!

  • [10]リチェルカーレ

    2018/01/10-21:02 

    連投ごめんなさい、以前のエピソードをもう一度読んでみました。
    わたし達は懐中時計、ブレスレット。
    後は…今回着ているかどうかわかりませんが、もし着ていたらその下に隠しているかも。
    そのあたりを狙ってみます。

    以前の依頼で「時間に追われている」とあったのは、もうひとりの人格との入れ替わり時間が近かったのでしょうか…?

  • [9]リチェルカーレ

    2018/01/10-20:11 

    もうすぐ出発ですね。がんばりましょう。

    >器の場所
    はい、身に着けている物優先で探すつもりです。
    わかった場合は皆さんに周知としておきますね。

    >配置
    わたしは中衛で…としたのですけれど、この人数だと前衛がいた方がお役にたてるでしょうか?
    らぶてぃめっとトランスをすればわたしも多少は頑張れますし、攻撃に参加してみようと思います。
    デミギルティですから、短期決戦はわたしも賛成です。

  • [8]八神 伊万里

    2018/01/10-15:43 

    シャイニングスピア、ありがとうございます。
    タイミング等はこちらも問題ないです。

    鱗だった場合は、見つけたら知らせてアスカ君に破壊してもらうつもりです。
    その後セイクリッドトランスに移行し戦闘に参加、効果が切れる前に後退します。
    なるべく短期決戦で決められるように頑張らないと、ですね。

  • [7]シルキア・スー

    2018/01/10-01:25 

    >器探し
    リチェルカーレさんは身に付けているもの優先で探る感じでしょうか?
    それなら私は部屋の箱とか壺とか優先で壊します。
    それと最初にちょっとハッタリかましてみようかと。
    引っ掛ってくれれば早めに弱点わかるかも。

  • [6]リチェルカーレ

    2018/01/09-23:30 

    伊万里さん、アスカさん、お久しぶりです。
    よろしくお願いします、ね。

    あ、わたし金の器とか書いてます…ごめんなさい、鱗のつもりでした。
    うん、でもアスカさんたちが鱗を探してくれるなら器を探します。
    器にしても身につけていることが何度かあったので、攻撃しながら探る感じでしょうか?

    クラウスさん、シャイニングスピアありがとうございます。
    シリウスはそのタイミングで大丈夫です。
    器もしくは鱗破壊後、総力戦になると思いますのでシリウスは防御力を下げるスキルをつんでいきまね。

  • [5]シルキア・スー

    2018/01/09-22:56 

    人が増えた!心強いです、よろしくお願いします。

    前衛さんが加わりましたので、私とクラウスは後衛から援護します。
    私は弓装備の予定です。
    クラウスには、シリウスさんとアスカさんとデュークさん(前衛ジョブなら)に
    l11(カウンター・12R・威力128・防御210)を付与して貰おうと考えてます。
    付与のタイミングは弱点探しの段階からです。
    自前スキルとの相性などあると思うので、問題無いでしょうか?

  • [4]八神 伊万里

    2018/01/09-22:20 

    直前ですが参加失礼します。
    八神伊万里と、HBのアスカ君です。
    よろしくお願いします。

    クロックの件は報告書で見ただけですが、
    デミ・ギルティの討伐ということなのでやはり放ってはおけなくて。
    アスカ君は前衛、私もついて行って補助の予定です。
    LBさんがいてくれるので安心して突っ込もうと思います。

    >弱点
    鱗か器かはっきりとは分かっていないんですよね…
    では、シルキアさんが器を探ってくださるなら、私は鱗があるかどうかを探してみますね。
    見つけたらアスカ君に全力で叩き壊してもらう方向で。

    戦闘中は表には出てこないとはいえ、元の精霊の意識も残っているのはつらいでしょうね…
    でも、現状解決の手段が倒すことしかないなら、私もアスカ君もためらわない
    いえ、ためらうことが許されない、と言いましょうか…
    とにかく今はクロックを止めましょう。

  • [3]シルキア・スー

    2018/01/09-18:23 

    過去の報告書は確認してきました。
    クロックの事情はほとんどPL情報ぽいので、今回の手紙情報以上の事はあんまりわからないのかも。
    つつけそうな部分はありそうですが、どうするか考え中です。
    会話には応じてくれそうだなぁ。

    >弱点
    鱗か器か情報出てませんよね…。うーん。
    器だとしても身に付けていてくれればいいけど。
    私は器の可能性を考えて怪しい物狙ってみようかな。

    >同行者
    リースさんとデュークさんはウィンクルムとしてこの依頼を受けて一緒にいる、と。
    少なくとも3組のウィンクルムがいるわけですね。
    リースさん達感情的に動かないといいけど。
    動向は気に掛けておこうと思います。

    武器とか戦法とかハピネス寄りだとか、もう少し考えてきます。

  • [2]リチェルカーレ

    2018/01/07-16:25 

    リチェルカーレです。パートナーはTDのシリウス。
    どうぞよろしくお願いします。

    「よほどのことがない限り」負けることはないとなっていますが…デミギルティ戦ですものね。
    気を引き締めていきたいと思います。
    今の人数のままならわたしたちは前衛で、敵の引きつけと攪乱しながら金の器探し、器破壊後はらぶてぃめっとトランスに移行かなぁと思っています。

    ふたつの人格…ギルティではない意識がそのままに残っているのに、身体が思うがままにならないなんて。きっと辛いですね。
    オーガ化を解く方法がわたし達にあればいいのにと思います。-ですが、まずは。「クロック」を止めなければ。

  • [1]シルキア・スー

    2018/01/07-00:07 

    シルキアとLBのクラウスです。
    よろしくお願いします。


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