僕が大人になったから(木口アキノ マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 今日は珍しく、タブロスモールではなく、昔からある百貨店に来ていた。ここの催事場で気になっていたアーティストの絵画展があったから。
 せっかくだから、あちこち見て回ってから帰ることにした。
 屋上にレストランと植物園、コインを入れて遊ぶ遊具なんかがあったりして、なんだか少し懐かしい雰囲気。
 神人がそう思っていると、精霊も
「懐かしいなぁ」
 なんて微笑んでいた。
「ここには、子供の頃に家族で何度か来たことがあるんだ」
 と、精霊が思い出話を始める。
「ここに、大きなピエロの人形があってね」
 精霊は遊具コーナーの入り口を指差した。今は、そこにはポップコーンの自動販売機がある。
「コインを入れると、ピエロが動くんだ」
 そこで精霊は少し眉を顰めた。
「小さい頃の僕は、そのピエロが怖くってね。で、怖がる僕を面白がって、ここに来たら必ず姉貴がピエロにコインを入れるんだ」
「お姉さん……」
 神人は苦笑する。
「それから僕たちは引越しちゃって。何年か経って戻ってきたときには、僕はもうそのピエロなんか怖くなかった。だから、コインを入れてみようと思ったんだ。けどもう、その時にはピエロの人形は壊れていてさ。コイン投入口にはガムテープが貼ってあって」
 残念だったなぁ、と、精霊はピエロが置いてあった辺りをじっと見つめた。

 大人になってから、どうしてあんなものが怖かったんだろう、って不思議に思うもの、自分にもあるなぁ、と神人はぼんやりと思った。
 どうして怖くなくなったの、と訊かれれば、大人になったから、としか答えようが無い。
 怖いものがなくなることは良いことのはずなのに、ほんの少し寂しさを感じるのはなぜなんだろう。

解説

場所、時間、シチュエーションは問いません。(あまりにも世界観から離れているシチュエーションの場合、手を加えさせていただく可能性があります)
2人で「子どものころ怖かったもの」について語ってください。
現在克服できているものが理想ですが、人生そううまくはいきません。克服できていない怖いもの、についてでもOKです。
どちらかの家で語る場合には300ジェール、お出掛けする場合には500ジェール消費します。

ゲームマスターより

ピエロの人形が怖かった、というのは私の体験でもあります。
あんなに怖かったピエロが、誰にも操作してもらえずに薄暗い中放置されている姿を見た時には言いようのない寂しさが……。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)

  今日はラキアが庭の手入れをするって言うからさ。
オレも手伝う事にした。
花や樹が多いってことは、集まってくる昆虫も多いじゃん。
「色々な虫を見るのも楽しいんだよな」

オレもちっちゃい時蜂に刺されてギャン泣きしたぜ。
その時は小枝持って泣きながら蜂を追い掛けたけど、逃げられたな。
でもオレは蜂は怖くなかったな。
それより訳もなく怖かったのが、羽に目玉模様のついた、蝶?蛾?
どっちかよくワカンナイヤツ。
形は蝶っぽいんだけど、色が地味だから蛾の仲間だったかも?
どうしてか判らないけどその目玉模様が凄く怖かった。
5歳ぐらいまでの頃かな。
小学校に行くころには平気になってたけど。
なぜ怖かったのか今でもナゾだ。不思議だぜ。


信城いつき(ミカ)
  映画?行く行く!
怖いの?でもミカ達が小さい頃見てたんなら平気だよ

確かにちょっと怖い雰囲気だけど、登場キャラに愛嬌あって震えるほど怖い物じゃないし、俺だってそんな怯えるような子供じゃないよ

普通に面白い映画だった。画面が暗くなっ……うわあっ!
突然びっくりした!
そうかミカの狙いはこれか!

……あれ?ミカ、手
もしかしてミカも怖かったの?

ホントに?ホントに本当?ふーん
でもミカの言う事が本当でもとっさに俺を守ってくれようとしたんだよね……それならいいか(にこにこ)

今度これを見るときは俺が、ミカを連れて行かれないように手を握るからね


テオドア・バークリー(ハルト)
  ハルが宿題でどうしても分からないところがあるっていうんで、
ゆっくりできそうなハルの家で教えることになった。

家まで歩いてくる途中に気付いたんだけど…
そういえば向かいの家の犬、家の前を通っても鳴かなくなったな。
確か昔は入り口にずっと居座ってたよな。

昔、遊びに来ようとしてたときに
あの犬が怖くて先に進めないなんてこともあったなぁ。
あまりに来るのが遅いんでハルが迎えに来てくれたけど
お互いどうしても一歩踏み出せなくて
進めない、迎えに行けないで門を挟んで立ち往生。
途中まででいいから走って来いって声かけてもらわなきゃ俺干からびてたかも

犬にしてみればよそ者が縄張りにずっといる訳で、
それは吼えたくもなるよなぁ…


ルゥ・ラーン(コーディ)
 
彼の帰省にお供して列車旅の途中
彼を眺め先日自宅での酒盛りを思い出す
子供の頃怖かったものは何かという話になり

回想
お気に入りの星の並びがあり眺めたり運勢を占ったりしていた
ある時から星が霞み出し恐ろし事の起こる前兆なのではと怖かった
ある日両親に郊外に連れられそこで見た夜空には
見えなくなっていた星達が輝いていた
「こんな所に隠れてたんだねって言ったら両親が笑っていました」
彼とクスッと笑い合う
「星が見えなくなったのは街に灯りが増えたから…でも
今は地上の星を眺めるのも私は好きです ふふ」
お酒を注いで彼の話を促す


「今こうしているのは過去のあなたからの賜りものですね ご両親にご挨拶できる機会を頂けるなんて」


歩隆 翠雨(王生 那音)
  骨董店にホールクロックが入荷
偶々店に来た那音が、しげしげとそれを眺めて溜息
ん?それ、気になるのか?
てっきり気に入ったのかと思って聞いたら…
那音の話に聞き入る
…その時、俺が居ればよかったのにな
だって、俺なら確実に那音の事、見つけてみせるし
寧ろ、俺から逃げられると思うなよ?
歯を見せて笑ってから、良く考えると…何だかこっぱずかしい事を言ってしまったような?
他意はないと言いかけて、切なそうに笑う那音の表情に、胸が痛くて
那音が小さな子供に見えた
…ったく、仕方ないな…
両腕を回して、ぎこちなく那音を抱き締める
今は独りじゃないと、伝えたくて

俺の怖いもの?
さてな…覚えてないからなぁ
はは、忘れてて得する事もあるな



 偶々、歩隆 翠雨が営む骨董店のある方向に出向く用件があったから。そのついでに、店に寄って夕食でも一緒にどうかと誘ってみよう。
 そう思った王生 那音が骨董店を訪れたところ、翠雨は陳列している商品の手入れをしていた。
「いらっしゃい。丁度商品を入荷したところなんだ。色々見ていかないか」
 那音の姿を見て、翠雨は笑顔を見せた。
「確かに、店の品揃えが以前来た時とは変わっているね」
 骨董店だけあって、時折珍しい物や興味を引く物も入荷するので、見ているだけでも面白い。
 商品を眺めて店内を歩く那音の足音が、ふと止まった。
 翠雨は作業の手を止めて顔を上げる。
 那音が、今日入荷したばかりのホールクロックをしげしげと眺め、そして溜息をついていた。
「ん?それ、気になるのか?」
 翠雨は、てっきり那音がそれを気に入ったのだと思って訊いた。だが、返ってきたのは切ないような笑み。那音は力なく首を横に振った。
「少し、思い出してしまってね」
 翠雨は視線だけで「何を?」と問う。
 那音はホールクロックの振り子に映る自分の姿を見つめ、語り始めた。
「孤児院で私は浮いた存在でね……」

 妙に冷めて大人ぶって、突っ張っている子供だった。
 当然、周囲の子供達には嫌われていた。
 孤児院での那音はいつもひとりで過ごしていた。
 ある日の昼下がり、子供達が隠れん坊で遊び始めた。
 笑い声が響く中、那音はひとり、本のページを捲っていた。
 そんな那音を見兼ねたのか、あるシスターが那音に声をかけたのだ。
 本を読むのも良いけれど、あなたも、一緒に遊んでご覧なさい。違う楽しさがあるはずだから。
 那音は気乗りしなかったが、皆に混じって遊べばきっと那音もそのうち楽しくなるはずと信じて疑わないシスターの笑みに、渋々、隠れん坊に参加したのだ。
 いーち、にーい、さーん……
 オニ役の子の声が響く。皆は、くすくす笑いながら、どこに隠れようか相談しながらあちこち忍び足で駆け巡る。
 那音はひとり、ぐるりと辺りを見渡し、そして。
 目についたのはホールクロック。
 ホールクロックに隠れた、7匹の子ヤギの最後の1匹は、無事にお母さんヤギに見つけてもらえたけれど。
 那音は誰にも、見つけてもらえなかった……。
 子供達の声が静まり、隠れん坊なんてとうに終わっていることなんて、わかっていた。
 それでも那音はホールクロックから出なかった。
 ずっと独りで、言いようのない悔しさを胸に抱え込んで。
 すっかり日も沈み暗くなった中、シスターが探してきてくれるまで、ずっと、そこにいた。

「……それ以来、ホールクロックが苦手でね」
 自嘲気味に笑う那音の話に、翠雨は黙って聞き入っていた。
「……その時、俺が居ればよかったのにな」
 翠雨が言うと、那音が顔を上げる。
「だって、俺なら確実に那音の事、見つけてみせるし」
 それから、明るい口調で、にっと歯を見せて笑ってみせる。
「寧ろ、俺から逃げられると思うなよ?」
 と、言ってしまってから、自分の台詞に恥ずかしくなって頰が熱くなる。
 いや、他意はないんだ、他意は!と言い訳しようとしたけれど。
 切なそうに笑う那音の顔に胸が痛くて、何も言えなくなる。
 那音が、小さな子供みたいに見えて。
「……ったく、仕方ないな……」
 翠雨は、両腕を回して、ぎこちなく那音を抱き締める。
 今は独りじゃないと、伝えたくて。
 ぎゅうと抱き締められ、那音は一瞬驚くも、すぐに翠雨の腕の温かさに安堵し瞳を伏せる。
 この温もりが、愛しい。
「翠雨さんは?怖いものは?」
「俺の怖いもの?」
 不意に問われ、翠雨は目を丸くする。
「さてな……覚えてないからなぁ。はは、忘れてて得する事もあるな」
 あっけらかんと笑う翠雨の耳元に、那音は唇を寄せ囁いた。
「私の事は……怖くはない?」
 驚き目を見開く翠雨に、間髪入れずキスをする。咄嗟のことに反応できずにいる翠雨に、那音は笑ってみせた。
「油断すると喰われるかもな」
 と。


 ジュエリーデザイナーの卵であるミカ。その彼のアシスタントを務める信城いつきは、今日もミカの家を訪れる。
 いつきの来訪に、ミカはアイスティーを用意する。その間、いつきはミカの作業机に目を向けた。
 デザイン途中のスケッチブック、資料となるジュエリーの画像スクラップ、色見本。いつきの勉強にもなる物がたくさん置かれている。
 いつきは、そんな作業机の片隅に映画のチケットが無造作に置かれているのを発見した。
「昔見に行った映画が再演してるから見に行くか?」
 アイスティーを乗せたトレイを手にキッチンから戻ってきたミカはいつきの視線に気付き、チケットを一枚、ひらりといつきの目の前に掲げる。どうやら、元からいつきを誘うために買っていたチケットのようだ。
「シリーズもので何度もレーゲンと見に行ったやつだ」
「映画?行く行く!」
 映画と聞き、ぱあっと表情を輝かせるいつきに、ミカはにやりと笑ってみせた。
「子供向けだけど……怖いぞ」
「怖いの?でもミカ達が小さい頃見てたんなら平気だよ」
 いつきはきょと、と目を瞬いて首を傾げるが、すぐに明るい笑顔に戻る。
「そうか?」
 くっくっ、と笑いながら、ミカはいつきにチケットを手渡した。
 無邪気に喜ぶいつきを横目に、ミカは何事か企んでいるような笑みを浮かべるのであった。

 ゴーストが暗闇を舞い、死神が足元から這い寄る。確かに造形は恐ろしい。けれどどことなく楽しげな雰囲気も持ち合わせている独特な世界観。
 その中を、主役の子供達が活き活きと動き回る。
 ストーリー展開は単純明快で子供向けではあったが、大人でも充分に楽しめる内容であった。
 お化けのボスに勝利した子供達の笑顔にスタッフロールが重なり、いつきは、映画の終幕を知る。
 普通に面白い映画だった。
 スクリーンは徐々に暗くなる。
 暗くなって、暗くなって、完全な真っ黒になる、その直前に!
「見つけた!連れてくぞ!」
 突如画面いっぱいに現れた死神の顔。くわっと開いた大きな口。
「うわぁっ!」
 映画が終わったものと油断していたいつきは声をあげ、腰が浮く。
(突然びっくりした!そうかミカの狙いはこれか!)
 隣では、ミカがこちらの反応を見てにやりとしている。
 ばくばくしている心臓を押さえようとして、いつきは、自分の手をミカの手がぎゅっと掴んでいることに気付いた。
(……あれ?ミカ、手)
「もしかしてミカも怖かったの?」
 いつきが問うと、ミカ本人も驚いたように自分の手を見ていた。まるで、いつきの手を握ったのは無意識だったかのように。
 ミカはむっつりとした顔で目を眇める。
「言っとくが怖かったからじゃなくて、死神に連れて行かれないようにレーゲンの手を掴んでいたやつの条件反射だからな」
「ホントに?ホントに本当?ふーん」
 今度はいつきがにやりとする番だった。
「本当だ。だから誤解するな」
 ミカは煩そうにいつきの手を払う。しかし、その払い方はきちんと力加減をした優しいものであった。
「でもミカの言う事が本当でもとっさに俺を守ってくれようとしたんだよね……それならいいか」
 ますますにこにこと笑みを深めるいつきと対照的に、ミカはますます仏頂面になる。
 子供の頃のミカとレーゲンは、毎回分かっていても、最後のこのシーンで2人で怯えていた。そしてお互い手を握り合っていた、その時の癖が今出てしまうとは。
 けれど、いつきにはそれが嬉しかった。
 幼い頃のミカとレーゲン、その中に自分も入れたような気がして。2人と同じ思い出を共有できたような気がして。
「今度これを見るときは俺が、ミカを連れて行かれないように手を握るからね」
 いつきは振り払われた手をまた握り直し、きらきらした目でミカを見つめる。
「手もつながなくていい、暑い!」
 などと言われても、いつきはその手を離さなかった。


 カタンコトン、カタンコトン……
 規則正しい揺れにルゥ・ラーンは身を任せている。
 向かいの席に座っているのは、精霊のコーディ。
 憂鬱気な表情で、車窓の向こうの流れ行く景色を眺めている。
 コーディに寄り添うように、長方形の荷物が置かれていた。

 それは、先日自宅において2人で酒盛りしていた時のこと。
 どういった流れであったのか、子供の頃怖かったものは何か、という話になり。
「私の場合はですね」
 ルゥが首を傾け幼い頃の光景を思い出す。
 夜空に浮かぶ満天の星。
 その頃から占い師としての素質があったルゥには、お気に入りの星の並びがあった。
 自室の窓からその星々を眺めたり、星の並びから運勢を占ったり、そのひとときはルゥにとって楽しいものだった。
 しかし、ある時から星が霞みだし、次第にその輝きを鈍らせていった。
 これは、何か恐ろしいことが起こる前兆なのではないかと思うと、ルゥは怖くて、胸が押し潰されそうになった。
 もしかしたら、ルゥの両親はそんなルゥの変化に気付いていたのかもしれない。
 ある日、両親はルゥを夜の郊外へと連れ出した。
 郊外では、虫の声や風の音、川のせせらぎが大きく聞こえ、そしてなによりも。
 見上げた夜空には見えなくなっていた星達が輝いていた。
「こんな所に隠れてたんだねって言ったら両親が笑っていました」
 幼い頃の思い出話に、ルゥとコーディはクスっと笑い合う。
「星が見えなくなったのは街に灯りが増えたから……でも、今は地上の星を眺めるのも私は好きです。ふふ」
 ルゥは、彼の話を聞きながら空になったコーディのガラス製の酒器に冷酒を注いで艶っぽく笑う。
「コーディは?なにかありますか」
 ルゥに促され、コーディは酒で喉を潤してから口を開いた。
「そうだね……僕が思い当たるのは……」
 実家の居間の壁。立派な額縁。その中には、「ぐちゃぐちゃ」としか表現出来ない、色と線の羅列。
 どうやら有名な画家の描いた抽象画であるようなのだが、子供だったコーディにはそんなものわかるはずもない。
 けれどコーディの両親は、しきりにその絵を褒める。
 コーディには、両親が理解できなかった。
 そのうちに、こんなものが素晴らしいだなんて、もしかしたら両親は何かに洗脳されているんじゃないかとまで思い始めた。
 子供の想像力というものは逞しく、また、思い込みの力も強力だ。
 そうだ、きっとこの絵に洗脳されているのだ。この絵は大人を洗脳してしまう呪いの絵なのではなかろうか。
 そう思い至るとコーディはもう、その絵が恐ろしくて堪らなくって。
 このまま両親が呪われ続けたら、なんて考えたら居ても立っても居られない。
 そしてコーディはその絵を、燃やした。
「両親にはこっぴどく怒られたけどざまあみろってあの絵に毒づいてやった」
 酒のせいで赤らんだ顔でコーディは笑う。
 ルゥも「まぁ!」と口元を押さえて笑う。
 コーディは酒器を空にして卓に置くと、「実は……」と立ち上がる。
 そして、部屋の隅にある包みをルゥの前に運んでくると、丁寧にそれを開いた。
 ルゥは目を見張った。
 それは、絵のレプリカであった。恐らくは、今しがたコーディが話してくれた抽象画のものであろう。
「大分前に偶然見つけて買ったものなんだ」
 コーディも絵を覗き込んだ。
「今見てみれば色合いが癒し系で綺麗と思えなくもない」
「どうしたんですか、この絵」
「今更だけど弁償しようかなって……」
 ルゥの問いに、コーディはバツの悪い表情で答える。
「でも渡し損ねてる」
 すると、ルゥは目を輝かせてこう言った。
「渡しに会いに行きましょう」

「今こうしているのは過去のあなたからの賜りものですね ご両親にご挨拶できる機会を頂けるなんて」
 ルゥの声に、コーディは視線を窓の外からルゥへと移す。
 穏やかなルゥの笑みに、コーディもふっと笑みを漏らす。
「向こうは田舎だから君のお気に入りの星見えると思うよ」
 コーディの言葉に、ルゥは嬉しそうに目を細めた。


「手袋良し!長靴良し!準備万端!」
 きゅきゅっと手袋の端を引っ張り手にフィットさせ、気合い充分のセイリュー・グラシアを、ラキア・ジェイドバインは微笑ましく見つめる。
 今日はセイリューが、庭の手入れの手伝いを申し出てくれたのだ。
 気温の高いこの季節、いくら植物が好きだとは言え、1人で庭の手入れをするのは結構な重労働だから、手伝ってくれることは素直にありがたい。
 それに、きっとセイリューと一緒なら楽しく作業ができるだろう。
 庭に出たセイリューはわくわくした表情で周囲を眺め回す。
 花や樹が多いということはつまり、集まってくる昆虫も多いということ。
 セイリューの視線は、樹木に掴まる虫や、花と花の間をひらひら踊る虫たちに引き寄せられる。
「色々な虫を見るのも楽しいんだよな」
 と瞳を輝かせるセイリューがまるで夏休み中の小学生の男の子みたいで、ラキアは思わずくすっと笑った。
「虫と言えば」
 ラキアは花がら摘みを行いつつ、視線は花に向けたままセイリューに話しかける。
「セイリュー、苦手な虫ってある?」
 ラキアに倣って花がらを摘みながら、苦手な虫なんていたかな?とセイリューは考える。
「俺は小さい時に蜂が怖くてね。森で遊んでて、何度か刺されたこともあるからなんだけど」
 セイリューが考えている間に、ラキアが言葉を続けた。
 今は落ち着いた大人な印象のラキアにも、森で遊んで蜂に刺されるような活発な少年時代があったらしい。
「特に大きい蜂のあの色彩、黒と黄色がいかにもアレでしょ。顔も怖ろしげだし」
 ラキアの言うことに共感し、セイリューはうんうんと頷いた。
「今は刺されないように気をつけてるから、怖くないけど。でも少し苦手かな」
 ラキアは手にした花の花弁の中を覗き込んだ。
「花の受粉にはとても役立ってくれるし、はちみつ取れるし」
 花弁の中には花粉が散らばっていて。きっと、この花にも蜂が立ち寄っていたに違いない。
「悪いコ達じゃないと、頭では分かっててても、近くに来ないで―と思っちゃう」
 ラキアは眉を下げて苦笑した。
「オレもちっちゃい時蜂に刺されてギャン泣きしたぜ」
 ラキアの話に、セイリューは自分も子供の頃を思い出す。
「その時は小枝持って泣きながら蜂を追い掛けたけど、逃げられたな」
 刺されて泣いても尚果敢に立ち向かっていくなんて、子供の頃からやっぱりセイリューはセイリューなんだな、と、ラキアは微笑む。
「でもオレは蜂は怖くなかったな。それより訳もなく怖かったのが、羽に目玉模様のついた、蝶?蛾?どっちかよくワカンナイヤツ」
 セイリューは顔をしかめながら、指で丸を作ってみたり両手をパタパタ動かしてみたりと、身振り手振りで蝶のような蛾のようなものを表現する。
「形は蝶っぽいんだけど、色が地味だから蛾の仲間だったかも?どうしてか判らないけどその目玉模様が凄く怖かった」
 いったいどんな昆虫だったのだろう。そのうち図鑑で調べてみようか。
 ラキアはセイリューの話を興味深そうに聞いている。
「5歳ぐらいまでの頃かな。小学校に行くころには平気になってたけど」
「セイリューにも苦手なものがあった事に驚いたよ。君、何でも平気そうだもの」
 セイリューは腕を組み首をかしげる。
「なぜ怖かったのか今でもナゾだ。不思議だぜ」
 しかし、子供の頃というのは、理由は分からず感覚的に何かが怖かったりする、そういうものなのかもしれない。
 2人はその後も子供時代の思い出話に花を咲かせ、庭の手入れはいつも以上に捗った。
 もう少しで全ての作業を終えて、ゆったりティータイムを楽しむことができそうだ。


 ホントはそんなに大きくはない犬なんだけど。
 小さな体だったころは、そいつがものすごく大きく見えて。
 加えて雷親父みたいな厳つい顔で牙を剥き出しにして、腹に響くくらいしこたま吠えられれば、そりゃあ怖くないはずがない。
 けれど、足を竦ませてなんかいられない。
 だって、あんな顔をされちゃあ……。

 学生鞄を抱えて歩くテオドア・バークリーの半歩前には、軽い足取りで自宅に向かうハルト。
 下校前、宿題でどうしてもわからないところがあるのだとハルトに泣きつかれたテオドアは、これから共にハルトの家に行くのだ。
 図書館などに行くことも考えたのだが、ゆっくりできるハルトの家で、ということにした。
 閑静な住宅街に蝉の鳴き声が響く。
 ハルトの向かいの家で、飼われている犬が犬小屋から頭だけ出して昼寝していた。

「あっぢぃ!エアコンつけよーぜエアコン!」
 家に着くなり、ハルトはリモコンを引っ掴む。
 エアコンからの涼しい風に前髪をそよがせ、ふうと一息。
「そういえば向かいの家の犬、家の前を通っても鳴かなくなったな」
 鞄を下ろしながら玄関の方向を見遣りテオドアが言う。
「あー、もう爺さんだからなー」
 ハルトは顔をエアコンからテオドアへと向ける。
「最近はもう涼しいトコでずっと寝そべってばっかりだな」
 先ほど見かけたのは、偶々昼寝中だったというわけではないらしい。
 テオドアは、件の犬が若かりし頃を思い返す。
「確か昔は入り口にずっと居座ってたよな」
「そうそう!通るたびに吼えられるんだよな!」
 思い出話にハルトは瞳を輝かせる。
「あれが番犬のあるべき姿っちゃ姿だけどさー、子供の頃は割と怖かったよなー、あそこ通るの」
 しみじみと思い出すハルト。
「昔、遊びに来ようとしてたときに、あの犬が怖くて先に進めないなんてこともあったなぁ」
 と、テオドアは苦笑する。
 あともう少しでハルトの家なのに、足が竦んで動けなかった。
 鎖で繋がれているのだから、襲いかかってくることなどないと頭ではわかっていたにも関わらず。
「あまりに来るのが遅いんでハルが迎えに来てくれたけど」
 玄関から出てきたハルトと、立ち竦んでいるテオドア。そして彼らの前に立ちはだかる、犬。
 2人の間にまるで深く急な川が流れているかのように、お互い一歩踏み出せなかった。
 ハルトの家まで進めないテオドア。ハルトの場所まで迎えに行けないハルト。向かいの家の門を挟んで立ち往生。門の奥から激しく吠える犬の鳴き声。
「あー、それな」
 ハルトも当時の光景が脳裏に広がる。
「結局お互いダッシュで門の目の前で合流して
死ぬ気で家まで走って行ったっけー」
「途中まででいいから走って来いって声かけてもらわなきゃ俺干からびてたかも」
 なんて冗談交じりでテオドアは笑う。
 怖い思いは、半分まで。
 半分まで行けば、ハルトが、テオドアがいてくれる。
 だからお互い勇気を出せた。
「犬にしてみればよそ者が縄張りにずっといる訳で、それは吼えたくもなるよなぁ……」
 今なら、テオドアにも犬の気持ちがわからないでもない。
(実はあの頃、あの門の前一人で通れなかったんだよなー)
 ハルトは遠い目で幼き頃に思いをはせる。
(恥ずか死ぬからぜってー言わねーけど!)
 などと、1人こっそり頰を染めるハルト。
 向かいの犬は、それほどまでに怖い相手だったけれど。
 でも。
 ハルトは、門を挟んだ向こう側で不安げな顔でこちらを見ている小さなテオドアを思い出す。
(あんな顔されたら、テオ君だけ死ぬ気で頑張ってこっち走って来いとか言えねーじゃん?)
 だから、自分も死ぬ気で頑張ったのだ。
「あーあ、俺ってば昔っからほんとテオ君に甘いよなー」
「ん、何か言った?」
「いーや、なんでも。あ、ジュースでも飲む?」
 なんて誤魔化しながら、ハルトは2人分の飲み物を用意するのであった。



依頼結果:大成功
MVP
名前:テオドア・バークリー
呼び名:テオ君、テオ
  名前:ハルト
呼び名:ハルト、ハル

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 木口アキノ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 07月21日
出発日 07月27日 00:00
予定納品日 08月06日

参加者

会議室


PAGE TOP