プロローグ
バレンタインの三王子から依頼が来た時、あなたは精霊とA.R.O.A.に出向きました。
A.R.O.A.の職員が資料を広げて説明してくれます。
「今回は、例のデミ・オーガ化した英霊の件で折いっての依頼なのです」
「はい」
「はい」
あなたたちは同時に返事をしました。
「今回の件では二人の英霊が関係あります。一人の騎士は男性で、ヤマーン・クィノーコ-家の元嫡子、もう一人は女性で、サット・タァルケノークォ家の長女でした。どちらもお菓子の国ショコランドでもよく知られた伝統ある名家で、両家の間には実に40年に渡る血で血を洗う政争があったのだそうです」
「クィノーコーとタァルケノークォの40年に渡る争いの歴史――」
あなたと精霊は息を飲んでその壮絶さを想像しました。
なんといってもお菓子の国なのです。
「しかし、ヤマーンとサットはともにお菓子の世界を守るために共闘しているうちに、お互いによいところがある事に気がついて、互いを認め合い、争いの歴史に終止符を打ちたいと願うようになったのです。悲しい戦いはもうまっぴら――そうして語り合ううちに、二人の間に愛が芽生えました。クィノーコーとタァルケノークォの正に禁断の愛です」
「「禁断!!」」
あなたたちはまた声を揃えて叫びました。
「禁断ですから、二人の愛は秘密でした。公にすればどんな悲劇が待ち受けるか分かりません。しかし、そんな二人に理解を示した人物が現れます。アポルオー司祭です。アポルオーは両家の源流である旧家メ・イージの出で、両家の凄絶な争いに終止符を打たせるためにも、二人を結ばせようと極秘で結婚式をさせようとしたのです」
「正に愛の司祭!」
禁じられた結婚式をあげさせてくれるだなんて! あなたたちは感動に目を輝かせました。
「ですが、そこに邪魔者が現れました。その頃、フラーム神殿で大神官の地位にあったアオラー・ネンチャックです。アオラーは戦いが終わるのをよしとせず、二人の仲を引き裂くために極秘の結婚式に乗り込んできました。そしてヤマーンとサットが誓いの接吻をするために無防備になった瞬間を狙い、二人を攻撃して意識不明の重体とし、その上、司祭のアポルオーまで惨殺したのです!」
「「なんてことだ!」」
「大神官アオラーは重罪で時のショコランド王に成敗されました。そして騎士として実力が高かったヤマーンとサットは、その後、英霊の鏡によって封印され、国を守る事となったのです――……そして今、二人は、果たされなかった結婚を嘆き悲しみながら、フラーム神殿付近を徘徊しているようなのです」
「なるほど……」
「二人は嘆きのあまり、フラーム神殿の周辺のカップルの後をつけて歩いているようです。また、二人が英霊の鏡から解放された事に感づいた、大神官アオラーが復活しつつあると三王子からの情報です。アオラーは何らかの影響でデミ・オーガ化しているのでは? という情報もあるようです」
ふむふむ、とあなたたちは頷いた。
「今回は、フラーム神殿で、二人の結婚式を挙げる事が目的になります。こちらが二人の結婚指輪です。生前のアポルオーが二人のために女神ジェンマ様への信仰の力を封じ込めて作りました」
職員はあなたたちの前にキラキラした指輪を二つ見せてくれた。
「この結婚指輪にはアポルオー司祭の加護があるため、ヤマーンとサットの愛を阻む者に対して絶大な魔力を持っています。具体的に言うと、愛を阻む者に投げつけると丸三分間は全く身動き出来なくなるのです。魔力も発動出来ません」
「凄いですね」
「この二個の指輪を持って、フラーム神殿に向かってください。ヤマーンとサットは結婚式を嘆きながら徘徊しています。彼らは恋人達が羨ましいので、そのへんで激しくいちゃいちゃしていると勝手に寄ってきて、リア充憎い系の発言をするでしょう」
「リア充憎いって……」
そんなこと言われたって。いや、気持ちは分かりますけれども。
「そんな二人の事はお菓子で慰めてあげてください。何しろ、お菓子の国ショコランドの騎士ですから、甘いものは大好きです。おすすめのお菓子を持って行って、そのお菓子への愛を語ってあげると、喜ぶようです。なんなら手作りでもいいですよ」
「お菓子ですか……」
ショコランドの名門、クィノーコーとタァルケノークォなんだなあ。国外のお菓子持って行ったら、純血主義か何かで、逆に怒ったりしないのかなあ。
「そして、嘆いたり嫉んだりしている、そんな二人に今からでも結婚式は出来るので、ついてこいと言ってフラーム神殿に連れて行ってください」
「でも、結婚式って……」
「愛の誓いの言葉を言って、指輪を交換して、キスをするのです。それで二人は浄化出来ます。ただし、長年の封印を受けてきた二人は、心が強張ってなかなかそういう行動に踏み切れないかもしれません。その場合は、二人の前でお手本となって愛を叫んだりアイテム交換をしたり、キスやハグを頑張ってください」
「…………」
その光景を想像して、あなたたちはちょっと沈黙した。
クィノーコーとタァルケノークォの争いを終わらせ、二人の愛を成就させるためとはいえ、そこまで出来るかなあ……。
「もしかすると、それを嗅ぎつけた大神官アオラーが襲ってくるかもしれません。その場合は、アポルオーの結婚指輪を投げつけて戦ってください。合計六分も硬直させられるのなら、楽勝でしょう」
「そ、そうですね……」
「アオラーはエンドウィザードに似た能力を持っている模様です。大神官と言うぐらいですから、魔力も高く、油断ならないかもしれませんが、こちらにはアポルオーもついてますので」
死んでからまでそこまで頑張って争いをやめさせようとするなんて、良い人だなあアポルオー。そんなに身内同士の争いを見るのは辛かったか……。あなたたちはそんなことを考えました。
しかし、正にバレンタイン司祭の愛と平和への信念に敬意を表すためにも、この依頼を受けてもいいかと思います。
悲恋の二人の騎士、ヤマーンとサット……英霊となってからですが、無事に結婚することは出来るのでしょうか。
解説
アドベンチャーに分類されますが、傾向としてはコメディとなると思われます。
※悲恋の堕騎士、ヤマーンとサットを無事に結婚させてください。
・フラーム神殿の近くに行って思いきりいちゃいちゃすると、ヤマーンとサットがPOP。
たまに二人で現れるが、大抵は単独行動をしている。
・リア充憎いと嫉んでいる様子を見せたら、おすすめのお菓子で心を解きほぐしてあげる。既存の菓子でも、手作りでもよい。
・二人を今からでも結婚出来る! と説得して、フラーム神殿に連れて来る。
・二人を神殿の礼拝堂に連れ込み、
愛の誓いを行わせ
結婚指輪を交換させ
誓いのキスをさせる→浄化!
・しかし、長年封印を受けていた二人は超絶奥手になっていてモタモタして出来ない。だからお手本として一連の行動を行う。指輪の交換は何らかのアイテムをお互いにプレゼントしたりしてください。
・あんまりにもモタモタしていると大神官アオラー・ネンチャックが現れて、二人の結婚を阻止させようとする。その場合は、アポルオーの結婚指輪(2個)を投げつけ、タコ殴りにする。(劣勢になると堕騎士が加勢に飛び出て来ます。アオラーに殺された恐怖ですぐには動けません)
結婚指輪は一個につき、三分間相手を硬直化させる。
(・指輪を投げつけてしまった場合は、回収して儀式を続行してください。怨敵アオラーを倒したアイテムということで喜ぶようです)
・アオラーを倒して、結婚式続行。二人を無事に愛で浄化出来れば、任務達成。
・プランは、ラブコメネタですので、お菓子についてもいちゃいちゃについても多少はっちゃけてもOKです。ですが、公序良俗を意識し、成人向けはご遠慮ください。
ゲームマスターより
争いを終わらせるのは愛のみ……かもしれない。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
八神 伊万里(アスカ・ベルウィレッジ)
預かった指輪は私が持つ あらかじめ糸を通しておく 投げても回収しやすいように さて、いざイチャイチャしろと言われてもどうすればいいものか… あ、アスカ君ノリノリだね? ヤマーンとサットが出てきたら、持参したドラジェを差し出し このお菓子は結婚式で配る風習があるんです 誰の式ってあなた方のに決まっているじゃないですか! 神殿についたら二人にお手本を見せる やり直しって、ここで!? わ、分かった…これはお手本…お手本… 唇ぎりぎりの頬にキス 同時に素早くスペルを唱えトランス 指輪の乗った台座を持ちリングガール役を務める アオラー出現後HTG 鉄扇を構え二人の護衛 即座に一つ、危機に一つ指輪を投げつける 戦闘後、糸を引いて指輪を回収 |
シルキア・スー(クラウス)
彼にクッキーあーん 騎士様へは手作りフォーチュンクッキー 中には『目の前の幸せを掴んで!』のメッセージ 結婚式 ベールとお菓子の花のブーケを花嫁さんに ウエディングケーキ用意※スポンジケーキとか生えてたりするからそれらで事前に作ってた ケーキにはキスをする新郎新婦人形が飾られそれを見せ 「お二人もこんな風に ね! 対アオラー 殺気を感知したら方向を仲間に知らせたい+トランス デミオーガか角確認 なぜ二人の結婚を阻むのか恨みがあるのか尋ね邪悪さを見極めたい 仲間の行動支援に閃光効果で目眩まし 植物があるなら杖で働きかけ足に絡め足止めしたい 怪我人出ればクラウスの元へ連れて行く MP不足にDI 解決後 「所で私たけのこ派なんだけど… |
瀬谷 瑞希(フェルン・ミュラー)
フェルンさんと腕を組んで、密着。 「素敵な神殿ですね」といつも維持用に積極的に彼に甘えます。 でも不慣れなせいか咳で科白噛みっ!? チョコを食べさせてもらって赤くなります。 これでヤマーンかサットが出てきたら、お菓子プレゼントして確保です。 お勧めはアーモンドのチョコ。パフ入りもあります。 正当派なチョコもありますよ。 お手本、他にする人が居なければ新郎新婦をやります。 「彼と永遠の愛を誓います」 フェルンさんと手を取り見つめあって告げ、イヤリングを交換。 誓いのキスで恥ずかしくなって「ほ、頬でもいいですか」汗。 アオラーが出たらトランス。杖の効果で彼の攻撃力を増強。MP低下時はDI。 2人の結婚には祝辞を。 |
イザベラ(ディノ)
精霊の頭を鷲掴み、ぶっちゅぅううと豪快なキス。 対象が出て来るまで繰り返そうと。 「出たか!?…チッ、まだか…もう一発だ!」 「ディノ!貴様何故嫌がる!この手を離せ!」 渡す菓子はベリーとカスタードのパイ。 片手で食べられる様に自宅の料理人に作らせた物。 落ち着いたら、二人を結婚させる為に来たと告げる。 「向こうも既に準備して待っているぞ(多分)」 「お前が来なければ相手は嘆き悲しむだろう(多分)」 交換用に銀製のイヤーカフを用意。透かしで月桂樹の葉をデザイン。 「口付けはさっき見せただろう、またしろと言うのならするが」 アオラーは敢えて登場させて討伐する方針。 剣で攻撃。注意を逸らし詠唱を阻害。硬直後は精霊にCD。 |
●
バレンタイン地方、フラーム神殿。
その近辺に、合計八人のウィンクルムが集まっていた。
八神 伊万里とその精霊アスカ・ベルウィレッジ。
イザベラとその精霊ディノ。
シルキア・スーとその精霊クラウス。
瀬谷 瑞希とその精霊フェルン・ミュラー。
みな、A.R.O.A.から依頼を受けてバレンタインへ急行した者達であった。
その目的は、復活した悲恋の英霊ヤマーン・クィーノーコーとサット・タァルケノークォの二人を浄化するためである。
40年渡る政争のあった名家同士の二人は、両家の対立を超えて極秘結婚するはずだったが、粘着煽ラー……もとい大神官アオラー・ネンチャックのために誓いの接吻をするタイミングで攻撃を受けて意識不明、その後、封印されて英霊になったという。
今、デミ・オーガ化した二人は、果たされなかった結婚を嘆き悲しみ、フラーム神殿の周囲を徘徊しては参詣しに来るカップル達に嫉妬を見せて迷惑をかけているらしい。
英霊が迷惑な、とは思うが、ウィンクルム達は、「もしも自分達が結婚式で殺されかかったら」と想像してみて、いくらかの同情心も持っていた。
●
「まずは英霊をおびき寄せるぞ」
アスカは任務に対してモチベーションが高かった。
「うむ。しかし、英霊達は必ず一緒に行動しているのか?」
そこでイザベラが疑問を見せた。
「何カ所かに分散して誘き寄せてはどうだろう」
クラウスが提案した。
「それならば、二箇所に別れてみましょう。英霊は二人なのですし」
瑞希がそう言って、ウィンクルム達は、八神伊万里/イザベラのチームとシルキア・スー/瀬谷 瑞希のチームに分かれ、フラーム神殿の東側と西側で誘き寄せ作戦を開始する事にした。
誘き寄せと言っても、自分達の悲劇を嘆いて周辺カップルを嫉んで回っている英霊達に、ラブラブを見せつけてやるだけである。
親密度の高いウィンクルム同士であれば、それほど問題はない――かもしれない。
そういう訳で、伊万里はフラーム神殿の東側の参道に行き、周辺をきょろきょろ見回した。ヤマーンらしき英霊は今のところ姿を見せていない。
(さて、いざイチャイチャしろと言われてもどうすればいいものか…)
真面目な伊万里は思わず考え込んでしまった。彼女は故意に人に見せつけるためにイチャイチャするなど考えた事がないのである。
しかし、そこでアスカが即座に動いた。
「伊万里!」
アスカは情熱的に彼女の名を呼ぶと抱き締めて、自分達の理想の結婚式を熱く囁き始めた。
「俺達の式も、フラーム神殿みたいな綺麗なところでやりたいな。伊万里はドレスも白無垢も似合うから、お色直しもしよう」
積極的に熱っぽく言いつのるアスカ。
「あ、アスカ君ノリノリだね?」
伊万里は若干引き気味だったが、なんと言っても英霊達を誘き寄せるという目的がある。そのため、アスカの言葉に頷きながらちょっと生唾を飲み込んだ。
(アスカ君の真剣な顔って、かっこいいかも……)
そんな気もする。
そのとき、そんな初々しい二人の脇で、異変が起こっていた。
ぶっちゅうううううううう
イザベラがディノの頭を鷲づかみにして唇にキスをしたのだ。
「出たか!? …チッ、まだか…もう一発だ!」
決然とした顔でイザベラが言う。
彼女は英霊達が出てくるまでこれを繰り返すつもりであった。
呆然自失しているのはディノの方である。
「酷い…初めてだったのに」
そう言って、また頭を鷲づかみにしようとしたイザベラの腕を掴んで止めた。
「ディノ! 貴様何故嫌がる! この手を離せ!」
「嫌じゃないですけど、こんなのは嫌です!」
現実・実利主義で、目的(正義)の為ならプライドすらゴミ同然のイザベラにとってこの行動はデミ・オーガを誘き出すため至極当然の事なのである。
一方、生真面目な反面やや神経質で、女々しいロマンチストで、愛情が一々重くてネチっこいディノにしてみれば、ファーストキスがこんな形で失われるのは酷すぎる。
まして相手は本当にひとめぼれした女性なのである。その人との念願のキスがこんな形で!!
お互いに目的からズレた事で争う二人。
しかしそのとき、アスカの熱っぽい口説き文句が効いたのか、イザベラの熱すぎるキスが効いたのか、参道の方をぞくっとする気配が通り過ぎて、甲冑が歩く錆びた鉄の音がした。
ガシャ……ン
ガシャ……ン
あやしい甲冑の騎士が四人の方に歩み寄ってくる。四人は騒ぐのをやめて彼の方へと注目。
「果たされなかった……愛する彼女との結婚式……。きっと幸せにすると誓ったのに……。俺の想いはいざ知らず……白昼堂々と表で愛を示す輩よ……恨めしい、恨めしいぞっ……」
和風で言うなら正に、刀折れ矢尽きた鎧武者が『恨めしや……』と言い出すような雰囲気で、英霊ヤマーンが現れた!
●
一方、西側の四人は……?
「はい、クラウス、あーん!」
シルキアはクラウスに手作りフォーチュンクッキーをあーんで直接自分の指から食べさせている。
フォーチュンクッキーとは、中におみくじの運勢の紙片が入っているクッキーの事である。
シルキアが作ったフォーチュンクッキーの中には『目の前の幸せを掴んで!』のメッセージが入っているのだ。
クラウスも、誘き寄せるため極力仲むつまじい雰囲気を演出している。
クラウスは照れを感じているがシルキアの笑顔に釣られて、つい、2個、3個とクッキーを食べてしまう。
フォーチュンクッキーはシルキアにとっておばあさまとの大切な記憶だ。現在、大家夫人に料理を習っている彼女は、クッキーの腕前は随分上がって来ているようである。
(目の前の幸せ……それは即ち、俺の場合は、このシルキアの事だろうか……)
任務のためとはいえ、クラウスに食べさせるためでもあるクッキーを一生懸命焼いて、自分に食べさせてくれるシルキア。クラウスは我ながら役得だと思っている。
その隣では瑞希が自らフェルンと腕を組んでいた。
「素敵な神殿ですね」
いつも以上にフェルンに甘えながら、瑞希は恋人っぽい甘い囁きを行おうとする。
「女神ジェンマ様の神殿なら美しいのは当然でしょうか。私もジェンマ様からウィンクルムの愛の祝福を受けてみたい……」
(ミズキがいつになく積極的だな。そういえば任務にはシビアな娘だった)
フェルンは思わず苦笑いである。いつもこれぐらい積極的に甘えてくれてもいいのに。
「私もウィンクルムですから、精霊に、ああ、愛されて、わた、わたたっ……」
そして案の定、慣れない事をしている瑞希は思いきり台詞を噛んでしまった。
「チョコで喉湿らせる?」
くすっと笑ってフェルンはアポ○チョコを取り出した。
「食べさせてあげるよ。好きだろ、これ。ミズキ、最近ザ・チ○コレートにもハマってたよね。美味しいって」
「は、はい……」
甘い物の誘惑に勝てず、素直に彼からチョコを食べさせてもらう瑞希だった。
「憎い……恨めしい……」
すると参道の奥の方から女の声が響き渡った。
ガシャ……ン
ガシャ……ン
正に亡霊としか言い様のない不気味な甲冑の音を立てながら、鎧を着込んだ女騎士が現れる。
彼女は兜から長い金髪を垂らしながら、すすり泣くような声を立てた。
「あの人と幸せになるはずだったのに、何故、私ばっかり……。やはり、両家の争いを止めようとしたのが、間違いだと言うの……」
英霊サットが現れた!
●
東側の四人組は、ヤマーンの登場に驚いたが、まずは男性陣がザっと前に飛び出て行った。
「羨ましいな。守るべき女を守り切れるとは。俺はもう、そんなことは……」
悔しそうに声を滲ませるヤマーン。
アスカはなんだかイラっとしてしまう。
「羨ましいならアンタ達もやればいいだろ。フラーム神殿まで来い!」
「なんだと……?」
アスカの言葉にヤマーンは気を引かれ、恨み言を言うのはやめた。しかし、アスカと彼の間に微妙な緊張が走っている。
「あの、良かったらお菓子でも食べませんか」
そこでディノが二人の間に割って入って来た。
「お菓子?」
さすがお菓子の国の名家の騎士。お菓子には全く目がないのか、アスカではなくディノとイザベラの方を振り向くヤマーン。
そこにイザベラがベリーとカスタードのパイをむぎゅうとヤマーンの口元に押しつけた。
「片手で食べられる様に自宅の料理人に作らせた物だ。さあ喰え」
ヤマーンはそんな行動を女に取られた事がないためびっくりして硬直している。
「俺、これ好きなんです」
一方、ディノは彼も甘いもの好きであるため緩んだ顔をしている。
「上質なカスタードの甘さ、ベリーの爽やかな酸味、サクサクの香ばしい生地。絶品なんですよ」
そう聞いて、ヤマーンは口元の菓子をもぐもぐ食べ始めた。もぐもぐサクサク。
彼から戦闘の気配が全くなくなったので、伊万里がドラジェを持って進み出てきた。
ドラジェとは砂糖の衣をつけた菓子の事である。
「このお菓子は結婚式で配る風習があるんです。今日のために持って来たんです」
「式……。誰の……」
すると、ヤマーンは辛そうなため息をつく。
「誰の式ってあなた方のに決まっているじゃないですか!」
伊万里が元気にそう言い放ったため、ヤマーンはびっくりしてまた固まってしまった。
「向こうも既に準備して待っているぞ(多分)」
そこでイザベラが真顔で言った。
「お前が来なければ相手は嘆き悲しむだろう(多分)」
そういう訳で、イザベラは自分達が結婚式をさせるためにやってきたA.R.O.A.の人間だとヤマーンに説明した。
「しましょう! 結婚式! 俺達もお手伝いしますから!」
ディノも勢いよくヤマーンを説得した。
「俺達はお前とサットの結婚式をさせるために来たんだ!」
アスカにもそう言われ、ヤマーンは兜の下で見えないが、目を白黒させている様子である。しかし。
「サットとの結婚……? 俺にも出来るのか……!」
やはり愛は忘れられないらしく、彼はそう言って、ウィンクルム四人に促されるままにフラーム神殿の結婚式場に向かった。
●
一方、西側の四人は、嫉妬で嫌みを言うのも通り越してシクシク泣いているサットをもてあましていた。
あんまりにもラブラブな四人を見て、サットは我が身の哀れさに気がついて、我ながら泣き出してしまったらしい。
「争いなんてやめて、彼と幸せに、みんなと仲良く暮らしたかっただけなのに……」
政争のための秘密の恋愛を乗り越えて、極秘とはいえやっと結婚式にこぎつけたのに、当日、アオラーに仮死状態にされ、その後何百年も封印されていたのだ。そこにラブラブ真っ盛りのウィンクルムの姿を見せられてしまったら、もう泣くしかなかったのだろう。
困ってしまった四人だったが、とにかく持参してきた菓子で慰める事にした。
「アーモンドのチョコがありますよ。パフ入りもあります」
しかしそこで冷静に瑞希が彼女のお菓子を差し出した。
名家タァルケノークォの娘は、チョコと聞いてぴくっとなり、やにわに顔を上げると瑞希からチョコを受け取り一口食べた。
「ふむ、なるほど悪くない……しかしタァルケノークォ伝統のチョコ菓子の方が……」
サットは何やらぶつぶつ言っていたが、そこで実家とヤマーンの家の政争を思い出したのか、また嗚咽をあげそうになった。
「あ、あの、これどうぞ……」
シルキアは、手作りのフォーチュンクッキーを彼女に渡した。
ヤマーン同様、お菓子の国の名家出身のサットは、ごく自然な動作でクッキーを受け取り中のおみくじの紙片を取り出した。
『目の前の幸せを掴んで!』
「幸せ? 私に幸せなんて……」
「事情は聞いている。今からでも婚儀の望みは叶えられる。望むなら」
そこでクラウスがそう言った。
「婚儀!?」
「私達はあなたとヤマーンの結婚式を挙げるために来たのです」
瑞希がやはり冷静にそう告げた。
「大丈夫よ! 今からでも!」
ぐっと親指を上げて自信の笑みを見せるシルキア。
「そ、そんな、彼との結婚なんて……」
サットはにわかには信じられない様子だったが、四人が次々に声をかけると、デモデモ言いながら寄ってくる。
「あなたが望むなら、きっと彼との愛は成就出来るわ!」
「そうです。必要なのは意志とそれに従う冷静な判断力です」
シルキアと瑞希に言い切られて、サットはその気になったらしく、ウィンクルムに連れられフラーム神殿の結婚式場へ向かった。
●
結婚式場は、あらかじめA.R.O.A.から連絡が行っていたため、ウィンクルムと英霊達以外には人払いがされていた。
厳粛な雰囲気のフラーム神殿の美麗な結婚式場。
そこへ、サットがウィンクルムに連れられて現れると、ちょうどヤマーンが赤いカーペットを踏みしめ、祭壇の前で所在なさそうに立っていた。
「他にいないのならば、俺が牧師として式の進行を勤めよう」
ライフビショップのクラウスがそう申し出ると、皆は喜んで彼に任せた。
やはり専門がしてくれた方がいい。
シルキアは結婚式のベールとお菓子の花のブーケをサットに手渡した。
「さあ、彼の方へ歩いて行って! ブライズメイドなら私達に任せて!」
甲冑の上からベール、兜からは長髪を流している状態のサットは慌てて手をバタバタさせているが、シルキアと瑞希にベールをもたれてかしずかれ……ではなく、明らかに押されるようにして、祭壇の前のヤマーンの方に歩いて行った。
その間も、身振り手振りが甲冑の亡霊なのに凄く恥じらい含んで初々しくていかにも奥手でとても面白い事になっていた。
そしてサットの接近を待っていたヤマーンの方は男らしく決然と……では全然なくて、彼もまたどっこいどっこいの超絶奥手であわてんぼうでチキンハートでとっても面白い身振り手振りになっていた。
「ああ……」
話は聞いていたが、様子を見ていたアスカやフェルン達は、これはもうどうしようもないと判断した。
進行役で祭壇の前で聖書を持ち立っているクラウスも、もう苦笑いをするしかない。
一人、ディノだけはヤマーンに同情していた。
「これはお手本を見せるしかないかも……」
伊万里は愕然としてそう呟いた。
「ふむ。そういうことならば」
イザベラの方は冷静沈着そのもので、用意していたアイテムを胸元から取り出している。
「二人とも、誓いの愛の言葉を」
「……」
クラウスが促すが、二人とも下を向いて指先をもじもじつんつんするばっかりで、何も言わない。
「ヤマーン、あなたは、サットを妻とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「…………」
そう言われてもヤマーンは甲冑姿でもじもじしながらそわそわ祭壇の前で後退と前進を繰り返している。落ち着け。
「サット、あなたは、ヤマーンを夫とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
サットは甲冑姿のまま、器用に人差し指と人差し指の先をくっつけて、固まって、下向いて、全く動かなくなってしまった。これじゃ誓いの接吻なんて出来ないだろう。
「対立の境遇と英霊として経た時間を乗り越えても尚持ち続ける想いは真実の愛であろう。今こそ誓いを!」
見ているうちについ熱くなってしまって、牧師クラウスは激励を飛ばしたが、そしたら二人は元々兜に隠れた顔を両手で隠してしゃがみこんでしまった。
クラウスが困っているのを見て、シルキアは用意してきたウェディングケーキを二人の前に持って行った。
スポンジケーキなどはショコランドには普通に生えていたりする。それを利用して事前に作ったものであるため、彼女でも充分に素晴らしい出来映えのケーキが登場した。
そのケーキの上にはお菓子で出来た新郎新婦の人形がある。
シルキアは満面の笑みでケーキの人形を手に取って寸劇を開始した。
「健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います」
それから人形同士の口と口をくっつけてキスである。人形用のアイテムが手に入らなかったために、アイテム交換はしなかった。
「お二人もこんな風に! ね!」
しかし二人とも、それを見たら余計に恥ずかしくなったとでも言うように、床を叩いて何か訳の分からない事を言ってる。
「結婚したかったんでしょうに……?」
シルキアは、恥ずかしがる二人を見て、ふと進行役のクラウスの方を見た。
(彼との式本番では、私もこんなふうになるのかしら……いくらなんでも、ないわよね……)
何故かそんな思考がシルキアの脳に去来した。自分でも何故そんな事を考えたのか分からない。はっとしてクラウスの顔を見ると、あたかもクラウスも同じ事を考えたとでも言うように、赤くなって彼女からそっと視線をそらしてしまった。
(ちょちょ、ちょっと待ってクラウス? それはどういう意味なの!? え、でも、こんな場所でこんな状況で聞けない……!)
シルキアはシルキアで訳の分からない羞恥に襲われてしまう。
一方、肝心の花婿花嫁は床にうずくまって床を叩いて変な状態になっている。
「シルキアコンビがやらなかったことをやるぞ」
そこで、イザベラがディノを伴って祭壇の前に立った。
イザベラは、指輪の交換のかわりに、銀製のイヤーカフを用意していた。
透かしで月桂樹の葉をデザインしている。
「さあ、ディノ。これで私と指輪の交換だ」
そう言ってディノを連れて来ると、イザベラは変な状態になっている英霊二人をそれぞれ振り返った。
「軟弱者ォオッ!!」
結婚式場に響き渡るイザベラの大喝。
びくうんと立ち上がる英霊二人。
「恋愛に対して結婚とは生活であると言うッ! 生活であると言う事は人生であるッ! 人生とは後退したり立ち止まったり足踏みしたりすることではないッ! 前進あるのみッ!!」
さながら思春期の中学生のように思い悩んでいた英霊達は、イザベラの言葉に震え上がるばかり。
「起ィイ立ッ! 気をつけェエッ!! 前進ーッ!!」
イザベラの喝と説教のままに英霊二人は向かい合って前に進む。
「対象を腕に抱えー、顔を45度ーォ、そこでキスッ!!」
そこでやはり、二人は硬直してしまった。
「チッ」
そこまでは乗せきれなかった事にイザベラは舌打ちをするとディノの方を向き直った。
どうなることかとイザベラの英霊達に対する仕打ちを見守る他ウィンクルムの中、ディノだけは感動に目を潤ませていた。
彼だって恋する男、結婚式の場面において、知らぬ間に用意されていたイヤーカフに内心感激していたのである。泣きそうだ。
「口付けはさっき見せただろう、またしろと言うのならするが」
彼にさっさとイヤーカフを渡しながらあっさりと言う。
ディノはイザベラの情緒のない発言にがっくりと項垂れ、別の意味で泣きそうだ。
「本当に酷い人だ」
そう呟きながらディノはイザベラと指輪のかわりにイヤーカフを交換し、やけくそで彼女にちゅっとキスをした。
すると、英霊達は沈黙して身を強張らせながらチラチラチラチラ二人を見ている。興味はあるし、自分達もそうしたい事がありありと分かる。
よし、これはもう押せ押せで行こう!
そう判断したフェルンは瑞希の手を取り、今度は自分達が祭壇の方へ進み出た。
そこで進行役をしていたクラウスがほっとした表情を見せた。
フェルンと瑞希の間に流れる高い親密度に依る甘い雰囲気が、素敵なお手本を示してくれるだろうと想像させたのだ。
クラウスの表情から、信頼を寄せられている事を感じた瑞希はさすがにちょっと緊張してフェルンに目配せをした。フェルンは安心させるようにと頷いた。
そこで瑞希も頷き返した。
(これは任務。甘い事は言っていられません)
そういう訳で彼女は彼の手を取り、その目を上目遣いで見つめた。
彼からも甘く眩しい視線が返って来る。
「彼と永遠の愛を誓います」
甘い事を言ってられないと思いながら、口ではバッチリと甘い事を言い放ち、瑞希は準備してきたイヤリングを手に取り出す。
それと同じイヤリングをフェルンも取り出した。
そして、瑞希の耳たぶにそっと触ると、痛みを感じさせないように細心の注意を払いながら、両方の耳をイヤリングで飾った。
瑞希は人に耳たぶを触られる事など滅多にないため、すっかり緊張していたが、これは任務と思ってしっかりとフェルンを見つめ、視線を外さなかった。
瑞希の視線を受け止めながら、フェルンは瑞希の手を取った。
「俺もミズキの事が好きだよ。愛を誓うよ」
そう告げると瑞希は緊張に喉を震わせながら、唇を噛みしめ、自分も震えそうになる指先に神経を張り巡らせて、イヤリングを手に取るとフェルンの耳に触った。
任務なのだから、と何度も自分に言い聞かせるが、結婚式場で指輪の交換に当たる事をやっていると思うと、冷静でいたくても鼓動が早くなってくる。
自分らしくないと自分で自分をたしなめ、瑞希はフェルンになんとかイヤリングをつけた。
次は誓いのキスである。
恥ずかしくなった瑞希は、フェルンをまた見上げた。
「ほ、頬でもいいですか?」
「うん」
フェルンはにこやかに笑っている。この際彼女とキス出来るならどこだっていい状態。
まずはフェルンが瑞希の頬にキスをし、瑞希は彼の頬に軽くちゅっとお返しをした。
(さあどうだッ!)
そう言わんばかりの視線をイザベラが英霊達に送る。そんなイザベラに隣でディノが泣いている。
英霊達は両手を握りしめてじ~~っと二人の事を見ていた。
「うーん、もう一押し……かな」
ウェディングケーキ抱えてシルキアもジレジレしてきている。
「男らしく行け!」
やや体育会系のところがあるクラウスはヤマーンがじれったくて仕方ない。
「さあ、伊万里。次は俺達だ」
アスカが伊万里の手を取ってそう言った。
「う、うん。仕方ないね」
そこは伊万里も納得である。他のウィンクルム達がここまで協力しているのに、自分だけしない訳にもいかないだろう。それに、英霊達はもうちょっとのところで勇気を出しそうだ。
アスカと伊万里は祭壇の前に立った。
クラウスは二人に対して励ますように頷きかける。
親密度は決して低い訳ではない。かといってMAXではない。そんな微妙な若い二人が、両手を繋いで祭壇の前にやってきた。
「伊万里、まずはこれを……」
アスカは自分の携帯ストラップを取り出した。
「そ、そうだね!」
伊万里も自分の携帯を取り出してストラップを外す。
それから、二人はそれぞれストラップを交換したが、そこでわずかに沈黙してしまった。
結婚式のお手本と言っても、誓いの言葉をどう言えばいいのか分からない。
伊万里はアスカに告白をされて、それをややこしい状況で断っているのだ。思った事の反対を言ってしまうチョコを食べながら彼の告白に返事をしたのだった。
「私はアスカ君を家族だなんて思ったことはない。だから恋人になって」
それが逆。
「アスカ君なんて嫌い」
それも逆。
魔法のせいで逆の事を言っていて、それを自分でも説明出来ない状況で、アスカはちゃんと伊万里の状態を察し、言いたい事をくみ取ってくれた。
事が「恋心の告白」という状況で。
それだけの繫がりがある。でも、恋人ではない。二人の絆にはもう一人、別の精霊だっている。
そういう状態で、伊万里は任務とはいえ迂闊に誓いの言葉など言えなかった。それはアスカだってそうだった。
そこでアスカはこう言った。
「前に、トランスの時にミスってキスしたことがあったろ。あれは事故だ。だから…やり直そう!」
彼はイザベラが賞賛するであろう前進男子であった。これにはフェルンの押せ押せ気分もクラウスのじれったさも大満足。
「やり直しって、ここで!?」
伊万里の方はびっくりだ。
「そう、ここでだ。あいつらにも手本を見せなきゃいけないだろ」
「わ、分かった……」
状況的にこれだけモタついていたらいつアオラーが襲撃してくるか分からない。いずれトランスはしなければならないことだ。それにおける失敗を取り返し、お手本を見せるのだと言われたら、複雑な状況の伊万里もなんだか納得。
(……これはお手本……お手本……)
胸の中でそう呟きながら彼の腕に身を預ける。
そして伊万里は、アスカの唇ぎりぎりの頬へとキスをした。
同時に素早くスペルを唱えてトランス状態に入った。
――運命を切り拓く――!!
●
正にそのとき、結婚式場のドアが大きく開け放たれて、招かれざる客が乱入してきた。
「ヤマーン! サット!」
彼は古代風のいかめしいローブを着た大神官――アオラーであった。
「貴様らの好きにはさせないぞ!!」
イザベラとディノ、シルキアとクラウス、瑞希とフェルンも次々とトランスを行った。
そして伊万里はハイトランス・ジェミニ。
イザベラとディノは一斉に剣でアオラーへと斬りかかり、神官の詠唱を阻止する。
瑞希は愛の女神のワンド「ジェンマ」を振って精霊の攻撃力を増強。それを受けながら、フェルンはプロテクションを使い、アプローチIIを撃ちながら、敵の気を引きつつ接近していった。
シルキアは素早くアオラーの頭を確認した。
明らかに角が生えている。デミ・オーガだ!!
「あなたはなんで二人の結婚を邪魔するの! 愛を邪魔して得する事があるの!? 政争だって終わるのに!」
シルキアはアオラーに向かって叫んだ。
「恨みなどない、ただ面白いからだ!!」
そう言ってアオラーはげらげらと笑い出した。
「俺は人を傷つけることや、人が醜くもがくありさまを見る事が大好きなんだよ! 名家のクィーノーコーとタァルケノークォの足の引っ張り合い、見苦しい諍いは、これ以上ない楽しみだったんだ! 名門だ旧家だなんて言って欲まみれの犬畜生みたいな連中じゃねーか、あれじゃあなあ!」
それを聞いてヤマーンとサットは凍り付く。
「ましてその御曹司と長女が悲劇の恋愛だなんて面白くて仕方ない――醜態さらして見苦しくもがき続けてくれなきゃ困るんだよ! 名家同士のクソの投げ合いも終わられてしまったら困るんだよ! 俺の楽しみがなくなってしまう! 俺の暇つぶし、俺の楽しみのために、お前らは引き裂かれてしまえ、そしてクィノーコーとタァルケノークォは永遠に争い合って、クソまみれになっちまえーッ!!」
それこそ醜く汚らしい形相で叫ぶアオラー。
「酷い……」
シルキアはそう呟いて唇を噛みしめた。ヤマーンとサットの様子を見れば、どれほど真剣に思い合っているのか分かるのに。
クラウスもこれほどまで腐っているとは思いもよらず、思わずシルキアの肩を抱き寄せながら顔を歪ませる。
「シルキア、こんな奴の言葉に耳を貸すんじゃない!」
「問答無用ォオッ!!」
そこですかさずイザベラの大喝。
それとともに軍で鍛えた両手剣の一閃がアオラーの罵声を阻む。
アオラーが呪文詠唱しようとするとすかさず剣がなぎ払われてローブをかすめ、それをさせない。
「貴様は悪ッ! まごうことなくっ! ならば成敗あるのみッ!!」
こうした悪党を目前にして輝くイザベラの正義厨心。
そしてアオラーのあまりの邪悪さに唖然としているディノの尻に蹴りを入れた。
「何をしているーッ! さっさと突撃しろッ!!」
そうしている間にもフェルンはイージスの盾を出撃させて迎撃用意。
隣では瑞希がいつでもディスペンサが出来るように構えている。
このメンバーの中で最も高レベルなフェルンだったが、それに対して驕るような事もない。常に冷静な判断力を振るい周囲を冷徹なほど客観的に見ている瑞希とともに戦ううちに自然とそうなったのだろう。
だが、瑞希にしか聞こえないような声で呟いた。
「反吐が出るね」
「情け容赦は必要ないようね」
伊万里はそう言い放つと、自分が糸で繋いでおいたヤマーンの結婚指輪をアオラーに向けて投げつけた!
「伊万里、気をつけろっ、後は安全な場所へ二人を!」
アスカは鉄扇を構えている伊万里を背中に庇い、自らも前衛へと走り出ていく。
「ぐぉああっ!?」
指輪から猛烈な光が放たれる。光は生き物のように渦を巻きながらアオラーの体に巻き付いていった。ヤマーンとサットを結婚させようとした司祭、アポルオーの祈りの力である。アポルオーにとって、ヤマーンとサットは同じ血のつながりのある身内。その結婚をこんな邪悪な輩に邪魔されたくはないのだった。
――さあ、お行きなさい。ウィンクルム達よ。私がうぜえ煽り……じゃない、アオラーの力を抑え込んでいるうちに!
ウィンクルム達全員の脳裏にその声がはっきり聞こえた。
「ありがとうアポルオー、私頑張るっ!」
「シルキア、俺も一緒だ」
シルキアは閃光ノ白外套を閃かせ、アオラーに目くらましを行い、仲間の行動を支援した。
クラウスは彼女と英霊二人のすぐ横でチャーチを唱え上げ、防御を高めていく。
「助太刀感謝するぞ司祭どの! ほら、ディノ、行けッ!」
そういう訳でイザベラはディノにコンフェイト・ドライブ。
頭ぽんぽんなのだが、なんだか犬に号令を出しているような、お手を言いつけているような雰囲気だ。
「もういいです……」
イザベラにそのへんのことを期待するのは諦めて、ディノは果敢にアオラーに立ち向かいスパイラルクロー!
フェルンは仲間の動きを観察しながらタイミングを見計らいチャージフィールド。
横幅2メートルのバリアを前方に突進させ、アオラーを吹っ飛ばして式場の扉に叩きつけた。
そしてイージスの盾を操りながら自分も突進、アーススパイク・アックスで攻撃を繰り返す。
そこにアスカのグラビティブレイクが炸裂。
アオラーの防御力を下げる。
至近距離まで接近していくとグリップビートIIでアオラーの持っていた大神官の杖を叩き落とした。
アポルオーの力で身動きが取れない上に麻痺効果まで受けるアオラー。
その後も、アスカが、イザベラが、ディノが、フェルンが、猛ラッシュでアオラーへと攻撃。
既に本人の口からあれだけ醜い邪悪な発言を聞いていれば、情状酌量の余地はない。
「くうっ……貴様ら、よくもーっ!」
しかし、途中で三分間の効果が切れた。
そして落とされていた大神官の杖を掲げると、突如として物凄い早口で詠唱を開始した。
イザベラが間髪入れずに剣を入れようとしたが間に合わなかった。
--情熱に燃える雨っ!?
歴戦のウィンクルム達は瞬間的にそう思った。酷似した魔法だったが微妙に違う。それぐらいの威力がある。
矢の形態を取ったエネルギーが雨霰とウィンクルム達に降り注ぐ。
被弾するアスカとイザベラ。
すかさず、シルキアが二人の元に駆け寄ると、肩を貸してチャーチの中まで連れて行く。
ディノは悔しげに唸るとスパイラルアロー。
「ゆ、許さないッ……」
「ヤマーン!」
その光景についに怒り狂ったのがヤマーンだった。
甲冑姿の彼は剣を抜くと猛然と斬りかかっていく。助太刀とばかりにサットも剣を抜いて走ろうとした。
「大丈夫だ! 今は目の前の愛しき者の側に…!」
しかしクラウスは余裕の笑みで、二人を引き留めた。
そして巧みにインベル・ヴィテで怪我人達を回復していく。
そしてシルキアは前に飛び出ると外套を翻し、眩しい光でアオラーの視力を奪う。
「よくやった、シルキア!」
咄嗟に目を押さえてうずくまるアオラー。それを確認してクラウスは声をかけた。
「だが、危ない事はしないでくれ……」
「だって、私はウィンクルムよ!」
「引っ込みなさいよ! あなたみたいなの、私大嫌い!」
伊万里は今度はサットの結婚指輪をアオラーへと投げつけた。
「よくもアスカくんを……!」
再びアポルオーの光が輝いて、光の渦でアオラーの力を封じ込めていく。
アスカは回復を受けて力を得ると、再びグリップビートIIを行い、アオラーの大神官の杖を叩き落とす。
それからハードブレイカーらしい重く激しい攻撃を繰り返す。
その合間にもディノは剣の通常攻撃の合間にスパイラルアローを加えて、的確にアオラーの体力を削っていった。
「フェルンさん!」
瑞希がフェルンに近づくと、ディスペンサを行った。
それを受けて、フェルンは再びチャージフィールドの構えを取る。
「邪悪な魂よ、ウィンクルムの力を見くびるな。騎士の力を見くびるなッ!」
懲りないアオラーに対して闘志を燃やしながらフェルンが叫ぶ。
「俺はロイヤルナイトだ。だから、愛する国を守りたい、愛する仲間を守りたいと思い戦い続け、そして英雄と認められた二人の気持ちが分かる! そして、ともに戦う仲間だからこそ芽生えた愛、通じ合う想い、それも分かる! それを踏みにじり、嘲笑するお前のような輩は決して許さない、思い知れ!!」
そう言い切ると、フェルンは力いっぱいチャージフィールドを行った。バリアの壁が物凄い勢いでアオラーを吹っ飛ばし、壁に叩きつけ、潰す。
アオラーは青白い顔で吐血し、動かなくなった。
――人間が本当に悪くなると、人を傷つける事にしか、興味を持たなくなるのです――
ウィンクルム達の脳裏に光の渦からアポルオーの声が響いた。
――そうなる前に、本気で止めてくれる人間が必要なのです。あなた達ウィンクルムには、そういう人間がいるでしょう……。アオラーは時のショコランド王に成敗されて以来、この世の全てを憎む復讐心の塊となってしまいました。最早、誰にも止められませんでした。ですが……少なくとも、ジェンマ様だけは彼を見放さないでしょう……大いなる愛だけが、アオラーや、彼のような強さをはき違えた弱い人間を、救う事が出来るのです――
アポルオーはそう語ると動かないアオラーの体からそっと離れていった。
――ヤマーン、サット。……あなた達は、不毛な争いを止める勇気を持った者。今度こそ、幸せになるんですよ、女神のみ胸で――
呆然としている英霊二人を残して、アポルオーの祈りはアオラーの魂を連れるようにして、天空へと登っていった。
●
伊万里が二人の結婚指輪を回収した。
最後まで見放さないでくれた血縁の応援を受け、ヤマーンとサットは態度がいくらか変わっていた。
そのため、伊万里が二人にそれぞれの結婚指輪を渡すと、素直に受け取ってくれた。
「君達の結婚を皆が望み祝福するよ」
フェルンは怨敵を倒した満足と自分と仲間に対する強さへの信頼感に溢れる笑みでそう言った。
「ありがとう、皆さん――」
その後、クラウスがまた祭壇の上に立ち、聖書を開いて誓いの言葉を繰り返した。
「誓います」
「誓います」
ヤマーンとサットは同時に答え、互いに見つめ合うと、結婚指輪をお互いの掌の上に置いて、受け取った。
それから、兜のフェイスガードを外すと、互いに抱き締め合って口づけた。
すると先程のアポルオーを思わせるような強く温かい光が二人の体から放たれた。
女神ジェンマの愛の波動が辺りに満ちる。
浄化の輝きを放ちながら、二人は甲冑姿からごく普通の貴族の衣装に変わっていき、互いに手に手を取り合いながらウィンクルム達を振り返って微笑んだ。
「ありがとう。あなたたちが戦ってくれたから、俺達は自分を取り戻して、こうして平和な気持ちになることが出来ました。あなたたちの未来に女神の祝福がありますように……!」
「あの!…お幸せに!」
ディノが前に進み出て二人に対して小さく手を振った。
二人はその倍ぐらい手を振りながら、光の中へと消えて行った。
デミ・オーガと化していた英霊達は、こうして浄化されることが出来たのだった。互いの愛の力によって。……否、ウィンクルム達が愛を信じてくれた事によって。
「ああ、……このウェディングケーキ、どうしよう」
浄化を見守っていたシルキアだったが、やがて自分の手の中に巨大なケーキが残っている事に気がついてそう呟いた。
「いっそ、ここで、みんなで食べてしまわない?」
そこで伊万里がそう提案した。
「ほう? そんなことをしていいのか?」
イザベラが疑問を呈する。
「そういえば……自分の結婚式の時にウェディングケーキを食べる暇なんてないです。ウェディングケーキを食べる機会なんてそう滅多にないですね」
瑞希がその点を指摘した。
男性陣もせっかく作ったケーキに興味を示していた。
そういう訳で、浄化の一仕事を終えたウィンクルム達は、フラーム神殿の結婚式場でケーキパーティを行った。奇妙な経験ではあったが、愛の力で仕事を終えたウィンクルムにとっては、とても楽しい時間であった。
仲間を信じ、女神ジェンマの愛と癒やし、女神ジェンマの祝福を信じて、ウィンクルム達は明日の希望へ向かっていくのである……!
依頼結果:成功
MVP:
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 森静流 |
エピソードの種類 | アドベンチャーエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | イベント |
エピソードタイプ | EX |
エピソードモード | ビギナー |
シンパシー | 使用可 |
難易度 | 普通 |
参加費 | 1,500ハートコイン |
参加人数 | 4 / 2 ~ 5 |
報酬 | 通常 |
リリース日 | 04月23日 |
出発日 | 05月04日 00:00 |
予定納品日 | 05月14日 |
参加者
会議室
-
2017/05/03-19:30
プラン提出しました。
誘き出しはさらりと。
結婚式は
私はウエディングケーキと花嫁さんのベールと花束を。
クラウスは他にされる方がいなければ牧師役で式の進行を。
アオラー戦は
私はサポートに目眩ましや足止め等を。
クラウスは騎士様をl8で守りますので攻撃の方はお任せしたいと思います。
騎士様が加勢に行こうとしたら引き止めます。
怪我人にはl9を。(怪我人フラグになりませんように…)
という感じになっています。
何かあれば調整できます。 -
2017/05/03-09:23
わ、また人が増えました!
ますます頼もしくなりましたね。
シルキアさん、クラウスさん、よろしくお願いします。
プランはだいたいまとまりました。
戦闘に関してモ=ジスウがあまり割けなかったのが心配ではありますが…
その分、二人へのフォローという形でうごけたらな、と思います。 -
2017/05/03-00:28
シルキアとLBのクラウスです。
ぎりぎりの参加失礼します。
えーと、私達が出来そうな事ですが、
奥手な2人にお手本を見せる、との事ですが
誓いのキスもお手本が?と気になったのでウエディングケーキを用意して
上の新郎新婦の人形がキスしているものにして見本にして貰えないかな、と。
実際にやってくれる方がいるかもしれませんが、雰囲気作りにも役に立てばと思います。
クラウスは牧師役を考えています。
アオラーが出てきたらそのままl8を張って二人を守ろうかと。
という事ができないかと考えています。
取り急ぎ、ここまでを。
どうぞよろしくお願いします。 -
2017/05/02-21:36
瑞希さん、フェルンさん、よろしくお願いします。
これで守りもばっちりですね。
そうなんです、このクッキーがまた美味しいんですよね。
チョコと一緒だとより美味しいです。 -
2017/05/02-13:08
>瀬谷・フェルン
歓迎する、宜しく頼む。
やる事も書きたい事も沢山だな、今回のモ=ジスウは強敵そうだ。 -
2017/05/01-22:03
こんばんは、瀬谷瑞希です。
パートナーはRKのフェルンさんです。
今からでも参加して大丈夫でしょうか。
皆さま、ご指導の程、よろしくお願いします。
アオラーは出現させて倒す流れでいいでしょうか。
フェルンさんがr4で敵の注意を引く予定です。
敵からの攻撃はフェルンさんが引き受けるつもりです。
飛来系の術ならr8が有効かもしれません。
術詠唱中に攻撃すれば術の発動を邪魔できるかも。
指輪のことは八神さんにお任せします。
英霊2人の誘導はイチャついて絡んでもらう感じでしようか。
お菓子はチョコレート系で幾つか考えるつもりです。
そのお菓子、頂戴しても良いですか?
(タケノコ型のお菓子を手にとる)
チョコもですが、クッキー部分も美味しいですよね、これ。
-
2017/05/01-20:49
他の依頼が出発して人が増えるかと思いましたが増えませんでしたね…
今いる人数を想定してプランを書きたいと思います。
なんだか戦闘よりも式での行動にモ=ジスウを割かれそうな気がします。 -
2017/04/28-15:49
戦闘では私は精霊の補助に回ろうと思う。
コンフェイト・ドライブで能力底上げと、前衛でアオラーの詠唱の阻害だな。
あれには、スパイラルクローで攻撃させるつもりだ。
指輪に関しては其方に任せる。
菓子の方は好きな物をとの事だから、追々考えていく。
-
2017/04/28-09:43
>戦闘
精霊さんが二人ともHBで前衛、かつアオラーがEWに似た能力ということなので
魔法攻撃させる暇なくガンガン攻撃に出た方がいいかもしれませんね。
アスカ君の行動は、HGBをメインに攻撃して、相手が杖などを持っていたらHGR2で叩き落してみようかと。
私はHTGで能力を底上げして、二人の護衛をしようと考えています。
その際、リングガールとして指輪を持っていようと思います。
指輪は糸を通しておいて台座に結び付けて、その台座を持つようにしていれば
すぐに投げつけられますし、回収も簡単になるでしょうし。
>お菓子
はい、これは各々好きなものでいいんじゃないかと思います。
手作りのものだとアットホームな結婚式っぽくなっていいかもしれませんね。
私達は、ドラジェにしようかなと思っています。
確か結婚式で配るんですよね。それにも使えますから。
……なん…ですって……?
これは…戦争が起きるかもしれませんね…!(たけのこ型食べつつ)
でも、きのこも美味しいですけどね。 -
2017/04/27-22:30
遅くなってすまない、イザベラとハードブレイカーのディノだ。
宜しく頼む。
情報の纏めを感謝する。
話を聞くにアオラーはクソだな、とても許せん輩だ。
私個人としてもきっちり奴を討伐して、2人を結婚させてやりたいものだ。
故に指輪に糸の件は賛成だ、万一投げるのに失敗しても直ぐに仕切り直せるしな。
どうにか足止めや注意を逸らして、初手で指輪を当てたいものだが。
…この辺は参加者次第だな。
菓子はどうするかな…。
相手に菓子への愛を語る事を考えれば、単純に我々の好物にした方が良いのだろうか。
(ぼそぼそ精霊に耳打ちされ)…うむ。よく分からんが、うちの精霊はクィノーコー派だそうだ。(キノコ型の方の菓子を取り)
-
2017/04/26-16:00
八神伊万里と、HBのアスカ君です。
よろしくお願いします。
さて、なんだか色々ややこしい事態になっていますが、私達のやることは
・ヤマーンとサットの怨念(?)を収めつつ神殿に連れていき
・二人に結婚式を挙げさせるために手本を示し
・アオラーが現れたら倒す
…ですね。
アオラーは敢えて出現させて倒しておいた方が後顧の憂いを絶てそうかなと思うのですが、これは作戦如何によりますね。
全体で決めることは、
・二人に渡すお菓子(国外のものだと怒らせる?)
・神殿まで誘導する流れ
・戦闘時の作戦
等でしょうか。
指輪を投げつけるのは、回収しやすいようにあらかじめ糸を通しておくのはどうでしょうかと考えてます。
…ところで。
一応出発は確定しているのですが、お供えをすると仲間が増えるそうなのでこれを…
(きのこ型とたけのこ型のチョコ菓子をそっと置き、自身はたけのこ型を取る)
なんとなく、表明しておかなければ、と思うのです。
私はタァルケノークォ…もとい、たけのこ派だと…!