甘い蝶はどの花にとまる(巴めろ マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

●花祭りとクッキーの蝶
「花の街ルチェリエの花祭りに興味はない?」
 そう言って、ミラクル・トラベル・カンパニーの青年ツアーコンダクターはにっと笑った。
「ルチェリエは、タブロス近郊の小さな町だよ。珍しい花を育てるのに長けていて、タブロス市や近くの町にその花達を届けてるんだ」
 そしてそのルチェリエの広場では、春の訪れを祝う祭りが毎年執り行われる。広場中を彩る春の花は、圧巻の一言だという。
「それでね、広場の真ん中には『誓いの門』っていうフラワーアーチがあって。祭りの日に親しい人と潜ったら、その相手とのご縁が、末永ーく続くっていうのが、昔っから伝わるルチェリエのおまじない」
 それだけじゃないよ、と、青年ツアーコンダクターは声を華やがせる。
「今年は、お祭りの屋台にパステルカラーの蝶が並ぶんだ。蝶の形のアイシングクッキー!」
 何でも、それを自身にとっての『花』に贈るのはどうか、という趣向らしい。お菓子の蝶に心を乗せ、自分は貴方という花にとまりたいと、そんな想いを込めて。
「勿論、お気に入りの蝶を自分で食べちゃうのだってOKだよ! お祭りをどう楽しむかは、お好みのままに、ってね!」
 素敵な旅になりますようにと、青年ツアーコンダクターはにっこりとした。

解説

●今回のツアーについて
花の町ルチェリエの花祭りをお楽しみくださいませ。
ツアーのお値段はウィンクルムさまお一組につき300ジェールです。
数時間の自由時間の後、日が落ちる前に町を出る日帰りツアー。

●屋台の食べものについて
ここでしか食べられない物として、プロローグにある蝶のクッキーがございます。
パステルカラーなら色は自由、柄も様々な物が用意されています。
ご希望がございましたら、プランにご記入くださいませ。
プランでの指定がない場合、こちらで蝶を選ばせていただくことがございます。
また、屋台には薔薇の砂糖漬けを一枚浮かべたあたたかいローズティーもございます。
クッキーは1枚30ジェール、紙コップ入りのローズティーは1杯20ジェールです。

●『誓いの門』について
プロローグでツアーコンダクターくんが話していた言い伝えがある、広場のシンボル。
色とりどりの季節の花に彩られた、見惚れるほどのフラワーアーチです。

●関連エピソード
『甘やかな秘め事、ひとつ』(1年前)
『甘い花唇を捧ぐ』(2年前)
『花祭りと誓いの門』(3年前)
※ご参照いただかなくとも、本エピソードをお楽しみいただくのに支障はございません。

ゲームマスターより

お世話になっております、巴めろです。
このページを開いてくださり、ありがとうございます!
今年の花祭りには、甘い蝶々を添えて。
パートナーさんとの春色の時間をお楽しみいただけましたら幸いです。
皆さまに楽しんでいただけるよう力を尽くしますので、ご縁がありましたらよろしくお願いいたします!

また、余談ですがGMページにちょっとした近況を載せております。
こちらもよろしくお願いいたします。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

初瀬=秀(イグニス=アルデバラン)

  春先の恒例行事になってきたな、ここに来るのも
……走るんじゃないぞ?(お約束のように繰り返し)
ん、よろしい……いやエスコートは……まあいいか
慣れって恐ろしいな(苦笑しつつまんざらでもなさそうな様子)

例年通りに誓いの門を潜ってからおやつの時間
今年はクッキーだったか?花じゃなくて蝶なんだな
ベンチかなんかあればそこで座って食うか
はいはいわかってるっつうの、今年も交換するんだろ?

なんかの本で読んだんだが、蝶ってのは昔から
魂とかそういうのに結びつけられたりするらしいぞ
うん?あぁまあそういう考え方も……!?
(この流れで魂食われた……)
なんだお前、その、
心臓に悪いわ……
(いろんな意味で、とは心の中に秘め)


羽瀬川 千代(ラセルタ=ブラドッツ)
  花が綺麗な風景を前に。彼の方を気にして見上げる
大切な時間を変わらず二人で過ごせること
一年前の出来事を想いながら。改めて、幸せだなぁと微笑む

蝶のクッキーを買いに下調べをした屋台へ
差し出された彼の手を留め、思い切って腕を組み肩を寄せる
今日は俺がエスコートするよ
…頬が熱いのは見なかった事にしてほしい、な?

俺の瞳の色によく似た、パステルイエローの蝶々を購入
きらきらと光が反射するみたいに美しくて目が離せなくなる、花
そんな花に惹かれる俺はきっと蝶だと思う

誓いの門をくぐりに行こうと彼を誘う
左薬指に嵌めた誓いへ、おまじないをかけるようにひと撫で
ぼんやりしている彼に悪戯ぽく顔を寄せる
ラセルタさん、起きてるの?


クルーク・オープスト(ロベルト・エメリッヒ)
  俺…なんであんなことしちまったんだろう
だからなんか…少し気まずい…っつか、よりにもよってこいつに…ただただ恥ずかしい…
向こうがいつも通りなのが余計ムカつく…

でも綺麗なところだな…種類はよくわかんねぇけど
「なんでそんなこと知ってるんだよ」
まあ確かに…お前の趣味に合う花だよな…

…?あいつが一枚だけ…?…しかも俺?いったいどんな理由で…
「なるほどな…」と言いつつ緑色のものを買い与える

「あっ…おい、お前こういうの好きだろ?」と精霊の手を引き門を潜る
…は?ロマンチック?なんのことだよ…
(言い伝えを教えられ)お、俺はお前みたいなやつと末永く…とか、嫌だからな!
お前は迷信とか信じないタイプなんだな…そうか…


俊・ブルックス(ネカット・グラキエス)
  いや、そういうのねえから
いいから行くぞ

クッキーとローズティーそれぞれ1つずつ
食べながら並んで歩く
お、あの花はAROAの調査員時代に見たことがあるな
…ネカ?何か上の空だな
いや、何も聞いてないぞ
お前んちの騒動のことなら、前に教えてくれたことしか知らない

んー…
よし、ちょっと来い、一緒に潜るぞ
ネカの手を引いて誓いの門へ
潜った後にやりと笑い
一生のご縁だったか?これで何があっても俺は離れていかない
だから話したくなったら話してくれればいい
…す、好きな奴の力になりたいとと思ったり、
無理やり聞き出したりしたくないと思ったりするのは当たり前だろ

そうだな、今日のところは祭りを楽しもうぜ
植物にはちょっと詳しいんだ


アーシェン=ドラシア(ルーガル)
  祭りのパンフレットを片手に、『誓いの門』へ向かう
道中屋台の誘惑に負けてアイシングクッキーを買ってしまった
門を潜り終えたらルーガルと一緒に食べよう

門を潜ろうとしたらルーガルが足を止めたので振り向く
嫌、だっただろうか?

俺? 俺は嫌なわけがない
ルーガルを過ごす日々が末長く続いてほしいと思っている

他の誰かと良縁など考えたこともなかったな
俺の最高の縁はルーガルとウィンクルムになれたことだ
…不謹慎だろうが、戦いが終わらなければいいと思う時がある
ウィンクルムである限り、戦う限りルーガルが傍にいてくれるのだと
だから戦いが無くても傍にいれる縁が欲しくて、ここに来たのかもしれない

なあルーガル
きっと、俺はあんたが――


●口塞ぐ蝶、認める想い
「ルーガル、あれが『誓いの門』のようだ」
 花祭りのパンフレットから顔を上げて、アーシェン=ドラシアはほんの少し後ろを行くルーガルの方を振り返った。パンフレットを持っていない方の手には、誘惑に負けて購入してしまった蝶の形のアイシングクッキーが柔らかく光っている。『誓いの門』を一緒に潜りたいとアーシェンに言われてここまで付き添ってきたルーガルの手にも、同様に、甘い蝶が1枚。
「門を潜り終えたら一緒に食べよう」
 アーシェンは、そんなことを言って真面目な顔で頷いている。しかしルーガルは、祭りの場にはそぐわないような、何とも形容し難い表情をそのかんばせに乗せているのだった。その唇を、ため息が微かに揺らす。
「お前ほんとさぁ……まじないとはいえ、意味分かってんのかよ」
「当然だ。パンフレットにもちゃんと書いてある」
 末永く縁が続くんだろう? と事もなげにアーシェン。もう一度、ルーガルはため息を零した。そしてその足は、いざ『誓いの門』を潜ろうという手前で、ぴたと止まる。その気配に、アーシェンはまた、ルーガルの方を振り向いた。
「嫌、だっただろうか?」
「……不安そうな顔するなよ、嫌なわけじゃねえよ」
 表情を曇らせるアーシェンへと、ルーガルはぽつと音を紡ぐ。
「むしろお前がいいのかよ」
 という言葉が、ぽろり、ルーガルの口から転がり落ちた。アーシェンが、心底意外な問いを零されたというふうに双眸を瞬かせる。
「俺? 俺は嫌なわけがない」
 アーシェンの返答は、どこまでも真っ直ぐだ。ルーガルと過ごす日々が末永く続いてほしいと思っている、という後の台詞もまた同じく。ぼさぼさの赤茶色の髪を、ルーガルはがしがしと掻いた。そうして、噛んで含めるように、言うのだ。
「この門を潜れば末永く縁があるわけだろ」
「ああ、そう書いてある」
「でも、ウィンクルムだからって添い遂げる奴ばかりでもねえ」
 でも、という部分を、語尾に疑問符をつけて繰り返すアーシェン。『誓いの門』の言い伝えと、全てのウィンクルムが結ばれるわけではないという事実。その二つが、接続詞をもってしてもアーシェンの中では上手く繋がらない。不思議そうな顔をしているアーシェンへと、ルーガルは唸るような低い声を投げる。
「……これから良縁とかあるかもしれねえだろ。末永く、一生。俺と縁があってもいいのかよ」
 言葉にしてしまってから始めて、ルーガルはハッと我に返った。
(こいつが他の奴の物になる未来、とか)
 自分自身が発した言葉の含む意味を飲み込めば、苦虫を噛み潰したように、重苦しい塊が胸の底に積もる。けれどアーシェンは、軽く首を傾けて「ふむ」と唸ると、
「他の誰かと良縁など考えたこともなかったな」
 なんて、ルーガルの痛みを一度に水泡へと変じさせた。
「俺の最高の縁はルーガルとウィンクルムになれたことだ」
 不謹慎だろうが、とやや躊躇いがちに言い置いた上で、戦いが終わらなければいいと思う時があるのだとアーシェンは明かす。理由は明快だった。ウィンクルムである限り、戦う限り。ルーガルが、傍にいてくれるから。
「――だから、戦いが無くても傍にいれる縁が欲しくて、ここに来たのかもしれない」
 アーシェンの言葉に、ルーガルはごく薄く笑った。
「お前最初は、戦うのに必要だからって一緒にいたのにな」
「そうだな……なあ、ルーガル。きっと、俺はあんたが――」
 伝え掛けた想いは、パステルカラーの蝶に封をされて閉じる。ルーガルによって、アーシェンの口にクッキーが放り込まれたのだ。
「む……」
 目を白黒させながらもとりあえず口の中の甘味を咀嚼するアーシェンを前に、ルーガルは思う。
(……聞いたら、もう止まれる気がしない)
 そうして、ルーガルは、腹を括ることを決めた。自分の気持ちを、自分自身の胸に、確かに受け入れる。
(――好きだ)
 縁を結ぶと伝えられる花の門は、目前に立つ2人をただ静かに見守っていた。

●迷信の下を潜る
「わぁ、綺麗!」
 広場を彩る花々を前に、ロベルト・エメリッヒは金の双眸を宝石の如くに煌めかせる。傍らのクルーク・オープストもまた、目が覚めるような鮮やかさで咲き誇る数多の色を前に感嘆しきり……ではあるのだが、
(あはっ、僕見ると気まずそう♪)
 と、ロベルトにもしっかりと察せられている通りに、クルークはまともにロベルトの顔を見られずにいた。視線が絡みそうになれば、ハッとなって眼差しを外さずにいられない。
「こないだのこと、まだ気にしてるの? 別にいいのに……本当、初心だなぁ……」
 特に気分を害することもなく、ロベルトはそんなことを言う。『こないだのこと』というのは、クルークが幼馴染みの女の子と出歩いていたのを、ロベルトが指摘した折の出来事だ。暫しのやり取りの後に黙っていろとクルークが口にして、それきりぷつりと会話が途切れる、そんなことがあった。その時のことを、クルークは今も引き摺っている。
(俺……なんであんなことしちまったんだろう)
 幾らかの気まずさ、そして、よりにもよってこいつに、という行き場のない恥ずかしさ。クルークからしてみれば目を逸らしたまま悶々とするしかないという状況において、いたっていつも通りのロベルトの様子は殊更に『ムカつく』ものだった。と、逃がした視線の先で、花が揺れ蝶が踊る。固く結ばれていた口元が、自然と、仄かに緩んだ。
(でも、綺麗なところだな……種類はよくわかんねぇけど)
 丁度、そんなことを思った時である。ロベルトが「ねえ、見て!」と声を上げたのは。
「……何だよ」
「あの花だよ、あの花。育てるのが難しいのに、凄いよねぇ……」
「なんでそんなこと知ってるんだよ」
「一度栽培しようとして枯らしちゃったんだ」
「まあ確かに……お前の趣味に合う花だよな……」
 やっと会話らしい会話が生まれ、それを機に、ロベルトは屋台を覗きたいと口にした。ローズティーを1杯と蝶のクッキーを幾らか買い求めようとしたロベルトだったが、
「――そうだ、やっぱり1枚で」
 と、ロベルトは淡い色のアイシングの上に繊細な紅い模様が踊る1枚だけを購入する。その様子に、クルークは内心に首を傾けた。
(……? あいつが一枚だけ……?)
 更にロベルトは、そのたった1枚をクルークに手渡したのである。
「クルーク、あげる。食べていいよ」
「……俺?」
 いったいどんな理由で……と訝しみながらもクッキーを口に味わっているところに、ロベルトのかんばせにはなお一層の笑顔の花が咲いて。
「どう? 僕にも買ってよ」
「ああ、なるほどな……」
 にこにことして顔を覗き込まれれば、唇からそう音が漏れた。要求通りに、1枚買ってやる。緑基調の蝶が、クルークの手からロベルトの手へ、口へ。ロベルトがローズティーの最後の一滴まで味わい終えて後、2人はまた歩き出した。やがて辿り着いたのは、広場の中央、『誓いの門』だ。
「おい、お前こういうの好きだろ?」
 門の下、クルークはロベルトの手を引いた。
「あっ……」
 なんてロベルトが漏らした時にはもう、2人は共に、見事なフラワーアーチを潜り終えている。ロベルトは、金の眼差しでクルークの顔をじぃと見た。
「……案外ロマンチックなんだ?」
「……は? ロマンチック? なんのことだよ……」
 いかにも怪訝そうに首を傾げるクルークへと、ロベルトは『誓いの門』の言い伝えを語って聞かせる。自分の行動の意味をしかと理解して、クルークは目に見えて狼狽した。
「お、俺はお前みたいなやつと末永く……とか、嫌だからな!」
 その反応に、くすり、口元に綺麗な弧を描くロベルト。
「――うん、元の調子に戻ってきたね?」
「え?」
「気まずそうなのもよかったけど、そっちのほうがいいよ!」
 からりと明るく笑ってみせて、ロベルトは笑顔のまま言葉を足す。
「大丈夫、迷信だからね!」
 その言葉に、寸の間赤の双眸を瞠って、
「お前は迷信とか信じないタイプなんだな……そうか……」
 と、暫くの後、クルークはぽつと呟きを落とした。

●魂の在り処
「温かくなってきてお出かけには最適ですね!」
 青の双眸を星の如くに煌めかせて、広場の入り口、イグニス=アルデバランは初瀬=秀を振り返る。
「去年も同じようなことを言ったような言ってないような気がしますが、そこは気にせず!」
 宣言通り、そこのところは深く追及していかないイグニス。目下、大切なのは愛しの姫君たる秀その人と、
「今年は何があるでしょうかねえ」
 という具合に、花の香漂う広場に待つ、恐らくはきらきらしいであろう何かなのである。知らず、ほわわと表情をゆるゆるさせるイグニスの様子に、秀は色付き眼鏡の向こう側、傍目には鋭く見える目元をふっと和らげた。
「春先の恒例行事になってきたな、ここに来るのも」
 柔らかい声音で呟いて、もう一言、付け足す。
「……走るんじゃないぞ?」
 何度となく口にした覚えのある、最早お約束のような言葉。イグニスが、ピシッ! とお行儀よく姿勢を正した。
「はいっ! ゆっくりエスコートさせていただきます!」
「ん、よろしい……いやエスコートは……まあいいか」
 いいお返事に頷いた後で瞬間「ん?」と思うも、まあ良し、という判断に落ち着く秀。慣れって恐ろしいな、と苦笑こそしつつも、恭しく差し出される手を取るのだって、幾らか面映ゆくはあるがまんざらではない。
「先ずは、『誓いの門』を潜りましょう! おまじないを忘れたら大変です!」
 そうして2人は、今年も見事なフラワーアーチを2人で潜る。今年もまた確かに縁を紡ぎ終えて、イグニスは、ふわりと秀に笑み掛けた。
「末永くよろしくお願いします!」
「……ああ、よろしく」
 言葉を交わし、イグニスは屈託なく、秀はくすぐったげに、それぞれ笑い合う。おまじないの後は、心弾むおやつの時間だ。イグニスの先導で、2人は屋台へと向かった。
「今年はクッキーだったか? 花じゃなくて蝶なんだな」
 わーいおやつ! と子供のようにはしゃぐイグニスの様子に優しい苦笑いを零した後で、秀はぐるりと辺りを見渡す。
「ベンチ……あ、あそこ空いてるな。座って食うか」
「はい! ……あっ! 秀様、ローズティーも!!」
「はいはいわかってるっつうの。で、今年も交換するんだろ?」
「さすが私のお姫様、わかっていらっしゃる!」
 興奮気味に拳を握り、ゆらゆらと尻尾を揺らすイグニス。そうしてきちりと買い求められたのは、蝶を模ったクッキーと、薔薇の花びらが浮かぶローズティーが2人分。クッキーのうち1枚は秀、もう1枚はイグニスが選んだ物だ。
「わああ!」
 改めて本日のおやつを見留めたイグニスが、益々以って瞳を輝かせた。ベンチへと腰を下ろして、先の言葉通りに互いの蝶を交換し合う。秀から受け取った淡い青の蝶を幸せ笑顔で見遣りながら、イグニスは声を弾ませた。
「貴方という花にとまる蝶なんて素敵なおはなしですよね」
「なんかの本で読んだんだが、蝶ってのは昔から、魂とか、そういうのに結びつけられたりするらしいぞ」
 イグニスが選び取った桃色の蝶を齧った後で、何とはなしに応じる秀。
「そうなんですか? 流石秀様物知りです!」
 秀に心からの賛辞を送った後で、イグニスはふと考え込むようにして、改めて手元のクッキーを見つめた。そして、大真面目な声で、言う。
「つまり秀様から頂いたこれは秀様の魂である、と」
「うん? あぁまあそういう考え方も……!?」
 言い掛けた言葉を、最後まで紡ぐことは叶わなかった。手の中の蝶を秀の魂だと言った直後に、イグニスがそれを、もぐー、と一息に食べてしまったからだ。
(この流れで魂食われた……)
 呆気に取られる秀を前に、イグニスはにこにこと笑う。
「ふふー、秀様の魂いただきましたー」
「……なんだお前、その、心臓に悪いわ……」
 続く、「いろんな意味で」という台詞を、秀は胸の内だけに呟き、小さな秘め事にした。

●あなたの手を引くということ
「まさか兄様がシュンと契約するとは……これは小舅によるいびりが勃発……?」
「いや、そういうのねえから」
 顎に手を宛がって、事件解決の糸口を見つけた探偵さながら、深緑色の双眸をハッと見開くネカット・グラキエス。そんなネカットのボケを、俊・ブルックスは常のようにばっさりと両断した。
「ほら、いいから行くぞ」
「流石シュン、今日もツッコミの切れ味が冴え渡って……って、待ってくださーい!」
 色とりどりの花に溢れた広場へとさっさと足を進める俊の傍らに、ネカットは慌てて並ぶ。先ずはと買い求めた蝶の形のクッキーと薔薇の砂糖漬けが浮かぶローズティーをそれぞれ手に携えて、2人は広場を見て回った。クッキーをぱくりとした後で、俊が、ある花を目に留める。
「お、あの花はA.R.O.A.の調査員時代に見たことがあるな」
 声を上げるが、ネカットは何も言わなかった。先ほどのようにボケてみせるどころか、簡単な相槌すらない。どうしたのかとそのかんばせを覗き込めば、ネカットの瞳には陰りが見えた。心ここにあらず、という様子である。
「……ネカ?」
 名前を呼ぶ。ネカットが、今度こそ本当にハッとして、俊の方へと顔を向けた。
「何か、上の空だな」
 胸の内は、既に見通されている。ネカットは僅かに口元を和らげて音を紡いだ。花も綺麗ですしクッキーも紅茶も美味しいですが、と先にしかと言い置いて、気になることがあるのだと静かに続けるネカット。
「……シュン、兄様から何か聞きましたか?」
「何か?」
「グラキエス家のお家騒動のことです」
 瞳を瞬かせる俊の為に、ネカットはそう言葉を足した。得心して、俊が応じる。
「いや、何も聞いてないぞ。お前んちの騒動のことなら、前に教えてくれたことしか知らない」
「そうですか……やはり、家の外の人を巻き込みたくないのでしょうね」
 仄かに、けれど確かに、ネカットの眼差しが伏せられた。
「私もシュンに何かあったら不安ですし、正直、今も話すのをためらっています」
 ネカットの様子に、零された言葉に。俊は、暫しの間「んー……」と唸って、それから、
「――よし、ちょっと来い」
 と、ネカットの手をぐいと引いた。
「わ、何です?」
「いいから、一緒に潜るぞ」
 俊がネカットを誘ったのは、広場の中央に位置する美しいフラワーアーチの下。愛しい恋人からの中々に希有なリードに目を瞬かせているうちに、ネカットは俊と共に『誓いの門』を潜っていた。振り返った俊が、にやりと笑う。
「一生のご縁だったか? これで何があっても俺は離れていかない」
 だからネカットの方から話したくなった時に話してくれればいいと、それが俊の言い分だった。例えようのない安堵が、ネカットの胸にあたたかく降り積もっていく。
「つまり、待っていてくれるんですね」
「いやその……す、好きな奴の力になりたいと思ったり、無理やり聞き出したりしたくないと思ったりするのは当たり前だろ」
 わかりやすく照れながらも真っ直ぐに想いを手渡してくれる俊の様子に、自然と柔らかくなるネカットの目元。
(これが思いやりというのでしょうね。以前の私には無いものでした)
 けれど、今のネカットはそれを確かに感じ取れる。だから。
「――分かりました、いずれお話します」
 頷いて、でも、とネカットはにこりと笑ってみせた。
「今日は、せっかく来たんですからお祭りを楽しみましょう!」
 その言葉に、笑顔に。つられたように、俊の表情もふっと綻ぶ。
「そうだな、今日のところは祭りを楽しもうぜ」
 植物にはちょっと詳しいんだと、琥珀の瞳に光を湛えて口の端を上げる俊。そうしてもう一度、2人は花祭りの会場を共に回り始めた。思考の淵を漂っていたネカットの心も、今はもう、俊の傍らに落ち着いている。

●夢も現も、
「わあ……」
 眼前に広がる花々の鮮やかさに、羽瀬川 千代は晴れた声を漏らした。千代が双眸に映しているのと同じ、視界に飛び込む華やかな色を見て、それから、そっと傍らの千代へと視線を移して。ラセルタ=ブラドッツは、きらきらと表情を綻ばせている千代の横顔を眺めながら、ふっと頬を緩める。
(もう、待ち合わせは不要なのだな……)
 それは、些細な、されどラセルタからしてみれば大きな変化だ。と、不意に、千代が顔を上げた。緑掛かった金の眼差しに見上げられれば、視線と視線が絡み合う。
(……幸せだなぁ)
 改めてそんなことを思うのは千代だって同じで、焦げ茶めいた黒髪をふわと揺らして、千代は軽く首を傾けて微笑んだ。大切な時間を変わらず2人で過ごせることを想う、一年前の出来事を想う。目前にあるのは、違いなく『幸福』と名のつくものだった。
「今年の目当ては、特別な菓子だったか」
「うん、蝶のクッキーが欲しくって。屋台の下調べはしてあるから――」
 言葉を返す千代へと、ラセルタは揚々として手を差し出してみせる。千代の目が丸くなるのを前に、ラセルタは優美に口の端を上げた。
「再び俺様がエスコートしてやろう」
 けれど千代は――ラセルタの手に、己の手を重ねるようにしてそれを留める。そうして、寸の間虚を突かれたようになったラセルタの腕に、自身の腕をぎゅっと回した。腕を組む、というのは、千代からしてみればかなり思い切った行動だ。そのまま愛しい人の温もりへと肩を寄せて、千代は声を紡ぐ。
「今日は俺がエスコートするよ」
 鮮やかな水色の双眸を瞬かせた後で、ラセルタが、くすりと音を漏らした。
「殊勝な台詞だが……頬に、朱色の花が咲いているぞ」
「……見なかった事にしてほしい、な?」
 どうにも頬が熱くなるのは、仕方がないこと。小さな声で希って、千代は先の言葉通りに、ラセルタを甘やかな蝶を商う屋台へと誘った。
「――きらきらと光が反射するみたいに美しくて目が離せなくなる、花」
 そんな花に惹かれる俺はきっと蝶だと思うと、買い求めた甘味の包みをラセルタに手渡しながら、千代は言う。受け取った淡色の包みから透ける色に、妖艶に笑むラセルタ。
「俺様を花と選ぶのは至極当然の事ではあるが」
 千代が買い求めたクッキーは、パステルイエローの蝶だった。自身の瞳によく似た色の蝶を千代が敢えて選んだことも、その意味も。ラセルタには、お見通しの様子だ。
「この題材は、骨董品にもよく用いられるな」
 丁寧に包みを解いて、愛しい色の蝶に口付け一つ。ラセルタは、そっと蝶を口に楽しんだ。
(愛、幸福、変化……どれも千代に与え、与えられたものだ)
 モチーフとしての蝶が意味する言葉を、一つずつ胸に数えながら。幸せの色をした面映ゆさに、ラセルタはくつと喉を鳴らし、笑った。欠片も残さず蝶を飲み干したところで、
「ねえ、ラセルタさん。『誓いの門』を潜りに行こう」
 と、千代が誘う。ラセルタの方にも断る理由などなく、2人は共に、いっそ荘厳なフラワーアーチの下へ。咲き誇る春色を潜り終えて、千代は左薬指に嵌めた誓いを、まじないを掛けるようにひと撫でした。
「綺麗だな」
 ラセルタの唇が、静かに紡ぐ。匂い立つ季節の花の美しさと、その煌めきを纏って微笑する千代。春の香に酔ってしまいそうだと、ラセルタはぼんやりと思った。
(……嗚呼、この光景はさながら胡蝶の夢だ)
 夢ならば覚めたくはないし、現ならば眠るのは惜しい。そう噛み締めずにはいられないほどの、目の眩むような幸せ。ついついぼうっとしてしまっていたところに、
「――ラセルタさん、起きてるの?」
 なんて、千代が悪戯っぽく顔を寄せる。その肩を引き寄せて、ラセルタは今度こそ千代その人に、甘い口付けを捧げた。
「千代のお陰で起きられた、ようだ」
 言って、口元に淡く弧を描く。頬をまた朱に染めて、それでも千代が、ふわり、愛おしげにかんばせへと笑みを描いた。



依頼結果:大成功
MVP
名前:俊・ブルックス
呼び名:シュン
  名前:ネカット・グラキエス
呼び名:ネカ

 

名前:アーシェン=ドラシア
呼び名:アーシェン
  名前:ルーガル
呼び名:ルーガル

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 巴めろ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ビギナー
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 03月30日
出発日 04月05日 00:00
予定納品日 04月15日

参加者

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