プロローグ
「知ってます? 綺麗に咲いた向日葵は太陽を追わないんですよ」
神人の若い女は、自分の精霊へと微笑みながら言った。
「知っている。向日葵が太陽を追うのは蕾位までだ。成長する為に、栄養分を作る為に太陽を求めるからな」
神人と親子ほども年の離れた年嵩の精霊も、微笑みながらそう返した。それを聞いた神人は「知ってたかぁ」と呟いてから、その微笑みを少し歪めた。
気恥ずかしそうな、悲しそうな、苦しそうな、それでも何処かすっきりとしたような、苦笑。
「……あなたの事が、好きでした」
「ああ」
「本当に、本当に好きでした」
「ああ」
「でも、今はもう、別の人が好きなんです」
「……ああ」
神人は今、二人目の精霊に恋をして、二人目の精霊もまた神人に恋をしている。
「おめでとう」
父親のような気分で見守ってきた精霊は、心からの祝福を贈る。
「……ありがとうございます」
神人は幼い恋心と別れを告げ、咲き誇るような新たな恋を迎えている。
……過去の憧れや恋なんて、実のところよくある話だ。
その憧れは幻だったのかもしれない。その恋は傷になったのかもしれない。それでもきっと必要だった。今の自分に辿り着くまでに、きっと必要なものだったのだ。
今、貴方は色々な形で、色々な過去の想いと決別する。
解説
●決別する過去の想い
・精霊が二人いる人はプロローグのように片方の精霊との関係でも、幼い頃のちょっとした憧れでも、忘れられない昔の恋でも、死に別れた友人との思い出でも、仲違いした家族との関係でも、過去の愛情関係の想いなら何でも構いません
・決着をつけるのは神人でも精霊でもどちらでも構いません
●プランについて
・かなり自由度が高いです、場所や状況などを好きに指定してください
・目に見えてはっきりと決別しなくても、心境的に一区切りつけば成功です
●夏の陽気にちょっぴり浮かれてうっかり散財してしまった
・300Jrいただきます
ゲームマスターより
どうか前へ進めますよう。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
リチェルカーレ(シリウス)
珍しい、彼からのお願いに応えてシリウスの故郷へ 廃墟となった村の様子に彼の腕をぎゅっと掴む 見上げた先に 血の気の失せたシリウスの顔 …大丈夫?今日は帰る? 返ってきた答えに瞳を伏せた後、彼の手を握って笑顔 もちろんよ。一緒に行きましょう 歩を進めるほど 重くなる彼の足取り 必死に呼吸を整えているのがわかる 1人じゃないと伝わるよう つないだ手に力をこめ 壊れかけた小さな家の前に立つ 痛いくらいに力のこもった彼の手が震えている 掠れた声が悲しくて じゃあ、わたしたちでお葬式ね? 枯れかけた茉莉花の木の前で 鎮魂歌を歌う シリウス? 泣いていないのに 泣き顔に見える彼を抱きしめて 花を植えましょう お父さんとお母さんが安心して眠れるように |
出石 香奈(レムレース・エーヴィヒカイト)
自宅で精霊と待ち合わせ 元恋人が訪れ、復縁を迫られる 貴方がどうしてここに… やり直したい?そんなの無理よ 奥さんがいたくせに、あたしのこと騙してたくせに 妻と別れるなんてどうせ嘘なんでしょ 本当に別れるつもりなら、どうしてまだ指輪をしてるの もう帰って!(平手打ち レム…来てくれてありがとう あたし、レムと結婚するの だからもう会いに来ないで、さよなら 男が帰った後、ぽつりと …優しかったのよ、大人の余裕と包容力があった でもそれって、単に遊ばれてただけだったのよね バカよねーあたし(涙ぐむ レムに出会うまで変な男にばかり捕まって その度に「今度こそは」って期待して… レムと同じ家に…それってつまり同棲? 嬉しい…ええ、喜んで |
かのん(朽葉)
自宅に朽葉を招き3人で夕食を一緒に 天藍が片付けは任せろと言うので朽葉に食後のお茶を 何か考えていた様子の朽葉の言葉に驚く 淡々とした様子に冗談ではなく本気なのだと おじ様を止める権利はないですよねと思う 私から旅に出たおじ様へ連絡をする手段はなくて、おじ様から連絡が来る事もない気がする …それは…寂しいです 困ったような苦笑を浮かべる朽葉へこれ以上の言葉が続かない 両親を亡くした後 遺してくれた家はあったけれど 生きていくには先立つ物が必要で 1人の寂しさと、とにかく働いて糧を得る事に精一杯だったあの頃 笑う事を思い出させてくれたのはおじ様でした …だからおじ様がどこに居たとしても 何かの時は私達を頼りにしてくださいね |
■いとし子よ、心の寄る辺よ
「どうぞ、お茶です」
コトリと目の前に置かれたお茶に、『朽葉』は微笑み頷く事で礼と変えた。
目の前の席に『かのん』が座る。かのん本人の前にも同じお茶が置かれていた。
今日はかのんが朽葉を自宅へと招き夕食を共に囲んだ。楽しい食事はあっという間に終わり、今はかのんの公私とものパートナーである天藍が片付けの為に席を外している。きっと戻ってきたら改めてかのんがお茶を入れるのだろう。
温かな空気、穏やかな空間。仲睦まじい二人。
ここは、この家はとても居心地がいい。申し訳なくなるほどに。
だからこそ、と朽葉は思う。
(そろそろ頃合いかの)
朽葉は今でこそかのんの精霊として市内に滞在しているが、その前は流しの手品師として各地を歩いてきた根無し草。
更にその昔は……。
表向きはサーカス団、その裏では盗賊団を束ねていた事も、あった。
そういった日の当たらない世界で生きてきた事を、かのんには一切伝えていない。知らないままでいい、知らせたくない、と思っている。絶対の秘密だ。
だが、自分が黙っていたとしても、何処かで関わってしまうかもしれない。
『団長? 団長ですよね! お元気でしたか?』
初夏の公園で再開した昔の仲間の事を思い出す。
あの時はただサーカス団を率いていた事だけを話した。それですべてだという事にした。
仲間だったからまだ良かったのだ。もしもあの時再会したのが過去に敵対した者だったら。その時に隣にいるかのんは。
……何かのはずみでかのんに火の粉が降りかかる可能性もある。
(何の警戒もなく向けられた親愛の笑みは忘れようがないが、そろそろ離れんとな)
目の前の気の置けない様子でお茶を飲むかのんを見つめながら、初めて会った幼さの残るかのんを思い出す。慰めて、笑顔を引き出して、そうして保護者のような感覚を持つようになった。
けれどもうかのんは子供ではなく、周りにいて守り支え合い共に歩む者も出来た。
(もう心配あるまい)
子は親離れを、そして親は子離れをするもの。
そしてそれはきっと、今なのだろう。
「A.R.O.A.の動向次第じゃが」
朽葉が口を開くと、かのんはお茶を置いて話を聞く体勢になった。
「状況が落ち着いたらまた旅に出ようかと思うての」
話を聞く体勢になって、そのまま目を見開いた。
こちらを見ながらも何か考えていると思ってはいた。
けれど、その内容がこんな事だとは思わなかった。
かのんは驚きながらも、朽葉の淡々とした様子に心を落ち着かせる。今言われた事は冗談ではなく本気なのだとわかったから。
(おじ様を止める権利はないですよね)
それはわかっている。けれどそれは今この時間が無くなるという事だ。この、温かく穏やかな時間が。
じわり、悲しみのような焦りのようなものが心を蝕む。何故か予感がするからだ。
(私から旅に出たおじ様へ連絡をする手段はなくて、おじ様から連絡が来る事もない気がする)
朽葉はこのまま、自分との関係を絶つのではないか、と。
それは、嫌だ。
止める権利はない。それはわかっている。A.R.O.A.も止めるかもしれない。それでも今ここでそれを盾にするのは違う気がする。
どう言えばいいのか。どこまで言ってもいいのか。
葛藤しているかのんに気づいたのだろう。朽葉は困ったような苦笑を浮べる。
もしかしたら、嫌だとねだれば、わがままを言えば、朽葉は留まってくれるのかもしれない。
だがそれは、朽葉の本意ではないのだ。
「……それは……寂しいです」
だからかのんはそれだけを言った。それ以外の言葉を続けられなかった。
しばし静寂が横たわる。
遠くから食器が片付けられる音が聞こえる。何気ない日常の音だ。こんな日常がこれからも続くと思っていた。
両親とだって、ずっといられると思っていた。いや、思うまでもなく、続く事が当たり前なのだと疑いすらしなかった。
けれど、そんな日々だって途切れてしまった。
今この瞬間は当たり前のように横たわっているのに、きっと奇跡のような瞬間なのだろう。それを今、実感した。
「……両親を亡くした後」
長い沈黙の後、かのんは搾り出すように話し出した。
「遺してくれた家はあったけれど、生きていくには先立つ物が必要で」
必死で、何処か焦っていて、上手くいかないこともあって、師匠に怒られて泣いて。今のような余裕なんてどこにも無かった。
朽葉に出会ったのは、そんな時だ。
「一人の寂しさと、とにかく働いて糧を得る事に精一杯だったあの頃、笑う事を思い出させてくれたのはおじ様でした」
そんな朽葉がそばにいなくなるかもしれない。その事はとても寂しいけれど、多分今伝えるべきはその感情ばかりじゃない。
家族となった天藍とはまた違う立ち位置で見守ってくれた朽葉に、ウィンクルムのパートナーとして隣に立ってくれた朽葉に、今までの生活を変えて留まってくれた朽葉に伝えるべき事は、きっと。
「ありがとうございました」
かのんは今出来る精一杯の笑顔を向ける。
「今の私があるのはおじ様のおかげです。だから……だからおじ様がどこに居たとしても、何かの時は私達を頼りにしてくださいね」
朽葉を止めはしない。けれど、これで最後にもしたくない。旅に出るというのなら、ここが一つの宿でもいい筈だ。ここが帰る家の一つでもいい筈だ。
その思いを込めて、かのんは告げた。
「全く……敵わんのう」
もう幼かった少女ではない。
一人の人間として成長した姿を見せられ、朽葉はしてやられたと思いながらも喉を震わせ笑った。
「よぅく覚えておくとしようかの」
「はい、忘れないでくださいね」
くすくすと笑いあう二人のもとに、片付けが終わった天藍が近づいてくる。かのんが天藍の分のお茶の用意を始める。
温かな空気、穏やかな空間。居心地がいいこの家が壊される事の無いよう祈りながら、朽葉は小さく零す。
「……ありがとう」
こんな優しい旅立ちもあるのかと、頬を緩ませながら。
■愛する人よ、過去から未来へ
インターフォンが鳴る。
「はーい」
待ち人が来たのだと、『出石 香奈』は笑顔で玄関へと向かう。
今日はパートナーであり婚約者でもある『レムレース・エーヴィヒカイト』が、香奈の自宅に迎えにくると約束していた。だから香奈は何も疑っていなかった。やってきたのが、インターフォンを鳴らしたのがレムレースであると。
「待ってたわ、よ……」
確認もせずに笑顔で玄関を開け、そこで目を見開く。
「香奈、久しぶり」
そこにいたのは、レムレースではなかった。
友人でも家族でもない。けれど、よく知っている人物。
「貴方がどうしてここに……」
香奈の昔の恋人が、そこに立っていた。
「ああ、元気そうで良かった。香奈がどうしてるか心配してたんだ」
ニコニコと笑いながら気遣う男は、付き合っていた時と同じ態度で、だから香奈は当時の事を鮮明に思い出してしまった。
「……何の用?」
普段より低めの声で問うと、男は申し訳無さそうな顔をした。
「オレ、ようやくわかったんだよ。オレに必要なのが誰なのか。香奈もそうじゃないか? だからさっきも笑顔で迎えてくれたし『待ってた』って言ったんだよな?」
そうじゃない。香奈がそう言うよりも早く、男は香奈の手を逃がさないとばかりに掴んだ。
「なぁ香奈、オレ達、やり直そう」
香奈は男の顔は見ていなかった。
それよりも、掴まれている手を、男の左手ばかりを見ていた。
「やり直したい?」
ハッと鼻で嗤うように言ってから、香奈は男の手を振り払って睨みつけた。
「そんなの無理よ。奥さんがいたくせに、あたしのこと騙してたくせに」
睨まれてもまだ男はめげずに笑顔のままだ。
「いや、だから違うんだって、あいつとはもう別れるから、だから香奈と……」
「何が違うの? 妻と別れるなんてどうせ嘘なんでしょ。本当に別れるつもりなら、どうしてまだ指輪をしてるの」
吐き捨てるように言う。男はそこで初めて失敗した、というような顔をして左手を握り締めた。
だが男が躊躇ったのは一瞬で、すぐに強気の笑みで香奈に詰め寄る。
「お前だってわかっててオレと付き合ってたんだろ? なぁ、また楽しくやろう、いいだろ?」
香奈は自分でも不思議なほど、頭に血が上るのがわかった。
「もう帰って!」
抑えられない衝動のまま、叫んで平手打ちをする。
「この……ッ!」
怒りに顔を歪ませた男が香奈に掴みかかろうと手を伸ばし。
「香奈、待ったか?」
けれど、横から飛んできた声に、男はビクリと体を強張らせて止まる。香奈は逆に安心したように体から力が抜けるのを感じた。
「そちらの男性は……ああ、挨拶がまだだったな」
横槍を入れたのはレムレース。男を軽く睨みながら、庇うように香奈の横に立つ。
「香奈の婚約者のレムレースだ」
左手をあげて指輪を見せながら言えば、男は気まずげに後ずさりし、だがぐっと踏ん張って嘲笑混じりに喋り出す。
「はっ! 何が婚約者だ、香奈の事どんだけ知ってるんだか! オレなら……」
「自分の伴侶を幸せにできない奴が香奈を幸せにできるわけがない。もう彼女に関わるな」
しかし、レムレースは男の発言を強い口調で断ち切る。男は口を思わず噤む。もう二人を睨む事しかできない。
「レム……来てくれてありがとう」
香奈はレムレースにそっと言うと、男の目を真っ直ぐに見て言った。
「あたし、レムと結婚するの。だからもう会いに来ないで、さよなら」
顔を赤くした男は、何か言おうと口元を震わせた後、「馬鹿馬鹿しい」と吐き捨てて踵を返した。
男の背中が完全に見えなくなったところで、香奈はほぅ、と息を吐き出した。
「……優しかったのよ、大人の余裕と包容力があった」
ぽつりと呟く。レムレースは促すでも遮るでもなく、ただ続く言葉を待っていた。
「でもそれって、単に遊ばれてただけだったのよね。バカよねーあたし」
努めて明るく言ったにも拘らず、じわりと涙がにじむ。
もうあの男に恋なんてしていない。愛なんて残ってない。それなのに、バカみたいに傷つけられた。
傷つけられたのはきっと、過去の自分の恋心だ。もしくは昔つけられた傷を思い出してしまったのだ。
「レムに出会うまで変な男にばかり捕まって、その度に『今度こそは』って期待して……」
振り返るまでもなく、今までの香奈の恋愛には傷がついて回った。
今度こそ、と何度も思った。もう大丈夫、と何度も思った。そしてそれらはすべて裏切られてきた。その時の怒りや悲しみが、今、思いがけず顔を出してしまった。
香奈は俯きながら深いため息をつく。すべて吐き出したとばかりに。
「じゃあ『今度』はその期待通りになるんだな」
そんな香奈の頭上に、レムレースの声が降ってくる。
言われた内容に引っ張られるように顔をあげれば、レムレースの手が頬に触れる。
「実は以前から考えていたんだが……」
頬に添えた手で涙を拭いながら、レムレースは香奈の目を見て告げる。
「香奈、俺と暮らさないか」
「……え?」
このマンションに香奈を迎えに来たレムレースが見たもの。それがさっきの言い争いだ。
聞こえてきた会話から、すぐに男が香奈の元恋人だと分かったし、同時に香奈を騙していた最低な奴だとも分った。
殴りたくなったものの、先に香奈の平手打ちが飛んだのでやめたが……。
それでも、不愉快だった。
香奈を傷つけた男も、この先香奈を傷つける男も、どちらも近づけたくない。守りたい。レムレースはそう思った。
「同じ家に住めば今日のようなことも起こらないだろうし、住所を変えればあの男ももう来ないだろう」
安心させる為に、香奈にもその旨を伝える。
香奈はまだどこか呆然とした様子でレムレースを見ている。少しずつ少しずつ、言われた内容を頭が理解し始める。
(レムと同じ家に……それってつまり同棲?)
触れられている頬が熱い気がする。『今度こそ』の期待が本当に期待通りになりそうな気がする。いや、きっとなる。
「何より、共にいる時間をもっと増やしたい」
優しく微笑みながらレムレースが言う。
ああ、この人が好きだ。この人なら信じられる。この人と一緒にいたい。
今までの恋愛の傷がこの人に出会う為のものだったなら、怒りも悲しみも本当の意味で過去のものできる。
「嬉しい……ええ、喜んで」
頬に添えられた手に、自分の手を重ねて微笑んだ。
■大切な人達よ、どうか安らかに
使われなくなって久しいのだろう。手入れがまったくされていない道を『リチェルカーレ』と『シリウス』は歩いている。
会話は少ない。ただ静かに二人は歩き続ける。人気の無い道を、人気のない場所を目指して。
『一緒に行って欲しい所がある』
何かを願ったり望んだりする事の少ないシリウスからの、珍しいお願い。当然リチェルカーレは断る筈も無い。
「もうすぐだ」
前を見据えたまま、硬い声でシリウスが言う。
リチェルカーレは前ではなくシリウスの顔を見てから「うん」と頷いた。
行き先は、とある廃村。
シリウスの故郷。
記憶の中の村とは大分変わっていた。
人の手が入らず自然にのまれ始めているから、というだけではない。空気そのものが違う。ここに、人の生活の気配はもうないのだ。
だが、シリウスの目にはかつての村が見えていた。
村の終わりからずいぶん時間は経った筈なのに、未だに残る生々しい過去の記憶。それはシリウスの心を変わらず苦しめ続けた。
それでもリチェルカーレと一緒なら、訪れることくらいできるかと思ったのだ。いや、思えるようになったのだ。だからこそ、ここへ来た。来た、けれど。
実際に故郷に来てみると それだけで心に来るものがあった。
廃墟となった村の様子に、リチェルカーレは支えるようにシリウスの腕をぎゅっと掴む。見上げた先には、血の気の失せたシリウスの顔。
「……大丈夫? 今日は帰る?」
気遣う声に、それでもシリウスは首を横に振る。
「……帰ったら、もう二度と来れないと思う」
きっと帰ってしまったという事実が罪悪感になってしまう。だからそれは出来ない。したくない。
「悪い。もう少しだけ、つきあってくれ」
真っ白な顔をしたシリウスの願いに、リチェルカーレは一度瞳を伏せた後、手を握って笑顔を作った。
「もちろんよ。一緒に行きましょう」
向けられた笑顔にほっと息を吐き、小さく「ごめん」と呟く。リチェルカーレは笑顔のまま首を横に振った。
村の中を進む。
壊れている家。――あの家の家族とは仲良くしていた。
崩れている広場。――あそこでよく走り回っていた。
進めば進むほど、現実と過去の光景が重なって、シリウスは眩暈がするのを感じた。
歩を進めるほどシリウスの足取りは重くなる。必死に呼吸を整えている。それがわかったから、リチェルカーレは繋いだ手に力を込める。一人じゃないと伝わるように。
それが伝わったのか、シリウスもまたリチェルカーレの手を縋るように握り締める。
二人は歩く。歩いて、歩いて。
そして、壊れかけた小さな家の前に立つ。
シリウスの家。
こんなに壊れていなかった。――扉を開ければ母さんが。
もっと綺麗だった。――父さんを呼んで食事を。
ここで生活をしていた、生きていた、幾らだって思い出せる、思い出せてしまう、もう帰れない過去が、壊された過去が、幸せだった、それなのに。
強く、リチェルカーレにとっては痛い位に強く力のこもったシリウスの手が、微かに震えている。絶望と共にある幸福の記憶に耐えるように。
それでもそこから逃げずに、向き合い、進もうとしているように。
「――墓も、作れていないんだ 俺しか生き残りはいないのに」
顔を歪めるようにして呟く。その掠れた声がリチェルカーレの耳には悲しく響く。
一人取り残された悲しみは如何ほどだろう。さよならを告げられなかった苦しみは如何ほどだろう。
その悲しみと苦しみに、今、向き合って、そして抱きとめる事は出来るだろうか。
「じゃあ、わたしたちでお葬式ね?」
その静かな声にシリウスは一度目を見開いてリチェルカーレの方を見て、そしてゆっくりと頷いた。
枯れかけた茉莉花の木の前に二人は座る。その木はかつて白い花が甘く咲き誇っていた。
リチェルカーレは歌う。鎮魂歌を、静かに歌う。
二人以外誰もいない空間に、優しく響く歌声。シリウスはそれに聴き入って、そしてそっと目を閉じた。
涙なんて、今更一滴も出やしない。
それでも脳裏に浮かぶ幸せな記憶は胸を締め付け続けた。
(ごめん……)
ずっと、謝りたかったのかもしれない。
守れなくてごめん。助けられなくてごめん。一人生き残ってごめん。愛された記憶は苦しみと結びつくからと、遠ざけてきて、ごめん。
わかっている。当時、どうあがいてもシリウスには何も出来なかった。それでも、ウィンクルムとなって力をつけた今ならば考えてしまう。今の自分ならあの時どうにか出来たのではないかと。そんな事は、叶わないのだけど。それでも今の自分なら似たような悲劇は止められると。
今の自分ならば、きっと守れる、助けられる。そう思えるだけの力を身につけて、大切な少女に心を癒されて、そうしてようやくここへ戻るだけの気持ちを身につけ、今こうして戻ることが出来た。
やっと、両親の死を悲しむことが許された気がした。
(父さん、母さん……)
ああ、もしかしたら、幸せな優しい過去は恐怖と悲しみと苦しみに結びついている、と捉えるのではなく、恐怖と悲しみと苦しみも共にあるけれど確かに幸せだった優しい過去、と捉えられる事も出来るのではないだろうか。
歌うリチェルカーレの温かい体温に身をゆだねる。
「シリウス?」
よりかかるシリウスは泣いていないのに、何故か泣き顔に見えた。
リチェルカーレはシリウスを抱きしめる。心を癒すように、そっと優しく。
「花を植えましょう お父さんとお母さんが安心して眠れるように」
「……そうだな」
植えるなら、花は決まっている。記憶の中と同じように、けれど過去を優しく覆うように、枯れかけたこの木に寄り添えるように、もう一度新たに同じ花を植えよう。
「母さんの好きな、白い花がいい」
いつかまた白い花で溢れればいい。昔とは違う、それでも昔に似た風景の中でこそ、きっと安らかな眠りがあるだろう。甘い香りがここを守るだろう。
そう信じて、二人はまた手を繋いだ。
もう震えてはいない。
二人の手は、強く優しく結ばれていた。
依頼結果:大成功
MVP:
名前:リチェルカーレ 呼び名:リチェ |
名前:シリウス 呼び名:シリウス |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 青ネコ |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | シリアス |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 3 / 2 ~ 4 |
報酬 | なし |
リリース日 | 09月04日 |
出発日 | 09月11日 00:00 |
予定納品日 | 09月21日 |