ヘキレキ(木口アキノ マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 その日の朝は、確かに晴れていたのだ。
 シーツを干したら気持ち良いだろうな、と思うくらいに。
 実際には、今日は精霊との約束があるからそんな時間はなかったのだけれど。
 しかし、生温い風が少し強くなってきたかな、と思うとやがて空は暗くなり、ぽつりぽつりと水滴を滴らす。
 ぽつりぽつりがざあざあに変わるのに、時間はかからなかった。
 シーツなんて干さなくて本当に良かった。

「雨が強くなってきたわね」
 百貨店のエレベーターを待ちながら、窓から外を眺め神人は顔を曇らせる。
 傘を買ってから帰らなくっちゃ。
「雨足が弱まるまで喫茶店にでも入っていようか」
 精霊の言葉に、そうね、と答えたところで。
 ずがーん!と、空気を轟かせる音。
 神人はぴくっと肩を震わせる。
「び、吃驚した。今の……雷?」
 目を丸くする神人の顔を、精霊は面白そうに見遣る。
「なに、怖いの?」
 揶揄う口調に神人はむっと彼を睨む。
「怖くなんかありません。小さい子じゃないんだから。驚いただけよ」
 つんと神人が顎を逸らす。丁度その時エレベーターの扉が開いた。
 2人は乗り込むと、他の利用客がいないのを確かめて、扉の開閉ボタンを押した。
 扉を閉じたエレベーターは、緩やかに上昇を始める。
 と。
 ふっと明かりが消え、上昇していたエレベーターがガタリと音を立て止まる。
「きゃ!?」
 短く叫んだ神人。
「停電だ」
 静かにそう言うと、精霊はそっと、神人の手を包み込んだ。
「大丈夫だから」
 宥めるように言われ、神人は咄嗟に言い返す。
「だから、別に怖くなんか……」
 でも、最後まで言えなかった。
 手を繋がれてしまったら、その手が微かに震えているのが伝わっているはずだから。
 口を噤んだ神人に、精霊はくすっと笑って、もう一度。
「大丈夫」
 神人は素直に頭を彼の胸に預ける。
 明かりが戻るまで、彼の鼓動を聞きながら。

解説

精霊と2人でいるときに、雷が鳴ってその後に停電しました、というエピソードです。
個別描写になります。
屋内であれば、場所はどこでも構いません。
雷が鳴った時、それから停電した時の2人の行動をプランに記載願います。
レストランで食事中に停電してしまったけれど、キャンドルの灯りでむしろロマンチックなひとときを過ごせた。ですとか。
ゲームセンターで、あともう少しでクリア!な時に停電してしまった。憂さ晴らしにやけ食いに繰り出した。なんていうシチュエーションも良いかと思います。
もちろん、彼の家で雷と停電を機に急接近!というのも大歓迎です。
諸費用で一律300ジェール消費いたします。

ゲームマスターより

雷は嫌いではないのですが、停電は嫌いです。
だって不便なんですもの……。
皆様はいかがですか?

リザルトノベル

◆アクション・プラン

ニーナ・ルアルディ(グレン・カーヴェル)

  今日はお出かけついでに外でのお夕飯でした!
おいしかったし、素敵なお店だったんですけど…
この雨じゃとても帰れそうにないですねぇ…

ひぇっ!!!
お、驚いて変な声出ただけですしっ!だだだ大丈夫ですしっ!
…あ、あの、お店に入るまででいいので手繋いでていいですか…

お店開いててよかったですねぇ。
確かにさっきご飯食べたばっかりですけどデザートは別腹なんですっ!
美味しいですよ、グレンも少し食べてみます?

うひゃあっ!!!あああ灯りが…っ!
…もうっ、暗くて顔は見えませんけど絶対に笑ってますよねグレン!

暗いのが不安で無意識にグレンの方に手を伸ばしてたみたいです。
今、ここに来る時みたいに笑ってくれてるんでしょうか。


かのん(天藍)
  自宅にて夕食後
食卓拭きながら少し前から続く稲光と音に首を竦める
さっきより近付いてきてますよね
怖いというか、急に雷の大きな音が響くのが苦手です

急に真っ暗になって硬直
かのん、手近な所に灯りになる物何かないか?と、天藍から声をかけられてスマホの光頼りに心当たり探す
アロマキャンドル灯して天藍の所に

停電は苦手です
…1人の時は真っ暗で、私だけ取り残されたような感じが何だか心細くて
暗いのも稲光も雷鳴も見えないように聞こえないようにって、頭から布団被ってました
…そのまま眠ってしまう事が多かったですけど
天藍は平気ですか?

布団よりって…思わず笑いが零れる
天藍に寄りかかり、繋いだ手に少し力を込めて
今は…怖くないです


桜倉 歌菜(月成 羽純)
  羽純くんのカクテルバーにお弁当を届けて帰ろうとしたら、突然の雨
羽純くんのお言葉に甘えて、止むまで待たせて貰う事に
えへへ、羽純くんと一緒に居られる時間が増えて嬉しいな
なんて思ってしまった私への天罰でしょうか
雷、そして停電!
真っ暗になり慌てた私はグラスを落としてしまい
動くなと言われて
そ、そうだよね…でも何も見えなくて、羽純くんの気配のする方に行きたい
暗闇は怖い…遠い昔、オーガに村を襲われた時の事を思い出すから
息を詰めてぎゅっと自分の手を握ったら、不意に温もりが
羽純くん…
動くなって言ったのに…
彼の背中に腕を回したら、もう微塵も怖くなくて
有難う…
私って本当にゲンキン
もう少し停電が続くといいのにって思う


瀬谷 瑞希(フェルン・ミュラー)
  図書館で調べ物をしていたのです。
オーガ関連事件の新聞新聞記事を色々と調べている時に停電。
なんて間が悪い。
新聞記事の検索は無理ですね。
さりとて、外に出るのも、土砂降りなので、嫌ですし。
停電が直るまで、本棚の本でも読んで過ごしましょうか。
ちょうどこの辺り、地域伝承や神話伝承の棚のようですし。
言い伝えの話って結構面白いものなんですよ。
遠く離れた所でも似た話があるでしょ。
根源的な原初の記憶に因るものなのか、あるいは遥か昔から文化的な交流が怒っていたとか。
物語の伝播はどのように、と考えると色々と面白いですよ。

耳元でフェルンさんに話しかけられて、内心ドキドキしちゃいました。
こんなに近く、ってあまり無くて。


マーベリィ・ハートベル(ユリシアン・クロスタッド)
  雰囲気のいいおしゃれなレストランに緊張気味
これからの2人についての話をしているけど
綺麗なお料理の数々を粗相の無い様に頂くのが精いっぱい

そこへ雷と停電
 きゃっ
スイッチオンされたのは
 プラネタリウム!?
プラネタリウムの間接照明が優しくて落ち着いた

見惚れていたら彼の静かな声
ユリアン様…
 私夢を見ているようで
相談と言われ恐る恐る
 私の存在はご迷惑になりませんか?
 相手が私ではきっとあなたの名誉に…

 え?
そっと手を取られ彼が近くに
リードに身を任せダンス

運命のウィンクルム…
迷いのない声が心強くて顔を上げたら目が合った
彼の近さに今更どきどき
また雷
きゃあ!としがみつく
優しく抱きしめキスをくれる
不安が少し軽くなってゆく



 瀬谷 瑞希とフェルン・ミュラーが図書館にいるのはそう珍しいことではない。
 ウィンクルムとしての責務に実直な瑞希は、余暇の時間もオーガ関連の情報収集に努めているのだ。
 フェルンはそんな瑞希に付き合っているのである。
 今日は、図書館にある端末機器を使い、オーガ関連事件の新聞記事を色々と調べるために来たのだ。
 図書館に着いたのは間違いなく昼間だったのだが、調べ物をしているうちにみるみる空が暗くなり、激しい雨が降ってきた。
 しかし、屋内にいる限り雨が降っても支障はない。
 瑞希は天候に構わず何十年も昔の記事から今日の朝刊に至るまで、オーガ関連事件を調べては分析していく。
 遠くで雷が鳴り始めたのにも気付かないようだ。
「フェルンさんは、この事件どう思いますか?」
「そうだねぇ……」
 などと会話を交わしていると。
 これまでになく大きな音で雷が鳴る。
 流石に瑞希が目を丸くしていると、矢庭に端末機器のモニターが真っ暗になった。
 初めは故障かと思ったが、辺りを見回して、すぐに停電だと気付いた。
 図書館内は薄暮時のような暗さ。
「なんて間が悪い」
 瑞希はがっくりと肩を落とす。
「新聞記事の検索は無理ですね」
 さりとて。
 瑞希は窓の外を見遣る。
 こんな土砂降りでは、外に出る気にもなれない。
「図書館での停電なんて初めてだ」
 滅多にないことだから、と、フェルンはなんだか楽しそうである。
 停電で出来なくなったことを嘆くよりも、彼のように、この状況を楽しいものと捉える方が建設的かもしれない。
「停電が直るまで、本棚の本でも読んで過ごしましょうか」
 瑞希も気持ちを切り替え、端末機器ブースの席を立つ。
「ちょうどこの辺り、地域伝承や神話伝承の棚のようですし」
 瑞希は本棚から何冊かを手に取ると、窓辺に並んだベンチに腰を掛ける。
 フェルンもその隣に腰を下ろした。
「外は凄い雨だし、窓の近くでも結構暗いものなんだね」
 フェルンは窓の外を見て言う。
「でも、本が読めないほどではないですよ」
 瑞希が古めかしい絵が描かれた本の表紙を開く。
「ミズキは本当に読書が好きだねぇ」
 と、フェルンは目を細めた。
 こんな時にでも本を読んで気分転換をするところが、彼女らしくて微笑ましいし、それに、なんだか可愛いらしい。
 だから、ついつい、悪戯心が頭をもたげてしまう。
「どんな本を見てるの?」
 ぐっと瑞希に身を寄せて、耳元で囁く。
(だって、図書館では静かにしないとね)
 瑞希はびっくりしたような表情で顔あげるが、すぐに平静さを取り戻す。
 フェルンは胸の内でくすくす笑う。
「地域伝承集です」
 瑞希は一見、落ち着いて答える。
「ミズキは案外伝承や神話も好きなんだね」
 フェルンは微笑みながら、瑞希の耳元に語りかける。フェルンの声は、瑞希の耳を擽る。
 フェルンにはわかる。
 瑞希が平静を装っていても、内心ドキドキしていることが。
 それを懸命に、外に出すまいとしているところがまた愛しくて。
「普段は歴史系や科学系の本を持ってることが多いよね」
 何度も話しかけてしまいたくなる。
「けっこう広い範囲を読んでるね」
 瑞希の息づかいを感じるほどすぐ側で、耳元で囁くなんて、こんな状況を利用しないとなかなか難しいから。停電に感謝、である。
 瑞希は擽ったい耳元を隠すように髪を弄りながら話し始める。
「言い伝えの話って結構面白いものなんですよ。遠く離れた所でも似た話があるでしょ。根源的な原初の記憶に因るものなのか、あるいは遥か昔から文化的な交流が起こっていたとか。物語の伝播はどのように、と考えると色々と面白いですよ」
 フェルンは瑞希の説明をにこにこしながら聞いていた。
 いつもよりも近い距離にいるから。瑞希の言葉も、すごく近くで聞くことができる。
 この停電は、フェルンにとっては幸運だった。
 だが、瑞希にとってはどうだったのだろう。
 雷でも停電でもビクともしなかった瑞希だが、フェルンの囁きには、弱かったようだ。


「はい、羽純くん、お弁当だよ」
 開店前のカクテルバー。桜倉 歌菜は月成 羽純のためにお弁当を届けに来た。
「今日のメニューはね……」
 なんて話から、軽い世間話を少し。羽純は慣れた手つきでグラスを拭きつつ歌菜と会話する。
 すると、突然。
 どざーーーー、と、屋根を打つ激しい雨音。
「え、うそ」
 歌菜は窓の外を見る。あっという間に窓も雨で万遍なく濡れる。
「どうしよう、傘持ってきてないよ」
 歌菜は眉尻を下げ、羽純を振り返ると、
「すぐに返しにくるから、傘、貸りてもいい?」
 と訊いた。
「それは構わないが、少し待てば止むかもしれないな」
「そうかも」
「ゆっくりしていけ」
 羽純に笑顔を向けられ、歌菜も、
「では、お言葉に甘えて」
 とにっこりする。
 羽純に勧められた椅子に腰掛けると、えへへ、と笑う。
(羽純くんと一緒に居られる時間が増えて嬉しいな)
 実は羽純の本音も、「少しでも長く歌菜と一緒にいたい」なのだが、そこは顔には出さない。
 歌菜のために手早くノンアルコールカクテルを作ると、彼女の前に差し出した。
「ありがとう」
 歌菜はグラスに口を付けると、「美味しい」と顔を綻ばせる。
 羽純も頰を緩め、2人の間に和やかな時間が……
ゴロゴロゴロ、どがーーん!
 ……訪れなかった。
 店内は突然真っ暗になり、歌菜はグラスを取り落す。グラスの割れる音が広がった。
「た、大変!」
(雨のおかげで羽純くんと一緒にいられる、なんて思った天罰!?)
 もちろん天罰なんてことはないのだが、雷に停電、さらにはグラスまで割れてしまい、歌菜は半ばパニック状態である。
 歌菜が動き出しそうな気配を感じ、羽純は短く、
「動くな!」
 と言う。
 歌菜はぴたりと止まり息を飲む。
「破片を踏んだら危ない」
「そ、そうだよね」
 歌菜は努めて明るく言った。だがその声は震えている。
 この状況で動いたら危険なことくらい、頭ではわかっている。
 けれど、何も見えない暗闇の中、心細くて羽純の温もりを求めてしまう。羽純の元へ、行きたい。
(暗闇は怖い……)
 遠い昔、オーガに村を襲われた時の事を思い出すから。
 この闇が、あの時のあの場所に繋がっているような錯覚に囚われる。雨音に混じってオーガの咆哮が聞こえるような気がする。
 歌菜は、息を詰めてぎゅっと自分の手を握る。こうして、停電が収まるまで耐えるつもりであった。
 が、不意に、温もりが歌菜の体を包み込んだ。
「羽純くん……」
 歌菜は掠れる声で温もりの主の名を呼ぶ。
「動くなって言ったのに……」
 下手をしたら、羽純が破片で怪我をしてしまうかもしれないのに。
「俺は平気だ。暗闇にも目が慣れてきた」
 羽純は、歌菜の震えている気配を感じ、居ても立っても居られなくなり手探りでカウンターを出てきたのだ。
「もう、大丈夫だから」
 優しく声をかけられ、歌菜はそっと、羽純の背中に腕を回す。
 温かい……。そうだ、ここはオーガに襲われたあの場所じゃない。誰よりも安心できる人がいる場所なのだから。
 もう、微塵も怖くない。
「有難う……」
 歌菜の震えは徐々に治っていった。
 羽純は安堵の息をついた。
 腕の中の歌菜も、すっかり安心している様子であった。
 自分を信頼し何もかもを預けてくれる、歌菜の温もりが愛おしかった。
 もう少し、こうして居たい……。
 それは歌菜にしても同じ気持ちで。
 もう少し停電が続くといいのに、なんて思っている。
(私って本当にゲンキン)
 と、歌菜は心の中で苦笑した。
 しかし、なんの前触れもなく明かりが戻る。
 羽純は名残惜しいながらも歌菜から身を離した。
 そうして、歌菜の顔を見てみれば、彼女も残念そうな表情をしていて、羽純は思わずふっと笑う。
 歌菜の表情から、2人とも同じ気持ちだったことが容易に想像できたから。
 歌菜も、羽純の笑みで、自分の気持ちが彼に知られてしまったことを悟り、頰を染め照れ隠しに視線を逸らした。
 雨音はいつの間にか弱まっている。きっともう少しで、雨も上がるはず。


 晴れてユリシアン・クロスタッドの恋人となったマーベリィ・ハートベルであるが、まだまだ「恋人同士」という関係には慣れていなかった。
 今日にしたって、ユリシアンが予約してくれてフレンチレストランの個室にディナーデートに来ているのだけれど、マーベリィは雰囲気のいいおしゃれなレストランにずっと緊張気味である。
「今は2人共プライベートな時間だ。リラックスして?」
 とユリシアンが微笑みながら言ってくれるが、それすらも耳に入っているかどうか。
 なにやらユリシアンが2人のこれからについての話をしているようだが、マーベリィは綺麗な料理の数々を粗相の無い様に頂くのが精いっぱいで、ユリシアンの話にはただ「はい」と答えるのみ。
 そんなマーベリィの様子に、話は届いているのかな、と、ユリシアンは苦笑した。

 特大の雷鳴が轟き、続いて明かりが消えたのはそろそろデザートが届きそうな頃であった。
 もともと緊張していたマーベリィは、雷と停電に「きゃっ」と悲鳴をあげたきり、すっかり硬直してしまった。
「近かったな。停電か。大丈夫かいマリィ」
 ユリシアンの言葉に、なんとか「はい」と返す。
 個室の出入り口に足音が近付いてきた。
 おそらく従業員だろう。
 ユリシアンは席を立ち、非常灯の光を頼りに出入り口まで向かう。
 二言三言会話を交わし、ユリシアンは何かを手にして戻ってきた。
「すぐ復旧するそうだよ。それまでこれをお楽しみくださいって」
 ユリシアンはそう言うと、台座に置かれた水晶玉のような「何か」をテーブルの上に置く。
 ぱちん、とスイッチを押す音と共に、個室いっぱいに星空のような優しい明かりが広がった。
「プラネタリウム!?」
 マーベリィは壁と天井を見回す。
 マーベリィの顔に笑みが浮かぶ。
 ユリシアンがレストランの従業員から受け取ったのは、星空のような明かりの間接照明だったのだ。
 間接照明に照らし出されたマーベリィの笑顔に、ユリシアンもほっとする。
 柔らかな色合いの星空に見惚れているマーベリィに、ユリシアンは静かに声をかけた。
「マリィ、ぼくは急がないよ」
「ユリアン様……」
 マーベリィは視線を星空からユリシアンの顔に移した。
「私夢を見ているようで」
 主従関係から恋人へ。そんなに簡単に順応できるものではない。
「きみの困惑はわかるからゆっくり心の整理をしてくれていい。気になる事は何でも相談して?」
 ユリシアンに微笑みながらそう言われ、マーベリィは恐る恐る口を開いた。
「私の存在はご迷惑になりませんか?相手が私ではきっとあなたの名誉に……」
 言いながら、マーベリィの視線はどんどんと下がっていき、声も小さくなっていく。
 ユリシアンはふっとため息のように笑うと、マーベリィの視線の先に手を差し出した。
「星空ダンスはどう?」
「え?」
 予想外の申し出に、マーベリィはぴょんと顔をあげる。ユリシアンがこちらを見て優しく笑っていた。
 ユリシアンはそっとマーベリィの手を取ると、マーベリィの隣に立つ。
 マーベリィも促されて立ち上がる。
 マーベリィはユリシアンのリードに身を任せ、星空のような明かりの中、うつむき躊躇いながらも踊り始める。
「心配はいらないよ。何を言われてもぼくらには切り札がある」
 ユリシアンは耳元に囁くように語りかける。
「『運命で結ばれたウィンクルム』。これがあれば何でも切り抜けられるよ」
「運命のウィンクルム……」
 ユリシアンの迷いのない言葉に、マーベリィは顔をあげる。
 至近距離で、目が合った。
「!!」
 今更ながらドキドキして、マーベリィは慌てて視線を逸らす。
 が、またも盛大に雷が鳴り、マーベリィは思わず「きゃあ!」と叫びユリシアンの胸にしがみつき、ユリシアンはそれを優しく抱きとめた。
 大丈夫、というように、ユリシアンはマーベリィの髪にキスを落とす。
「ぼくがいるよ」
 マーベリィは、不安が和らいでいくのを感じていた。


 いつもよりちょっとだけおめかしして。
 お揃いの香水をつけて。
 今日は2人でお出掛けの日。
 ついでに、以前から気になっていた雰囲気の良いレストランで夕食を済ませて。
 おいしくて、素敵なお店でニーナ・ルアルディは大満足だったのだけれど。
「この雨じゃとても帰れそうにないですねぇ……」
 帰り道に雨に降られ、道すがらにあった店の
軒先で雨宿り。
 空を見上げてニーナはため息をついた。
 この天候は予想していなかったため、ニーナもグレン・カーヴェルも雨具の用意はしていなかった。
 グレンは少しだけ身を乗り出して、周辺の店をぐるりと見遣る。
「店も殆ど閉まってるみたいだし、これは雨脚が弱まるまで待つしかないな」
 と、言い終わらないうちに、遠くの空がカッと光った。
「ひぇっ!!!」
 ニーナの悲鳴と雷鳴が同時に発される。
 グレンが目を瞠りこちらを見たので、ニーナは慌てて顔の前で両手を振った。
「お、驚いて変な声出ただけですしっ!だだだ大丈夫ですしっ!」
 ニーナの上擦った声に、グレンは眉根を寄せる。
「どう見ても大丈夫じゃねーぞ馬鹿」
「そそ、そんなことは!」
 尚も強がろうとするニーナに、グレンはふぅと息をつく。
「雷は苦手なんだろ?」
 ニーナは目を丸くした。
「どうしてそれを」
「……どうしても何も……お前、前に自分から雷は苦手だとか言ってたじゃねーか」
 そうだったかしら、とニーナが考えているうちに、グレンは決断を下す。
「戻るぞ、確か途中に喫茶店があったはずだ」
 グレンは、ここに来るまでの間に、路地の奥まった場所に喫茶店があったのを覚えていた。
 喫茶店なら、少し遅くまで開いているだろう。
 ニーナは、はい、と頷く。そして。
「……あ、あの、お店に入るまででいいので手繋いでていいですか……」
 おずおずと、彼女の指をグレンの大きな手にかける。
 グレンはふっと笑うと、ニーナの手をしっかりと握り返した。
 その笑顔がとても優しくて、ニーナは雷に怯えていた心が解れていくのを感じた。

 間接照明の柔らかな光。ゆったり流れる蓄音機からの音楽。木目の美しいテーブル。そしてその上に置かれたベリーたっぷりのパフェ。
「お店開いててよかったですねぇ」
 ニーナは目尻を下げ幸せそうに笑う。
「暫くの間はここの店で過ごせそうだな」
 グレンはエスプレッソのカップを傾け窓の外を見遣る。
「予想通り、結構奥の店だから雷の音もあまり気にならないな」
 確かに。雷はまだ鳴り続けているけれど、店内ではさほど気にならない。
 グレンはそこまで考えてこの店を選んでくれたのだ。そう思うと、ニーナの胸が温かくなった。
 グレンは優しいし、パフェは美味しいし、本当に幸せ。
 ニーナはぱくりとパフェを頬張る。
「まだそんなに食べられるんだな」
 呆れ顔のグレンにニーナは力説。
「確かにさっきご飯食べたばっかりですけどデザートは別腹なんですっ!」
 そして、
「美味しいですよ、グレンも少し食べてみます?」
 と、グレンにスプーンを差し出そうとしたその時。
 急に、手元が見えなくなった。
 手元だけじゃない、どこもかしこも、真っ暗。
「うひゃあっ!!!あああ灯りが……っ!」
 声とともに、ジタバタ動く音がする。
「停電か……元々あまり明るい店じゃなかったが。全部の灯りが落ちると流石に暗いな」
 そう言うグレンの声は少し震えていた。
「……もうっ、暗くて顔は見えませんけど絶対に笑ってますよねグレン!」
 グレンは答えず、こっそり肩を震わせ笑う。
 ハッキリと見えるわけではないが、ニーナの慌てた様子も、拗ねてる様子も何となく想像がつくからだ。
 何気なくグレンはテーブルの中央に手を伸ばす。
 すると、柔らかくて温かな何かに触れた。
 ニーナの手だとすぐにわかる。きっと、暗いのが不安で無意識にグレンの方に手を伸ばしていたのだろう。
 グレンはそのまま、その手を握る。
 雷鳴の中、この店まで来た時のように。
 ニーナは、グレンの優しい笑顔を思い出した。
(今、ここに来る時みたいに笑ってくれてるんでしょうか)
 きっと、そうに違いない。
「ほら、店員がランプ持ってくるみたいだからもう少しだけ待ってろ」
 低く優しい声がニーナを包む。
 ニーナの唇も、知らずのうちに弧を描いていた。


 気温が高いうえに雨まで降ってきてなんだか蒸し暑い、そんな本日の夕食は冷製トマトスープのパスタであっさりと済ませた。
 遠くからゴロゴロと石臼を曳くような雷鳴が近づく中、かのんが下げた食器を天藍が洗ってくれている。
 かのんが食卓を拭き始めると、一瞬の眩しい光が室内を過ぎり、それを追いかけるように轟音が聞こえてきた。
 かのんは思わす首を竦める。
「さっきより近付いてきてますよね」
「怖いか?」
 不安そうな表情を見せるかのんを天藍が気遣った。
「怖いというか、急に雷の大きな音が響くのが苦手です」
 眉を下げて苦笑し、かのんは再び食卓を拭き始める。
「早く止むといいな」
 そうですね、とかのんが言いかけた時。
 ふっ……、と、部屋の灯りが消えた。
「っ!?」
 かのんはびくりと硬直する。
 灯りだけではない。冷蔵庫や他の家電の稼動音も聞こえない。
「停電か」
 天藍の声が聞こえ、かのんは少し落ち着きを取り戻した。
「かのん、手近な所に灯りになる物何かないか?」
「少し待ってくださいね」
 かのんは食卓のそばに置いていたスマホのボタンを押し、その弱い光で辺りを照らしながら灯りを探す。
 天藍も探したかったが、なにぶん今は両手が泡だらけである。これをなんとかしないことには、あちこち濡らしてしまいそうで迂闊に動けない。
 目が慣れてくるのを待ちながら、まずは目視でタオルを探す。
 少しずつ、家具の輪郭が識別できるようになった頃、甘い香りが流れてきて、天藍は顔をあげた。
 キャンドルの柔らかい光に照らされたかのんが首を傾げている。
「アロマキャンドルなんですが、これでも良いでしょうか」
「もちろんだ。ありがとう」
 香りと光に心が和らぐのを感じながら、天藍は手を拭き、片手でキャンドルを受け取るともう片方の手でかのんの手を取り、足元に気を付けながら居間のソファまで移動する。
 その間にも稲妻は光り雷鳴が轟き、その度にかのんはぴくりと身を竦ませる。
 天藍はかのんを座らせると自分もその隣に座り、キャンドルをテーブルに置くと、かのんの背を優しく撫でた。
「停電は苦手です」
 安心したのか、かのんが口を開く。
「……1人の時は真っ暗で、私だけ取り残されたような感じが何だか心細くて」
「……」
 天藍はかのんの生い立ちを思い出した。
 早くに両親を亡くし、それから1人で頑張ってきたかのん。
 その頑張りの裏で、ずっと不安を抱えそれと戦ってきたに違いない。
 かのんの体が一層細く見えて、天藍は瞳を眇めた。
「暗いのも稲光も雷鳴も見えないように聞こえないようにって、頭から布団被ってました……そのまま眠ってしまう事が多かったですけど」
 かのんは何でもないことのように笑って見せる。
「天藍は平気ですか?」
「ん、俺か?」
 水を向けられ、天藍は瞬きする。
「外で雷が落ちそうな所だと身の危険の意味で怖いのはあるが、家の中だと余り気にはならないかな」
 冷静な天藍に、かのんは賞賛の眼差しを送る。
 天藍は、少年のような顔で笑う。
「子供の頃、家の中でわくわくしながら稲妻見てた感覚がそのまま残っているかもしれない」
 窓に額をくっ付けて、稲光が見えるのを今か今かと待っている子供時代の天藍がかのんの目に浮かぶ。
 雷に怯えていたかのんと、心躍らせていた天藍。
 随分と違う子供時代だったけれども。
 でも、今はこうして一緒にいる。
 天藍は、するりとかのんの体に腕を回し、彼女の体を抱き寄せると反対の手でかのんの手を握りしめた。
 天藍の胸に、かのんの体がすっぽりと収まる。
「……布団よりはマシな気休めになれると良いんだけどな」
 冗談とも本気ともつかぬ口調で天藍は囁く。
「布団よりって……」
 かのんの唇から思わず笑いが零れる。
 かのんは天藍に身を預けると、繋いだ手に少し力を込めて両目を細める。
 揺れる炎が2人を照らす。
「今は……怖くないです」
 囁くように告げるかのんの言葉に、天藍は安心したように微笑んだ。



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 木口アキノ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ビギナー
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 07月05日
出発日 07月11日 00:00
予定納品日 07月21日

参加者

会議室


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