【神祭】夏の終わりに(梅都鈴里 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

「……夏風邪ぇ?」

【神祭】に乗じて開催される、近所のお祭りに行こう! と待ち合わせた矢先。
 いざ家を出ようと言うときになって、相方から「調子悪いかも……」と、連絡が入った。
 状況がわからず急ぎ駆けつけて見れば、白いマスクに厚着のパートナーが玄関で出迎えてくれた。

「……ごほ。ごめん、今日、楽しみにしてたのに……」
「いーって。仕方ないだろ。寝てろよ、何か買ってきてやるから」

 わざわざ歩いて出迎えてくれた彼を、再び布団まで肩を貸してやり、ずるずると連れて行く。
 祭りを楽しみにしていただけに、名残惜しそうではある。
 が、万が一悪化させて、ウィンクルムの任務や今後に支障が出ても仕方がない。
 シーツに横たわらせ、掛け布団を直してやってから、すくりと立ち上がった。

「何がいる? 水? 甘い飲み物? あ、あんまり砂糖が入ったやつ飲むより、果汁とったほうがいいぞ。オレンジジュースとか、りんごのすりおろしとか――」
「……いい」
「へっ」
「お前がそばに居てくれたほうが……いい」

 話し相手に、なってよ。
 弱々しくつなぎとめられた指先の感触に、はあ、と溜息を吐いて、座りなおした。

「……少ししたら、買出しにいくからな。お前んちの冷蔵庫何もねーし」
「うん。ありがと」

解説

■概要

・神祭に行こうとしたら、パートナーが体調崩しちゃった!

冒頭は一例なので、別にずっと看病やお話してなくてもいいです。駆けつけてみたら案外けろっと治って祭りに行くでも、少し話して寝たら回復した! お祭り! でもいいです。お祭りはよくある、川沿いに屋台の並びです。
神祭に湧く季節の変わり目に、体調悪いかも……と言い出したパートナーとの一日をお好きに過ごしてみてください。

・買出しでとりあえず300jr消費しました。

・個別描写になります。


ゲームマスターより

朝晩がいきなり寒くなりましたね。皆様も体には気をつけてお過ごしくださいませ。
看病エピでも途中から軽くお祭りエピでもお待ちしています。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

瑪瑙 瑠璃(瑪瑙 珊瑚)

  (リンゴ、青りんご、和梨、洋梨……何だべさ、これ……味見したのか)
布団の上で、珊瑚が作ったすりおろしジュースを受け取り、飲み干す。
味の感想も言う。
(だども、少しだけ調子が良くなった……気がする)
……わがんねぇ。

大学院に2年間行こうと思う。
その後、心理カウンセラーとして働く。
給料で生活したり、奨学金を返したり。

だども、その途中で珊瑚に「そんな生活、楽しいか?」と口を挟まれる。
次の言葉に唖然としながら。
……お前。
両肩を掴まれる。
本当についてきて欲しい、ようだった。

んだんだ。

だども、それなら尚更働かないとな。
ジェール無しで大陸横断出来るほど甘くねぇべ。
嫌だとは、言ってない。

「一緒に行くべさ、二人で」


ユズリノ(シャーマイン)
  ごめんなさい ごめ…ん 折角のお祭り…うぅ…ごめんシャミィ…
(ペアリング!)うん そうだね

彼が離れるからつい袖を掴み
あ…そのいつから?
いつから僕の事そんな風に思ってくれたの?
彼の言葉が嬉しい
えぁ!? それは そん そんなの当たり前じゃない
僕の事受け入れてくれて優しくしてくれて嫌なトコなんにもなかったら好きになるしかないじゃない
でもシャミィ恋人いたし 勝手に横入りした僕なんかに振り向く訳ないって だから一緒に居させて貰えるだけで幸せって思ってたのに こんな こんな…僕なんかに(涙目
眠くないよ
駄目だよ風邪移る…ん(キスされた

僕が好きなの知ってたの? 
(やっぱり大切にしてくれてた…
風邪直ったら 聞かせて

腕の中で眠る


テオドア・バークリー(ハルト)
  さてそろそろ出かけないと…あれ、着信だ
風邪引いた?ハルが?
いや、あんまり結びつかない単語だったもんでつい
今日は家に一人だっけ、今からそっち行くよ
本当に珍しい…心配だから、少し急いで行こうかな

走ってきてない、暑かっただけ!
珍しくマスクまでしてるし…相当酷い風邪なんだな…
とにかく部屋まで着いてくから今日は寝てろよ

薬は台所だったよな、あと飲み物も…うわっ!
風邪引いてる割にお前やたら元気じゃ…騙したなっ!
どう思ってるかって…
…好きだよ。
呆れるくらい素直なとこも、諦めがもの凄く悪いとこも、
ヘラヘラ笑ってる裏でいつの間にか完全に逃げ道塞いでくるようなとこも
…褒めてない!
そんな嬉しそうに笑うなよ、馬鹿…


柳 恭樹(ハーランド)
  恭樹の部屋:
「帰れ……」(ベッドに寝転がったまま、力なく切って捨てる
「……来るなと、言った」(質問に答えず、がさがさ声で返し、睨む
よく言う。(半分以上発言を信じてない
「…………ただの疲労だ」(ハーランドを一瞥し、目を伏せる

居座る気か、こいつ。(ぼんやり動く様子を眺める
「……ほんと帰れ、お前」
弱ってるのを見せる気はなかった。誰が相手の揶揄いのネタにされたいと思うのか。

「何しに、来た」いつまでいる気だ。
……揶揄いに来た訳じゃないのか?(不思議そうに見返す
(動きを目で追い、された行動に釈然とせず眉を寄せる

ふん。「勝手にしろ」追い出す気力も無い。
くそ。(一瞥した目が柔らかく、寝返りをうって視界から外す


歩隆 翠雨(王生 那音)
  最近、よく眠れない
色々思い出してしまって、眠れなくなる
寝不足が重なったせいか、こんな日に限って風邪かよ

何とか那音に今日はキャンセルと一言メールを打って
熱に浮かされた今なら眠れる
どうか、悪夢にならないようにと祈りながら

過去の夢
窓を塞がれた昏い部屋
身に纏う煌びやかな着物が嫌いだった
俺ではない女の名を呼ぶ男の声も

『一緒に逃げよう』
雨の日に迷い込んできた少年
手を差し伸べてくれたのが嬉しかった
そう言ってくれたのは彼だけだった

冷たい感触に目を覚ます
優しい碧い目
あの時と同じ真っ直ぐ見てくる目

那音は…変わらないな

握られた手が温かくて、不意に涙腺が緩む

…有難う
那音は…もの好きだよな
風邪、移っても恨み言なしだぜ?



「瑠璃! ジュース作っぞ!」
 相方の不調を耳にするなり、大張りきりでキッチンへ向かったのは精霊、瑪瑙 珊瑚。
 持ち前の調理スキル――の中でもピンポイントに特化された『濃縮還元ジューススキル』が、いかんなく発揮される日が訪れた。
 スーパーで買った果物の皮を剥き、適度な大きさに切りミキサーに放り込む。
 機械が騒がしく回る音を、体調を崩した当人である瑪瑙 瑠璃は、布団の中でぼんやりと聞いていた。

「出来たぞ! 飲め!」
 大き目のグラスになみなみと注がれたミックスジュースを、半分落ちた瞳で瑠璃が見遣る。
(何だべさ、これ……味見したのか)
 リンゴと青りんごと和梨と洋梨とあと何だっけなー!? と指を折る珊瑚を横目に、くん、と匂いを嗅ぐと果物のジューシーな香りが――漂っているのだろうが、イマイチ鼻がきかない。
 体にいい事は間違いないのだろうから、受け取って、ゆっくりと飲み干す。
「ど……どうだ?」
 感想を待つ珊瑚に「……うまい」と答えてやれば安心した様に笑う。
(少しだけ調子が良くなった……気がする)
 珊瑚が駆け回っていたおかげもあるのか、熱もすっかり下がっている。
 自分の分も飲み干した珊瑚が思い出した様に問いかけた。
「ところでよぅ、風邪? の原因って何だ?」
 問いにしばし考えて「……わがんねぇ」と答えると「知恵熱じゃねぇの!?」とすかさず身を乗り出してきた。
「瑠璃は勉強熱心やしが、たまにはぱーっと外出て騒がねぇと!」
「……じゃあ、今からでも行くか?」
「えっ?」
「祭り」
 瑠璃の言葉を受けて、珊瑚の表情がまた華やいだ。

「大学院に進もうと思う」
 軽く食事を済ませた後、繰り出した祭りで、自然と会話は進路の話に流れた。
「二年間、ゆっくり学んで……その後、心理カウンセラーとして働きたい」
 給料で生活したり、奨学金を返したり。当たり前の様な社会人としての展望を、瑠璃はすらすらと口にする。
 けれども珊瑚の表情はどこか浮かばず、不意に口火を切った。
「わん、瑠璃と、くぬミッドランドを駆け回りたいんやさ!」
「……えっ?」
 すっくと立ち上がって、瑠璃を見て両手を広げる。
 見た事のない世界に対する憧れ、少年らしい冒険に湧き立つ心を、今居る場所だけに閉じ込めてしまうのは勿体無い。
「一人じゃ無理かもしれねぇ。だども、俺には瑠璃が居る!」
「……そんな非現実的な」
「めーにちめーにち仕事ばっか、稼いでばっか、かむんばっか……そんな生活、楽しいか?」
「……」
 両肩を掴まれ、唖然とする。
 楽しいかと聞かれれば、わからない。けれども、将来に案ずることなく生きていける。
 先の事は、いつだって見据えておかなければならない。瑠璃はそう考える。珊瑚は違うだろと言う。
「そんな生活より、俺はいいと思う。なぁ! りっか!」
 世界の旅へ!
 キラキラと輝く海色の瞳には、本心から、共に旅へ出たいという珊瑚の気持ちがいっぱいに詰まって揺らいでいた。
「……旅はいいが、ジェールはどうすんだ?」
 瑠璃の言葉に珊瑚はぐっ……と言いよどんだ。
「言葉はどうする? 俺たちの知ってる言語以外だってあるかも。 交通機関は? 具体的なプランはあるのかよ?」
「あっ、がはっ! うぅ、くっそ~……」
 畳み掛けるような指摘に、珊瑚は大袈裟なほど悲鳴をあげて見せる。
「だから尚更、働かないとな。ジェール無しで大陸横断出来るほど甘くねぇべ」
「え……」
 その言葉に、珊瑚が期待の眼差しを向ける。
 てっきりこの夢物語は否定されたのだと思っていた。
「……嫌だとは言ってない」
「瑠璃っ!」
 少し気恥ずかしそうに小さく微笑んだ瑠璃に、珊瑚が抱きついた。
「一緒に行くべさ、二人で」
 お前一人じゃ心配で仕方ない。付け足す間にも、聞いているのかいないのか、珊瑚は一人、冒険に心を先立たせ、はしゃいでいる。
「おう! やさやさ! 約束だぞ!? 絶っ対だからなー!?」
 わかってる、と苦笑する。
 まだ見ぬ未来には不安もあるけれど、互いを補え合える存在が傍らに居るなら、きっとなんだって越えていけるから。


「……あれ?」
 外出支度を整えていたテオドア・バークリーが、ふと携帯電話の着信音に耳を止める。
 表示を見れば相方であるハルトの名前。
 通話ボタンを押して応答し、思いもよらない言葉に目を丸くする。
「……風邪ひいた? ハルが?」
 あの元気だけが取り柄みたいな青年が、体調を崩して寝込む姿がちょっと想像出来ずに、つい鸚鵡返しに聞き返してしまった。
 俺だって風邪くらいひくよ! と何故か必死なハルトに(案外元気そうだけど……)という言葉は飲み込んでやり。
 今日は家に一人だと聞いていたから、今からそっち行くよ、と告げて通話を切った。
(……心配だから、少し急いで行こうかな)
 本当に珍しい事だ。心細い思いをしているかも、と思い、足早に彼の自宅へと駆けた。

 ――などという心境は決して素直に明かさないテオドアである。
「走って来てない! 暑かっただけ!」
 玄関先で「急いで来てくれたの?」とニヤつくハルトに息を切らしながら返す。
 とりあえず部屋までついてくから寝てろ、と付き添いながらも、見慣れないマスク姿が痛々しく、相当ひどい風邪なんだな、と心配になる。
「薬は、台所だったよな。あと飲み物――」
 思い返しつつベッドまで肩を貸していると、不意にハルトがそれはもうわざとらしく「おっと躓いたぁ!」と、テオドアを道連れにベッドへなだれ込んだ。
「あっぶねぇ! 誰だよ床に雑誌広げっぱなしで置いたの……って俺だ!」
「お前、風邪ひいてる割に元気じゃないかっ! くそ、とにかく退いて――」
 ぐ、と力を込めても、覆いかぶさっている親友の体はちっとも動かない。
 そこを退くつもりがないという意思が、見上げた瞳に宿っていた。
「……予定は狂ったけど、都合よく捕まえられたから良しとして」
「よ、予定、って……」
「風邪を口実にテオ君を呼び出して、なんかこう……アレだよ」
「そこで滑るなよ……」
「とにかく! 俺の面倒見てる内にいい感じになって来たところで――」
 俺の事どう思ってるのか、聞きたくて。
 不意に、真面目な顔つきになるからずるい、と思う。
 普段へらへら笑っているから余計に。
「テオの心が決まるまで待とうと思って、ここまでいつも通り馬鹿やって来たけど……そろそろやめにしない?」
「な、何を?」
「友達ごっこ」
 きっぱりと返された言葉に躊躇すれば、ハルトがひとつ、らしくもなく苦笑した。
「いや……親友でもいいんだけどさ。楽しいし、パートナーって証はあるし。……でも」
 好意と愛情は少しだけ違う。好意の上に愛情が存在する。
 それはきっと今以上に、その人を愛したい、と願う純粋な気持ち。
「何年も、何度も言ってきたけどさ。俺はテオが好きだよ。……お前は、どう?」
 いつの間にかマスクも外して、至近距離で、てらいも躊躇いもなく見つめてくる。
 そんな目をされたら、答えなんて一つしか選べない。
「……好き、だよ」
 小さく答える。
 頰も熱いし、目は泳ぐし、まともな回答が出来ているか不安だった。
「呆れるくらい素直な所も、諦めがものすごく悪い所も、へらへら笑ってる裏でいつの間にか逃げ道塞いでくる所も」
「いやー照れるな!」
「褒めてない!」
 慌ててつっこめば、ハルトがへらりと笑った。
 いつもと変わらない、お日様の様な笑顔。
「聞いといて何だけど、なんとなく、テオ君はそう答えてくれると思ってた」
「……わかってたなら、今更」
「本人の口から、ちゃんと聞きたかったんだ」
 ありがとな。微笑みはそのまま、これ以上なく幸せそうに告げたハルトに、テオドアは少しだけ頑張って、泳ぐ視線を彼のそれに見上げて絡めた。
「そんな嬉しそうに笑うなよ、馬鹿……」
 照れ臭そうに悪態づいて、やがて気恥ずかしさが爆発して、とりあえず大した風邪でもなかったことに気付いて、頬を軽くつねってやった。


「ご機嫌如何かな?」
 形だけの断りを一応入れてから、自室に姿を現した精霊――ハーランドに、家主である柳 恭樹は。
「帰れ……」
 と、ベッドに転がったまま。
 そちらを一瞥もせずに吐き捨てた。
 一言断りを入れてきた時点で、誰が来たのかなんて分かりきっている。
 許可した訳でもないのに、勝手知ったる足取りで踏み込んでくる精霊への、せめてもの抵抗だった。
「薄着で寝でもしたか?」
 恭樹の態度に気を悪くするでもなく、目を細めベッドへ近付いてくる。
「来るなと、言った……」
 ガサガサに枯れた声色で一言告げて、大して凄みもない半眼で睨み、答えの代わりに口をつくのはあくまで拒絶の言葉。
「貴殿が苦しんでいると言うのに、聞くとでも?」
 ふ、と笑い、ハーランドが告げる。
 さも、大事なパートナーを心配して折角来たのだ、という体をかもし出すような発言に、恭樹は頭を抑えた。
(……よく言う)
 発言のおおよそ半分以上、このいけ好かない精霊の事は信用していない。
「恭樹」と名を呼ばれ、答えを急かされて。
 止む無く「……ただの疲労だ」と目線を一度だけ向けてから、重い瞼を下ろす。
 そんな恭樹に苦く笑い、ふと部屋を見回して、適当な腰掛けを見つけて。
 ベッド脇まで拝借し、恭樹が見える位置に腰掛けた。
 ――居座る気か、こいつ……。
 ぼんやり霞む頭で、ハーランドの動きを追っていると、頬杖をついたまま彼は苦笑した。
「大人しい貴殿は、張り合いがない」
「……ほんと帰れ、お前」
 目頭を腕で覆い、億劫そうに言い捨てる。
 弱っている所を一番見せたくない相手だった。
 どうせ揶揄いのネタにでもしに来ただけなのだ。
 誰が好んで、このいけ好かない精霊に、そんな扱いを受けたいと願うものか。
「そう邪険にするな。その内に体調が回復すればとも思ったが……無理なようだな」
 恭樹の言葉に、ハーランドは静かに告げる。
 いつまで経ってもそこを退かず、かと言って何を仕掛けてくるでもない精霊に、いつまでいる気だ、という思いで、恭樹はため息混じりに問いかけた。
「何しに、きた?」
「見舞いの他に、何がある?」
 きょとりと、彼は片眉を上げる。
 それはいつもの飄々とした冗談というより、心底から出た言葉のように見える。
(……からかいに来た、わけじゃ……ない、のか……?)
 言葉にはしないまま、不思議そうに見上げていると、恭樹の言いたい事を勘違いしたのか、ああ、とハーランドが思い出したように告げた。
「見舞いの品は、貴殿の妹に渡してある。後で持たせるといい」
「……何を、持ち込んだんだか」
 はあ、と熱く吐息をまたひとつ漏らす神人を神妙に見遣って。
(これもまた、目に毒か)
 先日、媚薬紛いの紅茶を飲んだ、恭樹の姿を思い出す。
 不可抗力だ、あの日も今も――胸中に燻る熱を誤魔化すように、目元に掛かる亜麻色の毛先を、指先ですくって退けてやれば、不思議そうに見上げる双眸と視線が絡んだ。
 手間をかけた事も勝手に見舞われた事も、依然すべて釈然としていないようで、すぐさま眉間にシワが寄るが、いつもの覇気はその瞳に宿っていない。
 早く治って噛み付いてくれればいい。
 どうしてだか漠然と、そう思った。
「……祭りに当てるはずの時間を、ここで使おうと思ってな」
 もっともらしい理由で、なお傍らに居座るつもりらしい。
 そんな精霊を一瞥した恭樹の瞳に宿る色は、最初に見たそれよりも、柔らかく解けていた。
 寝返りを打ち、視界から外す。
「ふん……勝手にしろ」
「ああ。そうさせてもらおう」
 くつくつと笑う。
 警戒ゆえに真正面から、視線をずっと外さなかった恭樹が、背を向けたということ――背を預けても、平気な相手だと判断したと、いうこと。
(貴殿の心の奥底に、より入り込みたいものだ)
 心中で漏らして、恭樹に見えないところで、ハーランドも少しだけ、柔らかく微笑んだ。


「……こんな日に限って、風邪かよ……」
 寝不足が重なったせいだろうか、と。
 体温計を掲げて、何度計測しても代わり映えしない数値に、歩隆 翠雨は深くため息を吐く。
 最近満足に眠れていなかった。
 蘇ったばかりの過去の記憶を、思い起こしてしまって。
『ごめん、今日はキャンセル』
 だるい腕をかろうじて持ち上げ、文面に用件だけを打ち込んで、予定を取り付けていた相方にメールを送る。
 熱があって体も限界を訴えている今なら、眠れそうな気がする。
 どうか悪夢にならないようにと、静かに願って瞳を伏せた。

(翠雨さん、大丈夫だろうか)
 メールを受け取った相方である王生 那音。
 そっけない文面が気になり、すぐさま翠雨の自宅へと急いだ。
 呼び鈴を鳴らしても返事はなく、鍵もかかっている。電話にも出ない。
 まさか何かあったのだろうか……?
 ふと見上げると、窓が開け放されていた。
(……翠雨さんには、あとでいくらでも謝罪しよう)
 意を決し、壁伝いに木々や建物を利用し、よじ登った。

 ――夢を見ていた。

 窓を塞がれた昏い部屋、身に纏う煌びやかな着物。
 全部嫌いだった。売られた以上――反抗する事も逃げ出す事も叶わぬ以上、拒絶を口に出す事すら許されなかったあの頃が。
 自分ではない、違う女の名を呼ぶ男のことも――。
 そんな中で見た小さな希望。

『一緒に逃げよう』

 ある雨の日に迷い込んできた少年。
 ずぶ濡れになりながら、見た事もないような柔らかい笑顔で、手を差し伸べてくれたのが嬉しかった。
 そう言ってくれたのは彼だけだったから。
 救おうとしてくれた、その気持ちだけで、あの暗い世界の中を生きられた――。

「翠雨さん……!?」
 寝室で魘されている翠雨を目に止めた那音が慌てて駆け寄る。
 呼びかけても返事はなく、額がひどく熱かった。
「熱があるのか……」
 だったら、そう言えばいいのに。
 きっと自分に心配をかけまいとしたのだろう。
 洗面器とタオルを借り、熱い額に濡れタオルをそっと添えてやる。
 汗ばんだ頰を軽く拭ってやり、しばらく見守っていると、やがてゆるゆると潤んだ瞳を見開いた。
「……すまない、起こしたか?」
 冷たい感触で目覚めた先に、優しい碧い瞳がある。
「……那、音……」
 名を口に出せば、悪夢に淀んでいた胸の内がすぅっと楽になる。
 安堵感に包まれている自分を自覚した。
「勝手に入ったりしてすまない。メールの文面で心配になって……来てみて、よかったよ」
 ようやく悪夢から解放された翠雨にほっと安堵し、困ったように那音が微笑む。
(……あの時とおなじ、まっすぐな瞳)
 不意に、夢で見た彼と、今の精霊が重なって。
 ふ、と翠雨は表情を解かせた。
「那音は……変わらないな」
 翠雨の言葉に、出会った日の事だろうかと、那音は思考を巡らせる。
 つい先日、シャボン玉の中に見た、出会いの記憶。
 那音にとってのそれはとても大事で、思い出して欲しいことである反面、翠雨にとっては自ら蓋をするほどに辛い記憶で。
 それでも、思い出してくれたことが、嬉しかった。
「……そうだな。俺の、根っこにあるものは……あの時からまったく、変わらない」
 幼心に、力が欲しいと願った。幽閉の身であった、翠雨を救い出す力が。
 だから必死に這い登った。思い出してくれるまで、そばで辛抱強く見守って。
 彼自身が封じた記憶を掘り返すこと。
 それはもしかしたら、奇跡の様な確率だったかもしれない――それでも。
「……傍に居るから、ゆっくり眠るといい」
 起きたら、一緒に食事をしよう。
 告げて、握られた手が温かくて、不意に翠雨の涙腺が緩む。
「……有難う。那音は……もの好きだよな」
「そうだとすれば、俺は物好きで満足しているよ」
「風邪、移っても恨み言なしだぜ?」
「それで、翠雨さんが治るなら、いくらでも?」
 やっぱり物好きだ、と翠雨が小さく笑う。
 今日はもう、悪夢は見なくて済むような気がした。


「シャミィ、ごめんなさいっ!」
「いや、いいから」
「だって、折角のお祭り」
「いいんだ。リノの体の方が大事だ」
「うぅっ……ほんとうに、ごめ、ん……」
 ふらついた体を慌てて支える。
 以前から約束していた祭りの参加が、ユズリノの風邪により中止となった。
 取り乱す神人をなんとか宥めて、寝室で休ませてやる。
 薬を飲ませたら少し落ち着いたようで、はあ、と一つため息をついた。
「そんなに気に病むな。祭りはまた行ける。今は風邪を治すのが最優先だ」
「う……そう、だね……ごめんね。僕も、楽しみだったから……」
 どうやらそちらが正直な気持ちらしい。
 少し考えてから、不意にシャーマインが顔を寄せて。
 コツンと額同士を合わせ、上目遣いに問いかけた。
「指輪も一緒に見に行く約束だろ?」
 楽しみが少し伸びただけだ、と優しく微笑む精霊に、ユズリノの沈んでいた表情もぱっと浮上する。
 ペアリングを二人で選ぼうと、以前から話していたのだ。
「う、うん! そうだね!」
 はにかんで答えて、今は大人しく体をベッドへ横たえた。

 ユズリノが落ち着いたところで、シャーマインがベッド脇を離れようとすると、くい、と裾を引かれた。
「……どうした?」
「あ、……えっと」
 つい、寂しくて引き止めてしまったとは言いづらい。
 そんな心境を察した様に、彼はふっと笑い、椅子を引いてベッド脇に留まった。
「何か、聞きたい事でもあるのか」
「ええと……うん、あのね、シャミィ」
 いつから、僕の事を想ってくれてたの……?
 問いかけに、一瞬だけ目を丸くして、それから少し思考にふける。
 思えばホラー映画を一緒に見た、あの夜からその兆しはあったのかもしれない。
 愛していると自覚したのが梅の鑑賞会の日。
 愛し続けたい、と、覚悟が決まったのは擬似結婚式のあの日。
 そう告げてやれば、ユズリノが嬉しそうにまたえへへ、と笑った。
「リノは俺を、最初から好きだった様だが――」
「えぁ!?」
 素っ頓狂な声をあげたユズリノにシャーマインはまた笑みをこぼす。
 バレバレだったのだろうとは思うけれど、いざそう口にされるとやっぱり気恥ずかしい。
「どうなんだ? ん?」
「……そ、そりゃあ……そんなの、当たり前だよ……」
 自分を受け入れてくれて、優しくしてくれて、嫌いな所がないなんて完璧なステータスが揃ってしまったら、好きになるしか選択肢が残されていない。
「でも、シャミィには恋人が居たし……勝手に横入りした僕なんかに振り向いてくれる訳ないって……だから、そばに居させてくれるだけで、幸せって思ってたのに――こんな、こんな……っ」
 じわじわと眦に浮かぶ涙がついに一筋溢れて、シャーマインが困った様に笑う。
「おいおいどうした。ああ、熱が上がったな。この話はまた今度にして寝よう。悪化してもいけない」
「ん……大丈夫、眠くないし……」
「……仕方がないな」
 ほら、と。同じベッドに潜り込んで、腕枕を貸してやれば、素直に頰を寄せて来た。
「眠れない時は、こうしてやる約束だっただろ」
 そのまま顔を近付ければ、ダメだよ風邪がうつる、と言葉だけの抵抗を見せる。
「ひいた事ない。無問題だ」
「もう……ん」
 熱い吐息を塞ぐ様に、そっと唇同士を重ね合わせた。

「……僕が好きなの、最初から知ってたの?」
「大切過ぎると手が出せない話、か?」
「う……」
 ストレートな言葉に照れて、視線をちょっとだけ逸らせば、間近の双眸が愛おしそうに微笑む。
 なんとなくわかってはいても、怖くて聞けないことがあった。
 それが今、裏付けられたような気がして。
(やっぱり、大切に思ってくれてたんだ……)
 ふふ、と幸福に緩む頰を、今はどうしたって抑えられない。
「風邪が治ったら……また、聞かせて」
「ああ。いくらでも」
 答えに満足して、ようやく眠りに落ちたユズリノを見て、おやすみ、と頰にもう一度キスを落とした。
「今夜は冷えるな……」
 夏の終わりを、冷えた夜の空気に予感する。
 パートナーの温もりが、より肌身に染み渡るような夜だった。



依頼結果:成功
MVP
名前:柳 恭樹
呼び名:恭樹
  名前:ハーランド
呼び名:ハーランド

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 梅都鈴里
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ビギナー
シンパシー 使用可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 09月07日
出発日 09月18日 00:00
予定納品日 09月28日

参加者

会議室

  • [5]柳 恭樹

    2017/09/16-21:10 

    ……柳、恭樹だ。ごほっ。
    よろしく頼む。

    風邪を、引いたらしい。
    来なくていいと、言ったのにあいつ……。

  • [4]歩隆 翠雨

    2017/09/16-01:27 

  • [3]歩隆 翠雨

    2017/09/16-01:27 

    歩隆 翠雨だ。相棒は那音。
    皆、よろしくな!

    それにしても、季節の変わり目の風邪って厄介だぜ。
    折角の祭りだってのに、どうしたものか…。

  • [2]瑪瑙 瑠璃

    2017/09/12-23:43 

    精霊で! テンペストダンサーの! 珊瑚やっさー!(※某ゲーム風)

    今年、お祭り一回も行ってねぇのに、
    瑠璃のやつ、ちえねつ起こしたとか言って、寝込みやがったー! ふらー! 瑠璃ぬふらー!

    ゆたしく!
    ……あー、くそぅ、神祭まに合うのかよ……(ぶつぶつ)

  • [1]ユズリノ

    2017/09/11-12:17 

    ユズリノとパートナーのシャーマインです。
    よろしくお願いします。


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