あなたを見返すひとつの方法(北乃わかめ マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 冬の寒さが町に舞い込み、ぶるりと体を震わせることが増えた近頃。あなたは精霊と共にタブロス市内の商店街を歩いていた。
 季節が変わっても女性の露出が減ることはなく、今すれ違った女性も首元を大きく晒している。しかも、冷たい風も気にならないのか生足だ。いや、オシャレは我慢と言うから忍耐の賜物なのかもしれない。

「ん?」

 寒そうだね、と精霊に同意を求めようと精霊を見ると。精霊もまた、先ほどの女性を見ていたようだった。
 視線は、未だ外れていないが。

「……ちょっと」

 どこか釈然としなくて、声をかける。やや硬くなったのは寒さのせいだと思いたい。
 声が小さかったのか、からっ風に阻まれたのか。精霊の目線にあなたが映ることはなく。思わずむっとした表情になるあなた。

「ねえってば!」
「うわっ!? なんだよ、急に大声出すなって」
「声かけたのに無視するからでしょ! なによ、鼻の下のばしちゃって!」
「えっ! い、いや、これは……」

 あなたの鋭い言葉に思うところがあったのか、あたふたする精霊を見てさらに声が荒くなる。

「あーあー、あなたってほんっと単純ね! やらしー!」
「な、別に見てたっていいだろ! お前こそ、あのくらい美人だったら!」
「っ!」

 気づけば精霊の口からは、そんな言葉が飛び出ていて。別に本心でないのは確かなのに、あなたの表情でどれだけ傷つけたかわかった。
 じわりと潤む瞳。それを見て、精霊が慌てて口を開く、が。

「――わかった」
「へ?」
「美人になればでしょ? 余裕よ! 御茶の子さいさいよ!!」
「いや、ちょっと待て……!」

 憤慨するあなたの耳に、精霊の制止の言葉は届かない。失言を訂正しようとする精霊の言葉を遮るように、あなたは髪をふわりとかき上げた。
 こほん、と咳をひとつ。

「――ごめんあそばせ。少々、取り乱しましたわ」
「ぶっ!?」
「さぁ、まだお時間もございますから、お店を見て回りませんか?」
「ほ、本気かよ……」

 ふき出してしまった精霊をよそに、あなたは胸を張る。
 その目は確かに語っていた。――見返してやる、と。

解説

 パートナーがぽろっとこぼした言葉を鵜呑みにします。
 神人・精霊どちらが発言したのか、どんな発言がきっかけになったのかを明記してください。

 プロローグではややケンカ腰になっていますが、パートナーの言葉に近づきたい! といった感じでもOKです。
 無理にキャラを作って空回ってもよし、完璧にキャラを演じてもよし。
 もちろん、本当はできる子なんです! と意外な一面を見せてもいいかもしれません。

 そんなパートナーを見て、どんな反応をするのか、どんな言葉をかけるのかなどプランに書いていただければと思います。



※屋内・屋外どちらでも構いません。
※冬物の買い物をしました。300jr消費します。
※個別描写になります。

ゲームマスターより

いつもお世話になっております、北乃わかめです。
冬になってしまいましたね、とても寒いです。カーテンを開けると庭が白くなっていて、とうとう来てしまったか……と感じました。

新しい年を迎える手前で、パートナーの新たな一面を見ることができるかもしれません。
あまり冬らしくないかもしれませんが、どうぞよろしくお願いいたします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

リチェルカーレ(シリウス)

  街中で 通り過ぎた女性が素敵で思わずため息
いいなあ
憧れるんだもの 背が高くてスタイルが良くて
お化粧が素敵で 大人っぽい人

シリウスのいう事は最もだけど
…シリウスだって わたしのことは「子どもっぽい」と思っているでしょう?
返事に口を尖らせる
いいもん。今日は大人っぽくなるお買い物をするんだから!
シリウスも付き合ってね?
ちょっぴり座った目で宣言

服や靴 化粧品等色々な店を覗くも 
薦められるのは可愛らしい物
やっぱり似合わないのねと しょんぼりベンチに

なあに?
プレゼントに目を丸くした後 ぱっと笑顔に
ありがとう!早速 つけてみるね
思いついて髪もおろし 緊張して彼の前に
優しい笑顔に顔を赤く

本当はね あなたに相応しいわたしになりたいの


ニーナ・ルアルディ(グレン・カーヴェル)
  あの服、素敵ですねぇ…私も着てみたいなぁ。
それって私が子供っぽいからですか?
じゃあすぐに転んでダメにしそうだからとか、スタイルよくないからとか!
うぅ、絶対に大人の女性らしいところ見せて驚かせてやるんですから…っ!

あっ、グレン見てください!
通りの向こうを散歩してるわんちゃん、お洋服がとってもかわ…なんでもないです!
飲み物はミルクティー…じゃなくて!コーヒーで…うぅ苦い…
大人っぽい会話って一体何なんでしょう、さっきからずっとお互い黙ったままで…

一周してさっきのお店に戻ってきちゃいました…
…うん、もうやめましょう!
勝手に勘違いして、意地張ってごめんなさいって、グレンに謝らないと。


マユリ(ザシャ)
  洋服店にて 「どうせ似合わない」という精霊の言葉が発端
(これ、可愛いな……。けど、)
目に止まったのは紫を基調としたワンピースドレス
だけど自分に似合う自信がない
なので、余計に相方の言葉にムカッときた
……そうですね。どうせ僕には似合いませんよね、よし分かりました
ドレスを持って試着室へ
ザシャを見返したいという気持ちに満ち溢れている

着終わり、カーテンを開けて
(どうだ、参ったか!)
だけど、さほど自信は無くて、内心かなり緊張
近くの店員に「あのっ! これ買いますっ」と言う

……ぼ、僕の方こそ、ごめんなさい……
もう一度……ですか?
……ザシャのバカ……(ぽそり
(いつの間に口説き文句うまくなったんです? 頬が熱い……!)


鬼灯・千翡露(スマラグド)
  義兄さんの方?
えっと、ラグ君と同じファータで……
大雑把だけど面倒見のいい頼もしい人だったよ

ファータだし美人でもあったけど
どっちかって言うと男前って感じで
それは普段の言動もそうだった
「お前の姉さんもお前も、俺が護ってやるから
だから安心しろ」って笑ってくれたっけ
懐かしいなあ(へにゃりと笑う)
(※過去はラグのお陰で大分乗り越えている)

……え?(手を取られぽかん)
あ……ああ、ええと、うん
ラグ君がそう言ってくれるなら、嬉しいな
(あはは、と笑いつつ内心どきどき)

(以下胸中)
ふわー……びっくりした
今までもラグ君、『男の子』じゃなくて
『男の人』になるような時があったけど
でも今、その変化にどきどきしてる私がいる


●リチェルカーレ
 街路樹には電飾が取り付けられ、並ぶ店舗からはジャンル問わずクリスマスソングが流れている。
 人々が色めき立ち、来る聖夜を今か今かと待ち遠しく思うある日。リチェルカーレは精霊のシリウスと共に、買い物のためタブロスの街を歩いていた。
 鼻歌でも歌いそうなほど軽い足取りのリチェルカーレと、普段とさして変わらないシリウス。
 そんな二人の横を、ひとりの女性が通り過ぎる。リチェルカーレはその人物を、自然と目で追った。

「……いいなあ」
「何がだ」

 ため息交じりに、音に乗って漏れた呟き。それを拾ったシリウスは怪訝そうにリチェルカーレに問うた。
 と言っても、その表情の変化はいつも近くにいるリチェルカーレくらいしか気づかなかっただろう。

「憧れるんだもの。背が高くてスタイルが良くて、お化粧が素敵で大人っぽい人」

 返答に、シリウスの頭の中に先ほどすれ違った女性が浮かび上がる。確かに背は高かったが、それ以外の印象がない。リチェルカーレの言うように化粧も上手かったのだろうが、興味の外だった。
 一般論として、リチェルカーレが挙げた特徴は羨望の的になるのだろうと結論づける。しかし、いまいち理解しがたい。

「……背の高さも体型も、個人差だろう?」
「シリウスの言うことは最もだけど……シリウスだって、わたしのことは『子どもっぽい』と思っているでしょう?」
「――まあ、大人っぽいとは思わない」

 さしていつもと変わらない調子で言われたそれに、リチェルカーレは唇を尖らせた。
 むっと膨れる表情から、ようやく失言であったと気づくも後の祭りである。リチェルカーレがつんとそっぽを向く。

「いいもん。今日は大人っぽくなるお買い物をするんだから! シリウスも付き合ってね?」
「……ああ」

 じとりと座った目は、もう引き返せないことを物語っていた。意気込んで先を歩くリチェルカーレの背中を見、シリウスは大きくため息を吐いたのだった。

 それから、『大人っぽい』というキーワード片手に、大型ショッピングモールに入っているいくつかの店舗を回った。服や靴はもちろん、化粧品にアクセサリー、その他諸々。
 いろいろと物色してみたものの、店員に薦められるものは淡いピンクの色合いやフリルの付いた物など、どれも『大人っぽい』とはかけ離れていて。大丈夫です、と何度も断るうち、リチェルカーレはすっかり気疲れしてしまっていた。

「やっぱり、わたしには似合わないのね……」

 ベンチに座り、肩を落とす。今にも豪雨が降りだしそうな黒雲が乗っているのではないかと思うほど、意気消沈していた。
 確かに、やわらかなイメージのあるリチェルカーレには、どちらかと言えば可愛らしい物が似合うのだ。ふわふわと優しく包み込むような印象があれば、自然とそれに合った物を薦める。店員が一様に似たような物を薦めてもおかしくはない。たとえ、本人の意思とは真逆だったとしても。

「リチェ、これを」
「なあに?」
「『大人っぽくなるものを』と言って出してもらった。この辺でいいんじゃないか?」

 そんな落ち込んだ彼女に差し出されたのは、まるでヒイラギの実のように赤い色のリップグロスだった。
 リチェルカーレが店員と話している間に、シリウスがこっそりと買っていたのだ。大人っぽくなるものであれば、きっと似合うと思って。
 リップグロスを手にしたリチェルカーレの瞳は徐々に煌めき、ぱっとシリウスを見上げるころには花開くような笑みに戻っていた。

「ありがとう! 早速つけてみるね」

 早まる気持ちが抑えきれないまま、その場を離れるリチェルカーレ。奔放なその背中に、シリウスがふっと笑みをこぼす。
 やがて戻ってきたリチェルカーレを見て、今度はシリウスが瞠目した。リチェルカーレがこちらに近づくたび、彼女の髪がふわりとなびく。いつもの三つ編みが解かれ、ゆるく癖の残った髪は遠くから見てもやわらかそうだ。

「……どう、かな?」

 控えめに、少しだけ強張った声色に、緊張しているのが伝わる。自分が渡したリップグロスが艶めいているのもわかり、シリウスはそっとリチェルカーレの頬に触れた。

「――とても、似合ってる」
「ほんとう?」
「ああ」

 慈しむような声と笑みに、唇と同じ色に頬が染まる。左右で色の違う瞳がうっとりと細められ、シリウスはただ素直に愛しいと感じた。

「……本当はね、あなたに相応しいわたしになりたいの」
「そんなこと――」

 いつも冷静で、大人っぽいシリウスに近づきたくて。そんないじらしいリチェルカーレの言葉に、シリウスは首を振る。
 大人っぽくなんて、今のリチェルカーレを変える必要なんてない。

(どんな君でも構わない。――ただ、傍にいてくれたらそれでいい)

 その想いを伝えるかのように、シリウスは解かれたリチェルカーレの髪を一房掬い、口づけた。



●鬼灯・千翡露
 自宅のリビングでのんびりとココアを飲みながら、取り留めのない話をする。クリスマスや年末年始の予定がどうだとか、最近何が流行っているかだとか。

「――そう言えば、ちひろのお義兄さんってどんな人?」
「義兄さんの方?」

 そんな中、スマラグドから投げかけられた問いに、鬼灯・千翡露は目を丸くした。今まで千翡露の過去のことに気を遣ってか、こうも堂々と話を振ることなどなかったのだ。
 千翡露は「えっと、」と姉と幸せそうに寄り添っていた義兄を思い出す。

「ラグ君と同じファータで……大雑把だけど、面倒見のいい頼もしい人だったよ」
「そう」
「ファータだし美人でもあったけど、どっちかって言うと男前って感じで」

 神妙な面持ちであるスマラグドとは対照的に、千翡露は徐々に笑みを深めていく。
 今までは、かつてを思い出すたびに暗い過去が付きまとっていた。血に塗れた二人ばかりが脳裏をよぎり、優しく微笑む二人を鮮明に思い出せたのなんていつぶりだろうか。

「それは普段の言動もそうだった。『お前の姉さんもお前も、俺が護ってやるから。だから安心しろ』って笑ってくれたっけ」

 当時のことを思い出しながら、へにゃりと笑顔をこぼす千翡露。そんな千翡露にほっとする反面、自分と同じファータの存在にスマラグドは目を伏せた。
 千翡露から、頼りにされていた人。千翡露を守れるくらい、強い人。
 そっと、テーブルの上に置かれた千翡露の手を取る。義兄と同じとは言え、スマラグドはまだ若く、その手は細い。千翡露に比べればやや骨ばっている印象だが、頼りがいがあるとは言えない外見だとは自覚している。
 突然のことに呆気にとられる千翡露を、まっすぐ見つめた。

「……じゃあ、これからはお義兄さんに代わって『俺』がちひろのこと守るから、それは許される?」

 体格だとか、どうしようもない部分はあるだろう。だけど、その内に秘めた想いだけは負けない自信がある。
 千翡露の記憶に残る義兄のように、いやむしろそれ以上に、頼りになる存在になりたくて。

「あ……ああ、ええと、うん。ラグ君がそう言ってくれるなら、嬉しいな」

 問われた千翡露は戸惑いを隠し切れない様子ではあったが、素直に頷いた。どぎまぎしながらも答えた言葉に、スマラグドの肩から力が抜ける。
 無碍に断られるとは思っていなかったが、少しでも躊躇われたらどうしようかと不安もあった。無理に言っていないかも心配だったが、それも杞憂に終わって安堵する。

(……そう言えば、ちひろは。素の『俺』でも、リュロみたいに窘めたりしないんだ)

 過去、スマラグドが思いを寄せていた人物。彼女は、今はもうウィンクルムとして、別の精霊と共に在る。

(『ラグは美人なんだし、綺麗な言葉の方がいいわ』って。彼女が好きだったから抑えてきたけど)

 リュロは、スマラグドが素を出すことを好ましく思っていなかった。
 美少年と呼ぶにふさわしい外見であるスマラグドだが、決して穏やかな性格とは言えない。感情的になることだってあるし、本来は『俺』と言っているのだ。
 好きな人の好みに近づきたくて、本当の自分を隠して生きたけれど、目の前の千翡露がそれを指摘することはない。見た目でイメージを押しつけることもなく、寛容な心で受け入れてくれる。
 それを知ってからというもの、スマラグドは随分と楽に過ごしていた。隠すことも偽ることもなく、ありのままの自分を見せられることが、どれだけ嬉しいことなのか。
 今、確かに実感している。

(――ああ、ちひろの傍は居心地がいい)

 この、あたたかなココアのように。甘くて、落ち着く。
 知らず与えられていた千翡露のぬくもりを噛みしめるように、スマラグドはそれを堪能した。
 そんな様子を見て、千翡露は胸中で感嘆の声を漏らす。

(ふわー……びっくりした)

 手が離れ、何事もなかったようにココアを飲むスマラグド。その手を見つめ、千翡露はぱちぱちと瞬きをする。
 晴れて恋人になってからも「年下の男の子」という印象があったのに、先ほどの射抜くような視線はそれに当てはまらなかった。

(今までもラグ君、『男の子』じゃなくて『男の人』になるようなときがあったけど……でも、今――)

 自分の手のひらに視線を落とす。スマラグドから与えられた熱が、まだそこに残っていた。それが体中に伝播し、遅ればせながらも鼓動を速めていく。
 守る、と同じことを言われたはずなのに、スマラグドに抱く感情は今までになかったもので。

(その変化に、どきどきしてる私がいる)

 ウィンクルムとして、恋人として。鼓動が早鐘を打つのも、頬を赤く染めていくのも心地がいい。
 あたたかな想いが心を満たしていく気がして、千翡露は緩む口元を隠すようにココアに口をつけたのだった。



●ニーナ・ルアルディ
 クリスマスを盛り上げるポップな音楽がタブロス市内を包み込む。ニーナ・ルアルディは、いつもとは違う町の雰囲気に目を輝かせていた。
 時折、精霊のグレン・カーヴェルが転ばないよう声をかける。言いながらも、手を伸ばせばすぐ支えられる距離で市内の商店街を歩いていた。

「あの服、素敵ですねぇ……私も着てみたいなぁ」

 ふと、目に入ったショーウィンドウを見上げてニーナがそう呟く。そこには、シックなタイトスカートやチェスターコート、ヒールの高いショートブーツなどが並べられていた。
 だが、グレンはニーナとそれらを見比べ、いやいやと首を振った。

「あー……あれか。お前には似合わねーからやめとめやめとけ」

 大人っぽくて、着て歩けばグレンのとなりを歩いてもちぐはぐにはならないだろうと、一度は考えた姿。それをあっさり却下されてしまい、ニーナの眉が下がる。

「それって私が子供っぽいからですか?」
「いや違……」
「じゃあすぐに転んでダメにしそうだからとか、スタイルよくないからとか!」
「っつーか誰もそこまで言ってねーだろ!」

 どうやらニーナは悲観的になってしまったらしく、その瞳はやや潤んでいる。
 違うと言い切るグレンの言葉は耳に入っていないのか、今度はぐっと両手で握りこぶしを作った。

「うぅ、絶対に大人の女性らしいところ見せて驚かせてやるんですから……っ!」

 やってやるぞ! と意気込むニーナの瞳がらんらんと輝く。さっきまで悲哀に揺れていたのに、あっという間に引っ込んだ。
 こほん、と息を整え、すっと背筋を伸ばしてニーナが歩き出す。

(こいつの性格的に、そういうのは向いてねぇよな……)

 打算的に生きることも計算して人付き合いをする考えもなかったニーナ。それが彼女の魅力のひとつであるとわかっているからこそ、先ほどの服は不似合いだと思ったのだ。
 すまし顔でとなりを歩くニーナの様子を窺う。真一文字に閉じられた唇に、伏し目がちな瞳。グレンは「へぇ……」と僅かに目を開く。

(こいつ、こういう顔も出来たのか。いつも笑顔で飛びついてくるばかりだから別人に見えるな)

 いつものニーナとは違う、まるで作りの良い西洋人形のような表情に、意外だと感心する。
 だが、それも束の間。澄んだ空に似た青い瞳が大きく開かれた。

「あっ、グレン見てください! 通りの向こうを散歩してるわんちゃん、お洋服がとってもかわ――」
「ん?」
「……なんでもないです!」
(……やっぱニーナはニーナだったわ)

 グレンを見上げた笑顔は、向こうの子犬よりもきらきらと輝いていて。すぐさまそっぽを向いてしまったが、グレンは肩を震わせた。
 あっという間の出来事だったが、やはり根本的な本質はそう簡単に変わるものでもない。別人のようだと遠くに感じていたのは、勘違いだったようだ。変わらないニーナの反応に、グレンは短く息を吐いた。

「寒くなってきたな。ニーナ、何飲む?」
「ミルクティー……じゃなくて! そのとなりの、コーヒー、で」

 通りの端に立っていた自販機で飲み物を買う。
 しかし一口飲んで、その味に文字通り苦い顔をした。

(うぅ……苦い……)

 大人は、グレンはこの苦いコーヒーでも顔色ひとつ変えず飲むのに、自分はそれができない。砂糖とミルクを入れたって無理かもしれない。
 ならばせめてそれ以外で挽回しようと考えを巡らせるが、思えばそんな話題も見つからなかった。

(大人っぽい会話って一体何なんでしょう、さっきからずっとお互い黙ったままで……)

 持っている缶はあたたかいままなのに、なぜか寒さに震えるばかりで。どこかに隙間風が吹いているような気がしてならない。
 口数も減ったまま歩いていると、ニーナの視界に見覚えのあるショーウィンドウが入り込んだ。どうやら、気づかないうちに元の場所まで戻ってきていたらしい。
 振り出しに戻ってしまった――そう思ってグレンを見ると、グレンもショーウィンドウの方を見ていた。

「あんな服じゃあ、いつもみたいにこうして出かけられなくなるだろうが。だからやめとけっつったんだよ」
「グレン……」

 落ち込むニーナに、今度は視線を合わせてグレンが言う。
 慣れない高さのヒールを履けば、躓いて転んでしまうかもしれない。もちろんそうなればすぐにグレンが受け止めるのだろうが、窮屈であることには変わりないだろう。
 だから、「やめとけ」と。意味を理解したニーナはもう、貼りつけたような顔はしていない。

「……うん、もうやめましょう!」
「あぁ、そっちの方がずっといいな」
「グレン、勝手に勘違いして、意地張ってごめんなさい……」

 憧れではあるけれど、無理に背伸びしては息苦しい。自分らしくないし、せっかくのグレンとのデートもちっとも楽しくなくなってしまう。

「俺はお前の底抜けに素直なトコに惚れたんだから、そこだけはこれからも変わってくれるなよ」
「え、これ……」
「ほら、ボーッとしてると置いてくぞ」
「ま、待ってくださいグレン!」

 意地悪な笑みを浮かべるグレンの手には、ニーナが一口だけ飲んだ缶コーヒーがあって。
 代わりにニーナの手には、いつ買っていたのかあったかいミルクティーがあった。



●マユリ
 冬物を買い揃えようかと、タブロス市内のとあるショッピングモールを訪れたマユリとザシャ。
 ふらりと立ち寄った洋服店はカジュアルな物からややフォーマルな服まで取り揃えており、マユリは興味深げに店内を回る。ザシャは変わらずフードを目深にかぶりながらも、堂々と立ち並ぶマネキンで見失わないようマユリの近くを歩いていた。

「あ……」

 ふと、マユリの歩が止まる。視線の先には、腰に手を当てポーズをとるマネキン。それが身につけているワンピースドレスに手を伸ばす。
 生地は柔らかく、裾には繊細な花の刺繍も施されていた。マユリの髪とよく似た紫は、店内でも目を惹く色だ。シックな色合いは、ポップなBGMの中でも落ち着いた雰囲気がある。

(これ、可愛いな……。けど、)

 まるで宝石でも見つけたような心地に胸躍るが、マユリはそれから手を放してしまった。
 見上げるマネキンはすらりとスタイルが良く、どうしても自分と見比べてしまう。こんな風に似合わない、似合う自信がない。そう感じて、だけど後ろ髪を引かれる思いでワンピースドレスを見つめた。
 そんな様子を見ていたザシャが、マユリと同じようにワンピースドレスを見る。

「オマエには、大人っぽいんじゃないか? どうせ似合わないだろ……」
「!」

 羨ましそうに見つめるマユリをからかうように、裾を摘まんでみる。
 ザシャの言葉は、正しくマユリ自身が感じていたことだ。自分はまだ若く、釣り合わないだろうと思ってはいた。が、それをザシャに指摘され、素直に頷けない自分がいることもまた事実なのだ。

「……そうですね。どうせ僕には似合いませんよね、よし分かりました」
「は……?」
「ちょっと待っていてください」
「あ、おいっ」

 半ばむきになり、語尾が硬くなってしまっているがそんなことを気にする余裕はない。マネキンのとなりに並んでいた同じワンピースドレスを引っつかむと、マユリは試着室に飛び込んだ。
 暫し呆然としたザシャだが、マユリの雰囲気に怒らせてしまったのだと気づく。余計なことを言ってしまったと後悔してももう遅い。マユリが入った試着室の前で、知らず親指の爪を噛みながら俯いた。
 がさごそと試着室のカーテンが揺れている。やがてそれも聞こえなくなり、着替えが終わったのだと察した矢先、勢いよくカーテンが開かれた。
 そこには、唇を引き結んだマユリがいて。

(――どうだ、参ったか!)

 カーテンを握る手は震えていた。縮こまりそうになるのを必死に我慢して、ザシャの反応を待つ。
 しかしザシャは、瞬きの間に背を向けていて。顔を覗き込もうとしたが、フードをぐっと下げてしまいそれすらも叶わなかった。
 不安に駆られるマユリをよそに、ザシャは困惑する。想像以上に、マユリの色とワンピースドレスの色が合っていて。マユリにはまだ大人っぽいだろうと思っていたのに、存外似合っていたのだ。

「……ザシャ?」

 不安げな声色が、ザシャの耳に届く。煽ってしまった手前、何か返さなければと思うものの、うまい言葉が見つからない。

「その……似、合って、いた」
「あ――、あのっ! これ買いますっ」
「……!?」

 思い切ったマユリの言葉に、ザシャは思わず振り返った。マユリに呼び止められた店員が、愛想よく何かを話しているがザシャの耳には届かない。
 手早く元の服に着替えたマユリが、てきぱきと会計を済ませる様子を見て、本当に買ってしまったと目を丸くする。
 元々欲しそうにしていたとは言え、まさかここまで自分の言葉を鵜呑みにするとは思っていなかったのだ。だけどそれはつまり、良くも悪くもマユリの心を大きく動かしたというわけで。
 ワンピースドレスの入った袋を持つマユリが戻ってきたことに気づくと、ザシャはふいと視線を逸らした。

「……。さっきは、わる、かった」

 マユリの反応を見るのが怖くて、つい声が小さくなってしまう。
 え? と首を傾げるマユリ。ちらりと見えた蜂蜜色の瞳は、確かに自分を見つめている。

「流石に、言っていいことと悪いことがあるよな……」
「そんな……ぼ、僕の方こそ、ごめんなさい……」

 言外に含まれた謝罪に、マユリは首を振った。図星を指されて認めたくないと思ったのは、やはりまだ子供なのかもしれないと、手に力が入る。
 ぎゅう、と袋が音を立てた。ザシャが視線を落とすと、袋の口からワンピースドレスが見え隠れしている。

「……なあ、オマエがそれ着たとこ、もっかい見たい」
「もう一度……ですか?」
「そーゆーの、オレだけの特権だし……」

 視線は合わないまま。だから、目を見張ったマユリの頬がほんのり赤く色づいたことも、ザシャは気づかない。

「――ザシャのバカ……」

 フードをかぶったザシャには、マユリのそんな呟きは聞こえなかった。
 むしろ、聞こえなくてよかったのかもしれない。気づかれれば、頬の色もバレてしまうかもしれないから。

(いつの間に口説き文句うまくなったんです? 頬が熱い……!)

 熱を持ち始めたそこに気づかれないよう、マユリは歩調を速めたのだった。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 北乃わかめ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ビギナー
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 4
報酬 なし
リリース日 12月02日
出発日 12月09日 00:00
予定納品日 12月19日

参加者

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