犬も食わない(梅都鈴里 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

「なんだと!? もう一回言ってみろよ!」
「別にお前の意見を否定してるわけじゃない。俺はこうした方がいい、と言ってるだけだ」

 早朝のリビングに響くけたたましい怒鳴りあい。
 勿論、この家で同棲する神人と精霊のものだ。
 卓上に並ぶのは焼きたてのトースト、白いプレートに乗っかった目玉焼きには適量のサラダが添えてある。
 犬も食わぬ言い争いは、精霊が発したよくある一言で幕を切った。

『目玉焼きには醤油だろう』

 それに対し神人が言った。いや、ソースだろ。醤油なんて酸味が強くて卵本来の味を壊す。
 そんな事を言ったらソースは風味が濃くていけない。何か甘ったるいのも気に入らないし。
 ぶちぶち、ねちねち。独り言のようだった相容れぬ趣向への皮肉は、次第にエスカレートして口論へと発展した。

「そういうのを否定って言うんだ! お前はほんとに頭が堅過ぎる! もういい、自分の部屋で食べるからな!」
「……好きにすればいい」

 結局、自分のお皿だけ持って、神人が部屋へ引っ込んだ。勿論、ソース瓶も小脇に抱えて。
 作ってやってるのになんだあの言い草は。好きなものは別に否定しないけど、ちょっとは折れてくれたっていいだろ。
 頭の中で尽きない文句を反芻しながら、黙々と食べているうちに、次第に頭も冷えてきた。
 コンコン、と扉のノック音がして。少し開いた扉の隙間から、なんだか情けない表情をした精霊が覗く。

「……一緒に食べないか。もう、文句言わないから」

 あーあ、なんだかんだ言い合っても、やっぱりこうなるんだ。
 相手の不甲斐なさにも、自分の甘さにも苦笑して。
 俺も悪かったよ、と綺麗になった皿を片し、朝のコーヒーを淹れに向かった。

解説

■パートナーと喧嘩した!

原因はなんでもいいです。浮気したでも、好みがあわないでも、顔がかっこよすぎて腹が立つ、みたいな結果ノロケでも。

■仲直り!

出来ればさせてあげてください。
丸め込んでも、素直に謝るでも。

■お詫びのジュースで二人分、300jr消費しました。

ゲームマスターより

長く隣に居るとプロローグのような衝突は起こりやすいものですが、関係が浅くても喧嘩はつき物かなと。
喧嘩から仲直りまでを書くようなエピソードもいいかなと思い作らせてもらいました。
ケンカップルさんでも、普段めっちゃ仲良いお二人でも、どうぞお気軽に。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

セラフィム・ロイス(火山 タイガ)

  大学から帰ったらお気に入りのトラのぬいぐるみが無くなっていた
え?嘘…いつもここに置いておいたのに別の場所に置いたのかな…?
またある日帰ると別のトラが無い
そんな日が続き、タイガの机の下にトラの玩具の尻尾を発見

■夕食時。カレー。デザートに梨(半分はプエのご飯)
…タイガ、僕のトラたちをどこにやったの?
うん
そんなに嫌なら言ってくれればいいじゃないか…!
隠すならまだ…いいけど、捨ててないよね…?

タイガいい顔してなかったじゃない
嫌なら誰かにあげるから…壊したりしないで
じゃあ誰が他にいるんだよ!僕とタイガしかこの家にはいないのに



◆タイガの提案で張り込み。プエを追う

プエ!?ダメじゃないか…
タイガ。ごめん…


セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)
  ジムでさ。ラキアの兄ラキシスと手合わせしたんだ。
動画撮影して、帰宅後TVの大画面でそれを確認してたらさ。
それ見たラキアが怒りだしちまって。

そんなに怒らなくてもいいじゃん!?
2人とも防具付けてるし。
武器はオレ大刀でラキシスは片手剣だけど刃ない模擬戦用だし。
大体この程度の模擬戦を凌げないようなら、本番の戦闘時に対処できないじゃん。
訓練で巧く行かないものが、ぶっつけ本番で何とかなる訳ねーじゃん!

動画を見るのも客観的に自分の動きを知るためだ。
敵から自分がどう見えているのか、自分の動きに動きにどんな癖があるのか。
生き残るためにはそれを知ることも大事じゃん。
ラキアなら判ってくれるだろ?
心配かけたのは謝る。


ユズリノ(シャーマイン)
  恋人の距離
それを僕は期待してしまう
彼は僕との関係を大切に思い自制に苦労したって言ってた
でも恋人になったならそんな必要もう無い
なのに彼は相変わらずで
先日の風邪の時も添寝で終った
いつかの熱いキスを思い出しどきどき
僕から誘えばいいのかな

ホラー映画を見ようと誘ってみた
気付いてくれるかな
映画はラブシーンになり彼をチラ見
肩に凭れてみる
彼の言葉にショック
一人で期待してた羞恥と彼への苛立ちで頭沸騰
もういい! シャミィのばかー
自室へ駆け込む

どうせ僕なんか女の子みたいなおっぱいも色気も無いし そんな気起きないよねっ
彼の声が沈んで辛そう…?
頭が冷えてきた
自己嫌悪

弾かれる様に部屋を出て胸に飛び込む
ごめん

ココア僕が入れるね


ルゥ・ラーン(コーディ)
  早朝の玄関先
はい むこうの家へ行ってお掃除をして参ります
お陰様で先人も立ち退きましたし
これからは平和に生活もできる筈ですから

コーディ?!
何を怒って…あ
締め出されてしまった
彼はどうしたんでしょう
機嫌が直るのを待ちましょうかね

元の家お掃除中
彼との今はこの物件のお陰でもあるのだと感謝の念でお掃除
はたと彼の言葉が引っ掛る
もしや彼は…

お昼
彼の家の玄関先
お邪魔致します
エプロン姿の彼が出てきた
お掃除も済ませ正式にあの家を引払って参りました
やはり誤解を…すみません言葉が足りませんでしたね
どうしましょう私行く当てが無くなってしまいました
あなたのいない生活なんて耐えられません

はい!
(お昼呼ぶつもりだったんですね くす


歩隆 翠雨(王生 那音)
  思えば、那音とは喧嘩した事がない
出会った当初は那音は冷たかったけど…でも、対応は大人で
打ち解けた今は、那音は俺にとても優しい

なのに、そんな那音を怒らせてしまった

原因は俺が仕事に夢中で、寝食忘れて部屋の中も荒れていたせい
分かってはいた
提出する写真が決まったら、片付けるつもりだったんだ

あーもう、うるさい
お前は俺の母親か!
那音には関係ないだろ

疲労でイライラしていたせいで暴言

去っていく那音の背中を見て、冷水を被せられた気分に
俺は何て事を
このまま那音が去ってしまったら…

玄関に走り、その背中に縋りつき止める

行かないでくれ
酷い事言って…ごめん
那音は母親じゃないし、関係なくもない
どうしたら、許してくれる?



「――翠雨さん、この部屋の荒れようは一体?」
 パートナーの家を訪れた精霊、王生 那音は。
 あまりの様相を目の当たりにし、その思いを口に出さずにはいられなかった。
 洗濯機に向かうはずの服はそのまんま、床に放置された栄養食の箱を見やるに、寝食も適当に済ませたのだろう。
 足の踏み場もないとはまさにこの事だ。
「……提出する写真が決まったら片付けるつもりだったんだ」
 頭をかいて、バツが悪そうに視線を泳がせる家主の歩隆 翠雨。
 片付けないといけない事くらい分かっていたけれど、つい仕事に夢中で、寝食を疎かにし、健全な生活の営みを蔑ろにしていた。
 そんな翠雨に、はあ、と一つ呆れたような溜息を那音は吐き出して。
「脱いだ服くらい畳んで、ゴミはゴミ箱へ。全く……」
 仕方ないな、とぼやき、散らばったあれこれを適所へ片付けていく。
 仕事に集中すると周囲が見えなくなるのは悪い癖だ――そんな思いで片付け始めた那音を見つめる翠雨の瞳が、不快そうに歪んだ。
「……うるさいな。お前は俺の母親かよ」
「……何?」
「掃除なんて頼んでない! 俺のペースで仕事してるんだ、那音には関係ないだろ!?」
「――……」
 衝動のまま全てを言い切った翠雨が、は、と我に返った様に、気まずそうな顔で目を逸らした。
 写真の選定が捗らず、イライラしている事は那音にだって分かる。
 吐き出された言葉が本心ではないことも。
 けれど『関係ない』の一言が、那音の心までささくれ立たせた。
「……分かった」
 自分でも驚くほど冷ややかな声が出て、翠雨がびくりと身を竦ませたのが分かった。
「確かに私は関係ない。もう、何も言わないよ」
 返事も待たず踵を返し、玄関へ向けて歩き始める。
 ひとり残された翠雨は、去りゆく背中を見つめたまま、冷や水を浴びせられたような気分で立ち竦む。
(……俺は何てことを)
 思えば、彼とは喧嘩した事がない。
 出会った当初の彼は冷ややかに見えたけれど、対応はとても大人びていて。
 打ち解けた今は、紳士的で穏やかで、誰よりも翠雨に優しくしてくれる。
 そんな彼に、自分勝手な都合を一方的に吐き捨て、怒らせてしまった。
(このまま、那音が去ってしまったら――)
 最悪の未来を思って、背筋が冷えた。

(……参った)
 背を向けた一方の那音も、内心自己嫌悪に陥っていた。
 頭を冷やすべきなのは自分の方だ。翠雨の都合も考えず、考えを押し付けてしまった。
 お詫びに何か甘い物でも買って戻ろう。それを切欠に、仲直りだって――。

 ――どん!

「……っ?!」
 扉に手をかけたその時、突如背中にぶつかってきた存在に、息を呑んだ。
「……酷い事言って、ごめん」
 行かないでくれ……。
 弱々しく震える声。
「翠雨さん……」
「那音は、俺の母親じゃないし、関係なくもない……なあどうしたら許してくれる? 何でもするから、片付けだって、お願いだって、何でも聞くから……!」
 振り向けば、あまりにも必死な瞳が、那音のそれに追いすがる。
 冷えた心が一瞬で温まる気がした。
「――……いや、俺も」
 すまなかった。
 ゆっくり振り向いて、まっすぐ向き合う。
 そうしたら翠雨は少しだけ安堵したようで――それでも、本当に許してくれたのか、不安らしく。
 主人の許可を待つ犬のような、揺れる瞳に、つい悪戯心が芽生えた。
「キスしてくれたら、許すよ」
 口元をちょんちょんと指先でつつき、茶目っ気交じりに告げた言葉は冗談半分、本気半分だったのだけれど。
 背伸びした彼が躊躇いもなく唇を重ねてきたから、一瞬で思考が停止した。
 本当にキスしてくれるなんて思わなくて――しかも割と長い。
 泣きそうに潤んだ瞳の翠雨をこんなに間近で見るのも心臓に悪い。
 完全に固まった那音の心境をよそに、ぷは、と顔を離した翠雨が、僅かに頬を紅潮させる。
「……許してくれたか? 那音」
「……あ、ああ」
 呆けた声でそう返すのが精一杯で。
 振り回されてるのは絶対に俺の方だ、と、参ってしまったように額を抑えた。


(この状況は……まさか)
 居間で肩を並べ、映画鑑賞するユズリノとシャーマイン――だが、内容などもはや頭に入ってこない。
 去年の夏、全く同じような状況で、ついユズリノを押し倒してしまい、危うく一線を超えそうになった事がある。
(その時の再現なのか……これはもう、明確なお誘いなのでは……?)
 チラ、とユズリノの顔色を伺うと――同じように意味深な視線を、チラチラとこちらに向けてくるあどけない表情が目に入って、息を飲んだ。

 ユズリノが期待するのは恋人の距離。
 以前の彼はユズリノを大切に思うからこそ、自制に苦労したと言っていた。
 けれどもそれは恋人未満の二人の話。
 両想いになったなら、そんな必要はもうないはずなのに、彼は相変わらずで。
(……風邪の時も添い寝で終わって、いい雰囲気になってもキスしてはぐらかして……)
 いつぞやの、熱いキスを思い出してドキドキした。
 これはもう、自分から誘うしかないんじゃないだろうか。

(気付いて、くれるかな……)
 わざとらしくし過ぎないよう選んだホラー映画はラブシーンに差し掛かり、隣の彼を見上げると目が合う。
 でも、それだけ。業を煮やして、肩にもたれかかってみる。
 すると彼が何か言いたげに口を開いて、視線をこちらに向けた。
「り、リノ!」
「う、うん!?」
 反射的に背筋が伸びる。きっと自分の意思は伝わったはずだ。
 期待の眼差しで次の言葉を待つ――が。
「ココアでも、飲もうか!」
 ……その時のユズリノの絶望しきった表情は、きっと一生心に残ると思う。
 しまった、という感情からさあっと血の気が引いた。
「……う、うぅ……!」
 肩をぶるぶると震わせてユズリノは俯く。
 一人で勝手に盛り上がって、期待して――羞恥心と苛立ちが募った。
「もういい! シャミィのばかああっ!」
「り、リノおおお!」
 手を伸ばすシャーマインの思いむなしく、彼は自室へと駆け込んでしまった。

「リノ、すまない。気に障ったみたいで……」
「……もういいよ!」
 扉の前でおずおずと声を掛けるが、返ってくるのは沸点を越えたやり場のない怒りばかり。
「どうせ僕なんか、女の子みたいなおっぱいも色気も魅力もないし! そんな気起きないよね!」
「な、なんだと!? 言っておくが俺はリノの薄胸に興奮出来る自信があるッ!」
 売り言葉に買い言葉でとんでもないことを口走ったが事実だ。
 ただ、恋人になった今、尚更。大切にしなければならない一線があると思う。
「……違うんだ、俺だってリノが欲しい。全部欲しくて、たまらない。好き合ってるんだから、当然じゃないか……」
 扉越しの声が辛そうで、見えていない相手を見るように、ユズリノは視線を扉に移す。
「だが……その前に越えなくてはならない思いが、俺自身の中にあるんだ。だから……」
 待っててくれないか、リノ。
 扉のすぐ向こう側に、彼が佇む気配を感じた。
 額を扉に預けて、瞳を伏せて、シャーマインは切なそうに呟く。
「顔を見せて欲しい……寂しくて、心が凍えそうなんだ」
 とどめの一言で、弾かれたように顔を上げたユズリノが、ばん! と扉を開いた。
 リノ、と言葉にした時にはもう、逞しい胸の中に飛び込んでいた。
「ごめん、ごめんねっ……僕、つい、不安で」
「いや、俺も……俺が、悪いんだ。いつまでもうじうじと……散々遊んできたはずなのに、本気で惚れたらこれなんて、情けない男だな」
「何言ってるの! シャミィは世界で一番かっこい――んっ!」
 必死で追いすがる表情が愛おしくなって、抱きしめたままシャーマインはユズリノに口付ける。
 それ以上のことは何もしないけれど、長く深いそれは、ユズリノの冷えた心を温めてくれた。
「……今はこれで、我慢、してほしい」
「……っ、うん」
 よっぽど切羽詰まった顔をしていたのはきっとシャーマインの方だったけれど。
 それでも、その言葉にユズリノはひどく安堵させて――臆病なくらい優しい恋人の体をぎゅうと抱きしめて。
「……ココア、僕がいれるね。一緒に映画、見直そう」
「ああ、頼むよ」
 二人、デートのやり直しをするのだった。


「なぁセラ。食わないのか……?」
「……」
 二人で食卓を囲んだ夕食時。
 ほかほかと湯気が立ち上がるカレーライスに、いただきますをしても、いっこうに手をつけようとしないセラフィム・ロイスに。
 精霊、火山 タイガは、怪訝そうに問いかけた。
 何か言いたそうな顔をしているのは分かるけれど、それが何かまでは分からない。
 気まずい沈黙の中、先日家族に加わったボロピエの【プエ】が、シャクシャクと梨を食べる音だけが響く。
 タイガが「ぼろぴ……ぼろぷえ?」などと言いづらそうに名前を覚えようとしていた事から、その名前を二人でつけた。
 そんな家族も、なかなか食事に手をつけない二人に、首を傾げているようだった。

「……タイガ、僕のトラたちをどこにやったの」
「へ?」
 不意に口火を切ったセラフィムに、タイガは呆けた声を出す。
「トラって言うと……セラがすっげーたくさん持ってる、あの……?」
 タイガの言葉にセラフィムはこくりと頷く。
 事の始まりは先日、大学から帰ったら、いっとうお気に入りのトラのぬいぐるみが定位置からなくなっていた事。
 別の場所に置いたのだろうかと探したけれど、結局出てこなくて。
 またある日帰ると別のトラが居ない。そんな日ばかりが続いて――ある朝部屋の掃除をしていると、なんとタイガの机の下に、トラのオモチャの尻尾を見つけたのだ。
 この家には自分とタイガしか住んで居ないのに――疑心は一気に加速した。

「……そんなに嫌なら、言ってくれればいいじゃないか」
「え、えっ?」
「隠すならまだいいけど……捨てたりしてないよね……?」
「い、いや、話が見えねぇんだけど、まさか俺を疑ってるのかよ!?」
 すっかり自分が犯人扱いされている事に気づいたタイガがガタン! と立ち上がり、慌てて首を横に振る。
 確かに、自分が居ながらトラのグッズばかり集めているセラフィムを見て妬いた事もある。
 でも、だからと言って彼の大切な物を捨てたりしない。
「タイガ、いい顔してなかったじゃない。嫌なら、誰かにあげるから……」
 壊したり、しないで。
 すっかり肩を落としてしまったセラフィムに、髪をぐしゃぐしゃと掻いてタイガは否定する。
「犯人じゃねーよ! 確かに嫉妬した事はあるけど……だからってセラの大事なもん壊すもんか」
「じゃあ誰が他にいるんだよ! この家には、僕とタイガしか居ないのに――」
 セラフィムの一言を受けて、あっ、と。
 タイガは、何か思い至ったように、ごはんを完食し満足そうに部屋を出たもう一匹の家族に視線を向けた。

「あ、あったあぁー!」
 ソファの下を覗き込んだ二人が揃って声をあげる。
 そこはプエが、まるで秘密基地のように、集めた宝物を詰め込んでいるお気に入りの場所。
 カバー下で、トラを抱きしめたプエが「クアア」とあくびをして、スヤスヤと寝息をたてていた。
 この家に住むもう一匹の家族を張り込んで見ようと提案したのはタイガだった。二人に心当たりがないなら、残る可能性はそこしかない。
「もう、プエったら……!」
 駄目じゃないか、と声をかけようとするセラフィムを、タイガはしー、と人差し指を立て制止した。
 お腹が一杯でご機嫌に寝ているのを、わざわざ起こさないでやろう、という意思表示なのだろう。
 よほどトラを気に入っているようだし、躾けるのは後でも構わない。
 なくし物の行方はわかったけれど、セラフィムはまた別の意味合いでしゅんと肩を落とした。
「タイガ、ごめん。疑ったりして……」
 下がる頭をぽんぽんと撫でて、タイガはなんでもないように声を掛ける。
「誤解が解けたんだ。見つかって良かったな」
 明るく微笑んでくれたタイガに安堵して、プエの秘密基地から取り返したトラの一匹を、セラフィムはぎゅうと大切そうに抱き締める。
 そんなパートナーの様子に、やっぱり一匹くらいプエにあげてくれても良いんじゃないかな、と苦笑するタイガであった。


「――どこ行くの?」
 早朝の、冷えた空気が漂う玄関先。
 掃除用具を抱え込んだルゥ・ラーンを呼び止めたのは彼の精霊、コーディだ。
「はい。向こうの家へ行って、お掃除をして参ります」
「……向こうって、あのいわく付きの?」
「ええ。お陰様で、先人も立ち退きましたし……これからは平和に生活できるはずですから」
 先人と言うのは、ルゥの家に元から巣食っていた得体の知れない誰かの事で。
 そんな場所に自ら住みたがるルゥを保護していたのがコーディだった。
 その『いわく』とやらがもう立ち退いたから、もとの部屋に帰る、と言う事なのだろう――言葉のまま捉えたコーディは、ルゥが「綺麗にしておかないと次の方に失礼ですからね」と続けた言葉などもう耳に入ってはいなかった。
「……へえ。人の事散々巻き込んでおいて、解決したら僕はもう用無しか」
「え……?」
 俯いたまま、地を這う様な声色で告げたコーディに首を傾げる。
「コーディ? 何を怒って……」
 手を差し出せば、ばしん! と強く払いのけられた。
「いいよ出てけよ! もう顔も見たくない!」
 ピシャンッ!!
 強く閉じられた扉に、ルゥは唖然と立ちすくむ。
「……締め出されてしまいました」
 一体何をあんなに激昂したのだろう。気まぐれな彼の事だから、思いもよらない事が気に障ったのかも。
 何にせよ、ここで立っていても埒が明かない。機嫌が直るのを待つ間に用事を済ませてしまおう、と足早に立ち去った。
 遠くなる足音を、コーディは扉一枚隔てて、気配だけで伺っていた。
 弁明する事もなく去ってしまったのがショックだった。
「……くそっ」
 がらんとした部屋のどこを見ても、彼との思い出ばかり蘇る。
 君は違うと、思ったのに。
 傷付いたような顔で、一人肩を落とし「……なんでだよ」と項垂れた。

 一方、元の家の掃除に励むルゥは、しみじみとこれまでを思い返していた。
 元はと言えばこの家の事がなければ、彼との今の生活もなかったのだ。彼が自分を心配して、部屋に泊めてくれるようになったから――そう思うと、厄介者の先人にも感謝の念が募るというものだ。
「……あ」
 はた、と、先ほどの彼の言葉が引っかかる。
 解決したら、僕はもう用無しか、と――。
「もしや、彼は……」
 思い至った思考に急く気持ちを抑えて、今は部屋の掃除を急いだ。

「お邪魔致します」
 時間は正午過ぎ。
 再び家の前に姿を現した神人を、エプロン姿で出迎えたコーディは朝方の事も忘れて「ルゥ!」と名を呼び、破顔した。
 が、すぐさま思い出したようにきりりと表情筋を引き締め、こほん! と一つ咳払いして、いかにも『戻って来てくれて嬉しいとか思ってない』顔を取り繕った。
「な、何しに戻って――」
「はい。お掃除も済ませたので、正式にあの家を引払って参りました」
「え?」
 にこ、と笑うルゥに目を見開く。
「……向こうに戻って生活するんじゃなかったのか?」
「すみません。やはり誤解を……私の言葉が足りませんでしたね」
 これからは平和に生活できるはず、と言ったのは次の住人の事であり。
 ルゥの頭にはそもそもここを出ていくという選択肢が存在しなかったから、出た言葉なのだと。
 言葉の意味を正しく理解したコーディの表情が、安堵したようにほどける。
「どうしましょう、私、行くあてがなくなってしまいました」
 頰に手を当て、わざとらしく困った素振りを見せるルゥがちら、と彼を見る。
「あなたのいない生活なんて、耐えられません……」
 そんな事を言って、あざとい視線を送られては、邪険にする訳にもいかない。
「……ふん! 行くあてがないならうちに居ればいいだろ。昼飯作り過ぎたから食えばいいし!」
 あからさまな照れ隠しの態度にくすくすと笑い「はい!」と答える。
 新妻さんみたいなエプロン姿で出てきて、お昼を作り過ぎただなんて。最初から誰かを呼ぶつもりだった事くらい容易に察せる。
 残したら承知しないからな! と嬉しそうに告げるコーディに相槌打ちながら、改めてこれからの新生活に期待を膨らませた。


「そんなに怒らなくてもいいじゃん!? 二人とも防具着けてるし!」
「防具あっても衝撃は入るよね? 俺は危険性の話をしてるんだよ!」
 互いの主張をぶつけ合うのは、神人セイリュー・グラシアとラキア・ジェイドバインだ。
 テレビでは先ほどまで再生されていた動画が中途半端な所で停止されている。
 それはセイリューが足繁く通うジムで、ラキアの兄ラキシスとの手合わせを録画したものだった。
 セイリューとしては、客観的な目線で戦闘を解析する事で、自分の弱点や癖を見抜き、戦いに活かす事が目的だったのだけれど。
『ラキシスはやっぱり強いよな、オレも何度か食らわされてさ』
 ――なんて、楽しそうに話されたラキアの胸中はひどく複雑だ。
 「……何故こんな危険なことしてるの、セイリュー」
 その一言が、口論の切欠となった。

「大体、武器だって違うのに――」
「オレは大刀でラキシスは片手剣だけど、刃のない模擬戦だぜ?」
「刃がなくたって立派に鈍器だよ。神人と精霊が戦ったら精霊の方が強いってわかってるよね? 何度もセイリュー弾き飛ばされてたじゃない!」
 声に熱がこもる。心配なのは本当だ。
 けれども、それ以上に心がざわつく理由は。
(俺にはこんな風に、手合わせの相手をしてあげられない)
 兄には出来る事が、実のパートナーである自分にはしてあげられない、だなんて。
 そんな気持ちを自覚するのも嫌で、心がざわついて仕方がない。
「知ってる、だからあえて精霊と戦うんだ。自分より強い相手と戦わなきゃ、何の為の訓練なのかわからないだろ?」
「俺も、訓練するなとは、言わないよ。けれどここまで実戦形式にしなくても」
 動画を見ていれば相手しているラキシスも本気だと分かる。
 精霊と神人には基本的な力の差というものが存在する。セイリューがいくら戦闘に慣れていても、互いに全力でぶつかればただでは済まない、と言う不安がある。
 だから、無理をしてほしくないのに。セイリューは「実戦を想定しないと意味がない」と考えるのだ。
「訓練でうまくいかないものが、ぶっつけ本番でなんとかなるわけねーじゃん!」
「……っ!」
「この程度の模擬戦も凌げないようじゃ、戦闘時に対処出来るわけないだろ?」
 返す言葉をなくして拳を握る。ラキアは聡明なファータだ。理屈ではとっくに理解している。
 けれどもやっぱり、ハラハラするし、心配だし、モヤモヤするし、不安だし。
 感情が納得してくれない。せめて自分が見ている時だったなら、少しは違ったかもしれないのに。
「……客観的に自分の動きを知るためだ」
「セイリュー……」
 心中がひどく複雑で、唇を噛み締めていたラキアの肩に、セイリューが優しく手を置く。
「敵から自分がどう見えているのか、自分の動きに動きにどんな癖があるのか……生き残るためにはそれを知ることも大事じゃん」
 ラキアなら、分かってくれるだろ? そう、いつも間近で、互いに先陣切って戦い並びあう精霊なら――彼の言っている事は、よく分かる。
「……うん、ゴメンね。言いすぎたよ」
 苦笑して顔を上げると、セイリューも笑い返してくれた。
「ああ、でも。心配してくれてありがとな。ラキシスは強いから、模擬戦相手には適役だし……面識もあるから、遠慮が要らないっていうのかな」
「……信用、してくれてるんだね」
 褒めてくれているのかもしれないけれど、自分事のようであって自分相手の事ではないから、返答にこもる感情はどうしても明るくない。
「前も言ったけどさ、今度ラキアもジムに来いよ。一緒に模擬戦とかやったら楽しそうじゃん!」
「あはは。……うん、そうしようかな」
 以前、こじらせてきた兄弟間のアレやコレやを思うと、三人が全力で戦ったらとんでもないことになりそうだ。
 けれどなんだか、それも。セイリューの屈託ない笑顔を見ていたら、楽しそうだな、なんて思えてしまったラキアだった。



依頼結果:成功
MVP
名前:歩隆 翠雨
呼び名:翠雨さん
  名前:王生 那音
呼び名:那音

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 梅都鈴里
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ビギナー
シンパシー 使用可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 09月29日
出発日 10月10日 00:00
予定納品日 10月20日

参加者

会議室


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