休日デート!(梅都鈴里 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

「――あ、そういえば」

 二人でソファに腰かけて、本を見たりテレビを見たりと、ゆっくり時間を過ごしていた秋のとある日。
 不意に口を開いた神人に、精霊が首を傾げる。

「今度の平日、学校が代休でバイトも休みなんだ。ほら、カレンダーのまるつけてるとこ」
「へぇ」
「……」

 へえ、じゃないだろ。そんな顔で、彼はじとりと精霊を睨む。
 返答が気に食わなかったのだろうか……? 思考して、ああ、と彼の視線の理由に思い至るが、そうだとすればこの反応はとても可愛らしい。

「俺も仕事休みなの、覚えててくれたのか?」
「……別に。あわせて取ったわけじゃないけど」

 唇を尖らせてしまった彼の頭をぽんぽんと撫でてご機嫌を取る。
 ウィンクルムの依頼はともかく、普段の生活スタイルが違うと、ゆっくり二人きりで過ごせる時間はそうそうないものだ。

「気付かなくて悪かったよ。そうだな、まる一日オフなら、二人でどっか出かけようか」

 ショッピングでもいいし、映画館でもいいし。紅葉を見に観光地へ行くのもいい。
 普段あまり購入しないタウン情報誌なんてどうして買ってるのかと思ったら、神人なりのデートのお誘いであったようだ。
 季節は旅行シーズン真っ盛り。遊びに行ける場所なんていくらでもある。
 改めて、二人で一日デート。さあどう過ごそうか。

解説

▼デートしましょう!

冒頭は一例です。理由はなんでも構わないので、都合よく二人で取れたお休みを思うように過ごしてください。
以下は行き先例一覧。

1.一日中遊べるショッピングモール
 出来たばかりの大型商業施設。ショッピング、ゲーセン、映画館、飲食施設、何でも揃っています。
 施設内の大きな本屋が読書の秋ということで、隣のコーヒーショップと提携して図書館を開いています。

2.オシャレなカフェと観光スポット巡り
 SNS映えする料理を撮ったり、オタクな街を巡ったり、肉まんたべたり、新しい店を開拓したり。
 季節的にハロウィン仕様となっている、普段じっくり見る事の無い街中を散策して歩きます。

3.紅葉の綺麗な観光地
 山の奥地の紅葉秘境と呼ばれる渓谷が見頃を迎えています。渓流沿いに紅葉を鑑賞して細い洞窟を通り、奥で滝を見て帰ります。
 観光地まではバスで行くのも、運転できる方は自分で車を出すのもありです。

4.温泉デート
 寒くなってきたので、観光地にあるお宿の紅葉が見える露天風呂などでほっこり体を温めあいましょう。
 旅館では料理も出ます。日帰りはバタバタするのでお泊りでも構いません。その場合描写は就寝までとなります。

5.レンタルボートでクルージング
 寒いのであえて海に行きましょう。海の真ん中で釣りや星空鑑賞などをして帰ります。
 ボートは自分で操縦してもいいですし、係の人にお願いしても。
 このプランはやれる事がちょっと少ないので、紅葉と鳥居の綺麗な島観光など、プラスアルファしていただけると助かります。

・お出かけの用意で300jr消費しました。

行き先は一覧です。番号表記で大丈夫です。
一日で巡れる範囲なら、朝はクルージング行って昼からモール…のように混ぜてもいいですし、まったく新しいデートプランをくださっても構いません。
EXのためアドリブが大量に入ります。プランはなるべく文字数いっぱい欲しいです。

ゲームマスターより

読書に食欲に紅葉の秋です。やりたい事は沢山有るんですが、プレイヤーさんによって違うだろうなと思いこういう形になりました。相談期間が短いのでご留意くださいませ。
たくさんお話書きたいなと思ってのEXです。自由度はめちゃめちゃ高いので、それぞれの秋の一日を自由にお過ごしください。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

セラフィム・ロイス(火山 タイガ)

 
デートしようと誘う。照れくさくて着く直前まで言えない

ねえ、結婚式場を見に行きたい
本物がどういうものか見たくて。……婚約したんだし

うん。すごいね…
■結婚式を覗けたら。もしくはプランを職員に聞きたい
沢山あるんだね
タイガは、やるならどんな結婚式したい?
(喜んでくれるならみたいかも)冷や汗

え、いいよ!?
(タイガといると本当にあったかい気持ちになる)
…自然の森の中で少人数を招いてやりたいな。この式場でもいい
隣にタイガがいてくれたらどこでも

うっ…
どうしてもドレスがいい?父さん母さん泣かないかな…
でもタイガのそんな顔みたら叶えないわけにはいかないよ

やった!と喜ぶタイガに微笑み
二人で歩く、その日を夢見る


セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)
 
新しい商業施設へ遊びに行こう!
丁度見たい映画あるし。まずそれから見るぜ。
あえて現地集合するってのは、面白いじゃん。

海難救助的アクション映画を見てすっかり感動。
命がけで何かをするってのはやっぱイイ。心構えや対処方法が色々参考になるし。パンフを買うぜ。

映画みたらお昼にしよう。
ここのミートソースは肉たっぷり目でとても良いぞ。
オレのオーター後すかさずサラダを追加してくるのがラキアらしい。
「野菜も食べなよ」という目をしてにっこり笑顔向けてくる。

冬服アレコレ物色するラキアと一緒に服見たり。
ゲーセンではラキアがぬいぐるみ欲しそうだから取ってやったり。
カフェでお茶したりしてホントにアレコレ見てて1日楽しむ。



瑪瑙 瑠璃(瑪瑙 珊瑚)
  5

風が頬を撫でる。
ボートを操縦しつつ、時々、眺望に見とれる自分がいた。
ここの海は、パシオン・シーなのか? それとも。
今年は、外の景色に癒されている気がする。
どこまでも吸い寄せられている気分だ。

(フィッシングスキル使用)
夕方ぐらいから、予め購入したか、レンタルした竿で釣りだ。
何かひっかかれば、すかさず引き上げる。
(※1匹でも釣れたら、調理スキルで焼いて食事)

夜も更けて星が点々とした頃、浮かぶボートの上で珊瑚に話しかけた。
……あれ、本気なのか? 大陸を周遊する話。
夢と憧れ……だども無謀……叶う気がしねぇべさ。

仰向けで星空を見ていた体を起こし、珊瑚を見つめる。
「それでも、見てみたいと思う。お前と一緒に」


ルゥ・ラーン(コーディ)
  移動中のバス
行先は紅葉の綺麗な観光地
私の仕事明けに誘って頂けるなんて 日程を合わせてくれたんですね
照れ隠しにとぼける彼
ふふ 嬉しいです

売店で栗あんのもみじ饅頭を購入 後で頂きましょうね
渓流散策では紅葉と景色を愉しむ
ちょっとアクシデントもありましたが可愛い彼が見られてうふふ
洞窟では
初夏の洞窟戦を思い出しますね なんて話し抜けた先の滝に感嘆!

滝を眺めていたら不意に問われた
隠している事…? まさか
彼の顔が険しくなるから真直ぐに告げる

そんなものありません

知りたいのならいつでも尋ねて下さい
何でもお答えします

あなたに 覚悟が できたなら いつでも

彼に困惑の色
まだその時ではないと悟る

優しく寄添い
さ お饅頭頂きましょうか


歩隆 翠雨(王生 那音)
  那音と想いを確認し合ったものの、その後お互い忙しくて会えてなかった
漸く休みが合ったなら、一緒に出掛けるしかない
寒くなって来たし、那音も疲れてるっぽいし、温泉っていいよな!
と、嬉々として予約を入れた訳なのだけども…

一緒に出かけるのは初めてじゃない
どうしてこんなに緊張してるんだ、俺
さり気なく掴まれた手に動揺
これまでとは…違う
嬉しいけど俺の心臓が持たない気がする
温泉を選んだ己を呪いつつ、でも嫌な訳じゃなくて
あーもう、心臓五月蠅い…!

美味しい料理に人心地
那音も喜んでくれてる…良かった

並んだ布団…そうだよな
恋人…同士なんだし
離れて寝るのもおかしいし

俺は那音にはトコトン弱い…
これが惚れた弱み…なんだろうな



「デートのつもりで誘ったんだ、今日」
 神人、セラフィム・ロイスがその言葉を絞り出せたのは。
 外出先に選んだ大型ショッピングモールに到着する直前での事だった。

「えっ……」
 隣を並び歩いていた精霊の火山 タイガが、僅かに驚いたような顔をする。
 二人で出かけよう、と誘われたので、ぶっちゃけタイガとしてはデートのつもりで出てきていたし、二人の間を結ぶ手も普通に恋人繋ぎで引っ張って来てしまったし。
 浮き足立って気づかなかったけれども、デートに行こう、という一言は、慎まやかな性格のセラフィムにはハードルが高かったらしい。
 今更ながらも照れくさそうな表情に、なんだかこっちもつられて照れてしまって「俺もデートのつもりだったんだぜ」と返せば「よかった」と穏やかにはにかんだ。

「でっかい施設だなぁー! なぁプエ!」
「クアア!」
 手を繋いだままご機嫌にモールを散策するタイガの頭上には、先日家族に加わったボロピエの「プエ」が、リードに繋がれちょこんと乗っかっている。
 タイガが歩くたびにふらふらと揺れる小動物は可愛らしく、隣でふふふとセラフィムも小さく笑って、それから、今日の目的を思い出したようにポツリと告げた。
「ねえ、僕、結婚式場を見に行きたいんだけど」
「式場?」
「うん。本物がどういうものか見ておきたくて……もう僕たち」
 婚約、したんだし。
 まだはっきりと口にするには恥じらいが伴うのか、視線を泳がせながら告げる言葉が愛らしい。
 そんなセラフィムの勇気を汲み取り「いいぜ、俺も見たい」とタイガは頷いた。

 モールの一角に丁度ウェディングプランナーの所属する店を見つけたので、鈴を鳴らし扉を潜る。
 入口のショーウィンドウには、きらびやかな衣装や純白のウェディングドレスが飾られており、何故だかタイガの方が真剣に見つめていて、セラフィムは首を傾げた。
「いらっしゃいませ! 当店へようこそ。まずはゆっくりパンフレットなどをご覧になってくださいね」
 受付嬢に勧められるがまま資料を漁り、その中の一つにあった『式場見学』の文字を見つける。
 場所や条件をじっと読みふけっているセラフィムに、職員が頃合いを見計らって声をかけた。
「お客様、見学をご希望ですか?」
「あ……はい。式場を見るだけ、というより、本物の結婚式を覗けるようなものがないかなって……あと、プランもどんなものがあるのか聞きたいです」
「了解いたしました、資料をお持ちしますね」
 奥の席にかけてお待ちください、と言われるがまま、店の中でも壁一枚隔てた個室のような一角で、二人並んで座る。
 こうしていると、なんだか本当に結婚式の打ち合わせに来たみたいだ――と思い、自然と笑みがこぼれた。
 隣のタイガはプエがいたずらしないようにと、しつけたり見守ったりしていて――兄弟の居る彼も、二人で育てる対象ができて少し落ち着いたように思える。
 やがておまたせしました、と書類の束を抱えた職員が戻り、プラン例を二人でざっと流し見た。
「すごい、たくさんあるんだね……」
「そうだな。見てるだけでも楽し……あ、この服セラに似合いそう」
「今は衣装を選ぶ手順じゃ……って、ちょっとこれ女物……!」
 えーだめかな、とか言いつつ、和気藹々と話し合う二人に職員がくすくすと笑うから、あっと我に返ってパンフレットに視線を戻した。
「タイガはやるならどんなのがいいの?」
「んー、そうだな。最近主流の個性的なやつだったら一生思い出に残るかなって思うけど。ほら、スカイダイビングとかスポーツしながら、とか」
 飛び降りる系はちょっと……と苦笑し、冷や汗かきつつもタイガが喜ぶならそれもいいかなと思う。一生に一度の晴れ舞台だ。二人が楽しめるものにしたい――と思うのは、タイガも同じ気持ちのようで。
「……けど多分セラが楽しめないだろ? 俺はセラが満喫出来るものならなんでもいい」
「えっ、そんな……いいよ? 遠慮しなくって……」
「俺はセラの自然な笑顔が好きなんだぜ? カチコチに緊張させても台無しだしさ」
 だからセラが好きな所にしようぜ、と笑ってくれるタイガに、胸の奥底がとても暖かくなる。
 自分だって、タイガが隣に居てくれるならどこで式を挙げたって、きっと一番の思い出になることだろう。
「……あ、それじゃあ……」
 実際に見学することもできますよ、と言われていたことを思い出して、式場の一つに目星をつけていた。ここを見てみたいんですけど、と言えば丁度今日式をあげる方がいらっしゃいますので、と案内してくれる運びとなった。

 プランナーの車に乗せてもらい、人で賑わうモールから離れること十数分。
 豊かな森に囲まれた厳かな教会は、木々の間から差し込む日差しを受けて神々しく光を瞬かせ、契りを結ぶ二人を祝福するかのように鐘の音を天高く響かせる。
 森に住む鳥たちのさえずりすら、ギャラリーのように思える――そこはセラフィムが見学してみたいと申し出た挙式会場だった。
「おおー! いかにも神聖な場所、って感じだ。なぁ? セ――」
 セラ、と名前を呼ぼうとした声が途切れる。
 教会を背に空を見上げ、森を見渡すキラキラとした双眸。儚げな神人の雰囲気に、これ以上なくここはふさわしいと感じて――思わず、見とれてしまった。
「うん、すごいね……こんな場所がタブロスにもあるんだ。……タイガ?」
「えっ、あ、あぁ。そうだな」
 視線を慌てて逸らすと、どうしたの? と首をかしげるから何でもないと返せば、ひとつ頷いてまた教会を見渡し始めた。
(……こういう場所に佇むセラって、いいなぁ)
 気づけばプエも同じように教会を見つめていて「お前もここがいいよな」とタイガが同意を求めれば「クエエ!」と楽しそうに鳴いた。
「……うん、この式場でもいいな。自然の森の中で、少人数だけを招いて式をあげたい、って思ってたから……」
「じゃ、決定な。暫定で予約しとこうぜ。するかしないかは別として――あ、いや」
 会場ってだけの話で、結婚式はなんにしてもやりたいからな! と念を押すタイガに、セラフィムはくすくすと笑って「わかってるよ」と頷いた。
「……タイガが居てくれるんなら、僕はどこでもいいんだ」
「セラ……」
 日差しを浴びて微笑むセラフィムにどきどきする。本当に、こういう神聖で洗練された風景がよく似合う人だと思った。
 ほどなくして「ここは気に入られましたか?」とプランナーの職員が訪ねてきたので、予約だけとりあえず入れておいて。それからもう一つ、タイガにはどうしても決めておきたいことがあった。
「問題は、ドレスかタキシードか、なんだけど――」
 なぁ、セラ?おねだりするような、甘えた眼差しに、セラフィムがうっ、と一歩後ずさる。
 以前、渋々ながら着飾った女性の正装。あの時は今ほど距離が近くなかったし、婚姻関係でもなかったけれど、それでもタイガはとても嬉しそうにセラフィムのドレス姿を見ていたから、なんとなく言い出しそうな気はしていたのだ――ほら来た、俺はドレスがいいと思う!
「……二人ともタキシードでいいじゃない、色とか変えてさ」
「もったいない事言うなよぉ、セラすっげー似合うもん! 撮影会の時も綺麗だったしさ。あの時はセラが乗り気じゃなかったし、もう一生見れないかなって思ってたけど……」
「……どうしてもウェディングドレスがいい?」
「うんうん! ドーレースー!」
 はしゃぐタイガに、男性の方でも似合いそうなものがたくさんありますよ、と職員がカタログ片手にフォローを入れて来た。確かに違和感はないけれど、一応男として産んでもらった以上両親への申し訳なさもある――父さん母さん泣かないかな。決めかねる胸中に理由を聞けばキリがないけれど、タイガの嬉々とした期待の眼差しに、セラフィムも決意した。
「……タイガのそんな顔見たら叶えない訳にはいかないよ」
「セラ! ありがとなっ、大好きだぜー!」
「わっ、タイガ危ないって……! もう」
 仕方ないなぁ、と飛びついて来た虎の子をいなしつつ、綺麗な花嫁と新郎が歩く薔薇色の道を、二人で共に歩むその日を夢見て、未来に思いを馳せたのだった。


「温泉行こうぜ、那音!」
 唐突にそんな誘いをかけてきたのは神人、歩隆 翠雨。
 連日勉学に励んでいた精霊、王生 那音はその言葉に、しばし色々な事を考えて、やがて呆けたように「あ……ああ、良いけど」とだけ返した。

 お互い忙しくてゆっくり会えてなかったからとか、寒くなって来たし温泉はいいよなとか、那音も大変そうで煮詰まっても困るだろうから、とか。
 こじつけたような理由が翠雨の口からはぽんぽん出てくる。
 あまりにもあっけらかんと言い出したものだから、きっと思いつきで言ってみただけで、まさかそこまで色々と考えてくれていたのだろうか、と首を傾げはしたものの。
 案の定、そこまで深く考えてはいなかったらしい。二人きりで温泉旅館に行くだなんて絵に描いた恋人らしいことを、翠雨がそうだと気が付いたのは、どうやら手を繋いでからのことだったようだ。
(……どうしてこんなに緊張してるんだ、俺)
 さりげなく引かれた、ぎこちない恋人つなぎを、しっかり握るよう那音が指を絡め直してきて、心臓が飛び出しそうになった。
 二人が想いを確認しあってから出かけるのは初めてのことだ。
 漸く休みが合って、デートらしいデートに誘えるなんてこの機を逃したらきっとない――そう思い嬉々として予約をいれたのは翠雨なのに。
 一緒に出かけるのは初めてじゃないけれど、両想いになってからのそれは、友人同士の外出とはまた全く違った意味合いを持つ。
 そう、自覚してしまうと、どうしようもなく。
「翠雨さん、行こう?」
 ガチガチに緊張している翠雨を見て笑いを堪えつつ、リードするように手を引く那音の優しさが嬉しい。
 けれども、ずっとこんな調子じゃ心臓が持たない。絶対どこかで爆発する。
 温泉を選んだ己を呪いつつ、けれども決して嫌な訳じゃあなくて――。
(ああもう、心臓、うるさい……!)
 ぶんぶんと一人頭を振って、羞恥心をなんとか誤魔化して。
 恥ずかしさを拒絶と思われてしまわないように、きゅっと握り返された指先の感触が愛おしくて、那音は目を細め参ったように微笑んだ。

「はー。夕食、美味しかったな!」
 日中は外の風景を楽しみ、日が沈みだしたころに旅館で食事を終えた。
 座敷で足を伸ばす翠雨もリラックスして満足そうだ。最初こそ緊張していたものの、極上の風景と旬の料理は気持ちを和ませてくれる。
 隣で行儀よく手を合わせてご馳走様をした那音も、窓から見える秋色たちに目を遣り、微笑んで告げる。
「ああ。さすがフォトグラファーと言うだけあって、翠雨さんはいい趣味をしているな。人も料理も風景も、非常に趣ある良い旅館だ」
「あはは、那音に褒めて貰えるとなんかくすぐったい」
 照れたように翠雨が頬をかくから「本心だよ」と重ねて言ってやる。ハラハラと散りゆく紅葉が別世界を思わせて、本当にこの世界に二人きりでいるような錯覚すら覚えた。
(那音も喜んでくれてる……良かった)
 口先ではああ言ったものの、内心、彼の趣向に合うか不安だったところも大きいから、すっかり肩の力を抜いてくつろぐ恋人の姿に、翠雨の胸のうちもじぃんと暖かい。
 忙しそうで、疲れてるんじゃないかと思って誘ったのは本当だった。温泉なんて、一人じゃ絶対に来ないような所を選んだのもその為で。
 勿論、自分の仕事におけるアイデア作りやセンスを深める為にも、自発的に動いてこういった風景を楽しむのは決して悪い事じゃない。
「ちょっと写真撮ろうかな」
「おいおい、こんなところにまでカメラを?」
 おもむろにカメラを取り出した翠雨に、さして嫌でもなさそうな口ぶりで、仕方のない人だと言う様に苦笑する那音に「だって」と翠雨は言葉を挟む。
「紅葉背負ってる那音が、すごく綺麗だと思ったからさ」
 に、と歯を見せ無邪気に笑う翠雨に、那音は一瞬ぱちくりとあっけに取られたあと、照れた様に頰を染めて「……本当にかなわないな」と口元を押さえた。

 露天風呂へは大はしゃぎで向かったにも関わらず、互い裸で湯に浸かってしまえばカチコチに緊張してしまった翠雨に那音はまた笑いを堪えなければならなくなった。
 なんだって学習しないんだろう、この人は、こんなところだけ。
 温泉旅館なんて裸の付き合いを前提に行くに決まっているのに、今更そんなあからさまに恥じらいを見せられてしまうと、ついつい不健全な思いを抱きそうになる。翠雨さん、煽ってる自覚を持ってほしいな……。
「うぅ、また那音笑ってる……」
「……っ、いや、別に」
「うーそーだー!はあ、せっかく気持ちいいお湯なのに、ゆっくり浸かれない気がする……」
「そうか? 俺は、翠雨さんと一緒ならどこでも楽しいけれど……まぁ」
 何か期待してるなら、こたえてもいいけれど? ぶくぶくと鼻先まで沈みかける翠雨につい悪戯心が湧いて、意地悪く笑ってそんな事を告げたら当然彼は茹で蛸になって、ざぶん! と頭までにごり湯の中へ隠れてしまった。
 あの様子じゃのぼせそうで不安だ、と思いくすくすと笑って、やがて浮上してきた真っ赤な顔の恋人と、湯に移る月明かりに紅がさす風景を、心ゆくまで堪能した。

 あとは若いお二人でごゆっくり、と通された寝室には、丁寧に二組の布団がぴったり並べて配置されていて、最初にそれを見た翠雨の表情がカチンコチンに凍って、一日分のたまりたまった我慢が押し寄せて、ついに那音は噴出してしまった。
「わ、笑うなよ那音!」
「っははは……! すまない、翠雨さん、あまりに反応が分かりやすくて可愛いから……」
「嬉しくなあぃい! ああぁ、風呂もそうだったけど、今日は一日なんかゆっくり休めた気がしなかったな……」
 がっくりと脱力して布団に潜る翠雨を目で追って、悪かったよ、と言いつつ自分も隣の布団に寝転ぶ。日差しのある昼間と違い夜は冷え込むから、ふわふわの掛け布団が体温を吸ってすぐに暖かくなって心地良い。
 最近の仕事ぶりだったり、ウィンクルム間の人付き合いだったりと、寝転がったまま他愛ないことをしばらく談笑し合って。
 やがて就寝するにも良い頃合になり、ぱちんと部屋の電気を落とした。
「おやすみ、翠雨さん」
「お、おやすみ……」
 一度は就寝の挨拶を告げたものの、隣にぴたりと並んだ布団に、翠雨はまったく落ち着かない。
 恋人同士なのだし、離れて寝るのも確かにおかしい。でも関係が変わったからって、そうそうすぐに立ち位置まで変えられるわけじゃない。
 それまでの彼も勿論、ウィンクルムのパートナーという肩書き以上に大切な人だったけれど、恋心が実ってからはより一層想いが深くなったような気がする。
 もぞ、と寝心地悪そうに寝返りを打って那音の綺麗な横顔を見ていたら、彼も翠雨に気付いたように視線を寄越してくれて、どきりと心臓が跳ねた。
「……大丈夫、何もしないよ」
 取って食われるとでも思っていそうな翠雨に那音は安心させるように微笑みかけて、そう告げた――のに。
「……何もしない、のか?」
 鼻先までを布団で隠してもなお赤い顔で、そんな言葉が返って来るから、那音の表情筋が固まる。
「その……那音が恋人らしい事を望むんなら、俺は……」
「――えっ?」
「っ、なんでもない! おやすみ!」
 ばふん! 布団をかけなおしてそっぽ向いてしまった。
 ――その反応は、反則じゃないか?
「翠雨さん」
「!」
 すぐ背後から声がかかって、息がかかって、思ったよりも近くに居た那音に翠雨はひどく狼狽した。
「……前言撤回、しても?」
 そんなふうに、聞いたことのないような声で言われちゃ、断る道理なんてないじゃあないか。
(俺は那音にとことん弱い……)
 心中でそう思い、口先は精一杯のイエスを返す。
 これがきっと、惚れた弱み、なんだろう。
 月明かりに紅をさす秋色の木々たちが、二人を見守るように、静かにざわめいていた。


 ザアアッ、と、秋色の冷たい風が頬をなでる。
 続いた悪天候にも、昨晩相方と一緒に吊るしたてるてるぼうずのおかげで天気は快晴で、お日様が真上に昇ってしまえば海上といえど暖かな日差しが肌に心地いい。
 神人――瑪瑙 瑠璃はボートを操縦しつつ、時折、時間を忘れるほど眺望に見惚れてしまう自分を自覚していた。
(ここの海は、パシオン・シーなのか? それとも――)
 どこまでも続く青い水面。空の青とは全く違う色なのに、沖へ出てみれば水平線の境界は曖昧で、どこまでも吸い寄せられてしまいそうだと思う。
 内に篭りがちな瑠璃だけれど、今年は外の景色に癒される事が多い気がする――静かな海に思いをはせていると、すかさず情緒をぶち壊すかのような騒がしい相方の声が響いてきた。
「でーじいっぺーじょうとうやっさああああ!」
 太陽と海色がよく似合う精霊――瑪瑙 珊瑚が、風と海と秋の匂いを胸いっぱいに、両手を広げ、空を見上げて伸び上がり、最高だといわんばかりに大声で叫んだ。
「あんまりはしゃぐと落ちるぞ」
「なーに! たー振り向こうと、ぬー起ころうと、なんくるないさ!」
「はあ。まったく……」
 のんきな精霊の様子に、さして困った風でもなく瑠璃は苦笑して、けれども彼の笑顔を見ていると同じ気持ちになるから不思議だ。珊瑚と居れば、なんでも解決できる気がする。もし今ボートが壊れて漂流し無人島へ辿り着いたところで、二人揃えば楽園にすらなるかも。漠然とした、妄想じみた思いではあれど、自分達は海に囲まれて過ごす事が何より相応しいとさえ感じるのである。
「こっから見えるよなぁ? オーガかギルティのアジト」
 ボートから身を乗り出し、手の平をかかげ目を凝らして、珊瑚は遠くを見渡す。
 見えるわけないだろ、と言えばわっかんねーだろー!と諦めず、青色と雲以外に何も見えないパノラマの景色を360度、彼はいつまでもきょろきょろと見回していた。
「そしたら、A.R.O.A.にやつらの場所、暴露できんのに」
「……そんな簡単に見つかるなら、とっくにA.R.O.A.が特定してるべ」
「そうだけどよー! ぐーぜん見つかってもおかしくねーだろ? 世の中いつなんどき、何が起こるかわっかんねーんだから! あっあの島にギルティが!」
「えっ……!?」
 珊瑚が迫真の表情であらぬ方向を指差すからつられて視線を向けるが当然島どころか何もない。ぷかぷかと浮かぶカモメがひと鳴きして飛び去っていった。
「あははー! オーガの島と間違えちまった!」
「なんだそりゃ……」
 どっと肩の力を抜かれて、ついでに突っ込む気力も失せる。遊んでいるのは理解出来るが、やられてばかりなのもなんだか癪だ。
「――ちょっと時間が押してるから、飛ばすぞ!」
「おわぁっ!?」
 唐突にぐんっ! とボートのスピードが上がって珊瑚の体が揺れる。風を切り、ばしゃばしゃと体にかかるほど水しぶきが上がり、珊瑚の顔も瑠璃の体もずぶぬれにしてしまうけれど。
「はえーはえー! たーのしいなぁ、瑠璃ーっ!」
 水を得た魚のようにはしゃぐ珊瑚を振り返り、瑠璃もまんざらでもなさそうに笑って見せた。

 夕刻、海の真ん中で船をとめて、購入してきた釣竿を引っ張り出した。
 互いにフィッシングスキルを持ち合わせる二人は馴れた手つきで餌とリールをセットして、針が動いたらすかさず引き上げる。ビチビチとイキのいい魚たちが次々と狭いバケツへ放り込まれていく様は中々圧巻である。とはいえ毒があるものや、まだ小さな生体はイキがいい内に海へ帰してやった。
 地元の人に釣れるポイントを聞いていたこともあり戦績は上々だ。
「けっこー釣れたな、焼いて食おうぜ!」
「そうだな。準備するか」
 ここでも互いの調理スキルを発揮し、船上でも扱えるグリルのセットをてきぱきと組み立てていく。
 こなれた包丁捌きで生魚を処理し、そのまま丸焼きにした他にもアラを使って煮汁を作ったり――自然の恵みをあますところなく、美味しい魚料理に仕上げていく。
「うわーっ! すっげーいい匂い! いっただっきまーす!」
 串に刺した、こんがりと焼き色の香る魚に珊瑚がかぶりつく。それを見た瑠璃も同じように。新鮮なうちに仕上げたそれは身がひきしまり脂もたっぷりとのっていて、香ばしい香りと相まってそれはもう絶品だ。どんな高級料理屋にも劣らないことだろう。
「ん、美味いな……こっちはお前が?」
「お! いーダシ出てるだろ? 冷えた体に丁度いいよなー!」
「ああ、すごく美味いべ」
 煮汁の仕上がりを瑠璃が素直に褒め、珊瑚は満足げに笑って、吊り上げた魚たちを綺麗に完食した。

 やがて夜も更け始め、ぷかぷかと海の真ん中に浮かぶボートで二人寝転び、夜空に瞬く星を数える。
 終わりのない数遊びに、ふと先日話したことを思い出して、瑠璃は珊瑚に問いかけた。
「なあ、珊瑚」
「んー?」
「……あれ、本気なのか?」
 大陸を、周遊する話。
 二人、祭りの喧騒から離れて約束した未来への指標。
 がばっ! と体を起こした珊瑚が、昼間にやったのと同じように両手を大きく広げて、夜空すら抱き込もうとでも言うように大声で言う。二人きりしかいないここではどんなに声を大きくしても、誰にも迷惑はかからない。海にぽっかり浮かぶ月明かりだけが、二人の言葉を聞いてくれる。
「とーぜんだべ! 俺はいつだって本気だ!」
「……収入は、どうするんだったか」
「そりゃー、現地調達? ってーの? 場所が違えば働き方は変わるだろ。働いては辞めて、また次の地方で働いて――その都度生計たてて、いつか全大陸を制覇するんだ!」
 すげーだろ!? 怖いもの知らずの真っ青な瞳は、何も考えていないようで、一応堅実なプランはあるらしい。
 けれど瑠璃の思い描く現実は、言うよりはるかに厳しいものだ。
 まだ見ぬ未開の地への、夢と憧れ――だども無謀――叶う気がしねぇべさ。寝転んだまま、星空よりもどこか遠くを見ているような瑠璃に、ぐぅ、と珊瑚は言いよどむ。
「俺は、正直不安だ。お前の言ってることは、あまりに夢物語過ぎて……」
「何が、だめなんだ?」
「いい人ばっかりじゃねぇだろ。治安の悪い地域だって予め調べておかなきゃなんねぇ。いち早く地域に馴染んで、争いごとは極力避けて……悪い部分まで、お前は考えてない」
「ぐっ……んなぐとぅわかってる! わかってるやしが……!」
 らしくなく、珊瑚は表情を寂しげに歪め拳を握る。
 この計画には、瑠璃の協力が不可欠なのだ。というか、欠けては何の意味もない。
 瑠璃は現実的で、確かな生活を未来に思い描くけれども、珊瑚は。
 他でも無い瑠璃と二人で、自身が思い描く夢を追いかけたい。
 怖いことも、争いごとも、悪い面も良い面も、利口で慎重な性格の瑠璃だからこそ、一緒に考えてなんとかしてくれるんじゃないかって。
 それは珊瑚の一方的な甘えでもある。受け入れてくれるんじゃないかと言う――けれども瑠璃もそう、とっくに分かっているからこそ。
「……無謀なのは承知だし、俺も色々学びたいからな」
「えっ」
「俺も、見てみたいと思う。お前と一緒に、世界を」
 仰向けだった体をようやく起こした瑠璃が、困ったように、それでも笑って珊瑚を見る。
 ぱあっ! と珊瑚の表情が明るくなって、瑠璃ー! と船上で思いっきり抱きついたら船が大きく揺れた。
「あっぶね……! おい珊瑚、落ち……っ」
「瑠璃、約束やさ! わんだって、瑠璃以外考えてねぇんだからな!」
「――…ったく、お前ってやつは本当に」
 自分には到底思いつかないような事を言い出すから、楽しい。
 破天荒な理想に振り回される事もあるけれど――それすらも、思い出になるようにと願って、二人星空を見上げた。


「綺麗ですねぇ、コーディ」
「そうだね。一気に冷え込んだから、紅葉が色づくのも早かったな」
 移動中のバス車内でアウターの襟を正しつつ、窓の外を過ぎていく風景に二人見惚れる。
 神人、ルゥ・ラーンとその精霊コーディは、偶然一致した双方の休日に乗じて、バスツアーを使い観光地へと出かけていた。
 とはいえ本当に偶然と言う訳でもない。最近占いの仕事を再開したルゥの多忙さが一旦落ち着く頃を見計らって、コーディが日程を調整してくれたのだ。
 もちろん、そのことを素直に口に出すような性分ではないことをルゥもまたよく理解しているので、日程を合わせてくれてありがとうございます、と先んじて告げてやる。
「私の仕事明けに誘って下さったんですね」
「べ、別に。折角景観が綺麗な季節に、全く外で遊んでなかったから……たまたまだよ」
「ふふ、嬉しいです。……仕事が立て込んで疲れていたところでした、今日は良いエネルギーを充電して帰れそう」
 視線を泳がせつつ、照れたように頬をかくコーディに、ルゥが感謝を込めてありがとうと告げてやれば、それならよかった、とぎこちなく笑った。

「あ、見えてきた」
 目的地にバスが無事到着し、入口付近の売店に寄って、紅葉の形をかたどった饅頭を見つけた。
 焼きたてが美味しいんですよ、と店員が試食を勧めてくれた事もあり、後で落ち着いたら食べましょうね、と栗餡の入ったものをルゥが二人分購入した。
「わあ、とても綺麗……!」
 売店を出ると、渓谷を彩る季節の草木たちが、観光客を歓迎するように落ち葉を舞い躍らせていた。
 細く、どこまでも長く伸びる渓流には、紅色や黄色の落ち葉がところどころに絨毯を作って、澄んだ水面とのコントラストを一層際立たせる。この季節、少ない期間しか見れない絶景である。
「足を滑らせるなよー」
「大丈夫です、気をつけてますからー!」
 普段は落ち着いているルゥも、こういった陽のエネルギーが強い場所では影響されるものなのか、純粋に美しい場所へ来られたことが気分を昂揚させるのか、いつになく明るくはしゃいでいる。
 これじゃあどちらが年上なのかわからないな、なんて苦笑しつつ見守っていたら、案の定ぬかるみで足を滑らせたルゥが不意によろけた。
「わっ……!」
「ルゥ!」
 慌てて駆けよるが当然間に合わず、けれども無様に転倒してしまう事は避けられた――その代わりに。
「大丈夫ですか」
「あっ……ありがとうございます……!」
「どういたしまして」
 躓いた先に居た観光客の男性が、転倒する寸前に抱きとめてくれたおかげで大事には至らず、コーディはひとまず胸を撫で下ろした。
 ――しかし、足場が悪い為かなかなか二人が密着したまま、離れようとしない。
 すみませんもたついて、いえいえゆっくりでいいですよ。気遣い合う二人の様子を、当然見ていて気持ちのいいコーディではない。なんで僕の方に倒れないかなぁ!? 苛立ちに任せてつかつかと大股で歩み寄り、べりっ! とルゥの体を強引にひっぺがした。
「もう、だから気をつけなよって言っただろっ!」
「ああ、そうでした。すみません、本当に助かりました。ありがとう」
 観光客の男性に謝罪と感謝を告げて、立ち去る彼の背を見届けた後、再びルゥはコーディの隣に並び歩く。
 唇を尖らせるコーディに反し、なんだか機嫌が良さそうだ。
「心配しなくても、私はあなたのものですよ?」
 腕を絡め、ご機嫌を伺うようにあざとく小首を傾げられては見透かされたようで釈然としないが、折角二人で訪れた観光地でいつまでも不貞腐れているのも勿体無い。
「……はあ。大人げなかったよ」
 頭をかいて、はーっと息を吐き出して素直に告げると、くすくすとルゥが嬉しそうに笑う。
「ふふ。可愛いあなたを見れて得した気分です」
「キミってやつは……」
 気まぐれなパートナーに遊ばれるのも、そこまで嫌な気はしないから、気を取り直して渓流散策を再開したのだった。

 川沿いに色めき立つ紅葉やイチョウを堪能した後は、奥行った場所へ位置する洞窟へと赴いた。
 ここもまた入り口を囲うようにして紅葉のアーチが立ち並び、見る者の心を和ませていた。
「初夏に赴いた洞窟戦を思い出しますねぇ」
「あー……そうだね」
 涼しくて綺麗でした、なんて気楽に言うルゥとは裏腹にコーディは渋い顔つきだ。あまり良い思い出として残らなかった。というのもあの頃はまだまだ未熟で、出来る事もそう沢山なく、手探りで仲間たちについていくのが精一杯だったから。
 こうして観光で来る場所と、オーガを倒すために赴く戦場という意味合いで、似たような景色を見ていてもその心構えは全く違うものだ。
「あの頃と比べると、あなたは格段に成長したような気がします、……心のほうが」
「ルゥ……」
「いつまでも初心なあなたも私は好きですけれど」
「茶化すなよ、人がせっかく感動してたのに」
「うふふ」
 惚気のようなじゃれ合いを続けつつ薄暗く寒い洞窟を抜ける。出口を抜けた先に、ぱっと景観が明るくなり、目が慣れた瞬間に絶景が広がった。
「わあ、すごい……!」
「へえ……これは見事なもんだ」
 洞窟の出口が高台にあるため、バリケードの役割を果たす柵を越えればその先にあるのは広大な渓谷と、細く長く伸びる渓流――水面には落ち葉が絶え間なく流れ落ち、彩りを添えながらやがて下流へと向かう。
 滝の周辺にもあちらこちらから紅葉の枝葉が伸びて、白糸に映える差し色がこの季節しか見れないコントラストを醸し出していた。
「本当に綺麗……吸い込まれてしまいそう」
「そうだね。間違っても落ちないように――」
 会話を交わしつつ、隣を見遣って、不意にコーディは言葉を止めた。
 ざあああ、と勢いよく流れ落ちる滝を見つめているルゥの横顔に、ふと思う。
 不思議な力を持つ神人には、今この瞬間にも、何が視えているんだろう――。
「……あのさ、ルゥ」
「はい?」
 風になびく桔梗色を耳に掛けながら、ルゥはコーディに視線を向ける。
 自分には視えていない何かから、ルゥが帰ってきてくれたような気がして安堵して、ほ、と息をひとつ吐き出し、言葉を続けた。
「僕に隠してる事、あるよね?」
 コーディにはずっと、気になっていたことがある。
 彼が言い出すまで何も言わないつもりだった。そこまで踏み入る様な関係に発展するのが怖かった事もある。
 でも、今はもっと彼を知りたい――そう心から思える。
 だから、意を決して問いかけた。
「そんなもの、ありません」
 コーディの険しい顔を真っ直ぐに見据えて、ルゥはきっぱりと答えた。
 隠しているつもりはないし、聞かれたらいつだって何だって答えようと思う。他でもないコーディが相手なら、何だって。
 でも。
「……自分からは言わない、ってことか」
「……」
 ルゥの意思を汲み取った様に、コーディは呟きを落とす。
 それに対する明確な答えの代わりに、ルゥも言葉を選ぶように、慎重に紡ぎ出した。
「知りたいのならいつでも尋ねて下さい。なんだってお答えします。……あなたに」
 覚悟が、出来たなら、いつでも。
 その言葉を受けて、コーディは何も言わなかった――言えなかった。
 覚悟を必要とするような、何か。ルゥが自身でそう、防衛線を張っているのならば、きっと軽率に聞いていい事ではないのだろう。何もわからなくても、それくらいの事は理解出来る。
 くそ、と心中で一つ悪態付いた感情は押し殺して、わかった、と答えるのが精一杯で。
 そんな些細な感情の機微すら見逃さないルゥも、コーディの瞳に浮かんだ困惑の色を察して、まだその時ではない、と悟り。
 ただ、彼の隣にそっと寄り添う――今はこれだけできっと充分。
「さ、お饅頭、いただきましょうか」
 にこ、と、先ほどまでの仄暗さが嘘のような笑顔を見せたルゥに、そうだね、と気持ちを切り替えて、行楽を続行した。
 はらはらと、いつまでも二人に降り注ぐ落ち葉たちだけが、彼らの行く末を案じ、物言わず見守っていた。


「セイリュー、こっちだよー!」
 モールの中央入り口にある、路上の植木に囲まれたアーチの一角で、歩いてくる待ち人を見つけ大きく手を振る精霊、ラキア・ジェイドバイン。
 パートナーを見つけた神人、セイリュー・グラシアの表情もぱっと明るくなる。同棲している二人ではあるけれど、あえて別々に家を出て現地集合するっていうのもデートっぽくって面白いじゃん! というセイリューの意見を汲んで、こうして待ち合わせ場所を決めていた。
 二人が遊びに来たのは最近新しく出来たという商業施設。アパレルショップに映画館にゲーセン、休憩所にイートインなども完備していて、一日中遊べる仕様となっている。
「悪い、待った?」
「全然。パンフレットとか見てたし……セイリュー今日オシャレだね」
「へへ。そう見えるかな? せっかくのデートだから、これでもちょっと気合い入れたんだぜ」
「うんうん。かっこいいよ」
 折角二人で一日遊べるというのだから、それなりにコーディネートには互い気を遣ってきたようだ。とはいえラキアも、どちらかと言えば中性的で背も高いから、振り返る女性たちが目配せしあっては黄色い声をあげていた。
「そろそろ行こうか、映画の時間に遅れても悪いし」
「おう!」
 ゲート付近で他愛なく話したあと、施設の扉を潜って散策へと繰り出した。

「おー! 予告やってる! これこれ!」
 映画館内のエントランスで、絶賛放映中! という文字と共に本編予告が大きく流れ出す。
 シアターの設備は今話題の、座席が動いたり画面が飛び出して見える仕様だったりと、最新のものを取り揃えている。
 セイリューが見たいと言ったのは海難救助系の新作映画だ。有名な俳優を起用しており過去のシリーズからもヒット作を生み出している名作で、涙ありの感動ありの大作となっている。見知らぬ誰かを守り、あるいはその活躍を知られる事もないまま戦い続けるウィンクルム達には、通ずる想いや習えるものが多い作品だ。
「はー、面白かったな! 前作も良かったけど、やっぱり期待を裏切らないっていうか」
「うん、すごく感動した。お客さんも泣いてる人いっぱいいたし」
「命がけでなにかをするってのはやっぱイイ。心構えとか対処法も色々参考になるし……よし、パンフレット買ってこうぜ」
 シアターを出た所にあるショップをひとしきり見回ったあと、今日見たもののパンフレットと一緒に、冒頭で予告が公開されていた来月公開予定という映画のチラシもラキアは手に取った。
「あ、それ! オレも見たいと思ってたんだよ」
「だよね。セイリュー、絶対これ好きだと思ったよ」
 映画の内容はウィンクルムをメインに据えた冒険ものだ。アクションやストーリーもさることながら、同じウィンクルムの戦士として見ておかない手はない。ラキアの言葉を受けて、うんうんとセイリューが頷いてみせる。
「さっすが、ラキアは俺の事よくわかってくれてるよな。次も一緒に見に来ようぜ!」
「うん、楽しみ。さて、お昼ご飯食べよっか」
「おうっ! 感動したら腹減ったなー!」
 キッチン街をひと通り見て、雰囲気の良さそうなパスタ屋に入った。さすがにランチ時というだけあって人は多かったけれど、二人で話しながら食事を楽しむにはちょうどいい喧騒具合だ。
「ここのミートソースは肉が多くていいぞ。オレはこれ」
「じゃあ、俺はカルボナーラ――と、二人でシェア出来るようなサラダはあるかな」
 問いかけて、店員に勧められたものを追加する。放っておくと卓上が肉ばかりになる相方の為の、よく出来た嫁のごとき配慮である。
「あのサラダ、緑野菜多そ……」
「セイリュー?」
「うっ」
 にっこり。両手で顎に杖をついて、目を細めて笑うラキアの表情からは「野菜もしっかり食べなよ」という無言の圧を感じる。はは、と乾いた笑いを浮かべて観念したように頷いた。

 おまたせしました、と運ばれてきたパスタとサラダを二人で食べる。いち早くトングを持ち料理を率先して取り分けるラキアが、セイリューの取り皿には特に多めに野菜を盛り付けてサラダボウルを下げた。
「オレの方が野菜多くない?」
「そうかな? 気のせいだよ。あ、このカルボナーラすごく美味しい」
 さらっととぼけて自分の分を口に運ぶ。特製ドレッシングが香るサラダに、とろっとソースの絡まるカルボナーラに、肉感たっぷりのミートソースパスタも一緒に味わって全てたいらげたら、サービスですというパンプキンデザートが食後に運ばれてきた。
「おー、可愛いしうまそう! ハロウィンだから?」
「はい、美味しそうに食べて下さったので、サービスです」
「ふふ、セイリューの役得だね、ありがとう。美味しくいただきます」
 丁寧に礼を告げてデザートも綺麗に完食し、行儀よくご馳走さまをしてから店を出たあとはエスカレーターを上がりつつ、良さそうな店がないか物色する。季節は冬の入り口、寒さに備えて新しいコートがないかと言うラキアに付き合って、セイリューも自分のものを色々と見繕った。
「たくさんあるから迷っちゃうね。あ、これとかどうかな? 今流行ってるやつ」
「うーん、ラキアの雰囲気によく合うし全然悪くないけど、無難過ぎるんじゃね? オレはこっちがいいかなー!」
「ちょ、ちょっと派手過ぎるかなぁ、ヒョウ柄は……」
「いいじゃん、ファッションも冒険してみようぜ!」
 ぐいぐい押し込まれるまま試着室で試しに羽織ってみたが、やはりラキアの好みに合わなかったので他のものに切り替えた。
 二人の好みに一致して暖かそうなブラウンのロングコートを手に取り、それから。
「セイリューにも何か買おうよ。この手袋とかどう?」
「んん? ちょっとオレがつけるにしては大人すぎないか?」
「自分で言っちゃうんだ……ううん、似合うと思うよ。暖かいし、ひとつ持っておこう?」
 コートと革手袋の二点を購入して店を出てから、次は更に上の階にあるゲーセンに向かった。
 エスカレーターが到着するなりゲームセンター特有の音楽やアナウンスがうるさく鳴り響き、クレーンキャッチャーの中に景品が並ぶのを見ているとワクワクする。
 遊ぶぞー! と駆け出したセイリューを、台が立ち並び狭い店内で見失わないよう追いかけて、ドライブゲームにリズムゲームと、ラキアが普段やったことのないようなアーケードゲームを一緒に楽しんだ。
 ドライブゲームではハンドルと一緒に体が動き出しそうなセイリューに笑って、案外リズムものが得意なラキアに感心するなどして。
 クレーンキャッチャーのコーナーでは、クマがかぼちゃをかぶった可愛らしい人形を見たラキアが欲しいと言うから、楽しみつつ取ってやった。
「セイリュー、ああいう台のコツ掴むのうまいよね」
「そうかな? 感覚でやるようなゲームが慣れてんのかも」
「あはは、羨ましい。今度教えてよ」
 他愛なく話し合いつつ、小脇に景品を抱えてゲーセンを抜けたら、少し階層を歩いた所のカフェでお茶をすることにした。
 秋の新作だという栗を使ったケーキと紅茶をそれぞれ頼んで、最近あった事だったり任務の話だったりを話題にゆっくりと流れる時間を過ごした。

 やがてテラスから見える外の風景が暗くなり始めた頃、中階層に位置する館内庭園ではハロウィンをテーマにしたフォトスポットがライトアップされていた。
 せっかくだからとそこでも足を止めて、二人並んでスタッフに写真を撮ってもらった。
「はー、堪能した!今日は楽しかったなー!」
「そうだね。俺もすごく楽しかった、お土産もたくさん出来たし」
 購入したものはセイリューが率先して持ってくれた。モールを一歩外に出ると風は冷たく、秋の気配を感じる暇もないまま冬の訪れを予感させるが、購入したコートやかわいいクマのぬいぐるみがあれば、家に居ても外に居ても暖かそうだ。
 また二人で来ようね、と笑いあって、セイリューとラキアの休日デートは幕を閉じた。



依頼結果:成功
MVP
名前:歩隆 翠雨
呼び名:翠雨さん
  名前:王生 那音
呼び名:那音

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 梅都鈴里
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ EX
エピソードモード ビギナー
シンパシー 使用可
難易度 簡単
参加費 1,500ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 10月20日
出発日 10月26日 00:00
予定納品日 11月05日

参加者

会議室


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