今日だけドジっ子!(巴めろ マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

●ドジっ子になる魔法の宝石?
「こ、こんばんは……」
 A.R.O.A.本部の受付にその青年が現れたのは、空が夜の色に染め上げられた後のことだった。整ったかんばせは土埃に汚れ、羽織った白衣はボロボロに破れ、何とか作った、という様相の微笑には疲れの色が隠しようもなく覗いている。
「ど、どうしたんですか、ミツキ様!?」
 受付の男は、思わず身を乗り出して声を跳ねさせた。白衣の青年――ミツキ=ストレンジと顔を合わせる度に痛む頭を押さえる羽目になっているとはいえ、見知った相手の満身創痍の姿を見ては、流石に放ってはおけなかったのだ。
「は、発明品を、お届けに……」
「いや、どうしたってそういう意味ではなくてですね!?」
 掠れた声で言って、ミツキは受付のカウンターへと小瓶を置こうとし――つるっと手を滑らせて、その中身を全部床へとぶちまけた。
「あ……」
「うわ、大丈夫ですか……って、これは……?」
 床に落ちた《何か》を見留めた受付の男の目が、くるりと丸くなる。床の上はまるで、色とりどりの宝石を散らしたようになっていた。
「宝石、ですか?」
「ふふ……宝石のように見えるでしょう? これは、琥珀糖です」
「コハクトウ?」
「寒天と砂糖で作る和菓子ですよ。そう、本当に、宝石のようなんです」
 調子を取り戻してきたミツキの説明に、「へえ……」と感心したような声を漏らした受付の男だが、すぐに首をふるふると横に振った。ミツキは、ストレンジラボという怪しいこと極まりない小さな研究所の代表で、人騒がせな発明品をA.R.O.A.へと持ち込んでは、ウィンクルム達をその巻き添えにしているのだ。見目だけは美しいこの琥珀糖だってまた妙な効果付きの品に違いない、と受付の男は考えたのだった。
「で、今回は一体どんな発明品なんです?」
「食べると、1日だけドジっ子になります」
「ドジっ子?」
「ええ、何もない場所で転び、道を一本間違えて迷いに迷い、凶暴な野良犬の尻尾をうっかり踏んで散々追い回され、また転んだと思ったらそこが水溜りでびしょびしょになり、空腹を感じて軽食を求めようとすればポケットに穴が開いていて財布がなく、よく考えてみれば鍵もない……このあと僕は、一体どうすればいいんでしょうね?」
 全部実体験だった。あまりのことに真顔になる受付の男を前にして、
「ちなみにシャトラには、試しに僕の倍量の琥珀糖を食べさせたんです。そしたら、ラボを出ることも叶いませんでした……」
 と、ミツキは恐ろしいようなことを言う。シャトラというのは、ストレンジラボの研究員兼ミツキの実験体たる寡黙が過ぎるような大男だ。一体ミツキにどんな弱みを握られているのだろう、と受付の男は常々思っている。
「とにかく、今回はウィンクルムが犠牲になることはなさそうですね。琥珀糖、全部ばら撒いちゃいましたし」
「ああ、その点は問題ありません。一日中市内を彷徨っているうちに、ウィンクルムらしき方々に何組か出会いましたので」
 ミツキが、汚れた顔に晴れ晴れとしたような笑みを乗せた。ズキズキとしてきた頭を押さえる受付の男。
「……ちなみに、効果の説明は……」
「あ、そういえばしていませんね。何しろ、今日の僕はドジっ子なものですから」
 それは琥珀糖のせいではないだろう、と、受付の男は天井を仰いだ。

解説

●ドジっ子になれる琥珀糖について
食べるとその日1日、ドジっ子になってしまう琥珀糖。
ころんと愛らしい小瓶に、様々な色の煌めきが詰まっています。
食べれば食べるほど効果がプラスされますので、ドジっ子レベルはご自由にどうぞ。
琥珀糖入りの小瓶は、ミツキが各ウィンクルムに1つずつ渡しました。
おひとりだけが口にしても、お二方共食べてしまってもOKです。
なお、琥珀糖の効果については説明されておりません。
また、ウィンクルムの片割れがひとりでいる時に琥珀糖を受け取るのも問題ありません。

●ストレンジラボについて
すごいのはすごいのだけれどもよくわからない物を研究開発しているタブロス市内の小さな小さな研究所。
研究所の代表で(性格はともかく)優秀な研究者のミツキと、研究員という名の雑用係兼実験体のシャトラが2人で頑張っています。

●消費ジェール等について
お出掛け代として、一律300ジェール頂きます。
なお、出掛ける場所は自由ですので、場所指定のほど必ずお願いいたします。
琥珀糖を受け取った後、家に帰って過ごすというプランもOKです。
但し、その場合も消費ジェールは変わりませんこと、ご了承くださいませ。

ゲームマスターより

お世話になっております、巴めろです。
このページを開いてくださり、ありがとうございます!

今回のストレンジラボは、ドジっ子1日体験です!
ドジっ子になったパートナーに優しく手を差し伸べたり、甲斐甲斐しく面倒を見たり。
或いは2人共ドジっ子になってしまって、てんやわんやの大騒ぎをしてしまったり。
1日限りのドジっ子タイムを、お楽しみいただけますと幸いでございます。
皆さまに楽しんでいただけるよう力を尽くしますので、ご縁がありましたらよろしくお願いいたします!

また、余談ではありますがGMページにちょっとした近況を載せております。
こちらもよろしくお願いいたします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

八神 伊万里(アスカ・ベルウィレッジ)

  アスカ君のお引っ越しの手伝いに彼のアパートへ
呼び鈴を鳴らして出てくるのを待つ間に、さっきもらった琥珀糖を食べる

…はうっ!?(開いた扉に頭をぶつけ座り込む)
だ、大丈夫…ああっ!ぶつかった衝撃で買ってきたケーキがぐちゃぐちゃに!?
うう…ごめんなさい、お邪魔しま…きゃっ!
どうしてこんな所に石鹸が…

…まさか、さっきの琥珀糖!
ミツキさんにもらったものだから、もっと警戒すればよかった
ごめんねアスカ君、今日の私はきっと役に立たないから、もう帰るね…
(引き留められ)でも…
確かにこの状態で帰るのは危険かも

無理のない範囲で手伝い
また転びそうに…あ、ありがとうアスカ君
顔が近い…あれ?私どうしてドキドキしてるんだろう


ひろの(ルシエロ=ザガン)
  琥珀糖。(瓶をじっと見る
……食べ物?(綺麗過ぎて疑心

「えと、貰った。ミツキっていう、あの研究してる人」
「……ボロボロだったから」断りづらくて。それに、いつもおいしいし。(目が泳ぐ
たぶん、食べればわかる?(一つ食べる
「おいし、っ」(舌を噛む
「だいじょ、」(また舌を噛む

!? 近っ!(退こうとして自分の足にもつれる
これ、動いたらまたなんかありそう……?(大人しく停止
何がわかったんだろ。(わかってない

ドジに。……その効果、嬉しくない。
!?(離れようと、力を入れた足が滑る
「……わかっ、」(また舌を噛む
うう、痛い。(半泣き

「あつく、ないの?」夏だよ。(噛まないようにゆっくり喋る
……瓶に入った残りどうしよう。


シルキア・スー(クラウス)
  昼過ぎフィールレイクでボート遊び
彼のイメージカラーの琥珀糖を1つ はいどうぞ
ボートが揺れ瓶を湖に落してしまう
ウソ~
いいよ 見るだけでも十分楽しめたから

強打目の当たりにし驚きののちぷくく (笑っちゃダメだ
大丈夫?
あ あそこに
遠退くオール見て 持ってかれちゃったね 笑
彼の眉間に皺が寄り益々済まなそうな顔に
問題ないよ 私も手で漕ぐしいざとなれば泳いでもいいし?

ボート遊び続行
即興の歌を歌い 湖覗き込み 見て魚の群れ!
横転転覆 湖面に出たら彼がいない
潜ったら彼が魚に尻尾食まれて苦闘してる
思わず笑いそうになるも払ってあげる

湖面に顔出し
何だか面白い事になっちゃったね
そう? まさかさっきの琥珀糖だったりねー 笑
…(察し)うん 了解!


桜倉 歌菜(月成 羽純)
  凄く綺麗な琥珀糖
甘党の羽純くんに是非食べて貰いたくて、貰った瓶を持ち彼の家に
今日は羽純くんもお休みなので彼の家で待ち合わせなのです♪

早速口に入れ嬉しそうな羽純くんに私の頬も緩んで
私も一つと思ったら
あれ?
何故か羽純くんに押し倒される形に!?
珍しく焦った彼の声
慌てて身を起そうとして、きゃー!?
わざとじゃない、うん、分かってる
羽純くんがドジっ子に!?

…どうしよう
私ったら不謹慎
ドジな羽純くんがすっごく可愛い…!
これが保護欲というもの?

大丈夫、私に任せて!
私のせいだもん
私が羽純くんを守ってみせるから!
躓けば腕を掴み支え
何かを落とせば、滑り込みキャッチ
汚したら洗えばいいよ
羽純くんの世話を焼くのが楽しくて♪


アラノア(ガルヴァン・ヴァールンガルド)
  精霊宅
あ、そういえばこれ、食べる?(琥珀糖出し
来る途中で貰ったんだけど

うん。その人何故か少し弱ってたけど大丈夫だって言ってた

小皿に出した琥珀糖をつまみ
琥珀糖…何だか懐かしいね

もうそんなに経つんだね…

疑り深すぎだよ…(食べ


殆ど食べた後お茶を飲もうと手を伸ばしもカップに手が変に当たりこぼす
えっわっごめんなさいっ

ああテーブルが…!
立ち上がり布巾を取りに行こうとするも足が絡まり転倒
咄嗟に何か掴もうとした結果カップが落ちて割れ
あ…ああ…(やらかしに絶望

ごめん…なさい…

…何で、怒らないの?

壊れる…壊れるのは、怖い…
嫌われたくないから、気を付けてたのに…


ガルヴァンさん…
心を押し殺し
うん、待つよ…いつまでも…


●湖上デートはどっきどき?
「ええと、クラウスの色は……」
 穏やかな昼下がり、フィールレイクにて。シルキア・スーはクラウスが漕ぐボートの上、見惚れるようにして小瓶の中に目の前の人の『色』を探す。
(シルキア、幸せそうな顔をしているな……)
 琥珀糖を前に瞳を煌めかせるシルキアを眺めていれば、クラウスの口元へと差し出されたのは、綺麗な青、一粒。
「はい、どうぞ」
「ああ、有難う」
 口の中に、柔らかな甘みが広がる。途端――クラウスの動かすオールが何かに当たり、船が大きくぐらりと揺れた。
「きゃ……!」
 シルキアの手を離れた小瓶が、湖の底へ底へとあっという間に沈んでいく。
「ウソ~」
「瓶が……済まない、シルキア」 
「ん……いいよ、見るだけでも十分楽しめたから」
 そう言ってにこりとするシルキアの姿に細く息を吐き、クラウスは船が揺れた原因を確かめんと、湖へと視線を落とした。大きな魚影が、悠々と泳いでいる。
(あれに当たったか……場所を変えよう)
 ぐっとオールへと力を入れた、その瞬間。嘘のようにオールが跳ね、クラウスの顔を思いきり良く打った。
「く、クラウス!?」
 最初こそ驚きが先に立ったシルキアだったが、声も出ない様子で顔を押さえるクラウスの姿に、ぷくく、と笑みが漏れかける。
(わ、笑っちゃダメ……!)
 自分に言い聞かせながら、笑いの余韻に僅か震える声で、
「っ……大丈夫?」
 と、シルキアは問うた。強打された顔を押さえたままで、
「あ、ああ」
 平静を装い、羞恥に耐えながらクラウスが応じる。と、その時。
「はっ、オールが1本無い」
「あ。あそこに……」
 気付けば、先ほどの魚影がオールを咥えて去っていくところだった。顔を押さえた時に手を離したのを、奪われてしまったらしい。
「持ってかれちゃったね」
 遠ざかっていくオールを見遣りながら、シルキアが笑う。一方のクラウスは、眉間に皺を寄せて、益々済まなさそうな顔になっていた。それを見取って、シルキアは強いて明るい声を出す。
「問題ないよ。私も手で漕ぐし、いざとなれば泳いでもいいし?」
「……お前の優しさに感謝する……」
 となれば、ボート遊びの続きである。シルキアが歌う即興の歌、その歌声に、クラウスは口元を仄か和らげて聴き入った。と、湖を覗いたシルキアの緑の瞳が、ぱっと煌めく。
「わ、見て魚の群れ!」
「魚? どれ……」
 シルキアの視線を追って、クラウスも湖を覗き込んだ。すると――ぐわんと、世界が揺れる。
(っ、体重を掛け過ぎたか!?)
 と思った時には、傾いだボートは見事に横転していた。先に湖面から顔を出したのはシルキアだ。ぷは、と息を吐き、明るい金糸の髪をかき上げる。そうしてシルキアは、辺りにクラウスの姿を探したのだが、
「クラウス、どこ!?」
 いつまで経っても、クラウスの空色の髪と耳は覗かない。きゅっと口元を引き絞って、シルキアはもう一度湖の中へと潜った。
(――あ、いた!)
 クラウスの周りに、小魚や、先ほどオールを奪った魚が群がっている。どうやらクラウスは、尻尾を魚達に噛み付かれて難儀しているようだった。思わず笑ってしまいそうになるのを堪えて、魚達を手で払ってやるシルキア。魚達は、クラウスの苦闘っぷりが嘘のように、大人しく散っていった。そのまま2人で、ざぶりと湖面に顔を出す。
「……済まない。お前のことを助けるつもりが、逆に助けられてしまった……」
「気にしないで。それより、何だか面白い事になっちゃったね」
「うむ……面白いかは何とも言い難いが、何やら、急激な運勢の傾きを感じる……」
「え? そう?」
 まさかさっきの琥珀糖だったりねー、とシルキアは笑い声を零し――それきり2人は、ぴたりと揃えたようにして顔を見合わせ、寸の間声を失った。
「……」
「……」
「……迷惑を掛ける……」
「……うん、了解!」
 互いに察し、合点をして。湖の上、2人の戦い(?)はまだ始まったばかりだ!

●この胸のどきどきは
「さて、今日は頑張らないと」
 アスカ・ベルウィレッジの暮らすアパートの一室の前。八神 伊万里は、彼女らしい真面目さを以って今日のミッション――アスカの引っ越しの手伝いに挑もうとしていた。一人暮らしを始めて半年になるアスカは、伊万里のもうひとりの契約精霊とシェアハウスをする運びとなったのだ。呼び鈴を鳴らしてアスカが出てくるのを待つ間に、先ほど貰った琥珀糖を口に放る。優しい甘さが口に広がるのを感じた、その瞬間。
「……はうっ!?」
 開いた扉に、盛大に頭をぶつけてしまう伊万里。あまりの痛さにそのまましゃがみ込む伊万里の頭上から、
「い、伊万里!? ごめん、大丈夫か!?」
 と、アスカの慌てた声が降った。涙目のまま、伊万里はアスカを見上げて少し笑う。
「だ、大丈夫……って、ああっ!」
「ど、どうした!?」
「ぶつかった衝撃で買ってきたケーキがぐちゃぐちゃに……!?」
 見れば、お土産のケーキが無残な姿になっていた。しゅん、と伊万里の肩が落ちる。
「うう……ごめんなさい」
「いや、確認せずに開けた俺も悪かった。ケーキは残念だけど伊万里が無事でよかった」
 散らかってるけど入ってくれ、とのアスカの言葉に頷く伊万里。
「うん、お邪魔しま……きゃっ!」
「……あっ」
 伊万里が立ち上がって部屋に入った、その途端の出来事。一瞬でアスカの視界から消えた伊万里がどうなったのかというと、
「どうしてこんな所に石鹸が……」
 という具合に、床に転がっていた石鹸を思い切り踏んで、つるりと転んでしまっていた。強かに打ちつけた腰をさすりながら、伊万里はハッとこの不運の原因に思い当たる。
「……まさか、さっきの琥珀糖!」
「琥珀糖?」
「ミツキさんにもらったの。相手が相手だから、もっと警戒すればよかった……」
 そんなふうに、床にへたり込んだままでしょんぼりとする伊万里を前に、
(やばい……いつもしっかり者の伊万里がドジっ子……)
 と、アスカは内心、その可愛さに悶えそうになっていた。
(いや、けどここは我慢だ。一つ、頼もしい所を見せないとな)
 緩みそうになる頬を内心に叱咤して、表情を引き締める。何とか立ち上がった伊万里が、申し訳なさそうに言った。
「ごめんねアスカ君、今日の私はきっと役に立たないから、もう帰るね……」
「待ってくれ! そんな状態で外に出たらもっと大変なことになる」
「でも……」
 引き留められてもこの状態ではと、伊万里の眉は下がるばかり。けれどアスカは、力強く言葉を続けるのだ。
「ここにいれば俺もフォローできるからさ。迷惑なんて思わないから遠慮するなよ」
「アスカ君……」
 確かにこの状態で帰るのは危険かも、という思いはある。だから、アスカのこの申し出に、伊万里は甘えてしまうことにした。
「ありがとう。無理のない範囲で手伝うね」
「ああ。改めて、引っ越し準備の大掃除だ」
「うん。じゃあ私は……とりあえず、雑巾とか準備しておこうかな?」
 と、歩き出そうとしたその時。またも伊万里は、自分の身体が寸の間宙に浮くのを感じた。
(あ、また転んじゃう……)
 そう思うと同時、「わっ、また……!」と声がして、ふわり、優しく支えられる伊万里の身体。すんでのところで、アスカが伊万里のことを抱き留めたのだ。
「あ、ありがとうアスカ君」
「いや、今度は転ばなくてよかった」
 そう応じるアスカの顔は、伊万里の顔のすぐ近くにある。その距離に、伊万里の胸はドキドキと――、
(……って、あれ? 私、どうしてドキドキしてるんだろう)
 胸の騒ぐのを持て余しながら内心に首を傾げる伊万里。そんな彼女に手を貸すアスカも、
(今日の伊万里、いつもと少し違うな。ドジなのを差し引いても、何かが……)
 という具合で、僅かな違和を前に思いを巡らせていた。
(まさか今更俺のこと意識して……なんて、期待しすぎかな)
 密やかに苦笑して、アスカは「もう大丈夫だ」と伊万里を立たせてやるのだった。

●今日の貴女は膝の上
「――琥珀糖」
 リビングにて、ひろのは教えられたままの名前を小さく呟いた。中身は菓子だと手渡された小瓶を、灯りに翳してじぃと見つめる。その首が、軽く右に傾いた。
「……食べ物?」
 菓子だと言われても、目の前のそれは、口の中に消えてしまうにはあまりに綺麗で。本当に食べられるのだろうか、なんて訝しがっていたところに、
「ヒロノ」
 と、名を呼ばれた。リビングの入り口の辺りに立っていたルシエロ=ザガンが、ひろのの方へと歩み寄ってくる。ひろのを探していたのかもしれなかった。
「どうしたんだ、それは」
 彼女の手のひらに握られた小瓶を、ルシエロは見逃さない。問いに、ぽつぽつと応じるひろの。
「えと、貰った。ミツキっていう、あの研究してる人」
「ああ、例の。オマエまた受け取ったのか」
 ルシエロの声に、呆れたような案じるような色が滲む。ひろのは、すいと目を泳がせた。
「……ボロボロだったから」
 だから断り辛かった、と言外にひろのの言葉が示しているのを、ルシエロはきちりと見て取った。しかし。
「その様子だ。理由はそれだけではないだろう」
「あとは……いつも、おいしいし」
 返る言葉に、ルシエロは息を吐く。眼差しが逸れた理由が、よくよくわかった。
(そういう問題じゃないだろう。何故、こうも時々警戒心が薄い)
 全く以って、放っておけないと思う。確認の為に、ルシエロはまた問いを投げた。
「今度はどんな効果なんだ」
「えっと……たぶん、食べればわかる?」
 言うなり、橙の煌めきが一粒、ひろのの口の中へと消える。効果がわからんのに何故食べる、と痛む頭を軽く押さえるルシエロへと、「大丈夫だよ」とでも言いたげな焦げ茶の眼差しが向けられた。そんなひろのの唇が動き、
「おいし、っ」
 という具合に音を紡ぎかけて、しかし叶わずに終わる。口元に手を遣っている辺り、恐らくは舌を噛んだのだろうと窺えた。
「大丈夫か」
「だいじょ、」
 またである。「ほら、口を開けろ」と、ルシエロが負傷具合を確認しようとするのに、
(!? 近っ!)
 ひろのは一歩退こうとして、途端、足をもつれさせてしまう。その身体を、ルシエロが柔らかく引き寄せ、抱き留めた。
「っと。……全く、危うくテーブルに頭をぶつけるところだ」
 これは動けばまた何かありそうだと、ひろのは大人しくルシエロに身を任せた、というよりはぴたりと動きを止めた。
「まあ、効果は大よそ理解した」
 何せ、立て続けのことである。何がわかったんだろ、とひろのが目で訴えてくるので、
「注意力散漫。要はドジになるんだろう」
 と、ルシエロは端的に見解を述べた。
(ドジに。……その効果、嬉しくない)
 双眸を瞬かせた後でルシエロの言の意味を頭に染み込ませ、胸中に呟くひろの。そうして、支えられたままになっている状態をどうにかしようと足に力を入れた、その途端。
「!?」
 冗談のような見事さで足が滑って、ひろのはまた、しっかりとルシエロの腕に助けられた。
「下手に動くな。どうなるかわからんぞ。今みたいにな」
「……わかっ、」
 応じようとして、また舌に痛みが走る。
(うう、痛い……)
 今度こそ半泣きになるひろのの目尻に、またか、とは零しながらも、ルシエロは慰めるような優しい口付けを一つ。支えたままになっているひろのの身体をひょいと抱き上げ、ルシエロはそのままソファへと移動し、腰を下ろした。
「あつく、ないの?」
 季節は夏だ。舌を噛まないようにと殊更にゆっくりと、ひろのが膝の上から問うのに、
「いいや?」
 と答えたルシエロの喉が、くつと鳴る。実際のところ、エアコンが効いていることもあって室内は快適だ。
(……瓶に入った残りどうしよう)
 なんて、ぼんやりと考えるひろのの身体を、ルシエロはふわりと抱き締める。
(効果が切れるまでは、動かないようにしてやった方がいいだろう)
 筋道立った理由こそあれ、触れる温度に、ルシエロの口元はふっと優美な弧を描いた。

●愛しい貴方を支えます!
「凄く綺麗な琥珀糖。羽純くん、喜んでくれるかな?」
 小瓶を手に、桜倉 歌菜は月成 羽純の家へ。元より今日は、仕事が休みの羽純の家にて待ち合わせという予定なのだけれど、見惚れるような煌めき纏うこの菓子を甘党の羽純に早く味わってもらいたいと思ったら、気持ちが益々逸るのも仕方がないこと。やがて、羽純の家へと辿り着けば、
「綺麗な琥珀糖だな」
 と、羽純は歌菜が光に翳した小瓶を見てそっと目元を和らげた。そうして、歌菜を部屋へと招き入れる羽純。腰を落ち着けるよりも先に、歌菜は羽純へと小瓶を手渡した。
「あのね、これ、羽純くんに食べてほしくって」
「俺に? ……ありがとう、歌菜。じゃあ、早速一つ――」
 羽純の口の中に、煌めきが一粒、消える。形の良い唇が、ふっと緩んだ。
(わ、羽純くん嬉しそう♪)
 そう思えば、歌菜の頬もゆるゆるとしてしまう。羽純の眼差しが、歌菜を捉えた。
「うん、美味い。歌菜も食べてみるといい」
「じゃあ、私も――」
 一つ、と言葉を紡ぎ終える前に、気付けば歌菜は、
(……あれ?)
 何故だか、小瓶を差し出そうとしていたはずの羽純に押し倒されていた。
「!? わ、悪い……! わざとでは……」
「う、うん! 分かってるよ羽純くん!」
 何とか、明るい声を出す歌菜。至近距離から聞こえる羽純の声は、珍しく焦りの色を帯びている。それもそのはず、突然何でもない所で躓いたと思ったら、この体勢に落ち着いていた羽純である。混乱しきりのまま身を起こそうとして――途端、床に落ちた小瓶のせいでつるっと手が滑り、
「えっ……」
 なんと、益々の密着状態に! こちらも何とか起き上がろうとしていた歌菜が、「きゃー!?」と慌てたような声を上げた。
「わ、悪い、歌菜! 一体どうして……」
 がばりと跳ねるようにして、羽純が今度こそ身を起こすことに成功する。しかし、そのまま勢い余って、羽純は背中から近くの棚に激突した。
(っ……何だこれは)
 痛みと羞恥に口元を押さえる羽純を前に、こちらは無事床の上に座り直した歌菜は、羽純のドジっ子っぷりに瞳をぱちぱちとさせる。どうしよう、と頬を押さえる歌菜。
(私ったら不謹慎……ドジな羽純くんが、すっごく可愛い……!)
 これが保護欲というもの? なんて思う歌菜の前で、羽純もまた考えを巡らせる。
(もしかしなくても、変だ。理由は……)
 今食べた琥珀糖しか、思い当たるものがなかった。なあ、と、歌菜に声を投げる羽純。
「さっきの琥珀糖、誰に貰ったんだ?」
「へ? ええっと……」
 思い出しながらの歌菜の説明に、羽純は全てを悟って深い息を吐く。
「噂の研究者だ……そういうことか。歌菜、まだ中身が残ってるが、食べるなよ」
「羽純くん? どういうこと?」
 問われて、羽純は歌菜に自分が知る限りのことを説明した。
「言っておくが、歌菜は悪くないからな。事故みたいなものだ、気にしない方がいい」
 それよりも効果が切れるまでは外に出ない方が良さそうだな……と呟く羽純のかんばせに、困惑の色が乗っているのを歌菜は見た。そうして――気を取り直した歌菜は、しゃきりと立ち上がって両の拳をぐっと握る。
「大丈夫、私に任せて!」
「歌菜?」
「私のせいだもん、私が羽純くんを守ってみせるから!」
「いや、危ないから歌菜は……」
 歌菜の方へと歩き出そうとして再び見事に躓いた羽純の腕を、歌菜はえいっと掴んで支えてみせた。その後も、羽純が何かを落とせば滑り込んでキャッチし、服を汚せば、
「汚したら洗えばいいよ」
 と、包み込むような笑顔を羽純へと向ける。そんな歌菜の様子に、最初こそ自分のドジっぷりに表情を曇らせていた羽純の口元にも笑みが乗って。
「歌菜のフォロー力、流石だな」
「ふふ、羽純くんの世話を焼くのが楽しくて♪」
 悪戯っぽく笑み零す歌菜を前に舌を巻き、彼女を頼もしく思うと同時、
(それだけ、俺の事が分かってるって事だもんな)
 なんて、嬉しい、という感情が胸を柔らかく満たしていくのを、羽純は確かに感じた。

●待つ、ということ
「あ、そういえばこれ、食べる?」
 ガルヴァン・ヴァールンガルドの自宅にて、アラノアが取り出したのは宝石を詰めたかのような琥珀糖入りの小瓶。
「ん? ……どうしたんだそれは?」
「来る途中で貰ったんだけど」
「貰った?」
 不穏な色が混ざる返事に、ガルヴァンは眉を寄せた。
「……大丈夫なのか?」
「うん。その人何故か少し弱ってたけど、大丈夫だって言ってた」
「それは……大丈夫とは思えんな……」
 不審者か? と訝しむガルヴァンの隣で、アラノアが琥珀糖を小瓶から小皿に移す。そうしてアラノアは、その中から一粒を摘まみ上げ、光に翳した。煌めきが、いつかの記憶を2人の脳裏に蘇らせる。
「琥珀糖……何だか懐かしいね」
「……最初のバレンタインシーズン以来か」
「もうそんなに経つんだね……」
「そう、だな……」
 あの日の琥珀色を思い出したことは、口には出さなかった。思考に耽りながら、アラノアに倣うように摘まんだ琥珀糖を、「毒見だ」と一粒口に運ぶ。
「……普通だな」
「疑り深すぎだよ……」
 アラノアが口に琥珀糖を含むのに、ガルヴァンは今度は何も言わなかった。殆どそれを食べ終えたアラノアが、お茶を飲もうとテーブルの上のカップへと手を伸ばす。すると、嘘のように手が滑って、カップの中身が零れてしまった。
「えっ、わっ、ごめんなさいっ」
「慌てるな。大丈夫か」
 差し伸べられた救いの手が――これもまた、次の災いを呼ぶ。伸ばした腕がカップに当たり、テーブルの上をまた濡らしたのだ。
「!?」
 自分がドジをしたという事実に地味にショックを受けるガルヴァンの傍ら、
「ああ、テーブルが……!」
 と、アラノアは立ち上がった。布巾を取りに行こうとしたのだが、足が絡まって転倒し、それは叶わずに終わる。どころか、咄嗟に何かを掴もうとした結果、カップが床に落ちて割れてしまった。
「あ……ああ……」
 ガシャン、という耳触りの悪い音が、アラノアの耳の中で木霊する。それは、アラノアにとって絶望の音だった。立ち上がることもできずにいるアラノアの元へと、
「アラノア……?!」
 と、すぐさまガルヴァンが駆け寄って、その身に怪我がないかを検める。
「目に見える傷はないが……大丈夫か……?」
「ごめん……なさい……」
「……カップならまた買えばいい……気にするな」
「……何で……」
 何で、怒らないの? と、問うアラノアの声が震えた。そんなアラノアが身を起こせるように手を貸しながら、ガルヴァンは毅然として言う。
「物は何時か壊れるものだ」
 それは、アラノアを思い遣るからこその言葉で――けれどアラノアは、『壊れる』という言葉を耳に、いやいやをするように首を緩く横に振った。
「壊れる……壊れるのは、怖い……」
「怖い? いきなりどうしたんだ?」
「嫌われたくないから、気を付けてたのに……」
 アラノアの中では筋道だっているらしい呟きは、しかしガルヴァンの側から見れば要領を得ない。
「アラノア。ゆっくりでいい。俺に話してくれ」
 敢えてどこまでも落ち着いた声音で、そっと尋ねる。幾らかパニックになっている様子のアラノアの話を、ガルヴァンは辛抱強く、よくよく聞いた。そして、ガルヴァンは知ったのだ。アラノアからの告白への返事を先延ばしにしていることが、彼女の心に引っ掛かっているらしいということに。
「アラノア」
 凛として力強い声で、ガルヴァンはその名前を呼んだ。ゆるゆるとこちらへと向けられるアラノアの顔を、真っ直ぐに見つめる。
「返事は必ずする。約束する。だからその時まではどうか、待っていてほしい」
「ガルヴァンさん……」
 愛しい人の名前を、アラノアは小さく呟いた。自分は彼に釣り合わない、という想い。それが、返事を待ち続けるアラノアの心を苦しくさせている。けれど。
「うん、待つよ……いつまでも……」
 そんな己の心を押し殺して、アラノアはガルヴァンの言葉に頷いたのだった。



依頼結果:大成功
MVP
名前:八神 伊万里
呼び名:伊万里
  名前:アスカ・ベルウィレッジ
呼び名:アスカ君

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 巴めろ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ビギナー
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 07月29日
出発日 08月04日 00:00
予定納品日 08月14日

参加者

会議室

  • [7]桜倉 歌菜

    2017/08/03-23:59 

  • [6]桜倉 歌菜

    2017/08/03-23:59 

  • [5]桜倉 歌菜

    2017/08/03-00:41 

    ご挨拶が遅くなりました…!
    桜倉歌菜と申します。パートナーは羽純くんです。
    皆様、よろしくお願いいたします♪

    凄く綺麗な琥珀糖、是非羽純くんに食べて貰いたいなって。
    喜ぶ彼の顔を見るのが楽しみです♪

  • [4]アラノア

    2017/08/02-00:37 

    アラノアとガルヴァンさんです。
    よろしくお願いします。

    割と満身創痍な人から琥珀糖を貰ってしまいました。
    …あの人、大丈夫なんでしょうか…?

  • [3]八神 伊万里

    2017/08/01-22:40 

    八神伊万里と、パートナーのアスカ君です。
    よろしくお願いします。
    琥珀糖、綺麗ですよね…

  • [2]ひろの

    2017/08/01-21:27 

    ひろの、です。
    よろしく、お願いします。

    琥珀糖って、結構きれい。

  • [1]シルキア・スー

    2017/08/01-03:44 

    シルキアとクラウスです。
    よろしくお願いします。


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