プロローグ
――バタン!
「……へっ?」
フィヨルネイジャの一端へ足を踏み入れた二人は、同時に間の抜けた声を上げた。
「ここ、俺んちじゃん……」
「……そう、だな?」
顔を見合わせ、互いの認識は正常であることを確認する。
周囲をぐるりと見渡すが、確かにそこは二人で住む神人の自宅。
先程くぐったゲートは私室の扉へと変わっており、ついてなかったはずの錠前ががっちりと掛かっている。
「……だめだ、開かない」
押しても引いても扉はびくりともしない。
カーテンの閉まった窓の外は朝なのか夜なのかわからないほどに薄暗く、やはりこちらも鍵は開かない。
閉じ込められた、という状態が正しい。とはいえオーガが襲ってくるだとか、フィヨルネイジャの見せる特有の悪夢であったり……なんて事はまったくなさそうで。
どうしたものか、と二人途方にくれていると、突然頭上に声が響いた。
『ようこそいらっしゃいました、お二人とも。ここは夢の見せる、切望の部屋――』
「!?」
「だれだ」
声の出所を探すが当然見当たらない。
古い音響機器を利用した様な、くぐもった声。
『ご安心を、私はシーアと申します。貴方達に害を加えるつもりはありませんよ、今回は』
「……?」
『ここは、お二人の内の『どちらかが望んでいる事をするまで出られない部屋』です』
「望んでいる事をするまで、出られない……?」
『そう。胸の内にひた隠している、パートナーにだからこそ叶えてもらいたい『ねがいごと』。あるでしょう? 心当たりが』
穏やかな問いかけに、精霊がぎくり、と肩を跳ねさせる。
「……おい」
「い、いや。そんな、思い当たる節なんて、ははは」
「……。とにかく、それを実現すれば、この部屋からは出られるんだな?」
『その通りです。漏れ出ている夢も、無事消えるでしょう』
響く声――老紳士の言葉に、はあ、と神人はひとつ溜息を吐いて、精霊の方を振り返った。
「……だ、そうだ。これも任務だからな。言えよ、なんでも聞いてやる」
神人の言葉を受けて、精霊は乾いた喉にごくりと生唾を飲み下した。
解説
*プランにいるもの
・相方に叶えて欲しい願い事
・↑に対するアクション
・場所や背景
*いわゆる『○○するまで出られない部屋』系の一種です。
相方に叶えてほしい願い事を秘めているのは精霊でも神人でもどちらでも構いません。キスしてほしいとか、手をつなぎたいとか、ツンツンな相方にたまには愛を囁いて欲しいとか、軽いものから重いものまでご自由に一つ指定してください。
肌色多目なアクションはぼんやり書き起こします。なんでもありなフィヨルネイジャなので、自由度高めでどうぞ。
望みが叶ったら鍵は開いて夢も消えます。
*行き帰りの雑費で300jr消費しました。
*個別エピソードになります。
ゲームマスターより
シーアは今回どっかで傍観してるとか見てるとかいうことはないです。
NPCとの過去の関わりは判定や上昇値には影響しないのでどなたでも。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
鳥飼(鴉)
「鴉さんの部屋、ですね?」 前に来たからちゃんと覚えてます。 「え、はい」(素直に椅子に座る 僕が鴉さんに望んでいること、何でしょう。(首を捻る 「考えたんですけど。僕、鴉さんの願いを叶えたいです」 鴉さん、あまり僕に要求することってないですし。 何か言い難いんでしょうか。(気長に待つ 「はい、いいですよ」(拍子抜けし、笑顔で両腕を広げる 「これだけでいいんですか?」(抱き返す 「僕は男ですよ。女の人みたいに柔らかくないのは当然です」 前に抱きしめたときに知ってるはずです。(むくれる もう。(いつもの軽口だと気づき、微笑む 左手を鴉さんの右の肩甲骨付近へ軽く触れる。 傷痕を見たことはないけれど。ただ、幸福を祈りたいと。 |
咲祈(サフィニア)
精霊宅の神人の部屋(本棚ばかりの殺風景な空間) 僕の部屋…… パートナーに願うこと……? ふむ サフィニア、君はないの? パートナーに願うこと 焦る様子もなく、いつも通りの淡々とした口調で、精霊を見上げる 僕は君からいくつも貰っている 面識なんてない、見知らぬ僕に名前をつけてくれたし、その上住まわせてもらっている それに、してもらってばかりは駄目だ。フェアじゃないだろう ……え(きょとん そんなことで良いのかい? もっと望んでも良いと、思ったのだが そう。分かった 迷うことなく答える 抱きしめられながら相方に頭を撫でられ、なんだかくすぐったい ……やはり、君にはされてばかりだ |
ユズリノ(シャーマイン)
深夜 枕元の牛ぬいぐるみに触れ「ここ 僕の部屋だ」 促され ここを出る為だよね… 遠慮がちに上目使い 「抱しめられて眠りたい…」 固まる彼に気付かず頬染め 「去年のお祭りの時の約束なんだけど…」 眠れない夜がある と話したらずっと抱しめてやるよと言ってくれた でも彼がくれた射的景品の牛ぬいぐるみを抱しめたら そんな夜も眠れる様になった だから実現しないままに 実践する事に 彼が腕枕してくれた(慣れてるなぁ)ちょっと嫉妬 でも嬉しくてすりすり 「子供みたいだよね でもこういうの憧れてた」 ああ やっぱりだ 心地いい 眠る 声にふと目を開けうつらうつら 「いつかシャミィが欲しい…」 スヤ 眠りから覚めた 笑顔「ありがと シャミィ」 うつら発言覚えてない |
テオドア・バークリー(ハルト)
@ハルの部屋 公序良俗に反する願い事は却下…じゃあって何だよ!悩むなよ! …は?急に何言い出してんのお前!? いや…そりゃ俺だって出たいけどさ… 大丈夫、たった一言、それでここから脱出出来るんだから。 顔に出ないように冷静に、落ち着いて… …ハル、顔が近い。 これだけ期待に満ちた目で見つめられると何か、その… 冷静にって決意が早くも崩れそうだ… つい目を思いっきり逸らしたけど多分言えた…よな? ハ、ハルが崩れ落ちたーっ!しっかりしろハルーっ! もういいだろ!?一度だけとは言ってないって…詐欺だろそれ! …何度か言わされてる内一度だけ、自然に言えたような気がする。 腹は立ったけど、ハルが満足そうにしてたから…まあいいか。 |
セツカ=ノートン(マオ・ローリゼン)
・心情 マオからのお願い事ってちょっと新鮮だね 叶えてあげれるよう、頑張るよ ・行動 何度もマオの部屋に戻るのって面白いね へぇ、そんなことでいいの? っていうか、いつもと一緒じゃない? まぁマオがやりたいっていうのなら僕はそれを叶えるよ |
●
「僕の、部屋……」
二人が足を踏み入れた場所で、神人、咲祈がぽつりと呟いた。
本棚ばかりの殺風景な部屋は、けれど咲祈にとってはこれ以上なく居心地のいいパーソナルスペースでもある。
棚の内容まで完全に再現されているようで、見覚えのある蔵書の数々を、咲祈は不思議そうに見て回った。
「そのようだね。おかしな所は、見当たらないけれど……」
願い事、か。精霊、サフィニアも一通り、危険がないかと周囲を見渡して呟いた。
「パートナーに、願う事……」
ふむ、と口元に手を当てて咲祈は考え込む。
しかしどうにも、自分に思い当たる節はなく。
「サフィニア、君にはないの?」
「え?」
「僕に何か、してほしい事とか、言ってほしい事とか……」
隣に立ち並ぶ精霊を見上げて、咲祈は淡々と問いかけた。
イレギュラーな事態だと言うのに焦る様子はまったくない。自室だという安心感もあるのかもしれないが、この状況でもマイペースさを失わない神人に、ふ、とサフィニアは少しだけ笑って。
「……いや、俺はいいよ」
「何もないの?」
「探せば、あるのかもしれないけれど……取り立ててどうしても、って事は、ないかなぁ……」
いつだって思うまま過ごしてきた。言うべき事はちゃんと話すし、過ぎた欲を願うつもりもない。
相応の生活ができて、隣に彼が居れば望む事は当面ない。
けれど、それでは納得できない、と言うように咲祈は渋る。
「……僕は君から、いくつも貰ってばかりだ」
「そんな事は……」
サフィニアの否定に、咲祈はふるふると頭を横に振った。
「面識なんてない……見知らぬ僕を助けてくれて、名前をくれた。家にも住まわせてもらってる。してもらってばかりだ、フェアじゃないだろう」
「……」
咲祈のまっすぐな言葉に、サフィニアはとうとう沈黙した。押し負けてしまった。
記憶のない怪我人を助けたのは、ごくごく一般的な良識の範疇で、当たり前の事だと思っていた。
名前を付けたのも一緒に住んでいるのも、隣に並び立つウィンクルムなのだから自然なことだ。フェアかどうかと聞かれれば、別段不公平なんて事はないように思う。
けれどそれはあくまでサフィニアにとっての認識なのだろう。助けられた方の咲祈からすれば、与えられてばかりだ、と思うのも無理はない。
ともすれば、何かを願う事で彼の心を軽くできるのならば。
「それじゃあ、咲祈」
「なんだい」
「抱きしめさせてくれる?」
「……え」
きょとん、と咲祈は、普段滅多に感情を映さない琥珀色をまるく瞬かせた。
抱きしめる、という行為を思い起こして「……マッサージかい?」と呆けた様に付け足すと「違うよ」ところころ笑われた。
「抱擁。ただ、抱きしめさせてくれるだけでいい」
「……ほんとうに、そんなことで良いのかい?」
「うん。いい」
もっと、色々なことを望まれてもいいと、咲祈は思ったのだけれど。
助けてもらって、名前をもらって、暖かな住居と気持ちを与えてもらった大切な精霊。
そんな彼は今にこにこと穏やかに笑い、咲祈の返答を待っている。
「そう、わかった」
それじゃあ、とやんわり、サフィニアが咲祈の体を抱きしめる。
腕の中に収まりきってしまう細身はなんだか頼りなさげで、守ってあげないと、というサフィニアの、親心にも似た気持ちを一層かきたてる。
頭を撫でたら、くすぐったそうに小さく身じろいだ。
「……やはり、君にはされてばかりだ」
「うん?」
「いや……ほんとうに」
こんなことでよかったのかい。再度問えば「うん。……これがいい」と、満足げに返された。
サフィニアの返答を裏付けるように夢は消え失せ、気づけば二人は現実世界へ戻っていた。
●
訪れた場所で、深夜をさす時計と見覚えのあるぬいぐるみに触れながら、神人ユズリノはぽつりと呟いた。
「ここ、僕の部屋だ……」
聞いていた通り妙な空間だなと思い、自室とまったく変わらぬ風景を見回している彼の隣で、精霊シャーマインは必死に平静を装っていた。
(……非常にまずい)
この状況――秘めた欲望が暴露されかねない危ういシチュエーションは。
胸中の動揺をひた隠し問いかけた。
「――り、リノは!」
「ん?」
「何か、してほしい事はあるか?」
己の狼狽に気づかれていないかハラハラしながら、緊張の面持ちでユズリノの言葉を待つ。
「ここを、出る為だよね……」
うーん、と天井を見上げて、ユズリノは考え込む。
ややあって、遠慮がちな上目遣いで、シャーマインを見つめた。
「……抱きしめられて、眠りたい」
ビシッ! と石のように固まるシャーマインをよそに、ユズリノはかぁ、と頬を赤く染めた。
「去年のお祭りの時の約束なんだけど……」
彼の言葉にシャーマインも思い起こす。
眠れない夜があると明かした彼に、ずっと抱きしめていてやる、なんて言った事を。
(なんて軽率な約束を!)
当時の自分を恨んでも今更遅い。あの頃はそもそも純粋な人助けのつもりだった。
……下心がまったくなかったとは言わないが。
「でも、もらった景品の……この牛のぬいぐるみを抱きしめたら眠れる様になった。だからいいかなって、思ってたんだけど」
ぬいぐるみを抱え直して、ユズリノはシャーマインを見つめた。
「抱きしめて、一緒に寝てくれる?」
躊躇いがちに寄せられた小さな信頼を、どうして断る事ができようか。
(俺は試されている!)
ユズリノのベッドで二人寝転んで、腕枕までしてやって。
「慣れてるね」と言うユズリノには「まあな」とこなれた感を装ったものの慣れるはずがない。だって今隣で寝ているのは遊びで付き合ってきた女性達とは違うのだ。
(耐えろ、俺……!)
ユズリノとの関係は、慎重で居たいと思う。
荒ぶる心臓を必死に抑えた。
(……ちょっと妬いちゃうな)
精霊の過去を想うと心がちくちくと苛んだけれど、純粋に願いを聞いてもらえた事が今は嬉しくて、ユズリノは彼の腕に頬を寄せた。
「へへ……子供みたいだよね。でも、こういうの憧れてたんだ」
次第にうつらうつらと、ユズリノの瞼が重くなる。
五分と経たない内に眠りへ落ちてしまった神人の、その無邪気な温度差に。
シャーマインはあるひとつの可能性を思う。
(……もしや、リノが俺に望むのは保護者の様な存在であって)
俺は、片思いなのか?
とっくに自覚している恋心。
心のどこかで、彼が寄せてくれる信頼が同じものであったら、なんて期待してなかったわけじゃない。
安らかな寝息を見つめ深く溜息を吐いた。
祭りの時とは格段に変化してしまった存在感。
「大切ってのは、こんなに苦しいんだな……」
髪を梳いて、寝ているからと小声で囁いたはずだったのに、うっすらユズリノの瞳が開いて、絡んだ視線にどきりと心臓が跳ねた。
「……いつか」
シャミィが、欲しい。
微笑んでそれだけ呟くとまた彼は眠りについてしまった。
寝言に過ぎない一言が、けれどぎゅうとシャーマインの心を切なく締め付けて、大切そうに、愛おしそうに、彼の体を抱きしめた。
「うー、ん……」
目が覚め、隣で寝ていたシャーマインに「おはよ……」とユズリノが小さく告げた。
爽やかな目覚めを自覚する自分に比べ、彼はと言えば目の下に隈は出来ているしぐったり憔悴している様にも思えたが。
「よく眠れたようで、よかったよ」
にこ、とシャーマインが優しく笑ったから、ユズリノも笑顔を返した。
「ありがと、シャミィ」
「どういたしまして」
寝ぼけて告げた一言を、ユズリノはすっかり忘れてしまったようだけれど。
今はまだこれでいい、とシャーマインも満足したら、錠前がカチリと音を立てて開いた。
●
「何度もマオの部屋に戻るのって面白いね」
扉を開けながら、もう何度目かになる入室を果たすのは神人セツカ=ノートン。
二人が迷い込んだ夢の世界は、精霊マオ・ローリゼンの自室だった。
扉に鍵はないものの、何度部屋を出ても同じ風景に戻ってきてしまう。
妙な部屋だがセツカはこの状況を楽しんでいるようだった。
「まあ、セツカに危害がないならいいんだけれど」
風景を見回しながら、マオはそうぼやいてセツカを見遣る。
こちらも、害がないならばそうまで緊張した面持ちでもなく、自分の部屋だからなのか気楽に過ごしているようだった。
「ずっと、このままだったらいいんだけどなぁ……」
ぼそ、と誰に言うでもなく零れ落ちた呟きはしっかりセツカの耳に届いており「そんな事考えてそうだと思った」と笑われてしまった。
「ははは。やっぱり、言わなくても伝わった?」
「だってニヤニヤしてるもん」
「セツカもなんだか嬉しそうだ」
「えー?」
日常のワンシーンのような軽い調子で他愛なく笑いあった。
それくらい、普段と変わらないのだ。セツカの教育係であるマオの自室なんてお互い見慣れている。
ただ、周りの目を気にしなくていい分だけ、二人きりで過ごせる、というシチュエーションが嬉しい。
「で、お願い事ごとってなに?」
当然のようにセツカが聞いてやる心構えでいる。自分から望むことは特別ないようで、むしろマオからのお願い事なんて新鮮だ、とワクワクしていた。
仕える、という立場上、マオが主であるセツカに何かを望める機会なんて、現実にはあまり起こり得ないことだ。
だから、難しいものでないなら叶えてあげられるよう頑張りたい、とセツカは思っていた。
「……じゃあ。俺が、セツカに甘えたい」
マオの言葉に、キョトンと目を丸くする。
「……そんなことでいいの?」
いつもと一緒じゃないか、という意思が訝しげに瞬く瞳からは見て取れる。
こんな特別な――ある意味おいしいシチュエーションだと言うのに、マオはちっとも軸がぶれないようで。
「うーん、探せばあるのかもしれないけれど……『今』は、それを叶えてほしいかな」
その時々で、お願い事なんて変わるんだろうけれど。にこ、と笑って、マオは意思を示す。
「……まあ、マオがそれでいいなら」
僕は、それをかなえるよ。
拍子抜けしたように頭をぽり、と一つ掻いて、マオの望むとおり存分に甘やかしてやる事にした。
「……ねえほんと」
いつもと変わらないんだけど。
ソファに腰掛けたセツカに、マオは大型犬よろしく背中から抱き付いて、まるい神人の頭をいとおしそうに撫でている。
マオの方がずっと体が大きいから、セツカの体はすっぽりと丁度良いサイズで収まっていた。
長い指が無遠慮に銀糸をかきまわすから、髪がくしゃくしゃになりそうだ、と思ったところで、頬にちゅっと音を立てて軽いキスを受けた。
「そうかな?」
「そうだよ。いや、どっちかっていうと、僕の方が甘やかされてるような」
年上の教育係で知識も経験も豊富なマオは、セツカにとっては頼れる優しいお兄さんだ。
普段はしっかり場を弁えて、所構わずベタベタしてなんて来ないけれど、こんな風にセツカを猫可愛がりしてやるのが、マオにとっての甘えらしい。
「そんな事ないって。これが、俺の甘え方だよ」
ひょこりと顔を覗き込んだ端正な顔立ちが、しあわせそうに甘く解ける。
まあ、マオが楽しそうだからいっか、とセツカも納得して、しばらくはこのゆっくり流れる不思議な時間を堪能した。
●
「公序良俗に反する案は却下」
部屋の趣旨を理解するなり先手を打ったのは神人、テオドア・バークリー。
二人が足を踏み入れたのは精霊ハルトの部屋だった。どちらかの頼みごとを一つ聞くまで出られない、だなんて、誰が何を言い出しそうかなんてテオドアにはとっくに予想がついている。
「いきなりひどくね!? 俺をなんだと思ってるのテオくん!」
「聞かなくても大体分かるし。で」
どうするんだ? そっけない態度とは裏腹にお願い事は聞いてくれるんだ、と言う嬉しさは心に秘めつつ、改めてどうすべきか思案した。
結構長く、考え込んだ。
「えーと……じゃあ……ええ、どれにしよう」
「じゃあってなんだよ悩むなよ」
「――あ。俺のこと好きって言って!」
「…………はっ?」
ようやっとはじき出された『お願い事』にテオドアは目を丸くして、次には赤い顔で早口にまくしたてた。
「いいいいきなり何言い出してんのお前!」
「いいじゃんそれくらい!」
「やだよ恥ずかしい!」
「そっかーどうしても聞いてくれないならずっと俺の部屋で二人きり過ごすって事だから何も問題はないな!」
「ぐっ……!」
開き直りに押し黙った。あまりにも、テオドアに分が悪すぎる。
そりゃあ自分だってここから出たい。たった一言『好き』の二文字を告げるだけの事だ。
躊躇して、しどろもどろと視線を泳がせる相方が可愛いと思ってしまうのはもう仕方がないと思う。「テオくん、ちゃんとこっち見てー!」と、捕まえて逃げられないよう抱き寄せておいた。
「……ハル、近い」
極めて平静を取り繕うテオドアの瞳はまっすぐハルトを見る事が出来ない。
期待に輝く瞳に見つめられると早くも冷静に、という決意が鈍りそうだった。
当人は平気な顔をしているつもりでも、ハルトにはがちがちの体から動揺が伝わっていて、そこがまたいい……とこの状況を噛み締めていると。
「…………すき、だよ」
「………………」
小さく、本当に、蚊の鳴くような声で告げられた一言に、ハルトはがくりと崩れ落ちた。
「……は、ハル!? 大丈夫かーっ!」
「まじむりとうとい……」
ありがとうフィヨルネイジャと知らないおっさん。
心中で呟きポケットを漁るが目的のものがない事に「くそっ!」と床を叩いた。
「録音も写メも撮れないとかまじないわ……仕方ないから耳に焼き付けておく」
すぐさま垂れていた頭をあげ「もう一回!」とハルトは強請った。
「……は!? も、もういいだろ!?」
「一回だけなんて言ってない!」
「詐欺だろそれーっ!」
――もちゃもちゃといつもと変わらない調子で戯れあいつつ、結局この後テオドアは何度も同じ言葉を言わされた。
口にする内にそこまで抵抗がなくなって、途中、自然な形で出たような言葉もあった気がする。
誘導された様な状況には若干腹立たしいが、親友がそのまま昇天してしまいそうな顔だったから、まあいいか、と。
鍵が開いた事を確認して部屋を出ようとしたら、隣に並んだハルトがいたずらっぽく笑った。
「最後にもう一回言って?」
「も、もう、開いたんだから」
「この際変わらないでしょ。いいじゃん、最後!」
既に部屋の強制力が消えうせている状況で言わされる事には抵抗が半端なく、視線を合わせない様にぽつりとつぶやいた。
「……。ハルトが、好きだよ」
茹で上がってしまった頬をふいと逸らして「もういいだろ出るぞ!」と足早に退出しようとしたら、ぐっ、と強く肩を引かれた。
「……聞こえなーい」
もう一回。
気付けば相手の瞳に、自分の感情まで映し出されてしまいそうな程の、至近距離。
隣に並んでいて聞こえない訳がなく、そんな事、冷静に考えればわかるはずなのだけれど。
ハルトの顔と、声が――あまりにも。
最後の最後で完全に冷静さを崩壊させ、脱兎の如く逃げ遂せたテオドアが、親友に望まれた言葉を言えたのかどうかは、神のみぞ知るところ。
●
「ここは……」
神人、鳥飼がぐるりと部屋を見回す。
大して防音効果の期待出来そうにない、薄い白壁の1Kルーム。
「鴉さんの部屋、ですね?」
「その様ですね……」
頷くのは精霊、鴉。
以前初めて部屋に招かれた事が嬉しかった、と記憶している鳥飼は、しっかりその内装を記憶していた。
人を招くには不向きな部屋だ。そう、鴉自身は思うのに、切望を具現化する夢にこの部屋が現れたのは、何の因果だろうか。
「どうぞ、座ってください。お茶でもいれましょう」
「え、あ、はい」
貼り付けた笑みで告げる鴉の言葉に、鳥飼は促されたまま着席する。
(……油断した。まさか、望みを強制的に言う展開を用意されるとは)
どんな任務だろうが淡々とこなしてやるつもりでいた。
フィヨルネイジャは元々過去や心の深層に影響するような夢が多いけれど、それにしたって。
お茶汲みはただの時間稼ぎだ。悪あがきのように、鴉は平静を装い鳥飼に告げる。
「私ではなく、主殿の願いでもいいのでは?」
ティーカップを受け取りながら、鳥飼はきょとりと瞳を瞬かせる。
「僕の願い、ですか?」
「ええ」
「僕が鴉さんに、望んでいること……」
何でしょう。うーん、と首を捻る。
欲の薄い主人であることは重々承知しているけれど、少しでもこの部屋の強制力を誤魔化したかった。
「……考えたんですけど」
「はい。なんでもどうぞ」
「僕。鴉さんの願いを叶えたいです」
「……」
今度は鴉が目を丸く見開いた。
動揺が表情に出てしまって、どうにもダメだ。最近の、鳥飼を前にした時の自分は。
そう思う鴉を他所に、鳥飼は続ける。
「鴉さん、あまり僕に要求することってないですし」
「……お互い様では」
「そんな事ないです。今もお願いしました」
あなたの願いを叶えさせてください、と――。
鴉は、少しだけ俯いて、鳥飼には伺えない死角で、小さく自嘲気味に苦笑した。
(……ああ、厄介だ。実に)
優しい顔をして、善意の言葉で、彼は鴉の逃げ場を塞ぐ。
鴉さん? と首を傾げる鳥飼に精霊の胸中は全く読めない。言い難い事なのだろうか、と心配になるくらいの事で。
(いつまでも渋ってはいられませんね)
やがて観念したように、鴉はふう、と一つ息を吐き出し、胡散臭い笑みを張り付け顔を上げた。
「抱きしめても、よろしいでしょうか」
意を決した様なタイミングに反し、けれどその内容があまりに拍子抜けで、鳥飼は一度瞳をぱちぱちと瞬かせた。
「……はい、いいですよ」
次にはにこ、と笑顔で、両手を広げてみせた。
(……拒んでくれたらいいものを)
望みを口に出しておきながら、心中ではそんなことを鴉は思う。
温もりを感じたいと願いながら、優しい神人から絆されてしまう事に、反発する自分がずっと心の片隅にいる。
どうしたら、どうするのが己の正解なのか、自分でもよくわからないまま、やんわりと主人の体を抱きしめた。
「これだけでいいんですか?」
鳥飼も鴉の背に腕を回す。
当たり前のように、無償の温もりを与えてくれる人。
「ええ。……柔くはありませんね」
「僕は男ですよ。女の人みたいに柔らかくないのは当然です。というか――」
前に抱きしめた時に、とむくれつつ言いかけたら「ええ、ええ、知っていますよ」と、抱きしめる腕に力が少しだけこもって、どこかおかしそうに返された。
「……もう」
らしくない様子には何となく気付いていたけれど、いつもの軽口が返って、安心したように鳥飼は微笑んだ。
(離れたくない。けれど、離れていたい。矛盾ですね……)
鳥飼の肩に、鴉は顎を乗せ、目を伏せた。
己が本当はどうしたいのか、未だに定まらない答えを、今はまだ曖昧なまま、ぬくもりに許されていたかった。
(……鴉さんが、どうか)
少しだけ力の抜けた体に鳥飼は気付いて、背に回した左手を、鴉の右の肩甲骨付近へ軽く触れた。
深く刻まれた傷跡を、未だこの目で見た事はないけれど――ただ、幸福を祈りたいと、切に望んだ。
依頼結果:大成功
MVP:
名前:鳥飼 呼び名:主殿 |
名前:鴉 呼び名:鴉さん |
エピソード情報 |
|
---|---|
マスター | 梅都鈴里 |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 男性のみ |
エピソードジャンル | イベント |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用可 |
難易度 | 普通 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 03月17日 |
出発日 | 03月26日 00:00 |
予定納品日 | 04月05日 |