ホップ・ステップ・ジャンプ(ナオキ マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

『やだ、太っちゃったわ』
 テレビの中で、どこからどう見ても完璧な体型の女優が嘆く。現在世間で大流行中の、とあるドラマのとあるシーン。
 秋や冬は、寒さのせいで人肌が恋しくなるのか、恋愛を取り扱ったドラマや映画がやたらと目につく季節だ。
 そして食べ物が美味しい季節でもある。
 春や夏もそれはそれで、恋愛モノは年中無休で世間から求められているのだが。
 友人から土産でもらった、“秋限定! クリームたっぷりのモンブラン”を食べ終えたひとりの神人は、テレビを消してクローゼットを開ける。
 天気予報によれば、明日は爽やかな秋晴れ。絶好のお出かけ日和に、彼女は己が半身でもある精霊と出かける約束をしているのだ。
(どこへ行こう? アクセサリーを見る? 行列の出来るケーキ屋に並ぶ? あ、先週友達と行ったレストラン! 美味しかったなあ、彼にも食べさせてあげたいなあ。さっきテレビでやってたホテルのビュッフェも、りんご農園のりんご狩りも美味しそうだったわ)
 うきうきと計画を立てながら、彼女はお気に入りの服を何着か引っ張り出し、身体に当てては入念に鏡をチェックする。
 やがて。
 去年のこの時期にも愛用していた、特に好んでいるスカートを手に取り、折角だからと部屋着を脱いで足を通してみることにした。
「……」
 肌触りの良さも、デザインの良さも去年と変わらない。
「……嘘でしょ」
 何も変わらない。
 ウエストのホックが止まらないことを除けば。何も。
「やだ! ふ、太っちゃった?!」
 先程のドラマよりも余程感情の籠った悲痛な叫び声が、虚しく部屋にこだました。
 ――しかし、このような問題に直面しているのは、なにも彼女だけではない。
 夜な夜などこかの家の鏡の前で、或いは体重計の上で、繊細な女性たちの悲鳴があがりっぱなしだった。
 世はまさに、食欲の秋。
 それと同時に、運動の――ダイエットの秋でもある。
「……。明日はカロリー控えめのお弁当を作って、あの大きな公園に行って運動しよう……」
(ちょうど紅葉も綺麗だろうし……)

解説

※公園までの交通費として300Jrを消費

・たまには楽しく一生懸命運動しましょう
・公園は、大きく分けて以下のエリアがあります
・一般的な遊具が置いてあり、子どもたちに人気のあるエリア
・芝生が広がり、ピクニックやフリスビーなどが楽しめるエリア
・テニスコート(※使用料として更に100Jr消費)
・他にも、舗装されたジョギングコースがぐるりと巡っています
・ながーい滑り台と、公園中を彩る紅葉が人気です

・持ち物は自由ですが、いつもより動き易い服装だと何があっても安心です

ゲームマスターより

こんにちは、食べ物が美味しい季節ですね!
最後にめいっぱい身体を動かして、自由に楽しい思い出をつくっていただければと思い、このような形にしました。
どうぞよろしくお願いします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

シルキア・スー(クラウス)

  発端
昼前 談話室
ダイエットのテレビ視聴
夏には横に割るのも夢じゃないと思ってた腹筋が今や程よい弾力を持ち
まずいわ―とせんべい食べつつ愚痴ってたら鍛錬を終えた彼を見て身も心もたるんでる自分自覚
明日の予定はトレーニングにしたいと懇願

翌日
二人でトレーニングウェア着用
彼のメニューに従う
彼が励ましてくれるのを支えに頑張る

心情
体が重くて心が折れそうだけど彼のパートナーとして挫ける訳にはいかないのよ!
私をあなたの高みに連れてって!

テニス中
あなた新しいスキルを習得したのよね
これからの戦場では私も体を張って戦える
その為の体を作らなくちゃ

終了
へろへろ
プロテインチョコ味が涙出る位美味しかった(甘味!
あなたの心遣い 神~!


メイ・フォルツァ(カライス・緑松)
  朝の空を見上げ、胸いっぱいに伸びをする。
今日は遊び倒すわ、燃え尽きるまで。

ボール片手に、バスケットゴールのある場所を探すわよ。
「ところでリョク、バスケできんの?」

場所が決まると、軽く準備体操をして始める。
3本勝負よ。
ドリブルしたまま、ゴールを目指して走る。
当たり前だけど、身長と体格差のせいか、何度かリョクに横取りされながら。

お昼はコンビニ寄って、アサリのボンゴレパスタ、紅茶、マロンパフェを買う。
あっ、パスタは温めてー、お箸1膳とデザートスプーン1つずつ頂戴。
ベンチに座って食べる。

サッカー、やってもいいわよ。
これでも男子に挑んで、まぁ、惨敗ってばっかだったけど。

ハンデはいらないわ、本気でお願い。


風架(テレンス)
  白いジャージ 髪は低い位置で括る
別に太ったわけじゃないんだけどさ
うん、ありがとテレンス
……なんかさ、食べすぎ? 重いんだよね。体
たまには動かないと

ジョギングコース選択
……つかれた(立ち止まり汗を拭く
テレンスー休もうよ
遅れて来る精霊を手招き
休憩できるところへ行く

わ、すごい。来る時気づかなかったけど、結構きれい。紅葉
……テレンス、暑くないの?
走った後なのにフードを深く被る相方を見る
本人は問題ないのだろうが、首筋が汗で濡れているのが、見えた
テレンス、ちょっと動かないで
精霊の首筋をタオルで拭く
はい、これで良いよ(軽く微笑む


イザベラ(ディノ)
  心身を鍛えるのはウィンクルムとして当然の義務。
正義とは大抵、己の限界を感じた際に問われ崩れるものだから。

という訳で、ジョギングコースでひたすらインターバル走。
見た目の割に根を上げるのが早い精霊には、厳しく喝を入れる。

「足を止めるなー!走らんかコラァー!!貴様その筋肉は飾りかー!!」

自分も汗だくで肩で息をしているが、限界を超えて逆にハイになっている状態。
目のギラつきも通常の3割増し。

「滑り台…という事は階段が有るという事だな。では兎跳びで足腰を…」
「遊具か…雲梯が有れば片腕懸垂にL字懸垂、それから…」

代替案の却下に、難しいと思いつつも納得。
今まで自分が如何にこういう事を考えて来なかったかを実感。



●よーいドン!
 雲ひとつない、とはいかなかったが、それでもこの季節にしては珍しいほどの晴天だった。
 晴れている分きりりとした寒さも昨日までより増してはいるものの、これから本気で動こうかという者にとっては然したる問題でもなかった。
 恵まれた晴天へと思い切り伸びをして、メイ・フォルツァは気持ちの良い爽やかな空気を胸いっぱいに吸い込む。
「んーっ! よしっ、今日は遊び倒すわ。燃え尽きるまで」
 平素よりも更に高揚しているメイの声を聞き、カライス・緑松はやれやれと言わんばかりに肩を竦めた。
「……灰っても、知らねぇぞ」
「ならないわよ! アタイが灰ったりしたら、リョク泣いちゃうでしょう」
 独自の法則で気ままに言葉を短縮して話すのがメイの癖で、いつの間にかそれが緑松にも伝染してしまったのだが――テンション高く否定するメイの言葉を背中で聞き流し、緑松もつられて空を見上げる。
(これだけ晴れてんだ、派手な方が丁度いい)
 そうこうしている間にあっさりとメイの興味は他へと流れ、持参したバスケットボールを脇に抱えて競技に白熱出来る場所を探し始めた。
 見ずとも分かる。危険がなければ特に口うるさく指図もしない。
 男女間での友情のお手本のような信頼が、ふたりにはあった。
 愛想良く道行く誰かに話しかけるメイに相変わらず背を向けたまま、緑松は同じく家から持ってきたサッカーボールで器用にヘディングをする。
 緑松の鋭すぎる目つきを誤魔化すには、現在着用している伊達眼鏡だけでは少々、心許ない。
 適材適所。向いている奴が向いていることをすればいい、と。
 ありがとう! というメイの声をきっかけに、緑松は一際高くボールを上げた。
 どうやら無事に、目的地の場所は掴めたらしい。
 ちらりと見遣れば、白いジャージを身に纏った女性と、その斜め後ろに控えるようにしてつき従う男の姿があった。
「さて、早速出発するわよ。ところでリョク、バスケできんの?」
 あっけらかんとした物言いは、何故だか爽やかな秋晴れにとても良く映える。
 一拍の間を置き、緑松は大きく深く溜息をついた。
「依頼でやっただろうが。接待バスケ」
「そういやそんなこともあったわね」
 ぶらぶらと、ふたりはそれぞれボール片手に歩き出す。

「あの説明で伝わったかな。バスケットゴールのある場所」
 首の後ろでひとつに結わえた風架の黒髪が、白いジャージを着た細い肩に流れる。
『ああ』
 しっかりと根を張る巨木のように、テレンスはどこに居ても変わらない。
 運動することを目的にしてやって来た公園でも、表情が窺えないほど深々と被ったフードはそのままだし、スケッチブックとペンを用いて筆談に徹するところもそのままである。
「あたしは今日はジョギングコースで走ろうと思うんだけど」
『了解した』
「別に太ったわけじゃないんだけどさ」
『理にかなった食事の摂り方をしているからだろう』
「うん、ありがとテレンス」
 風架の、左斜め後ろ。そこがテレンスの常からの居場所だった。
 髪を結っているせいで、普段はその後ろに密やかに隠れているうなじや首が、テレンスの位置からだと細やかに見える。
 痩せる必要など欠片も感じさせない。
 それどころかより一層の庇護欲を掻き立てる華奢な首から、テレンスは静かに目を逸らした。
 精霊の心境など何も知らない神人は、やる気も充分に屈伸運動を始める。
「……なんかさ、食べすぎ? 重いんだよね。体。たまには動かないと」
(体が重いのは食事のせいではなく、寝る時間が影響しているのでは)
 感じたことをそのまま書きかけ、しかしテレンスは途中でペンを止めた。
 仕事ではなく、完全なるオフとして風架が進んで体を動かそうとしているのだ。
 体を動かせば質のいい睡眠にも繋がり、身も心もリフレッシュ出来るだろう。
 やる気を削ぐようなことだけは避けたかった。
 一旦スケッチブックは芝生に置き、テレンスも風架を真似て準備体操をすることにした。
「前屈、背中に乗って押してあげようか」
「……」
 即座に首を横に振り、辞退する。

●真剣勝負
 無事にゴールを発見したメイは、それこそ何かのゴールに辿り着いたかのように喜んだ。
 入念に関節をほぐし、さて、と足元に転がしておいたボールを取ろうとしたメイだったが、そこに目当ての球体はない。
 疑問に思う暇もなく、ゴールから派手な音が聞こえてきた。
 ゴールリングに掴まる緑松と、地面を跳ねて転がるボール。
(ああそう、見事にダンクったってわけね)
 軽やかに着地した緑松と、視線が交わる。空気が熱を持ち始める。
「三本勝負よ」
「一本は奪ってやるぜ。ハンデとしてボールは先にくれてやる」
「後悔しても知らないから」
 試合開始のホイッスルなど、無論、ない。
 互いに互いを挑発し、膨れ上がった闘争心が弾けた瞬間、ふたりは同時に地面を蹴った。

「心身を鍛えるのはウィンクルムとして当然の義務。正義とは大抵、己の限界を感じた際に問われ崩れるものだからな」
 イザベラがそう力説してから、何分が経っただろう。いや、何時間、だろうか?
 延々と走らされているディノには、もう何年も何年も前のことのように思えてならなかった。
 立派な軍人を幾人も戦場へ送り出している名家に生まれたイザベラ自身も、それはもう骨の髄まで厳格な武人であった。
 そんなイザベラが自分自身とディノに課したのは、ジョギングコースでのインターバル走だ。
 一定の距離を全速力で走り、その後休むことなくまた一定の距離を今度は緩やかにジョギングして、これでようやく1セット。
「顎を上げるな! 呼吸を乱すな! あと三分このペースで走れ!」
 垂らせばさぞ美しいであろう髪を素っ気なく団子状にひっつめているのはいつも通りだが、流石に今日のイザベラは軍服ではなく運動に適した軽装である。
 最初こそ季節外れだったが、こうして走っている内に完全に景観にも馴染んだタンクトップから伸びる腕は、女性特有のまろやかさとは程遠いものの、大柄且つ男性であるディノのものと比べればやはり細い。
 己がどんくさいという自覚のあるディノを置き去りにすることなく、ペースを合わせて並走し辛辣な叱咤を飛ばしてくれるのは、上下関係に厳しい軍人が持つある種の面倒見の良さからだろうか。
 それとも、もっと親密な感情が原因だろうか。
(どっちかなあ、どっちでも嬉しい、かな……)
 朦朧とする頭で、ディノはふにゃふにゃと考える。
「す、すごいですね……?」
「む?」
 イザベラの気迫に圧されてか、最初こそなかなかに賑わっていたジョギングコースも今では数人しか残っておらず、ほぼ貸し切り状態となっていた。
 その中のひとり。
 日差しを反射して輝く金髪が眩しい女性が、感心しきった顔でイザベラに声をかけてきた。
「何かの特訓ですか?」
「いいや。だがまあ、日々の生活が鍛錬となるよう心掛けてはいる。それが我々の義務だ」
「は、はぇー……」
「そっちの男は貴様の精霊か? ダッシュを混ぜて心肺機能の強化を狙っているそのメニューはいい。効率的だ」
 イザベラが他の利用者と話している、と脳で知覚した途端、ディノの足が速度を落としていく。
 怠け心が働いたのではなく、今のうちに体力の回復を狙っての無意識の行動だった。
 少しだけ、ほんの少しだけ休んで、イザベラが気付く前にまた彼女の隣に並べば――
「足を止めるなー! 走らんかコラァー!! 貴様その筋肉は飾りか?!」
「す、すみません!」
「さあ全力で走れっ!」
 秒でバレた。
 鬼の形相でけしかけられ、ディノは涙で滲む視界で精いっぱい走り出す。
 突然会話が終わり置いていかれる形となった金髪の女性――シルキア・スーと、効率的なメニューをつくったクラウスは、ふたり揃ってぽかんとその背中を見送った。
「……。すごかったね?」
「ああ……日々の鍛錬は義務、か」
「クラウスも昨日似たようなこと言ってたでしょ」
「しかし俺はあそこまで高潔では……昔からの習慣でこなさぬと調子が出ないだけだ」
「習慣になるまで続けられたことがもうすごいよ」
 臆面もなく尊敬の眼差しを向けられ、クラウスはわざとらしい咳払いで話題を変える。
「ん……そろそろ走り込みは終了だ。昼休憩に入り、その後テニスコートへ向かう」
「了解、コーチ!」
 更にやる気で燃え上がるシルキアの瞳を横目で見下ろし、クラウスは口端に控えめな笑みを乗せた。
 イザベラのスパルタに触発されたのは、同じくジョギングをしていた風架も同じで。
 自身に見合ったペースを見つけられずに走ったせいで盛大に痛む横腹を押さえて隅のほうでしゃがみ込む風架の背中に、テレンスの大きな掌がそっと置かれた。
 掌はそのまま、ジャージの上から労わるように背中を撫でていく。
「……ありがと、楽になったよ」
 礼を述べるその口調がやや早口だったのは、何かに照れたせいだと風架は内心で決めつけた。
(無様な姿見せちゃったから、だよ。……たぶん)
 その“何か”の正体については深く考えないまま。

●ブレーク・タイム
 シルキアが自作した弁当は、栄養面はもちろんカロリーのほうにもかなり気を遣った出来となっていた。
「まだ走っただけだけど、クラウスの応援があったから耐えられたよ。午後からもよろしくね」
(俺は、お前が作ってくれた弁当が楽しみだったから耐えられた、とは……言えぬな)
 期待していたよりもはるかに美味しい弁当を一瞥し、クラウスは胸中で苦笑する。
「昨日泣きつかれたときは何事かと思ったぞ」
 お茶を飲みながら屈託なく笑っていたシルキアの頬が、実に分かり易くむくれた。
 昨日。
 ふたりが住むソーシャルアパートメントの談話室で大家夫人とせんべいを齧りながらダイエット番組を見ていたシルキアは、ようやく、夏頃と比べ己の腹部に柔らかな脂肪が増えていることを自覚したのだ。
 そこへ都合良く――タイミング悪くと言うべきか――日課の鍛錬を終えたクラウスが変わりなく隙のない出で立ちで現れ、そしてシルキアに電流が走った。
 このままでは彼のパートナー失格だ、と。
 最近の情勢は落ち着いている、今の内に心身の休息を謳歌すればいいと主張するクラウスと。
 クラウスの普段のトレーニング内容を尋ねた挙句、それに付き合わせて欲しいと頼み込むシルキアと。
 マイペースにお茶をすする大家夫人。
 そして今日。
 ペアストレッチから始まったふたりのトレーニングは、いよいよ午後からが本番である。

 根本的にマイペースな風架は、その後イザベラたちとすれ違ってももうペースを乱されることなく、彼女の軸をしっかり保ったまま走ることが出来た。
「……つかれた」
 立ち止まるタイミングも実に風架らしい不意なもので、やや距離を取ってその後ろを走っていたテレンスは少しずつスピードを落として近づいていく。
「テレンス、休もうよ」
 洗いたてのタオルで汗を拭いながら手招きする風架にひとつ頷き、寸分違わぬ定位置についた。
「ベンチとか東屋とか、結構あるんだって、この公園。さっきのバスケの人が教えてくれた。近くにコンビニもあるみたいだよ」
『水分補給も忘れずに』
「うん。喉からからだよ」
 足に疲労が溜まっているのだろうか、ベンチを探す風架の歩みは平素よりも遅い。
 誰も使用していないベンチをやっと見つけた風架の目の前を、はらりと一枚の葉が落ちていった。
 誘われるようにして顔を上げた先。
「わ、すごい。来るとき気づかなかったけど、結構きれい。紅葉」
 しなやかな動物の尾のように揺れる毛先を目で追っていたテレンスも、上を仰ぎ見る。
 真っ赤に色づいた葉を纏う枝が方々に伸び、その隙間から青空が垣間見える様は、圧巻だった。
 しばらく、無言で紅葉を愛でる。
 くるりと回転して違う角度からも木を見上げた拍子。
 風架の目に、上を見上げて尚一切ずれてもいないテレンスのフードが映った。
 そもそも、運動直後にその服装は、不快ではないのだろうか。
「……テレンス、暑くないの?」
『問題ない』
「ふーん……あ、」
 本人が問題ないと言うならいい、と話を切り上げようとした矢先、テレンスの首筋を汗が伝うのに風架は気付いた。
「待って。ちょっとだけ動かないで」
 何故? という疑問が芽生えても、動くなと言われた以上、テレンスは動かない。
 そのまま微動だにせず静止していると、タオルを持った風架の腕が伸びてきた。
 鼻先を掠めたのは、決して派手ではない洗剤の香りと、そして風架自身の微かに甘い香り。
 汗をかいた肌を拭われているのだ、と。
 我に返ったテレンスが状況を把握するのと、丹念に拭く為に角度を変えた風架の指先が首に触れたのは同時だった。
 細い指の感触を、皮膚の薄い首筋で察知し、胸の奥で“何か”が跳ねる。
「はい、これでいいよ」
 タオルが離れていき、それまで頑なに紅葉に固定していた視線を、いくらかの安堵と共に下げる。
「!」
 テレンスは、決して声帯を揺らさない。
 例えどれだけ驚いたとしても。
 例え運動後の火照った顔のまま木漏れ日の下で微笑む風架に、正体不明の衝撃を受けても。
(この気持ちは……?)
 分からない。
 分からないことは、文字にすることも出来ない。
「テレンス、座ってちょっと休んだらごはん買いに行こう」
 早々にベンチに座り、おいで、と隣を叩く風架に、またひとつ、頷くだけだった。

 三本勝負は、宣言した通り緑松がまずは一本先制した。
 その後メイが体格差に苦しみながらも一本を返し、二本目も続けざまにシュートを決めた。
 しかし最初に詳しくルールを決めておかなかったのが災いして、緑松が一本目を決めた際にあれは3Pだったからまだ同点だと言い出し、もちろんメイがそれに賛同することはなく、いつの間にかバスケではなく口先でのバトルになってしまった。
 そしてバトルは、互いの腹の虫によって収束したのである。
「さっきのメイの腹の音、でか過ぎただろ。なんの音か分からなかったぜ」
「うるっさいわね。しつこい男は嫌われるわよ」
 コンビニで買い込みしっかりと温めてもらった昼食を食べ、満腹になったふたりは和やかに先程の戦いを振り返る。
 メイなぞはデザートのマロンパフェも平らげてすっかり上機嫌だ。
「お前、そんだけ食ったらさっきの運動も意味ねーだろ」
「また動くからいいのよ」
「ほーう。……さっきの返しだ。お前、サッカーやるのか?」
 返事をするより先に、メイはベンチから身軽に立ち上がり、太陽を背負って精霊を見下ろす。
「サッカーね、やってもいいわよ。これでも昔は男子に挑んで……まぁ、惨敗ってばっかだったけど」
 言葉の割には自信に溢れているメイの目に誘われ、緑松も低く笑いながら腰を上げた。
 滾る気持ちを抑制せず、ゴミ箱に昼食のゴミをシュートして、足早にゴールポストへと向かう。
「ハンデはいらないわ、本気でお願い」
 到着するやいなやそう宣言したメイに、緑松は言いようのない興奮を覚えた。
(言うじゃん)
 メイの体重が軸足に乗るのを察し、長い足で素早くボールを引き寄せ挑発する。
「いくぜ?」
「来なさい」
 第二ラウンドの幕が、切って落とされた。

●限界を超えろ!
 時刻はもう、昼をとうに過ぎている。
 過ぎているにも関わらず、朝から変わらずに走っているつわものが、ふたり。
「イ……ザベラ、さ……っ……ちょ……休……」
「つべこべ言うな!」
 イザベラは、軍人でもあり神人だ。
 だが別に不老不死だのというチート能力はない。
 ないので、半泣き状態で走っているディノほどではないが、確実に疲れていた。
 汗だくな上に、怒鳴る合間の呼吸は肩でしている。
 しかしどうやら、限界を超えて逆にハイになっているらしく、目のギラつきも通常の三割増しだった。
(ヤバい。イザベラさん、目がイッてる)
 倒れない程度の水分補給でしか休息を許されていないディノはもう、正しい判断能力をとうに失っていた。
(俺の好きな、イザベラさんの目だ……死にそうなくらい苦しいのに、死にそうなくらいときめいちゃう)
 末期である。
 イザベラの尋常ではない双眸を糧になんとかやってはいるが、本当にそろそろ足が動かなくなってしまう。
 そうなれば間違いなく叱責され、間違いなく泣いてしまう。
 生来泣き虫な己が泣くと、どうもイザベラは純粋に困惑する傾向にある、ようにディノは思えて仕方なかった。
 鬱陶しがるのではなく、困る。
 イザベラを困らせるのは本意ではない、泣いてはならない、泣く状況をつくってはならない。
 そんな思惑を胸に、現状打破の為にディノは恐る恐る問いかけてみることにした。
「もしかして……走るだけですか? 今日一日? ひたすらコレやるんですか? 本気で?」
「本気だが?」
 それが何か? と言わんばかりに返され、地面に崩れ落ちたくなったのを気合で乗り切る。
「せ、折角来たんだから、もっとここでしか出来ないことしましょうよ! 効率的に鍛錬、したいです!」
 荒い息でつっかえながらも、イザベラが好みそうな言葉を投げかける。
 一瞬虚をつかれたような顔になったイザベラは、突然周囲を見渡し始めた。
 もしかして休憩場所を探してくれているのだろうかというディノの希望は、次の言葉で無残にも砕かれるのだが。
「滑り台……ということは階段が有るということだな。では兎跳びで足腰を……」
「他の人の迷惑になるから駄目です」
「雲梯が有れば片腕懸垂にL字懸垂、」
「他の人の迷惑になるから駄目です」
 大事なことなので、二回。
 二回目はやや被せ気味に。
 ばっさりと却下されたにも関わらず、鬼教官は特に不満そうにはしない。
「なるほど、それらは迷惑行為にあたるのか。難しいな」
 素直に納得する横顔には、汗で濡れた髪が幾筋か張り付いている。
 イザベラは、戦術的な世界から外れたことに関してはあまりに無知で無垢だった。
(この人は本当に、自分が居ないと駄目だなぁ)
 呆れと喜びがふつふつと沸き上がったディノが、じゃあこのまま走りましょうか、という己の発言を呪うのは、また別の話。

 テニスコートでは今、どこぞの少女漫画か、というレベルの打ち込みが終わったところだった。
 ウェアの下。
 懸命にボールを追いかけたシルキアの膝や肘は、密かに血が滲んでいたが、そんなことはおくびにも出さずにネットを挟んでクラウスと向き合う。
 トレーニングの締めは、試合を。
 本来ならば肩を並べて戦う相棒と。
「あなた、新しいスキルを習得したのよね」
 サーブ権を得たシルキアが何度かボールをバウンドさせながら尋ねる。
「これからの戦場では私も体を張って戦える」
 ああ、とクラウスは思い当たった。
 クラウスが作り出す光の輪にシルキアを守らせるスキル。
 確かにあのスキルを使えば、シルキアの戦場での役目も格段に増すだろう。
 そして、被るかもしれない危険も。
「その為の体を作らなくちゃ」
 力強いサーブを放ったシルキアの目が、私をあなたの高みに連れてって欲しいと語りかけてくる。
 その顔つきは最早、戦場を見据える戦士のそれだった。
(束の間の休息を終えるのだな。このまま平穏の中にいて欲しくもあるが……)
「上等」
 難なくボールを打ち返すクラウスの口元に、満足気な笑みが乗る。
 シルキアは善戦したが、一切の手抜きをしなかったクラウスにはやはり完敗だった。
 しかし震える足を投げ出してコートの上に座り込むシルキアが纏う雰囲気は、実に清々しいものだ。
 お疲れ、と差し出されたチョコレート味のプロテインを飲み、シルキアの目がこれまでとは異なる純真な輝き方になった。
「おいしっ。あなたの心遣い、神~!」
「……まったく」
 ころころと変わる神人の変化に、精霊は腕を組んで夕焼け空を仰いだ。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター ナオキ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 11月11日
出発日 11月19日 00:00
予定納品日 11月29日

参加者

会議室

  • [3]メイ・フォルツァ

    2017/11/18-21:06 

    メイよ。
    寒くなる前に、暴れてやるんだから!
    ……スポーツするだけだけど。

    というわけで、よろしくね!

  • [2]風架

    2017/11/15-00:11 

  • [1]シルキア・スー

    2017/11/14-23:31 

    シルキアとクラウスです。
    よろしくお願いします。


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