【神祭】季節の変わり目に(梅都鈴里 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

「……夏風邪ぇ?」

【神祭】に乗じて開催される、近所のお祭りに行こう! と待ち合わせた矢先。
 いざ家を出ようと言うときになって、相方から「調子悪いかも……」と、連絡が入った。
 状況がわからず急ぎ駆けつけて見れば、白いマスクに厚着のパートナーが玄関で出迎えてくれた。

「……ごほ。ごめんね、今日、楽しみにしてたのに……」
「いーって。仕方ないだろ。寝てろよ、何か買ってきてやるから」

 わざわざ歩いて出迎えてくれた彼女に肩を貸してやり、再び布団のある部屋までずるずると連れて行く。
 祭りを楽しみにしていただけに、名残惜しそうではある。
 が、万が一悪化させて、ウィンクルムの任務や今後に支障が出ても仕方がない。
 シーツに横たわらせ、掛け布団を直してやってから、すくりと立ち上がった。

「何がいる? 水? 甘い飲み物? あ、あんまり砂糖が入ったやつ飲むより、果汁とったほうがいいぞ。オレンジジュースとか、りんごのすりおろしとか――」
「……いい」
「へっ」
「あなたがそばに居てくれたほうが……いい」

 話し相手に、なってよ。
 弱々しくつなぎとめられた指先の感触に、はあ、と溜息を吐いて、座りなおした。

「……少ししたら、買出しにいくからな。お前んちの冷蔵庫何もねーし」
「うん。ありがとね」

解説

■概要

・神祭に行こうとしたら、パートナーが体調崩しちゃった!

冒頭は一例なので、別にずっと看病やお話してなくてもいいです。駆けつけてみたら案外けろっと治って祭りに行くでも、少し話して寝たら回復した! お祭り! でもいいです。お祭りはよくある、川沿いに屋台の並びです。
神祭に湧く季節の変わり目に、体調悪いかも……と言い出したパートナーとの一日をお好きに過ごしてみてください。

・買出しでとりあえず300jr消費しました。

・個別描写になります。



ゲームマスターより

この時期って着るものにも悩みますよね…皆さんもご自愛ください。私も見事に風邪ひきました。
男性側の焼き直しですが自由度は高いと思うので、看病エピでも途中から軽くお祭りエピでもお待ちしています。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

リチェルカーレ(シリウス)

  折角のお祭りだというのに熱を出して とりあえずシリウスに謝罪の電話
よっぽど声がおかしかったのか自宅まで彼がきてくれた
熱が上がってきて シリウスと母の会話を半分寝ながら聞く
ひんやりとした感触に目を開けて 
…ううん 冷たくて気持ちいい
ごめんね 家まできてもらっちゃって…
薬、という言葉に布団に潜る
…苦いから嫌
布団をぎゅーっと掴んで抵抗
嫌なものは嫌なの!
シリウスだってお薬嫌いなくせに!
布団を取られてむうと膨れる
…理不尽だわ
続けられた言葉にぱっと表情を輝かせた後、あれ?と首を傾げる
シリウス、「お母さん」って…
少し赤くなった顔に 何だか心が温かくなって笑顔
…お母さん、喜ぶわ
はあい わかりました
優しいキスに真っ赤


かのん(天藍)
  風邪、ですか?
天藍が喉に手をあてるのを見て声をかける
少し前に軽く咳き込んでいましたし

夜風にあたって、体冷やして拗らせたら大変ですよ?
今日は暖かくして早めに休んだ方が良くないです?
2人でお祭りに行けないのは残念ですけど、寝転がってゆっくりするのも悪くないと思いますよ
それにお祭りはまた次の機会に行けば良いんですし

…熱はないみたいですね
楽しんでいるわけじゃないです、心配してます
ただ、天藍が体調崩す事って滅多にないので看病する立場になるのが新鮮というか…
天藍から症状聞いて薬を煎じに行く

…やっぱり問題は味ですよね
飲みやすいようにとは思ったのですけど…

味の改善には…と考えてた時に呼ばれ、不意をうたれる


向坂 咲裟(カルラス・エスクリヴァ)
  カルラスさんとお祭りへお出かけよ
でも、なんだかぼぅっとしてて…準備が中々進まないの
そんな時にお家のチャイムが鳴ってハッとして慌てて出るわ

おはよう、カルラスさん
もうこんな時間だったのね、態々お家まで…ごめんなさい

風邪…?そ、そんなことは無いわ。大丈夫よ!
でも、今日はカルラスさんとのお出かけなのに…
だって…久し振りに会ったのに…

カルラスさんの言葉と瞳を見て申し訳なく思うわ
そうね…我儘言ってごめんなさい、カルラスさん……おやすみなさい
玄関を閉めようとするとカルラスさんの様子に吃驚

…ありがとう。カルラスさん
とっても、頼もしくって
とっても、嬉しいわ

◆家
庭付き洋風一軒家
庭は良く手入れがされている


出石 香奈(レムレース・エーヴィヒカイト)
  当日に急な風邪
仕方なくキャンセルの連絡を入れたら…え?待って、行くって…
慌てて部屋を片付けてお茶の用意

いらっしゃい、レム…(ふらつく
だ、だって家に来るんだったらこれくらいは
…ごめん、ありがとう
大人しくベッドに横になり

レム、料理したことないのにあたしのために…
何かじーんと来るわね
前に同棲を持ちかけられて頷いたけど、
その日が来たら、こういう時でも心細くないかも
それに、レムが体調悪い時は、今度はあたしが看病してあげられるもの

えっ?じ、自分で食べられる…
今日はとことん世話されろってことかしら
お姫様にでもなった気分

そうするわ
ねえ、レムも来てくれない?
帰りに不動産屋に寄って、新しい家を見繕ってみましょう


瀬谷 瑞希(フェルン・ミュラー)
  熱が出て、喉が痛くて。おまけに頭も痛くなってきました。
首筋触ると炎症起こしてるし。発熱の原因はここですね。
冷却ジェルシートを喉に貼って。
熱のためか眩暈あってふわふわしますし、
おでこの辺りが響くように痛いのは副鼻腔が問題なのか
それとも頭の方なのかしら、とベッドで考えていたら
家へフェルンさんが来てくれました。
そう言えばお祭りに行けそうにないですってメッセージ入れたのでした。
「潜伏期間とズレてますから、風邪もらった訳じゃないんです」
不意に彼が私の額に手を置いたのでますます熱が上がった気がします。
しかも抱きあげられたから別な意味で顔から火が出そう。

彼の笑顔が素敵で言葉も耳に入らないし!今日は良い日!



 よく手入れされた、季節を感じさせる庭付きの、神人の住まう洋風一軒家。
 秋色を花や葉に宿しながら、草木たちもその日の家主の異常を心配するかのように、ざわめいていた。

「おかしいな……」
 精霊、カルラス・エスクリヴァは。
 その日約束を取り付けていた神人、向坂 咲裟が、待ち合わせの時間になっても一向に現れない事を不審に感じていた。
 あの真面目な少女が、約束の時間を破るなんて事はこれまでなく。
 何かあったのでは……? と心配になり、彼女の自宅へと急ぎ駆け出した。

「おかしいわ……」
 一方の当人、咲裟もまさに同じ頃、精霊とまったく同じ言葉を呟いていた。
 楽しみにしていた祭り当日。出かけるため身支度を始めたはいいものの――なんだか頭がぼぅっとして、準備がなかなか進まないのだ。
 数歩進んでは溜息をつき、一つ確認を済ませてはまた休み……そうこうしている内にふと、客人の訪問を知らせるチャイムが鳴る。
 慌てて時計を確認すれば、約束の時間をとっくに過ぎていた。

「お、おはよう、カルラスさんっ……!」
 勢いよく開かれた扉に、カルラスは挨拶を返すのも忘れて、驚いたように目を見開いた。
「もう、こんな時間だったのね……わざわざおうちまで……ごめんなさい」
 はあ、と熱い息を吐き出すが、それは急いで来たからでも、落ち込んでいるからでもなく、体調の悪さを示す体からのシグナルに他ならない。
 りんごみたいに赤いほっぺた。小さな肩は不規則に上下していて、浅い呼吸を思わせる。
 いつもと様子が違うことは明白だった。
「おはよう、お嬢さん。……もしや、具合が悪いんじゃないのか?」
「え……?」
「顔色がよくない」
「そ……そんな事ないわ。確かに少しぼうっとして、喉も痛い気がするけれど、気のせいよ」
「風邪の症状じゃないか」
「だ、大丈夫よっ……」
 ふるふると首を振り、愚図る咲裟に、カルラスは困ったように微笑む。
「おかしいと思ったんだ。お嬢さんが遅刻だなんて……今日の予定は中止にしよう」
「でも、久しぶりに、会ったのに……」
 今日の祭りを、大好きな精霊と行ける事を心底楽しみにしていただけに、咲裟は肩を落とす。
「サカサ……君の体の方が心配なんだ」
 わかってはくれないか? と、こちらも心底から心配そうな顔色で、真剣に思いを伝える。
 しばらく、瞳をうろうろと彷徨わせて、名残惜しそうにしていた咲裟だが、やがて精霊の穏やかな瞳を見て、申し訳なさそうに頷いた。
「そうね……ワガママ言ってごめんなさい。今日はよく休むわ」
「ああ。それがいい」
「今日はありがとう。おやすみなさい、カルラスさ――」
「待て待て、お嬢さん」
 会話を終えて扉を閉じようとする咲裟の言葉が、カルラスに制止されて止まる。
「今日は両親ともご不在の日だっただろう?」
「ええ、そうだけれど……」
「辛そうな病人を一人っきりにするほど鬼じゃないぞ。その……おかゆくらいは用意出来るさ」
 普段は男飯しか作れないが、と照れた様に笑う。
 今日はもうお別れなのだと思っていた。看病してくれる、と言う精霊の意図に、咲裟の沈んだ瞳がぱあっと華やぐ。
「あ……っ、ありがとう、カルラスさん……!」
 とっても頼もしくて、とってもうれしいわ。
 相変わらず顔色は悪かったけれど、懸命に微笑む少女にカルラスもまたほっと安堵して、扉をくぐった。

「食べられるか? 熱いだろう、ふーふーしよう」
 カルラス手製の粥を、おぼんに乗せてベッド脇まで運んで。
 適度に冷ました粥からは、匂いは感じ取れずとも、香り立つ湯気に少なからず食欲をそそられる。
「……おいしい。塩加減も丁度いいわ」
「それならよかった。……ああ、あと」
 ごそ、と荷物の中から何やらカルラスが取り出してきたものを、その目に止めた咲裟の表情が明るくなる。
「牛乳プリン……!」
「これくらいなら、食べられるかと思ってな」
 熱っぽい顔色のまま、幸せそうにデザートを頬張る神人を、カルラスもまた穏やかな瞳で見つめていた。


「……風邪、ですか?」
 神人、かのんが覗き込んだ先で。
 パートナーである精霊、天藍が喉に手を当てて、何やらゲホゲホと咳払いを繰り返している。
 少し前にも、軽く咳き込んでいたのを思い出して、かのんは心配そうに声をかけた。
「んん、他に症状はないし、大丈夫だ……と、思うんだが」
 苦笑するが、その声色も少し鼻声がかっている。
 祭り会場へいざ出向こうという夕刻――頰を撫でていく風が、冷たくなり始める時間だ。
「大した事ない。気にするな」
「そうは言っても……夜風にあたって、体冷やして拗らせたら大変です。今日は暖かくして、早めに休んだ方が良くないですか?」
「だが……今日は」
 折角二人で神祭に行く日なのに、と、言葉を続けようとする天藍に、かのんがにこりと微笑んだ。
「二人でお祭りに行けないのは残念ですけど、寝転がってゆっくりするのも悪くないと思いますよ」
 お祭りはまた、次の機会に行けば良いんですし。
 そう告げて、天藍が答えるより先に腕を引いて帰路につかせようとするかのんに根負けし、やむなく家路についた。

(……それなりに調子が悪かったんだな、やっぱり)
 ベッドへ横になり、肩の力がどっと抜けて。
 ほっと安堵するあたり、朝から感じていた倦怠感は、体からの警告だったんだなと思い至る。
「……熱は、ないみたいですね」
「そうだな……」
「食べたいものはありますか? 用意できるようなら作りますから。あとは何がいるでしょうか、氷枕とか、おくすりとか――」
 甲斐甲斐しく、指折り数えて看病してくれる神人の様子は微笑ましい、が。
 不意に思い当たり、天藍は「かのん」と言葉を挟んだ。
「はい?」
「……少し面白くなってきてるだろ?」
 きょとん、と彼女は小首をかしげる。
「面白い……?」
「いや……なんだか、楽しそうだな、と思ってな」
「楽しんでる訳じゃないですよ、心配してます。当たり前じゃないですか、好きな人が辛そうなんですから」
「あ、ああ……」
 存外、真面目な答えが真顔で返ってきて。
 気恥ずかしさで頰の熱が上がった気がする。
 張り切っているように見えたのは、それらは全て彼女が自分の身を案じてくれるが故、なのだろう。
「……ただ、天藍が体調を崩す事って、滅多にないので。看病する側に回ることが、新鮮というか……そういう意味では、いい経験になってるのかもしれませんね」
 調子悪いところ、他にないですか?
 白衣の天使さながら、額の汗を拭いてくれるかのんに、今日は大人しく甘えることにした。

「……ごちそうさま、こりゃあよく効きそうだ」
 かのんが煎じてきてくれた、程よい温度の薬を一息に飲み干し、後から鼻に抜けてくるなんとも言えない薬草特有の苦味をやり過ごしてから、コップを返しつつ感謝を告げた。
「やっぱり、問題は味ですよね……飲みやすいように、できるだけ調整はしたのですけれど」
 依頼に役立つかもしれないと、かのんがウィンクルムになってから学び始めた薬学。
 元から植物に詳しかった事を差し引いても、自分で配合できるように――いわば、いちから薬を作れるようになってしまったのは流石だな、と天藍も心底から感心している。
「やっぱり、味にはまだまだ改善の余地がありますね。風味を消すような配合を学ばないと――」
「……かのん、こっち」
「え?」
 大人しく寝込む前に――と。
 考え事をしているかのんの不意をついて、天藍の唇が不意に彼女のそれを奪った。
「――口直し。ごちそうさま」
 ぺろりと悪戯っ子のように舌を出す天藍に、かのんは赤い顔でぱちくりと瞳を瞬かせる。
 愛しい神人の惚けた顔を見て、天藍もふ、と穏やかに表情を緩ませた。
「ありがとな。今日は一日、看病してくれて」
「……っ、もう、天藍ったら」
 早く風邪、治しましょうね。
 困ったように、照れたように笑って、今度こそおやすみのキスをと、かのんの方からもう一度、愛しい精霊に口付けを落とした。


「じゃあ、お願いしますね」
 リチェルカーレのこと。
 薄茶の髪と水色の瞳をした、神人リチェルカーレ――に、よく似た女性。
 こくりと頷き、パートナーの母親から薬を受け取ったのは、精霊であるシリウスだ。
 折角のお祭りだと言うのに、リチェルカーレが熱を出して寝込んでしまった。
 謝罪の電話を入れた際の声がよほどおかしかったのか、何も言わず彼は自宅を訪れてくれた。
「あの子、特に薬嫌いなので、お世話をかけてしまうかもしれないけれど――……」
 内容もよく理解出来ないまま、母親と精霊の会話を、熱にまどろむ意識の中で、リチェルカーレはぼんやりと聞いていた。

(……熱は、どのくらいだろうか)
 彼女の母親が部屋を出たあと、眠る神人の枕元へ歩み寄る。
 そっと覗き込めば、普段より赤い頰に、苦しげな浅い呼吸。
 いつもは花のように微笑む顔が、今は辛そうに歪められている事が、まるで自分ごとの様に苦しく感じて、シリウスは眉を顰める。
 濡らした手ぬぐいを額にそっと添えたら、紺碧色がゆるゆると開いた。
「……悪い。起こしたか?」
「ううん……冷たくて、気持ちいい……」
 ごめんね、家まで来てもらっちゃって、と申し訳なさそうな彼女に、シリウスは首を横に振る。
「そんな事気にしなくていい。起きたなら、薬を……リチェ?」
 ふと振り返ると、先ほど覗いたばかりの頭がすっぽり布団に覆われて、隠れてしまっていた。
 ……そういえば、母親から薬嫌いがどうとか聞いた気がする。
「おい……」
「……苦いからイヤ」
「苦いじゃないだろう、飲んだ方が早く治る」
「イヤなものはイヤなの!」
「……っ、頑固だなっ……!」
 業を煮やし布団を引っ張るが、中からリチェルカーレがぎゅうううと掴んで抵抗してくる。
「シリウスだってお薬嫌いなくせに!」
「ぐっ……! 俺は苦いから飲めないわけじゃ――いいから、出てこいっ!」
 一瞬言葉を詰まらせるも、手加減していた力を一気に込めて、病人の抵抗が緩んだ隙を突き、ついにお布団の砦を突き崩した。
「……理不尽だわ」
「……」
 じんわり涙目の、恨めしげな蒼が見上げてきて、別に悪い事をした訳でもないのに、バツが悪そうに頭を抱えた。

「……そういえば」
「……?」
 薬を手渡しながら、ふと思い出したようにシリウスが口火を切った。
「リチェは薬が嫌いだから。ちゃんと飲めたら、冷蔵庫にアイスがあるとかなんとか――」
 お母さんが、言ってたぞ。
 シリウスの報告に、ぱあっと瞳をかがやかせたあと、あれ? とリチェルカーレは首を傾げた。
「……シリウス、いま、お母さん、って……」
「……」
 無意識に、神人の母親を『お母さん』と呼んでしまった事に気付き。
 シリウスの頬がみるみる紅潮していく。
「い、いや。これはその……言葉のアヤというか……」
「……ふ、ふふっ……!」
 ついに噴出してしまった彼女につられて、シリウスも少しだけ口元を緩める。
 気恥ずかしさはあるが、先程まで辛そうだった彼女がころころと朗らかに笑っているから、なんだか嬉しくなってしまう。
「……お母さん、喜ぶわ」
 自分の母親のように見てくれている――暖かな、親愛。
 ありがとう、と素直に告げたら、照れ隠しのように「ちゃんと飲め」と返された。
「はあい。わかりました」
 渋々といった体ではあるが、口直しのアイスという楽しみもあって、先ほどよりは落ち着いた様子で。
 常温の水で粉薬を一息に飲み干し、後から追いかけてくる苦味をぎゅっと目を閉じてこらえて、ふう、と安堵の息をついた。
「よく飲めたな」
「アイスの為だと思えば頑張れたわ」
 大きな手のひらが一つ頭を撫でてくれて、えへへ、と褒められた子供のようにはにかむ。
「早く良くなってくれ」
 弱気な顔は似合わないから。
 そんな気持ちで、まだ火照る額にそっと触れた唇は、少しひやりと冷たくて。
 労わりの気持ちがこもった優しいキスに、また熱が上がるような心地で、頬を赤く染め上げたリチェルカーレだった。


「……風邪?」
 電話口で、相方から聞かされた予定キャンセルの報告に、精霊、レムレース・エーヴィヒカイトは眉をひそめた。
『そうみたい。ごめんね、約束してたのに……』
「分かった。すぐ行くから休んでいろ」
『え? 行くって……ちょ、ちょっと! 待っ――』
 返事も聞き終わらないうちに通話を切り、体調を崩したというパートナー、出石 香奈の家へと急いだ。

「いらっしゃい、レム……」
 部屋へ足を踏み入れると、そこには既に自室の片付けをほぼ終えて、丁寧にお茶の用意まで終わらせた香奈が居た。
 訪問客を迎えに立ち上がろうとするが、口を開くそばからふらついてもつれて、レムレースが慌てて肩を支えた。
「香奈!? 何をやってるんだ!」
 病人だと言うから、てっきり休んで待っていると思っていた。
「だって、家に来てくれるんだったら、これくらいは……」
「俺が行くと行ったからか……」
 安心させるつもりだったが、前置きしたのが裏目に出てしまったらしい。
「そういう気の利く所は好ましいが、俺にはもう少し甘えてくれてもいいんだぞ」
 苦笑して告げると、申し訳なさそうに香奈が視線を下げる。
「体調が悪い時は素直に休んでいてくれ。その方が俺も安心する」
「……ごめん、ありがとう」
 香奈の言葉に満足し、姫抱きで抱きかかえて、寝室まで運んでやった。

「少々、台所を借りるぞ」
 香奈を休ませたあと、持参したレトルト粥とゼリー飲料の袋を下げて、キッチンへと向かう。
『男子厨房に入るべからず』と育てられてきた為、料理にはとんと縁がなかったけれど、温めて皿に出すだけのレトルトパックならばなんとかなるだろうと、鍋に水を張り沸かし始めた。
「レム、料理なんてした事ないのに、あたしのために……」
 わざわざ足を運んでくれて、食べられそうなものまで考えて、用意してくれて。
 その余りある気遣いに胸を打たれないはずがない。じーんと心の芯まであたたまるような心地だ。
 以前、同棲しないかと持ちかけられて頷いたが、その日が来たら、きっとこんな時でも心細くないのかもしれない。
「レムの体調が悪い時は、今度はあたしが看病してあげられるものね……」
 ぼんやりと二人の未来に思いをはせ、大人しく横になって彼を待っていると、出来たぞ、と盆に粥を乗せたレムレースが戻って来た。
「さあ、口を開けろ」
「えっ?」
 思わず素頓狂な声をあげてしまった。
 匙にすくった粥からはホカホカと湯気が上がっていて美味しそうだが、それが精霊の手で差し出されているから躊躇する。
 いわゆる『お口あーん』の状況である。
「じ、自分で食べられる……」
「今日くらい甘えればいい。食べさせてやる」
 ほら、冷めるぞ。そう言われてしまうと断る道理もない。
 今日はとことん世話されろ、ということだろうか。
 少しだけ考えて、ぱくりと口に含むと、程よく塩っけの利いた粥の味が広がる。
 もくもくと口を動かす間に、レムレースが次のひとすくいを、ふーふーと冷ましてくれていた。
「……お姫様にでもなった気分」
「ああ。お姫様でいいんだ。今日は」
「ふふ。ありがとう、おいしいわ」
 二人してゆっくりと食事を済ませた頃合いで、そういえば、とレムレースが問いかける。
「薬はあるのか?」
 市販薬を下手に買っても、体質に合わないかもしれないと思い、買ってこなかった。
「どうだったかしら……探せばあるかもしれないけれど……」
「いっそ、きちんと見てもらった方が良いだろう。明日になって動けそうなら、病院で処方してもらうといい」
「そうするわ。……あ、それなら」
 レムも一緒に、来てくれない?
 香奈の言葉に、レムレースは目を丸くする。
「俺と……?」
「ええ。帰りに、不動産屋へ寄って……新しい家を見繕ってみましょう?」
 もちろん、ふたりで一緒に住むための。
 香奈の前向きな申し出に、レムレースは微笑み、快く「わかった、一緒に行こう」と返した。
 やがて彼女がすやすやと寝入ったころ、そっと頭を撫でて。
 早く治るようにと心に願いながら、幸せそうな寝顔をしばらく眺めていた。


「……風邪、でしょうか……」
 朝から体を苛む倦怠感、喉の痛み、頭痛、発熱。
 鈍痛の響く首筋に触れてみれば、抑えた箇所が痛んで。
 炎症を起こしている――発熱の原因はここなのだな、と。
 我が身に起きている異常であるのに、いたって他人事のように冷静に状況を分析し、はあ、と一つ息を吐き出したのは神人、瀬谷 瑞希だ。
「応急処置ですけど……ないよりはいいですよね」
 ひとまず喉元に冷却ジェルシートを貼って、熱を冷ます努力をしてみる。
 熱のせいで眩暈も酷い。額に響くような痛みは、副鼻腔なのか風邪による頭痛なのか――と。
 ベッドへ横になりぼんやり考えていたら、玄関から訪問者を知らせるチャイムが鳴った。

「……はあい……」
「わ、瑞希。……だ、大丈夫かい?」
 出迎えるなり、ぎょっと瞳を見開いたのは、パートナーである精霊、フェルン・ミュラー。
 いつもは穏やかな表情の彼が、珍しく不安げな表情をしていて、瑞希はきょとりと小首を傾げた。
「どうか、しました……?」
「いや、風邪って聞いて、心配で」
「……? 風邪ひいたって、どうして知って――」
 何故、今会ったばかりのフェルンが自分の体調を知っているのか、と。
 おおよそ三十秒くらい、固まったまま考えて。あ、そーでした、と手を打つ姿が可愛い――のだけれども。
 顔は赤いし、いつもキラキラと輝いている瞳は潤んでぼんやりしているし、玄関の扉に手をかけていないと今にも倒れてしまいそうで。
 フェルンが慌てるのも無理はない。彼女自身が思っているより、症状は深刻そうだった。
「そういえば、お祭り行けそうにないですって、連絡入れてましたね、私」
「うん。この前夏風邪の看病してもらったから、うつしてしまったのかと思って……」
「私もそれは、考えましたけど……潜伏期間とずれてますから、もらっちゃった訳じゃないんですよ」
 自己管理不足ですね、と。頬をかく姿も頼りなくて、熱はどれくらいあるのだろうかと、フェルンが瑞希の額に手を当てる。
「すごく熱いじゃないか。とにかく横になろう」
「は、はい……ひゃっ!」
 不意打ちのように額に置かれた手のひらのおかげで、ただでも熱が上がったような気がするのに、さらにはお姫様抱っこなどされてしまえば、別の意味で顔が火を噴きそうだった。
 風邪をひいていて良かった、なんて思ってしまう。顔が火照って赤いのも、熱のせいにしてしまえるから。

「平気? プリンなら食べられるかい?」
 瑞希の家へ来る途中に買ったアイスクリームとプリン、それからババロア。
 答えが返ってこないので、彼女の顔色を振り返って伺えば、デザート群を目に留めた瑞希は、無言のままにこにこと嬉しそうに笑っている。
 熱に当てられてるかも、と思わせるような笑顔に苦笑し、デザートの封を開ける。
 せめて彼女の熱が落ち着くまで、ゆっくり看病してあげることにした。

「はい、あーん」
「あーん……」
 思考回路が正常でないおかげで、匙にのせられたぷるぷるのデザートにも、嬉しそうにかぶりつく瑞希。
 普段ならきっとこんな素直な反応は出来ないと思う。熱があるおかげで――熱があるから、と言ってしまえば、今日はなんでも許されるような気がして。
 本当に大丈夫かい……? と心配げなフェルンの言葉も正直あまり耳に入ってはこない。
 が、終始ぽかぽかと体も熱く――それは病魔に冒されているから、というよりも。
 フェルンがすぐそばで自分を甘やかしてくれているこの状況は、お日様に照らされているかのような暖かさがある。
「今日は、良い日です」
「えぇ? 体調、悪いのに……?」
「はい。だって、フェルンさんの笑顔、今日もとっても素敵」
「そ、そっか……ありがとう」
 ふわふわと夢心地でそんな事をさらっと言ってくれるものだから、自分が熱を出しているわけでもないのに、体温が上がってしまったフェルンだった。



依頼結果:成功
MVP
名前:リチェルカーレ
呼び名:リチェ
  名前:シリウス
呼び名:シリウス

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 梅都鈴里
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ビギナー
シンパシー 使用可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 09月15日
出発日 09月26日 00:00
予定納品日 10月06日

参加者

会議室


PAGE TOP