豪雨。濡れた体でふたりきり(瀬田一稀 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

 ぽつり。
 最初の一滴が落ちてから、豪雨になるまでは、あっという間だった。

「あーあ、びしょびしょ」
 タブロス市内、某所の公園内。
 たくさんの薔薇が咲き、香る場所。
 その一角に建てられたガゼボのベンチに座り、あなたはほうっと息を吐いた。
「今日は雨が降るなんて予報、なかったのにね」
 スカートのすそをしぼりつつ、隣に座るパートナーを見る。
「ああ、そうだな……」
 彼は呟き、額にかかる髪をかきあげた。

 その仕草。
 そして、シャツが張り付いた腕に。
 あなたの胸が、どきりと鳴る。

(だってだって、いつも前髪上げてるし、細く見えるから、そんな筋肉ついてるなんて思えなかったし!)
 固まってじっと見つめていると、彼もまた、あなたにまっすぐ視線を向け――。
(これ、やばいだろう!)
 すぐに逸らした。
 そうするしかなかったのだ。
 彼女が着ている真っ白なシャツが、ぺったりと体にくっついて、下着が透けて見えていたのだから。

 それでもやっぱり気になって、ちらりと見れば、うなじに一筋、おくれ毛が。
 風が吹き抜け、濡れた体から体温を奪う。
 細い肩が、ぶるりと震えた。

(くそ、俺の精神力を試しているのか)
(……雨、やみそうにないな……。どうしたらいいの……)

 お互いはすぐ、隣にいるのに。
 どちらも、簡単に手を伸ばすことはできなくて。

 薔薇の庭園。
 突然の豪雨。
 濡れた体で、ふたりきり。

 さあ、どうしますか。

解説

まずは、ここに来るまでの交通費として、300jrいただきます。ご了承ください。

ガゼボとは、西洋風のあずまやのことです。
支柱が屋根を支えている下に、ベンチが置かれている場所と考えてもらえればよろしいかと。
壁はありません。
上のイラストの建物のなかに、ベンチがある感じですね。

キーワードは、
・薔薇の庭園
・突然の豪雨
・濡れた体で、ふたりきり

髪をかき上げる仕草云々とか、下着が見えるとかは上の子たちの場合ですので、あまりお気になさらず。
キーワードを使って、自由にプランを練ってください。


ゲームマスターより

このページをご覧くださり、ありがとうございます。
瀬田です。
定番ネタを持ち出してみました。
……え? 薔薇と雨とふたりきりって王道ですよね?
コメディでもシリアスでもロマンスでも、ご自由にどうぞ。
お待ちしています。

なお、こちらは基本的には、ウィンクルムごとの描写となります。
ウィンクルム同士で一緒の描写を希望される場合には、各ウィンクルムのプランにその旨を記載してください。
片方のウィンクルムだけが記載していても、了承いたしかねます。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

リチェルカーレ(シリウス)

  屋根の下に入ってほっと一息
にわか雨かしら 早く止むといいね
何気なく見やって
鬱陶しそうに前髪を書き上げる彼の いつもと違う様子にどきり
…あ、やっぱり綺麗な顔してる
頬が熱くなるのは きっとそのせい
ポーチを開けてハンカチを確認
こっちはあんまり濡れていないみたい…
顔とか髪だけでもと 彼の頬にハンカチを当て
ー?
すごい勢いで体を離されて目を丸く
どうしたの
目を逸らされ告げられた言葉に自分を見直して悲鳴
渡されたジャケットに顔を埋めて半泣き
…シリウス記憶力いいもの…
が、がっかりしたでしょ
わたしお子様体形だから 胸とかないし
…なんで笑うの!真剣なんだから!
濡れた服越しに伝わる体温に ますます赤く
見えないけど 余計恥ずかしい


ニーナ・ルアルディ(グレン・カーヴェル)
  こんな日に限って大雨だなんて酷いです…
今日は雨なんて予報全然出てなかったから
家にある衣類、ありったけ洗濯して干してきちゃいました…

確かにお出かけはこれじゃ無理そうですけど、周りの綺麗な薔薇を
こうやって一緒に楽しめるのでこれはこれでいいかなぁって。
あそこに咲いてる薔薇とか小さくて可愛いですよねっ

あ、そういえばハンカチが鞄に…
よかった…あまり濡れなかったみたいです、
これなら使えそうですね。
このままだと冷えちゃいますし、せめてグレンだけでも…
私は大丈夫ですっ
グレンが道中なるべく雨に当たらない場所を走らせてくれましたしっ
えーっと…じゃあびしょ濡れでくっつけない代わりに
手を繋いでいてもいいですか?


かのん(天藍)
  庭園の中からガゼボに向かう途中で天藍の上着を頭から被せられた

私より天藍の方がずぶ濡れじゃないですか、とりあえず座ってください
天藍の髪から顔に伝う雫をハンカチでふく
上着のおかげで、私は天藍程濡れていませんから

…早くやむと良いですね
空の様子を見ていたら、ガゼボのすぐ脇に珍しい品種の薔薇が有ることに気付いた
外に出るつもりじゃなくて、そこの薔薇をガゼボの中から見たかったんです
改めて見てみれば確かに少し離れてる
勢い余って出るだろうと言われてしまうと反論できない
天藍が寒いなら大人しく湯たんぽ代わりになりますけど、別に周りが見えなくなってるわけじゃないんですよ
素直に認めるのもちょっと悔しくて少し拗ねた返事


水田 茉莉花(八月一日 智)
  あたしの持ってたカメラは死守しました!
そっちの仕事用スマホはどうですか?

…Tシャツ脱いじゃったの?それ絞ってるけどあのその…意外と背中大きい

ちょ、ほづみさん濡れたシャツ振り回さないで下さい!
こっちに飛沫飛ぶじゃないですかっ!
まあ、長い髪は重くなりますし…
!ほづみさん、大型犬みたくブルブルやろうとするの禁止ですからね!

シャツで身体拭いてる
意外と腰細いんだ
同居してても気を使って服着てくれてたから、気付かなかった

あたしも絞った服引っ掛けて
カメラ用のタオルあったわよね?
あ、薔薇きれい…ここからでも結構見えるんだ

えっ、ほづみさん近いよ!これじゃキス…

…っぷしゅん!
ああもう、笑わないで下さいほづみさん!


マーベリィ・ハートベル(ユリシアン・クロスタッド)
  薔薇庭園散策
デートでございますか!? 私は休暇のお供をさせて頂いているものと(あわわ赤面

紅茶素材目線で観察
自分も香り確かめレシピ案言おうとしたら顔が近い!
俯きスススと下りご説明
最近分ってきた彼は確信犯だって だって楽しそうに笑ってる
(もう、困った方(頬抑え

薔薇アーチ
感嘆 少し戸惑い手を取る
エスコートされ夢見気分でいたら 痛っ
髪が薔薇に絡まった 申し訳ありません 雨まで(おろおろ

ガゼボ
急いで鞄を開き(曇り眼鏡外し)ハンカチを取り出し
彼へ差出したら見つめられているような…
拭われ そんな!私の事より…
濡れた彼は信じられない位美しい顔で ゆっくり近づいてくる
触れる感触に頭が真っ白

(私は…

流れ込む熱い感情だけ今は感じる


●欲しいのは、ぬくもりではなく ~かのんと天藍
「雨が……」
 振り仰いだかのんの顔に、ざあと雫が降りかかる。
「とりあえず、あそこへ行こう」
 天藍が視線で示したのは、少し先にある、石造りのガゼボだった。
 とにかく屋根のあるところなら、どこでもいい。
 はい、と返事をすると同時、頭にばさりと布を被せられる。
「天藍、これ……」
「いいから、早く」
 言いかけたかのんの手を引いて、天藍は、ガゼボまでを足早に進んでいく。

 その小さな屋根の下に入るなり、かのんは自身を覆っていた布を手に取った。
(やっぱり、天藍の上着だったんですね……)
 そこにすぐさま、彼の声。
「大丈夫か、かのん」
 見れば天藍は、全身にぐっしょり雨を吸い込んでいた。
 髪は額に、服は肌に張り付いていて、どこからも、水滴がぽたぽたと滴っている。
「私より天藍の方がずぶ濡れじゃないですか、とりあえず座ってください」
 かのんは天藍の腕を引いてベンチに座らせると、バックの中からハンカチを取り出した。
 天藍の髪から伝う滴を拭いていく。
「俺は後でいいから」
「上着のおかげで、私は天藍程濡れていませんから」
 しかし、と天藍は、ベンチに座った自分を見やった。
 いくらかのんが気遣ってくれたところで、ぐしょ濡れの体からは、次々に雨の名残がこぼれ落ちているのだ。
(……いい加減、きりがない)
「ありがとう、もう十分だ」
 言って、暗く低い空を見上げる。
 予報に雨となかったし、粒も大きい。
「通り雨だろうからそんなに長降りはしないだろうけどな」
「早くやむと良いですね」
 天藍に並び、かのんもまたガゼボの外を見やる。
 ――と。
 石造りの柱のすぐ脇に、珍しい薔薇が見えた。
「あれは……」
 それはかつて、本で見たことがあるだけの薔薇だった。
「いつか見たいと思っていたけれど、まさかタブロスで咲いているなんて……」
 放心したように呟き、かのんは一歩、薔薇へ寄る。
 その腰に絡みつくは、天藍の腕。
「こら、わざわざ濡れに行かなくても良いだろう」
 天藍はそのままかのんを抱き寄せ、自らの腕の中に閉じ込めた。
「外に出るつもりじゃなくて、そこの薔薇をガゼボの中から見たかったんです」
「かのんに濡れる気がなくてもあの位置なら間違いなく濡れる」
 そう言われると、かのんには反論できなかった。
「ほんと植物の事になると周り見えなくなるよな」
 かのんは黙ったまま、天藍の濡れている髪をかき上げる。
 びしょ濡れの天藍に抱きしめられれば、かのんは確実に、今より濡れる。
 でも、あえてそれを言うことはしなかった。
 だってこの腕の中が心地良いということは、もう知っているのだから。
 天藍が、かのんを抱く腕に、ゆっくりと力を込めていく。
「とりあえず動かないでいると肌寒いから、かのんで暖まらせてくれ」
 上着に守られ乾いたままの袖に、じんわりと水が染みこんでくる。
 冷たい。でもそれが、全然嫌ではない。
 かのんは、天藍の背中に腕を回した。
「天藍が寒いなら大人しく湯たんぽ代わりになりますけど……本当に、周りが見えなくなってるわけじゃないんですよ」
 互いの熱を分け合いながら、でも素直に認めるのが悔しくて、唇を尖らせる。
 その顔を、天藍はじっと見下ろした。
(……なんとなく。一緒に暮らし始めてから今までよりかのんの表情が変わるようになった気がする)
 むくれたり、拗ねたり、涙を浮かべる位、笑ってみたり。
(前よりも今の方が心を許してもらえているのなら嬉しい)
 かのんは、天藍の胸に身を寄せたまま、ガゼボの外、濡れた薔薇を見ている。
 その頬に、天藍はゆっくりと唇を寄せていった。
 かのんが目を上げ、驚いたような顔をする。
 でも、制止の声はないだろう。
 雨降る薔薇の庭園に、人影はない。見ているのは薔薇だけなのだから。

●『赤』が視界に広がった ~水田 茉莉花と八月一日 智
「まりか、そっちの機材は大丈夫か?」
「カメラは死守しました! そっちのスマホはどうですか?」
「んあ、服の中に入れたし防水タイプだから平気……」
 八月一日 智は服の下からスマホを取り出し、ガゼボのベンチの上に置いた。
 自身は濡れた服を脱ぎつつ、カメラを持っている水田 茉莉花を横目で見て……。
 息を止める。
 彼女が抱え込むようにして守ったカメラも、今は乾いたベンチの上。
 いや、それはいい。問題は、その前に立ち、濡れた長い髪をぎゅっと絞っている茉莉花なのだ。
 髪を片側に寄せているから、いつもは見えないうなじが丸見え。
 しかもそこにはぺったり張り付いた、おくれ毛がある。
 濃い青色の髪と、日焼けしていない肌のコントラストは、これがなかなか。
(なんか、エロい……)

「ほづみさん?」
 不意に、茉莉花が振り返る。
 彼女はTシャツを脱いでいる智を見て、いっさいの動きを止めた。
 あれだけ濡れたのだから、脱ぐのはわかる。それはいい。
 問題は、ここから見える彼の背中が……。
(意外と大きいんだ……)
 こんなこと、感じたことがなかったのに。
 鼓動が高く跳ねた直後、二人の視線がかち合った。
 茶と青の目が、瞬き一度。
 途端、智が絞っていたシャツを、右手で高く上げて振り回しはじめる。
「人力脱水機~♪」
「ちょ、ほづみさん振り回さないで下さい! こっちに飛沫飛ぶじゃないですかっ!」
「そっちは髪の毛長いから厄介だねぇ?」
 智はにい、とからかうような笑みを見せた。
「まあ、長い髪は重くなりますし……」
 言いながら、茉莉花はまた、握ったままの髪を絞ろうとし……はたと気付く。
「ほづみさん、大型犬みたくブルブルやろうとするの禁止ですからね!」
 咄嗟に言えば、智はシャツを回すのをやめて、ぎょっと目を見開いた。
「グェ、次におれがやろうとすることバレテーラ」
「わかりますよ、それは」
「そっか~わかるか~」
 智は大げさに頷きつつ、濡れたままのシャツで、自身の身体を拭き始める。

 初夏とはいえ、濡れれば体温は逃げていく。
 風邪をひかないためにはこうするのが一番だ。
 茉莉花もそれは、わかっている。でも、どうしたって意識してしまう。
(意外と腰細いんだ……。同居してても気を使って服着てくれてたから、気付かなかった)

 一方智も、体を拭きながら、わずか2メートルほど先にいる茉莉花が気になって仕方がない。
 今は体温維持は必須事項。よって、濡れた服を脱ぐのは正しい。
 だから見てはいけないと思うのだけれど、欲望というのはどうしたって消せはしないもので。
(マズイマズイ! 胸の谷間に水滴落ちてくの禁止! 何か想像しちまう!)
(ぐあー! 上着脱ぐのか! 下はタンクトップ? ってゆーのかあの紐のヤツ! エロ……)
 茉莉花は、絞った服を肩にかけ、ごそごそと荷物をあさり始める。
「たしか、カメラ用のタオルあったわよね?」
(ソウダヨソウソウ上にタオル引っ掛けようね……谷間隠れただけだけど)

 そこで、智は目を瞬いた。
「ん?」
 茉莉花の横に、きれいな薔薇が咲いている。
(地味に良いアングルだな、ここから薔薇のアップ狙ってみるか)
 体の水滴を拭った茉莉花も。
(あ、きれい……ここからでも結構見えるんだ)

 見染めたのは、一輪の同じ薔薇。
 互いに無意識のまま、両側から寄り添って。
 届かぬ額。
 近づく鼻先。
 気付けばそこに、唇が。

「あっ……」
「えっ……?」
(ヤベ、アングルに気をとられて近すぎた、キスしそ……)
(ほづみさん近いよ!これじゃキス……)

 ともに息止め、見つめる数秒。
 ――と。
「……っぷしゅん!」
「ブアッ! 唾飛んだ!」
 顔面で、茉莉花のくしゃみをキャッチして、智はははは、と笑い始める。
 茉莉花は鼻に手の甲を当て、大きな声を出した。
「ああもう、笑わないで下さいほづみさん!」

●秘密がばれたのは雨のせい ~リチェルカーレとシリウス
 ガゼボの小さな屋根の下で、リチェルカーレはほっと息をついた。
「にわか雨かしら。早く止むといいね」
 濡れた体のままに、何気なく傍らのシリウスを見やる。
 彼は脱いだジャケットを絞り、びしゃびしゃと零れる水に、ため息をついていた。
「これは、止まないなら、傘を買いに行った方がいいかもしれない」
 屋根の外を見て言いながら、うっとおしそうに前髪をかき上げる。
 いつもは見えない額。その白い肌も、濡れてよけいに黒く見える髪も、緑の瞳も。
 すべてが、この暗い空の下ですら。
(……やっぱり綺麗な顔してる)
 意識した途端、リチェルカーレは、頬が熱くなる気がした。
 たった一度、彼が髪を上げただけ、それなのに。
(このまま見ていたら胸が弾けてしまいそう)
 それも困るが、なにより濡れた彼をどうにかしてあげたくて、ポーチを開けて、ハンカチを見る。
「こっちはあんまり濡れていないみたい……」
 こんな小さなものでは、とてもすべて拭うことはできないが、ないよりはましだろう。
 リチェルカーレは、ハンカチをそっとシリウスの頬に当てた。
 驚いたシリウスが、はっとリチェルカーレを見下ろす。
「…いや お前の方こそ…」
 言いかけ、彼は思わず目を見開いた。
「……えっ?」
 自分を凝視したと思ったら、はじかれたように身を離したシリウスに、リチェルカーレは目を丸くした。
「どうしたの?」
 小首をかしげるリチェルカーレに、シリウスは、先ほど絞ったジャケットを押し付ける。
「――無いよりマシだから、着ておけ」
「え、でもこれは……」
「……服が濡れて、体の線が」
 目を逸らしたまま告げられた言葉に、リチェルカーレは自身を見下ろし――。
「きゃあああっ!」
 思わず、シリウスのジャケットをぎゅっと抱きしめる。
 顔がいっきに熱くなり、目頭がじんと痺れるよう。
 シリウスはそんな彼女から、すっと目を逸らした。
 いつもはふわりとした髪に覆われている白いうなじも。
 服がぺったりと張り付いた身体の細さも、しっかり認識してしまった。
 ただ、それは言うべきではないことくらい、わかる。
「……泣くな」
 シリウスは、気のきいた台詞も思いつかずに、真っ赤になっている彼女に告げた。
「嫌なら、忘れるから」
 布の向こうから、くぐもった声が聞こえる。
「……シリウス記憶力いいもの……」
「大丈夫だ、お前が嫌がるなら俺は――」
 しっかり、忘れるから。
 再度繰り返そうとした言葉を遮り、リチェルカーレは震える唇を動かした。
「が、がっかりしたでしょ。わたしお子様体形だから、胸とかないし」

 その言葉に、シリウスはわずかに口を開いたまま、ぽかんとリチェルカーレを見つめた。
(……そんなことを気にしていたのか)
 彼女の潤んだ瞳は、真剣だ。
 自分にとっては問題にもならない些細なこと。
 でも、それを気にするリチェルカーレが、とても愛しく見えて。
 気付けば、シリウスは小さく吹きだしていた。
 途端、リチェルカーレが、ジャケットからぱっと顔を上げる。
「……なんで笑うの! 真剣なんだから!」
「……悪い」
 言いながらも、シリウスは肩を震わせ続けている。
 リチェルカーレはジャケットをぎゅっと握り締め、全身を震わせた。
(そんなに笑わなくたって……わたしにとっては、大事な問題なのに)
 瞳からは、今にも大粒の涙がこぼれそう。
 その様子を見、シリウスは正面から、彼女をそっと抱きしめる。
「……悪かった。これなら見えないから、いいだろう?」
 濡れた服越しに、シリウスの体温が伝わってくる。
 確かに見えないけれど、余計恥ずかしく感じるのは気のせいだろうか。
「……リチェ?」
「……大丈夫、だから」
 急に黙りこくったからだろう。心配そうに名前を呼ばれ、リチェルカーレはただただ、シリウスの腕の中でうつむいた。

●晴れても、お手を ~ニーナ・ルアルディとグレン・カーヴェル
「こんな日に限って大雨だなんて酷いです……」
 ニーナ・ルアルディは、次々と落ちてくる雨粒を、恨めし気に見上げていた。
(そこまでショックだったのか……)
 傍らで、グレン・カーヴェルはすっと目を細める。
 確かにこの薔薇の庭園に来るならば、晴れの日の方がいい。
 でも、天気だけはどうすることもできないのだ。
「今回は運悪く降られちまったが、またそのうち……」
 言いかけたところで、ニーナがはっとため息をついた。
「今日は雨なんて予報全然出てなかったから、家にある衣類、ありったけ洗濯して干してきちゃいました……」
「いやそっちかよ!」
 グレンは大きな声を出した。
 雨が降ってそこまで落ち込むほどに、今日という日を楽しみにしてくれていたのか、なんて思っていたのに、たった一言で台無しだ。
 ……でも。
「まあお前らしいっちゃらしいが」
 グレンの言葉に、ニーナはきょとんと彼を見る。
「グレンはこの雨、嫌ですか?」
「あー……まあ晴れたほうが良いよな、出掛けるのは」
 ニーナは神妙に頷いた。でもその唇には、微笑が浮かぶ。
「確かにお出かけはこれじゃ無理そうですけど、周りの綺麗な薔薇をこうやって一緒に楽しめるので、これはこれでいいかなぁって」
 そう言ってニーナは、ガゼボの近く、ピンク色の一輪を指さした。
「ほら、あそこに咲いてる薔薇とか小さくて可愛いですよねっ!」
「ああ、そうだな」
 示されたままに視線を移し、グレンは微笑む。
(何だかんだでニーナもこの状況を楽しんでるようだし、まあいいか)
 たとえこのガゼボから出られないとしても、洗濯物がびしょ濡れだったとしても――ってそれはちょっと困るが、やはり。
(こういう時にこいつの切り替えの早さは助かる。いつまでも落ち込まれてたら気も滅入るしな)

 あの花この花と、ニーナはしばらく指を指していたが、ふと視線を下げて、持っていた鞄を開いた。
「よかった……ハンカチはあまり濡れなかったみたいです。これなら使えそうですね」
 言って彼女は、取り出したハンカチをグレンに差し出す。
「このままだと冷えちゃいますし、せめてグレンだけでも……」
「二人で雨の中走って来たんだから、同じようなもんだろ!」
 渡そうとした物をつき返されそうになり、ニーナは慌てて、それをぐっと押し付ける。
「私は大丈夫ですっ。グレンが道中なるべく雨に当たらない場所を走らせてくれましたしっ」
 そう、気付いている。彼が雨から守ろうとしてくれたことに。
 だからニーナはグレンほど濡れておらず、洗濯物の心配なんてすることができたのだ。

「グレンが使ってください」
「いや、お前が先に」
「だめですグレンが」
 何度か応酬した後に、折れたのはグレンだった。
「……分かった、今回は大人しく拭かれてやる。その代わりお前の欲しい物を言え」
「欲しい物?」
(いきなり言われても……私は今、グレンと一緒にいられるだけで十分ですのに。ああ、でもできることなら)
「……じゃあびしょ濡れでくっつけない代わりに、手を繋いでいてもいいですか?」
 言ってすぐ、グレンが大きな手のひらで、ニーナの手を掴む。
「これでいいのか」
「はいっ!」
 ニーナは満面の笑みを見せた。

 通り雨はすぐ上がり、曇天の隙間から光が差し始め。
「……さて、そろそろ晴れそうかね」
 グレンはガゼボから一歩、外へと踏み出した。
「あの手は……?」
 ニーナが繋いだままの手のひらに視線を落とす。
「お前は特に雨が止むまでとは言ってなかっただろ」
「じゃあ、このまま……?」
「ああ、家まで、このまま。で、洗濯物干し直すか」
「そ、そうでしたっ!」
 慌てた様子のニーナに、グレンが笑う。
 全くニーナは、ずっと見ていても、一緒にいても、飽きることがない。
 グレンはあえて、指を絡めるようにして、ニーナの小さな手を握り直した。

●紳士の宣言、淑女の困惑 ~マーベリィ・ハートベルとユリシアン・クロスタッド
 今が盛りと、美しく咲き誇る薔薇の花。
「久しぶりにデートができて嬉しいよ」
 ユリシアン・クロスタッドは、隣の愛しいパートナーに向けて、さらりと言った。
 マーベリィ・ハートベルが、はじかれたように顔を上げる。
「デートでございますか!? 私は休暇のお供をさせて頂いているものと」
「ま、捉え方は何でも」
 ふふ、と笑う、ユリシアン。

 マーベリィは薔薇を前に、紅茶のことを――紅茶が好きなユリシアンのことを、考えている。
(ユリアン様がお好きな香りにするには、どの花を使うのが良いでしょう?)
 どれも綺麗だけれど、茶葉と合わせるとなれば、見た目だけではいけない。
 ユリシアンは、そんな彼女を微笑ましく見やった。
 マーベリィが入れてくれる紅茶は、一日の中の一番の楽しみだ。
 だからこうして、熱心に考えてくれるのは、嬉しいところ。
(そうだな、たとえば)
 咲き誇る一輪の前で足を止め、その花弁に顔を寄せる。
「これいい香りだ。ブレンドは何がいいかな」
「この花ですか?」
 マーベリィは並んで立ち止まり、自らも腰をかがめた。
 爽やかな甘い香りには。
(どんなレシピがいいでしょう?)
 ――やっと考えがまとまって、ふと顔を上げれば、そこに。
(ユリアン様、顔がとても近いです!)
 無意識に息を止め、ススス、とすり足で後ろへ下がるマーベリィ。
「あ、あの、その紅茶には――」
 顔は真っ赤、説明はしどろもどろ。その間、ユリシアンは楽しそうに笑っている。
 また、確信犯だ。
(もう、困ったお方)
(おや、あちらを向かれてしまったか)
 でも、可愛らしい反応は堪能したし、いいことにしよう。
 ユリシアンは、彼女の気を引くべく、手を差し伸べる。
「薔薇のアーチも、マリィは気に入るんじゃないかな。さあ、お手をどうぞ」

 二人並ぶのがやっとのアーチをくぐる途中。
「痛っ!」
小さな声に、ユリシアンは歩を止めた。
 見れば、マーベリィのおさげの端が、アーチの端に絡まってしまっている。
「申し訳ありません、今すぐ外しますから」
 マーベリィが手を伸ばすのを、ユリシアンが制止した。
「だめだよ髪を引っ張っては。待ってて、今取ってあげるから」
 だが、細い髪は、なかなか外れない。

 そこに、ざあと、雨が。
「ユリアン様、髪は切ってしまって結構です。あなたまで濡れてしまいます」
「きみの為ならいくら濡れたって構わないから、じっとしてて……ほら、解けた」
 ユリシアンはすぐさまマーベリィの手を取って、ガゼボへと進んでいった。

 屋根の下、マーベリィは曇った眼鏡を外し、急いでハンカチを取り出した。
「ユリアン様、とりあえずはこれで……」
 しかしユリシアンは、それには目を向けず。
「お互い、ずぶ濡れだ」
 思いのほか低く響いた声に、マーベリィの動きが止まる。
 彼女が困惑していることは、ユリシアンも気付いていた。
 だが……。
 濡れて透けた白い肌と、アーチでほつれた長い髪。
 いつもは眼鏡で隠れている素顔があらわになっていて。
(まずいな……。紳士でいられるだろうか)
 なんとか堪えてハンカチを受け取り、濡れた彼女の頬をそっと押さえる。
「そんな! 私の事より……」
 マーベリィが声を上げた。ユリシアンの視線が彼女の唇へと向かい――。
(……だめだ)
 ユリシアンは、その美しい顔を、マーベリィへと近付けていく。

 ハンカチ越しの手に頬を包まれ、唇は、吐息が感じる距離まで近づいている。
 よけなければ、とマーベリィは思う。
(ああ、でも――)
(よけないねマリィ)
 ユリシアンはそっと、唇を触れあわせた。
 その柔らかな温もりに、マーベリィの頭は真っ白になる。
 もう他の言葉なんて、受け入れる余裕はない。
 それなのに、彼は言うのだ。
「ぼくは本気だよ。この意味考えておいて」
(意味……私は………)

 ガゼボの下で寄り添って、答えは未だ、雨の向こう。



依頼結果:大成功
MVP
名前:マーベリィ・ハートベル
呼び名:マリィ
  名前:ユリシアン・クロスタッド
呼び名:ユリアン様

 

メモリアルピンナップ


( イラストレーター: 渡辺純子  )


エピソード情報

マスター 瀬田一稀
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 05月15日
出発日 05月21日 00:00
予定納品日 05月31日

参加者

会議室


PAGE TOP