古城カフェの贈り物(巴めろ マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

●かけがえのない日常の味
「わあ……」
 小さく漏らして、古城カフェ『スヴニール』の主たるリチェット青年は、空の眩しいほどの青さに目を細めた。ここのところ仕事が忙しくて、この時間――店内のアンティークの時計は、今が昼の3時だと教えていた――に古城の外へと出るのは酷く久しぶりな気がする。窓越しに見るのとはまた違った、空の色。それから、吹く風の心地良さと清々しいような香り。平和そのものの景色の中で、リチェットはふと、『彼ら』のことを思い出した。
(だけど――この場所の幸せも、ウィンクルムの皆さんのお陰で。それで、彼らは今も、戦いの最中にいるかもしれないんだ……)
 そうだ、と思って青空に背を向ける。招待状を書こう、と思った。このカフェにいるその時間だけでも、一般人である自分から彼らに返せるものがあればいい。癒しや、安らぎや、大切な人との時間を、贈れたなら。
(お出しするのは……今回は、この店を始めてからずっとメニューに並んでいる物にしよう。この店の日常の味を、食べていただこう)
 気付けばリチェットは、ぎゅっと拳を握っていた。その瞳が生き生きと煌めいていたのを、古城カフェを彩るアンティーク達だけが見つめている――。

 それから数日後。A.R.O.A.へと、青空の色をした封筒に入った手紙が1通届いた。

解説

●古城カフェ『スヴニール』について
場所は、タブロス近郊の小さな村の外れ。
豪奢な造りの古城の中、価値のあるアンティークに囲まれてとびきりのスイーツを楽しめる、そんなカフェです。
『古城カフェの~』というタイトルのエピソードが関連エピソードとなりますが、ご参照いただかなくとも古城カフェを楽しんでいただくのに支障はございません。

●今回のメニュー
以下の定番スイーツ2種をメインに置き、季節の果物や自家製フルーツソースで皿を彩った特製スイーツプレートです。

1)英雄の王冠
村名産の薔薇のジャムを用いたオペラ風のチョコレートケーキに、金色飴細工のクラウンを飾って。
『英雄』の名に込められたのは、ウィンクルム達への感謝の気持ち。
2)特製クレームブリュレ
表面のカラメルはパリリ、中身はトローリ。優しい甘さのパティシエ自慢の一品。

ドリンクは珈琲(A)・ローズティー(B)・ティーソーダ(C)からお選びいただけます。

●リチェットについて
一族に伝わる古城をカフェとして蘇らせたパティシエの青年です。
過去、何度もウィンクルムにカフェの危機を救われた経験が。
特にご指定なければリザルトにはほとんど(若しくは全く)登場しない予定です。

●消費ジェールについて
タブロス市内から古城カフェまでの交通費として300ジェール頂戴いたします。
食事代は、リチェットからの気持ちということで無料となっております。

ゲームマスターより

お世話になっております、巴めろです。
このページを開いてくださり、ありがとうございます!

恐らくは最後となります、古城カフェへのお誘い。
この場所の原点に立ち返るような気持ちで、プロローグを準備させていただきました。
カフェでの時間、ウィンクルムの皆さまのお心のままに過ごしていただけますと幸いです。
ささやかな日常の一頁を、どうぞお楽しみくださいませ。
皆さまに楽しんでいただけるよう力を尽くしますので、ご縁がありましたらよろしくお願いいたします!

また、余談ですがGMページにちょっとした近況を載せております。
こちらもよろしくお願いいたします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

初瀬=秀(イグニス=アルデバラン)

  飲み物:珈琲

リチェットにはこっちこそ世話になってるな
そういやいつも限定メニューで
通常メニューは……本当に一番初め(EP6)以来か?
英雄の王冠はあの依頼がきっかけでできたんだったか

思い出話に花を咲かせつつ自分達のこれまでも振り返り
うるせえな当たり前だろう!?まだ3回目かそこらだぞ
お前はなんというか、全くブレねえよな……
あ?自分のあるだろ?
ったくしょうがねえな……ほれ(クレームブリュレを掬い)
?……ん(思案顔の後食べる)
何笑ってんだよ
!!(思い出した様子)
あーくそ、騙され……てはいないが!
(照れ隠しにわしゃ撫で)
撫でられて照れてたあのピュアさはどこいった!

賑やかな日常を守る為にも
気張るか、イグニス


羽瀬川 千代(ラセルタ=ブラドッツ)
  両者B

普段通り彼とお菓子を分け合おうとして同じメニューだと気付き照れる
…クレームブリュレ、少しあげようか
初めて食べた時、ひとの分まで貰っていたでしょう?

変わらないカフェの風景の中で積み重ねた思い出がふっと甦る
一緒に目を輝かせた美味しいお菓子の数々
俺をからかって可笑しそうに笑う顔
そしてお菓子を食べさせてくれながら、励ましてくれた事

今でも迷う事はある
時々、心の奥で感じるやりきれない想いは決して消えないけれど
変わらず一緒に進んでいけたらって、思ってる

…俺もね、あの時の事は覚えているよ
変わる事が怖くて。自信を持てなかった俺がほんの少しでも前を向く事が出来た
俺も、貴方の言葉に救われたんだよ。ラセルタさん


セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)
  初心に帰る気分かな。スーツ着て古城カフェへ行こう。
メニューは『英雄の王冠』と『ローズティ』だ。
初めてここに来た時に選んだメニューだ。
あの頃はまだ駆けだしだったよな、と懐かしく思い出すぜ。

あれから色々な経験をして、昔よりは成長した自覚はあるけどさ。
あの時思い得抱いていた自分の理想像に少しは近づけたか、と。
ラキアはどう思う?

面と向かって褒められると照れるな。
ラキアが一緒に居てくれたから、今のオレがあるんだよな、と
いつも感謝してるぜ。任務中でも色々とムチャブリしちまうし。
多分これからもそンな事は続くと思うけど。
懲りずにオレと一緒に歩いて行ってくれよな。
オレ達が培ってきた経験は、皆のために使いたい。


クルーク・オープスト(ロベルト・エメリッヒ)
  ふーん…古城をカフェにしたのか、考えたな
雰囲気出ていい感じ…ロベルトは好きそうだよなと思って呼んでみたけど、喜んでるっぽいな
俺も女子とのデートで使うだろうから今回は下見って、ことで…
…って、言っただろ
揶揄うのもいい加減にしろよ
…くそっ、そろそろ揶揄われる立場やめてえっつうのに

出る料理は決まってんのか、美味そうだな
飲み物は…悩むな…
ティーソーダってなんだろ…頼んでみるか

…すげえ
綺麗だな、飴細工とか丁寧だし
これをタダで食ってもいいのか…?
味…も、美味い…
ティーソーダは不思議な味がするな
「お前はこういうの、いつも食ってんだろうな」
ロベルトに聞く
「べ、別に雑談ついでに聞いただけだろ」
…やっぱ調子狂う


歩隆 翠雨(王生 那音)
  2C
前に食べた朝食、本当に美味かった…!
また来れて嬉しい

リチェットさんに
お招き有難う御座います
よければ、写真を撮らせて貰ってもいいですか?

折角だし、違うメニューを頼んでシェアしようぜ
写真も撮りたいし

写真を撮ってから、一口
優しい美味さってこういうのを言うんだな(感動
那音もこっち食べてみろよ
…って、那音が差し出してきたフォークに一時停止
これって所謂あーんって奴だよな?
俺に食べろと…
全く悪気はなさそうだし…
羞恥に堪えつつ、ぱくりと一口

…美味い!
思わず状況を忘れ

俺にもアレをしろと?
…ここで引いたら負けな気がした
ああ、もう!からかうなよ
…は?
その単語が酷く甘く響いて困る
相棒として…だよな?
俺も…好きだ…


●飴細工は繊細なので、
「ふーん……古城をカフェにしたのか、考えたな」
 席に着き、古城カフェの落ち着いた内装を見遣りながらクルーク・オープストは呟いた。
(雰囲気出ていい感じだな。ロベルトはこういうの好きそうだよなと思って呼んでみたけど……)
 そこまで思って、クルークは向かいの席に座る、当のロベルト・エメリッヒへと眼差しを遣る。ロベルトは、金の双眸を宝石の如くに煌めかせながら、首を巡らせていた。
「手紙が来てたっていうからなんだろうと思ったけど、こういう洒落た城への招待なら大歓迎だね!」
 まだ料理も食べていないうちになんだけど気に入ったよ、と零す声が弾んでいる。うん、喜んでいるようだ。
「ま、俺も女子とのデートで使うだろうから今回は下見ってことで……」
「……ふぅーん?」
 言い掛ければ、ロベルトの唇から不穏な調子の声が漏れた。整った顔ににやにや笑いを乗せて、観賞の対象をクルークへと移すロベルト。
「女の子とデートかぁ、学校の子? その子かわいい? 美人? 僕も付いてっていい?」
「って、そんなのいいわけ……」
「……あっ間違えた。クルーク、僕とは遊びだったの? あんなに情熱的なキスもしたのに?」
 捨てないでよぉー! と、わっとテーブルに突っ伏し嘘泣きの芝居を始めれば、俄かに辺りの注目がクルークへと突き刺さる。ひくっ、と、クルークは口元を引き攣らせた。
「……なんてね! あはは、睨まないでよ、クルーク」
「……お前な、揶揄うのもいい加減にしろよ」
 クルークの声に滲む苛立ちなど微塵も刺さらない様子で、ロベルトはころころと笑う。いい加減にからかわれる立場から卒業したいと思っているクルークは、
(……くそっ)
 と、胸の内に小さく悪態を吐いた。
「やだなぁ、そんなにカッカしないでよ。ほら、メニュー美味しそうだよ?」
 釈然としない心持ちながら、促されるままにメニューのページを捲るクルーク。きらきらしいスイーツプレートの写真に、ほう、と息が漏れた。
「出る料理は決まってんのか……でも、美味そうだな。飲み物は……」
「あ、僕はローズティーね」
「それもいいけど……悩むな……。ティーソーダってなんだろ……頼んでみるか」
 注文を済ませれば、やがて2人の前に運ばれてくるとっておきのスイーツ達。クルークの唇から、
「……すげえ」
 と、今度は感嘆の声が漏れた。その様子に、ロベルトがくすりと笑む。
「うん、綺麗だね」
「だよな。飴細工とか丁寧だし……これをタダで食ってもいいのか……?」
「いいって言ってくれてるんだから、いいんじゃない?」
 クレームブリュレを口に運びながら、ロベルトが言う。クルークの方も、飴細工をそっと崩して、チョコレートケーキをぱくりとした。
「味……も、美味い……」
「うん、中々だね」
 ローズティーを優雅に喉に流して、ロベルトが微笑む。それを初めて飲む身からすれば不思議な味がするティーソーダも味わった後で、
「お前はこういうの、いつも食ってんだろうな」
 と、クルークはロベルトに声を投げた。
「そうだけど、他所で食べるっていうのはいいもんだよ、クルーク」
「……そういうもんか?」
 首を傾ければ、ロベルトは可笑しげに声を漏らして笑う。
「あはは。別に、そんなところまで疑わなくったって」
「いや、別に疑ってるとかじゃ……」
「ふぅん、そう? あ、もしかして、こういうお店連れていきたいのにガッカリされるのが怖いのかな?」
「なっ!?」
 聞き捨てならない言葉に思わず大きな声が漏れて、クルークは慌てて自分の口を手で覆った。もう一度注目の的になるのはご免だ。
「……べ、別に雑談ついでに聞いただけだろ」
 その反応に、ロベルトは口元に乗る笑みを、益々濃いものにした。
(……やっぱ調子狂う)
 と、クルークががしがしと頭を掻くのを目に、
(クルークは反応良くて本当に面白いなぁ)
 なんて、ロベルトは胸の内に呟いて、飴細工を崩す。
「……うん、美味しい」
 チョコレートケーキの味に混ざって、飴細工の欠片は柔らかく溶けていった。

●好き、と伝える
「お招き有難う御座います。よければ、写真を撮らせて貰ってもいいですか?」
 水色の双眸を細めて、歩隆 翠雨は古城カフェの主の前へと愛用のカメラを翳してみせた。勿論です、とリチェットが微笑む。他のお客様に障らなければ、どこでもお心のままにと。
「以前いただいた朝食も、本当に美味しかったです」
 翠雨が瞳を煌めかせてカメラを構える中、王生 那音は折り目正しくリチェットへとそう告げた。ありがとうございますとリチェットが目元を益々柔らかくした、その瞬間。
 ――パシャリ。
 翠雨が切り取ったのは、古城カフェの風景と、那音とリチェットの姿。2人の顔が自分へと向けられれば、『人』を撮ることを克服し始めた翠雨は、いい写真が撮れそうな気がしたのだと悪戯っぽく笑った。そうして2人は、案内されるまま席へ着く。
「前に食べた朝食、本当に美味かったよな……! うん、また来れて嬉しい」
「ああ、もう一度、翠雨さんと来る事が出来て良かった」
「折角だしさ、違うメニューを頼んでシェアしようぜ」
 写真も撮りたいし、と翠雨が声を弾ませれば、那音の口元にもふっと笑みが乗った。
「喜んで……と言いたいところだけれど、今回のメニューは1つだけのようだよ」
「え?」
 言われてもう一度メニューを見れば、成る程、1枚のプレートに2種のスイーツが飾られているらしい。
「写真映えしそうだね。翠雨さん向きだ」
 那音の言葉に、翠雨はふわりと口元を緩めた。やがて、2人の前に並べられる注文の品。スイーツとティーソーダを一緒に写した後で、翠雨はクレームブリュレを一口、口に運んだ。
「優しい美味さってこういうのを言うんだな……」
 その声に、感嘆の色が滲んでいる。チョコレートケーキを美しい所作を以って口に楽しんでいた那音が、
「こちらも上品で華やかで……とても美味しいよ。ほら、翠雨さん」
 と、一欠片のケーキが乗ったフォークを、翠雨の口元へと運んだ。その意を察して、瞬間、ぴたりと動きを止める翠雨。
(これって所謂あーんって奴だよな? 俺に食べろと……)
 目の前の那音は、かんばせに柔らかな色を湛えている。その実、青の眼差しの向こう側では、翠雨の戸惑った様子に内心笑みを零していたりするのだが、当の翠雨はそれには気付かない。
(全く悪気はなさそうだし……)
 と判じるや、込み上げる羞恥に耐えながら、翠雨は差し出されたそれをぱくりとした。途端、その表情がぱっと輝く。
「……美味い!」
 思わず状況を忘れて声を華やがせれば、
「……間接キスの味が?」
 と、整った顔に微笑を乗せた那音が、翠雨にしか聞こえない声で囁いた。
「なっ……!」
「冗談だよ。ところで、私には食べさせて貰えないのかな?」
 笑顔で強請れば、翠雨を再びのフリーズが襲う。
(俺にもアレをしろと? 那音もこっちも食べてみろよ、とは言おうと思ったけど……)
 ぐるぐると考えて――翠雨は、キッと那音を見据えた。何となく、ここで引いては負けのような気がしたのだ。ぎくしゃくと甘い一匙を掬い、たどたどしい手つきでそれを那音の唇の前へと運んでやる。笑みを深めて、那音はそれを躊躇いなく口に含んだ。
「ああ、とても美味いな。ケーキも、キスの味も」
「ああ、もう! からかうなよ」
「からかってはいない。私は……俺は、素直な感想を言っただけだよ」
 翠雨さんが、好きだからね、と。続けられた言葉は、酷く甘い響きを帯びて、翠雨の耳と脳を揺らした。
「……は?」
 勝手に、声が漏れる。先の甘やかさがまだ耳に反響しているような気さえして、翠雨は、困惑に仄か俯いた。
(相棒として……だよな?)
 胸の内、自分に問う。そうして翠雨は、ぽつり、口を開いた。
「俺も……好きだ……」
 相棒として。そういう意味合いだと判断され、そういう意味合いで零された言葉だと、気付かない那音ではないけれど。それでも、自分の声を真っ直ぐに受け止めてくれたという事実が嬉しくて、那音は口元に弧を描くと、ローズティーのカップを手に取った。

●これからも共に
「初心に帰るって気分だな、うん」
 窓際の席でそう零したセイリュー・グラシアは、今日はかっちりとしたスーツ姿。そんなセイリューの姿を目に、ラキア・ジェイドバインはふっと口元を緩める。
「初心……そうだよね、初めてここに来たのは3年前だったよね」
「そうそう。で、これが初めてここに来た時に選んだメニュー!」
 本日のスイーツプレートの上には、あの日セイリューが頼んだチョコレートケーキと、ラキアが選んだクレームブリュレ。飲み物は、2人共ローズティーを注文した。薔薇の香りが、セイリューの脳裏に、あの日、あの頃のことを思い起こさせる。その目元が、懐かしさにふわりと柔らかくなった。
「オレ達さ、あの頃はまだ駆けだしだったよな」
「うん。それで、その後も色々な出来事があったよね」
 視線を交わして、セイリューはにっと白い歯を零し、ラキアはそっと微笑する。思い出の味がするチョコレートケーキをぱくりとした後で、セイリューが口を開いた。
「……あれから色々な経験をして、昔よりは成長した自覚はあるけどさ」
 あの時思い浮かべていた自分の理想像に少しは近づけたか、と。ふとそんなことを思ったのだと、セイリューはラキアのかんばせを見遣った。
「なあ、ラキアはどう思う?」
「うーん、そうだなあ……」
 口元に手を宛がって、ラキアはどこか楽しげに言葉を探す。そうして、じぃと答えを待っているセイリューへと、悪戯っぽく笑み掛けた。
「先ず、結構セイリューには色々と驚かされたよね」
「へ?」
「だって、予想外の行動したりするんだもの」
 言葉に反して、ラキアの声や表情に責めるような響きや色は微塵もない。瞳を瞬かせるセイリューへと、ラキアは歌うように言葉を続けた。
「討伐系の任務では大体前線に行っちゃう、ってのは最初から判ってたけど」
「いや、それは……」
「それに、ハイトランス使わなくてもボッカの前に立っちゃう君の度胸ってスゴイよね」
「ええっと……オレ、今褒められてる? 貶されてる?」
 どう反応すべきか測りかねているセイリューをさておいて、ラキアはクレームブリュレを一匙、口に運ぶ。うん美味しい、と呟いた後で、「でも」とラキアはセイリューへと曇りのない笑顔を向けるのだ。
「全部の行動が『誰かを守りたい』ってセイリューの想いから来ているのが判っていたから」
「それは……今度こそ、褒められてるんだよな?」
「勿論。そのつもりだよ?」
「そ、そうか……面と向かって褒められると、照れるな」
 くしゃくしゃと、首の後ろを掻いてはにかむセイリュー。その様子にくすりとして、
「止めたって聞きそうにないし。君が怪我しないようにサポートするしか無いって思ったんだよね」
 なんて、ラキアはちくりと刺すようなことを言う。上げたり下げたり忙しいけれど、つまるところラキアの想いは、
「望む姿に、近づいていると思うよ?」
 と、確かにそこにあるのだった。その言葉に、向けられた笑顔に。セイリューは、堪えようのない笑みを口元に湛える。
「なんか、改めて思うな。ラキアが一緒に居てくれたから、今のオレがあるんだよな、と」
「ふふ、お褒めに預かり光栄です、なんてね」
「本当に、いつも感謝してるぜ。任務中でも色々とムチャブリしちまうし」
「あ、自覚はあるんだ」
「で、さ。多分、これからもそンな事は続くと思うけど……」
 懲りずにオレと一緒に歩いて行ってくれよな、と、セイリューはどこまでも真摯な声音で言って、ラキアの緑色の双眸を真っ直ぐに見つめた。ラキアの目元に、口元に、優しい笑みが乗る。
「うん、これからも一緒に歩いて行こう」
 その返事に、セイリューはふっと息を吐いて、太陽のような笑顔でそのかんばせを彩った。自分達が培ってきた経験は皆のために使いたいと、そんな誓いを胸に抱いて。

●変わるもの、変わらないもの
「わー、王冠の方は初めて頂きますよ! 楽しみです!」
 煌びやかな様子のチョコレートケーキを前に、イグニス=アルデバランの青の瞳がきらきらと輝く。注文の品を運んできた古城カフェの主へと、
「リチェットにはこっちこそ世話になってるな」
 と、初瀬=秀は色付き眼鏡の奥の眼差しを和らげて、声を投げた。とんでもない! とひとしきりあわあわしたリチェットが奥へと下がってから、秀は珈琲を喉に流す。
「そういやいつも限定メニューで、通常メニューは……本当に一番初め以来か?」
 英雄の王冠はあの依頼がきっかけでできたんだったか、と、その時のことを懐かしく思い出しながら、飴細工を崩してケーキにフォークを入れる。ティーソーダの氷を鳴らしていたイグニスが、「そうそう」とくすぐったいように笑った。
「秀様ったら、あの依頼の時はまだトランスにも慣れてなくて……」
「うるせえな当たり前だろう!? まだ3回目かそこらだぞ」
 くすくす笑いを零されながら指摘されると、あの時の気持ちまで蘇ってくるようで何とも気恥かしい。火照る頬を持て余す秀を前に、イグニスはにっこりとした。
「照れ屋さんな所は今も変わりませんね!」
「お前はなんというか、全くブレねえよな……」
 はあ、と、秀の口からため息が零れる。そんな様子さえ愛おしげに見つめていたイグニス、さて遂に初めての甘味にフォークを伸ばそう、というところで、
(……あ!)
 思いつきに、ゆらゆらしていた尻尾をピン! と立てた。
「秀様秀様!」
「あ? 何だよ?」
「あーん!」
 双眸を星の如くに煌めかせてのおねだりに、秀はまたため息一つ。
「って、自分のあるだろ?」
 と一応は言ってみたものの、王子様は懐っこい大型犬のように口を開けて待機している。やれやれと、秀は自分のプレートからクレームブリュレを一匙掬って、イグニスの口の前へと運んでやった。
「ったくしょうがねえな……ほれ」
「わーい!」
 ぱくー! と幸せ顔でクレームブリュレを口に楽しむイグニス。とろりと優しい甘さを味わい終えるや、
「ではお返し! を!!」
 と、イグニスはチョコレートケーキをフォークに乗せて、それを秀の口元へとご案内。軽く首を傾けて、それでも暫しの思案の後、
「……ん」
 秀は差し出された甘味を、ぱくりと口の中に放った。途端、『あーん』をして貰った時に輪をかけて満足げに、「ふふふー」と意味ありげな笑みを漏らすイグニスである。
「おい、何笑ってんだよ」
「いえ? 秀様、あの依頼の後でクレームブリュレ頂いた時の事覚えてます?」
「!!」
 詳しい解説は不要だった。イグニスの言葉に、秀が全てを思い出したのは明白だったからだ。あの日仲間達とクレームブリュレを食しながら、秀はイグニスに、牽制のように「あーんはしない」と言い切ったのだった。
「あーくそ、騙され……てはいないが!」
「ふふ、あーんしてくれなかったのに今では私からのあーんも食べてくれるとは!」
 これは照れ屋さんは撤回した方がいいでしょうか、と続けようとした時、おもむろに、秀の腕がぬっと伸びた。大きな手のひらが、イグニスの頭をわしゃわしゃと力強く撫でる。
(……あっ、そうでもなかった!)
 色付き眼鏡を隔てていても、イグニスには、秀が今照れているのだということが手に取るようにわかった。頭に手のひらの温もりが触れているのは、秀なりの照れ隠しだ。
「撫でられて照れてたあのピュアさはどこいった!」
 秀の言葉に、そういうこともあったなと、今度はイグニスが思い出す番だった。懐かしさに、口元が勝手に緩む。
(――変わったものも変わらないものも、どっちも大切だから)
 そう胸に呟いて、愛しの姫君の顔を真っ直ぐに見るイグニス。
「頑張りましょうね、秀様」
「……ああ。気張るか、イグニス」
 賑やかな日常を守る為にも、と、秀もまた、胸の内に自らの想いを沈めた。

●貴方という幸い
「うん、今日のお菓子も美味しそうだね」
 どこかぎこちない羽瀬川 千代の言葉に、ラセルタ=ブラドッツはくっと口の端を上げる。
「残念だったな、千代。同じメニューでは、分け合いようがない」
「う……気付いてたんだ、ラセルタさん」
 いつものように彼とお菓子を分け合おう、なんて思っていたのは、すっかりお見通しで。面映ゆさも喉に流さんとローズティーのカップを手に取って、「そうだ」と千代は口を開いた。
「……クレームブリュレ、少しあげようか」
 初めて食べた時、ひとの分まで貰っていたでしょう? と続けた千代の脳裏に、ふと、遠いその日のことが思い起こされる。それが火種となったように、変わらないカフェの風景の中、積み重ねてきた思い出の数々が確かに甦った。例えば、一緒に目を輝かせた美味しいお菓子の数々。
(俺をからかって可笑しそうに笑う顔、とか……)
 そして――お菓子を食べさせてくれながら、励ましてくれたこと。
(今でも、迷う事はある)
 時々、心の奥で感じるやりきれない想い。それは決して、消えるものではないけれど、それでも。
(変わらず一緒に進んでいけたら、って……)
 思考は、そこで柔らかく断ち切られた。少し笑いを含んだ艶のある声で、「千代」と名前を呼ばれたから。パッと顔を上げれば、愛しい人の整ったかんばせの上、鮮やかな水色の双眸が笑んでいた。
「……そう、ぼんやりしていると本当に貰ってしまうが?」
「へ? ……あ、クレームブリュレ、だね。ごめん。ちょっと考え事を……」
「ふむ。まあ、気持ちはわかるが。……此処には、思い出が幾らもある」
 ローズティーを優雅に口に運んで、「千代は忘れているやも知れぬが」とラセルタは前置く。
「お前が事も無げに言ってみせた、何があっても味方だから、という言葉が今でも胸に残っている」
 秋の日だった。気落ちしていた千代にラセルタの方が言葉を手渡していたはずなのに、千代は、真っ直ぐにラセルタを見てそんなことを言ったのだ。
(――落魄れた家が再興するには、様々な障害が付き物だ)
 周囲は全て敵であり、頼れるのは己のみ。長い間そうして生きてきたのだと、ラセルタは自身の歩んできた道を思い返す。
(それでも……『いつか』を望んでいた)
 それは、渇望と呼んで差し支えのない想いだった。いつか、裏切る事の無い、信頼出来る者が現れる、と。密かに、そう恃んで。だから。
「――俺様にとっては最高の贈り物、というべき言葉だった」
 あの日のように真っ直ぐに自分を見つめる千代の、緑がかった金の双眸。それを、こちらも真っ正面から見返す。ラセルタの言葉にじぃと耳を傾けていた千代が、不意にそっと睫毛を伏せた。遠く、愛おしい場所に心を飛ばすように。
「……俺もね、あの時の事は覚えているよ」
 変わる事が怖かった、自分に自信を持つことができずにいた。そんな自分に、ほんの少しでも前を向く、その為の力をくれた人が今も目の前に居る。
「俺も、貴方の言葉に救われたんだよ。ラセルタさん」
 言って、千代は顔を上げるとふわりと目元を和らげた。その柔らかな笑みに、ラセルタはふっと目を細める。酷く眩しいものを見ているような、そんな気がして。
(……出来うる限り聡明で麗しく頼り甲斐のある俺様でありたいものだが)
 それでも、『誇り』さえ食させ、全て晒せと常に強請っている身だ。だから今ぐらいはと、繕いがちなプライドは置き遣っておくことをラセルタは決めた。そうして、笑う。強気なそれではない、ラセルタという男の素の笑顔で。
「千代。今までも、そしてこれからも。お前は『俺』の味方で在ってくれ」
 寸の間瞳を瞬かせた後で、千代は破顔した。ラセルタの心に、深く染み入るような笑顔だった。
「……クレームブリュレ、食べようか。表面がパリリとしているうちに」
 そうしてまた、2人は共に行く『これから』の道の先、いつか『今まで』になるであろう思い出を重ねていく。



依頼結果:成功
MVP
名前:初瀬=秀
呼び名:秀様
  名前:イグニス=アルデバラン
呼び名:イグニス

 

名前:羽瀬川 千代
呼び名:千代
  名前:ラセルタ=ブラドッツ
呼び名:ラセルタさん

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 巴めろ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ビギナー
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 09月06日
出発日 09月12日 00:00
予定納品日 09月22日

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