プロローグ
●何でもない日々、特別な日々
「今年も『秋』がやってきたんだね、マリエンヌ」
公園のベンチに腰掛けて、日の光が眩しいみたいに目を細めながら。美しい青年の姿をしたオートマタ――綺羅は、腕の中のお姫様のような人形へと声を零した。
「そして、『秋』は終わるんだ。始まって、終わって。世界はその繰り返しらしい」
「なぁに? 感傷に浸るだなんて、ずいぶん『人間』らしいことをするじゃないの」
「気付いたんだ。この世界に生きているのは、それだけですごく特別なことなんだって」
僕はヒトじゃないからちゃんと『生きて』いるのかはわからないけど、と淡く笑う綺羅。ベンチの傍を、白衣を着た男が2人、通り過ぎていく。整った顔立ちの青年と、山のような大男の取り合わせだ。
――シャトラ、もう少し急いでください。近道を通っている意味がありません。
――ああ、すまない、ミツキ。
――全く、貴方という人は……。
ぶつぶつと文句を言いながら足早に公園を行く青年のすぐ後ろ、大男は、青年に歩調を合わせているように綺羅には見えた。ふと、大男の方と視線が合う。厳つく見える口元が、些細な悪戯を目撃された子供のそれのように、ごく仄かに緩んだ。
――シャトラ!
白衣の青年が声を上げ、大男はさして慌てた様子もなく、無言で足を早める。奇妙な2人組の姿を見送って、綺羅は、ほう、と息を漏らした。
「……あの人たちにとっても、今日は一日しかないんだね」
「どういう意味?」
「僕にとっては、何でもない日だってとびきり特別だ。ヒトにとってもそれは同じなんだろうって」
勿論、ウィンクルム達にとってもね、と、綺羅は秋晴れの空を見上げて、微笑んだ。
「そう、ウィンクルムだ。彼女達は、一体、どんな日々を過ごしているんだろう?」
解説
●概要
ウィンクルムのお二人が過ごすある一日の、ある時間を描くエピソードです。
晴れの日でも、雨の日でも。何でもない一日でも、特別な一日でも。
舞台は首都タブロス及びその周辺となりますが、
家の中で過ごす、どこかへ遊びに出掛ける、等々、行動は自由です。
本エピソードは、自由度が高くなっております。
『(タブロスorタブロス周辺の)どこで』『何をする』のかを、必ずプランにご記入くださいませ。
また、特にご希望がございましたら、時間帯や天気等も添えていただければと思います。
●消費ジェールについて
その日の食事代等として300ジェール消費させていただきます。
●NPCについて
このシナリオでは、タブロス市内であればプロローグに登場したNPCとの遭遇も可能です。
特にご指定なければリザルトには全く登場しない予定ですし、
お気遣いなく、2人の時間をお楽しみいただければ幸いです。
以下、登場NPCの簡単な説明です。
○綺羅
美しい青年の姿をしたオートマタで、性格は柔和。
以前、神人を攫うという事件を起こしましたが、A.R.O.A.に修復・保護されるに至りました。
今は、A.R.O.A.に監視されながらも、人の営みを尊び、本人なりに幸せに暮らしています。
出掛ける際は、お喋りで美しい人形のマリエンヌを抱いていたりいなかったり。
○ミツキ
ストレンジラボというタブロス市内の小さな小さな研究所の代表で、白衣をすらりと着こなした美青年。
物腰は柔らかいですが、性格には大いに難アリです。
へんてこな発明品を作ってはウィンクルムを巻き込むことの常習犯。
後述のシャトラと一緒に行動したり、ひとりで出掛けたり。
○シャトラ
ストレンジラボの唯一の研究員(という名の雑用係兼ミツキの実験体)。
山のような巨躯の男で、極端に無口。
ミツキに粛々と、嫌な顔一つせずに従っています。
前述のミツキとともに行動したり、ひとりで出掛けたり。
ゲームマスターより
お世話になっております、巴めろです。
このページを開いてくださり、ありがとうございます!
女性PC様サイドにてこの世界の物語が終わる前にやっておきたかったことを、お届けに。
何より、ウィンクルムの皆様にとって「やっておきたい!」と思っていることがあれば、
それを幾らかでも叶えるお手伝いをさせていただけましたら、本当に嬉しく思います。
皆さまに楽しんでいただけるよう力を尽くしますので、ご縁がありましたらよろしくお願いいたします!
また、余談ですがGMページにちょっとした近況を載せております。
こちらもよろしくお願いいたします。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
八神 伊万里(アスカ・ベルウィレッジ)
タブロスのショッピングモールで買い物した帰り道 通りかかった公園で綺羅さんとばったり えっと…お久しぶりです? 以前見た時と雰囲気が違いますね 今が人として充実しているのならよかった 会釈して別れ公園のベンチへ あの時は、アスカ君は絶対に来るって信じてた でもそれは、ウィンクルムだから、パートナーとはそういうものだから… そんな風に思っていたからだったんだって、最近になって気がついたの 今は少し違う 「助けに来てほしい」って思うかな もちろん今だって信頼しているけど、それ以上に「アスカ君が来てくれたら」って願いの方が大きくなって…な、何言ってるんだろう私… 言われた言葉に嬉しくなるものの、何か心に引っ掛かるものが |
ひろの(ルシエロ=ザガン)
手紙に返事を書いた。 家で渡すのも違うかなって、お出かけに誘う。(タブロス市内 そわそわして、全然落ち着けない。 場所を探してたら、落ち着けそうな喫茶店が見えた。 頷いて返す。ここならよさそう。 「空いてたら、2階がいい」 頼んだ紅茶を手で押さえて、一回深呼吸する。 「あの、ね。これ」(手紙を置き、ルシェへ寄せる 「……うん」もう少しおしゃれな方がよかったかな。 目の前で読まれるのも緊張する。 でも、うまく言えそうにないし……。(俯く (そっと、ルシェを見る 「……私も。ルシェが、……好き」(深呼吸後、小声で 言えた。(顔は真っ赤 「かく、ご?」何かいるの? 伝えたかっただけ、なのに。(よくわかってないが、顔が更に赤くなる |
アラノア(ガルヴァン・ヴァールンガルド)
使用 菓子・スイーツ 精霊宅 ガルヴァンさん誕生日おめでとうっ 最初は契約したばかりのゴタゴタで 去年はギルティシードの騒動で祝えなかったけどやっと祝えるよ…! 3年分の想いと感謝を込めて自然と笑顔に …? …!! 遂にきた返事 突然の事に背筋が伸び硬直 え…え…? 目の前には銀のブレスレット 告げられた言葉の意味を咀嚼し飲み込み 理解すると同時に想いが一気に溢れ咄嗟に何を言って良いのか分からなくなりぶわっと涙が溢れる …っ!ぁ…は、い…っ!はい…!よろしくっ…おねがいします…っ! 幸せが突き抜けてどうにかなりそう 暫く泣き少し落ち着く が、魔除けの銀と宝石達に込められたメッセージに再び泣いた でも何でブレスレット? 囁かれ倒れそう |
天埼 美琴(カイ)
タブロスにあるとある洋服店前・買出しに行く道中・お昼前 ……あの、カイさん。今お話してたあの人は……? へっ? カイさんの、お知り合い……? あまり精霊の話は聞かないのでびっくり へえ、そうなんですか その彼女さん、大事にしなよ。とカイが言われていたことを思い出して、思わず苦笑 ちなみにカイさん、あの人とはどういった関係で (き、訊いたらまずかったのかな……) ま、待って、カイさんっ お買い物終わったら、どこかでお食事とか、どうですか? えっ? あ、いえ! もちろん……! カイさんが良いのでしたらお作りします そんなに自分の料理を気に入ってくれたのかな、とちょっぴり嬉しくなった |
イザベラ(ディノ)
自宅でダラダラと、叔父に借りた映画(パニック系ヒューマンドラマ)を観る。 登場人物と自分を、比べたり重ねたりして思った事をポツポツと語り。 …私は考えるのは苦手だ。 と言うより、したくない。 私は私の正義の為に、死ぬまで無思慮でありたい。 ……でも。 お前が泣くのは、嫌だな。 だから、その点は気をつける様にする。 ディノ、私はお前に対してずっと不誠実だったと思う。すまなかったな。 掛ける言葉を探すが考えが纏まらない。 泣いて欲しくない一心で、手を伸ばして涙を拭う。 表情はあまり変わらないが、胸の奥は熱を帯び。 自分を掴む相手の手に、もう片方の手も重ねて。 …分かった。離すなよ。 |
●泣き虫な君に手渡す、
「っ……」
傍らから、嗚咽を何とか飲み込む音を聞いたのは何度目だろう。イザベラは、ぽろぽろと涙を零しているディノをちらと横目に見て、それからテレビの画面へと視線を戻した。自宅でダラダラと、叔父に借りた映画を観賞していた時のことである。ヒューマンドラマが芯に座っているパニック映画だ。恐慌状態に陥る街の中、それでも人々は己を生きる。恋人の愛を確かめたくて危険な行為を繰り返す若い女、己の存在意義の為に嘘を吐き続ける中年の男、過去の事件を切欠に心を殺した少女、優しいけれど中身は空っぽの青年……。イザベラの唇を、ほう、と小さく息が揺らす。
(生き様、というのはここまで多様なものか。私は……私は、どうだろうか)
登場人物と己を比べる、重ねる。やがて――イザベラは首を緩く横に振ると、浮かぶままの思いをぽつと音にして漏らした。
「……私は考えるのは苦手だ」
彼からしてみれば唐突に降った声に、ディノは慌てて涙を手の甲で拭い――それでも、涙は流れ続けるのだが――彼女の方へと顔を向ける。滲む世界の中、イザベラは、ディノを見てはいなかった。ごく微かに俯いて、考え考えという調子で言葉を紡ぐ思案げな眼差しが、ディノの目に映る。
「と言うより、したくない。私は私の正義の為に、死ぬまで無思慮でありたい。……でも」
お前が泣くのは、嫌だな、と。イザベラは、真面目な面持ちをして言うのだ。そうしてやっと、ディノの目を真っ直ぐに見つめる。
「だから、その点は気をつける様にする。ディノ、私はお前に対してずっと不誠実だったと思う」
すまなかったな、とイザベラは言った。その言葉を確かに耳に捉えたディノの手が、震えを抑え切れないままに、自身の胸元をきゅっと握る。嬉しさ、安堵、それから、相手の男らしさが呼ぶ己の情けなさと――胸の、高鳴り。
「うっ、うううう……」
嗚咽はもう、噛み殺し切れなかった。様々の感情が混ざり合い、複雑に絡まり合って。それらの感情に押し出されるようにして、涙が、とめどなく溢れては頬を濡らしていく。
「……俺の方こそ、すみませんでした。子供みたいに拗ねて……酷い事も言って」
イザベラは、ただ黙ってディノの言葉を聞いている。
「貴方の蛮勇が好きだと言っておきながら、いざそうなると辛いだなんて……本当、自分勝手で」
涙に掠れ、途切れ、或いは時に跳ねるその声を確かに受け止めて、けれどイザベラには、ディノに掛けるべき言葉を己の手のひらに掬い取るということができない。考えが纏まらないまま、それでもイザベラはディノの頬へと手を伸ばした。触れた温度が、未だ止まることのない涙を拭う。
(泣いて欲しくない。お前の涙を見たくはない)
ただその一心だった。ひやりと冷たいイザベラの手に、こちらを見遣るギラつく瞳のアイスブルーに。吸い込まれるような感覚を覚えながら、ディノはイザベラの手をぐいと掴んで、そのまま彼女の唇に口付けを零した。
「…………無茶、しても良いです。……多少は。でも、ちゃんと俺も連れて行って下さい」
1人でする無茶は……嫌です、と紡ぐ。唇に唇の温度を重ね、真摯すぎるほどの響きを帯びた声にそう言葉を締められても、イザベラの表情は殆ど変わらない。ただ、その双眸は僅かに見開かれ、そして。
(……胸の奥が、熱を帯びているようだ)
ぼんやりとそう思いながら、自身の手を掴んだままのディノの手に、イザベラはもう片方の手も重ねた。
「……分かった。離すなよ」
耳元で囁かれた言葉に、こくこくとディノは頷く。またぶわりと涙が溢れ出すのがじれったくて、ディノは空いている方の手で、己の頬を乱暴にがしと擦った。
●踏み出せない一歩
「げ! アンタは……」
首都タブロスのショッピングモールで買い物をした、その帰り道のこと。通り掛かった公園で見覚えのある顔――綺羅とばったり出くわして、アスカ・ベルウィレッジは咄嗟に、八神 伊万里をがばと背に庇った。ぴりりとした警戒が総身を走って、けれど次の瞬間には、アスカはふっと身体の力を抜いている。
(必要ない、か……?)
敵同士として剣を交えた『あの日』とは、纏う空気が全く違う。同じことを感じてか、伊万里が、ひょこりとアスカの背中から顔を出した。
「えっと……お久しぶりです?」
ぱちぱちと緑の双眸を瞬かせながらの言葉は、語尾に問いの色が乗っている。ふわり、綺羅が唇に微笑を乗せた。
「うん。ヒトの世界では、久しぶり、というんだよね」
その声の柔らかさに、伊万里とアスカは思わず顔を見合わせる。じきに口を開いたのは、再び伊万里だ。
「なんというか……以前見た時と雰囲気が違いますね」
「そう、かな。……うん、そうなのかもしれない」
「伊万里の言う通りだな。で、前に戦った時より、今の方がずっといい顔してると思う」
アンタ今はそうやって普通に暮らしてるのか、とのアスカの言葉に綺羅は笑う。
「そうだね。穏やかな暮らし、だと思う」
「そう……今が人として充実しているのなら、よかった」
伊万里が礼儀正しく綺羅に会釈をして、そのまま2人は彼と別れた。そうして2人は、公園のベンチへと。きちりと足を揃える伊万里の隣、アスカは足を投げ出して空を見上げる。空の冴え冴えとした青が眩しくて、アスカは赤の双眸を細めた。
「なんか思い出しちゃったな、伊万里があいつに攫われた時のこと」
熱くなりすぎて危うかった俺を仲間が助けてくれてさ、とアスカは柔らかい声で言う。
(そうだ。『俺の伊万里を返してもらう』なんて、今考えると相当恥ずかしい台詞も言ったな……)
なんてこともふと脳裏を過ぎってしまって、面映ゆさに手の甲で口元を押さえるアスカ。その傍ら、伊万里はアスカの心中には気付かぬ様子で、軽やかに笑みを零した。
「あの時は、アスカ君は絶対に来るって信じてた」
「伊万里……」
「でもそれは、ウィンクルムだから、パートナーとはそういうものだから……そんな風に思っていたからだったんだって、最近になって気がついたの」
今は少し違う、と、伊万里は呟くような声を落とす。そして、アスカの方へと顔を向けた。
「『助けに来てほしい』って思うかな。もちろん今だって信頼しているけど、それ以上に『アスカ君が来てくれたら』って願いの方が大きくなって……」
そこまで音を紡いだあとで、「な、何言ってるんだろう私……」と伊万里は早口に言って、片方の手のひらで淡く色づく頬を押さえた。その様子を愛おしく感じながら、アスカはベンチに座り直すと、真っ直ぐに正面を見て、力強く言葉を紡ぐ。
「でも俺は今だって、あの時と同じ気持ちだ。何があっても助けに行く」
――ウィンクルムとかパートナーだからじゃなくて、俺がそうしたいからだ。
毅然として言い切れば、アスカの横顔を見遣っていた伊万里の双眸は仄かに見開かれる。けれど――その表情は、すぐに、翳りを帯びた。
(アスカ君……。……何でだろう。嬉しい、のに……)
胸の奥に明かりを灯した言葉は、けれど同時に、伊万里の心の表面をざらざらとさせた。何かが、心に引っ掛かっている。眼差しを伏せる伊万里の表情を横目に見て、アスカは思案した。
(思いは通じあってる。なのにはっきり答えないってことは……)
すぐに思い浮かぶ顔が、確かにあった。
(きっとまだ蒼龍……もう一人の精霊のことが……)
公園に、秋の風が吹く。それは胸を締め付けるようなしんとくる冷たさを帯びて、2人の間を吹き抜けていった。
●お昼ご飯も貴方と一緒に
「……あの、カイさん。今お話してたあの人は……?」
人影が去っていくのを見届けてから、天埼 美琴は傍らのカイの整ったかんばせを見上げて、ことりと首を傾けた。買い出しに行く道中での出来事だ。場所は首都タブロスに位置するとある洋服店の前、時間はもうすぐお昼ご飯が欲しくなるくらい。鴇色の双眸に上目遣いに見つめられて、カイはがしがしと首の後ろを掻いた。金糸雀色の眼差しが、居心地悪げに逸らされる。
「あー……ただのお節介だ」
「お節介、ですか?」
言葉を濁せば、美琴はきょとんとした顔に。その反応に、カイは少し考えるような素振りを見せたあとで、
「……あんなんでも一応は、精霊だ。ポブルスの」
と、仏頂面に更に渋いような色を重ねて、ぶっきらぼうに言葉を吐いた。
「へっ? ええとつまり……カイさんの、お知り合い……?」
素性を知っているということは、そういうことになるだろう。美琴の問いに今度はカイは言葉を返さず、それがそのまま、質問に対する答えになる。一つ得心すれば、お節介、という言葉の含む意味も、またよくわかった。なお、問う声に驚きの色が乗ってしまったのは、普段あまり、精霊のプライベートな話を聞く機会がないからだ。
「へえ、そうだったんですか……」
「ったく。あいつ、いきなり妙なこと言い出しやがって……」
赤茶色の髪を大きな手で乱暴に撫でつけて、カイは苛立たしげに零す。その声の調子に、美琴はかの青年がカイに告げた言葉を思い出していた。
(『その彼女さん、大事にしなよ』……だったっけ)
唇を優しい苦笑が震わせれば、カイの目がじとりとして美琴を見下ろす。美琴は慌てて口元を押さえて――暫しのあと、好奇心を堪え切れずに再び口を開いた。
「ちなみにカイさん、あの人とはどういった関係で?」
「どういったって……」
美琴からの、邪気の滲まない何度目かの問い。それを受けて、カイの胃はキリリと痛む。
「……あれのことはどうでもいい」
思わず、吐き捨てるような調子になった。その反応に、
(き、訊いたらまずかったのかな……)
なんて、胸をどきどきとさせる美琴の手を引いて、
「それより、買い出し行くんだろ。ならさっさと行くぞ」
と、カイはそのまま歩き出そうとする。
(ミコトには会わせたくなかったな……)
歩きながら、知人たるポブルスの青年のことを、カイは思った。青年が面倒なことを言い出すのは、知った仲だからこそ分かっていたのだから。自然、美琴の手を引く力はぎゅうと強くなって、歩調もずんずんと速くなっていく。足が縺れそうになるのを何とか堪えながら、美琴は慌てて声を張った。
「ま、待って、カイさんっ」
「あ? なんだよ」
「その……お買い物終わったら、どこかでお食事とか、どうですか?」
さっきお洒落なカフェを見かけたとか、美味しいと噂の店が近くにあるはずだとか。ふと足を止めたカイは、一生懸命言葉を紡ぐ美琴の方へと、緩く視線を流した。そうして、ごく低い声で、曰く。
「……外食よりも、お前の料理が食いたい」
「えっ?」
思いがけない反応に、美琴の声が跳ねる。カイの眉間が、きゅっとなった。
「駄目か」
「あ、いえ! もちろん……! カイさんが良いのでしたら、お作りします」
あわあわとしながらも気合十分に応じれば、
「そうか。なら、ほら歩けよ」
と、カイはまた前を向いて歩き出す。そのペースは、先ほどまでよりも緩やかに、美琴の歩幅に合ったものになっていた。そんなカイの背中を見つめて、繋がれた手の温もりを手のひらに感じながら。美琴は、胸の奥が底の方からふわりとあたたまるのを感じて、空いている方の手を胸元に宛がう。
(私の料理、そんなに気に入ってくれたのかな?)
嬉しさに口元を緩ませながら、美琴は昼食のメニューは何にしようかと頭を捻り始めた。
●溢れるほどの愛を
「ガルヴァンさん、誕生日おめでとうっ」
朱殷の双眸を細めて、アラノアはぱちぱちと手を叩いた。場所は、ガルヴァン・ヴァールンガルド宅である。1年目は、契約したばかりでごたごたしていて。2年目は、ギルティシードの騒動が邪魔をして。アラノアは3年目にしてようやく、ガルヴァンの誕生日を祝う機会に恵まれたのだった。
(やっと、お祝いできる……!)
そう思うと、目元に、口元に、自然と笑みが乗った。3年分の想いと感謝を込めた笑みに、テーブルの上には手作りのケーキ。そしてそのケーキたるや、豪華さもさることながら、丁寧な作りにアラノアの気合と心の込め具合が見て取れる逸品で、細工物に明るいガルヴァンはその気持ちを確かに受け取って、口元を柔らかく綻ばせた。
「ああ……ありがとう」
「ほら、どうぞ。たくさん食べてね」
「そうだな、頂こう」
優雅な所作を以って、ケーキを口に運ぶガルヴァン。心地よい甘さが、舌の上に解けた。
「……美味い」
「本当? 良かったぁ」
アラノアのかんばせを彩る満面の笑みを、ガルヴァンは心底から愛おしく思う。
(――嗚呼)
そうだ、こんな日にこそ。
(俺は報いるべきなのだろう。神人の想いに今日)
長らく、彼女を待たせてきた。けれど、『準備』はもう整っている。今日この日こそ、彼女の告白に応えるのに相応しい。
「……少し、待ってくれ」
「え……?」
突如すっくと立ち上がったガルヴァンを見つめて、アラノアは瞳を瞬かせる。アラノアが動けずにいる間に、ガルヴァンはシックな様相の箱を手に、テーブルへと戻った。
「これを作っていて遅くなったが……あの時の返事をしよう」
「……!!」
突然のことに背筋を伸ばしたまま硬直するアラノアの前に恭しく跪いて、ガルヴァンはその箱を愛しい人の目前へと掲げた。
「俺と……結婚を前提に付き合ってもらえないだろうか?」
「え……え……?」
アラノアが震える指で手に取り、そっと開いた箱の中では、銀のブレスレットが誇らしげに輝いている。填め込まれた8つの宝石は、歌うようにして煌めいていた。跳ねる胸が邪魔をするのを抑えつけて、告げられた言葉の意味を少しずつ咀嚼し、飲み込む。理解が追い付くと同時、感情は堰を失ったように一気に溢れ出し、アラノアから言葉を奪った。その双眸を、頬を、とめどない涙が濡らす。そんなアラノアの背中を、
「アラノア……!? どうした、大丈夫か」
と、焦ったような声を出したガルヴァンが、立ち上がって、何とか落ち着かせられはしないかと優しく摩った。こくこくと頷くアラノア。
「……っ! ぁ……は、い……っ! はい……! よろしくっ……おねがいします……っ!」
幸せが突き抜けて、どうにかなってしまいそうだと。ぼんやりとそんなことを思いながらも、涙に途切れ掠れる声で、アラノアは何とかそう言い切った。その返事に、アラノアの背に手のひらの温もりを添えていたガルヴァンは、ふっと破顔する。アラノアの涙は暫くは止まらず、けれど、やがて泣き止んだアラノアは少し落ち着きを取り戻し――、
「銀には魔除けの力があると言われている。それから、8つの宝石の頭文字を繋げてみてほしい」
とのガルヴァンの言葉、そして次いで順に零された宝石の頭文字を耳に、再び泣いた。
――WITH LOVE
溢れるほどの愛を込めてと、ガルヴァンが音を紡ぐ。涙を指で拭いながら、アラノアはガルヴァンの顔を見上げた。
「……でも、何でブレスレット?」
「……今の気持ちを込めるのに、指輪では小さいと思ってな……」
ごく真剣な面持ちと声音で、ガルヴァンはそんなことを言う。それだけでアラノアはもう、くらりときてしまいそうなのに、
「指輪はまた今度……な」
耳元で囁き零され、そっと抱き締められて。このまま気絶してしまいそうだと、アラノアは涙に濡れた頬を薔薇色に染めた。
●想いを届ける
「あの……一緒に、少し出かけたい。いい、かな?」
何やら落ち着きを欠いているなと思っていたら、ひろのはルシエロ=ザガンにそんなことを控えめに強請って、小首を傾げた。音を紡いだ唇が己の贈った色に彩られているのを見て取れば、ルシエロの気分は現金なほどに上を向く。
(全く、我ながら単純だな)
そんなことを思いながら、ルシエロは、相変わらずそわそわとしているひろのへと頷きを返した。
「ああ、構わん。すぐに出られるか?」
「うん、大丈夫」
こくりと、今度はひろのが頷き、間もなく2人は、連れ立って家を出る。2人での外出を所望したのはひろのの方なのに、行くあて、というものは彼女にはおよそない様子で、けれどルシエロは何を言うでもなく、緩い歩調でひろののすぐ隣を歩いた。やがて――ひろのの焦げ茶の眼差しが、ふと、1軒の店に止まる。レトロな雰囲気の喫茶店だ。
「ここで休憩するか」
先んじて声を掛ければ、ひろのの視線は喫茶店からルシエロのかんばせへと移った。ゆるりと笑みを湛えているルシエロへと、ひろのは頷くことで応じる。
(――ここならよさそう。落ち着けそうだし)
そう思ったからこそ、ひろのはこの喫茶店に目を引かれたのだ。
「空いてたら、2階がいい」
「わかった、2階だな」
幸い、2階席にも空きがあるということで、2人は店内に入ると、飴色をした木の階段を上った。そこに広がっていたのは、外観や1階以上に、レトロかつ趣のある空間。注文を済ませれば、間もなく、2人の手元に温かな飲み物が届いた。琥珀色の紅茶が揺れるカップを手で押さえて、ひろのは深呼吸を一つ。
「あの、ね。これ」
テーブルの上に置きルシエロの前へとそっと滑らせたのは、白い、シンプルな封筒だ。
(これが、私からの返事)
想いは、封筒の中の便箋にしたためた。
(家で渡すのも違うかな、って)
つまりはそういう次第で、ひろのはルシエロを外へと誘ったのだった。滑らかな所作で封筒を手に取ったルシエロが、
(――宛名はオレ。差出人はヒロノ)
と、その表裏を検めてから、ひろのの顔へとタンジャリンオレンジの眼差しを移す。
「ここで読んでも?」
「……うん」
かさ、と紙と紙の擦れる音を耳に、ひろのはここにきて、
(もう少しおしゃれな方がよかったかな)
なんてことを思う。目の前で手紙を読まれる、というのも、思っていた以上の緊張をひろのに運んだ。
(でも、うまく言えそうにないし……)
俯き、カップの中身を見つめるひろのの前で、ルシエロは便箋に踊る文字を目で追う。1度、2度、3度。何回読み返しても、そこに綴られている文章は変わらなかった。
――『返事が遅くなってごめんなさい。私もルシェのことが好きです。』
短い手紙だ。けれどそれは、ルシエロの胸に明るい色を灯すのに十分すぎるもので。
「ヒロノ」
名前を呼ぶ。ひろのが、ゆるゆると顔を上げて、そっとルシエロのかんばせを見遣る。
「直接言ってはくれないのか?」
整った目元を愛おしさに和らげて、今度はルシエロが強請る番だ。じぃと見つめられて、ひろのは何かがつっかえたようになる胸を宥めるように、もう一度深呼吸をした。そうして、小さな声で曰く。
「……私も。ルシェが、……好き」
言えた、と思う。その顔が真っ赤に染まっていることをもどうしようもなく好ましく感じながら、ルシエロは長らく待ち侘びた言葉を得たことに、胸を詰まらせた。胸を塞ぐのは、溢れんばかりの歓喜。
「なら、覚悟は出来ているな?」
「かく、ご?」
何かいるの? とばかりにひろのの首が右に傾く。その意を察して、
「オレに愛される覚悟だ」
と、ルシエロはふっと口元に弧を描いた。
(伝えたかっただけ、なのに)
零された言葉の意味をよくわかっていない様子のひろのがそれでも顔を一層火照らせるのを目に、
(帰ったら、じっくりわからせてやる)
ルシエロは胸の内に呟いて、口元を飾る笑みを益々濃く、艶やかなものにするのだった。
依頼結果:大成功
MVP:
名前:ひろの 呼び名:ヒロノ |
名前:ルシエロ=ザガン 呼び名:ルシェ |
名前:アラノア 呼び名:アラノア |
名前:ガルヴァン・ヴァールンガルド 呼び名:ガルヴァンさん |
名前:イザベラ 呼び名:イザベラさん/貴方 |
名前:ディノ 呼び名:ディノ/お前/あれ |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 巴めろ |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | イベント |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ビギナー |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | とても簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 11月06日 |
出発日 | 11月12日 00:00 |
予定納品日 | 11月22日 |