【性転換】どんな私でも愛してくれる?(梅都鈴里 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

「ただいま」
「誰だお前」

 休日の白昼、買い物から帰宅したパートナーに開口一番精霊が胡乱げな目をして告げた。
 帰宅したのは守るべき神人で、愛らしい少女のはずだ。
 目の前に居る人物はしかし、背幅は広く胸は平たく、しかし着衣はそのままなので、どう見ても『神人の着ていった服を着て女装した男』なのである。

「ひどくない!? 顔見てわからない!? 最近変な種が残ってるから注意するようにってA.R.O.A.から注意喚起されたじゃない!」
「いやっ……実際目の前にすると全く誰だかわかんなかっ」

 パーンッ! 平手が飛んだ。
 男性の平手打ちなのでそこそこいつものそれより威力が上がっているが、この感触は紛れもなく神人のものだ、と精霊は確信する。

「ふ、ふふ……ようやくお前だってわかったよ。要は種の影響で一時的に男性になっちゃったんだな」
「こんな事で把握してほしくなかったわよ。本当それ。はあもう、私が巻き込まれるなんて思わなかったわ!」

 頬を抑え崩れ落ちる精霊を尻目に、勝手知ったる足取りでリビングへ向かいソファへ気だるげに寝転がる。
 時間経過で元に戻るものだと聞いていたがそれまでこのままなのだと思うとげんなりした。
 トイレとかお風呂とかどうしよう……とぼんやり思案する。我慢するべきだろうか、はたまたこんな時の精霊に、わからないことを聞いてでもなんとかするべきだろうか。
 神人の思考を読んだ様に、ひょこりと覗き込んだ精霊が意地悪そうに笑った。

「悩んでるだろ。しっかりしてるお前のことだから」
「……な、何よ。悩んでちゃ悪い?」
「教えてやろっかなーって。風呂とかトイレとか――おっとぉ!」

 二発目の平手はソファと頭上という位置関係上流石に避けられた。
 下世話な親切に僅か赤い顔をして起き上がった神人は、けれどやるせなく視線を逸らした。

「……気持ち悪くないの?」
「ん?」
「私が、こんな体になっちゃって……」

 一時的とは言え今の自分は愛らしい少女ではなく一人の男性だ。
 柔らかな胸は逞しい胸板と化したし、顔つきだってさっき姿見で確認したら女性のそれとは随分違っていた。骨格とか目つきとか、体の構造上どうしようもないものなんだろう。
 見間違えるのも無理はないのかもしれない。一方的に引っぱたいてしまった申し訳なさもあり、弱気に肩を落とす。

「一時的にだろ? 別に気にしてねーよ。それに――」

 どかりとソファの隣に腰掛けてきた精霊はなんでもないような顔をして言ってのける。

「どんな姿でもお前はお前だよ。幻滅したりしねーから。な?」

 朗らかに笑いかけた精霊の優しさに、神人は「……ありがと」と感謝を告げた。

解説

パートナーだけ性転換しちゃった! っていうエピソードになります。
上気は一例なので、性別が反転するのは神人でも精霊でも構いません。精霊が女の子になっちゃった! でもいいです。
姿が変わっても愛してくれる? というのがタイトルのテーマではありますが、いつもと違う状態を楽しんで一日過ごそう、みたいな前向きアクションでも良いです。
とにかく片方だけが性転換して、一時的に同性になってしまった! っていうシチュエーションで、二人がどう接し合うか、というプランをお願いします。
元に戻るまでの経過時間に縛りはないので、好きに一日過ごしてください。翌朝目が覚めたら戻ってたよ、くらいの感覚で。

プランにいるもの
・性転換したほうの見た目(ざっくりでいいです。めっちゃ変わっててもそんな変化なくても)
・性転換中の過ごし方(会話とかアクションとか)

*買い物で300jr消費してます。



ゲームマスターより

恋人がいきなり性転換して帰ってきたら不審者だと思っても無理なさそうです。
とっつきにくいシナリオかもしれませんが、自由度は高めなのでお気軽にどうぞ。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

リチェルカーレ(シリウス)

  服は見覚えがある …だいぶぶかぶかになっているけれど
…シリウスってお母さん似?
柔らかなアルト 声も変わるのねと不思議そうに 

本部の部屋をひとつ貸してもらう
思わず手を伸ばして 柔らかな頬に触れる
大人の女の人って感じ …いいなぁ
ぐったりしているのに 小さく笑って
大丈夫よ ちゃんと治るって言ってたじゃない
あ 睫毛もすごく長くて羨まし…

気が付いたら真上にシリウスの目
姿が変わっても 何ひとつ変わらないまっすぐで綺麗な翡翠の双眸にどきりと赤く
言われた言葉には目をぱちくり
シリウスはそんなことしないもの
少し笑って離れていくのが なんだか勿体なくてぎゅっと抱きつく
どんな姿でも シリウスだから大好きなの
聞こえないくらいの囁きを


かのん(天藍)
  2人で買い物に
お互い捜し物があり一旦別行動後待ち合わせ
見知らぬ男性に声をかけられ困惑中
天藍早く来ないでしょうか

天藍!?
背後から引き寄せられた気配に安堵のはずが彼の顔を見上げて目を丸くする
身長は本来の彼とさほど変わらないがその姿はスレンダーな美女
纏う雰囲気と話す言葉で天藍だとは分かる

えっと、すぐに天藍だとは分かったのですけど…
女性化していたとは思わなくってびっくりしました
助けてくれてありがとうございます
天藍はやっぱり天藍なんだなって、ほっとしました

天藍が嫌じゃなかったら、写真撮りませんか?
モデルの方みたいに綺麗にメイクとドレスを着たら絶世の美女になると思うんです(目きらきらさせて
え、一緒にですか


ひろの(ルシエロ=ザガン)
  ルシェの家のリビング

どこかで、見たような。「いらっしゃい、ませ……?」
?「……ルシェ?」

そっか。前に見た。「また(性転換)クッキー食べたの?」(首を傾ぐ
あったかも知れない。(うろ覚え

「時間が経てば、戻るんだっけ?」(近づかない
(一歩下がる
「……」(言い方を考える

(後ずさり、背が壁に触れる
「ちがっ」(首を横に振る
(小さく息を飲む
「……だい、じょうぶ」性別違って、別の人みたいな気がしただけで。

「女の人の方が、苦手で」少し、だけど。それに、慣れたら平気。
苦手ばっかりで嫌われるかな。

(ルシェの袖を掴み、首を横に振る
「性別変わっても。ルシェは、ルシェだから」
「あの、カップケーキ焼いてあって」(俯いて小声


和泉 羽海(セララ)
  (知らない美女が…泣きながら…家に突入してきてビックリした…
けど、落ち着いたら…なんか可哀想…ていうか

『……意外
てっきり自分が女の子になったら喜ぶものだと』(筆談
そ、そう…(力説に若干引き気味)

別に…嫌いにはならないよ
もし一生そのままでも、それはそれで良い友達になれる…と思う、たぶん
(いつもなら避けるけど、相手が女子なので拒否できず

(こんな…美女と撮ったら…自分の…醜さに…死にたくなりそう…
写メは、ちょっと…
うっ…い、一枚だけなら…(「友達」に弱い

(だって…ちょっとでも逃げようとしたら…
すごく悲しい顔…するんだもん…)
はぁ…なら本当に一生そのままでいれば?
……女の子に、口説かれても…微妙…


瀬谷 瑞希(フェルン・ミュラー)
  男性になってしまった。
先ず困ったのは服。持ってる服はスカートが中心。
部屋着程度ならパンツスタイルの服はあるから着替えてはみたものの。
今日はフェルンさんと図書館へ行く約束だったけど、どうしよう。
迷っている間にフェルンさんが来ちゃった。
おそるおそる、彼を出迎える。

とりあえず事情を彼に話して、今日は図書館へ行く事は中止にしましょう。
借りている資料の返済期日はまだ余裕があるし。
別の本を借りたかったけど、この姿であまり他の人と会いたくないから。
地味な嫌がらせですか、これ(苦笑。

筋力上がっているようで。いつもより重い物が持てますね。
部屋の模様替えを手伝ってもらいます。重い家具も楽に持てる今がチャンス。



「いいじゃない、待ってる人が来るまで遊ぼうよ」
「い、いえ。きっとすぐ、戻ってきますから――」
 見知らぬ男性に声をかけられ、オロオロと周りを見渡すのは神人、かのん。
 精霊と二人で外出し、互いの捜し物の為一旦別行動を取っていた矢先のことだった。
(天藍、早く戻ってこないでしょうか……)
 作り笑いでなんとか男性をあしらいつつ、胸中では一秒でも早い合流を待ち望む。
「さっきもそう言ってたじゃん。彼氏?」
「そ、それは……」
 せっついてくる男に、しどろもどろと言葉を濁していると、背後から不意に肩を引き寄せられた。
「――すまない、遅くなった」
「……天藍!?」
 待ち人の登場に安堵――した筈が、振り向いた先に立っていた精霊、天藍の姿に、かのんは目を見張った。
 身長や服装はさほど変わっていないものの、今の彼はどう見てもスレンダーな美女だ。
 まとう雰囲気や言葉でかろうじて彼であると判断出来たけれど、同性であるかのんさえ惚けて目を奪われてしまうほど。
「――で、そちらは何の用だ?」
 彼……否、彼女が殺気交じりの冷ややかな眼差しを男に向けると、人違いだったよ、とかなんとか言いもって、そそくさと逃げる様に退散した。
 見えなくなるまで、天藍は男の背中を暫し睨みつけていたが、目下で目を丸くして居るかのんの視線に気付いて我に返り、現状を思い出す。
 ナンパされている神人を目にして、うっかり我が身に起こった災難を忘れかけていた。
「えっと。すぐに天藍だとは分かったのですけど……」
 まじまじと見つめられると少し気恥ずかしくはあったが、女性化していたとは思わなくてびっくりしました、と彼女はなんでもないように笑う。
「助けてくれてありがとうございます。……天藍はやっぱり天藍なんだなって、ほっとしました」
「かのん……」
 こんな姿でも己のパートナーだと、微笑んで認識してくれる彼女に愛おしさが募るも、そうだ! と手のひらを打ち鳴らしたかのんに何事かと首を傾げる。
「天藍が嫌じゃなかったら、写真撮りませんか? モデルの方みたいにメイクとドレスでキレイに着飾ったら、きっと絶世の美女になると思うんです!」
 アメジストをキラキラと輝かせて提案する彼女に、思わず天藍の目が点になる。
「……かのん、今の状況、楽しんでいるだろう?」
「だって、こんな機会滅多にないじゃないですか」
 せっかくこんなにキレイなんだから、と、少しだけ伸びた髪先をくるくると指先で遊ばせてくる。
 正直どんなに己が美しかろうが、心が男性である以上女性としての見てくれをどれだけ評価されたところで心境は複雑だ。
 とはいえ、本気で彼女が楽しそうなので、はあ、とひとつため息をはきだして、最終的に天藍が折れた。
「構わないが……一つだけ条件がある」
「なんでしょう?」
 悪戯を思いついた様に、にやりと笑った天藍に、かのんは小首を傾げた。
「かのんも、俺が選ぶ格好で一緒に写すならな」
「――……え」
 一緒に、ですか……? 一旦、口元に手を遣り熟考して。
 けれどそれで写真を撮らせてくれるなら、と、かのんも快諾した――が、すぐにその選択を後悔することになる。

「かのん、次はこれだ」
「え、えぇ……?」
 早速二人で訪れた衣装のレンタルショップ。
 かのんが選んだ深紅のドレスを身に纏う天藍が、嬉々として差し出してきた服はいわゆるロリータ系のもの。
「こ、これは、ちょっと……」
 彼女は普段絶対に、こういった色物の服を着ようとはしない。似合うとも思えないし何より恥ずかしい。
 白いレースであしらわれた、膝上までしかないピンク色のフレアスカートに、かのんは思わず気後れする。
「俺が着たら、かのんも着てくれる約束だっただろう?」
「そ……そうですけど」
「じゃあ、決まりな」
 にこーっと楽しそうに笑った天藍に、乾いた笑みを返すに留まる。
 早く元に戻ってくれるよう、この時ばかりは心底から願わずにいられないかのんであった。


 ――知らない美女が、泣きながら家に突入してきて、ビックリした……。
 神人、和泉 羽海は、目の前でがっくりと崩れ落ちている精霊の姿を、未だ怪訝な目で見下ろしていた。
「絶望だ……もう死にたい……死のう……」
 話し振りや髪色、瞳の色で、なんとか己の精霊、セララであることは認識できた。
『羽海ちゃんっ! こんな姿になっちゃったよ慰めてぇーっ!』
 玄関を開けるなり飛びかかってきたセララを反射的に避けて壁に激突させたのがつい先ほど。
 驚きのあまり腰が引けてどうしようもなかったけれど、気持ちが落ち着いてきたらなんだか可哀想になってきた。
『……意外』
「え?なにが?」
『てっきり……自分が女の子になったら、喜ぶものだと……』
 手慣れた筆談で羽海は意思を伝える。
 文字の記されたノートからバッ! と勢いよく顔を上げて、セララは間断なく喚いた。
「オレは女の子を愛でるのが好きなの! 綻ぶような笑顔とか恥じらう仕草とか、ほのかに香る良い匂いとか抱きしめた時の柔らかさとか、そういうのを全身で感じるのが好きなの!! 自分がその対象になったって、ちっっっとも嬉しくない!!!」
『そ、そう……』
 拳を握り締めた力説には若干引き気味に一歩後退る。
 それに、と弱々しく付け足された言葉ひとつで、セララは再びしおしおと肩を落としてしまった。
「こんな姿じゃ、羽海ちゃんに嫌われちゃう……」
『……』
 どうやら、本気で落ち込んでいるらしい。
 少し考えて、羽海は再びペンを手に取った。
『別に……嫌いにはならないよ』
「……ホントに? 一生俺が、この姿でも?」
『うん……それはそれで良い友達になれる……と思う、たぶん』
 羽海の言葉をじっくりと読み終えて、羽海ちゃん……! とセララは再び目を潤ませた。
「羽海ちゃん大好き!」
「……っ!」
 先程は避けてしまった抱擁を、今度は対応しきれずつい受け止めてしまう。
 身に感じることの少ない他人の温もりに息を飲んだが、次にセララが口にした言葉は羽海の表情を一気に青ざめさせた。
「そうだ! 一緒に写メ撮ろうよ!」
「…………」
 血の気の引いた顔で、さらさらと筆を走らせる。
『写メは、ちょっと……』
 こんな美女と撮ったら、自分の醜さが際立って死にたくなりそうだ、という思いのもとでの断りだったのだけれど。
「友達なら、そういう事するでしょ?」
 都合の良い建前に、うっ、と続きを返し淀んだ。
 結局、一枚だけなら……という最大限の譲歩のもと、羽海はセララのお願いを渋々飲んだ。

「たまには女の子も良いね」
「……?」
 自撮りの要領で肩を組みつつ、楽しそうなセララの言葉に、羽海は首を傾げて目線を投げかける。
「どんなに近づいても羽海ちゃんが逃げない!」
 にぱっ! と、性別が変化していても変わらない無邪気な笑みを見せたセララに、なんだか気恥ずかしくなってしまって、羽海はまた視線を逸らした。
(だって、ちょっとでも逃げようとしたら……すごく悲しい顔、するんだもん……)
 胸中でだけ呟いた言葉は無表情で誤魔化して、わかりやすく溜息をついて見せる。
『……なら本当に一生、そのままでいれば?』
 筆記に託された投げやりな言葉を受けて、セララは綺麗な顔を顰めた。
「えーそれはヤだなぁ。だってオレ――」
 友達より、彼氏になりたいから。
 低音を聞かせた口説き文句を投げかけつつ、キリリと表情を引き締まらせ、真摯な眼差しで羽海を見つめるも。
『……女の子に、口説かれても……微妙……』
 躊躇うことなく記されたノートの言葉に、端正な顔立ちが一変、涙目で盛大にセララは嘆いた。
「うわぁん、やっぱり早く戻りたいぃ!」


「……シリウスって、お母さん似?」
 変わり果てたパートナーの姿を見た、神人リチェルカーレの第一声に。
 盛大に脱力した精霊シリウスは、はあぁ、とわかりやすく深い溜息を吐いた。

 この日はA.R.O.A.で打ち合わせの予定があった。
 家から本部までの移動中だったのだと思う。種に影響され、性別が変化したのは。
 目線が変わった、と不意に気付き、アパレルショップのショーウィンドウに映る自分の姿に、シリウスは絶句した。
 柔らかな黒髪は腰まで長く伸びており、すらりと細い手足に元々着ていた服がだいぶ緩く感じた。
 種の情報はしっかり頭に記憶していたから、その内戻るのだとは分かっていても、この姿で本部の人間や、何より大切な神人と会うのかと思うと気が滅入った。

 気づいて、もらえるだろうか?

 だからと言って自分から名乗るのもおかしい気がして、緊張しながらも勇気を振り絞り、リチェルカーレと合流した時の第一声が、冒頭のそれであった。

「……これを見て、最初に聞く事がそれか……?」 
 マイペースな反応に思わず脱力する。
 眩暈を抑えて恨めしげに呟き、頭を抑えぐったりとソファに細身を沈ませた。
 気だるさの中にも色香を含んだ、柔らかなアルトを受けて、声も変わるのね、と不思議そうにリチェルカーレはシリウスの顔を中腰で覗き込んだ。
「他人事だと思って……」
「ふふっ、大丈夫よ。ちゃんと治るって言ってたじゃない」
 ころころと鈴が鳴るように笑って、リチェルカーレは更に顔を近付け、じぃっとシリウスの顔立ちを観察する。
「大人の女の人って感じ。……いいなぁ」
「……」
 肌がきれいとか、鼻梁は少し小さいのね、とか。
 飽きることなく、細い指先はシリウスの肌へと無防備に何度も触れてくる。
「……あ。睫毛もすごく長くて羨まし――きゃっ……!?」
 不意にその細い腕をシリウスが掴み取って、座っていたソファへ引っ張り込んだ。
『女の人』と言う一言が癪にさわったのもあれど、あまりにも彼女が無自覚なものだから――。
「……シリ、ウス……?」
 体勢を容易に入れ替えられて、おそるおそる瞳を見開いた間近に、彼――彼女の真剣な顔があった。
「――……見た目が変わっても、中身は俺だ」
 性別が変化しようと、少しも輝きを変えないまっすぐで美しい翡翠の双眸に、どきりと心音が跳ね上がる。
「……そんな風に触るな。襲われたらどうするんだ」
 こんなふうに。
 忠告のように、低く告げられた言葉。
 彼女のまっさらな無垢さを、自分はとても気に入っているけれど、心が男性である以上我慢の限界だってある。
 けれどもリチェルカーレは、きょとりと瞳をひとつ瞬かせた。
「シリウスは、そんなことしないもの」
「……」
 意味をまったく理解していない神人の言葉に、どっと拍子抜けした。
 随分と高く買われてしまったものだと思う。シリウスだって今はこんな姿でも、リチェルカーレを大切な女性として見ている一人の健全な男性なのだ。
 いつもどんな気持ちで、と恨めしく思うが、それでも掛け値なしの信頼がくすぐったくて、つい小さく噴出してしまった。
「まったく、リチェには――……っ」
 不意に言葉を途切れさせ体勢を崩す。
 離しかけていた体を、リチェルカーレがぎゅうっと抱き付いて、引き止めたからだ。
「お、おい。いい加減に……」
「……もうちょっと。このままで、いさせて?」
「…………」
 そんな風に言われては、強く出る事も出来なくて。
 右手は体を支える様、ソファに突いているけれど、行き場を無くした左手をどうすべきか迷った。
 けれども少しだけ、自分を抱き締める細い腕に力が篭ったのがわかって、躊躇いがちにリチェルカーレの背にゆるゆると空いた手を回した。
「……どんな姿でも。シリウスだから大好きなの」
 シリウスの耳元で、リチェルカーレがぽつりと囁く。
 聞こえないくらいの小さな声だったけれど、その想いはしっかりと精霊の心に伝わって、触れた箇所から伝わる体温と共に、今しばらく陽だまりのようなぬくもりを享受した。


「……いらっしゃい、ませ?」
 勝手知ったる、といった足取りで、精霊ルシェ宅のリビングへ踏み入った訪問者に、神人ひろのは首を傾げながら告げた。
(どこかで、見たような)
 豊満な胸に引き締まった腰付き、すらりと伸びた細く長い脚。
 モデルのような出で立ちの美女は、ひろのの胸中の既視感を裏付けてくれるように、端正な顔立ちを苦く微笑ませた。
「そこはおかえりが正しいな」
「……ルシェ?」
「正解だ」
 ただいま。
 切れ長の瞳を穏やかに細めて、ひろのの精霊ルシェは頷いて見せた。

「また、あのクッキー食べたの?」
 無垢な瞳で問うひろのに、ルシェは深く溜息をついた。
「何故そうなる」
「前に見た事ある姿だったから……」
「ヒロノがそのままなのに俺まで食べる理由もない。……失敗作の、ギルティ・シードの話があっただろう?」
 それのせいだ、と説明する精霊に、あったかもしれない、とこちらはうろ覚えの様で、理解したのかしていないのかといった表情を浮かべる。
「……時間が経てば、戻るんだっけ?」
 何気なく問いつつも、視線は泳いでいるし、二人の間には妙な距離感がある。
「……。そのはずだ。いつ戻るのかはわからないが」
 横目でひろのの顔色を伺い「ところで」と。数歩ほどルシェが距離を詰めると、ひろのの足は一歩下がった。
「何故逃げる?」
「……」
 何か言いたそうに口は開くが言葉が出ない。
 はっきりと伝えられる事でもないから、ひろのは言葉を選ぶけれど、その間にもルシェはもどかしそうにつかつかと歩み寄ってくる。
 壁際まで追い詰められて、ついに逃げ場がなくなった。
「……どうした? 女になったオレが嫌いか?」
 ひろのの顔の横に手をついて問えば、慌てたように彼女はぶんぶんと首を横に振った。
「ちがっ……」
「何が違うんだ」
 逃げてるじゃないか。顔を、更に至近距離まで近付けた。
 お互いの瞳に映る己の表情まで見透かせそうな距離。
 濃い鳶色に映った自分の顔つきに、ひろのが息を飲んだ事で、ルシェもはっと我に返る。
「おい、大丈夫か」
 再び、二人の間に少しだけ空間を開ける。
 震える小さな肩に気付くと、つとめて穏やかにルシェは問いかけた。
「……だい、じょうぶ」
 ――まるで、違う人の様な気がした。
 性別が反転した事は以前にもあった。
 今のそれはけれど、普段と違う姿だから、というだけの理由ではない気もした。
「……女の人の方が、少し、苦手で」
 所在なさげにひろのは視線を泳がせる。
 慣れれば平気だし、拒否したい訳ではないのだ。
 苦手ばかりで、嫌われやしないだろうかと不安になる。
「それは、気付かなかったな……」
 ひろのが元来、他人に不慣れな性格だという事は熟知してたものの、女性が特別苦手、という情報は初めての気付きだった。
「近づかない方がいいか?」
 ルシェの配慮に、ひろのは不意に袖を掴んで、俯いたままぷるぷると首を横に振った。
「……性別変わっても。ルシェは、ルシェだから」
「……」
 抱き締めたい、という衝動に駆られて、動かしかけた右手を左手で抑え込んだ。
 ヒトが苦手で、女性はもっと苦手で。
 それでも、相手がルシェだから、という理由ひとつで、苦手意識を抑えてでも、側に居ても良いのだ、と。
(……何の試練だ)
 下を向いていたひろのの瞳が不意にルシェの動揺に気付いて――多少慣れてきたのか、ルシェ?と、小首を傾げ見上げてくる。
「抱き締めたい」
「え」
 二度目の衝動はつい声に出てしまい、ぼん、と頰を赤らめたひろのにまた下を向かせてしまった。
「……あの、カップケーキ焼いてあって」
 小声で告げられた精一杯の譲歩に、ルシェは苦笑しつつ「ティータイムにしよう」と頷き、ひろのの手を握った。
 気付いた様にそちらを見遣ったひろのに、女性になっても変わらない、穏やかで優しい眼差しを向けた。
「これくらいは、良いだろう?」
「……うん」
 相変わらず、ひろのの瞳はまっすぐルシェの想いを受け止める事は出来なかったけれど、絡められた細い指先をぎゅうと握り返す事で、せめてもの気持ちを返した。


「…………困りました」
 姿見の前で立ち尽くし、途方にくれた様にぼやいたのは神人、瀬谷 瑞希だ。
 もっとも、今の彼女――彼は、ギルティシードの影響から性別が反転しており、鏡に映っている自分を認識するのに、元来生真面目な瑞希の頭では大層時間を要した。
 本部から情報は知らされていたのだから、すぐに原因が種であるとは思い至ったのだ。ただ、現状を受け入れるのに時間がかかった。
 まず困ったのは、服。
 この日は彼女の精霊、フェルン・ミュラーと図書館に行く約束があった。
 持っている服はほぼスカートが中心で、唯一あるスキニーやジーンズも今日のコーディネートには合わせられない。
 流石にこの性別のままスカートを履く訳にもいかないので、部屋着として使っているパンツを一先ず履いてみたものの、このままでは外に出られない。
 そうこうしている内にインターフォンが鳴って、フェルンの来訪を知らせた。
 定刻通りに到着してくれた精霊を待たせる訳にもいかず、止む無く出迎えに重い腰を上げた。
「こ……こんにち、は」
 おそるおそる、扉を開く。
 視線の先で、フェルンが目を丸くしていた。
「……ミズキ、だよね?」
 泣きそうな瞳に神人の面影を見て、フェルンはすぐに目の前の青年が彼女であると気付いた。

「……まさかミズキが種に影響されてたとは」
 かくかくしかじか。事情を全部聞き終え、図書館へ行く約束は延期となった。
 借りている本の返済期間にはまだ余裕があったし、借りたい本はあったものの、瑞希自身がこの姿のまま人と会いたくないと言ったからだ。
「外見はそう変わってないけど……ちょっと体格良くなって、声も少し低いんだね。理系の男子学生みたいだ」
「……あまり、見ないでくれませんか。部屋着ですし……恥ずかしいです」
 気恥ずかしそうに、膝上で組んだ手をもじもじと動かして、瑞希は視線を泳がせた。
「ごめんごめん。でも、雰囲気変わってないから、全然おかしくないよ」
 口元に手をやり、朗らかにくすくすと笑う精霊を横目で見て、瑞希は小さく溜息を吐きつつ、地味な嫌がらせですかこれ、とつられるように苦笑した。
「でも……確かに筋力なんかも上がってるみたいで」
 ふと思い立った様に隅の本棚へ向かい、スペースいっぱいに揃えられていた重たそうな図鑑を、まとめて取り出し始めた。
「ミズキ、何してるの?」
「よい、しょっと……いつもより、重たい物が持てるので。模様替えをしたいです」
「模様替え」
「はい。ちょうど新しい本棚を増やそうと思っていて。重い家具も持てる今がチャンスかなって」
 折角なんだから、この状況を活かさないとだめですよね! 先程までの落ち込みようが一変、晴れやかな笑顔で作業に取り掛かり始めた。
 イレギュラーな事態だというのに、落ち込んだのはほんの一瞬だけで、既に順応しつつある瑞希の姿についついおかしくなって、フェルンは小さく噴出してしまった。
 こんな時でも本にこだわりたがる、彼女らしい着眼点と切り替えの早さには素直に感服する。
 棚を持ち上げふらふらと足取りの危うい彼女――彼を、慌てて後ろから支えた。
「手伝ってくれるんですか?」
「勿論。本棚の移動は流石に一人じゃ無理だよ」
「そうですね、ありがとうございます」
 助かります、と微笑んだ瑞希はいつになく上機嫌だ。
 純粋に、本棚を増やせることが嬉しいんだなと気付いて、こんな時までマイペースで前向きな瑞希に、フェルンも表情を穏やかに綻ばせた。

「……ふうっ。やっと終わりました」
 模様替えが無事に終わったのは日も沈み始めた夕刻。
 きれいに並び収まった愛蔵書たちを、瑞希は誇らしげに眺めている。
「困った事態になったと思ったけど。よかったね、瑞希」
「あ……そういえば自分が男だったこと、忘れかけてました」
 フェルンの言葉に現状を思い出し自分の体を見れば、埃を被った部屋着は散々な状態だったけれど。
 少しの間があった後、ふたり顔を見合わせ、どちらともなくふふふと笑い始めて、おかしな一日を無事に終えた。



依頼結果:成功
MVP
名前:ひろの
呼び名:ヒロノ
  名前:ルシエロ=ザガン
呼び名:ルシェ

 

メモリアルピンナップ


( イラストレーター: 渡辺純子  )


( イラストレーター: ジュン  )


エピソード情報

マスター 梅都鈴里
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 3 ~ 5
報酬 なし
リリース日 03月08日
出発日 03月16日 00:00
予定納品日 03月26日

参加者

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