母さん、頼むからついて来ないでくれ!(桂木京介 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

「母さん、頼むからついて来ないでくれ!」
 とあなたは言ったのだが、あなたの母親は着物に夜会巻きというキメキメ服で、ごく平然とあなたの隣を歩いている。
「あら何を言ってるの? ジョージ様には是非一度、ご挨拶したいと思っていたのよ。デートのお邪魔というのならすぐ帰るから、ちょっとくらい同席させなさい」
「菓子折まで持って『すぐ帰る』なんて信じられないよっ」
 それに、とあなたは気色ばむ。この一点だけは強く修正を求めたかったからだ。
「デートじゃないって! ただ会って買い物付き合ってもらって飯食うだけだってば!」
「世間ではそれをデートと言うでしょ?」
「ちがうよ、全然ちがうよ! エチルアルコールとメチルアルコールくらいちがうよ!」
「飲んだらまずいのはどっちだったかしら?」
「え……オレ未成年だからわからない……」
「ほら? まだ親の同伴が必要な歳でしょ?」
「いま話すりかえようとしてるよね? ねえ!?」
 そう、彼女はほとんど一方的に、あなたと彼の休日に割り込もうとしているのだ。あなたが今日、精霊と会うことをどこからか一方的にキャッチした母親は、「日頃のお礼を」という名目で、強引にあなたについてこようとしている。
「母としては気になるじゃない? 一人息子のデートのお相手……もとい、仕事のパートナーというのがどんな人かって」
「今ちらっと本音が出なかった? そんな面白いやつじゃないよ、あいつ」
「お写真みたけれど、楽しみねえ……ジョージ様ってとってもハンサムで……」
「やっぱり帰ってくれ」
 いま猛ダッシュしたら逃げられるかな、とあなたは思ったが、待ち合わせ場所がばれているので無駄だと気づき暗い気持ちに落ちる。
 あなたが組む精霊は大変社交的なので、母親が来てもうまく調子を合わせてくれるだろう。むしろそれが良くない。母と彼が楽しくおしゃべりしている間、早く帰ってくれとじりじりする自分……想像するだけで汗が浮いてきそうだ。
 そうこうしている間に、待ち合わせ場所に着いてしまった。
「いつの間に!」
 あなたは声を洩らしてしまう。隣にいたはずの母が忽然と消えている。なんと彼女は、彼を見るやすごいスピードで近づき、「いつも息子がお世話になっております」とかなんとか、自己紹介を始めている様子ではないか。
 しかも精霊が、ひざまずいて中世の騎士のごとく、母の手の甲に接吻までしている! 母の目が、キラキラしているのが遠目からでもわかった。
 あんなの僕もしてもらったことないのに……じゃなくて!
 母さんいい年してうっとりしないで……でもなくて!
 僕、ここで帰っていいですか!?
 しかしもう彼はあなたに気がついており、母とならんで笑顔で手招きしている。
 ――僕はもう、だめかもしれない……!

◆◆◆

 ……と、いうのはあくまで一例だ。
 トラブル発生! あなたと彼の前に現れるのは……誰だ!?
 あなたの、あるいは彼の、
 お母さん? お父さん? 兄とか姉とか……妹とか?
 もちろん大学時代の恩師なんていうのもありだ。
 こまっしゃくれた小学生くらいの従妹が、「もうチューした?」と聞いてくるかもしれず、
 祖母が、「親切な人が横断歩道を渡るのに手を引いてくれてねえ」と彼を逆紹介してくれるかもしれず、
 彼の父親が、「ところで君の年収はいくらかね?」と不躾すぎる質問をあなたにぶつけてくるかもしれない。
 彼の前妻が出現し、離婚前のあれこれを語ってくれるという恐ろしい展開もありとしようじゃないか。

 あなたと彼、そのどちらかの係累が、二人の仲を引っかき回したり逆にまとめたり、その結果雨降って地固まったりするかもしれない……そんな物語をはじめよう。

解説

 デートでも、依頼後の居酒屋打ち上げでも、あるいはどちらかの職場でも、神人のあなたと精霊の彼が連れ立っているところに、予期せぬ来訪者が顔を出す……そんなお話です。

 タイトルには『母さん』が入っていますが、出てくるその人は、あなたないし彼の家族親族に限らず他の関係者でも構いません。誰であれ『ちょっとこの状況に訪れるとは思っていなかった誰か』がやってくるのです。
 あなたにとっては苦手な姉が、彼を気に入って「よこせ」と言い出すとか、彼が前の奥さんとの子どもを連れてきてびっくりの子連れデートになるとか、いろんな展開が楽しめそうですね。修羅場にならないことをお祈りしております。(修羅場になっても大丈夫ですがw)
 残念ながらその『関係者』にもう一人の精霊は選べませんのでご了承下さい。

 関係者については、アクションプランで『こういう人です』と詳しく指定して下さっても、『だいたいこんな感じ』とマスター任せにして下さっても結構です。名前もあってもなくても大丈夫、ご希望とあればマスターのほうで名付けさせていただきます。(名前は「なし」でも対応しますよー)

 コメディ風のタイトルですが、シリアス展開でも歓迎いたします。

 なお、なんやかんやで一律400ジェールを消費します。

ゲームマスターより

 マスターの桂木京介です。
 NPC扱いであなたか彼の係累である第三者があらわれ、ちょっとした騒動(?)を引き起こすことでしょう。
 その第三者の行動については、アクションプラン内で指定して下さってもお任せでもOKです。
 展開はできるだけ希望に添わせていただきますのでお気軽にどうぞです。

 それでは、次はリザルトノベルでお目にかかりましょう。
 桂木京介でした。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)

  ラキアが玄関で固まってるからどーしたのか顔を出してみたら。
うわ!?
「義姉上、なぜここに!?」
「あらぁ。貴方がちっとも実家に連絡入れてくれないから、様子を見に来たのよ?義弟の動向をニュースで知るだけって、寂しいじゃない?」
とにっこり笑顔で言ってくるし。

紅茶の用意してくれてるラキアにこそこそっと話すぜ。
彼女はエレザベス、長兄の嫁、前に会った(エピ230)エリーの母親だな。しれっと話題の中心部に陣取るような人って言うか自分のペースに周りを巻き込むタイプ。趣味人。悪気はないんだよ。うん。と貰った菓子折りをラキアに渡す。

判った、今日は義姉上にとことん付き合おう。
時々実家に連絡も入れるようにするから(焦。




蒼崎 海十(フィン・ブラーシュ)
  フィンと待ち合わせたカフェ
やって来たフィンの隣に知らない男性…誰?
フィンの仕事関係の人なら粗相は出来ない
直ぐに表情を引き締めて挨拶

俺に遠慮しないで下さい
勿論、俺で話せる事なら何でも
(フィンに恥をかかせる訳にはいかない)

喧嘩は…まぁ、それなりに
でも、直ぐに仲直り…するかな

フィンが席を立つと、突然相手の雰囲気が変わった
俺のせいでフィンが仕事に集中できない?
在宅に拘るのは俺のせい?
…フィンが在宅仕事を嫌だと言うならば、俺は協力します
けど、それをどうして貴方が言うんですか?
フィンは俺に隠し事はしません
俺も
失礼を承知で言います。余計なお節介だ

…怒らせてしまったかな…フィン、ごめん
こればかりは譲れないから


明智珠樹(千亞)
  【前提】
千亞の実家に同居するようになった。
大学へ通う千亞の送り迎えやお弁当作り、使用人的仕事を自らこなす幸せな日々

【動き】
千亞の授業終わりに合わせ車でお迎え(メイド服姿)
「千亞さんは絶対領域よりクラシカル派ですか?」
「義母様のお出かけ先が近いとのことでご一緒していただきました、ふふ…!」

千亞と母のやりとりを楽し気に聞き、相槌を打ちながら千亞母を送り届ける。

【二人きり】
お母さまとの面識、私ちゃんと交換日記に書きましたよ?…タテ読みですが。
内緒にしてほしいと言われたもので…申し訳ありません。

しかし。
これはもう義母様公認の仲と思っていいいですかね、ちょっとネオン街に向か…
ダメですかそうですか、ふふ


テオドア・バークリー(ハルト)
  同じウィンクルムになった以上いつか会うんじゃないかとは思ってたけど…
いざこうして出くわすと言葉って出なくなるもんなんだな。

あ、うん、久しぶり…
そうだね、特に皆変わりないよ。
去年にちょっと色々あって俺が顕現したくらいで…
パートナーは?ここにいるってことは待たせて…あ、別行動中…
そういえばハルは会ったことないか、俺の…父さんなんだけどさ

離婚してるし「元」って付けるべきなのかなこの場合、
でも父親なことに変わりはないし…

こんな人通りの多い場所で何、馬鹿なの!?
あー、でもハルの突拍子もない行動のおかげで
場の緊張感一気に消し飛んだかも。

…俺は別に構わないけど。
先輩…でしょ、聞きたいこと色々あるんだ。


 温かい春の雨が、灰色の空より降り続けている。
 傘を開くのも大げさなようで、かといって傘なしだとしとどに濡れそうな、そんなどっちつかずの雨だ。
 蒼崎 海十は窓の外を眺めつつ、ぼんやりとアッサムのミルクティをかき回している。
 誰……? と海十が声を上げかけたのは、カフェのドアから入ってきたフィン・ブラーシュが、単身ではないことに気がついたからだ。
 フィンを隠すように、長身の男性が立っている。
 年齢は海十の父親くらいだろうか。彫りの深いハンサムな顔立ちだが、腹に一物ありそうな垂れ目で、短く髪を刈り込んでおり、こんがりと日焼けしていた。ゴルフ好きか、さもなくば日焼けサロン好きか。
「苔沼(こけぬま)さん、本当、ここからはプライベートなんで……」
 フィンは迷惑そうな様子を隠さない。けれども苔沼と呼ばれた男は、
「いいじゃないか。せっかくの機会だ」
 と片手でフィンを押しのけるようにして海十のところにやってくる。
 眉をしかめつつフィンは言う。
「こちら、仕事で付き合いのある編集者さんで……」
「苔沼だ。君が蒼崎君? 聞いてるよ」
 強引に割り込み苔沼は海十に手を差し出した。海十はおずおずと握手に応じる。
「……打ち合わせの後、海十に会うって口を滑らせてしまったらついてこられちゃって」
 ごめん、と不始末をしでかしたように言い、
「じゃあ俺たちはこれで」
 と別れを告げようとしたフィンだが、苔沼はそれを許さなかった。
「私は前からウィンクルムに興味があってね、話が聞きたいと思ってたんだ」
 と言いながら、もう椅子に座りウェイトレスを呼んでいる。
「でも……」
 フィンは渋るものの、海十はそんな彼の袖を引いて座らせていた。
「失礼だろ?」
 相手はフィンの仕事関係の人間なのだ。粗末な対応をしてフィンに恥をかかせるわけにはいかない。
 すぐに海十は表情を引き締め、苔沼に笑いかけている。
「俺に遠慮しないで下さい。もちろん、話せることなら何でも」
「それはありがたい」
 肌が浅黒いせいでやけに白い歯を見せて笑うと、高そうな上着を苔沼はハンガーにかけた。金のネックレスがてらてらしている。
 この貍親父、海十に変なことしたら、どうなるか分かってるんだろうね?――フィンはテーブルの下で拳を握りしめた。
 テーブルの上で、ICレコーダーのランプが灯っている。
 むっすりと黙ったフィンをよそに、苔沼は海十へのインタビューを始めていた。
 苔沼は色々と訊くものの、当たり障りのない質問ばかりだ。海十も素直に応じている。
「喧嘩は……まぁ、それなりに。でも、直ぐに仲直り……するかな」
 うんうんとうなずきながら苔沼はシャツの胸ポケットに手をやり、いきなり「ああー」と声を上げた。
「煙草、切らしちゃってるよ。あれがないと私は頭の回転速度が落ちるんだあ」
 そしてちらりとフィンを見る。
 ――煙草買ってこい、ってことか!
 厚かましさにイラッとくる。そもそも、断りもなく煙草に火をつけようという時点ですでにフィン的にはアウトだ。だが仕方なくフィンは席を立った。変にごねられるよりさっさと終わらせたかった。
 銘柄を確認してフィンが席を離れた途端、がらりと苔沼の声色が変わった。
「彼……フィン君はね、在宅だからどうしても、仕事だけに集中してくれないんだ」
 言葉尻こそ同じだが調子は冷ややかで、これまでのフレンドリーな様子がまるでない。
「フィン君が在宅仕事にこだわっている理由は、どうやら君らしいな」
 海十は唇を噛んで苔沼の言を聞いていたが、やがて静かに口を開いた。
「フィンが在宅仕事を嫌だと言うならば、俺は協力します……けど」
 怒りを爆発させないよう、気をつけて続ける。
「それをどうしてあなたが言うんですか? フィンは俺に隠し事はしません……俺も、です」
 だがもう限界だ。海十は思わず立ち上がっている。
「失礼を承知で言います。余計なお節介だ」
「そうだね、余計なお節介だ」
 苔沼が振り返る。海十も同じ方向を見る。
 フィンが、煙草の箱を手に立っていた。
「これ、おごりにしときます。まあ、店内は禁煙ですけどね」
 投げるように箱をテーブルに置き、フィンは剃刀のような笑みを浮かべた。
「俺は今のやりかたが気に入ってます。仕事を優先したいときは海十に相談しますから。だから……貴方に口出ししてほしくない」
 フィンは伝票を握り、海十の手を取ってテーブルから連れだす。
「……お心遣いは、ありがたく」
 そう述べて軽く会釈すると、フィンは海十と一緒に出口へ向かったのである。
 苔沼はただ一人、口を半開きにしたままその場に取り残された。

 フィンは傘を広げた。
 黒い傘。大きな傘だ。
「怒らせてしまったかな……フィン、ごめん」
 その傘の下に自然に入って、海十は視線を落としていた。
「でも、こればかりは譲れないから」
 告げて海十はフィンを見上げた。
「海十は何もまちがってないよ」
 フィンは、たっぷりと寝た朝のような笑みを浮かべている。
「嬉しかった」

 じき、雨は上がることだろう。



 休日の午後にチャイムを鳴らすのは、なにも宅急便の配達に限らない。
「見てくるよ」
 コンロに火をかけようとしていたセイリュー・グラシアに、そのままで、と片手で合図してラキア・ジェイドバインは椅子から立った。
 注文していた本が届いたのだろうか――。
「はい」
 ドアを開けたところで、ラキアは目を丸くした。
「あらあらあらぁ? セイリュー君は?」
 あまりにも予想外の人物が、そこに立っていたからだ。
 女性だ。
 失礼を承知でいうなら――ラキアは思う。すごく、色っぽい女性だ。
 ブルネットの髪は胸のあたりまで長く、くっきりしたソバージュがかかっている。切れ長の瞳は気怠げだが、ぽってりした桃色の唇は情熱的で、この両者が猫のようなつかみどころのなさを醸し出していた。鼻にかかった声は甘く、まとう空気は甘い扇情的な香がする。片手を戸口にかけたその姿勢すら悩ましげなものがあった。
 これはいけない。
 ラキアは本能的に悟っていた。ただの数秒で、彼女に場の主導権を握られたのだと。
「ねぇ、綺麗なお兄さん、セイリュー君呼んでくれない?」
 つうっ、と彼女は白い指でラキアの肘をなぞる。途端、高圧電流でも流されたかのように、ラキアはびくっと腕を引っ込めていた。この女性のペースに巻き込まれかけている!
 このときラキアの背後で、うわ!? と声が上がった。
「義姉上、なぜここに!?」
 セイリューだ。文字通り立ち尽くしている。
 ラキアは振り返ってセイリューを見た。彼はいま、島にたどり着いたと思ったらそれが大きな鯨だったと知ったばかりの船乗りのように唖然としている様子だ。ラキアは内心で苦笑する。どうやらセイリューにとっても、得意な相手ではなさそうだ。
「あらぁ。貴方がちっとも実家に連絡入れてくれないから、様子を見に来たのよ? 義弟の動向をニュースで知るだけって、寂しいじゃない?」
 くすりと『義姉上』は、誘うような笑みを浮かべている。
「と……とにかく」
 ここでようやくラキアは金縛りから解けたように、
「上がって下さい。玄関口で立ち話というのも、なんですので……」
 これだけをなんとか、一息で言い切ったのだった。

 ラキアは台所で茶を淹れている。
 もともとセイリューとお茶の時間にしようとしていたのだ。準備は簡単だ。
 そんなラキアにそっと近づくとセイリューは耳打ちした。
「彼女はエレザベス。長兄の嫁で、前に会ったエリーの母親だな」
「お母さん、って……!」
 今日は驚くことばかりだ。なぜならあの時点で、エリーは8歳だったのだから。そっと振り返って食卓のエレザベスを確認した。とてもではないが、あんな大きな娘がいる女性には見えない。
「しれっと話題の中心部に陣取るような人って言うか、自分のペースに周りを巻き込むタイプ。悪気はないんだよ、うん」
「わかるよ……いるよね、そういう人」
 ラキアは深くうなずいた。セイリューの言葉が真実であることは、あの短い出会いだけで存分思い知った。
 エレザベスのもとに戻ると、お持たせですが、と土産の菓子折りを出し、食べようとしていた桜のムースケーキも切り分けた。
 紅茶の香りがほんわり漂うころには、ラキアもいくらか落ち着きを取り戻していた。だから、
「あなたのこと、エリーからも話を聞いてるの。ニュースでもときどき見てるわ」
 とエレザベスがとろけるような視線を向けてきても、なんとか緊張せずにいられた。
 しかしそれもすぐに決壊する。
「セイリュー君の恋人さんというわけね」
 ポンとそう言われて、反射的に「はい!」と返してしまったからだ。
 そこからは彼女の独壇場だった。
「女の子に間違われたりしない?」
 という失礼な質問(ラキアの返事は「ときどき……」)から、
「セイリュー君を意識しはじめたのはいつごろから?」
 という赤面ものの質問(ラキアの返事は「えっ、そ、それは……」)、
「セイリュー君には甘えるほう? 甘えられてるほう?」
 というますます赤面必至の質問(ラキアの返事は「あ、甘えてるほうだと……」)まで、とかく次々と、エレザベスはラキアを質問責めにしたのだった。
「義姉上……あの、ラキアが困ってるので」
 言いにくそうにセイリューが口を挟むと今度は、
「じゃあセイリュー君、彼の綺麗なロングヘア、ときどき洗わせてもらったりしてる?」
 と自分に質問が回ってきて、目を白黒させるはめになった。
 気がつけばセイリューもラキアも、エレザベスのなすがままにされているではないか。
「セイリュー君、彼の一番感じるところって、どこ?」
 色っぽい目でそんなことを問うてくる義姉に、とうとうセイリューは両手を挙げて降伏の意を表した。
「これからは、ときどき実家に連絡入れるようにするから! だからその質問は勘弁!!」
 ふぅん、とエレザベスは腕を組んで微笑を浮かべた。
「なら、それ以外に知りたいことといえば……」
 ラキアとセイリューは泣き笑いの顔を見合わせるほかなかった。
 今日は彼女に、とことん付き合うほかないらしい。



「まさか提出書類が教科書に挟まってるとか思わねーよなー!」
 ハルトは舌を出す。
「……あ、今度からちゃんと管理します」
 愛想笑いとともに、ハルトは書類を窓口職員に手渡した。ギリギリセーフというやつだ。
 ここはA.R.O.A.支部、ふたり並んで廊下を歩く。
「今回は肝を冷やしたよ……」
 テオドア・バークリーは溜息をついた。
 この日、ハルトいわく「とっくに提出済みと思ってた」重要書類が未提出と判明、ふたりがかりでハルトの部屋に、山狩りもかくやの大捜索をかけてこれを、猛ダッシュで提出したのである。
 ぱんっ、とハルトは拝むようなポーズをとる。
「マジすみませんでした! シェイク奢るから許して」
「いらないよ、確認してなかった俺にも非はあるんだから」
「いやそうは言っても、このままじゃ俺の気が済まねーわけで」
「じゃあ……シェイクだけね」
「そうこなくっちゃ!」
 このとき、テオドアの足がぱたりと止まった。
 曲がり角から姿を現した顔に見覚えがあった。
 細身で引き締まった風貌、白いものの混じった焦げ茶の髪はオールバックだが、やや前髪が崩れているあたりに色気が漂う。くっきりした目鼻立ちで顎と口回りに、丁寧に整えた髭をたくわえていた。高そうなスーツを颯爽と着こなしている。
 おや、という表情でその男性も足を止めた。鋭い眼差しだが、口元には柔和な笑みが浮かんでいた。
「久しぶりだな」
 俳優がドキュメンタリーのナレーションをしているような声だ、とハルトは思った。つまり『渋い大人』というイメージだということ。紳士という感じだ。ちょっと憧れる。
「あ、うん、久しぶり……」
 彼を直視できないのか、ためらい気味に視線を落としてテオドアは返事した。
「皆は元気か?」
 紳士が近づいてくる。やはりテオドアは顔を上げぬまま、
「そうだね、特に変わりないよ」
 そう言って、ふと思い出したかのように付け加えた。
「去年に、ちょっと色々あって俺が顕現したくらいで……」
「そうか。驚いたな」
 しかし紳士にはあまり驚いた様子がない。ある程度は予期していたのだろうか。
「パートナーさんは?」
「別行動中でな」
「……あ、そう」
 言葉を探すように沈黙するテオドアに、紳士のほうが話を振った。
「そちらの彼はパートナーだろうか。紹介してもらっていいかな?」
 あ、そうか、とテオドアはハルトに顔を向けて、
「そういえばハルは会ったことないか、こちらは俺の……父さんなんだけどさ」
「エドワードと言います。よろしく」
 なになに、知り合い? くらいに思っていたハルトだが、これでテオドアのそわそわ具合にも合点がいった。
「マジ? あー確かに雰囲気似てるかもー?」
 と笑み、ハルトはエドワードに頭を下げた。テオは母親似だと思うが、それでも笑顔の感じとか、共通したところは確かにある。
「パートナーやらせてもらってます! ハルトと言います!」
 よろしくお願いしまーす、と、差し出された手を握った。
 いやあそれにしても、とハルトは思う。
 何かすごくぎくしゃくしてるっつーか……空気重っ!
 テオドアの家庭の事情はハルトも知っている。両親が離婚しているということも、父親も神人だということも。
 テオドアの母親については、第二の故郷ならぬ第二の母のように懐いているハルトだが、父親と会うのは初めてだ。
 ここはひとつ、場を和ませるためにも、やっておきたいことがある。
 ハルトの行動は素早かった!
「お父さん! テオ君を俺にくださいっ!」
 直立の姿勢から90度近いお辞儀を披露したのだ!
「は……?」
 一瞬、目をぱちくりしたテオドアだったが、すぐに頬を染め声を上げていた。
「こんな人通りの多い場所で何、馬鹿なの!?」
「一度やってみたかったんだよね、コレ」
 笑って顔を上げると、期待通りエドワードも、虚を突かれたような顔をしている。
 ――あっけに取られてる顔、よく似てるわ。
 しかしハルトの愉快そうな表情は、すぐに酸素を求めあえぐ顔に変わるのだった。
「もー、テオ君てば照れ屋さ……ギブ! ギブ!」
 かなり本気のチョークスリーパーが、テオドアより与えられたのである。
 でもまあ親父さん笑ってるし、これで少しは話しやすくなったんじゃね?
 その読みの通りだった。緊張が解けたのかエドワードはハルトに気を許し、ハルトが仲介を務めるような格好で、まだぎこちなさは抜けないが親子の会話も成り立つようになったのである。
 頃合いを見てハルトは言う。
「ところで親父さん、俺たちこれから、シェイクを飲みに行くつもりだったんですが、一緒にいかがっすかー?」
 おいっ! とテオドアは声を上げていた。だが意外にも、
「ご相伴させていただくとしよう」
 あっさりとエドワードは承知したのだった。
 ガッツポーズしてハルトはテオドアに笑顔を向けた。
「それでいいよな?」
「……俺は別に構わないけど」
 まあいい機会だし、とこのときテオドアは、父の顔を見ながら呟くように言ったのである。
「先輩……でしょ、聞きたいこと色々あるんだ」



 春色したカーディガンの肩にフェイクレザーのトートバッグをかけ、千亞はキャンパス前の階段を降りていく。
 階段を降りきったところで象牙色のリムジンが滑るように現れ、千亞の目の前に停車した。
 運転席側のドアから、明智珠樹が首から先ににょきっと降りてきてうやうやしく一礼する。
「お務め、誠にお疲れ様でございました!」
「それシャバに戻ってきたヤクザみたいですごく嫌なんだけど」
「ちーちゃん、がっこうたのしかったかな~? よい子にちてましたかー?」
「それ保育園の迎えみたいでもっと嫌だッ! っていうか」
 千亞は有罪を宣告するかのごとく、珠樹をびしっと指さした。
「メイド服で迎えにくるのはやめろと何度言ったらわかるんだ……ッ!」
 そう、珠樹は当然のようにメイド服だったのである。今日はエプロンドレスが空色、髪は後方でお団子に結い、サテンのシニヨンカバーまでしている。ドレスの丈はこれまでで一番短く、ニーソックスの絶対領域もかなりの眩しさとなっていた。
「しかも毎回、メイド服のアレンジを変えてくるし!」
「ふふ、千亞さんはやはり絶対領域よりクラシカル派ですか?」
「僕の話理解してるッ!?」
「理解しておりますとも、千亞さんが今、大学の真ん前という目立つポジションで周囲の耳目を集めまくっているということも……ふふ!」
 うわあ、と我に返った千亞は、転げ込むようにリムジンの助手席に乗った。車は走り出す。
「とにかく、恥ずかしいメイド服はもうやめてよね……!」
「恥ずかしくないメイド服だったらいいわけですね? 清純派メイドも良きもの……ふふ」
「メイド服のタイプが問題じゃな……」
 真横を向き目を怒らせた千亞は、ここで言葉を失った。
 後部座席の乗客に気づいたからだ。
「……母さんッ!?」
 うめくような声が洩れる。
「義母様のお出かけ先が近いとのことでご一緒していただきました、ふふ……!」
 そういうことは先に言ってよね、と千亞は腕組みしてむくれる。
「千亞くん、びっくりした?」
 仏頂面の息子とは正反対に、千亞の母彩音(あやね)はくすくす笑っている。
「驚いたよそりゃ……」
 千亞は母を直視できず、バックミラー越しにその表情をうかがうのだった。
 彩音は童女のように屈託がない。赤い髪、ウサギ耳を思わせる黒いカチューシャ、年齢はとうに四十代のはずだが、千亞に似た可愛らしい顔立ちのおかげもあって千亞の姉くらいに見える。
 母さんがド変態と一緒にいる……悪夢だ。
 千亞は頭を抱えたい気分だった。珠樹と母を会わせたくなくてずっと紹介せずにきたのだが、その努力は無駄だったらしい。
 千亞の兄の情報をたどり、母は何度も珠樹に行き着いたのだそうだ。
「調べてみたら、その珠樹ちゃんが千亞くんのパートナーだったなんてね」
「……調べてみてほしくなかったよ」
 しかし気にせず母は言う。
「千亞くんがいない間に珠樹ちゃんに接触してみたの。そしたらまあ、とてもユニークな人で♪」
「その『ユニーク』っていうのは『変質者』の婉曲表現と思っていいよね?」
 けれどもやはり、彩音はまったく千亞の話を聞いていないらしく楽しげにこう締めくくったのだった。
「千亞のワガママに付き合ってくれる人だから、家に呼ぶことにしたのよ」
「こんな変な生き物を!? 息子の教育に悪いとか思わなかった……?」
「あらその変なところも嫌いじゃないわ。可愛いじゃない?」
「可愛い……?」
 そのセンスが千亞には理解できない。珠樹を『ちゃん』付けし、気軽に『義母様』とか呼ばせているし……考えたくないことだが、母は珠樹のことを気に入っているようだった。
「ふふ……義母様、私のことは実の息子同様に思し召し下さいませ」
「こらド変態何を言うッ!」
「うん、そう思ってるからね♪」
「こっちはこっちで聞き捨てならんことをッ!」
 珠樹にツッコみ、母にツッコみ、ああ、身がもたない……!
 このとき車が止まった。
「目的地到着です……ふふ……!」
「ありがとう」
 じゃあね、と告げて母は車を降りてしまった。また車は走り出す。
 母の真意は不明だ。だが千亞にとっては、あまり歓迎できない事態になっていることだけは事実らしい。
「……千亞さん、驚いて声もないようですね」
「ああ」
「でもお母さまとの面識、私ちゃんと交換日記に書きましたよ? ……タテ読みですが」
「そんな特殊な日記の読み方しないよ!」
「ふふ……実のところは内緒にしてほしいと言われたもので……申し訳ありません」
「もういいよ」
 窓ガラスに額を当てて千亞は目を閉じた。まあ、紹介する手間が省けたと思えば……。
 いや待て、どうして紹介する必要がある?
 ウィンクルムのパートナーだから? それとも……?
「しかしこれはもう義母様公認の仲と思っていいいですかね、ちょっとネオン街に向か……」
「シャー!」
 言葉が咄嗟に出てこず、威嚇する猫のような声とポーズを千亞は取った!
「ダメですかそうですか、ふふ……」
 とか言いつつ、珠樹は実に楽しそうなのである。



依頼結果:成功
MVP
名前:テオドア・バークリー
呼び名:テオ君、テオ
  名前:ハルト
呼び名:ハルト、ハル

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 桂木京介
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル コメディ
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ビギナー
シンパシー 使用可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 4
報酬 なし
リリース日 03月28日
出発日 04月03日 00:00
予定納品日 04月13日

参加者

会議室

  • [9]蒼崎 海十

    2017/04/02-23:50 

  • [8]蒼崎 海十

    2017/04/02-23:50 

  • [7]蒼崎 海十

    2017/04/02-23:50 

    フィン:
    こちらもプラン提出済みだよ。
    何だかちょっとだけシリアスになるかも?

    ふふ、明智さんと千亞さんは癒し系だからね。海十も俺もほっこりだよ♪

    皆がどんな時間を過ごすか、今からとっても楽しみ!

  • [6]明智珠樹

    2017/04/02-23:05 

    ふ、ふふ…!
    プラン提出完了しました。
    せっかくですのでタイトル準拠です、ふふ…!

    そしてほっこりしてくださる海十さんに感謝です、萌えです…!
    どうか皆様良き時間を過ごせますことを祈り踊り狂っております、ふふ…!

    千亞「落ち着けド変態」

  • [5]明智珠樹

    2017/04/02-23:01 

  • [3]蒼崎 海十

    2017/04/01-00:20 

    海十:
    こんばんは。
    蒼崎海十です。パートナーはフィン。
    皆様、よろしくお願いいたします!

    明智さんと千亞さん、またお会いできて嬉しいです!(ほっこり)

    フィン:
    ふふ、今回もよろしくね♪
    それにしても…どんな人に絡まれるんだろ…(のほほん)
    楽しみだね!

  • [2]明智珠樹

    2017/03/31-09:27 

    おはようございます、明智珠樹と申します。
    セイリューさん、海十さんご両人は先日のサヨナラ以来ですね。
    またご一緒できて嬉しいです、ふふ…!
    テオドアさんご両人、はじめまして。何卒よろしくお願いいたします、ふ、ふふ…!

    皆様の元にどのような方が絡んでらっしゃるのか、絡み愛が見られるのか
    今から胸や色んな部分が熱くたぎっております、ふ、ふふ、ふふふ…!

    千亞「黙れド変態」

  • [1]明智珠樹

    2017/03/31-09:22 


PAGE TOP