プロローグ
――それは夜。
しんと静まった闇の中、そこだけは白く発光しているかのように。
咲き乱れる白藤でできた光の隧道。
寄り添い歩く二人を清らかな白藤と甘やかな香りが包み込む。
夜に浮かび上がる真っ白な道をゆく足取りは自然にゆっくりと。
眼前に広がるうす紅色の瀑布。
左右に差し渡してピンクの布地を垂らしたような。
さくら色、よりはもう少しあでやかな、けれど優しい藤の色。
人の背丈ほどある、うす紅藤で形作られたスクリーン。
並び眺める二人の心は、そこにどんな映像を浮かばせるのだろう。
そこを藤棚とひとことで言ってよいものか。
淡紫の藤花を惜しげもなく垂らした、一面の幻想世界。
ライトアップはぎりぎりの明るさ。
けれど藤は夜に沈むことなく、堂々たる存在感で世界を染める。
別世界に迷い込んだような景色なのに、心はしっとりと落ち着く。
二人を夢幻に手招く紫藤の棚。
◆◇◆◇◆◇◆
今年も藤まつりの季節がやってきました。
明るい日差しのもとで見る藤もきれいですが、ライトアップされた夜の藤は格別です。
ぜひこの機会に当園に足をお運びくださいませ。
藤まつりの期間中は、着物のレンタルサービスも行っております。こちらでお客様に似合う着物をお選びし、着付けとヘアセットも行いますので、手ぶらでお越しいただいても和の風情を存分にお楽しみいただけることと存じます。
歩き疲れましたら、園内にある茶店にお立ち寄りくださいませ。和菓子各種と抹茶の春らんまんセット、天むす御膳など、お手頃価格で提供いたします。
皆さまのお越しを、スタッフ一同お待ちいたしております。
解説
夜藤夢香(よふじにゆめかおる)。
タブロス近郊にある藤園に夜の藤を観に行きましょう~というお誘いです。
圧倒的な藤の美。言葉少なになるひととき。
普段とは少し違った、しっとりとした時間を過ごしてみませんか。
入園料と交通費で300Jrかかります。
それとは別に、お一人様300Jrにて、着物のコーディネイトと着付け付きのレンタルサービスをご利用いただけます。お二人ならペア料金の500Jr。コーディネイトの希望があればそれに合わせますが、特に希望がなければお任せになります。
もちろん自前の着物や服で来園することもできます(この場合はレンタルサービスではないので、料金はいただきません)。
茶店での飲食は100Jrとなります。
ピンクと白と紫の藤、茶店。全部に行っていただいていいのですが、メインの舞台は1つに絞るのがおススメです。
ではでは、みなさまのご参加をお待ちしております。
ゲームマスターより
みなさまはじめまして。ねこの珠水と申します。
藤の花、きれいですよね~。
甘い香りに誘われるのか、昼間に観に行くと蜂がものすごーくぶんぶんしているので
夜の藤見物が大好きです。
桜月夜ではないのですけれど、「こよひ逢ふ人みなうつくしき」という気分になります。
みなさまとともに、藤の世界を楽しみたいなと思いつつ、シナリオを考えました。
ぜひ藤まつりにお越しくださいね~★
リザルトノベル
◆アクション・プラン
鞘奈(ミラドアルド)
着物レンタルできるの?…ふたりで? ……たまには着るのもいいかしら (髪をアップにします) (着物の柄などお任せします) ミラも、似合ってるわよ いつもと違う雰囲気でいいわね 私は、(顔真っ赤にして)いいのよ、私は 色が選べるの? ……紫の藤が良いわ 手を繋ぐ?この間もそんなこと言ってなかった? ……わかったわよ(おずおずと ──綺麗 別世界にいるみたい まるで、二人きり (自分が何を言っているかわかってない) ……!!(頭撫でられ 突き飛ばさないかって? だって、ここは別の世界 間違いが起きても、普通じゃない 間違いじゃない? ……嫌じゃなかった (祭りの静かな熱に浮かされ、ぼうっとしている) (手も自然と握り、ミラ任せに歩く) |
かのん(天藍)
着物レンタル:天藍と2人分 どんなのを選んで頂けるのかどきどきしますね 藤園ですか? 1度行ってみたいと思っていたんです 白に薄紅、紫どの色を見に行きましょう? 藤棚までの道程は天藍と手を繋いでゆっくり歩く 藤棚に着いてその見事さに、生業(ガーデナー)の条件反射か職病業みたいなもので、つい手を離し天藍から離れ藤の花を見上げる …すごい… 本当に見事ですね、何だか花に飲み込まれてしまいそう 花に届きそうな気がしてそっと上に手を伸ばす 天藍? 不意に抱き寄せられ、不思議そうに彼の顔を見上げる 最低限の照明のせいか天藍のどこか不安げな表情 私はここにいます 天藍、貴方の傍に 天藍に体を寄せて彼の隣が自分の居場所なのだと改めて思う |
真衣(ベルンハルト)
着物レンタル、お任せ ハルト、着物も似合うのね! かっこいいわ。 えへへ、ありがとう。 うん!(手を繋ぐ お花の名前、ふじだっけ? 光があたってとてもきれいね。 色んな色がある。お花のカーテンみたい。(上に手を伸ばす もちろん! ハルトとお出かけだけでも嬉しいの。 それに夜はいつもだとダメって言われるから。 知ってるわ。だから、ハルトと一緒だと夜もいいよってなるから。 夜にお出かけするどきどきと、ハルトといっしょのわくわくで。 今とても楽しいのよ。(握った手に力を少し入れて、笑顔でハルトを見上げる (いつもと違う服をきて、ここを歩いてると別の世界みたい。 ハルトと来れてうれしいな。 着物似合うって言ってくれたのも、うれしい) |
●藤に酔う
藤まつり会場の入り口すぐの場所に、着物レンタルします、と看板が出ていた。
おふたりでいかがですかと呼びかけられて、ミラドアルドは鞘奈を振り返った。
「着物レンタルしてるみたいだよ。一緒に着ないかい?」
「レンタル? ……ふたりで?」
少し迷ったが、鞘奈は頷いた。
普段はあまり着物を着る機会がないけれど、今日は藤まつり。こんな場所で着物を着てみるのも、たまには良いかもしれない。
「じゃあ彼氏さんはこちらへ、彼女さんはこっちですよー」
「え、私たちそんなのじゃ……」
慌てて鞘奈は否定するが、呼び込みの店員は聞いているのかいないのか、さあさあ早くと笑顔で2人を奥へと案内していった。
先に着付けを終えたのはミラドアルドのほうだった。
紺の大島紬の長着に揃いの羽織。白黒の翁格子柄の角帯。きっちりとした正統派の着物だが、羽織の紐の先が藤の花の形になっていて、本物の花をつけたように垂れている。
「サヤナは……」
まだか、と視線を巡らせたところに、ちょうど鞘奈が出てきた。
「……」
普段と違う鞘奈の魅力に、ミラドアルドは言葉を失った。
鞘奈の着物は、桑の実色の深みのある紫地。そこに光の加減で銀にも見える白鼠で、さらりと線で描いたような蝶が幾つも飛んでいる。落ち着いた色合いに動きのあるデザインの蝶が遊びごころを添えている着物だ。
ゆるくアップにした髪には、淡紫と白の藤花を模したかんざしが揺れる。
「綺麗だ、サヤナ、すごく素敵だよ」
「ミラも似合ってるわよ。いつもと違う雰囲気でいいわね。私は……」
そこではっとしたように言葉を切り、鞘奈はミラドアルドから顔を背けた。
「いいのよ、私のことは」
髪をあげたうなじまで赤く染まっているが、つんと顔をそらす仕草はいつもの鞘奈で、ミラドアルドはそっと微笑んだ。
ミラドアルドはどこを回ろうかと考えながら園内地図を眺めた。
白く輝く藤のトンネル、布をかけ渡したようなピンクの藤の滝、圧倒的な存在感の藤棚。
色で塗り分けられている地図は分かりやすい。
「サヤナはどこに行きたい?」
「いろいろな色があるのね」
鞘奈もミラドアルドの隣に並び、地図を見上げて考える。どの色にもそれぞれ良さがあるけれど、どこに行きたいかと聞かれれば……。
「……紫の藤が良いわ」
地図のほぼ中央、藤まつりでも一番の見どころと言われている藤棚のある場所を鞘奈は指さした。視界すべてを藤が埋め尽くすという風景はぜひ見ておきたい。
「紫の藤だね。よし、それじゃ行こう」
ミラドアルドはごく自然に手を差し出した。けれど鞘奈はすぐ手を預けることはせずに尋ねる。
「この間もそんなこと言ってなかった?」
「こんな時も、だよ」
ミラドアルドは当然とばかりに答えた。
鞘奈は反論しようとか口を開きかけたが、思いとどまる。
「……わかったわよ」
おずおずとではあったが、鞘奈は差し出されたミラドアルドの手に自分の手を重ねた。
その手をミラドアルドは、姫を導く騎士のようにエスコートしていった。
「――綺麗。別世界にいるみたい」
藤棚に着くと鞘奈は空から流れ落ちるような藤の花々を見上げ、感嘆のため息をもらした。
「ああ……綺麗だ」
ほんのりした明かりに照らされて、見える風景はただ藤のみ。目に入る人は目の前の相手のみ。
自分が何を口にしているのかも無意識に、鞘奈はつぶやく。
「……まるで、二人きり」
「そうだね。世界に二人きりみたいだ」
普通の世界から切り離されている、うたかたの世界にただ二人。
そんな気分にさせる藤のとばり。
同意しながらミラドアルドは、藤に目を奪われている鞘奈を見つめた。
少女と言うには大人びて、女性というには幼い横顔が、一心に藤を見上げている。
(ああ、まるで藤の姫。とらえがたく儚い一瞬の)
それは無防備にはかなげで。
そのまま藤の中に消えてしまいそうで。
不安に駆られたミラドアルドは鞘奈の腕を強く引いた。
「……!」
引かれたほうの鞘奈は驚いて息をのむ。
そして引いたほうのミラドアルドもまた、自分のしたことにはっとした。
互いにそのまま動きを止めて、藤世界の中、見つめ合う。
「突き飛ばさないのかい?」
ミラドアルドに聞かれ、鞘奈は小さく首を振った。
「いいえ、だってここは別の世界。……間違いが起きても、普通じゃない」
いつもの世界とは違う、藤に酔わされた夢の世界だから。
「……僕は、間違いじゃないと思いたいな」
そういうミラドアルドの手から強引な強さは消えたが、手は離れない。
(間違いじゃない?)
どこかぼんやりしながら、鞘奈はミラドアルドの言葉を脳裏に繰り返した。
いつの間にかミラドアルドの手は鞘奈の腕をすべり、手を握る。
そうされたことも気づかず、鞘奈は手を引かれるままにミラドアルド任せに歩き出す。
まつりの静かな熱が、藤の甘い香りが、ふたりを夢へと誘う。
世界を藤色に酔わせて――。
●夜のお出かけ
大きく深呼吸すると、夜の匂いがする。
朝の清々しい匂いでもなく、真衣のよく知る昼間のおひさまの匂いでもない。
きりりと静かに澄んだ夜の匂い。その上にふわりと乗る甘さのヴェール。きっとこれが藤の花の香り。
「真衣?」
目を閉じて全身で夜を感じていると、問うような響きのベルンハルトの声がかけられた。
くるっと勢いよく振り返り、真衣は目を見張る。
爽やかな明るい青の着物に、黒地に金糸で麻の葉の文様を織り出した角帯。柔らかな生地の風合いが、ベルンハルトの立ち姿を引き立てている。
不思議な生地感に興味を引かれて、真衣はそっとベルンハルトの着物の袖に手を触れてみた。
「デニム生地だそうだ」
ベルンハルトは着つけてもらった人から聞いた知識を披露した。
「デニムって着物にもなるの?」
「そうらしい。着物用なのか、かなりしなやかな着心地だ」
ふぅんと頷きながら、真衣は着物の袖を放して数歩後ろにさがり、改めてベルンハルトの着物姿を眺めて手を打ちあわせた。
「ハルト、着物も似合うのね!」
「そうか? 普段着ないからな。変でないのならよかった」
「変だなんてとんでもない。かっこいいわ」
真衣はにこにこと答えた。
「真衣もよく似合っているよ」
長い黒髪はふんわりとしたお団子に結い上げられ、三つ編みが2本、カチューシャのように渡されている。着物は赤に手毬と花を散らした愛らしい柄。それに合わせてか帯にはころんとした手毬の帯飾りがさされ、真衣の動きに弾む。
「えへへ、ありがとう」
袂を揺らしてみせる真衣をしばし眺めたあと、ベルンハルトは手を差し出した。
「では、行こうか」
「うん!」
差し出されたベルンハルトの手に手を重ね、真衣は歩き出した。
白の藤のアーチは通路全体を白く輝かせ。
淡紅色の藤のスクリーンはまるでピンクのオーロラであるかのようで。
そして藤棚から下がる藤は周囲を別世界へと染め変える。
「これはまた、幻想的な」
夜の闇に周囲の景色は沈み、藤だけが浮かび上がっている光景に、ベルンハルトは目を奪われた。
「お花の名前、ふじだっけ? 光があたってとてもきれいね。それに、色んな色がある」
「そうだな。これほど色に種類があるとは思っていなかった」
「きれい。お花のカーテンみたい」
真衣はベルンハルトと繋いでいないほうの手を上に伸ばしてみるが、背伸びしてもあと少し藤には手が届かない。ベルンハルトだったら、簡単に手が届きそうなのに。
えいっとジャンプしてみると、手の先が触れて藤の花房が揺れた。
「やった」
思わず笑うとこちらを見ていたベルンハルトと視線があう。こんなときにベルンハルトの若草色の瞳に宿る色合いが真衣はとても好きだ。
「気に入ったか?」
「もちろん!」
真衣の答えに迷いはない。
「ハルトとお出かけだけでも嬉しいの。それに、夜はいつもだとダメって言われるから」
暗いと危ない、遅くなるとなにがあるかわからない。そう止められて、夜には外に出してもらえない。
出られないと思うと余計に夜が特別なものに思えて、部屋から窓の外を、ちょっぴりうらやましい気持ちで眺めていたりもした。
「真衣はまだ小さいからな。心配されてるんだ」
「知ってるわ」
窮屈だと感じるときもあるけれど、それが真衣を思ってのことだと知っているから、むやみに反発したりはしまい。
それに、夜の外出は絶対にダメではなく、ちゃんと許される場合もある。ハルトが同伴する場合に限り、夜でも外出が許されるのだ。
普段出かけられない時間帯。
そしてベルンハルトと一緒。
だから夜の外出は、真衣にとって特別な嬉しさがある。
「夜にお出かけするどきどきと、ハルトと一緒のわくわくで、今とても楽しいのよ」
繋いだ手に力を入れて、真衣はベルンハルトを見上げた。
ベルンハルトはそんな真衣を好もしく見やる。
真衣はこの歳にしては物分かりが良い。だからといって大人し過ぎることはなく、真衣の言動は伸びやかに真っ直ぐだ。
「ああ、俺もだ」
この気質が変わらずに大人になってほしいと願いながら、ベルンハルトは真衣の髪を撫でた。おだんごに結い上げられているのを崩さないように、優しくそっと。
真衣はふふっと嬉しそうに笑うと、また藤を見上げた。
夜のスクリーンが日常を覆い隠す。
ゆらゆら揺れる光の花房。
甘い香りがふわふわと漂う。
現実感がないのは、ベルンハルトが普段と違う恰好をしているためもあるのだろう。
ベルンハルトだけでなく、自分もまたいつもと違う服を着て、藤の世界の中にいる。
(……ハルトが着物似合うって言ってくれた)
自分の姿もベルンハルトの目に新鮮に映ってくれているのかと思うと、嬉しくて嬉しくて。
喜びが自然と溢れる。
そんな真衣を見ながらベルンハルトは、連れてきて良かったとしみじみ思う。
藤まつりの話を聞いて、真衣ならおそらく気に入るのではないかと思ったのだが、当たりだった。
このままだとずっとこうしていそうだけれど、まだ夜風は冷える。
「真衣、もう少し歩くと茶店がある。少し休憩をはさもう」
「茶店?」
「甘味もいろいろ置いているらしい。何か温かいものでも飲もう」
「うん、そうする!」
何があるかな、何を食べよう。
そんな話をしながら、真衣とベルンハルトは藤の下を歩いて行くのだった。
●心惑わず藤色の香
藤まつりが開催されると知り、天藍がまっさきに思い浮かべたのはかのんのことだった。
ガーデナーであるかのんは全般に植物を見ることが好きだ。藤のような盛りの時季が限られる花ならばなおのこと、その機会を逃したくはないだろう。
「今晩、藤まつりに行かないか?」
そう誘うとかのんは家事の手を止め、天藍の顔を見た。
「藤まつりですか?」
「ああ。ライトアップされた藤がちょうど見ごろだそうだ。種類もいろいろあるらしい」
藤園の場所など、耳にした情報を天藍はかのんに教えた。
「素敵ですね。あの藤園には一度行ってみたいと思っていたんです」
嬉しそうに笑うかのんに、誘って正解だったと天藍の口角も上がった。
さっそく出かけた藤まつりの会場で、かのんと天藍は着物をレンタルした。
あれが良いこれが良い、ととっかえひっかえ着物をあてられ、相手の着物は何かと店員が双方の部屋を行き来しながら着物が選ばれた。
そうして選ばれたかのんの着物は、地色は春らしい若苗色。柄は和綴じの本から花があふれる、花の本と言われる図柄。そこに締められたクリーム色の帯が明るく優しい印象を与える。
天藍は蓬色の長着に白の献上帯。その上からかけられた紺の羽織が、きりりとした色を添えている。
「白に薄紅、紫。どの色を見に行きましょう?」
春らしい着物姿に装ったかのんは歌うように天藍に問う。
「そうだな、それなら藤色とも言われる紫を見に行こうか」
藤棚に行くまでの道さえ楽しい。着物姿の2人は手をつなぎ、ゆっくりと藤まつりの会場を歩いていった。
「まあ……」
藤棚に到着すると、かのんはその見事さに心奪われた。
右を見ても左を見ても、前も後ろも空もすべて、藤一色。
長いもの、短いもの。無数に垂れた藤の花が幾重にも藤色のヴェールを作り出し、それがライトアップされてほのかに光るような藤の世界を作り出している。
周囲には藤の香がたちこめて、息をするたび藤が身体に浸透していくような心地がする。
「……すごい……」
天藍とつないでいたかのんの手から力が抜け、するりと離れた。そのまま一歩、また一歩とかのんは藤棚の奥へといざなわれてゆく。
今を盛りの藤の花は美しさも香りも格別だが、人があまり目を止めない藤の木にもかのんの視線は注がれ、よく手入れされている様子に微笑する。
そうしてかのんが藤の花に夢中になるのは、天藍には予測済みのことだった。これまでにも同じようなことは何度もあったから、天藍はそんなかのんに声はかけず、静かに見守る。
天藍はかのんほど花に興味があるわけではないが、袂を揺らしながら藤の下を歩くかのんの着物姿は目に楽しく見飽きることがない。
「本当に見事ですね、何だか花に飲み込まれてしまいそう」
藤の花に向けて、うっとりとかのんは手を上に差し伸べた。
指先にあたる藤の花房が、まるで挨拶をしてくれているようだとほほ笑んで。
風もない。
音もない。
他に人の気配もない。
藤が音を吸い込んでいるかのような、静かな静かな夜。
闇を背景に、ただ藤の花だけがはっきりと浮かぶこの場所では、時も流れるのを忘れてしまいそうだ。
一面の藤色の中で藤へと手を伸べるかのん。
その着物の淡い緑が、すうっと藤色をまとう夜の中に沈んでいってしまいそうで。
そのまま藤にかのんを奪われてしまいそうで。
不安を覚えた天藍は足早にかのんに近づくと、そっと肩を引き寄せ腕の中に抱き寄せた。
「天藍?」
不意に抱き寄せられたかのんは、不思議そうに天藍の顔を見た。
甘やかな抱擁とはどこかが違う。
抱きしめてくる天藍の腕の力も、見上げた表情も、その奥に不安を宿しているように感じられた。それはもしかしたら、最低限の明るさに抑えられたライトアップの照明の所為なのかもしれないけれど。
かのんはそっと腕を天藍の背に回した。若苗色の着物の袖が揺れて天藍を包み込む。
「私はここにいます」
大きな声ではないけれど、はっきりとした声音でかのんは言った。
こうして身を寄せているとつくづく思う。ここが、彼の隣こそが、自分の居場所なのだと。
腕の中のかのんから、温かな体温が伝わってくる。
柔らかで優しい、いつものかのんの感触にざわついていた天藍の心が鎮まってゆく。
そう、彼女はここにいる。自分の腕の中に。
実感できると、それまで心を占めていた不安は霧散した。どうしてあんなに不安になっていたのだろうと、不思議に感じられるほどに。
(藤色と夜の闇が濃すぎるせいか)
闇色の背景に藤色の花と香り。濃厚な藤の風景が、別世界への扉が開いてしまいそうな錯覚を呼び起こすのだろうか。
「かのん、俺の傍に」
腕の中のぬくもりへと天藍は呼びかける。
「はい。天藍、貴方の傍に」
返ってくるのはゆるぎない答え。
藤の気配にも惑うことのない、それがふたりの誓いなのだった――。
依頼結果:大成功
MVP:
名前:かのん 呼び名:かのん |
名前:天藍 呼び名:天藍 |
名前:真衣 呼び名:真衣 |
名前:ベルンハルト 呼び名:ハルト |
エピソード情報 |
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マスター | ねこの珠水 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | ハートフル |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ビギナー |
シンパシー | 使用可 |
難易度 | とても簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 3 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 04月16日 |
出発日 | 04月22日 00:00 |
予定納品日 | 05月02日 |