プロローグ
「あなたのことが好きです! 付き合ってください!!」
そんな言葉に、あなたとパートナーは目を丸くした。
心地良く晴れた昼下がり、タブロス市内のオープンカフェで談笑していた中、突如として現れた第三者。
――全く見知らぬ男性からの、人目も気にしないほど大きな声での告白。困惑する以外になかった。
「え、ええと……?」
「誰かと勘違いしてるんじゃないのか、アンタ」
「いいえ! あなたこそ理想の女性! ぼくの運命の人です!!」
男性の無遠慮な発言に、精霊の眉間のしわが濃くなる。
確かに、男性とは初対面なのだ。見たことすらない。それなのに熱烈な告白を受けたものだから、何を言えばいいのかわからなくなっていた。
と、そんなとき。
「あちゃ~、やっちまったなぁ」
やけにのんびりした声が、あなたと精霊の耳に届いた。
後ろを振り向くと、明るい金髪の青年ががりがりと頭を掻いている。片手には、物騒にも大きな弓が携えられていた。
不審がるあなたたちを視界に捉えた青年は、その切れ長の目をさらに細くした。
「いやぁ、悪いねぇご両人。オレのせいなんだわ、その人」
「……は?」
「うまく狙ったつもりだったんだけどさぁ、ちょーっと逸れちゃったみたいで。やぁ、うっかりうっかり」
意味がわからない、と精霊が凄むも、青年はのん気に笑うばかりだ。
その青年が言うには、日々オーガと戦うウィンクルムをサポートしようと思い、神人への恋心を増幅させる弓矢を作り上げた。
そして、ちょうど見かけたあなたたちに向けた矢を放ったが、狙いが外れてしまい近くにいた男性に当たってしまった、と。
「じゃあ何とかしてくれよ!」
「それがさぁ、結構強めに作ったモンで。矢の効力は半日続くんだわ。ついでに言うと、特効薬とかもまだ作ってなくてねぇ」
「効果が切れるまで、このままってこと……?」
男性には青年のことが見えていないのか、あなたのことしか見ていないのか。先ほどからあなたに対しての熱烈な告白しか繰り返していない。
青年の言葉に落胆するあなたたちに、青年は「方法はあるよ」と言った。
「目には目を、歯には歯を。愛の告白には、愛の告白をってね」
「愛の告白?」
「つまり、矢の効力を超えるくらいの愛をぶつければいいのさ。相手が諦めるくらい、強い愛をね」
誰にも負けない愛があることを、示せ。
そんなことを言われたような気がして、顔を見合わせる。
戸惑いを隠せないあなたたちを見た青年が、そっと笑んだ気がした。
解説
突然、第三者から神人へ愛の告白を受けました。
第三者に負けないくらいの愛を示してください。
第三者は青年の弓矢により、強い恋心を強制的に持たされてしまい、神人に対して愛の告白をしてきます。
それに対し、「パートナーがどれくらい好きなのか」を第三者にぶつけ、弓矢の効果を打ち消してください。
例:精霊のことが好きだから、あなたの気持ちには応えられません!
神人のことが好きだから、お前の入る余地はない! 等
パートナーへの愛をぶつけるのは神人・精霊どちらでも構いません。どちらともぶつけてもOKです。自分よりも強い愛を感じると、弓矢の効果はなくなります。
また、弓矢の効果があったときの記憶は全てなくなるので、第三者は弓矢の効果を受けている間は何も覚えていません。
人前で愛の告白なんてできるか! という方はその場から離れてもOKですが、弓矢の効果は半日続くので、その後もしつこく付きまとって追いかけてきます。
その際には、第三者から逃げている間の会話や、どこに逃げるかなどプランに入れていただければと思います。
※第三者が介入しますので、必ず屋外の設定でお願いします。
※個別描写になります。
※交通費や諸々の買い物で300jr消費します。
ゲームマスターより
いつもお世話になっております、北乃わかめです。
気付けば数ヵ月ぶりのエピソードになり、いつの間にか夏になっていました。
今回のエピソードは、夏の暑さにも負けない鬱陶しい厄介者が現れます。
強制的に恋心を増幅させられているだけなので、中身は空っぽな第三者の告白ですが、諦めるまでとてもしつこいです。
是非とも、パートナーへの愛をぶつけていただければと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
水田 茉莉花(八月一日 智)
はぁああああ? ランチで外に出たら何でこんなことになっちゃってるの?! …あの天使とか言ってる奴一回ぶん殴らないと気がすまないわ! むー、ハイハイっわーかーりーまーしーたっ! でも困ったなぁ 結婚してくださいならこちらに居るほづみさんに言われなれてるんですけど は? バカバカバカ、なに変なことばらしてるのバカ 職場ででも言われて恥ずかしい思いしてるのわかってます? もう慣れたっていうか気にしないようにしたっていうか え、あ、はーっ!ほ、さ、さとるさん何を道端でバラす… 今ここでも宣言するんですか?さとるさんのバカー! んもうバカなんだからほ…え?もう一回って? …あ、あたし、名前で呼んでました? じゃああの…さとる、さん |
出石 香奈(レムレース・エーヴィヒカイト)
最初は適当にかわそうとして優しく応対 えっと、ごめんなさい、あたし連れがいるんで 連れというか婚約者なんだけど こ、こんな男ですって…?(ビキビキ) 穏便に済まそうと思ったけどレムを馬鹿にしたのは許さない 精霊の言葉を制し 待ってレム、その続きはあたしに言わせて 昔のあたしならナンパされたらついて行くかもしれなかった でも今は違うわ ご覧の通り、貴方よりあたしのことを分かってくれて、貴方より何百倍もいい男がそばにいてくれる …しつこいわね、そういうの嫌われるわよ レムに抱きつき あたしはこの人を愛してるの、だから貴方はお呼びじゃないのよ! …えっ、レム!? レムをしつこいと思ったことなんて一度もないわ むしろもっと… |
シルキア・スー(クラウス)
犠牲者は従業員 え 何事? 多少赤面したけど青年の話聞き教団員か一応警戒 話は半信半疑だけどこのままでは従業員さんが不憫 そんな経緯で 従業員さんの名誉の為にもなんとかしないとね 恥かしさはあれどメンタルヘルスで落ち着く 息を整え従業員さんに訴える その気持ちに応える事はできません なぜなら 私はもう運命の人に出会っているから 彼とのこれまでの記憶は私を支える宝で その存在が私の人生の柱となっている だから離れられる訳がないし そして何より愛しい心の拠り所なんです 誰も入り込む余地はありません 見据えて 消えなさい 偽りの恋心 解決後場の人々にフォローを入れたい 彼の言葉にドキリ 愛がある事を肯定する言葉を聞けてちょっとした収穫♪ |
イザベラ(ディノ)
第三者の告白に対し「そうか」とただ一言。 驚きも戸惑いもなく只管どうでも良さげ。 攻撃的な精霊には内心少し驚くが、その原因や心理は理解出来ない。 ディスられても平然、こいつの嗜好は歪んでるなぁ等とまるで他人事。 蛮勇は自分のポリシーだが、他者に疎まれている点の一つだという事も知っている。 初めて人に好きだと言われ、思いの他嬉しい。 が、感情の表現が下手過ぎて嬉しさの割に反応は淡白。 「よく言った、それでこそガードナーに属する男だ」と精霊の頭をワシャワシャ撫でる。 |
●
その日、出石 香奈は精霊のレムレース・エーヴィヒカイトと共にタブロス市内での買い物を楽しんでいた。
会計を済ませてくる、と言われ、香奈は店先で待っていたのだが。
「そこのお姉さん! とっても美人だね、お茶でもどう?」
一人の軽そうな男性が声をかけてきた。
突然のナンパに、言われた香奈は目を丸くする。
「えっと、ごめんなさい、あたし連れがいるんで。連れというか、婚約者なんだけど」
そう言われてしまえば、すんなり引き下がるのがセオリーだろう。
だが、今日はそううまくいかなかった。
「いやいや、俺、お姉さんに運命感じちゃったんだよ! 美味しいお店知ってるからさ、行こうよ!」
「ちょ、ちょっと……?!」
するりと詰め寄ってきた男性は、強引にも香奈の手首を掴んだ。さすがに危険を感じ振り払おうとするも、思ったより強い力に身を固くする。
「香奈……?!」
その時、会計を済ませたレムレースが店から出てきた。
香奈に迫る男性を見た瞬間、レムレースの脳裏に香奈を悲しませてきた男性の影が過った。ざわりと、頭に血が上るのがわかる。
(香奈が昔、お前のような軽薄な男にどれ程傷つけられてきたか……!)
そんなレムレースの耳に、「まぁまぁまぁ」とやたらのん気な声が届いた。
どこから出てきたのか、片手に弓を持つ青年が悪びれる様子もなく事情を説明する。
あの男性は、自分の意思とは関係なく香奈に恋心を抱いている。それを解消するには、より強い愛をぶつけなければならない、と。
「つまり、あの男に俺達の愛を示せばいいんだな。よかろう、やってみる」
がんばって、と手を振る青年を一瞥し、レムレースは改めて香奈と男性を見据えた。
男性はまだ香奈の手首を掴んだまま、離れようとしない。青年の言った通り、梃子でも動かなさそうだ。
愛している、幸せにする。そんな言葉全てが、どうにも嘘くさい。
レムレースは、毅然とした態度で二人に近づいた。
「香奈は渡せない。彼女は俺の天命だ」
困惑する香奈を背に隠すように、男性との間に立ちはだかる。
香奈を掴んでいた手は離れ、男性はレムレースを睨みつけた。
「意味わかんねぇ、いいからそこをどけよ!」
「天命とは、天から与えられた使命のことで……」
「違ぇよ! お姉さんも大変だなぁ、こんな男に付きまとわれて!」
「こ、こんな男ですって……?」
声を張り上げた男性に、香奈がピクリと眉を動かす。
興奮した男性が発した言葉は、香奈の触れてはいけない部分に触れてしまった。
(穏便に済まそうと思ったけど、レムを馬鹿にしたのは許さない)
「こんな男とは何だ、少なくともお前よりは……――」
「待ってレム、その続きはあたしに言わせて」
レムレースの背中に触れ、香奈が言う。
レムレースは、その瞳に強い怒りが宿っていることに気づいた。自分以上の憤りを感じ、「分かった、存分にやれ」と後押しする。その言葉に、香奈はしっかりと頷いた。
「昔のあたしなら、ナンパされたらついて行くかもしれなかった。――でも、今は違うわ」
レムレースは、自分を信じてくれる。香奈はそれが、誇らしかった。
「ご覧の通り、貴方よりあたしのことを分かってくれて、貴方より何百倍もいい男がそばにいてくれる」
「け、けど、俺だって……!」
「……しつこいわね、そういうの嫌われるわよ」
堂々たる姿で言い切る香奈に、男性も言い返そうとするがうまく言葉が出てこない。矢の効力が不安定になってきているのだ。
「あたしはこの人を愛しているの。だから貴方はお呼びじゃないのよ!」
とどめとばかりに、香奈は傍に立つレムレースに抱きついた。男性は狼狽えるばかりで返す言葉もない様子だ。
すると、香奈の背に思いのほか逞しいレムレースの腕が回された。
「やはりこういう啖呵は、香奈の方が上手いな」
「……えっ、レム!?」
抱きしめ返されると思っていなかった香奈が、ぱっと顔を上げてレムレースを見上げた。
そんな香奈の頬に、武骨なレムレースの手が添えられる。驚く香奈をよそに、レムレースはその頬にそっと唇を落とした。
「そういうことだ、無論俺も彼女を手放すつもりはない」
暗に、立ち去れ、と。
鋭い眼光を向けられた男性から矢の効力はすっかり抜け落ちたようで、迫力に驚きすぐさまその場を去ったのだった。
レムレースはほっと一息つく香奈を見つめ、先ほどの言葉を反芻していた。
「……俺はしつこいだろうか?」
「え? どうして?」
「いや、先程しつこい男は嫌われると言っていただろう……」
バツが悪そうに目を伏せる。
その様子にぱちぱちと目を瞬かせた香奈だったが、すぐさま首を横に振った。
「レムをしつこいと思ったことなんて一度もないわ」
「そうか、それならよかった」
にっこりと明るい笑顔を向けられ、安堵するレムレース。
しつこいなんて思うわけがない。
――むしろ、もっと……
「ん? 何か言ったか?」
「あ……ううん、何でもないわ! さ、買い物の続きに行きましょ!」
離すつもりはない――そう凛と言い切ってくれたレムレースの言葉を思い出し、香奈はそっと指先を絡めたのだった。
●
「あなたこそまさしく、地上に舞い降りた天使だ!」
「はぁああああ?」
開いた口が塞がらない、を体現する如く、水田 茉莉花は愕然とした。いや、ドン引きした。
ある晴れた昼下がり。天気もいいし、ちょっとランチでも行こうかと精霊と出かけただけだったのに。
突然目の前に現れた男性が、これまた突然茉莉花に冒頭の言葉を言い放ったのである。しかも、それなりに大きな声で。
「何でこんなことになっちゃってるの?!」
「いやぁ、まったく申し訳ねぇ、ご両人」
困惑する二人に、ひょっこり現れた弓矢の青年が事情を説明する。
しかしその間にも、矢の効力が働いている男性は所構わず茉莉花に愛の言葉を吐き続けていた。
「……あの天使とか言ってる奴、一回ぶん殴らないと気がすまないわ!」
「みずたまりーっ、ステイ、ステイ、落ち着け! それよりもコイツなんとかしようぜ!」
「むー、ハイハイっわーかーりーまーしーたっ!」
ざわざわと寒気すら感じ、今にも男性に飛びかからんとする茉莉花に何とかストップをかける八月一日 智。
普段は、暴走しがちな智を茉莉花が止めていることが多いが、今日はまるで立場が逆だ。
殴って物理的に止めてやろうとする気持ちは解消されたようだが、問題は解決していない。二人とも、うーんと頭を悩ませる。
(今まで嫁になれって言っても本気にされたことは全くねーし。家族になってくれって言おうとしても言えなかったこともあるこんな世の中じゃ)
ぽいずん。
なんて続いてしまいそうなほど悶々とする智。一緒に住んで、いくつも季節を巡って、つらいことも楽しいことも共に経験して。
それでも、肝心な一歩はまだ踏み出していない。いや、言葉通り本気にされないのだ。
どうしたものか……と智が考えている間にも、男性のマシンガンの如き口説きは続いている。
「好きです! 結婚してください!!」
「結婚してくださいなら、こちらに居るほづみさんに言われなれてるんですけど」
「そちらの男性よりも僕の方があなたを愛しています! 負けません!」
「ってキラーパスーぅ?!」
突然引き合いに出され、智の意識が茉莉花と男性に向く。狼狽した智の様子に、男性は勝ち誇ったように胸を張った。
お前よりも、なんて鼻で笑われた気がして、智の対抗心と愛に火が付いた。
「おま、バッカヤロ一朝一夕のオメーさんのプロポーズとは訳が違うんだよ!」
「は?」
「春夏秋冬朝昼晩あいさつの最後に結婚してくれって言い続けて今のまりかが在るんだコンニャロ」
「バカバカバカ、なに変なことばらしてるのバカ! 職場ででも言われて恥ずかしい思いしてるのわかってます?」
男性を上回るくらいの勢いで、淀みなく発せられる言葉たち。
だが内容が内容なので、慌てて茉莉花が止めようとするも智の勢いは止まらない。ここが人通りの多い往来ということは頭から抜け落ちてしまっているのか。いや、聞かれても構わないという感じだろう。
「まぁもう慣れたっていうか気にしないようにしたっていうか」
「そう言い続けて一緒に住んでてやっと最近可愛らしい反応するようになったんだぞオメー」
「え、あ、はーっ!? ほ、さ、さとるさん何を道端でバラす……――」
「今更ぶん取られてたまるかってーの、まりかは俺の嫁だ!!」
「今ここでも宣言するんですか?! さとるさんのバカー!」
張り上げた声が、愛の大きさであると言うように。周りの目も憚らないその芯の通った告白は、男性の中に渦巻いていた偽りの恋心を、あっという間にかき消してしまったのだった。
ぽかん、と目を丸くする男性。今度は、智がふんぞり返る番だ。
「よし正気になった、逃げるぞまりか」
「ちょ、え、急に引っ張らないでさとるさん!」
注目は充分に集め、その上で愛の宣言を決めた。智はとても清々しい顔で、茉莉花の手を引き全速力でダッシュする。
力加減は調節していたようで茉莉花が転ぶことはなかったが、これではまるで愛の逃避行だ。それもまた、智のテンションを上げる要因でしかないのだが。
しばらく走り続けた二人は、近くの公園に辿り着いた。お昼時のためか、人影はまばらだ。そこでようやく、乱れた呼吸を整える。
「んもうバカなんだから、ほ……」
「なぁまりか、さっき呼んだ呼び方、もう一回頼む」
「え? もう一回って? ……あ、あたし、名前で呼んでました?」
息も絶え絶えな茉莉花に、智は神妙な面持ちでそう告げる。
茉莉花の問いに無言で首肯する智の瞳があまりにも真剣で、断ることもできず「じゃあ……」と気恥ずかしさを押し殺して口を開いた。
「あの……さとる、さん」
「……もう一回」
「え、さとるさん……?」
「もう一回」
「も、もう言いません! ほら、お昼ごはん買って帰りますよ!」
ぷい、とそっぽを向いてスーパーの方向へ歩き出す茉莉花。外でのランチの気分ではなくなったらしい。
慌ててその後ろを追う智だが、幸せに緩んだその頬はしばらく戻らなさそうだった。
●
「好きです! 愛しています!」
「そうか」
ぽんと発せられたイザベラの声は、告白をしてきた男性すらも呆然になるほど感情が乗っていなかった。
所用でA.R.O.A.本部まで行く道中。見ず知らずの男性がイザベラに愛の告白をしてきた。
驚くなり、何かしらのリアクションがあるのが普通だろう。事実、当事者ではないがディノはそうなった。
「何をしている、早く行くぞ」
「え、イザベラさん!?」
つかつかと男性の横を歩き出すイザベラ。
しかし、矢の効力によって恋心を強制的に強められている男性も黙ってはいない。再びイザベラの前まで走ってくると、今度は逃げないようその手を掴んだ。
あっとディノが目を見開く。
「そんなクールなあなたも素敵です! 惚れ惚れします!」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「……なんだよ、アンタ。僕と彼女との間を邪魔するな!」
無関心すぎて抵抗しないイザベラと、熱が入る男性との間にディノが割って入る。引き離された男性は、ディノに対し強い敵意を示した。
だが、ここで退くわけにはいかない。このまま流れに流されて、男性がまたイザベラに触れてしまったら。沸々と湧き上がるのは、ドス黒い感情ばかりだ。
「好きとか嫌いとか言いますけどね、この人これでかなり横暴で強引ですよ!」
「積極的な女性は魅力的だろう!」
「悪霊に憑かれたと思って除霊(物理)を行使したり、任務だからってドレスを着せてきたり! ムードもロマンも一切無視ですよ!?」
好きだ、なんていくらでも言える。だが、それでは目の前の男性と同じだ。そんな生半可な言葉でイザベラの心は動かないし、男性と張り合ったところで決着がつくとも思えない。
ならば、と。イザベラがいかにズレているのかを示し、男性に諦めてもらおう。そして自分はそれすらも受け止める覚悟があるのだと、言い切ってやろう、と。
イザベラもそうだが、ディノもなかなかに斜め上の発想の持ち主である。
一般的に考えるならば、蔑まれれば怒るなりするものだろう。だがどうだろう、散々言われているイザベラは他人事のようにディノの様子を観察していた。
「どうです、貴方これに興奮できます? 出来ないでしょう! 俺は出来ますけどねッ!!」
「ぐぅ……っ、で、ですが、世の中にはクールビューティーという言葉もありますし……!」
男性、もとい矢の効力が必死に言葉を振り絞る。
が、ディノはそれすらも蹴散らすように眉を吊り上げ、よく見ろ! とイザベラを指差した。
「見た目は確かに整ってますけど! 美人ですけど! 視線だけで殺せるんじゃないかってくらい眼力半端ないですし! 女性らしい丸みどころか筋肉の塊ですよ!?」
「す、スポーティーじゃないですか」
「鍛えすぎて脳筋ですらある人のどこがスポーティーですか!」
罵詈雑言のオンパレードである。男性もタジタジで、矢の効力でかろうじて反論できている状態だった。
一気に蚊帳の外となってしまったイザベラは、ふむ、とひとつ頷く。まるでコメディかパニック映画でも見るような心地で、珍しく攻撃的なディノを見つめていた。
イザベラには、なぜディノがここまで怒りをあらわにしているか理解できなかった。道を塞がれたのは確かに邪魔ではあるが、普段ならこうも攻撃的になることはないのに。
自身が罵倒される展開になっているが、それすらもイザベラには響いていない。思うことと言えば、
(こいつの嗜好は歪んでるなぁ)
これである。
最も、今のディノを生み出したのは言うまでもなくイザベラなのだが。
「デリカシーのデの字も無いし、空気も読めないし!? お付き合いとか以前の問題ですよ!」
「っだが、彼女は芯の通った女性で……!」
「この人の正義感だって、ぶっちゃけただの蛮勇ですし!?」
イザベラを明確に形作る上で必要な、「正義」。強すぎる正義感は、時に自分自身すらも傷つけてしまいがちだが、それでも手放すことはないイザベラの絶対だ。
常に正義を重んじる人間として、イザベラは自覚している。振りかざすたびに、他者に疎まれるということも。
「……でも俺は! この人のその蛮勇さが好きなんです! 全部、ひっくるめて好きなんです!!」
半ば叫ぶように放たれたディノの言葉。その強固で重たい愛は、かろうじて残っていた矢の効力を一瞬で消し飛ばし男性を放心させた。
そしてそれは存外に、イザベラの胸にも届いたようだった。
「よく言った、それでこそガードナーに属する男だ」
表情に変化はないが、代わりにその手はディノの頭に向かっていく。
まるで動物を愛でるようだが、イザベラは言いながらディノの頭をやや乱暴に撫でた。
言葉全てがストレートに届いたわけではないが、ディノは抵抗することなく、甘んじてイザベラの手を受け入れる。
「……そういう所も! 別に、全っ然平気ですけどね! 俺は!」
複雑な心境ではあるが、それは胸の内にぐっと押し込めたのだった。
●
天気がいい日は、アウトドア日和! と意気揚々に訪れた乗馬クラブ。
よく躾けられた馬たちはとても好意的で、初対面のシルキア・スーとクラウスにも鼻を寄せ甘えてきた。
親子連れやカップルで訪れている人の声も朗らかで、シルキアは上機嫌に乗馬の準備を進める。体を痛めないよう準備運動もしっかり行い、さぁいざ始めようかと思ったところで、トレーナーである男性が、シルキアの手を掴んだ。
「一目見たときから、好きでした! 僕と付き合ってください!」
「えっ?」
何事? とシルキアが首を傾げる。声が聞こえたらしい周りもざわつき始めた。
「突然何の真似だ」
「彼女に運命を感じたんです!」
尋常ではない勢いに、見かねたクラウスがシルキアを庇うように男性との間に割り入る。
不満そうな顔を見せクラウスに詰め寄る男性は、先ほど乗馬の仕方を教えてくれたときとはまるで別人だった。
と、そこに場にそぐわない間延びした声が聞こえてきた。
「やぁ、面倒かけて悪いねぇ」
「……お前は何者だ」
「おっと、そう睨んでくれるなよ。迷惑かけたことは詫びるけどさぁ」
ふらり、と風のように現れた青年。クラウスの鋭い視線に臆することなく、飄々と笑っている。
怪しいし完全に信用できないというのが正直な印象ではあるが、悪意自体は感じられなかった。
「ちょっとまだ半信半疑だけど、このままじゃ従業員さんが可哀想だもんね……」
ストレートな言葉は、あくまでも矢の効力によって強制的に引き出されているものに過ぎない。
青年の言い分を信じる信じないに関わらず、この混乱しかけている場を何とかする方が先決だ。
「従業員さんの名誉の為にも、なんとかしないとね」
「一先ず、この場を収めよう」
目線を合わせ、呼吸を整える。
突然の告白に驚きはしたが、ウィンクルムとして、そしてクラウスのパートナーとして、しっかり想いをぶつけなければならない。
「クラウス、私がやるわ」
「いいのか?」
「うん、任せて」
普段通りの調子を取り戻したシルキアは、クラウスの問いにしっかりと頷いた。その様子に、クラウスは了解の意を込めて一歩下がる。
男性はなおも、シルキアに向けて「好きです」「付き合ってください」と繰り返していた。
「――その気持ちに応える事はできません。なぜなら、私はもう運命の人に出会っているから」
まっすぐ、視線を逸らすことなく伝える。男性は目を丸くしたが、すぐに「でも」と切り返そうとした。
それを遮るように、シルキアはクラウスへ目を向ける。揺るがず、自分を信頼している瞳を見て、心は平静を保つことができた。
「彼とのこれまでの記憶は私を支える宝で、その存在が私の人生の柱となっている」
男性の言葉とは違って、嘘偽りの感じられない言葉。本心からだとわかるそれは、クラウスもまた同じように想っているものだった。
ざわついていた胸の内が、ゆっくりと落ち着きを取り戻す。嘘とわかっていても、心を寄せる女性が告白されている様を見るのは面白くない。
だが、シルキアには変わらない想いがある。
「だから離れられる訳がないし、そして何より愛しい心の拠り所なんです。――誰も入り込む余地はありません」
「俺も想いは同じだ」
激しい熱情とは違う、確固たる存在が見えた気がしてクラウスはシルキアにそっと寄り添った。
視線を交わせば、言葉にせずともわかる愛しさが見える。適当な言葉を並べ連ねるよりも遥かに、強い想いがそこにはあった。
シルキアは改めて、たじろぐ男性を見据える。
「――消えなさい、偽りの恋心」
瞬間、男性の中にあった矢の効力が霧散した。ハッとした男性は、きょろきょろと辺りを見回している。状況がうまく掴めていないらしい。
周囲のざわめきもまだ収まっておらず、混乱が混乱を招きかけている。
「僕は、今まで何を……」
「ちょっと悪い物が憑いていたみたいだけど、もう大丈夫ですよ! ね、クラウス?」
「……あぁ、原因はもう取り除けた。安心するといい」
お騒がせしました! と努めて明るい声色でシルキアが言った。そんなシルキアの声と、落ち着き払ったクラウスの姿が周囲の混乱を鎮めていく。
乗馬前ということもあり、手の甲にあるウィンクルムの証も目に付いたようで、周囲も男性もいつも通りを取り戻せたのだった。
その後二人は、それぞれ馬に乗り敷地内を自由に走らせた。まだ強い日差しも、流れる風も気持ちよく感じる。
「シルキア」
「ん、なに?」
「お前の迷い無い言葉、嬉しかった」
二人並走する中、クラウスがそう声をかけた。
穏やかな声色がじんわり胸の内に広がっていき、シルキアがくすぐったそうに笑う。
「……何より愛しい心の拠り所、か。俺も、その通りだと思った」
「クラウス……」
自分がそうであるように、クラウスも同じ気持ちであるとわかり、シルキアの胸が高鳴る。
大切な人の拠り所になっているのだと思うと、それだけで幸せを感じられるのだ。
共に微笑みを交わし、二人は満足するまで夏の乗馬を楽しんだのだった。
依頼結果:大成功
MVP:
エピソード情報 |
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マスター | 北乃わかめ |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | ハートフル |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 4 / 2 ~ 4 |
報酬 | なし |
リリース日 | 08月07日 |
出発日 | 08月14日 00:00 |
予定納品日 | 08月24日 |