プロローグ
――バタン!
「……へっ?」
フィヨルネイジャから夢が漏れ出ている――と世間を騒がせた事件から、数日。
収拾確認の為にと、フィヨルネイジャの一端へ足を踏み入れた二人は、同時に間の抜けた声を上げた。
「ここ、俺んちじゃん……」
「……そう、ね?」
顔を見合わせ、互いの認識は正常であることを確認する。
周囲をぐるりと見渡すが、確かにそこは二人で住む精霊の自宅。
先程くぐったゲートは私室の扉へと変わっており、ついてなかったはずの錠前ががっちりと掛かっている。
「……だめだ、開かない」
押しても引いても扉はびくりともしない。
カーテンの閉まった窓の外は朝なのか夜なのかわからないほどに薄暗く、やはりこちらも鍵は開かない。
閉じ込められた、という状態が正しい。とはいえオーガが襲ってくるだとか、フィヨルネイジャの見せる特有の悪夢であったり……なんて事はまったくなさそうで。
どうしたものか、と二人途方にくれていると、突然頭上に声が響いた。
『ようこそいらっしゃいました、お二人とも。ここは夢の見せる、切望の部屋――』
「!?」
「だれ」
声の出所を探すが当然見当たらない。
古い音響機器を利用した様な、くぐもった声。
『ご安心を。この世界に、危害はありませんよ』
「……?」
『ここは、お二人の内の『どちらかが望んでいる事をするまで出られない部屋』です』
「望んでいる事をするまで、出られない……?」
『そう。胸の内にひた隠している、パートナーにだからこそ叶えてもらいたい『ねがいごと』。あるでしょう? 心当たりが』
穏やかな問いかけに、精霊がぎくり、と肩を跳ねさせる。
「……ねぇちょっと」
「い、いや。そんな、思い当たる節なんて、ははは」
「……。とにかく、それを実現すれば、この部屋からは出られるのね?」
『その通りです』
響く声――老紳士の言葉に、はあ、と神人はひとつ溜息を吐いて、精霊の方を振り返った。
「……だ、そうよ。これも任務だから。言って、なんでも聞いてあげるわ」
神人の言葉を受けて、精霊は乾いた喉にごくりと生唾を飲み下した。
解説
*プランにいるもの
・相方に叶えて欲しい願い事
・↑に対するアクション
・場所や背景
*いわゆる『○○するまで出られない部屋』系の一種です。
相方に叶えてほしい願い事を秘めているのは精霊でも神人でもどちらでも構いません。キスしてほしいとか、手をつなぎたいとか、ツンツンな相方にたまには愛を囁いて欲しいとか、軽いものから重いものまでご自由に一つ指定してください。望みが叶ったら鍵は開いて出られます。
*行き帰りの雑費で300jr消費しました。
*個別エピソードになります。
ゲームマスターより
男性側で出したものになります。
イベントが終わってからで申し訳ないのですが、よければこちらでもお気軽にご参加ください。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
ラブラ・D・ルッチ(アスタルア=ルーデンベルグ)
【場所】 神人の家(霊園の中にある) 【お願い】 たまにはアス汰ちゃんからキスして欲しいの 【行動】 あらあら〜、ここって私のお家じゃない? トランスの時はいつも自分からだった。なので、たまには精霊からして貰いたいとお願いする。 返事も聞かずにずいっと近寄り、ニコニコしながらその時を待つ。 精霊の思わぬ行動に「きゅん」としてしまう。今、私のこと名前で呼んでくれた? や、やだ……どうしたのかしら?顔が熱いわ。 本当なら揶揄うつもりだったのに、何も言えなくなった。 先に行こうとする精霊を引き止める。あ、あの、待って……! お願い……もう一個、聞いてくれる? 私のこと、これからも名前で呼んで貰えないかしら。 ※両者アドリブ歓迎 |
向坂 咲裟(カルラス・エスクリヴァ)
あら…ワタシの部屋ね 願い事…カルラスさんに心当たりは? ならワタシの願いかしら?……あっ! ええと、少し恥ずかしいのだけれど… そうね、言わないと駄目よね… …カルラスさんの、チェロを独り占めで聴きたいの 今までカルラスさんの演奏を聴いてきたけれど 一人で…ワタシの為だけに演奏してもらった事はないでしょう? カルラスさんの演奏は、とても素晴らしいものだもの… …ダメ、かしら? リクエスト?…愛の歌とかでもいいのかしら? ベッドに腰かけて背筋を正して演奏を聴くわ …優しい演奏 …やっぱり、ワタシはカルラスさんの演奏が大好きよ ありがとう…幸せだわ ◆部屋 白を基調としたベッドと机のあるシンプルな部屋 枕元に牛さんぬいぐるみ |
和泉 羽海(セララ)
*神人の自室 願い事…あたしは…特にない、し… となれば…(ジト目で精霊を見つめる ひ、ざ…まくら…うぅん…まぁ…それくらい、なら… でも…なんでミニスカ…?ていうか…そんなの…持ってたかな…(基本ジャージの為 とても…落ち着かない…! すごくスース―するし、恥ずかしいし…この人はなんか悶えてるし… これ…いつまで…かかるの、かな…(遠い目 平気…だけど…これ、本当に… 『楽しい?』(口パク 『恋人じゃないよ 『別にいいよ… はぁ…まだ、鍵開かないの、かな… (手持無沙汰でつい精霊の頭を撫でる 髪サラサラだ…気持ちいい… あ、鍵…開いた…?ていうか、寝てる?! え、どうしよう…??起きて…くれない… ………落としてもいいかな |
アデリア・ルーツ(シギ)
「部屋の中?」男の子の部屋、よね。(見回す 「シギくんの?」(振り返り顔を見る 12畳くらい? すのこベッドにウッドブラインド。木製が多いのね。 「バイクが好きなの?」(本棚に飾られたバイクプラモに近づく 「はーい」これとか結構大きいけど。組み立てるの大変そう。 「私? そうね」(壁に飾られた染付の鷹のタペストリー観賞を中断 たまに名前で呼んでくれるようにはなったし。 「今はないかな。シギくんじゃない?」 私じゃないなら、『ねがいごと』をいうのはシギくんよね。 「え?」(目を合わせて小首を傾げる 「シギ、……くん」(つい付けてしまう シギくんはシギくんだけど。本人が嫌なら直すわね。 「シギ」 あ、かわいい。本当に猫みたい。 |
イザベラ(ディノ)
(場所) 真っ白で無機質な部屋 (要望に対し) 戸惑う様子もなく快く了承。 物を強請る、金をせびる、愛の言葉を乞う、身体接触を望むなど、具体的な内容を問う。 「何でも言え、お前の望む通りにしてやる」 精霊にして欲しいこと? 「鍛錬に励んで強くなれよ」 (甘え方について) 幼少期の記憶を必死に辿る。 思い出したのは、遊びに来た叔父に帰らないでとせがんだ事。 当時の行動を真似て胸に抱き付いてみる。 「おい、動くな。煩いぞ、集中させろ」 確かこんな事をしていた筈、と色々試してみる。 (抱き付いた感想) 抱き付いた感触に一瞬何かを考えたが、それが何だったかは自分でも不明。 当時の自分は何故こんな事をしたのか、今では全く理解出来ない。 |
●
「どちらかの願い事……」
二人肩を並べ、耳にしたこの部屋の趣旨に、しばし気まずい空気が流れる。
和泉 羽海とその精霊、セララが出た場所は、神人の自室だった。
(願い事……あたしは特にない……し)
ジト目で隣の精霊を見上げると、羽海の言いたい事に気付いた彼は、意を決したようにものすごい勢いで突然土下座してきた。
「膝枕してください! できれば、ミニスカでっ!!」
あけすけの下心に申し訳なさもあるようで、セララは頭が床にめりこむほどの勢いで頭を下げている。
対する当の羽海は、一瞬ぱちくりと瞳を瞬かせたけれど、特に抵抗はないらしく。
(ひ、ざ、まくら……それくらい、なら……でも)
なんで、ミニスカ……? 精霊は土下座させたままクローゼットを覗いた。
基本服がジャージで外出する事も少ないため、小洒落たカジュアルな衣装の持ち合わせがないのだ。
『着替えてくるから待ってて』と筆談で前置き、胸を踊らせる精霊を待たせて、唯一手持ちの地味なスカートに履き替えた。
(とても……落ち着かない……!)
要望通りミニスカで膝枕をした状態で、羽海はやり場なく視線を泳がせた。
スースーと風通しもよく履きなれない薄地は大層心許なく、何より普段露出しない素足が出ているのが恥ずかしい。
羽海の姿を一目見たセララは瞳を輝かせ「本当に羽海ちゃんのミニだぁ……!」と感動していたが羽海本人には何が嬉しいのかよくわからなかった。膝上の精霊は悶えていた。
(やばい……すべすべで柔らかい……そしてかわいいっっ!)
オレもう死んでもいい! と大袈裟に胸中で叫び散らしていたが、ふと羽海の表情が明るくない事に気付いて見上げた。
「羽海ちゃん、重くない?」
「?」
掛けられた言葉に、は、と我に返る。
いつまでかかるのだろう……と、この落ち着かない状況を遠い目で静かに嘆いていただけなのだけれど。
気を遣わせている事に気付いて、首をゆるゆると横に振った。
足の負担はどうってことないけれど、こんな事で、彼は本当に。
『楽しい?』と、口パクで問う。
「楽しいっていうか、嬉しいよ。だって膝枕なんて、恋人同士でもないとしないじゃない?」
『恋人じゃないよ……』
「まあまあそう言わずに。今度羽海ちゃんにもしてあげるね!」
『べ、別にいい……』
「そう言わずに! オレの膝枕なかなかレアだよ? あ、膝が嫌なら腕でも胸でも! 羽海ちゃんならいつでもどこでも大歓迎だよ!」
必死な精霊の言葉は右から左に受け流し、溜息混じりに見慣れた自室の壁を見つめた。
(まだ、鍵、開かないの、かな……)
手持ち無沙汰でつい、丁度いい位置にある彼の頭を撫でる。
(羽海ちゃんが、頭撫でてくれてる……!)
オレ今すごく幸せかも……! 感激から二度目の昇天を遂げそうになったが、頭を撫でる柔らかな手のひらの感触に、次第にうつらうつらと瞼が重くなり始める。
一方の羽海も、サラサラな髪の感触に微睡む様な心地よさを覚えて、流れる時間に身を任せていたら、不意にカチリと鍵の開く音がした。
(……あ。鍵、開いた……?)
我に返るが時既に遅く、目下の精霊は瞳を閉じて寝息を立てていた。
(えっ……どうしよう……)
起きて、くれない。
太ももを動かしてみるが彼の瞳は一向に開かない。
途方にくれる羽海の気配に、セララはとっくに気付いていたけれど。
(あ~悩んでる気配がする。きっと可愛いんだろうな……でもごめんね。もうちょっとだけこの夢堪能させて!)
狸寝入りを決め込むセララに、ため息を吐きやむなく付き合ってやる事に決めたものの。
(……落としてもいいかな)
羽海の胸中などどこ吹く風で、膝上から落とされるまで、セララは願望の世界を楽しんだ。
●
「あらあら~、ここって私のおうちじゃない?」
神人、ラブラ・D・ルッチとその精霊、アスタルア=ルーデンベルグが出た場所は神人の自宅だった。
窓の外には霊園が広がる。葬儀屋を生業とする彼女の家は墓地の中にある。
暗くてジメジメとした陰鬱な雰囲気は、まさに今の心境を表してますね、と、アスタルアは表情に影を落とし、心中で呟いた。
(今の僕はさながら、ライオンの檻に放り込まれた子鹿ですよ……)
肉食獣に今日こそ食われてしまうのでは、と内心覚悟を決め込む精霊をよそに、ラブラはあくまでマイペースだ。
そうねぇ、と人差し指を唇に当てて考える。はなからお願い事を聞いてもらう気でいるらしい。
一体なにを言いだすものかと身構えていたアスタルアに、ラブラは柔らかく微笑みかけた。
「たまには、アス汰ちゃんからキスしてほしいの」
思っていたものよりも遥かに拍子抜けする――可愛いお願い事に、アスタルアは呆然とほうけた。
「……え」
「もっと過激な事がよかった?」
「い、いえっ……で、でもキスくらい、トランスの時にも……」
「トランスの時はいつも私からなんだもの。こんな時くらい、アス汰ちゃんからもしてほしいわ」
だめかしら。にこ、と瞳を細めて問いかけられれば、脱力したままの勢いでつい「はい、良いですよ」と――言い切る前に、ラブラがずいっ! と顔を間近に寄せてきた。
にこにこと、期待の眼差しで見つめられて戸惑う。
身長は彼女の方が高いため、自分からキスをすると言った手前、背伸びするのも格好つかない気がする。
むむむ、としばらく考え込んだ末、アスタルアは床に片膝をついてラブラの前に跪いた。
「……アス汰ちゃん? えっ」
つい、と細いラブラの手を取って、契約印の浮かぶ甲にちゅっと音を立てて口付けて。
解けるように笑って、ラブラを見上げた。
「契約した時の事を思い出すね。……ラブラ」
「……っ!」
精霊の思わぬ行動に、ラブラの豊満な胸の奥がきゅんと高鳴った。
ほんの気まぐれで、いつものあだ名でなく名前で神人を呼んでみただけ。
くすりと笑って顔を上げて、ちょっと格好つけすぎたかな、なんて頭をかこうとしたら、不意に視線が絡んだ彼女の反応は予想以上で、アスタルアもつられるように瞳を瞬かせた。
「な、なんっ……!?」
「今、私のこと名前で呼んでくれた?」
「……え? えぇ、そ、うです、けど」
「……っ。や、やだ。どうしたのかしら……」
顔が、熱いわ。
ぺたりと両手で頰を挟み込んで、熱を持つ肌をラブラは自覚する。
本当はからかうつもりだった。照れちゃって可愛いわね、とかなんとか言って。
なのに何も言葉が出てこない、それどころか。
「! か、鍵、開いたみたいですから、行きますよ!」
らしくない彼女の様子がどうにもいたたまれない。
赤い顔を誤魔化すようにアスタルアは踵を返し足早に部屋を出ようとする。
「あ、あの、待って……!」
「!」
ラブラが咄嗟に手を伸ばし、腕を掴んで引き止めてきた。
「お願い……もう一個、聞いてくれる?」
いつもの飄々とした余裕はその顔になく、視線をやるせなく彷徨わせて、ためらいがちに告げられた言葉に「で、できる事なら」と、こちらもしどろもどろに返す。
なんだか調子が狂いっぱなしだ。一体どうしたことだろう。
「私のこと、これからも名前で呼んでもらえないかしら……」
ラブラ、って。
唇をきゅっとひき結んで、意を決し返事を待つその顔はとても愛らしくて。
最後のお願いに「は……ひゃい」と、間の抜けたイエスを返した。
●
「あら……ワタシの部屋ね」
神人、向坂 咲裟の部屋に二人きり、しかもどちらかの願いを叶えるまで出られない、という状況に。
精霊、カルラス・エスクリヴァは最初こそ戸惑ったものの、危険がない事を確認し「またおかしな場所だな」と息を吐いた。
白を基調とした家具一式が置かれたシンプルな部屋。
唯一、ベッドの枕元に置かれた牛のぬいぐるみが、牛乳を愛する彼女らしさを思わせた。
「願い事……カルラスさんに心当たりは?」
「いや……私は、特に」
「そう……」
ならワタシの願いかしら、と咲裟は思案する。どちらかに願いがあり相手に思い当たる節がないというなら、自分に何かあるはずなのだ。
少し考え込み、やがて「あっ」と思い至った様に手を打ち鳴らした。
「なんだ? 言ってみろ」
「ええと……その」
少し、恥ずかしいのだけれど。
基本的に、何でもハッキリと言葉にする咲裟が言い淀んでいるのを見て、一体なにを言われるものかと内心ハラハラしつつ。
「……一先ず、願いを口にしてみてくれないか?」
笑ったり困ったりしないから、と前置けば、カルラスの優しい眼差しを受けた咲裟も「そうね……言わないとダメよね」と、意を決したように口火を切った。
「……カルラスさんのチェロ演奏を、独り占めして聴きたいの……」
咲裟の言葉に、カルラスはきょとりと瞳を瞬かせた。
どんな無理難題なのかと構えていたぶん、拍子抜けして肩の力がどっと抜けた。
「まぁ……それくらいならお安い御用だが……本当にそれが願いなんだな?」
確認する様に問いかけるカルラスに、咲裟はこくりと小さく頷く。
「今まで、カルラスさんの演奏を聴いてきたけれど、一人で……ワタシの為だけに演奏してもらった事はないでしょう?」
「そうだが……」
「カルラスさんの演奏は、とても素晴らしいものだもの……」
ダメ、かしら?
小首を傾げ、ためらいがちに顔色を伺う咲裟に、カルラスは照れ笑いを浮かべつつ「歓迎だとも」と、頷いた。
「さて。観客のお嬢さん……リクエストはあるかな?」
机と揃いの椅子に腰掛けカルラスが問いかけると、咲裟は答えあぐねたように首を捻った。
「リクエスト……愛の歌、とかでもいいのかしら」
愛、という一言に少しだけ、カルラスの胸がとくりと小さく脈打つ。
「……では、一曲奏でよう。私の演奏を唯一にと望んでくれた、可愛らしいお嬢さんの為だけに」
それまでそこには何も存在しなかったのに、カルラスが手をかざすと、ぱっと愛用のチェロが出現した。
ネックを持ち弓を構えて、すうっと息を吸い込んで、ゆっくりと弦を弾く。
カルラスが選曲したのは『愛』に関する有名な曲だった。誰しも一度は耳にしたことがあるような、けれども作り手や弾き手までは知らないような、そんな隠された名曲。
ベッドに腰掛けて背筋をまっすぐに伸ばし、咲裟はカルラスの演奏に聴き入った。
惹きこまれてしまいそうな、音に体を包み込まれるような、優しい演奏――。
(やっぱり……ワタシはカルラスのさんの演奏が大好きよ)
演奏中、カルラスはちらりと横目で咲裟の様子を伺う。
一人きりの観客が、これまで目にしてきたどんな他人よりも嬉しそうに聴き入っているのを見て。
弓を弾く骨張った指先に、そっと愛情を込めた。
「ありがとう……幸せだわ」
瞳を細め、魅入られた様に惚けた咲裟がぽつりとつぶやきを零せば、静かに鍵が開く音がしたけれど。
カルラスの演奏が終わるまで、今しばらくこの穏やかで優しい時間を堪能していたかった。
●
「何をして欲しい」
「……えっ」
真っ白で無機質な部屋――二人の知るどんな場所でもないそこに、神人イザベラと精霊ディノは足を踏み入れていた。
無感情に、相手の願いを問いかけたのはイザベラの方からだった。
「何でも言え。お前の望む通りにしてやる」
「……。そう、ですね……」
本当は、彼女の願いを聞いてあげたっていいのだけれど。当人が既にやる気なので、言われるがままに思案する。
望む事をあげれば正直キリがない。想いを受け止めてほしいとか、愛して欲しいとか、口には出せないあれこれとか。
けれど最近、とみに思う事は。
「もっと、甘えて欲しいです。……心を、見せて欲しい。あなたにも何か、願ってほしい」
感情をあまり素直に表現しない――出来ない彼女だからこそ、たまには頼ってほしい、と思う。
強い人だし、他人の助けなんて望まないのだろう。けれど弱い部分も欠点もない、完璧な人なんて存在しないから。
ディノの要望に対し、やはり大して顔色を変えるわけでもなく、イザベラはふむ、と頷いた。
「まず、私の望む事はひとつだ。鍛錬に励んで強くなれ」
「は、はあ……」
なんとなく予想出来ていた答えに、嘆息交じりに頬を掻く。
「私は何をすればいい。甘える……そうだな、物をねだろうか、金をせびればいいのか? 具体例を挙げてくれ」
「えっ、いや、ちが」
「ああ、愛の言葉が欲しいのか? 身体的な接触の方が――」
「ち、イザベラさん、違いますっ! そうじゃない!」
つらつらと間断ない彼女の言葉をせき止めたディノに、イザベラはきょとりと目を瞬かせている。
「子供の頃に、甘えた事とかないんですか……!?」
ブレないイザベラの反応に、ディノは頭を抱えた。
なんでも聞いてくれる、と言われた筈なのに、こちらが合わせているような気になる。
ディノの言葉を受けて、イザベラはまた考え込んだ。幼少期に、甘えた記憶――そういえば遊びに来ていた叔父に帰らないでくれとせがんだ思い出がある。
当時の自分が何を思ってそうしたのかは、今となってはよくわからないのだけれど。
「ふむ。では、こうか?」
えっ、とディノが構えるより先に、イザベラは唐突に彼の胸へ抱きついた。
「ち、ちょ、イザベラさん!?」
「おい、動くな。うるさいぞ」
「だっダメですいきなりこんな、は、ははは破廉恥な!」
「嫌なのか!」
「嫌じゃないですけど!」
「なら集中させろ」
確かこんな風にしていたはず……と、当人は至極真面目に記憶をたどりながら、ディノの体を抱きしめたまま、力をこめてみたり体をすり寄せてみたりするものだから、されている方はたまったものじゃない。
普段感じる事のない女性的な体の感触に、心臓と頭が爆発しそうだ。
これはこれで辛い。重ね重ね、嫌ではないけれど!
「頭を撫でろ」
「へ……」
「叔父にそうしてもらったんだ。早くしてくれ」
「……は、はあ。では……」
言われるがまま、紺に指をすかせる。
ぎこちなく頭を下げすり寄せられて、またどきりと胸の奥が跳ねた。
理性を保つのに精一杯で、早鐘のような心音がイザベラに聞かれていないか心配だった。
「ど、どうです、か?……甘えた感想」
「……。そうだな……」
抱きついたその一瞬、何かを思った様な気がしたけれど、その感覚の正体にイザベラは思い至らず「よくわからん」と返し、ディノを苦笑させた。
(いつか、強いあなたが本心から、甘えてくれる日が来たらいいのに)
形だけの抱擁でも、守るべき神人を抱きしめていられるこの幸せだけはしっかり満喫して、二人はこのおかしな部屋から無事脱出を遂げた。
●
「……部屋の中?」
男の子の部屋、よね……ひとつ呟き、きょろりと内装を見回した神人、アデリア・ルーツに続いて。
隣に並ぶ精霊シギは「俺の部屋だ」と返した。
十二畳ほどだろうか。すのこのベッドにウッドブラインド、床には薄灰色のラグが敷かれており、机の上に置かれた作りかけのボトルシップはシギが最近手を出し始めたものだ。
こんな所までそのままなのか……と、シギは憂鬱げに内装を見回す。
「木製の家具が多いのね。バイクが好きなの?」
「……それなりに」
夢の中のことだとしても私物を壊されたくなくて、本棚に飾られたバイクのプラモデルを間近でしげしげと眺めるアデリアに「触るなよ」と念を押すと「はーい」と気のない返事がかえる。
本当にわかっているのか、と不安そうにアデリアを見て、シギは小さく溜息を吐いた。
(……なんだって、俺の部屋なんだ……)
自分のテリトリーに、他人が居るというこの状況が落ち着かない。領域を荒らされて苛立つ猫の本能そのものだ。
そわそわと肩を揺らすシギの事など何処吹く風で「組み立てるの大変そうね」などと、比較的大きなプラモデルを眺めているアデリアに業を煮やし「おい」と声をかけた。
「ん、なに?」
「『ねがいごと』お前は、ないのか」
「私?」
染付の鷹のタペストリー鑑賞を一時中断して、自分の顔を指差すアデリアに、シギはこくりと頷く。
一刻も早く、自室だというのにひどく落ち着かないこの空間を出てしまいたかった。
「そうねぇ……」
腕を組んで、アデリアは作りかけのボトルシップを眺め考え込んだ。
少し前までは、名前で呼んでくれたら、なんて思っていたけれど、鏡写しの一件以降、気まぐれにその願いも叶えてくれる様になった。
「今は、ないかな。シギくんじゃない?」
「……俺?」
「私に思い当たるお願い事がないなら、まだ部屋が開かない理由――お願い事は、シギくんにあるんじゃないかしら」
その返答は思っても見なくて、つい考え込む。
(俺がこいつだけの叶えてほしい、望み……?)
望み、というよりこの状況に不満ならある。自分の許可もなく突然プライベートエリアを覗かれるなんてまっぴらだ。
とはいえ自室で好き勝手してくれるな、なんて言葉は彼女に言っても仕方がない。フィヨルネイジャが見せる不可抗力だ。
うーん、と首をひねると長い尻尾がぱたぱたと揺れた。シギくんしっぽが、と言われて、あ、と手を打った。
「その、シギくん、っていうのをやめろ」
「え?」
瞳を交えたまま、アデリアは小首を傾げた。
「シギ、……くん?」
「だから、その。くん付けをやめろって言ってるんだ」
年下扱い、されたくないから。
続けて、小さくぽつりと呟かれた言葉に、ああ、とアデリアは頷く。
呼びやすい事や、一応こう見えても自分の方が年上だから、ついつい敬称を付けて呼ぶ方が楽だったのだけれども。
自分もあのとき、名前で呼んでもらえた事がそういえば嬉しかった、と思い出したように、アデリアは表情を綻ばせた。
「シギくんは、シギくんなんだけれど……嫌なら、直すわね」
シギ。
にこ、と笑ってアデリアが言葉にすれば、少しだけシギも表情を解かせた。
(……呼び方ひとつで、こんなに気分が違うもんなんだな……)
ともすれば、きっと自分が彼女の名を初めて口にしたあの時も、同じ気持ちでいてくれたのだろうか。
揺れる尻尾だとか、落ち着きなく瞬く青の目に、うれしい、という感情が見て取れる。
(あ、かわいい。本当に猫みたい)
アデリアの脳裏に浮かんだ言葉はまた本人が怒りそうだったから胸の内だけに秘めたまま、無事鍵の開いた扉を潜り現実へ帰還した。
依頼結果:成功
MVP:
名前:ラブラ・D・ルッチ 呼び名:ラブさん クソババア |
名前:アスタルア=ルーデンベルグ 呼び名:アス汰ちゃん |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 梅都鈴里 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 女性のみ |
エピソードジャンル | イベント |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用可 |
難易度 | 簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 03月30日 |
出発日 | 04月10日 00:00 |
予定納品日 | 04月20日 |
参加者
会議室
-
2017/04/09-13:07
アデリアよ。
よろしくお願いね。
話には聞いてたけど、白昼夢を確実に見るなんて不思議なところね。
無事に出れますように! -
2017/04/04-23:47
精霊のカルラス・エスクリヴァという。
パートナーは向坂のお嬢さんだ。
よろしく頼むよ。
如何ともしがたい状況だな…。
皆が無事に出られる事を祈っているよ。 -
2017/04/04-20:03
イザベラとディノだ。
お互い、無事に外に出られれば良いな。
宜しく頼む。 -
2017/04/02-21:54
-
2017/04/02-08:00
ラブラ・D・ルッチよ〜。こっちは精霊のアス汰ちゃん!
二人まとめて宜しくね!
お互い良い時間を過ごせると良いわね〜。