雨が降る日に(巴めろ マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

●とあるウィンクルムと雨の朝
「雨、止まないなあ」
 窓越しに空を見上げて、彼が、ぽつりと呟く。
 作りたての朝ごはんをテーブルに並べる手を止めて、彼女は彼の方を見遣った。
 くすり、その唇から小さな笑い声が零れ落ちる。
 彼女の方を振り返った彼が、ちょっぴり不満げな顔をした。
「笑わなくってもいいだろ」
「だって、さっきの台詞もう何回聞いたかわからないんですもん。それに――」
「それに?」
「なんだか、子供みたいだなあ、って」
「楽しみにしてたんだよ、今日2人で出掛けるの。それこそ、子供みたいに」
 唇を尖らせる彼へと、彼女は、今度は柔らかく笑み掛けた。
「ね、ほら、朝ごはん食べましょう? それから、お出掛けの準備」
「でも、雨が……」
「雨だから楽しめるお出掛けも、きっとありますよ。食事しながら一緒に考えましょう」
 歌うようにそう言って、彼女は彼に、席に着くよう促した。
 湯気の立つ珈琲と甘くてふかふかの卵焼きが挟まったサンドウィッチを前にして、
「ではこれより、第一回雨の日会議を開催します! 議題は……」
「あ、そうだ! なあ、あそこに行くのは――」
「もう! まだ口上が途中ですよ!」

 ――さて、あなた達の雨の日は、どんなふうでしょうか?

解説

●概要
ウィンクルムのお二人が雨の日に過ごす時間を描くエピソードとなっております。
その日は朝から雨が降っていて、その雨は終日降り続けます。
そのことだけ念頭に置いていただいて、あとはご自由にお時間を過ごしていただければと。
但し、今回の舞台は首都タブロス及びその周辺が舞台となりますことご了承くださいませ。
また、公序良俗に反するプランは描写いたしかねますのでどうかご注意を。
本エピソードは、自由度が高くなっております。
『(タブロスorタブロス周辺の)どこで』『何をする』のかを、必ずプランにご記入くださいませ。
また、特にご希望がございましたら、時間帯も添えていただければと思います。

●消費ジェールについて
その日の食事代等として300ジェール消費させていただきます。

ゲームマスターより

お世話になっております、巴めろです。
このページを開いてくださり、ありがとうございます!

雨の日ならではのお出掛けも、一歩も家から出ずに過ごすのも。
雨の日を謳歌するのも、うっとおしく思うのも、何だかしみじみとしてしまうのも。
どうかお心のままに雨の日を過ごしていただけますと幸いでございます。
今年もやってくる雨の時期に、心に残るひと時を過ごすお手伝いができますよう。
皆さまに楽しんでいただけるよう力を尽くしますので、ご縁がありましたらよろしくお願いいたします!

また、余談ですがGMページにちょっとした近況を載せております。
こちらもよろしくお願いいたします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

リチェルカーレ(シリウス)

  タブロス市内の薔薇園で 雨の日の散策
たまには 雨の日のお出かけもいいわよね
水に花の色が滲んでとても綺麗
…だけどシリウス 本当に良かった?
お家でゆっくりの方が良かったんじゃない?
返ってきた言葉にぱっと笑顔

花に軽く触れながら 色と香りを楽しむ
バラは花も綺麗だけれど 香りもとても好き
豪華で上品でお姫様みたいな気持ちになるの
サシェを買って帰って 部屋に飾ろうかしら…

途中で 彼はこの後誰もいない家に帰るのだと気づく
最低限の物しかない 雨音しか聞こえない部屋にひとり
それがすごく悲しいことに思えて
ね シリウス
今日はこの後わたしの家にこない?
ーそんなことに慣れなくていい
ね 一緒にきて?
雨の日は …こんな日は大好きな人と一緒にいたい


ひろの(ルシエロ=ザガン)
  へ。(瞬きし、少し考えて小さく頷く
「猫カフェ……」初めて行くかも。

猫カフェ:
雨で外が暗いから、いつもより気分が暗い気がしたけど。
「猫。……にゃんこ」(猫を見て気分が上向く

猫はかわいい。私も、もう少し可愛ければよかったのに。
そしたら、何でルシェが私を好きなのかとか。気にしなくて済むのに。
「君、おやつ食べる?」(店内で買った猫用おやつを、猫に見せる
あ、獲られた。(猫に

(ふとルシェの方をチラ見して、目を逸らす
ずるい、なあ。
ルシェも、だけど。私も。
聞かれないから、答えてない。いつまでも返事伸ばしてちゃ、たぶんダメなのに。
ずるいなあ。なんで、あんなにきれいで、かっこいいんだろ。
(猫の背を撫でて、少し俯く


シルキア・スー(クラウス)
  AROAで用事済ませた午後
この後どうしよっか
この先の公園 今紫陽花が咲いてる頃よね
散策する事になり
向かう途中車が水をはねバシャア きゃー
あなたがいて良かった 
別の車にバシャア
頭から被った
なにこれ…

服屋へ向かう途中
ね 今何か聞こえなかった?
行った先は増水した川
子犬が流されている
上着を脱ぎ飛び込み救助へ
子犬を抱え途中の木の枝に掴まった

はあはあ 子犬は?
飼い主がお礼に来て無事を知り 良かった
クラウス…助けてくれてありがと
えへへ へ…へっくしょん

カフェに置かれた雑誌見て
あー 今日の私の運勢『家で過ごすが吉』だって
あなたの為にも今日は大人しくここで過ごすね ふふ

紫陽花! 綺麗ね
窓越し雨中の紫陽花鑑賞
今日の出来事を語り合った


桜倉 歌菜(月成 羽純)
  今日はデート

羽純くんと行きたかった美味しいクレープの屋台も、この雨だとお休みだろうな…しょんぼり

よし、こんな時はおうちデートですよ!
今日はおじいちゃんとおばあちゃんも留守だし
冷蔵庫を確認…うん、材料もある

家に迎えに来てくれた羽純くんを招き入れて
結構雨激しいね
体冷やしちゃ駄目だし、シャワー浴びて?
濡れた服は乾燥機に

羽純くんがシャワーを浴びてる間に、クレープの生地を作って
生クリームにフルーツ、野菜、ツナなどの具も用意

羽純くんと一緒にクレープを焼いて、好みの具をくるくる巻いて
頂きましょう
二人で作るクレープは何より美味しい♪
二人で並んで料理するのって、新婚さんみたいで…嬉しいな

今日は一日、こうしてたい


藍李(レイモンド)
  朝10時くらいまで寝てた神人は「雨かー雨の日ってなんかダルイよなー。今日は1日ゴロゴロしてよっか」と読みかけの本に手を伸ばす。
精霊にたしなめられ外出を提案されると「えー」と難色を示すが、行きたいカフェがあった事を思い出したのでそこに寄る事を条件に承諾。支度を始める。
「カフェが先だからな!ブランチ食べてから図書館だからな!」


●貴方に愛の傘を
「たまには、雨の日のお出かけもいいわよね」
 水に花の色が滲んでとても綺麗だと、小鳥が囀るように声を紡ぐはリチェルカーレ。場所は、タブロス市内の薔薇園。雨の中の散策だというのに、リチェルカーレの表情は微塵も曇ることを知らない。その踊るような足取りに、シリウスの翡翠の眼差しは自然と彼女へと引き付けられた。
(――晴れの日も、雨の日も)
 リチェルカーレの笑顔は、変わらない。雨粒が輝くようなその笑みは、シリウスの心を優しくあたためるものだった。寄り添うようなその温もりに、知らず、口元も目元も仄かに和らぐ。と、リチェルカーレの足が、ふと止まった。青と碧の双眸が、シリウスの心の機微を窺うように、幾らも背の高い、大切な人の顔を見上げる。
「……だけどシリウス、本当に良かった? お家でゆっくりの方が良かったんじゃない?」
 リチェルカーレの声も、眼差しも。シリウスのことを労わるが故の、不安げな色を湛えていて。だからシリウスは、緩やかに、けれど確かに首を横に振ってみせた。
「……俺も出かけることは苦にならない。お前がいいならそれでいい」
 心のままに音を零せば、リチェルカーレのかんばせにぱっと咲く、鮮やかな笑みの花。
「良かった。じゃあ、行きましょう? ほら、あそこに咲いてるバラも、とても綺麗」
 銀青色の髪を揺らす少女は、まるで花園の妖精のようで。その姿に寸の間見惚れて、それでもシリウスは、すぐに彼女の後を追った。妖精を見失っては事である。
「バラはね、花も綺麗だけれど、香りもとても好き」
 花びらにそっと触れながら色を目に楽しみ、その甘い香をふわりと吸い込んで、リチェルカーレはそう歌った。
「豪華で上品で、お姫様みたいな気持ちになるの」
「へえ……」
 傍らの人の相槌に、リチェルカーレの双眸が益々柔らかく細められる。シリウスの方も、僅かに口角を上げていた。「お姫様みたいな気持ち」という発言が、可愛らしくて、愛しくて。
「サシェを買って帰って、部屋に飾ろうかしら……」
 そこまで言ったところで――リチェルカーレは、ふと思い当たった。
(わたしは、家族がいる家に帰るけど……)
 シリウスは、この後、誰もいない家に帰るのだ。最低限の物しかない、雨音しか聞こえない部屋にひとりきり。想像するだけで、悲しみが、つきんと胸を刺した。
「――ね、シリウス」
 名前を呼ぶ。シリウスの顔が、リチェルカーレの方へと向けられる。
「今日は、この後わたしの家にこない?」
「……いきなり押しかけたら迷惑だろう」
 唐突な誘いに瞬きを一つ、シリウスは少し難しい顔になってそう応じた。けれどリチェルカーレは、どこまでも真剣な目をしてシリウスを見つめるのだ。その瞳に映る色に、シリウスははたと気付く。どうやらリチェルカーレは、別れた後ひとりになる自分を案じているらしい、と。ふっと、苦笑が零れた。
「……気にすることはない。ひとりでいるのは慣れている」
 卑屈になったわけではない。本心からの言葉に、けれどリチェルカーレは、存外に瞳の色を濃いものにした。芯の強さを感じさせる眼差しが、シリウスを逃れようもなく捉える。
「――そんなことに慣れなくていい。ね、一緒にきて?」
 紡がれた言葉も、眼差しと同じく、あたたかくも強い。真っ直ぐに伸ばされた華奢な手に、シリウスは、ほんの少しの躊躇いの後、そっと自身の手のひらを重ねた。
(……本当にひとりには慣れているはず、なんだが……)
 小さくてあたたかな手は、何故だか、シリウスの心に沁み入るような安堵を運ぶ。シリウスの手をきゅっと握って、リチェルカーレは、くすぐったいように微笑んだ。
「雨の日は……こんな日は、大好きな人と一緒にいたい」
 鈴を転がすように紡がれた言葉に、シリウスはまたも双眸を瞬かせる羽目に。胸に積もる愛おしさと面映ゆさに、
「――何か、土産を買っていかないと」
 シリウスの口を突いたのは、そんな具合の台詞だった。

●おうちデートの楽しみ方
「羽純くんと行きたかった美味しいクレープの屋台も、この雨だとお休みだろうな……」
 窓の外の世界を見遣って、桜倉 歌菜はしょんぼりとため息を零した。今日は月成 羽純とデートの約束をしていて、歌菜はそれをとても楽しみにしていたのに、雨は止むどころか弱まる気配すらない。羽純の迎えの時間だけが、刻一刻と迫っていた。
「ええっと、こういう時は……」
 歌菜の頭の中は、フル回転だ。だって折角の大切な人と過ごすひと時、素敵な時間にしなくちゃ勿体ない!
「――よし、こんな日はおうちデートですよ!」
 今日は、歌菜の祖父母は家を留守にしている。歌菜は、手際良く冷蔵庫の中身を確認した。
(……うん、材料もある)
 頷いて、じきに家へやってきた羽純を笑顔で迎え入れる歌菜。羽純が、思わずといった調子で瞳を瞬かせた。
「羽純くん? どうしたの?」
「ああいや、何でもない」
 実際は「何でもない」ということもなく、羽純は幾らか驚いているのだった。家の中に入るように促されたことにも、歌菜が、少しも落ち込んだ様子を見せなかったことにも。
(生憎の雨だ。何処に行こうか考えながらここまで来たが、思いつかなかったしな)
 だから、クレープを楽しみにしていた歌菜はさぞがっかりしているのでは、なんて心配していた羽純である。そんな羽純にふかふかのタオルを差し出しながら、扉の外を見遣って歌菜が言う。
「結構雨激しいね」
「ああ、少し濡れた」
「体冷やしちゃ駄目だし、シャワー浴びて? あっ、濡れた服は乾燥機に」
「わかった。有難う、歌菜」
 素直に嬉しい勧めだった。シャワーを浴びて、綺麗に乾いた服を着直し、羽純は歌菜の元へ。そこで待っていたのは、エプロン姿の歌菜。
「あ、おかえり、羽純くん♪」
「……ただいま」
 返す言葉が幾らか無愛想な感じになったのは、不意打ちのエプロン姿に少しばかりドキッとしてしまったことの裏返しだ。雨の日の彼女の家に二人きり、という状況も中々に効いている。
「羽純くん、ほら、これ!」
 羽純のそんな男心など露知らず、満面の笑みで歌菜はテーブルの上を指し示した。そこに広がる物を見て、羽純の目が瞠られる。
「これは……クレープ?」
 羽純がシャワーを浴びている間に準備されていたのは、手作りのクレープ生地。生クリームやフルーツ、野菜にツナ等の具も豊富に用意されている。
「そうか、今日行けないから……」
「うん、だから羽純くんと一緒にと思ったんだけど……どう、かな?」
 羽純のかんばせを覗き込めば――その頬は仄かに緩んでいて、歌菜の顔にも笑みが咲いた。歌菜から借りたエプロンを羽純も身に纏ったら、早速クレープ作りの始まりだ。焼き立ての生地に好みの具をくるくると巻けば、お手製クレープの出来上がり。
「わ、美味しい♪ 私、こんな美味しいクレープ初めて!」
「本当に美味い……きっと、歌菜と二人で作ったからだろうな」
 互いの言葉通り、二人で作ったクレープは何よりのご馳走だった。歌菜の瞳はきらきらと輝き、羽純も、その味に驚いたように幾らか目を丸くしながら、もぐもぐとクレープを頬張る。また、
「飲み物は俺に任せてくれ」
 と羽純が淹れた珈琲の美味しさも、格別だった。
(二人で並んで料理するのって、新婚さんみたいで……嬉しいな)
 羽純の整った横顔を見遣って、歌菜はそんなことを思う。クレープから歌菜へと眼差しを移した羽純が、ふっと微笑した。
「考えている事を当ててみようか?」
「えっ?」
「新婚みたいだって思ってるだろ?」
 欠けるところのない大当たり。面映ゆさに頬を朱に染める歌菜の姿に、羽純は目元をそっと和らげた。

 クレープを食べ終えた後、二人はソファに並んで座って、雨の音に耳を澄ませた。羽純が、歌菜の肩をそっと抱き寄せる。
「……今日は一日、こうしてたい」
 自分の肩へと身を寄せた歌菜の呟きに、羽純は頷いた。
「そうだな。今日はこうして二人で過ごそう」
 甘くて静かで心地良い時間が緩やかに流れていく、そんな、二人の雨の日。

●彼女を外出させる為の方法
「あー、よく寝たー」
 うんと伸びをしながら、藍李が寝室からやっと顔を出したのが午前10時頃。透き通った灰色の眼差しでそんな藍李の姿を捉え、伸びの次は「ふわああ」と欠伸なんてしている彼女の様子に仄か眉根を寄せながらも、レイモンドは「おはようございます」と先ずは挨拶の言葉を投げた。そして。
「尤も、もう『おはよう』という時間でもありませんが」
 と、藍李が返事をする間もなしにチクリと付け足す。しかし藍李は、腹を立てて言い返すでも殊勝に謝るでもなしに、
「うわ、雨かー。雨の日ってなんかダルイよなー」
 なんて、窓の外を見遣って言い放った。レイモンドのお小言は完全にスルーだ。眉間の皺を深くして、レイモンドは眼鏡をくいと上げた。最初こそ、レイモンドのことを「堅苦しい」「口うるさい」とわかりやすく煙たがっていた藍李だが、最近は、レイモンドの苦言を綺麗に聞き流すということを覚えてしまったのである。
(全く……)
 胸中に、ため息を零すレイモンド。一方の藍李はというと、殆ど起き出したままの格好で、読み掛けのまま放置していた本へと手を伸ばしていた。
「よし、今日は1日ゴロゴロしてよっか。雨だしな」
 そんなことを言う藍李の目前から、彼女の目当ての本をすっと奪い取るレイモンド。レイモンドに対するスルースキルに長けた藍李も、これには流石に反応せざるを得なかった。気の強さを充分以上に覗かせる真紅の双眸が、レイモンドをキッと見上げる。
「返せよ、私の本」
「本を読むのなら図書館に付き合ってください。まだゴロゴロし足りないなんてこともないでしょう?」
「相変わらず嫌味だな……しょうがないだろ、この雨じゃ外出も億劫だし」
「俺はちょうど、手持ちの本を読み切って新しい本が借りたいところなのですが」
「……まさか本当に、こんな雨の中外に出ろって?」
「ええ、そのまさかです」
 言い切れば、「えー」と漏らした藍李の顔に、思いっ切り苦い色が乗った。
(やれやれ。難色を示す、というのはまさにこのことですね)
 レイモンドがそんなことを思った、その時。
「――そうだ!」
 藍李の声音が、不意に、ぱっと弾けた。
「なあ、図書館、付き合ってやろうか?」
「……一体、どういう心境の変化です?」
 怪訝な顔で問うレイモンドに向かって、藍李は口の端を悪戯っぽく上げてみせる。
「行きたいカフェがあったのを思い出した。そこに寄ってくれるなら、外に出てもいい」
 挑戦的な眼差しを受けて、レイモンドは今度は胸の内ではなく、唇を揺らして細く、けれど確かなため息を零した。
「構いませんよ。図書館に行けるなら、カフェでもどこでもご一緒しましょう」
「やった!」
 先ほどまで鈍く光っていた真紅の瞳は、今や、格別の宝石のようにきらきらと煌めいている。藍李はすぐさま、それまでのだらだらっぷりが嘘のように手早く、出掛ける為の支度を始めた。
「レイモンド! カフェが先だからな! ブランチ食べてから図書館だからな!」
「わかりました。ですが、あまりお腹いっぱい食べると図書館で眠たくなりますので気をつけてください」
 テキパキと外出の準備に当たる藍李の背中へと、常のやり取りのせいかどうにも小言めいてしまう注意事項を投げるが、返事はない。スルースキル発動だ。レイモンドの至極真っ当な意見は、こうやって大抵がなかったことにされるのだから世は無常である。
(まあ……藍李が自堕落な一日を過ごすのを阻止しただけで、今は良しとしましょう)
 藍李がカフェでブランチを食べすぎないようにというのは、自分がその場で気をつけてやればいい。そんなふうに己の心を納得させるレイモンドである。
「よし! 目指せブランチだ!」
 あっという間に準備を終えた藍李が、雨音を吹き飛ばさんばかりの勢いで声を上げた。

●本日、家で過ごすが吉
「この後どうしよっか……そうだ、この先の公園、今紫陽花が咲いてる頃よね」
 とある午後のこと。A.R.O.A.での用事を無事に済ませて、雨空の下ながら、シルキア・スーは晴れた表情で傍らのクラウスの顔を仰ぎ見た。クラウスの切れ長の目が、そっと細められる。
「雨中の紫陽花か。味わい深いな」
「じゃあ、この後の予定は公園の散策ね」
 クラウスの快諾を受けて、悪戯っぽく笑うシルキア。そんなシルキアの姿に微笑み一つ、クラウスは道路側に立つ形になっていた彼女を、建物が立ち並ぶ側へと促そうとする。しかし、その時。
「っ、シルキア!」
 車のタイヤが、水溜りの水を勢いよく跳ねさせた。
「きゃー! ……って、あれ……?」
 バシャア、と水音がしたはずなのに、どこも冷たくはない。そして、シルキアは気づいた。クラウスが、素早く傘を操って自分を守ってくれたのだということに。
「クラウス、ありがと。あなたがいて……」
 良かった、と言い終える前に、バシャア、とまた水が跳ねる音。車が、もう一台通り過ぎたのだ。
「なん……だと!?」
 シルキアは今や、頭から足元までずぶ濡れになっていた。跳ねた水を、まともに被ったのだ。傘をシルキアの為に使ったクラウスとも、比べようのない濡れっぷりである。
「なにこれ……」
「すまない、シルキア……俺の油断だ。着替えを買いに行くのがいいかと思う」
 ハンカチを差し出すクラウスだが、それで事足りるわけもなく。無念に眉を下げてのクラウスの提案に、シルキアは明るい金の髪から雫を垂らしながら頷いた。そして。
「――ね、今何か聞こえなかった?」
 服屋へと向かう途中。シルキアの言を受けて、雨音響く中、耳を澄ませるクラウス。
「人の叫び声……向こうだ!」
 ハッとした声でクラウスが言い、声の方へと2人で急ぐ。増水した川を、子犬が流されている――それを見留めた瞬間に、シルキアは素早く上着を脱ぎ捨てるや、荒れ狂う川へととび込んだ。クラウスが止める間もない、一瞬の出来事だった。
「馬鹿な!? シルキアー!!」
 雨音さえかき消して、叫ぶ。そんなクラウスの目の前で、シルキアは何とか子犬を抱えると、川へと突き出した木の枝へと掴まった。すぐさま、シルキアの元へと駆け寄るクラウス。
「クラウス、この子を!」
 子犬の温もりが、シルキアからクラウスへと手渡される。その瞬間、シルキアの手がふっと枝から離れた。成す術もなく流されていく、シルキアの身体。
「――っ!」
 子犬をすぐ近くで泣き叫んでいた飼い主へと預けて、クラウスは躊躇いなしにシルキアを追った。そのままシルキアの身体を抱えて、底の浅い場所まで泳ぎ着く。ごほごほとむせ返りながらも、シルキアはクラウスの腕の中、彼のかんばせを真っ直ぐに見た。
「シルキア!」
「はあ、はあ……子犬は?」
 応じるように、すぐ近くで子犬の鳴き声。涙に声を詰まらせながら、飼い主が頭を下げる。
「無事、なのね……良かった……」
「早く、その子犬を病院へ」
 クラウスの言葉に、飼い主はもう一度深く頭を下げて去っていった。クラウスの腕の中で、シルキアが薄く笑む。
「クラウス……助けてくれてありがと」
「責めるべきか……いや、お前が無事でよかった」
「えへへ、へ……へっくしょん」
 ずぶ濡れのシルキアをしっかりと腕に抱いて、同じくずぶ濡れのクラウスは近くのスパへ急いだ。

「あー、今日の私の運勢『家で過ごすが吉』だって」
 コインランドリーに預けた衣服が乾くのを待つ間のこと。施設内に併設されたカフェにて、すっかり身体をあたためたシルキアは、雑誌に目を通しながら苦笑した。
「あなたの為にも今日は大人しくここで過ごすね。ふふ」
 そんなシルキアの様子に、彼女と同じ風呂上がりの館内着姿のクラウスは、ほっと口元を綻ばせる。
(冒険の後は、癒しが必要だな……)
 まったりとそんなことを思いながら、窓の外を見遣るクラウス。
「雨はまだ止まぬな。だが――窓の外を見てみろ、吉だ」
「わ、紫陽花! 綺麗ね」
 窓越しに雨に濡れる紫陽花を眺めながら、2人はその日の出来事を語り合った。

●上手な猫の可愛がり方
「雨だからと家に篭るのも芸が無いな。ヒロノ、猫カフェでも行くか」
 オマエ、猫も好きだろう? とタンジャリンオレンジの双眸を柔らかく細められて、誘われたひろのの方は「へ」と漏らして焦げ茶の瞳を瞬かせた。暫し思案した後で小さくこくりと頷けば、ルシエロ=ザガンの口元が美しく弧を描く。
「猫カフェ……」
 口の中で、繰り返すひろの。初めて行くかもと、ひろのはその場所へと思いを馳せた。

 雨のせいで外はどんよりと薄暗く、それはそのまま、ひろのの気分をも常よりも翳らせるに足るものだったけれど、
「猫。……にゃんこ」
 猫カフェの気ままで愛らしい猫達の姿は、ひろのの心を確かに上向きにした。ひろのの様子に、彼女の感情の機微を確かに察して、
(事前に調べておいた甲斐があった)
 と、ルシエロは口元をふっと綻ばせる。そうして、ウィンクルムという枷を失った、あの夢の世界でのことを想った。それから、それ以降のひろののことも。
(気に病ませたい訳じゃない。気が紛れると良いが)
 茶トラ猫にそろりと手を伸ばすひろのの様子を、密やかに見遣る。ひろのもまた、猫と戯れながらも、思考の渦の中にいた。
(猫はかわいい。私も、もう少し可愛ければよかったのに)
 そうだったならば、何故ルシエロが自分を好きなのかなんて、気にしなくて済む。ひろのから見たルシエロは、いつもきらきらしていて。そんなルシエロに求められるだけの価値を、ひろのは自分自身に見出せずにいるのだ。
「君、おやつ食べる?」
 店で買い求めた猫用のおやつを、寄ってきた灰色猫の前に差し出すひろの。灰色猫は、ひろのの手から、ひょいとおやつを獲って行ってしまった。
「あ、獲られた」
 そんなひろのと猫のやり取りを、猫と戯れる様も愛らしい、なんて思いながらルシエロは眺める。愛らしい、それは本心だが、
(やはりヒロノを猫に取られたようで、多少面白くはないな)
 なんて同時に思ってしまうのも、仕方がないこと。ひろのは相変わらずの調子で、今度は真っ白のふわふわ猫と遊んでいる。
(人より、動物といる方が落ち着くんだろうと思ってはいたが)
 そんなことを考えていたら、ルシエロの膝にも、チョコレート色の猫が「よいしょ」とばかりに乗り上げてきた。少し笑んで、されるがままになってやるルシエロ。その時、ひろのの眼差しがふと、ルシエロへとちらりと向けられた。ルシエロがそれを見逃すはずもなく、瞬間、視線と視線が絡み合う。ルシエロのかんばせに花や宝石をも見惚れさせるような笑みが乗ったのに、ひろのは慌てて目を逸らした。
(――ずるい、なあ)
 思って、ひろのは眼差しを伏せる。
(ルシェも、だけど。私も)
 返事を求められないから、彼の言葉に答えていない。いつまでも返事を延ばしていてはたぶん駄目なのだろうと、そのことをわかっているのに。
(ずるいなあ。なんで、あんなにきれいで、かっこいいんだろ)
 小さな小さな息が、唇を揺らす。真っ白猫の背を撫でて、ひろのは少し俯いた。その様子を、ルシエロはそっと見つめている。
(――ヒロノが離れようとしても、空いた距離は詰めれば良い)
 逃げれば追えばいいのだ。けれど、例え捕まえても、両腕で囲うに留めるだろう。
(花開く前も後も、散らす気も壊す気も無い)
 胸を満たす、狂おしいまでの想い。それを、いつ解らせてやろうとは思いこそする。けれど、今は。
「ヒロノ」
 名前を、呼ぶ。ひろのの視線が、躊躇いがちに、ゆるゆるとルシエロへと向けられた。
「……ルシェ、何?」
「どうだ、猫カフェは」
 膝の上の猫を撫でながら、問う。ひろのは、自分に寄り添う真っ白猫に柔らかく触れながら、
「うん。……猫は、かわいい」
 なんて、短く答えた。本当に、可愛いと思うのだ。ついつい、自分と引き比べてしまうくらいには。「かわいい」と言いながらも表情を曇らせるひろのの様子に、ルシエロは整ったかんばせを柔らかな苦笑で彩った。



依頼結果:成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 巴めろ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ビギナー
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 06月01日
出発日 06月07日 00:00
予定納品日 06月17日

参加者

会議室


PAGE TOP