名残の雪は、孤独への誘(いざな)い(北織 翼 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

 タブロスから遠く離れた、とある観光地。
 古き西洋を彷彿とさせるレトロな建物が並ぶ町に、あなたはパートナーである精霊と訪れました。
 ウィンクルムたちの間で口コミで評判が広まったこの町には、この時期になると何組かのウィンクルムたちが休暇を使って足を運ぶのです。
 日常の喧騒を忘れ、ノスタルジックな風景の中で愛を確かめ合うあなたとパートナー。

 ふと、あなたの頭にひとひらの雪が舞い落ちてきました。
 ホワイトデーも過ぎ、季節はとうに春へと移ろっているというのに。
 あなたの頭の雪を優しく払う精霊。
 あなたは愛するパートナーと空を見上げます。
 はらり、はらりと、落ちては消える名残の雪。
 その雪は、何となく桃色に色付いているようにも見えました。

 まるで春の訪れを告げるかのような不思議な薄桃色の雪。
 あなたの頬に、手の平に落ちては、すーっと吸い込まれるかのように溶けてなくなります。
 季節外れの雪にはしゃぐあなたと、そんなあなたを微笑ましく見守る精霊。
 2人の間には幸福の2文字しか存在しないとさえ思える程、あなたとパートナーは満ち足りたひとときを過ごしていました。

 この時までは……。

 あの『名残の雪』から小一時間後、全てが一変しました。
 ここは町の病院。
 突然、謎の高熱と全身を突き刺すような激痛に襲われ苦しむあなたと、何も出来ずただ傍らで見守るしかない精霊の姿がそこにはありました。
 少し体を動かすだけでも気を失いそうな激痛があなたの全身に走るため、精霊はあなたの手を握って励ます事さえ出来ません。
 あなたは声を出す事も、精霊の言葉に頷く事も出来ません。
 痛みに耐え、僅かに瞼を上げてパートナーの顔を見るだけで精一杯です。
 症状は時が経つ毎に悪化していきます。
 何故、何がどうしてこうなった……精霊は今にも泣き出しそうな思いであなたを見つめます。

 すると、あなたの病室に近くのA.R.O.A.支部の職員が駆け込んできました。
「原因が判明しましたよ!」
 職員の調査によると、神人が突然の体調不良に襲われた原因はあの薄桃色の雪らしいのです。
「あの雪の成分を調べた所、この町の在来種である蛇『ブレマンダ』の毒が検出されました」

 職員の話の続きを要約すると、
 ・ブレマンダは、この町ではどこにでも出没する毒蛇
 ・ブレマンダの毒は、精霊と抗体を持つ人間には全く影響がないが、それ以外の人にとっては猛毒で、場合によっては死に至る
 ・この町の町民は幼いうちに全員予防接種を受けるためブレマンダの毒にやられる事もなく、その為この病院には血清がない
 とのことです。

 神人を救うためにどうすればいいか、精霊の問いに職員は答えます。
「一刻も早く血清を手に入れる事です。私は近隣の町村に掛け合ってみますが、この町の至る所にいるブレマンダを捕獲して血清を作った方が早いと思います」
 本来、ヘビ毒に対する血清を作るには半年かかると言われますが、近年はバイオテクノロジーの劇的進化と魔法の融合で材料さえ揃えば何とかなるのだとか。
 職員の話を聞いたあなたのパートナーは、病室を飛び出しました。
 大切なあなたの、命の灯火を消さないために……。

「それにしても、なぜヘビの毒が雪に?しかも、多くのウィンクルムたちがこの町に観光に訪れるこの時期に。きな臭いですね……何者かが故意的に毒を混ぜた人工雪を降らせたとしか思えません……」
 職員は一連の騒動に疑問を抱きながらも、血清の手配に動き出しました。

 * * * * *

 その頃、建物の屋根の上から病院を眺める不穏な人影がひとつ。
「神人なんかがいるから、精霊は縛られるのさ。そんな事にも気付かずに目先の破滅と孤独を恐れて必死になるなんて、滑稽極まりないね。神人とウィンクルムの破滅で精霊が味わう孤独なんて、一時のもの。どうしてそれが分からないのか……フン、まぁいいさ、走り回る愚かな様を存分に見せて貰おうじゃないか」
 人影の正体はニキータ・ルドルフ。
 彼女は病院から駆け出していく精霊たちを見下ろしながら、冷たく嘲笑うのでした……。

解説

 今回は神人さんの危機を精霊さんに救ってもらうのがメインテーマです。
 ※リザルトは各ウィンクルム個別に描写させて頂きます。
 精霊さんには町のあちこちにいる蛇『ブレマンダ』を生け捕りにし、病院まで持ってきて頂きます。

 この騒動の首謀者らしき女・ニキータとの戦闘はございません。
 純粋にブレマンダにのみ焦点を絞って下さい。

 危機的状況の神人さんですが、死亡の恐れはございませんので、どうぞご安心下さい。
 は虫類が苦手で蛇を捕まえられない精霊さんもご心配なく。
 なかなか優秀そうなA.R.O.A.支部職員が血清をきっと手配してくれますので。
 ただ、生け捕りして病院内で作る方法に比べますと時間が掛かってしまい、その分神人さんは苦しみます。
 その場合は、血清が届けられるまでの間、一生懸命神人さんに話し掛けたりして、励まし慰めてあげて下さい。

 生け捕りに必要な蛇掴み(トングみたいな物)と、捕獲した蛇を入れるカゴはA.R.O.A.支部から貸し出されます。
 素手で行けるワイルドな精霊さんは別として、必要な方は遠慮なくどうぞ。
 ちなみに、ブレマンダの特徴は以下のとおりです。
 ・全長30~50センチ程度
 ・深緑と薄桃色のマーブル模様
 ・動きは少々素早い(ハムスター程度)
 ・主食(好物)は花で、町の花屋はいつも撃退に苦労しているらしい
 ・精霊は噛まれても痛いだけ、毒に冒される心配はない
 ・気性の穏やかな蛇だが、攻撃を受けると牙を剥く

 プランについてですが、神人さんが何も出来ない状態のため、通常のままですとアクションプランがスカスカになってしまう方もいらっしゃるかもしれません。
 そのため、今回のこのエピソードに限り、アクション・ウィッシュ関係なく精霊さんの動きやセリフメインでご記入頂いて結構です!
 ただし、苦しい中神人さんがどんな思いを抱いているか、また、回復後に掛けたい言葉や取りたい行動については、ぜひアクションプランにご記入下さい。

ゲームマスターより

 マスターの北織です。
 アドベンチャーではありますが、オーガも出てきませんし、相手はただの蛇です。
 少しハピネス色に近いエピソードかもしれませんが、この騒動を機に神人さんと精霊さんの絆がより深まってくれたらいいなと思っております。

※解説冒頭でも申し上げましたが、今回は連携の必要はあまりなさそうですので、リザルトは各ウィンクルム個別の描写とさせて頂きます。もしお友達様と連携したい方は、相互了解の上、そのような形でプランを作成・ご提出頂ければ描写に反映させます。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

夢路 希望(スノー・ラビット)

  あの綺麗な雪のせいだったなんて…
会話を聞きながら、不安な気持ちで彼を見て
『大丈夫だよ。…絶対に、助けるから』
その言葉に、頷く代わりにゆっくりと瞬きを返す

さっきよりも辛くなってきて
(もし…もしも、助からなかったら…)
なんて、悪いことばかり考えてしまうけど
その度に大丈夫と言ってくれたのを思い出す

回復後
心配げな彼を安心させたくて笑顔
「もう大丈夫です」
触れる手にすり寄り、温かさにホッとして涙
あ…ううん…
もしかしたら、もう触ってもらうことも触ることも、できないんじゃないかって…不安、だったから…
抱きしめられると涙が溢れ、一緒に泣いて
落ち着いても、まだ離れたくなくて暫くはくっついたまま


シルキア・スー(クラウス)
  病院ベッド
(ごめんね こんな事になって)
彼の苦悶顔に向け 念だけでも届け! と心で語り掛ける
(何とかしてくれるって信じてるから 頑張るから私)
彼が深く頷いて「血清さえ手に入ればすぐ良くなる 待っていてくれ」と言い病室を出て行った

待つ間
大丈夫彼はトラウマに負けない
だから私も痛みに負けない
桃色の雪を楽しんだ事を思い出す
はしゃいで転びそうになった私を彼が支えてくれて笑い合った
今は楽しい事だけ考える

血清投与後
私の名を囁く祈る様な声で目覚め
彼を見て手に触れたら握ってくれた
笑み合う

回復中
ストレスの反動が出てるのかな 彼が何でも世話したがる
彼「食べたいものはあるか?」
ならここは甘えておこう
「はーい じゃリンゴ!」
彼が笑顔


アラノア(ガルヴァン・ヴァールンガルド)
  珍しく焦った様子で詰め寄る姿
大丈夫だよと声を掛けたいが呼吸すら辛い

急いで出て行くのを見
ああ…今私、完全にお荷物だ…
精霊の負担にしかなってない
迷惑にしか…
自責の念が蝕みやがて意識が沈む


ん…?
目が覚めたら苦痛が消えてる
見ると祈るように顔を伏せてる精霊の姿

 ああ…目が覚めたか

ガル、ヴァンさん…その手…

 …どうって事ない
 少し噛まれただけだ

私の、せいで…

 それは違う

え…?

 …お前が眠っている間、昔を思い出していた(EP49
 昔の俺は人との付き合い方がよく分からないでいた
 一人の方が楽だとさえ思えた
 …だが今は違う
 もしお前がこのまま死んだらと思ったら…

ガルヴァンさん…
傷のある手を握り
私だって一緒に生きたいよ…

 アラノア…


アンジェリカ・リリーホワイト(真神)
  いたい、いたい、いたいよう…!
この痛みはなんですか
だれでもいいから、たすけて
雪さま……たすけて、いたいよう…

その後
はぁ…酷い目にあいました…
雪さま、私のために走り回ってくれて、ありがとうございます
雪さまは、命の恩人、ですね

でも、なんで雪に蛇の毒なんてついてたのでしょう…?


真神サイド
薬が出来たのなら、治るまで待つ
だが、これであんじぇは助かるのだな…よかった…
しかし、何故に雪になんぞ蛇の毒が仕込まれていたのやら…これは、調べてみる価値がありそうだな
何者かの仕業か、はたまた…


イザベラ(ディノ)
  この私が、たかが蛇毒なんぞに膝を折るとは…!この私が!
雪に蛇毒など、どう考えても悪意によるもの。
害悪め、必ず探し出し滅ぼしてくれる。

この毒に苦しむ者も多い筈。
救わなければ。
この痛みに苦しむ全ての者が救われなければ。
その為に私も動かなければならない。
なのに嗚呼、身体が動かない。
口惜しい、口惜しいぞ。クソが。

私はあれを誇りに思う。
何時如何なる場合でも常に助けを乞う声に応える事、
その当然の事が、この世の中、不思議と困難らしい。
だからこそ、その正義に満ちた行動を誇りに思う。
素晴らしい、よくやった。こんなに嬉しい事はない。
私は心の底からあれを誉めよう。
この手が伸びるなら、その頭をしっかり撫でてやるのだ。


●スノーは希望の為に
◇1◇
「ノゾミさんを助けるには、どうしたら……」
 『場合によっては死に至る』……A.R.O.A.支部職員の言葉に、スノー・ラビットは顔面蒼白で声を震わせた。
「血清の投与以外にありません。この辺りで蛇を生け捕りにして血清を作るのが最も早いかと……」
「僕、探してくる!」
 支部職員の説明に、スノーはガタン!と椅子から慌てて立ち上がると、力無く横たわる夢路 希望に言葉を掛ける。
「ノゾミさん、大丈夫だよ……絶対に、助けるから」
 頷く事さえ出来ない希望は、代わりにその瞼でゆっくりと瞬きを返した。

(あの綺麗な雪のせいだったなんて……)
 スノーが病室を出た後、ひとり残された希望の胸には不安ばかりが増していく。
 全身を巡る痛みは少しずつ強く、辛くなっていく。
(もし……もしも、助からなかったら……)
 何一つ好転しない状況に、希望の脳内には良からぬ未来ばかりが浮かんでくるが、その度に彼女は言い聞かせるようにスノーの言葉を思い出し、自身を奮い立たせるのだった。

◇2◇
 ブレマンダの生態について支部職員から情報を得たスノーは、捕獲道具を借り周辺で花壇を探す。
 しかし、病院の近辺は市街地で、花壇は見当たらない。
「どうしよう……」
 気持ちばかりが焦るスノーの傍を、花屋の屋台を引く男性が通りかかった。
「すみません、ブレマンダが好きな花はないですかっ! 僕の大事な人が毒にやられて苦しんでるんです!」
 屋台を見たスノーは店主に縋るように叫ぶ。
「そいつは一大事だ! あの蛇をとっ捕まえてくれるってんならこっちも大助かりさ。兄さん、これを使いな!」
 移動花屋の店主は何本か甘い匂いの花を見繕ってスノーに渡した。
「そいつを籠に入れて待ち伏せてりゃ一発さ!」
「ありがとう!」
 スノーはポケットから財布を取り出し花代を払おうとしたが、店主はそれを押し返す。
「なに、お代はいらねぇよ! それは蛇退治の礼だと思って受け取ってくれ」

◇3◇
 幸運にも無料でブレマンダの好物を得たスノーは、早速花を仕込んだ籠を路地裏に置き、建物の陰に潜み様子を窺った。
 程なくして、深緑と薄桃色の独特の模様に身を包んだ蛇が1匹、籠にスルスルと入り込む。
 蛇がブレマンダである事を確認したスノーは、蛇の背後に回り込み、格子状の籠の蓋をそっと下ろした。
 案外素早いブレマンダは、くるりと反転し格子の隙間からスノーの指先を強く噛む。
「痛っ……!」
 しかし、スノーは怯まず蓋の錠に鍵を掛け、希望の待つ病院へと全力疾走した。
(いくら噛まれたって、ノゾミさんの辛さを思えば何ともない……! )
 彼の脳裏に浮かぶはただ一人、希望だけだった。

◇4◇
 スノーが捕獲したブレマンダにより、早速血清が精製され希望に投与された。
 血清は劇的な効果を見せ、高熱と痛みに苦しんでいた希望の顔にはすぐに穏やかな生気が戻る。
「気分はどう?」
 心配げなスノーの問いに、希望は彼を安心させたくて
「もう大丈夫です」
 と笑顔を浮かべた。
「……良かった……」
 希望の温もりを確かめたくてスノーがそっと彼女の頬に触れると、その手は温かな涙に濡れる。
「ノゾミさん? もしかしてまだ調子悪い?」
「あ……ううん……何だかホッとして。もしかしたら、もう触れる事も触れられる事も出来ないんじゃないかって……スノーくんの温もりを二度と感じられないんじゃないかって……不安、だったから……」
(だから、今はスノーくんを感じていたい……)
 頬を包むスノーの手にすり寄ってそう口にする希望を、彼は強く抱きしめた。
「僕も、怖かった……ノゾミさんがもし……いなくなったら、って……本当に、間に合って良かった……」
(ノゾミさんを失ったら、また僕はひとりで生きていかなきゃならなかった……そんなの、耐えられない……)
 スノーの目にも涙が浮かび、それが余計に希望の涙を溢れさせる。
 離れ難い気持ちのままに、2人は暫くの間抱きしめ合い、互いの温もりと存在を確かめ合うのだった。

●ディノはイザベラの為に
◇1◇
 ディノは後悔に胸を軋ませながら病院に戻った。
 ブレマンダを捕獲したはずの彼は、その手に蛇との格闘の痕があるにも関わらず手ぶらだ。
 それもそう、彼は苦戦の末捕獲した蛇を、あろう事か自分と同じ理由で慌てている旅行者に差し出してしまったのだった……。

 ――「助けを乞えば助けられる、当然の事だろう。お前は何を言ってるんだ、頭大丈夫か」――

 ディノにそうさせたのは、8年前に彼を助けたイザベラの言葉。
 けれども、そのイザベラが今まさにあの蛇を必要としている……。
(イザベラさんの言葉に背中を押されてああしたけれど、実際は後悔しか残りません……)

◇2◇
 その頃、病床のイザベラは臍を噛む思いで横たわっていた。
(たかが蛇の毒なんぞに膝を折るとは……この私が! 雪に蛇毒など、どう考えても悪意によるもの。害悪め、必ず探し出して滅ぼしてくれる! この毒に苦しむ者も多い筈、救わなければ。この痛みに苦しむ全ての者が救われなければ。その為に私も動かなければならない……なのに嗚呼、身体が動かない……)
 悔しさに奥歯を噛みしめるだけでも、突き抜けるような激痛が彼女を襲う。
(口惜しい……口惜しいぞ、クソが!)

◇3◇
 忸怩たる思いのイザベラの元に、ディノが戻ってきた。
「イザベラさん……すみません……」
 うな垂れるディノの様子と台詞から、イザベラは彼が蛇の捕獲に失敗した事を悟る。
 彼女は身動き出来ないながらも瞼の隙間からディノを鋭く睨んだ。
 その視線に追い詰められたディノは、懺悔の心地で釈明を始める。
「蛇は苦手じゃないんです。それに、力仕事もしてましたからあの程度の蛇に噛まれるくらい何とも……。俺、不器用で足も遅いのでなかなか捕まえられなくて……好物の花でおびき寄せて何とか素手で捕まえたんです。捕まえたんですけど……すみません」
(捕まえておいて逃げられたと言うのか!)
 ディノの話を最後まで聞く前に、イザベラは彼に怒りを感じ声を上げようとするが、激痛に襲われ危うく気を失いそうになった。
(くっ……歯がゆい!)

◇4◇
 蛇を入手出来ず落ち込むディノと徐々に弱っていくイザベラの元に、支部職員が血清を持って医師と共に駆け込んできた。
 医師は手際よく彼女に血清を投与する。
 みるみる快方に向かうイザベラに、支部職員が口を開いた。
「お待たせして苦しい思いをさせてしまいましたね。でも、ディノさんのお陰で同じ毒にやられた旅行者が救われたんですよ」
「どういう事だ?」
 怪訝そうな顔をするイザベラに、医師が続きを話す。
「免疫を持たない旅行者も何人か被害に遭っていて、偶然彼らの友人に遭遇したこちらの精霊さんが、捕獲した蛇を譲って下さったのですよ。その旅行者は、あと数分遅ければ非常に危険な状態でした」
(では、逃げられたのではなく、あれは他に苦しむ者を救ったと言うのか……)

 血清の投与を終え、医師と支部職員は病室を後にした。
「私はお前を誇りに思うぞ」
 イザベラの言葉に、ディノは複雑な心境だ。
(イザベラさんが助かって、それに怒られなくて良かった……でも俺、本当は凄く嫌でした、貴方を優先出来なくて。俺はこの手で、他の誰でもない貴方を助けたかったんです……)
「助けを乞う声に応える、至極当然な事だがそれがこの世の中不思議と困難らしい。だからこそ、私はお前のその正義に満ちた行動を誇りに思う。素晴らしい、よくやった。心の底から誉めてやろう」
 回復したイザベラは、嬉しさのあまり笑顔でディノの頭を撫でる。
「イザベラさん……」
(喜んでくれるのは嬉しいし、自身を顧みず正義の道を突き進む貴方のそういう所にも惹かれてます。でも、一言有り難うと言って欲しかった……俺は貴方が大切だから助けたかった、でも貴方の望みはそうじゃないんですね……)
 初めて自分に向けられる優しさを湛えたイザベラにディノは見惚れるが、その心中はほろ苦く、どうにも悲しかった。

●クラウスはシルキアの為に
◇1◇
 苦悶の色を浮かべるクラウスに、シルキア・スーは視線に懸命に念を乗せ思いを届けようとする。
(ごめんね、こんな事になって。でも、何とかしてくれるって信じるから……頑張るから、私!)
「血清さえ手に入ればすぐ良くなる。待っていてくれ」
 彼女の心の声を聞いた気がしたクラウスは、深く頷き病室を出た。

◇2◇
 シルキアは病室の天井を眺めながら、クラウスがひとり苦しんでいるのではないかと心配する。
 シルキアを失う事を何よりも恐れ、そのせいで平常心を失う時がある彼を。
 その不安は全身を痛みに支配された彼女にも重くのし掛かるが、シルキアは必死で己に言い聞かせた。
(大丈夫、彼はトラウマに負けない。だから私も痛みに負けない……そうだ、今は楽しい事だけ考えよう。桃色の雪だって、あの時は楽しんでたじゃない。はしゃいで転びそうになった私をクラウスが支えてくれたっけ……お互い笑い合って、楽しかったじゃない……)
 そうしているうちに、いつしかシルキアは瞼を落とし、眠りに入った。

◇3◇
 解毒の術を心得ているクラウスは、トランスすればシルキアを救う事も可能だった。
 しかし、口を開き声を出す事さえ激痛を伴う今のシルキアにインスパイア・スペルを唱えさせるなど、彼には出来なかったのだ。
 病院から支部に寄り、蛇掴みと籠を借りたクラウスは、支部職員に貰った図鑑のカラーコピーを手に近所の花屋へと向かう。
(この独特の模様をした蛇を1匹生け捕りにするだけだ、可及的速やかに達成しなければ!)

「すまない、一刻も早くこの蛇の血清を作らなければならないのだ。出没場所や特に好む花を教えて欲しい」
 花屋に着いたクラウスは、女店主に左手の紋章を身分証代わりに見せ、カラーコピーを広げた。
「ブレマンダじゃないか! この時期は特に多く出てきてね、百合みたいに甘い匂いの強い花程よく食われちゃうのさ」
 女店主が指した先では、百合の花に防護ネットが被せられている。
「では店主、そこの百合を何本か売ってくれないか」
 というクラウスに、女店主は大きく首を横に振った。
「何を言うんだ精霊さん、ブレマンダを捕まえてくれる人からお代なんか取れないよ! その籠の中にこれを置いて少し待ってな。すぐに奴らが現れるから!」
「……かたじけない」
 女店主に無料で差し出された百合を受け取り、クラウスは籠の前にそれを翳す。
 すると、殆ど待たぬうちに、独特のマーブル模様をしたブレマンダが1匹どこからともなく現れ、籠に向かうではないか。
 クラウスは蛇の背後に回り、即座に胴を足で踏みつけ蛇掴みで首を捕らえた。
 しかし、このタイミングでシルキアを失う恐怖が彼の心を乱しに掛かり、手元を狂わせる。
 蛇はスルリと首を外し、クラウスに『シャーッ』と牙を剥いた。
(シルキアは俺を信じて待っている……!)
 クラウスは精神を集中させると、蛇掴みを捨てその動体視力を以て素手で蛇の首を掴み、籠に押し入れるのだった。

◇4◇
「……キア……シルキア……」
 祈るように囁かれる自分の名に、シルキアはゆっくりと瞼を上げた。
 気付かぬうちに全身の痛みは消えており、天井から視線をずらすとその先にはクラウスの姿がある。
 彼の手にそっと触れると、クラウスは安堵の笑みを浮かべてシルキアの手を握り返した。
(手を動かしても、握られても痛くない……クラウスが助けてくれたんだ……)
「クラウス、ありがとう……」
 笑みを浮かべたままのクラウスに、シルキアも微笑みを返すのだった……。

「背中は痒くないか? 足元は冷えないか? トイレに行くなら付き添うぞ」
 完全に回復するまでの間、クラウスはシルキアの傍を離れないばかりか必要以上に世話を焼こうとしていた。
(ストレスの反動かな……ならここは甘えておこう。私もちょっと嬉しいし……)
「食べたいものはあるか?」
「はーい、じゃリンゴ!」
 元気に手を上げ笑顔を咲かせるシルキアに、クラウスも嬉しそうに微笑んだ。

●ガルヴァンはアラノアの為に
◇1◇
(アラノアが……死ぬ?)
 支部職員の説明に、ガルヴァン・ヴァールンガルドは衝撃のあまり一瞬呼吸をも忘れた。
「血清を作るにはその蛇を何匹捕まえればいいっ!? 10匹か、20匹か!? 主にいる場所はどこだ! 何でもいい、早く教えろ!」
 必死の形相で支部職員に詰め寄るガルヴァンの姿に、
(あんなに焦るなんて珍しい……ガルヴァンさん、私は大丈夫だよ……)
 と伝えたいアラノアだったが、呼吸さえ辛い今の彼女にはそれすら叶わない。
「花壇や花屋等、沢山花の咲く場所に出没します。1匹いればいいんです。捕まえに行くと言うと思って、道具も持ってきましたから!」
 支部職員が差し出した道具を奪うように受け取り、ガルヴァンは猛ダッシュで病室を飛び出した。

◇2◇
(ああ……今私、完全にお荷物だ……)
 急いで出ていくガルヴァンを見つめ、アラノアは心の中で呟いた。
(ガルヴァンさんの負担にしかなってない……迷惑にしか……ガルヴァンさん、ごめんなさい……)
 何も出来ないまま症状ばかりが悪化していく自分の体に、アラノアは自責の念を募らせる。
 気持ちと一緒に彼女の意識も深く沈んでいく。
 閉じられた瞼の間から、涙が一筋……零れ落ちた。

◇3◇
 ガルヴァンは全力疾走した。
 長い髪を振り乱し、息を切らしながら……。
 病院付近の市街地では花壇らしい花壇は見つからず、気付けば町の郊外まで来ていたが、幸い今彼のいる辺りには公園や花壇が幾つもある。
 ガルヴァンは、目の前の花壇に咲く色とりどりの花の根元で、特徴のあるマーブル柄の蛇の尾が数本揺れているのを発見した。
(あれか……!)
 ガルヴァンは蛇掴みを握りしめ、うごめく蛇の尾をつまもうとした、が……
(くっ! 何と素早いのだ!)
 蛇は意外にもすばしっこく、蛇掴みの間をスルッと抜けていく。
(手掴みの方が早い!)
 焦燥感に駆られたガルヴァンは蛇掴みを投げ捨て、素手で蛇に飛び掛かった。
 蛇は攻撃されたと感じ、彼の美しい手に容赦なく巻き付き、鋭い牙を食い込ませる。
 しかし、ガルヴァンは怯まず次々と籠に蛇を押し込んだ。
「構うものか! アラノアが受けている苦痛に比べれば、こんなもの……!」

◇4◇
「ん……?」
 体が軽くなるような感覚を覚え、アラノアは瞼を上げた。
(あれ、どこも痛くない……)
 苦痛から解放されている事を不思議に思いつつ、アラノアがふと傍の人影に目をやると、ガルヴァンが祈るように顔を伏せ、ベッドの隣に腰掛けていた。
「ガル、ヴァンさん……その手……」
 ガルヴァンの両手には、大きめの絆創膏が数枚貼られている。
 ガルヴァンはアラノアを気遣い、蛇に噛まれた箇所に毒が残っていないよう入念に手を洗った後、その傷痕を見せまいと簡単な治療を受けていたのだ。
 目を覚まし、声を発するアラノアの様子に、ガルヴァンは心底安堵した様子で答える。
「……どうって事ない。少し噛まれただけだ」
 けれども、その答えにアラノアは再び自責の念を抱いた。
「私の、せいで……」
(私のせいで痛い思いをさせてしまったんだ……)
 泣き出しそうなアラノアの頭を、ガルヴァンが優しく撫でる。
「それは違う」
「え……?」
「……お前が眠っている間、昔を思い出していた」
 ガルヴァンの手は、アラノアの髪を辿り彼女の頬に添えられた。
(もしかして……)
 アラノアの脳裏に、以前夢に見たガルヴァンの過去が甦る。
「昔の俺は人との付き合い方がよく分からず、一人の方が楽だとさえ思えた時もあった。だが……今は違う。もしお前がこのまま死んだらと思ったら……」
 その先の言葉を詰まらせるガルヴァン。
(そうだ……ガルヴァンさんは、私と過ごす時間が好きだって言ってくれてた……)
 頬に添えられた彼の手を、アラノアはそっと握った。
「私だって、一緒に生きたいよ……」
「アラノア……」
 互いに必要とし、共に生きたいと思っている事……命の危機を脱した2人は、それを強く再確認するのだった。

●真神はアンジェリカの為に
◇1◇
(いたい、いたい、いたいよう……! この痛みはなんですか、だれでもいいから、たすけて……)
 息も絶え絶えのアンジェリカ・リリーホワイトに、支部職員と話し込む真神の声が聞こえる。
「『ぶれまんだ』とか言う深緑と薄桃色の斑模様の蛇を生け捕りにして来れば良いのだな。して、その蛇は何を食って生きて居る? ……ふむ……花か……よし。では、ここから一番近い花屋、若しくは花の咲く広場や公園はどこにある? 疾くと答えよ」
「病院の傍にある薬局の隣に花屋が……って、待って下さい! 素手で挑むつもりですか!?」
 病室を駆け出そうとする真神を支部職員が慌てて引き止めた。
「は? 噛まれて少し痛いくらいであろう? 顎下を掴めば噛まれまい……あぁ、生け捕りにせねばならぬのだったか。帰りの道中握り殺してしまっては元も子もないからな、籠だけ借りるとしよう」
 籠を受け取ると、真神はアンジェリカの傍に寄る。
(雪さま……たすけて、いたいよう……)
 縋るようなアンジェリカの瞳には、努めて冷静さを装う真神の姿が映し出されていた。
「あんじぇ、暫しの辛抱だ。我が必ず助けるからな」

◇2◇
 真神は、病院最寄りの花屋で、花屋の息子である少年を巻き込み次から次へと植木鉢やバケツの底を持ち上げる。
 少年がストックの寄せ植え鉢を持ち上げた時だった。
「お兄さん、いた! そっちに行くよ」
 鉢の陰に潜んでいたブレマンダがその身を晒され逃げ惑い、真神の方に向かう。
「我から逃げられると思うな!」
 真神は躊躇いなく蛇に素早く手を伸ばし、その首を強く握り、籠に放り込んだ。
「汝のお陰だ、礼を言う」
「こっちこそ、商品を食べる蛇を捕まえてもらえてお母さんも喜ぶよ。ありがとね!」
 少年に笑顔で見送られながら、真神は病院へと急ぎ戻るのだった。

◇3◇
「あんじぇ、あんじぇ。もうすぐ薬が出来るからな、それまでの辛抱だ」
 病院に戻った真神は、血清が出来上がるまでの間懸命にアンジェリカを励ます。
 そこに、早速精製した血清を手に医師が現れ、アンジェリカに投与した。
(これであんじぇは助かるのだな……良かった……)
「はぁ……酷い目に遭いました……」
 一命を取り留めたアンジェリカの第一声に真神は安堵の息を吐く。
「雪さま、私のために走り回ってくれて、ありがとうございます。雪さまは、命の恩人、ですね」
 まだ高熱が下がらないものの、そう言って僅かに笑顔を覗かせるアンジェリカに、真神もまた小さく笑みを浮かべる。
「命の恩人などではない」
「え……?」
「我は、汝の『ぱーとなー』だ。ぱーとなーの命を助けるのは、息をする事と同じく当然の事だ」
「雪さま……」
 微笑み合う2人だったが、アンジェリカはその胸に抱いた小さな疑問を口にする。
「でも、なんで雪に蛇の毒なんてついてたのでしょう……?」

◇4◇
「何者かの仕業か、はたまた……」
 アンジェリカの疑問に返しながら、真神はふと視線を感じ、
「あんじぇ、少し休んで居れ」
 と言い残し病室を出た。

「汝の目的は何だ?」
 アンジェリカの病室の窓を見上げながら木の陰に佇む人影に、真神は背後から低く声を掛ける。
 人影はゆっくりと振り向くと、酷薄な笑みを浮かべた。
「何故に、雪になんぞ蛇の毒を仕込んだ?」
 根拠は何もない。
 しかし、殺意さえ感じる程の視線を病室の窓に向け、彼に酷薄な笑みを浮かべる目の前の人間が全てを仕組んだと、真神は肌で感じ取っていた。
「……哀れな精霊たちに、自由と安穏を与える為よ」
 そう答えて木の上に跳躍する人影に、真神が問う。
「汝は何者だ?」
「ニキータ……とでも呼んで頂戴。孤独こそ平穏と気付かぬ哀れな精霊さん」
 ニキータはあっという間に木から木へと飛び移り、姿を消した。
「『孤独こそ平穏』……あの者の企み、調べてみる価値がありそうだな。だが、今はあんじぇの傍に居よう」
 釈然としないながらも、真神はアンジェリカの待つ病室に戻るのであった……。



依頼結果:成功
MVP
名前:シルキア・スー
呼び名:シルキア
  名前:クラウス
呼び名:クラウス

 

名前:アンジェリカ・リリーホワイト
呼び名:あんじぇ
  名前:真神
呼び名:雪さま、雪之丞さま

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 北織 翼
エピソードの種類 アドベンチャーエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル 日常
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ビギナー
シンパシー 使用不可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 通常
リリース日 03月10日
出発日 03月16日 00:00
予定納品日 03月26日

参加者

会議室

  • [5]夢路 希望

    2017/03/15-09:25 

    (相当答えているようで顔色が悪い)
    …あ。ノゾミさんのパートナー、スノー・ラビット、です。
    僕も急いで蛇を探しに行こうと思ってるよ。
    …頑張ろう、ね。

  • [4]イザベラ

    2017/03/13-21:31 

    ディノ:
    あ…えっと…。
    …ディノ、です。パートナーはイザベラさんで…。

    ……は…はは、参りましたね…。
    いや、ほら、あの人…殺しても絶対死ななさそうなのにって……は……はは、は…。

    ………。
    …………。
    す、すみません、あの…。
    皆さんの方も、どうか無事に回復すると…、……。

  • [3]アラノア

    2017/03/13-18:58 

    …アラノアのパートナーのガルヴァンだ。
    よろしく頼む…

    …標的を神人のみに絞った毒の雪…か…(何かを堪えるように拳を握り締め
    …とにかく、神人の苦しみが長引かないよう早急に蛇を捕まえねばな…

  • 神人あんじぇの精霊、真神だ。
    我が神人の危機だ。急いで蛇を捕まえねばな。
    よろしく頼む。

  • [1]シルキア・スー

    2017/03/13-13:08 


    クラウス:
    神人シルキアの精霊、クラウスだ。
    皆にとっても緊急事態と思われ、心痛をお察しする。
    速やかにブレマンダの捕獲に動き、解決に努めたい。
    主食は花との事、その情報を足掛かりに蛇の出現場所へ向かおうと思う。
    皆も健闘を祈る。
    (握る拳が若干震えている)


PAGE TOP