ガラスの靴は落とさない(北乃わかめ マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

 ――無くしてしまったペンダントを、見つけてくれてありがとう。お礼と言ってはなんだが、私の屋敷のパーティーに参加してくれないか? そこで、改めてお礼がしたい。

 そう言われ、あなたはとある貴族の大きな屋敷を訪れていた。
 屋敷の大広間のテーブルいっぱいに並べられた食事の数々。頭上で輝く巨大なシャンデリア。楽団が奏でる名前も知らない音楽。
 あなたにとって目新しく、手を伸ばしても届かないものだと思っていたすべて。

 先ほど、あなたは主催でもある家主に挨拶を済ませたところだ。
 身分の違いも気にせず、分け隔てなく接してくれた彼に気をよくしていたが、忘れるなかれ。ここはあくまでも、貴族の社交場なのである。
 家でも一番上等な生地を使って、ドレスを拵えてきたにも関わらず。他の女性たちは、レースやフリルをふんだんにあしらったドレスを着て悠々と歩いている。その差は歴然と言えるだろう。

 銀色に輝くティアラは無い。
 胸元で存在を主張するルビーのネックレスも無い。
 ドレスにシルクを使う余裕も無くて。
 靴に目立った装飾も無ければ、むしろヒールだって無かった。

 あちこちから聞こえてくる、「場違い」「田舎者」という言葉。善意で招いてくれた家主には申し訳ないが、あなたはひどく落ち込んでいた。
 そんなあなたに、ひとりの青年が声をかけた。曰く、壁の花でいるのはもったいない、と。
 しかし、あなたの心は晴れなかった。青年の後ろで、顔見知りだろう男女が数名、にやにやと嫌な顔でこちらを見ていたのだ。
 青年もそれには気づいているようで、むしろこちらの反応に期待しているようだった。
 つまり、ここで浮かれて、差し出した手を取れ、と。
 取ったが最後、田舎者のくせにと笑うのだろう。そんなことしか娯楽にできない青年らを哀れと思うも、自分も似たようなものかとあなたは思う。

(この手を取ってしまえば、わたしはこの場の笑い者。だけど払ってしまえば、ここの空気を壊してしまう)

 家主の善意を、無碍にしたくはなかった。それに、青年らはともかくここはかねてより憧れていた世界。
 そう、それはいつか見たおとぎ話のように。
 かわいいお姫様と、かっこいい王子様が、愛を語らう輝かしい舞台で。

 青年の手を取るべきか、取らざるべきか。
 あなたが暫し逡巡していると、青年は次第に苛々し始め、眉間のしわをぐっと深くした。
 そして、強引にもあなたの腕を掴む。

「きゃっ……!」
「あぁ、もう、じれったいなぁ! お前みたいな田舎者にはさ、選ぶ権利なんて無いんだよ!」

 強い力で引っ張られ、あなたはバランスを崩した。
 青年はあなたを、そのまま大広間の中央へ向かって突き飛ばす。こんな大勢の前で転んでしまえば、嫌でも目立つし顰蹙ものだ。
 だが、もはやあなたひとりで立て直せる状態ではなかった。視界に、大きなシャンデリアが映って――

「――大丈夫か?」
「え……、あ、あれ……?」

 そこで、止まる。背中にぬくもりと、優しい声が聞こえてきて。あなたは抱き留められたのだと気づいた。

「可愛らしいお嬢さんが飛び込んでくるものだから驚いた。良ければこのまま、一曲どうだろうか?」
「え、え?」
「さぁ、お手をどうぞ」

 ワルツどころか、ダンスなんて知らないあなたの手を取ると、その人は軽やかにステップを踏んだ。おぼつかないあなたをリードし、まるでそれが正しいと言うように笑顔を見せる。
 視界の端に、先ほどの青年の苦々しい顔が映る。悔しそうに下唇を噛むその様子に、あなたは少しほくそ笑んだ。

 お飾り程度のリボンを結んで。
 母の形見の、色褪せたブローチを付けて。
 僅かなレースで、袖にだけフリルを繕って。
 少しでもマシに見えればと、靴に花のコサージュを付けてみたりして。

 誰がどう見ても、田舎娘が背伸びをした程度にしか思えないそんな姿を、その人は可愛らしいと褒めてくれた。
 名も知らぬ人だけれど、あなたが確かに思うことはただひとつ。
 ――この人が、わたしの運命の人。

解説

 フィヨルネイジャの白昼夢です。
 もしも、見知らぬ誰かに神人が絡まれていたら、どうしますか?

 前提として、プロローグにある『お金持ちの男性(パーティー主催者)に誘われ、パーティーに来た』は変えられません。
「お金持ちの男性」はパーティーに行くためのきっかけの人で、主催者としてのあいさつ回りや何やらで多忙です。そのため、「お金持ちの男性=精霊」にはしないようお願い致します。
 ただし、神人と精霊それぞれの立場はお好きにしていただいて構いません。
 プロローグのように、「神人:田舎娘」「精霊:どこかの貴族」にしてもいいですし、神人も貴族だったり精霊がただの給仕だったりしてもOKです。
「お金持ちの男性の娘(息子)」はOKなので、自分の婚約者を探すためにパーティーに来た、も有りです。

 白昼夢の流れとして、神人が誰かに絡まれる→精霊がそれをフォローする、となっています。
 神人に絡んでくる人の立場もお好きに設定していただいて構いませんので、含めてプランにご記載ください。
 文字数に困りそうでしたら、下記の例から選んで、設定をプラスマイナスしていただければと思います。

A:田舎者を馬鹿にする貴族。プライドが高くて小物感が半端ない。親のすねかじり。
B:男尊女卑の典型。黙って言うこと聞けと言う割に、強く言われるとビビる。
C:出会い厨。お付き合いがしたくてパーティーに参加。金はある。
D:女グループ。3~5人程度。姦しいどころじゃない。おそらく一番陰湿。
E:名家の出だがまだ幼い。大人に囲まれて不安気。最も害のない存在。

 A・B・Eは男女問いません。Bは男性、Dは女性のみで想定していますが、あくまでも例ですので改変しても問題ございません。
 A~Eを「お金持ちの男性の身内」にしてもOKですが、「お金持ちの男性」自体はいい人です。



※個別描写になります。
※交通費で300jr消費します。

ゲームマスターより

いつもお世話になっております、北乃わかめです。
ミニエピソードイベントは終了しましたが、フィヨルネイジャでのエピソードです。
フィヨルネイジャはもう大丈夫かなー? 程度の感覚で訪れた、くらいに思っていただければと思います。

もしものおはなし、とても好きです。
昔読んだ童話とかもそうですが、ゲームでも漫画でもあれこれ想像するのはとても楽しいです。
時代設定の縛りもないので、現代でもいいですし中世風とかでもOKです。
「もしも」は、存分に楽しんだ方がいい、とも思うので。

どうぞよろしくお願いいたします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

リチェルカーレ(シリウス)

  設定:田舎の普通の一般市民少女
絡んでくる相手:D

素敵なお屋敷も きらきら輝くシャンデリアも 
おとぎ話そのままなのに
そこにいる自分は なんてちっぽけなんだろう
遠回しに言われる悪口が 悲しくて
皆が自分を見て笑っているようで 視線が落ちる

泣いちゃ、ダメ 

力強く抱き寄せられて 目を瞬く
…シリウス?
女の人たちがざわめくのが耳に入る
いつもの軽装とは違う 上質な騎士の礼服にぽかんと
もともと整った顔立ちが 際立って見えて

…離して
だって あんまりにも似合わない
まっすぐな翡翠の目に 頬が熱く
服も絹じゃないし
宝石もないし
レースもリボンも…
返される言葉に目を丸く
ありがとう …あの、お願いします

向けられた微笑は おとぎ話の騎士様そのもので


かのん(天藍)
  家主のお抱え庭師
通常と色味の異なる花を咲かせた事で育種家として紹介された
こうなることは想像していたけど少し後悔
旦那様がとても乗り気だったので断り切れず出席しましたけど…
A+Dに絡まれる
庭師ごときが厚かましいとか、花の色で主人の気を引くなんて浅ましいとか
やっぱり、お断りすれば良かったです
逃げ道が無いように自然な形に囲まれてちくちくと

引き寄せられて見ず知らずの人だけども、ここは好意に甘える
助けて頂いてありがとうございます
会場にいた方だから身分違いとは思う
それでも、飾らない言葉で気さくに話しかけてくれるこの人ともっとお話しできたらと思う

私でよろしければ、またお会いしたいです


水田 茉莉花(聖)
 
はぁ、行かず後家になるって焦った親が
舞踏会の主催者に掛け合ってこうなったけど
あたしに来る輩はこんなんばっかかーい!
(微笑み張り付かせ内心ツッコミ)

いい加減離れたいんだけど、下手すると厄介だからなぁ…うわっ!
あ、これはチャンス!
坊や、どこへ行っていたの?お母さんは心配しましたよ
もう泣くのはお止めなさい
向こうで甘いお菓子を食べましょうね
(にっこり微笑んで)…それでは、失礼いたしますね

ふぅ、助かったわ
えーっとあなたはひじり君…ってえええええっ!
っとと(周囲確認)
ありがとねひじり君、助けてくれて(頭を撫で)

…そっか、下手な男性に嫁ぐより家庭教師になった方が親も納得するかも
宜しくお願いするわねひじり君


アラノア(ガルヴァン・ヴァールンガルド)
  村娘

AのD

突貫で覚えた挨拶やマナー
ぎこちないけど仕方ない

料理、凄く美味しい…
家族にも分けたいな…

 あら大変っ、料理に虫がたかっているわ!

…え?
不意に頭に水を掛けられた
気が付くと周りには貴族のご息女らしき人達が

囲まれた
逃げられない
好き勝手に言われ、笑われ
俯き耐える


突然立たされた先に素敵な人がいた
驚いている間に連れ出され
流れるように飾られてしまった

すごい…
ドレスに一切手を付けてないのにここまで印象が変わるなんて…

あ、あのっ

何で私を…

…はい


戻り
視線に俯きかける

言葉に顔を上げる

わ…私、ダンスは…

どこが安心なのかとつい思ってしまい
何だか可笑しくなって
ようやくちゃんと笑えた気がした

…なら、転ぶなら一緒ですね



 めいっぱい愛を注ぎ、折れぬよう、枯れぬよう、毎日様子を見て、声をかけて。そうして育ってくれた花の中で、ひっそりと顔を覗かせた『青』。
 世にも珍しいその色をとても気に入った屋敷の主人が、庭の一角にいたかのんに声をかけたのは、それから間もなくのことである。
 そうしてかのんは今、屋内――それも豪勢なパーティーが催されているホールに立っていた。

(旦那様がとても乗り気だったので、断り切れず出席しましたけど……)

 ため息の代わりに、視線を落とす。
 是非皆にも、君のことを紹介したい。そう熱のこもった目で訴えられ、どうにも断れなかった。
 少しだけ。そんな気持ちで承諾した自分を責めても後の祭りというものだが、そう思わざるを得ない。

「庭師ごときが、厚かましいな」
「花の色で主人の気を引こうとしたのね、なんて浅ましいの」

 育種家として親族に紹介され、緊張はしたものの和やかに終わったはずなのだ。そう、表面上では。
 他の方にも挨拶をしてくると言って主人が離れてしまってから、それは一変した。
 かのんを取り囲むように並び立つ男女数名は、口裏を合わせていたかのように罵声を浴びせ始めたのだ。

(……やっぱり、お断りすれば良かったです)

 庭師である自分が来ればどうなるか。ある程度の予想はしていたからこそ、一度断ったのだ。だが、主人に悪気はなくて。花を褒めてもらえたのも、嬉しかった。
 今は、とてもつらいだけだ。触らぬ神に何とやら、周りを見ても誰もが知らんぷり。
しかし、そこに一筋の光が差し込んだ。

 ――天藍は辟易していた。
 愛憎渦巻くどろどろとした貴族社会に嫌気が差し、狩人へと立場を変えて生活していたある日。親族からの小言が添えられたパーティーへの招待状が、天藍の元に届いた。
 自由にさせてもらっている身として、やむなくパーティーには出席したが、そこで見たのはやはり毛嫌いしていた腹の探り合いで。
 何か理由を付けて帰ってしまおうかと、思っていた矢先のことである。

「あれは……」

 見知った親類縁者に囲まれた、黒髪の女性。先ほど、伯父が自慢の庭師だと紹介していた人物だと思い出す。

(全くこれだから……伯父さんに悪気は無いんだろうが、彼女が気の毒だ)

 身分にかこつけて、この場にいる多くの人間が彼女を見下しているのだろう。まるで、自分たちが正しいとでも言うように。
 だが、天藍の目にはそんな煌びやかな皮で固めた彼らよりも、質素な佇まいのかのんの方がずっとまともな人間に見えた。

「――失礼」

 だからこそ、こんなどす黒い世界から彼女を救おうと手を差し伸べたのだ。
泥の中でも美しく咲くのだろうが、それでもここは似合わない。

「あなたが、珍しい色の花を咲かせたという方ですね?」
「え……は、はい」
「あぁ、良かった。あなたが咲かせた花が咲いている所を見たいので、庭の案内をお願いできませんか?」

 恭しくかのんの手を掬い、すみれ色の瞳を見つめる。
にっこりと笑みを見せ、かのんの「はい」という返事を聞くと、その手を引いて足早に庭園に出たのだった。

 屋敷から漏れる明かりと月だけが二人を照らす。小さなオーケストラの演奏をBGMに、かのんが手入れをしている庭の一角までやって来た。

「災難だったな。伯父に悪気は無いんだ、周りの奴らはどうかしてるが」
「そんな……助けて頂いてありがとうございます」

 歩調を緩め言われた言葉に、かのんは慌てて首を横に振った。そんな謙虚な振る舞いに、天藍はやはり今まで見てきた貴族たちとは大きく違うのだと実感する。
 言葉通り、天藍は庭に咲く花のことを問うた。

「この花の名前は、何と言うんだ?」
「今まで見たことがない色だが、どうすればこんなにも美しい色で咲くんだ?」
「君は、どんな花が好きなんだ?」

 かのんはそのたびに、ひとつひとつを丁寧に答えた。時には育種家として、時には純粋に花を愛する一人として。
 時間の経過も忘れるほどに、かのんは天藍とのひと時を心から楽しんでいた。

(私とはきっと、身分の違う人……でも、もっとお話ししていたい)

 パーティー会場にいたときとは異なり、天藍の雰囲気は先ほどよりもずっと砕けたものになっていた。美しい花を眺めては、あれはこれはと聞いてくる姿には、どこか無邪気さも感じる。
 伯父という発言から、天藍も貴族のひとりなのだということは容易に推測できた。だが、居心地の悪さなんて微塵も感じていない。
 庭師風情が、と思われるだろうか。そっととなりの天藍の表情を盗み見ると、ぱちり、と切れ長の瞳と視線がぶつかった。

「ひとつ、提案があるんだが。――今度は、別の場所で会えないだろうか」

 優しく細められた瞳に見つめられ、かのんは高鳴る鼓動を感じていた。
 彼も、同じ気持ちだった。それがわかって、じわりじわりと頬に熱が集まっていくのがわかる。

「私でよろしければ、またお会いしたいです」

 花開くように微笑んだかのんの右手の甲に、天藍はそっとキスを落としたのだった。





(……はぁ)

 穏やかな微笑みをたたえながらも、水田 茉莉花は心の中で何度目かもわからないため息を吐く。
 パーティーが始まってからというもの、茉莉花は唇が引きつりそうになるのを必死に耐えるばかりだった。

(行かず後家になるって焦った親に言われて来たけど……)
「そろそろ身を固めろとうるさくてね、このパーティーに出席したわけなんですが。いやぁ、こういう場も悪くないですねぇ。来週、私の家でもパーティーを行うんですよ、まぁ規模ももう少し大きいものなんですけどね。どうです? あなたも」

 シャンパングラスを片手に喋り続ける男性を前に、茉莉花はにっこりと微笑む。

「……えぇ、機会がありましたら」
(あたしに来る輩はこんなんばっかかーい!)

 和やかな空気が流れる中、茉莉花は心の中で盛大にツッコミを入れた。
 先ほどから何人かと会話しているが、どの男性も似たような誘い文句だ。中には、ストレートに『女性』とお付き合いがしたいと言ってくる者もいたが。
 誰も彼も、茉莉花自身を見ていない。裏側の『誰でもいい』という言葉が見え隠れしていて、茉莉花はいい加減この場を離れたくなっていた。
 こっそりと、気づかれぬよう視線をさまよわせる。何か、打開策は無いものか――。

(……あ。あのおねえさん、へんなおじさんにからまれてる。顔引きつってるのに、よく話しつづけられるなぁ、かん心します)

 そんな茉莉花を、遠目に見つけた人物がいた。茉莉花に絡んでいる男性を一瞥し、ふむ、と思案する。

(でも、そろそろ何とかしないと。あのおじさんをよんだ『パパ』のひょうばんにかかわってしまいますからね)

 相手の反応を気にしてか、どうにもうまく動けない茉莉花を察し、少年は二人に近づいた。二人の視界に入るだろう位置まで来ると、何も知らない子どものように、おろおろと視線を泳がせる。
 隙を見て、男性の横を通り過ぎ――

「……うわっ!?」
「ママ! やっと見つかった! ぼく、こわかったんですよう!」
(――あ、これはチャンス!)

 ぽろぽろと涙を零しながら、茉莉花に飛びついたのである。
 そして茉莉花も、すぐさま状況を理解した。少年の勘違いであれ、何か考えがあるのであれ、この状況を利用しない手はない、と。

「まわりのお兄さんはにらむし、パパはいそがしいし、ぼくどうしたらいいか……うわぁあん!」
「坊や、どこへ行っていたの? お母さんは心配しましたよ。もう泣くのはおやめなさい」

 少年と視線を合わせるように膝をついた茉莉花が、そっと少年の頬を撫でる。その慈愛のこもった瞳は、まさしく母親のそれだった。
 親指で頬にできた涙の跡を拭うと、少年の手を握り立ち上がる。つい、と側で呆然としている男性に視線を向けて。

「……それでは、失礼いたしますね」

 少年の手を引き、背を向け歩き出したのだった。

 少し歩けば、会場にいる人々の群れに紛れることができる。男性まで声が届かないだろうところまで進むと、茉莉花はようやく詰めていた息を吐き出した。

「……ふぅ、助かったわ。えーっとあなたは――」
「ひじりです、このパーティーを開いた人のむすこです」
「そう、ひじり君……って、えええええっ!?」
「声大きいと、さっきのおじさんに気づかれちゃいますよ?」

 けろりと、涙の引っ込んだ瞳で少年――聖は茉莉花を見上げた。
 慌てて、繋いでいない方の片手で口を押さえる茉莉花。先ほどの声のせいでちらちらと周囲からの視線は感じたが、あの男性には届いていなかったらしく安堵する。
 何食わぬ顔で、ポケットに入れていたらしいタフィーを食べる聖。彼が機転を利かせてくれたのだとわかり、茉莉花は立ち止まると聖の頭を撫でた。

「ありがとねひじり君、助けてくれて」
「……当ぜんのことをしたまでです」

 嫌がるかと思ったが、存外聖は茉莉花の手を受け入れた。つんとした態度の奥に見える優しさに、茉莉花は笑みを深くした。

「それに、おねえさんならぼくの家てい教しにふさわしいと思うんです」
「家庭教師……?」

 まっすぐと自分を見上げる聖の言葉に、茉莉花は頭の中でも反芻する。
誰かと結婚するのではなくて、聖専属の家庭教師になる。それなら結婚に縛られることもないし、手に職もつく。

「……そっか、下手な男性に嫁ぐより、家庭教師になった方が親も納得するかも」

 そうと決まれば話は早い。元々、無理に結婚するつもりも無かったし、「とりあえず」で結婚して失敗するのも嫌だ。それならば、聖の言葉を受け入れた方がずっと建設的な考えだろう。
 うん、と頷き結論を出した茉莉花は、改めて聖と向き合った。

「宜しくお願いするわね、ひじり君」
「はい、こちらこそよろしくおねがいします」

 にっこり、お互いに微笑み合う。茉莉花は今後の展望を思い描き、家庭教師としてのやる気を十二分に胸に抱いたのだった。

(ま、家てい教しだけで終わらせないけど)

 聖の思惑は、茉莉花の知らぬところで動き出したばかりだ。




 幼い頃、母に読み聞かせてもらったおとぎ話。
 お抱えの楽団が楽しげに音を奏で、天井には大きなシャンデリアがきらきらと輝いている。
 ここは、リチェルカーレが一度は見てみたいと思っていたおとぎ話の世界に、よく似ていた。
 ――だけど。

(ここにいるわたしは……)

 おとぎ話に出てくるお姫様のようには、笑っていなかった。
 きっかけは、質素な花束だった。たまたま近くを通った屋敷の主人が、リチェルカーレが店番をしていた花屋に訪れたのだ。
 病に伏せる妻に、花を贈りたい。そんな主人の想いを汲み、奥様の好きな花と回復を願って、見繕った小さな花束。それをたいそう気に入ってもらえて、さらには奥様の体調も回復したこともあって、お礼にとパーティーに招待されたのだ。
 パーティーと聞いて、とても胸が躍った。何を着ていこうか、どんなリボンが似合うか考えるのが楽しかった。
 しかしそんな気持ちは、脆くも踏みにじられたのだ。

「――ねぇ見て、あの子。いやぁねぇ、安っぽい格好して」
「あらぁ、ほんとだわ。こういうの、身の程知らずって言うんでしょう?」
「これだから田舎者は嫌ね、浮かれちゃって可哀想だわぁ」

 くすくす、くすくす。
 煌びやかな衣装をまとった女性から投げられる視線が、言葉が、とても痛い。まるでぽつんと世界に取り残されてしまったように、リチェルカーレはその場に立ち尽くしていた。

(……だめ)

 つい、下唇を噛む。この会場にいる誰もが自分を嘲笑っているようで、視線は足元に落ちる。指先はどんどん冷たくなり、ドレスの裾を強く握りしめた。

(泣いちゃ、ダメ)

 憧れていた世界に、悲しみの涙は似合わない。だけど簡単には、顔を上げられなくて。
そんなリチェルカーレに向かって、まっすぐ歩いてくる人物がいた。
 不快感に顔をしかめながら、その人は俯くリチェルカーレに手を伸ばす。震えるその肩を強く、抱き寄せた。

「――え、」

 ぱちり、と振り向いた視線がかち合う。

「……シリウス?」

 その人は、リチェルカーレがよく知る人物であった。
 怪我を負っていたシリウスを、道端で偶然見つけて慌てて手当てしたあの日。気にしないでと言ったのに、シリウスはお礼をと言って何度かリチェルカーレを訪ねるようになっていた。
 身なりから、国の兵士であるとはリチェルカーレも思っていたのだが。
 シリウスの登場にざわめく女性たちから『正騎士』という言葉が聞こえて、思わず耳を疑う。いつもとは違うかっちりとした礼装に、リチェルカーレは目を奪われた。

「うそ、正騎士様がどうして田舎者なんかと……?!」
「きっと何かの間違いよ、だってあんなみすぼらしくて――」

 好き勝手に騒ぐ女性たちの声は、それ以上続くことはなかった。シリウスが、冷え切った視線で彼女たちを黙らせたからだ。
 リチェルカーレを抱き寄せ、シリウスの視界に入ったのは大きな瞳に滲んだ涙だった。他人を蹴落とすことばかり考える人間の中で、リチェルカーレがどのような扱いを受けたのか容易に想像がつく。
 それでもなお、流れることのなかった涙を見て、胸が張り裂けそうだった。

「……離して」
「……なぜ?」
「だって……あんまりにも似合わない」

 向き合うと、よくわかる。立場と、身分の違いが。それこそ、遠巻きに見ている彼女たちのような女性こそ、ここにいるべきではないのか。

「服も絹じゃないし」
「絹の服じゃなくてもいいだろう」
「宝石もないし」
「その首飾りはカメオじゃないのか」
「レースもリボンも……」
「レースもリボンも、お前も付けている。何か問題が?」

 相応しくないと決めつけるのは簡単だ。それでもシリウスは、ひとつひとつ丁寧に憂いを溶かしてくれる。
 迷いなく発せられる声に、リチェルカーレはいつの間にかシリウスを見つめていて。澄んだ翡翠の瞳に、頬が熱くなるのを感じていた。

(その顔の方がいい。お前が一番綺麗だ、なんて)

 ストレートには、言えないけれど。涙が引っ込み、いつものやわらかな表情を取り戻したリチェルカーレの素顔に、ほっと安堵する。
 手当てをしてくれたあの日。陽だまりのような笑顔を、心から守りたいと思ったから。
 シリウスはリチェルカーレの前に跪き、恭しく手を差し伸べた。

「……一曲、踊って頂けますか?」

 会場にいる女性たちの、悲鳴のような声が上がる。
 リチェルカーレは僅かに息を呑んだが、すぐにシリウスの手に自分の手を乗せた。ゆっくりと、リチェルカーレの手が包まれる。

「ありがとう、シリウス。……あの、お願いします」

 愛おしそうに瞳が細められ、シリウスが立ち上がる。まるでそれが合図であるかのように、楽団は華やかなワルツを奏で始めた。
 自然と足が動く。ダンスなんて踊ったこともなかったはずなのに、シリウスにリードされリチェルカーレは軽やかなステップを踏んだ。

 大きな屋敷の、きらきら輝くシャンデリアの下。
夢に見ていたおとぎ話の世界には、笑顔の絶えないお姫様と、そんな彼女を守る騎士が確かにいたのだった。




 なんてことはない、落としたペンダントを拾っただけだった。
 ただ、屋敷の主人にとってそれは、母からもらった大切な宝物で。絶望していた主人を結果的に救ったアラノアは、お礼にとパーティーに招待されたのである。

「本日は、お招きいただき、誠にありがとうございます」
「おお、よく来てくれたね。ゆっくりお話しすることもできずすまないが、パーティーを楽しんでくれ」

 ぎこちない挨拶も、主人は快く受け入れてくれた。ほっと胸を撫で下ろし、アラノアは別れを告げてその場から離れる。
 今回のパーティーでは、至るところで商談が行われていた。貿易商や、宝石商、政界の重鎮まで。彼らを横目に見ながらも、一介の村娘には縁遠い話だと視線を逸らす。
 アラノアは、所狭しと並べられている料理の数々に近づいた。普段はお目にかかれない大きなチキンや、名前も知らぬような料理が並んでいる。参加者も多いため立食形式になっていたので、アラノアは目を引く料理を皿に取り分け、口に運んだ。

「ん、凄く美味しい……」

 素材の味とソースが絡み合い、何とも上品な香りが口いっぱいに広がった。
 貴族たちの中には、料理に目もくれず談笑している者も多い。もっと食べたいという欲求よりも先に、家で待っている家族に分けてあげたい気持ちが勝った。
 あれは弟が、こっちは妹が好きそうだな。そんな風に、料理を眺める。

「あら大変っ、料理に虫がたかっているわ!」

 ――ばしゃん。

「……え?」

 ぽたり、と髪から雫が落ちる。水をかけられたのだとややあって気づいた。
 なぜ、どうして。そう思って視線を横へずらせば、豪奢なドレスに大きな宝石を身に着けた女性たちが立ちはだかっていた。

(囲まれてる……?)

 貴族の娘だろう、アラノアとそう歳の変わらない彼女たちがなぜ、ここにいるのか。そんな疑問はすぐに解消した。

「あら、あんまりにも汚い格好で、見間違えてしまいましたわ」
「しょうがないですわ。これでむしろ綺麗になったのではなくて?」

 彼女たちは好き勝手にアラノアを貶した。そこに一切の遠慮も無ければ、躊躇もない。ただ自分たちが気持ち良くなるためだけに、貶めているのだ。
 アラノアは耐えるしかなかった。縫いつけられたように足は動かず、徐々に俯く。早く終われと強く願っていると、ふと視界に影が落ちた。

「……失礼」

 無骨な手に導かれ、上を向く。琥珀色の切れ長の瞳に見つめられ、自然と背すじが伸びた。
 ガルヴァン・ヴァールンガルドが、アラノアを頭のてっぺんから足の爪先まで観察する。彼が壁になったおかげで、彼女たちはぴたりと罵声と止めた。

「……成程」
「あ、あの、」
「少し借りる」

 言うが早いか、ガルヴァンはアラノアの手を掴んでつかつかとその場を離れる。我に返った女性が「ガルヴァン様!」と呼び止めようとするが、叶わず二人は扉の向こうへと姿を消したのだった。

 その後は、目まぐるしく事態が進んでいった。
 屋敷の使用人によって濡れて崩れた髪をセットし直し、メイクも整えて。ガルヴァンは持ち込んでいたジュエリーボックスから幾つか取り出し、アラノアに飾っていった。
 仕上げに、赤い蝶があしらわれた髪飾りを付け、全体を見直す。その出来に、ガルヴァンは満足そうに頷いた。

「すごい……ドレスに一切手を付けていないのに、ここまで印象が変わるなんて……」

 アラノアは思わず感嘆の息を漏らす。鏡に映った自分は、華美過ぎない宝石たちに彩られ、先ほどとは別人のように見えた。

「……戻るか」
「あ、あのっ!」
「何だ」
「その……何で私を……」

 会場に戻ろうとするガルヴァンを呼び止める。おずおずと問えば、ガルヴァンは徐にアラノアへ手を差し出した。

「……俺は、宝石の本質を見ずにただ大量に飾る奴を嫌う。故に飾る量が少なくとも品格が上がるという事を示したい。……協力してくれるか?」
「……はい」

 アラノアに、自信があるわけではなかった。ただ、となりにガルヴァンがいれば。まっすぐに前を向ける、そう思ったのだ。
 パーティー会場に戻ると、先ほどの女性たちからの鋭い視線がアラノアに突き刺さった。男性たちも引くほどのそれに、アラノアは俯きかける、が。

「信じろ」

 その一言で、憂いは晴れた。顔を上げ、女性たちに向き合う。凛とした佇まいに、今度は女性たちが押し黙る番だった。

「……折角だ、踊るか?」
「わ……私、ダンスは……」
「安心しろ。……俺も苦手だ」
「え、それって」

 どう、安心すればいいのか。
 きっと彼なりの、気を利かせた故の言葉なのだろう。不器用な言葉に、アラノアは堪らずふっと笑みをこぼした。

「……なら、転ぶなら一緒ですね」
「……ああ」

 飾らない笑顔に、ガルヴァンの思考が鈍る。しかし流れてきた音楽にはっとし、握った手はそのままにホールの中央へと進んだ。
 アラノアが回るたび、髪飾りの蝶がゆらゆらと舞う。その姿を間近で見たガルヴァンは、希少な原石を見つけたかのように口角を上げたのだった。



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 北乃わかめ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ロマンス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ビギナー
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 4
報酬 なし
リリース日 04月01日
出発日 04月09日 00:00
予定納品日 04月19日

参加者

会議室


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