【夢現】きみを、うらむよ(木口アキノ マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

 意識が覚醒すると共に、耳鳴りが大きくなる。
 いつものあれが、来たか。
 体に力を入れても指先すらピクリとも動かない。なのに、瞼を開けて、眼球を動かすことは出来る。
 四角い天井に視線を彷徨わせ、その片隅に、見つける。
(やはりな)
 そこにいるのは、かつての相棒。
 すでにこの世に生はない、相棒。
 苦笑したかったが、唇の端も動かなかった。
 相棒は物言いたげな表情でこちらをじっと見下ろし、やがて、いつものように消えていった。

「随分と顔色が悪いですね」
 朝の回診に来た医師が、あなたの顔を見て言った。
「夢見が悪いからですかね」
 ベッドから身を起こすこともせず、あなたは嘲笑まじりに息をつく。
 夢見が悪いのも当たり前だ。
 先のオーガとの戦いで、相棒だけ死なせて自分はちゃっかり生き残った。
「恨まれて、当然だ」
 つい口をついて出た言葉に、医師は反応した。
「恨まれる?」
「あいつがね、ここに来るんですよ、夜な夜な」
 こんな馬鹿げた話、誰が信じるだろう。
 だがこの医師は興味を持ったようで、身を乗り出してくる。
「来るって、誰がですか」
「俺と契約していた精霊ですよ。そいつが化けて、出て来るんです。何にも言わないでじーっと俺を見て、いつの間にかいなくなっている」
 恨めしいのなら恨めしいと、はっきり言えばいいのに。
 そう呟くと、医師はけろりと言った。
「それなら、聞いてみてはいかがですか」
「はぁ?」
 できるわけないでしょうが。という思いを声音に乗せて聞き返す。
「2人の思い出の品を持って、2人の思い出の場所に行く。すると、死者の魂と会話できるとか。そろそろあなたも回復してきていますし、週末には退院できますから、気になるならやってみると良いですよ」
「………」

 そんな戯言、信じたわけじゃなかった。
 けど、少しだけ。少しだけ気になるから。
 退院したあなたは、2人の思い出の品を持って、思い出の場所にやってきた。
 ゆるりと生暖かな風が頰を撫で……目の前に、相棒の姿が浮かび上がった。
 相棒はまた、じっとこちらを見ているだけ。
「なんなんだよ」
 声をかけてみる。
「言いたいことがあるなら、言えよ。どうせ……どうせ恨んでいるんだろう?」
 ふっと相棒から視線を逸らし、吐き捨てるように言う。
「ああ、恨んでるよ」
 返事が聞こえ、あなたははっとして顔をあげた。
「恨んでる」
 はっきりと、相棒はそう言った。
「約束したよね?どちらかが先に逝くことがあっても、残された方はちゃんと生きて、人生を全うしようねって。どうして約束を破るの?君がそんなんだから、僕、安心して逝けないじゃないか。約束を守ってくれないから……恨んでる」
 悲しげに言う相棒に、口を噤むしかなかった。
 相棒を失った喪失感から、その生を投げ出そうとし、結果、入院まですることになったのだから。
「もう一度、約束だ。きちんと、幸せを見つけて、生きて」
 相棒は目の前に小指を突き出してきた。
「約束守ってくれないと、『向こう』で待っててやらないからな」
「それは、困る」
 あなたは苦笑し、相棒の小指に自分の小指を絡ませた。
「約束、する」
 そう言うと、相棒は微笑み、風に吹かれるようにその姿を消した。
 小指に彼の感触を残したまま。


「いっやぁ〜、変な夢見ちゃったねぇ」
 草むらを掻き分けながら、相棒がへらへら笑う。
「だから来たくなかったんだよ、フィヨルネイジャには」
 むすっとして答えつつ、あなたも同じく草むらを探っている。
「ごめんね〜、でもこないだ来た時財布落としちゃったから」
 それにほら、今、フィヨルネイジャから夢が漏れてるっていうじゃん?その夢をこうやってひとつ、終わらせることができたじゃん?と、相棒は悪びれもなく言う。
「……ったく、恨みたいのは、こっちだよ!」
 ぶつくさ言いつつ、あなたは相棒の財布を探すのだった。

解説

フィヨルネイジャで見る白昼夢のお話になります。
どちらかが戦闘等で命を落とし、生き残った相手へ恨み言を言う、という白昼夢です。
プロローグのように、相手を想うが故の恨み言でも構いませんし、ガチな恨みでも構いません。
思い出の場所、思い出の品についても教えてください。
結局財布は見つからなかったので、1000ジェール消費します。

ゲームマスターより

こんにちは!
フィヨルネイジャの白昼夢では、様々な経験ができますね。
白昼夢とはいえ、恨み言を言いすぎて2人の仲がこじれないよう、お気をつけください。
皆様のご参加お待ちしております。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

李月(ゼノアス・グールン)

 
初フィヨルネイジャ

次の精霊との契約の話が来た
僕は受けるか迷っている
その頃から恨めしそうな相棒が化けて出る様になった

思い出の場所
新年に登った雪山
2人で登った思い出に孤独が辛い
声が聞きたい 恨み言でも
一緒にご来光眺めた場所で
思い出の品 2人で分け合った木の実の宝石の様な赤い種
相棒の分と2つをかざし「出て来いよ!」

好き放題言いやがって
「なら何で死んだんだよ 1人が好きだった僕をそうでなくしたのはお前なのに
 寂しいんだ 寂しくて堪らない」

感触のない抱擁に心が耐えられない
「…なら僕もそっち行くよ」

消えてはっと
自分勝手で らしくて笑う
「待っててやるよ」


覚めた
「…オチに救いはあったな」
鼓動感じ安堵
「ばっ…財布探すぞ」


柳 恭樹(ハーランド)
  契約してまだ数か月。思い出の場所が浮かばない。
強いて言えば去年の大規模戦関連か。だが監獄やホワイト・ヒル大教会は普段立ち入れない。
それ以外だと、やっぱり契約をした本部の広間になる。

思い出の品も、受け取らなかった花束の写真ぐらいだ。
実物がいいかと、写真と同じ紫のバラを4本、ピンクのバラを1本の花束を持参した。

1時間、広間を借りた。本当に出て来るのか?
変わらずいけ好かない顔をしていた。
「毎日枕元に立って、何の用だ」
「恨むなら恨め。だが、言いたい事があるなら言え」

忘れる。そう見えるのか。

「忘れなければいいのか」
お前をずっと覚えておけば、それで満足なのか。
何で、そうまでしてお前は俺の中にいようとする。




 柳 恭樹と精霊のハーランドとの付き合いは、それほど長いものではなかった。
 しかし、短い時間の中でも2人はウィンクルムとして親睦を深め、互いをよく理解しあった存在に……なったわけでもなかった。
 だから、「思い出の場所で、思い出の品を」などと言われ、恭樹は薄茶の天然パーマの髪に指を埋め頭を抱えてしまった。
 契約してまだ数か月。「思い出の場所」なんて、思い浮かばない。
 これほどまでに浅い付き合いであったにも関わらず、ハーランドは毎夜毎夜、恭樹の枕元に現れる。
 現れては、そのガーネットの瞳で恭樹をじっとりと見つめてくるのだ。
 「オバケがコワイ」なんていう感覚は当然無い。
 しかし……そのままにもしておけない。
 恭樹はハーランドの印象的な瞳を思い浮かべた。
 あの瞳が、自分と共に在ったのは、ごく限られた期間。
 思い出の場所……思い出の場所……。
 恭樹は自宅で机に向かいメモ帳を開く。
 ハーランドと過ごした場所を思い付くそばから書き連ねた。
 どの場所も、「思い出」というほどのものではないように感じた。
 強いて言えば去年の大規模戦関連の場所だろうか。
 ウィンクルムとなって間がない恭樹にとって、あれほどにも大きな戦いは衝撃的なものであった。
 ハーランドにとっても、それなりに記憶に残るものであったに違いない。
「と、すれば、A.R.O.A.本部地下大監獄やホワイト・ヒル大教会だろうか?」
 恭樹はメモ帳にさらさらと『監獄』『大教会』と書き加える。
「……って、どちらも普段は立ち入れないだろう」
 すぐに、その文字を二本線を引いて取り消した。
「やっぱり、ここか」
 恭樹はペンの先でトントンとメモ帳を叩く。そこには、『本部の広間』と書かれていた。
 2人が契約を交わした場所。ごく短い期間ではあったが、2人のウィンクルムとしての歴史が始まった場所。
 ハーランドにとっても、ここが思い出深い場所であればいいのだが。
 そう考えながら、恭樹は立ち上がり、A.R.O.A.本部に電話をかける。
 事情を手短に話し、本部の広間を1時間ほど借りたいと申請した。
 これで「思い出の場所」はなんとかなりそうだ。
 さて、次は、「思い出の品」か。
 そこで恭樹はまたもや頭を抱えることになる。
 思い出の場所同様、思い出の品なんてものも、これといって存在しなかった。
 何かないか、と恭樹は指先で顎を摩りながら部屋の中を歩き回って考える。
 何もない。
 ハーランドの写真ひとつ持っていないのだから。
「そうだ、写真」
 恭樹は何か思いついたようで、足を止め蜂蜜色の猫目を僅かに見開く。
 とは言っても、『写真』として手元に残っているものではない。
 恭樹は自分のスマートフォンを操作する。
 このデジタルメモリーの中に埋もれ、そのまま記憶の中にも埋もれてしまいそうだった画像。
 バラの花束の写真。
 紫のバラが4本、ピンクのバラが1本。
 その花束の後ろに、ピンボケのハーランドが口から下だけ写っていた。
「果たして画像を『品』と言えるだろうか」
 恭樹はスマートフォンの画面を胡乱げな瞳で見遣る。
 とはいえ、ハーランドとの間で記憶に残るものといえば、他にないのだ。
 画像では心許ないのなら、実物を用意すればいい。
 思い立って、恭樹は上着を羽織り外へ出た。
 自宅から、1番近い花屋へ。
「ピンクのバラならあるんですが……」
 店員が申し訳なさそうに頰に手を当て、恭樹に告げる。
「だったら、それで構いません。1本お願いします」
 財布から紙幣を取り出しながら、恭樹は頭の中で、記憶を頼りに他の花屋を探し始める。
 結局、全てのバラが揃ったのは、3軒目の花屋で、であった。
「手間かけさせやがって……」
 店を出た途端に恭樹は小さく悪態を吐く。
 それは、死者と会う方法を教示した医師に対してのものなのか、それとも……。
 その時丁度、恭樹のスマートフォンが震え着信を知らせた。
 それは、A.R.O.A.本部から、本日中であれば広間を使うことができる、との知らせであった。
 恭樹は電話口の職員に礼を言うと通話を切り、スマートフォンをポケットにしまう。
 そして急ぎ足でA.R.O.A.本部へと向かった。
 急ぎ足とはいえ、バラの花束は風圧などのちょっとした原因で潰れたりしないように、大切に、大切に胸に抱えて。
 これは、ハーランドと会う鍵なのだから。

 恭樹は、がらんとした広間に足を踏み入れる。
 使用が終わったら教えてくださいね、と言い残し職員が去ると、広間にはいよいよ静けさだけが横たわる。
(本当に出てくるのだろうか?)
 静寂の中、恭樹は広間の中をゆっくりと歩き回る。あちらこちらに視線を泳がせながら。
 やはり、思い出の場所はここではなかったのだろうか。思い出の品はこれではなかったのだろうか。
 そもそも、あの医師の話自体が信用に足るものだったのかどうか。
 恭樹の胸に疑念がむくむくと湧き上がる頃。
 広間の隅の影が、濃さを増す。
 恭樹は目を凝らす。
 濃度を増した影は、次に彩度を増し。
「ハーランド……」
 やがて、彼の姿を形取る。
 現れたハーランドは、まず恭樹が抱える花束を見て、それから恭樹の顔に視線を移すと満足げに笑みを浮かべた。
『私には貴方しかいない。貴方に出会えて心から嬉しい。この気持ちは死ぬまで変わらない。』
 かつて花束に込めた意味を、彼は思い返しているのかもしれない。
 初めはハーランドの出現に驚愕していた恭樹だが、ハーランドの笑顔を見て、変わらずいけ好かない顔だ、と我に返る。
「毎日枕元に立って、何の用だ」
 単刀直入に尋ねる。恭樹を見据えるガーネットの瞳に負けぬよう、自らも見返す目に力を込めて。
「恨むなら恨め。だが、言いたい事があるなら言え」
「潔い事だ」
 ハーランドはくくっと笑った。自分を恨んでいるかもしれない相手に怯まずに真正面から向き合う恭樹の真っ直ぐな気性を楽しんでいるかのように。
「恨むか。ああ、恨むとも」
 ハーランドは胸元を抑え舞台演劇のように大仰に言う。
 表情を変えぬ恭樹ににやりと口角を上げると、一歩また一歩と彼との距離を詰める。
「恭樹。貴殿は、毎夜姿を見せねば容易く私を忘れようとする。これを恨まずしてどうする」
「忘れる……」
 恭樹は口の中で小さく呟いた。
(そう見えるのか)
「貴殿に取っては精霊はオーガを滅する手段なのやも知れん。まあ、その認識でも一向に私としては構わんが」
 確かに、恭樹にとってオーガは憎むべき相手であり、精霊と契約を交わすことは、オーガを滅するためであった。
 だから、ハーランドの言うように、精霊はオーガを滅する手段だということに間違いはない。
 だが、それだけのものでもない。
 オーガを滅する手段だけの存在と思っていれば、化けて出てこようがどうしようが放っておいていた。
「私を忘れ、無いモノとして扱う事だけは許せん」
 ハーランドと恭樹は互いに視線を逸らすことはなく。まるで、先に目を逸らした方が永遠の敗者だとでも言うように。
「いずれ再びどこぞの精霊と契約もするのだろうが、私を忘れるな」
 恭樹という男は、今しか見ようとしない。それが、短い付き合いの中でハーランドが恭樹に感じた印象であった。
 ハーランドのことなど、すぐに過去のこととしてしまうだろう。
 忘れ去られてしまうなど……ハーランドには許しがたかった。
 ならば、その胸に自分の存在を刻み付けてやりたい。
 ハーランドの瞳が燃えるように輝いた。
 ハーランドはまた一歩、軍服の裾を翻し恭樹に詰め寄る。
 恭樹はふっと息を吐くと、鼻先にまで迫ったハーランドに口を開いた。
「忘れなければいいのか」
 その言葉に、ハーランドはぴくりと片眉を上げ歩み寄る足を止めた。
「お前をずっと覚えておけば、それで満足なのか」
 ハーランドの表情が僅かに柔らかくなる。その言葉は、「お前をずっと覚えている」という約束の言葉に等しかったから。
「既に死んだ身だ。それ以上を望むのは贅沢というものだろうよ」
 律儀な男の事だ。約束事は最後まで果たそうとするだろう。
 ハーランドの顔に再び笑みが浮かぶ。
「貴殿の終わりまで忘れずにいれば、それでいい」
 するりとハーランドが跪き、恭樹の手の甲に唇を寄せた。
 かつてこの広間で、そうしたように。
 その唇が恭樹に触れるその直前に、ハーランドの姿は陽炎のように揺れ、その色彩はバラの花束の中に溶けていく。
 恭樹ははっと息を飲んだ。
 広間の四方に視線を巡らせるも、ハーランドの姿はもうどこにも見当たらなかった。
 残されたのは、恭樹と花束だけ。
 何で、そうまでしてお前は俺の中にいようとする。
 恭樹は花束を胸に抱いた。
 この胸の奥に、ハーランドの存在が入り込んでしまったことを確かに感じながら。




 街では既に雪解けの時期も過ぎ、暖かな春の風が吹き始めている。
 だが、この山は未だ季節は冬。一面の雪。
 それでも少しは暖かくなっているのだろうか、山の表面を覆うのは、かつて訪れた時の細かな雪ではなく、ザラメ雪だった。
 ざくりざくりと雪を踏みしめ、李月は1人、山道を登っている。
 新年に登った時には共に歩いていた精霊ゼノアス・グールンの姿は、ない。
 ひゅるりと風が、身を切らんばかりに通り過ぎていく。李月は風に負けぬようにと足に力を込める。
 この山に吹く風はこんなにも強かっただろうか。1人でいるから尚更強く感じるのだろうか。
 李月は足を止め、息を吐く。
 東側の空が少しずつ色を変えていく。
 急がなければ。
 額の汗、そして眼鏡に付いた水蒸気を拭き取ると、李月はまた歩き始める。

 ゼノアスを失った李月の元にA.R.O.A.職員が次の精霊との契約の話を持ちかけてきたのがつい一週間ほど前。
 李月の心は揺れていた。
 自身の安全と、オーガに苦しめられている世界のことを思えば、新たな精霊と契約を交わすのが一番良いのだろう。
 だが。
 李月の胸に、見た目は雪のように美しいくせに言動には野性味溢れる精霊の姿が去来する。
「オレの神人。オレのリツキ」
 彼の声は今でもこんなに鮮明に思い出せる。
 自分は、どうしたら良いのだろう?
 ゼノアスがいなくなり、がらんとしてしまった自宅で、李月は悩む。思考はいつまで経っても堂々巡りだった。
 その頃からだ。恨めしそうな顔をしたゼノアスが李月の枕元に立つようになったのは。

 ざくり、ざくり。一歩一歩、また一歩。
 はぁはぁと息を切らせながら、李月は歩く。
 足音も、風の音も、やけに大きく聞こえるのは、きっと1人でいるせいだ。
 ずるり、と足を滑らせ、冷や汗が噴き出す。上体をぐらぐらさせるがなんとか転ばずに持ち直す。
 あの時『俺がいるんだ安心しろ』と差し伸べてくれた手が今はもう傍に無いことを、殊更に思い知らされた。
 李月はぎゅっと唇を噛み、再び足を踏み出した。
 2人手を取り合って頂上を目指したあの日を思い出す。
 一歩毎に、彼の顔を、声を、思い出す。
 胸がぎゅうと内側から掴まれるように疼く。これが孤独の痛みなのだろうか。
 声が聞きたい。恨み言でも。聞きたい。
 呪文のように胸の内でそう繰り返しながら歩みを進め、ようやく辿り着いた頂で、李月は顔を上げた。
 ゼノアスと共に御来光を眺めた頂上だ。
 あの時と同じように、もうすぐ夜が明ける。
 李月は急いでポケットから宝石の様な赤い種を2つ取り出し、白んできた空に向かって掲げる。
 あの日この場所で、2人で分け合った木の実の種だ。
 李月は整いきらぬ呼吸のまま、それでも懸命に息を吸い込みあらん限りの声をあげる。
「出て来いよ!」
 空を睨みつけていた李月だったが、不意に空気が重くなり瞠目する。
 彼が現れたのか、と、視線を巡らせる。
「……テメェ……」
 低く唸るような声が耳元で響き、反射的に後退りながら声の方向に正対した。
「オレ以外のヤローと契約する気か……許さねえよ」
 逃すものかとこちらに手を伸ばすゼノアスの姿が、そこにはあった。
 その姿は生きている頃と変わらない。いや、生きている頃にはあんな怨嗟に満ちた顔はしたことがなかった。
「オレのモノなのに……オレ以外のモノになるんじゃねえ」
 恨みに満ちた、だが悲哀を孕んだ声だった。
 ゼノアスの出現に驚愕していた李月だったが、次第に悲しみが、そして怒りが湧き上がる。
 好き放題言いやがって。
「なら何で死んだんだよ!」
 赤い種を拳の中に握り込み、感情のままに怒鳴りつける。
 一度放出された感情は、止まらない。
「1人が好きだった僕をそうでなくしたのはお前なのに」
 李月を変えたのは、ゼノアスなのに。変えるだけ変えて、さっさと自分1人いなくなるなんて。ゼノアスが李月を恨むと言うのなら、李月だって同じだ。
 ゼノアスを知った李月は、もう、1人だった頃には戻れない。
「……寂しいんだ……寂しくて堪らない」
 熱に震える子供のように、掠れる声を絞り出す。
 ゼノアスの瞳が揺れた。李月の孤独に打ちひしがれる心を知ったから。
「だからって他のヤローと一緒になるのか」
 ゼノアスは雪面を滑るように李月に接近し、李月は身じろぎもせずゼノアスを見据える。
「怨霊になってでもこの世に留まって邪魔してやるからな」
 耳元で囁かれる言葉と共に、ゼノアスの腕が李月の背に回される。
 次の瞬間、2人同時に息を飲む。
 かつて幾度となく為された抱擁は、暖かく互いの鼓動を感じるものであった。
 だが今は……。
 2人の瞳に絶望の色が広がった。
「オマエに触れねえ、くそっ」
 ゼノアスが悔しさを滲ませ、何度も抱擁し直そうと試みる。
 だが、何度繰り返しても、結果は同じだった。
 感触の無い抱擁は、空虚を増すだけのもので。
 虚しさがどんどん大きくなりみしみしと音を立てて李月の胸を圧迫していく。
「……なら僕もそっち行くよ」
 自然と李月の口をついて出た言葉。きっと、その方が楽になれる。
 一瞬意表を突かれたように目を瞠るゼノアスだったが、やがてゆっくりと微笑む。
「……おう、来るか」
 それもいいな、と。
 2人手に手を取って黄泉路を彷徨う、それも悪くはないだろう。
「来る……ん?」
 不意にゼノアスは、はたと何かを思い付いた様子で、軽く握った手を顎に当てた。
 そしてその顔がみるみるうちに晴れやかになっていく。
「それだ!オレが行くぜ!」
 ぽんと手を打つゼノアスに、どういう意味だと李月が聞き返す間もなかった。
「待ってろ!今からまた精霊に生まれ変わって再契約だ!」
 ゼノアスはぴしっと親指を立てて片目を閉じて見せる。
 呆気にとられている李月に構わず、ゼノアスは、軽く挙手敬礼。
「じゃっ!ちょっくら生まれ変わって来るぜ」
 わけがわからないままに、それでも李月はゼノアスに向かって手を伸ばすが、ゼノアスはあっという間に霧のように消えていった。
 2、3度目を瞬いて、漸く事態を把握した李月は、ふっと笑う。
 自分勝手で、彼らしくて。
「待っててやるよ」
 ゼノアスが消えた空間に向かい、李月は言葉を投げかけた。
 ゼノアスが生まれ変わって契約するとしたら、何歳差のウィンクルムになるんだろうな、なんて考えながら。
 例え何歳差であろうと。その見た目が変わっていようと。きっとまた、2人は出会って同じ絆を築いていける。そんな確信が、なぜかあった。
 いつの間にか、山の頂には朝陽の光が満ちていた。
 李月は陽光を背に受けつつ、山を降りる。大切に大切に、赤い種を握り締めて。
 待っててやるよ。何年かかろうとも。
 李月の心を苛む寂しさは、すでに影を潜めていた。
 李月はもう、孤独ではない。ゼノアスとの約束があるから。

 夢から覚めた李月を襲ったのはゼノアスの苦しいくらいの抱擁だった。
「おら。生きてっから安心しろ」
 冗談めかした口調であるが、いつもより少し早い鼓動は、彼もこの白昼夢で不安や悲しみを感じていたからだろうか。
 けれど今は、このくらいの方が、より強く鼓動を感じられて安心する。
「……オチに救いはあったな」
 息を吐き、李月は言う。
 李月は互いの鼓動が安らかなものになっていくまで、じっと抱きつかれるままでいた。
 体の温かさと、弾力と。そして一定のリズムを刻む鼓動と。それらがこんなにも心地良い。
「しかしよ。オマエももうオレがいねえと生きられねえ体になったか」
「!」
 何を言い出すかと顔を上げると、そうかそうかと満足顔のゼノアスが李月の視界に入る。
 李月はかーっと顔に血が上っていくのを感じた。
「ばっ…財布探すぞ」
 李月はゼノアスを押し返し体を離すとくるりと彼に背を向ける。赤くなった顔を、見られないように。
 だが、少し遅かったらしい。
 後ろから、ゼノアスが喉の奥を鳴らして笑う声が聞こえる。赤くなった顔はしっかりと見られてしまったようだ。
「ゼノの財布だろ、真剣に探せよ!」
 ゼノアスに背を向けたままでそう叫ぶ。ゼノアスの笑い声は一向に止む気配がない。
 李月は手当たり次第に草をかき分けてみたりはするけれど、財布探しに集中なんて、出来るわけがなかった。
 李月にとって初めてのフィヨルネイジャの経験は、忘れられない衝撃的なものとなった。



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 木口アキノ
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル シリアス
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 2 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 03月02日
出発日 03月08日 00:00
予定納品日 03月18日

参加者

会議室

  • [2]柳 恭樹

    2017/03/07-18:54 

    柳恭樹だ。
    よろしく頼む。

    思い出の場所か……。

  • [1]李月

    2017/03/06-14:27 

    李月と相棒ゼノアスです。
    よろしくお願いします。

    うわっやめてくれよこんな夢…。


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