あの人はだれ?(梅都鈴里 マスター) 【難易度:とても簡単】

プロローグ

「……」
「……」
「………なぁ」
「なに」
「何か怒ってない?」
「別に」

 休日に、いつもどおり過ごしていた神人の家。
 先程からどうにも彼の様子がおかしい。いや、気づかなかっただけで、ここに来た時からいつもと違っていたような気もする。
 普通に接していたと思えば突然黙ってしまったり、かと思えば前触れなくとりとめない話を振ってきたり……。
 怒らせるような事でもしただろうか。

「思ってる事あるなら話してくれよ、なぁ」
「…………この前」
「ん?」
「お前が休み取ってた日……」
「――あ」

 そういえば、数日前。
 久々に幼馴染がこっちへ来ると聞いて――神人にもその日買い物にと誘われたのだが、特に理由は告げずに断った日があった。
 いや、別に話したって構わなかったのだが、隠したい理由も確かにあった。

「……もしかして、見た?」

 若干、バツが悪そうに相方の顔を覗き込むと、案の定ふてくされたように唇を尖らせていた。
 かわいいなぁ、と言うと怒らせそうだったので、事の顛末を聞きだすと。
 幼馴染と歩いている所を偶然見かけて、恋人じゃないかとか、どうして黙っていたのか、とか。
 変にあれこれ勘ぐってしまったのだと言う。

「あれはただの友達だよ。心配されるようなことはないって……それに、ほら」
「? なにこれ」
「お前に。あけてみ」
「……?」

 渡された箱を神人が開けると、上質そうな藍色の布に指輪が光っていた。
 リングの中には二人のイニシャルが掘られている。

「結婚指輪、なんて大それたもんじゃないけどさ。あいつセンスいーから、選んでもらってたんだ」

 勿論、俺とおそろい。
 左手の薬指にかっちりはまった指輪を見せる精霊に、神人は「ばかだな」と言って照れたように笑った。

解説

神人と精霊以外の第三者が、どちらかとこっそり居る現場を見てしまった!
それを見た相方はどうする? という趣旨のシナリオです。

別に隠れて会ってなくても構いません。同意の上で、何してきたの? って聞くようなお話でも。
複数精霊さんをお持ちの場合、第三者はもう一人の精霊とかでも構いませんが、お話の中で親密度を絡めて扱えるのは参加精霊さんのみです。
とにかく神人と精霊二人以外の、二人のどちらかに関連する『誰か』が切欠で始まるシナリオならどういう内容でもいいです。

休日、お出かけ等のあれこれで300jr消費しました。

ゲームマスターより

大事な人だったりお世話になった人は、どんなPCさんでも必ず相方以外に居るんだろうなと思いますし、そういった話が聞けるとキャラクターの人生観だったり、魅力が広がる気がします。
自由度も高いのでお気軽にどうぞ。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

初瀬=秀(イグニス=アルデバラン)

  (経営する喫茶店に来客=元婚約者)(「準備中」の札掛け)
……久々だな、もう二度と会うこともないと思ってたが
どういう風の吹き回しだ
……やり直したい?(片眉上げ)
ストップ。(片手をあげて静止)
お前、あの日手紙に書いたこと覚えてるか?(EP20)
そっくりそのまま返すぜ、『あなたよりも好きな人がいます』。
恨み節を言われる筋合いはねえな
……店出るまでは客だ。追い出す真似なんざしねえよ
ただ、もう来てくれるなよ、お前の為にもな。
なんせ俺の「王子様」は大変ご立腹なんでな?

とまあそういうわけだ
……乱入するかと思ったんだがなあ
あぁ、影が見えたからな
ありがとうな、信じてくれて



セラフィム・ロイス(火山 タイガ)
  ■夢心地

え?タイガ!迎えにきてくれたんだ
(また嫉妬してる?)
半分正解かな。ここで会ったのは偶然で大学の先生じゃないんだ
別の先生で・・・

あ、勘違いしないでね
・・・結果がでるまで内緒にしたくて、誰にも言ってないんだ
僕ね、オカリナ教室に通いだしたんだ。彼はその先生。有名なオカリナ奏者で、開催してる教室でこの前はじめて
演奏して褒められて「歓迎しているよ」って言ってもらえたから嬉しくて

うん、わかりやすく教えてくれるいい人だよ

ぱああ)もちろん!歓迎してくれるよ


ううん。あくまで夢
ただ本物の近くにいれば何か見えるかなと思って。家業を継ぐ道も迷ってるし・・・中途半端だ

・・・百人力だ(悩みが解けてく気がする


セイリュー・グラシア(ラキア・ジェイドバイン)
  トレーニングジムで思い切り体を動かし、帰って来たらさ。
ラキアが何か不機嫌?なような、元気ないような。
食事の準備を手伝いつつ、どうしたのか聞いたら。
オレがジムの友達と一緒に居たトコロを何かの拍子に見かけたらしい。
「ジムのインストラクターだよ。名前はアレックス。山猫系テイルスだってさ」
やっぱりラキアがヘンな顔してるんだよな。
よくよく聞いたら「精霊だと適合して契約出来たらどうしよう」と。
それがどーして心配なのか「?」だぜ。
鍛錬談義で盛り上がるとかはあるとけどさ。
よし、ラキアの頭をナデナデしてやろう。ラキア寂しがりなトコあるもんな。
「時々ラキアもジムに来れば良いんだぜ」と笑顔。
体を鍛えるのはイイ事だ。


クルーク・オープスト(ロベルト・エメリッヒ)
  「な、なんだよ…」
幼馴染と遊びに行っていたことを追究されて言葉に詰まるぜ
単にあいつが彼氏にプレゼント買うっつうから、手伝っただけなんだけど…
「お前だって別の奴としょっちゅう遊んでるだろ…」
…なんだ、珍しくヤキモチやいたのか?…まさか、ないだろうな
「紹介するわけないだろ」
…そうだな、お前はそういうやつだ
…何期待してたんだろ…俺
「期待してほしかったのか?」
…そうか…
別にガッカリしてねえよ…な、何でそうなるんだよ!
ただの幼馴染だし…お前に取られるわけねえだろ!どうやって取るつもりだよ!
図星じゃねえし…そうじゃなくて、俺は…
……もう……お前暫く黙ってろよ…
今日の俺、なんかヘンだ…どうしちまったんだ…


ユズリノ(シャーマイン)
  夕方
買い物帰りのマンション前
シャミィが女性といる所見かける
友人かな?
女が親密気に彼の頬にキス
抉られる様な衝撃に声掛けず帰宅

台所で夕飯の準備
胸が嫉妬でキリキリ
女性に見覚えがあるのに気付く
ここずっと家に来る事がなくなってた彼の恋人
彼が台所に来て手伝うと言ってくれたけど上手く笑えない

問われて堪えられない
「僕…邪魔なら出ていくよ?
さき程見かけた事を話す
「僕なんかがいたらあの人を気軽に呼べないよね

5月…それはギルティ侵攻のあった月
「やっぱり僕のせいだ 僕がシャミィを戦争に巻き込んだから…
抵抗するも敵わず腕の中に
「シャミィは優しいから…僕はどんどん図々しくなっちゃうよ」

遠慮がちに腕回す
「…うん いさせて」



「こんにちは」
 ひとけのない、白昼の喫茶店。
 神人、初瀬=秀の経営するその店へ、予期せぬ一人の客が訪れた。
 声に気付いて振り返り、その顔に秀は確信を得る。
 歓迎の挨拶も告げず、自分を落ち着ける様にひとつ深くため息を吐き出し、来客の隣をすり抜け扉に『準備中』の札を掛けた。

「今日は秀様のお店でお手伝い――と」
(あれ……?)
 約束の日に、秀の店を訪ねた彼の精霊、イグニス=アルデバランは。
 準備中の札に気付き何かあったのだろうかと、店内をひょこりと覗き込んだ。
「!」
 咄嗟に、店外の草場へ身を潜める。
 店内には一人の女性客が居座り、秀と話をしている様子だった。
 見たことの無い顔だ。だが場を包む険悪なムードと、何より秀の険しい表情。
 表情筋は動いてないが、感情の機微を見逃すほど付き合いは短くない。
(私の勘が告げています……あの女性はきっと、秀様との結婚式当日に逃げたという、諸悪の根源――……!)
 身を潜めたまま、イグニスはぎゅう、と拳を握りしめた。

「久々だな。もう二度と会う事もないと思ってたが」
 コトリと、卓上へ湯気の立つコーヒーを置いて、目も合わせず告げる。
「……あなたと、やり直したいの」
 女性の言葉に、秀の片眉がぴくりと跳ねた。
「私が間違ってたわ。虫のいい話だって言うでしょうけれど。でも私、まだあなたが……!」
「ストップ」
 右手を上げて、女性の――かつて自分を手前勝手に裏切った、元伴侶の言葉を制止する。
 契約印のある左手で、頭を抑えた。
「お前、あの日手紙に書いた事覚えてるか?」
「……え、ええ」
「そっくりそのまま返すぜ。『あなたよりも好きな人が居ます』」
 秀の言葉に女性ははっと顔を上げた。
 その顔に浮かぶのは妬みの感情だ。
「何よ……あんなに愛してるって言ってた癖に。もう新しい人を見つけたの」
「先に背を向けたのはそっちだろう。恨み節を言われる筋合いはねえな」
 秀の言葉に女性はぐっと押し黙る。
 本当はもっと、穏便に話したかったはずなのに。
 出ていけと、怒鳴られてもおかしくない事をした。そのくらいの自覚はあった。
「店を出るまでは客だ。追い出すような真似なんざしねえよ」
「……」
「ただ。もう来てくれるなよ。お前の為にもな」
 なんせ、と付け足して、先程イグニスが覗き込んだ方向に視線を向けた。
「俺の『王子様』は、大変ご立腹なんでな?」
 口角を上げて、困ったように――けれどもどこか幸せそうに笑った、秀の顔に。
 女性はそれ以上を告げる事なく、店を後にした。
 準備中の札を取り外しに秀が門前を覗いた時、既に人の姿はなかった。

「――とまあ、そういうわけだ」
「そうなんですかあ」
 閉店後、二人でのんびりカウンターに腰掛け、秀は昼間あった出来事を報告した。
 イグニスは結局あの後何事もなかったかの様な顔で店を訪ね、手伝いを終えて今に至る。
「……乱入するかと思ったんだがなあ」
「っ!」
 ぽつりと落とされた言葉にイグニスの肩がぎくりと跳ね上がった。
「……ばれてたんですね」とどこかバツの悪そうな精霊に「影が見えたんでな」と告げ、秀は苦笑した。
「ありがとうな、信じてくれて」
 何も聞かず、踏み込んでも来なかった精霊の優しさに感謝する。
 彼が居てくれたから、自分はきっぱり過去と決別できたのだ。
 イグニスも一度は『ご挨拶』するべく現場へ踏み込んでやろうかと考えた。
 大切な姫を苦しめた張本人だ。許せるわけが無い――でも。
「……勿論です。前を見て歩くと、言ってくれましたから」
 イグニスは一重に、秀の強さを信じたのだ。
 精霊の言葉を受けて、秀も穏やかに表情を解かせた。
「誰より幸せにしますからね。私のお姫様!」
「……ああ」
 楽しみにしてるぜ、と返し、湯気を立てるコーヒーを静かに飲み干した。


「この前の休みの事だけど」
 優雅な所作で紅茶をすすりながら、不意に精霊、ロベルト・エメリッヒが話題を切り出した。
 その言葉からなんとなく内容に察しがついて、神人、クルーク・オープストは小さく肩を跳ねさせた。
「……な、なんだよ」
「可愛い女の子と歩いてたよね?」
 紅茶を卓上へ置いたかと思えば、ずい! とテーブル越しに顔を近付け、率直に質問をぶつけてきた。
 至近距離で、まんまるの宝石がじっとクルークを射抜いてくる。
 悪い事をしたわけでもないのに、詰め寄られているかのような気分だ。
「た……ただの幼馴染だよ。彼氏にプレゼント買うっつーから、付き合ってやってただけで……」
「ふーん……?」
 しどろもどろ紡がれた返答にも、胡乱げな目をしたまま、不満そうにごろりとソファへ寝転がる。
 そんな精霊の様子に、クルークも黙ったままではいられない。
「お前だってしょっちゅう誰かと遊んでるだろ」
「僕がこうなのは今に始まったことじゃないでしょ?」
「開き直……っ」
「そう、この前もね!」
 クルークの言葉など耳に入っていない様子で、ソファから跳ね起きたロベルトは主張を続ける。
「蒐集品の子達と遊んでたの! そしたらクルークが」
 可愛い女の子と歩いてたから……ソファに腰掛けたまま、視線をやるせなく、切なげにロベルトは逸らす。
 ほんの一瞬だけれど、綺麗な横顔が寂しげに歪められてどきりとした。
 まさか、妬いたのか……? どきどきしながらロベルトの反応を伺っていると、突然勢いよくぱっと顔をあげた。
 ころころと万華鏡の様に表情が変わって、クルークにはとてもじゃないがついていけない。
「そんなにカワイイ友達がいるなら紹介してくれれば良かったのに!」
「…………」
 一瞬でも期待した自分がバカだった……クルークは分かりやすく肩を落とした。
 こいつはこういう奴だった、と心中で再認識しながら呆れた様に答えを返す。
「紹介するわけないだろ……」
「その子の彼氏も美形なの? ねえねえ」
「知らねーよ!」
 神人の態度に精霊は首を傾げる。
「クルーク、ガッカリしてる……?」
「別に……」
 ロベルトはまんまるの瞳を瞬かせて、クルークの様子を更に訝しんだ。
 遊び心に富んだディアボロには、相方がどうしてこんな風に落ち込んでいるのか、本気で理解できていないのである。
「――あ、わかった!」
「!」
「僕に友達を取られるのが嫌なんだね!?」
 ぱちん! と手を打ち鳴らして閃いた答えはやっぱりクルークが思った様なそれではなくて、いっそ呆気に取られてしまった。
「ちがっ、なんでそうなるんだよ!」
「大丈夫だって友達の友達は僕の友達って言うじゃん? いいじゃん!」
「よくねえしお前に取られるわけないだろ! つかどうやって取るつもりなんだよ!」
 神人の狼狽した様子に何を勘違いしたのか、ロベルトは確信を得た様にうんうんとドヤ顔で頷いて見せた。
「その反応は図星だね。流石僕!」
「図星じゃねえし……っ! いや、そうじゃなくて俺は」
 こういう事を、話したいわけじゃなくて。
 上手く言葉に出来ないもどかしさからクルークは言い淀む。
「……。クルーク、もしかして」
 ヤキモチ妬いてほしかったの?
 伏せられた、どこか泣きそうな緋色に、ロベルトは少しだけ、躊躇いがちに問いかける。
「……もう、お前しばらく黙ってろよ……」
「……。別に」
 期待してなかったなら、してなかったでいいけど。
 それ以上を話したがらないクルークに、ロベルトもなんとなくふざけた雰囲気にはなれなくて、話題はそこでぷっつり途切れてしまった。
(今日の俺、なんか変だ。……どうしちまったんだ)
 心の中に生まれたばかりの小さな蟠りをもてあまして、クルークは胸の上で感情を押し込めるように、ぎゅうと拳を握った。


「ただいまー!」
 家人に帰宅を知らせる声を上げたあと、玄関で靴を脱いでキッチンを覗いた。
 神人セイリュー・グラシアは、定期的にこうしてジムへ通い、日々鍛錬を積んでいる。
 ひょこりと覗いた先にパートナーの精霊、ラキア・ジェイドバインの背中を見つけた。
「あ……おかえり」
 視線に気付いて、もうこんな時間なんだ、と彼は時計を見遣る。
 セイリューの方へは一瞥をくれただけで、目を合わせようとはせず、すぐに夕食の用意へ向き直ってしまった。
 いつもなら微笑んで帰りを出迎えてくれるはずなのに。
(不機嫌? ……っていうより)
 元気が、ないような。
 訝しげに首を傾げつつ、手伝うぜ、と言って隣に並んだ。
「……なあラキア」
「んー?」
「なんか、元気なくないか?」
「……そんなことは」
 ないよ、と言い切る前に、ピーラーで皮を向いていたじゃがいもをシンクへ取り落とした。
 セイリューの方へころころと転がってきたそれを、ラキアが手を伸ばすより先に拾い上げる。
 流水に晒し洗いながら「わかりやすいなぁ」と苦笑した。
「何か、気になってる事あるんだろ? 水くせーじゃん」
「……ん、ごめん」
「謝んなくても」
「ううん。たぶん。俺が一人で」
 ぐるぐるしてるだけだから――悩みの原因を、ラキアは手を動かしながら、ぽつりぽつりと話しこんだ。

 セイリューがジムで体を鍛えている事は知っていた。
 昼間、街に出た時偶然近くを通りかかって、何気なく目を向けた先で、セイリューがジムへ入っていく所を目撃したこと――隣に、見知らぬテイルスを連れて。
 悪い事をしている訳でもないのについ物陰に隠れてしまったけれど、談笑しながらジムの門をくぐる二人の姿は、それはもう仲が良さそうだった。
 自分の知らない、彼の顔を見た気がして。だって相手はジムの仲間だとしても、それ以前に精霊なのだ。
 うっかり適合したらどうしよう、二人でどんな話をしているのだろう――等々。
 次々に浮かぶ疑問と一緒に、心のずっと深い場所から湧いてくるのは嫉妬心だ。ラキア自身にも、よくわかっていた。
「あれはジムのインストラクターだよ。名前はアレックス、山猫系テイルスだってさ」
「……そっ、か。そうだよね……」
 事情を聞いても、穏やかなファータの顔に落ちた影は払拭されない。
「まだ何か気になるのか?」
「だって、俺と同じ精霊だよ? セイリューともし、適合出来たら――……」
 首を傾げ疑問符を浮かべるセイリューを見て、ラキアは言いよどむ。
 取られてしまうのでは、自分の居場所を奪われてしまうのでは――見た目に反し存外、嫉妬深い一面を自覚している。
 こんな気持ちを、彼にぶつけてもきっと仕方が無い。精霊の適合可否は否応無しに決められてしまうものだ。
 セイリューを護れる人が増えるならいい事なのかもしれない。彼は強いし頼りになるけれど、日々オーガに狙われる神人であることに変わりはないのだから。
(……そう、理解してても)
 ――……寂しい。
 ぽつりと心に零れ落ちた感情を、不意に頭を撫でる手が和らげた。
「鍛錬談義で盛り上がるとかはあるけどさ。どっか行ったりしないって」
「う……うん」
 ラキア寂しがり屋なとこあるもんな、と柔らかく笑われて、少しだけ照れ臭そうにラキアは視線を泳がせる。
「心配なら時々、ラキアもジムに来ればいいんだぜ?」
 体を鍛えるのはいい事だ! 飼い猫にするみたいに頭をくしゃくしゃと撫でながら、彼は屈託なく笑う。
 あの山猫テイルスみたいに、ガタイよく鍛えられた自分の体を想像して、つい噴出してしまった。
「ふふっ、そうだね。じゃあ今度、一緒にジム体験してみようかな?」
「おう! きっとアレックスも喜ぶぜ!」
 歯を見せはにかんだセイリューの言葉に、まあいいか、と。
(……心配しなくて、良いよね)
 不安が完全に拭えた訳ではないけれど、今はパートナーのくれる言葉を信じて、不要な疑心を振り払い二人肩を並べ、夕食作りに取り掛かった。


「――あ」
 水平線に太陽が沈みゆく夕刻。
 買い物帰りに通りかかったマンション前。
 見知った顔を――大切な精霊、シャーマインの横顔をユズリノは見つけた。
 シャミィ、と声を掛けようとして、ふと彼の隣を歩く女性の存在に気付く。
 友人かな、となんとなく声かけを躊躇ったその瞬間、女性が軽く背伸びして、精霊の頰に口付けた。
「……っ!」
 女性の横顔に見覚えがあった。
 ここ最近ずっと、家を訪ねてくる事のなかった彼の恋人。
 胸を深く、抉られた様な衝撃だった。

「ただいまー」
 仕事を終えて帰宅したシャーマインは、上着や荷物を定位置に片付けたその足でキッチンへ向かった。
 シンクと向き合うエプロン姿のユズリノの背中を見つけて、なんだかほっとする。待っていてくれる人が家に居る安心感。
 自分用のエプロンも身につけて、彼の隣に並んだ。
「よし、俺も手伝う」
「うん……ありがと」
「……?」
 手を流水で濯ぎながら、ふと彼の様子がいつもと違う事に気付く。そういえば出迎えの言葉もなかった。
 てっきり聞き逃しただけかと思ったけれど、なんというのか。
 あまりにも、その背中が切なげで――。
「リノ、何かあっ――」
 あったのか、と言葉が続く前に、覗き込んだユズリノの表情はくしゃりと歪んでいて、ぎょっと目を見開いた。
 瞳からは今にも大粒の雫がこぼれ落ちそうだ。
「……シャミィ、前によく来てたあの女の人と会ってたんだね」
「!」
 彼の言葉に、ふとの先刻の記憶を掘り起こす。
「……見られてたのか」
「盗み見るつもりじゃ、なかったんだけど……ごめん」
「いや、リノが謝る事じゃ――」
 震える肩に触れようとした手をやんわりと退けられ、胸が痛んだ。
「僕……邪魔なら出て行くよ? 僕なんかが居たら、あの人を気軽に呼べないよね」
「リノ違う。彼女とは去年の五月に別れてる。今はいい友達関係で、今度結婚すると報告を受けただけだ」
「でも、あの人キスしてた」
「ただの挨拶さ。いい出逢いだったと言って……」
 シャーマインの言葉に、ユズリノの表情はそれでも晴れない。
 去年の五月、それはギルティ侵攻のあった月。
 円満な、別れだったというならば。自分が彼と出会ってなければ。
 シャーマインは今も平穏に暮らせていたかもしれない。

 あの人の隣で。

「……やっぱり僕のせいだ。僕がシャミィを、戦いに巻き込んだから……!」
「リノ……?」
 かぶりを振って取り乱す姿に、刹那彼の闇を垣間見る。
 過去、シャーマインが出会うより前のユズリノが、顕現の可能性を理由に疎まれていた時期に生まれたであろう、彼自身をも蔑む闇。
 神人の傍に居ることはそれだけで危険を伴うものだ。特別だから、忌むべき子供だから、そんな軽率な心一つで、世界は彼らに刃を向ける。
 けれど適合する精霊でなければ、シャーマインはユズリノと出会えなかった。
「別れた事も戦いへの参加も、自分で考えて決めた事だ。もちろん、今こうしてリノと一緒に居たいと思うのも、俺の意思だ」
「分からないじゃないっ、あの五月に戦がなかったら? 僕が巻き込まなかったら、シャミィは、あ、あの人と、もしかしたらいまもずっと――……っ」
 逃げをうつ頼りない体を、シャーマインは強引に抱き寄せた。
 腕の中でもがくけれど本気で力は篭っておらず、くぐもった声は震えていた。
「シャミィは、優しいから……っ、僕はどんどん、図々しくなっちゃうよ……」
 怯える様な姿が哀れで、愛おしくて、髪を梳いて安心させるように背中を叩いた。
(……俺は、まだ覚悟ができていない)
 いつも長く続かない色恋。神人であるユズリノを大切に想うからこそ、少しでも長く共に居たい。
 相反する心を、まだ上手に扱いきれなくて、今与えてやれる精一杯の誠意を、言霊に乗せてシャーマインは告げた。
「リノが、大事だ。どこにも行くな」
「…………うん」
 居させて、と小さく返った言葉と共に、背中に細い腕が回って。
 存在を確かめるように、一際強くその体を抱きしめた。


「セラ、まだかな。そろそろ来る頃だけど」
 バイトを終え、人で溢れた大学の門前できょろきょろと辺りを見渡していたのは精霊の火山 タイガだ。
 一緒に帰路へ誘おうかと来て見たものの、神人の姿は見当たらない。
 誰かに聞いてみようか、と足を踏み出した瞬間。
「ありがとうございます!」
 聞き覚えのある声が後方で響いて。
 すぐに待ち人、セラフィム・ロイスのものであると気付き、振り向いた先に彼を見付ける。
 高揚して、夢心地で話す彼の向かいに立つ、見知らぬ男性の姿にも。
(……あれは?)
 柔らかな物腰、どこか繊細な表情と雰囲気は、セラフィムを護るもう一人の精霊トキワの姿にも似ていた。
 間も無くふたりは手を振って別れ、頃合いを見て「セラ」と声をかけた。
「タイガ! 迎えに来てくれたんだ?」
「誰なんだ?」
「え?」
「……さっき話してたヤツ」
 タイガの率直な問いかけに、セラフィムはきょとりと目を見開いたあと、先程の会話を指していると気付く。
「いい時間にバイト終わったから、一緒に帰れたらと思ってさ。随分嬉しそうな顔してたけど……先生か? 成績良くて褒められてたとか、そんなとこ――」
 ふと横目をやると、セラフィムが小首を傾げてタイガの顔を覗き込んでいた。
(また嫉妬してる?)
 なんでもない顔をして振舞ってはいるが、気のせいか唇を尖らせているようにも見える。
 子供のような分かりやすさに、ふふ、とセラフィムは小さく笑った。
「な、なんだよ」
「なんでもない。半分正解かな。ここで会ったのは偶然で、大学の先生って訳じゃないんだ」
 あ、勘違いしないでね、とすぐに付け足して。
 少しだけ考え込んだ後「屋敷の人たちにも言わないでね?」と、人差し指を立ててみせた。
「結果が出るまで内緒にしたくて。誰にも言ってないんだけど……僕ね、オカリナ教室に通い出したんだ」
 先程の彼は有名なオカリナ奏者で、定期的に開催している教室の先生でもあるらしい。
 そこで先日初めて披露したセラフィムの演奏が、高評価を受けたのだと。
『君を歓迎しているよ。またいつでもおいで』
 そんな暖かい言葉を掛けてもらえたのが、タイガが先程見かけたあのタイミングだったようだ。
「わかりやすく教えてくれる、いい先生だよ?」
「……まあ、セラが楽しそうなら、いいんだけど」
 それでもトキワに似た男と和やかに話す様子を見せられては釈然としない。
 うーん、と少し悩んだ後、タイガは「今度ついていってもいいか?」と提案した。
「! もちろん!」
 みんなも歓迎してくれるよ! と花が咲いた様に、ぱあっと笑う。
 真相を確かめたい気持ちはあれど、こんなにも楽しそうなセラフィムが頑張っている姿を、直接自分の目で見ておきたかった。

「でも思い切ったな~」
「うん?」
 二人で帰路につきながら、ふと漏れたタイガの呟きに、セラフィムは視線を寄越す。
「オカリナ奏者を目指すんだ?」
 問いかけには、ゆるゆると首を横に振る。
「ううん、あくまで夢。ただ、本物の近くに居れば何か見えるかなと思って」
 好きな事を極めてみたいと、思わない事がまったくない訳じゃない。学びたい事も学べる事も、まだまだ自分にはたくさんある。
 一度は前を見たまっすぐな視線が、でも、と下方へ落とされた。
「実家を継ぐ道も迷ってる。……中途半端だ」
 こんな状態で、オカリナ奏者を目指せたら、なんて甘えの様にも思えて、整った横顔に影を落とした。
 不意に途切れた言葉に、タイガは両手を頭の後ろで組み、夕焼け色の空を振り仰いだ。
「いいんじゃねえ? 迷っても迂回しても、最終的にセラが満足出来りゃあ」
 俺も結構、寄り道してるし。そう、なんでもない様に言ってみせる。
 そして次にはにぱっと笑って、セラフィムを勇気付ける笑顔を向けてくれるのだ。
「何より俺がセラの道、応援してっから!」
 頑張れよ、とかけられた声に、一瞬ぽかんと目を見開いたあと。
「……百人力だよ。ありがとう」
 悩みが空へ溶けていく気がして、セラフィムは穏やかに表情を緩ませた。



依頼結果:成功
MVP
名前:初瀬=秀
呼び名:秀様
  名前:イグニス=アルデバラン
呼び名:イグニス

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 梅都鈴里
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル イベント
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ノーマル
シンパシー 使用可
難易度 とても簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 5 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 02月22日
出発日 03月01日 00:00
予定納品日 03月11日

参加者

会議室

  • [4]セラフィム・ロイス

    2017/02/28-23:49 

    どうも、僕セラフィムと相棒のタイガだよ。どうぞよろしく
    今やっとプラン提出完了した;
    ・・・最近遅くなりすぎていけないなあ。反省しないと

    皆の3人目も楽しみにしてる。お互いよい時間になりますように

  • [2]セラフィム・ロイス

    2017/02/27-20:53 

  • [1]ユズリノ

    2017/02/25-16:39 

    ユズリノとシャーマインです。
    よろしくお願いします!


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