S・S・Lの真相(北織 翼 マスター) 【難易度:簡単】

プロローグ

 タブロス市内ののどかな田園地帯。
 田植えを待つ水田に囲まれた中に、自称『ウィンクルムを勝手に応援し隊・隊長』のマッドサイエンティスト・下川博士のラボがあります。
 ウィンクルムたちは、300Jrで用意した手土産持参で、博士のラボを訪れました。

「ふははははっ!よくぞ来てくれたな、若い衆!」

 マントゥール教団が放ったオーガの襲撃からウィンクルムの手によって護衛してもらい、無事生還を果たした博士は、ウィンクルム強化の為に発明した秘薬『S・S・L』の動物実験を見事に成功させ、いよいよ臨床実験の段階に入りました。
「今日お前さんたちを呼んだのは他でもない!この『S・S・L』の被験者となってもらう為じゃっ!」
 ああ、やっぱり……と複雑な面持ちの神人たち。
 一方、精霊たちは『遂にこの日が来たか』と博士を期待の眼差しで見つめます。

 博士は小さなグラスに『S・S・L』を注ぎ、精霊たちに配りました。
 量としてはほんのひと口程度の液体です。
「さあ、若い衆、グイッと一気に行きたまえ!」
 精霊たちは顔を見合わせながら覚悟を決めると、『S・S・L』をひと思いに喉の奥に押し流しました。
 味はまぁ、ありふれたグレープジュースのような感じです。
 さて、どんな変化が訪れるのか、皆固唾を呑んで待ちます……が、特に変化は感じられません。
「まぁ待て、効果が現れるのは服用後1時間程経ってからじゃ。とりあえず、帰って様子を見ておいてくれ。必ず神人も一緒に、じゃぞ?」
 博士の意味深な笑みに、神人たちの背筋に一瞬寒気が走りました……。

 ラボを去る間際、博士は神人たちに『中和剤』なるものを渡します。
「動物実験は上手くいったがの、実際の精霊となると効果の出方にも個人差があるじゃろうし、想定外に効き過ぎる者もおるかもしれん。危険を感じたらこれを飲ませるがいい。これも効果が出るまで1時間程かかる。中和剤の効果が出るまでは……まぁ、上手く逃げおおせてくれ」
 逃げなきゃいけない事態とか……嫌な予感しかしねーよ!と、神人たちは内心叫び声を上げますが、パートナーの精霊たちは既に『S・S・L』を服用した後。
 今更騒いでもどうにもなりません。
 心の声をぐっと堪え、神人たちは謎の『中和剤』を受け取り、精霊たちと共に帰宅の途に就きました。

 ウィンクルムたちが去った後、ラボの電話が鳴りました。
 電話の相手はA.R.O.A.本部の受付職員です。
「Dr.下川、ウィンクルムたちは大丈夫でしたか?」
「ふははっ、とりあえず服用直後の副作用はなかったぞい」
「そうですか……ところでDr.下川、その『S・S・L』って一体何なんですか?」
 この直後、職員は衝撃の真実を聞かされました……。

「全く……Dr.下川はとんでもない薬を開発してくれましたね……」
 電話を切った後、職員は頭を抱えました。
「『スーパー・サディスティック・リキッド』略して『S・S・L』。服用した精霊は約1時間後にドSに変貌、対神人限定で普段言えない・出来ない言動を平気でするようになり、アグレッシブに迫る……効果は4時間持続、グイグイ迫られるという非日常的事態に神人は興奮状態になり、その結果愛が深まる……って、理論が飛躍し過ぎでしょう!秘薬だけに……って、ああもうこっちまで気が変になりそうですよ!」
 職員は、臨床実験に協力したウィンクルムたちが心配で仕方ありません。
「これで絆が壊れるウィンクルムが出なければいいのですが……」

 被験者となったウィンクルムたちの運命や、如何に……。

解説

 下川博士が開発した秘薬の全貌が明かされました。

『スーパー・サディスティック・リキッド』略して『S・S・L』です。
 これを服用した精霊はもれなくドS化し、神人に迫ります。

 神人は、身の危険を感じた時の為に下川博士から『中和剤』を受け取っていますので、あまりに精霊のアグレッシブさが危ういと感じた時は無理やりにでも中和剤を飲ませ、自己防衛に努めて下さい。

 ちなみに、下川博士への手土産で300Jr消費しました。

 『S・S・L』の効果の出方には個人差があります。
 プランでは、『S・S・L』でどの程度変貌するか、中和剤を使用するか否か、使用する場合はどのようなシチュエーションになりそうか、簡単にで結構ですので教えて頂けると助かります。

 また、『S・S・L』の効果が発現している約4時間の間だけは精霊のキャラが崩壊する恐れがございます。
 それについても、是か非かご指定下さい。
 ウィッシュプランには、普段の精霊さんなら絶対にやらない行動や言わないセリフを、薬の影響にかこつけて(もちろんPL様の許せる範囲で、ですが)どんどん盛り込んで下さい。

 なお、今回のエピソードは北織の前作『SPなウィンクルムたち~S・S・L編~』の後日談的な内容となっておりますが、前作をご存知なくても参加に支障はございませんので、ご安心下さい。

ゲームマスターより

 マスターの北織です。
 まずは、この場を借りて前作『SPなウィンクルムたち~S・S・L編~』にご参加下さったウィンクルムの皆様に厚く御礼申し上げます。
 お陰様で下川博士は無事にラボに帰還し、その後研究を続けて『S・S・L』の臨床実験にまで辿り着く事が出来ました。
 それによって、今回こうして後日談をリリース出来ますこと、心より感謝しております。
 本当にありがとうございました。
 
 というワケで!
 皆さんの精霊さんがどんな変貌を見せ、皆さんをどうドキドキさせるのか……皆さんの秘めたる願望をどうぞお寄せ下さい!

リザルトノベル

◆アクション・プラン

出石 香奈(レムレース・エーヴィヒカイト)

  え?どういうこと?
この人も結局そういう男だってこと?
付き合いだしてから急に態度が変わる、そんな酷い男だったって…
レムの突然の豹変に昔付き合っていた男を思い出し軽くパニック

…そういえばあの薬!
顔が近付いてからやっと薬のことに思い至り
落ち着いて、と説得しようとするも迫られてうまくいかず…
こうなったら中和剤を使うしかない
でもどうやって飲ませれば…そうだ

しおらしい態度をとり、こっそり中和剤を手に忍ばせる
分かったわ、でも心の準備をしたいから
目をつぶって5秒待って
素早く中和剤を口に含み、レムに口づける

正気に戻ったレムに説明
薬のせいでよかった…と安堵する
問いには嬉しそうに微笑み
もちろん、正気の貴方ならね?


シルキア・スー(クラウス)
  怪訝顔の彼に
試してから判断してもいいんじゃない?
私は構わないよ

ラボ
彼が意を決し飲んだ…覚悟しておこう

道中効果が出たら拙いかも
個室のあるカフェへ
彼は珈琲
私はケーキと紅茶
店員への態度に驚く
命令口調!?
はたと これが効果?
な、ならば受けて立たねば (中和剤握り

あーん位なら
ぱくりした所で彼の恍惚妖艶微笑
言葉と相俟って心臓跳ね上がる
俺の!?
頭追いつかなくされるまま

「逃げないよ」

(無から有を生む薬な訳じゃないよね)
「みんなあなたの中にある気持ちなんだね」

素に戻った時が不安になったので
中和剤投入
切れるまで耐える

これはこれで貴重な体験かな
バツの悪そうな彼がちょっと可哀そう
手を握って くすくす

心臓に悪い薬という認識


◆香奈とドSなレムレース◆
●レムレース、豹変
「……おい、待て」
 背を向ける出石 香奈の腕を取り、振り向かせるレムレース・エーヴィヒカイト。
(お、『おい』!?ちょっと、どうしちゃったの?)
 普段の彼からは想像も出来ない命令口調に、香奈は未知の生命体でも見るかのように瞳を小刻みに揺らした。
 レムレースは玄関に鍵を掛け、その冷たいドアに香奈の背中を押し付ける。
「……レム?」
(えっ?何これ、どういう事?)
 香奈はショート寸前な思考回路を必死でフル稼働させ、この状態に至る経緯を振り返った――

 ――そう、あれは小一時間程前。
 胡散臭さMAX(無自覚)の研究者・下川博士のラボで、差し出された『S・S・L』をかっ込んだレムレース。
 どこをどう見てもこれまた胡散臭い『中和剤』を渡された香奈。
 その時のレムレースに特段の変化はなかった。

 いつもと変わらぬ彼に、香奈はこうしてマンションまで送ってもらっていた筈で……。
(マンションに着くまでの間も、レムはいつものレムだった……なのに、どうして?)
 困惑している香奈の顔のすぐ横で、レムレースがドアに手を付いた。
 まるで、香奈を逃がすまいとするかのように。
 静かに獲物を狙う獣のような獰猛さと危うい妖艶さを帯びた双眸でレムレースは香奈を見下ろし、その端正な口元は優雅に弧を描く。
「まさか、これで終いと言うつもりではないだろうな?」
「……え?」
「俺は目の前に人参をぶら下げられた馬ではないのだぞ。男を家に入れる事の意味くらい、分かっているだろう」
「それって……」
(嘘でしょ……)
 香奈の脳裏に、過去の辛い恋愛の数々が甦る。
 上辺だけの優しさと気付かずに、いや、気付いてはいたがそれでも愛情や優しさへの飢えから安っぽい男との恋愛に走った過去。
 『釣った魚に餌はやらない』を全開させるろくでなしもいた。
 いざ交際を始めた途端急に手の平を返し態度を豹変させる、そんな酷い男も……。
「何、で……」
(この人も……中途半端な交際はしないと誓ってくれたこの人も、結局そういう男だったって事?)
 鈍く重い胸の痛みは、レムレースへの疑念を抱いた瞬間鋭さを持って香奈の胸を穿つ。
 彼らしからぬ傲慢な表情を浮かべているレムレースの顔が、香奈の視界の中でじわりと滲んでいった。

●香奈、退路を断たれる
「俺たちは恋人なのだから構わないだろう?」
 涙をこぼすまいと堪える香奈の耳元に、レムレースが顔を近付け囁く。
 その時、ふと甘酸っぱい匂いが香奈の鼻先を掠めた。
 甘い葡萄酒のようなその匂いは、ショート寸前だった彼女の思考回路にとってまさに起死回生の一手だった。
(……っ、そういえばあの薬!あの薬からこんな匂いがしてた!)
 香奈は胸に刺さった疑念の刃を抜いて捨てる。
(逆算すれば、もうあの薬の効果が出ておかしくない時間よね!結局どんな効果だったかは聞かなかったけど、神人が逃げなきゃいけない状態になるかもって言ってたし……今まさにその状況だし!)
「レム、ちょっと落ち着いて」
 香奈はレムの胸を押し返した。
 しかし、仕事柄鍛錬を重ねているレムレースはその程度ではびくともしない。
 むしろ、胸に添えられた香奈の手を片方掴み、ドアに縫い止めてしまう。
「その顔……香奈、今何を考えている?」
「何って……」
(この状況を何とかしなきゃってしか考えてないわよ!)
「俺以外の事を考えているだろう?」
「そんな事ないからっ……」
(今はレムを止める事しか考えてないってば!むしろレムの事で頭の中一杯よ!)
 懸命に首を振り否定する様が裏目に出たのか、香奈を見下ろすレムレースの眉間に皺が寄った。
 レムレースの指が香奈の顎を捕らえ、くいっと上向かせる。
「前に言った筈だ、俺の事だけ考えろと」
 S・S・Lの効能は、レムレースの奥底にくすぶる激しい嫉妬心にも飛び火したのだろうか……?
 香奈の態度が気に食わないらしく、彼の顔には傲慢さに加え苛立ちの色も織り混ざっていた。
「今すぐ俺のものになれ」
「お願いだから冷静になって!」
 片手はドアに押さえ付けられ、頭は顎を固定されたせいで動かせない。
「随分反抗的じゃないか。俺の言いつけも守れずにそんな態度を取るなら、仕置きが必要だな」
 レムレースは見た事も無いような冷たい笑みを浮かべた。
「し、仕置き!?」
 香奈、万事休す……!

●香奈、決死の攻勢
 その時、香奈はふと自由な方の手に握っている小瓶の存在を思い出した。
(そうだ、これ……中和剤!これを使うしかない!)
 香奈は中和剤の入った小瓶を握りしめるが、冷ややかな微笑を湛えたレムレースはゆっくりと顔を近付けてくる。
(でも、どうやって飲ませれば……『これ飲んで』なんて差し出したって、『いらない』って言われたら終わりだし……どうする?どうする?どうするあたし!)
 S・S・Lの影響でドS化している今のレムレースなら、このまま何の躊躇いもなく、強引且つ過激に香奈の唇を奪うだろう。
 仮にそのまま流されたとして、S・S・Lの効果が切れた後はどうなるのか。
 レムレースの性格を考えると、激しい自己嫌悪に苛まれ、慰めて立ち直らせたとしても互いに気まずいことこの上ない。
(それでもしあたしたちの関係が壊れてしまったら……?嫌、そんなの堪えられない!)
 2人の唇が重なるまであと数センチ……。

(このままじゃキスしちゃう……キス、キス……そうだ、キスよ!)
「分かったわ、あたしはレムだけのものになるから……でもちょっとだけ待って?心の準備がしたいの……」
 背水の陣で唯一無二の『ある手段』を思い付いた香奈は、これまでの態度を一変させしおらしくレムレースに訴えかけた。
「5秒でいいの。目を瞑って待っててくれる?お願い……」
 上目遣いでそう口にする香奈の姿はレムレースにはひどく従順に見えた。
 相手が反抗的であればある程それを服従させる事に悦びを感じるのがドSの心理。
 抗わずに『お願い』する香奈の態度が、レムレースの高まる支配欲求を上手くクールダウンさせる。
「……いい子だ。その心がけに免じて待ってやる」
 思わずぞくりとするような笑みを浮かべ、レムレースは静かに瞼を閉じた。
(今よ!)
 香奈は素早く小瓶の蓋を開け、中和剤を自身の口に含む。
 そして、ドアに押し付けられている片手をサッと抜き、レムレースの頭を逃げないようしっかり両手で押さえると、彼の唇に自分の唇を重ねた。
「っ!?」
 突然の出来事に、レムレースは瞠目し、狼狽して思わず僅かに口を開く。
 レムレースの開いた唇の隙間に、香奈は中和剤を流し込み、彼が吐き出さないよう確実に嚥下するまでその唇を塞いだ。

●秘薬が深めた絆
「かはっ……!香奈、一体何をした?」
 中和剤の口移しを成功させ、香奈が唇を離すと、レムレースは軽くむせながら彼女を睨んだ。
「レム、正気に戻ってよ……」
「正気も何も、俺はいたってまともだ。やはり仕置きが必要だな……」
 再び間合いを詰めようとするレムレースだが、香奈の方ももう不意打ちは食らわない。
(中和剤が効くまであとはひたすら逃げるのみ!)
 香奈はレムレースの脇をくぐり抜け、靴を脱ぎ捨て脱兎の如くトイレに直行する。
 内側から鍵を掛け、香奈は完全籠城作戦に出た。
「いつまでそうしている気だ」
 トイレのドア越しに聞こえるレムレースの声は、苛立ちを孕んだ低く唸るような声色で、明らかにいつもの彼ではないと香奈には分かる。
「いつものレムに戻るまでよ!」
(中和剤の効果が出るまで、確か1時間くらいだったよね?お願い、早く1時間経って!)

 ――どれ程の時が経ったであろうか。
 トイレの外で、トン、と壁に何かがもたれ掛かるような音がした。
 香奈が恐る恐るドアを開けると、トイレの前の壁に背をもたせ掛けるレムレースの姿が目に入る。
「……レム?」
「香奈……?」
 レムレースの声にも、香奈を見つめる目の色にも、先程までの獰猛さは微塵も感じられない。
(中和剤が効いたんだ……)
「良かった……いつものレムに戻った……」
 トイレを出た香奈の安堵した様子に、レムレースは強い自責の念を覚えた。
(香奈をこんなに不安にさせて……俺はとんでもない事を……!)
 これが酒による悪酔いでもあれば、目が覚めたら覚えていない、思い出せないという結果も期待できた。
 しかし、S・S・Lはその辺りが非常に酷と言うべきか、豹変し相手に迫った事そのものの記憶はしっかりと残ってしまっているのだ。
「俺は何て事を……」
 レムレースは頭を抱え、その場にズルズルと腰を落とす。
「何故俺はあんな事を?理解出来ない……」
「博士の薬のせいよ」
 香奈もレムレースの隣に座った。
「でも、中和剤が効いて正気に戻れたのね」
「中和剤?いつそんな物を……あっ!」
 香奈からの口移しで何かを飲んだ事を思い出したレムレースは一気に顔を赤くし、香奈から目を逸らし視線を彷徨わせる。
「でも、レムがおかしくなったのが薬のせいで本当に良かった……」
 再び安堵の表情を浮かべる香奈の肩をレムレースはそっと抱き寄せた。
「レム?」
「……迷惑を掛けたようで、すまなかった」
 俯き気味に謝ると、レムレースは己の唇を指でなぞる。
 そして、肩を寄せる香奈に穏やかな眼差しを向け、口を開く。
「一度目のキスは、事故だった……」
「うん……」
 当時を思い出し、香奈も苦笑した。
「二度目は……奪われた」
 つい先程の事に、今度は2人とも照れ笑いを浮かべる。
「だから……」
 レムレースの顔から笑みが消え、その顔は一転して真剣なものとなった。
「三度目は、俺からしてもいいだろうか」
「……」
 彼らしい真っ直ぐな問いかけに、香奈の顔からも照れ笑いが引く。
 けれども、彼女はすぐに嬉しそうな笑顔を咲かせた。
「もちろん、正気の貴方ならね?」

 三度目のキスの約束――それは即ち、この先の未来も2人が共にあることの約束。
 博士の秘薬はとんだ騒動を巻き起こしたが、香奈とレムレースの絆は確かに深まった……。

◆シルキアとドSなクラウス◆
●茨の城に、2人で
「さあ若い衆、ここは騙されたと思って一気に行くのじゃ!」
 ここはイカレ(自称天才)研究者・下川博士のラボ。
 S・S・Lの入ったグラスを、クラウスは訝しげに見つめている。
(興味があった事は確かだ。だが……)
 クラウスはチラリとシルキア・スーの様子を窺った。
 シルキアは、彼の秘薬への関心も、神人である自分に害が及ばないか彼が危惧している事も、全て察した上で柔らかく微笑む。
「試してから判断してもいいんじゃない?私は構わないよ」
「シルキア……確かに一理ある。詳細を知らず切り捨てるのは早計だな」
「そこまで大変な事にはならないよ、たぶん……クラウス、博士を信じよう」
「そこは博士を信じるしかないのか……致し方ない、是非に及ばず!」
 遂にクラウスはS・S・Lをひと思いに飲み干した。

(クラウスが意を決して薬を飲んだ……私も覚悟しておこう)
 クラウスと一緒にラボを出たシルキアは、今しがた博士に手渡された中和剤を握りしめる。
(いざとなったらこれを……でも、帰り道でいきなり薬の効果が出たら中和剤どころじゃなくなる。どこか近場で落ち着いて様子を見た方がいいかも)
「そういえば……」
 シルキアは、クラウスとラボに向かう途中にカフェが一軒あった事を思い出した。
(しかも、『個室アリ』の看板が出てたような……うん、ひとまずそこでクラウスの様子を見よう)
「クラウス、家に帰るまでの間に薬の効果が出たら拙いから、この先のカフェで様子を見ない?」
 シルキアの提案に、クラウスも頷く。
「ああ、その方が安全だな」

 かくして2人は、カフェの扉を開けた。
 そこが彼女らにとって波乱ずくめの『茨の城』となるとも知らずに……。

●ここはドS喫茶か
 時間帯に恵まれたのか、カフェの店内は混雑しておらず、客もまばらだ。
 幸い個室にも空きがあり、2人は待つ事なく個室に案内された。
「シルキア、紅茶とケーキで良いか?」
「うん、ありがとう。クラウスは?」
「抹茶も緑茶もないようだ……珈琲にしておこう」
 穏やかな調子でクラウスは店員を呼び止め、流れるようにスムーズに2人分の注文を終える。
(今の所はいつものクラウスだよね……)
 シルキアは彼にばれないようこっそりと安堵の息を吐いた。

 注文の品が届くまでの間、2人は他愛のない会話を楽しむ。
「まさかあの時博士が腰抜かすなんて思わなかったよね」
「ああ、肝が据わっていそうで意外と普通の人なのかもな……」
 下川博士の護衛に就いた時の話をしていると、ふとクラウスが悩ましげに眉間に皺を寄せた。
(何だ?この内面が掻き乱されるような感覚は……?まさかこれが……)
 と、S・S・Lの効果発現を自覚した直後、クラウスは自己制御の術を失った……。

「お待たせ致しました、紅茶とケーキのお客様は……」
 注文の品を盆に乗せ、店員がシルキアたちの個室を訪れた時だ。
「クラウス?」
 それまでシルキアの前で穏やかに歓談していたクラウスがスッと立ち上がり、店員につかつかと歩み寄る。
 そして、彼はあろうことか店員から注文の品を盆ごと奪い……もとい受け取り、
「……行け」
 と店員を顎であしらったのだ。
(な……何?『行け』『行け』『行け』『行k……)
 シルキアは茫然自失でクラウスを見上げる。
 彼女の脳内では、普段のクラウスからは考えられない命令口調がエンドレスにリピートされた。
(待って、ちょっと待って、クラウスが……命令口調!?)
「……」
 言葉の出ないシルキアを振り向いたクラウスの顔に、怜悧な笑みが浮かぶ。
 何かに支配されたかのような、まるで別人のクラウスを見て、シルキアははたと思い当たった。
(まさか……これがS・S・Lの効果!?)
 シルキアは、手の中の中和剤を握りしめる。
(な、ならば受けて立たねば……!)

「クラウスありがとう、美味しそうなケーキだね……」
 と、シルキアは平静を装いクラウスの持つ盆に手を伸ばした。
 しかし、クラウスはフッと不遜に口角を上げると、ひょいと盆を上げシルキアを躱す。
「誰が好きに食べて良いと言った?」
「……え?」
 クラウスのこの豹変ぶりには、受けて立つという決意もさすがに一瞬萎えそうになる。
(落ち着いて、大丈夫……必ず勝機は掴める!)
 そうだシルキア、『勝機』を掴んでクラウスの『正気』を取り戻せ!
 ……等という、どこぞのイカレた博士が言いそうな下らないダジャレはさておき、健気に闘おうとするシルキアを嘲笑うかのように、クラウスのドSぶりには徐々に拍車が掛かっていく。
 クラウスは椅子でなくテーブルに腰掛けると、盆の上にある皿からケーキをフォークでひと掬いした。
「お前は黙って俺にされるがままになっていればいいのだ」
 クラウスはどこか艶めいた声色でそう言いながらフォークの先に掬ったケーキを刺すと、シルキアの口元に運ぶ。
「さあ、口を開け」
(こ、これは……『あーん』!?慌てちゃ駄目よ、クラウスは『あーん』くらい素でやっちゃうじゃない。大丈夫、これくらい……)
 シルキアは努めて自然に口を開き、差し出されたフォークの先をぱくり。
 直後、クラウスはその美しい顔に妖艶な微笑を浮かべた。
「いい子だ……それでいい、俺のシルキア」
(お、『俺の』!?『俺の』『俺の』『俺n……あああっ!)
 恍惚境に入っているクラウスを前にシルキアの心臓は跳ね上がる。
 クラウスは優雅にテーブルから立つと、シルキアの腕を引き、彼女を立たせた。
(どうしよう……何かもう……ああ……)
 次々と繰り出されるクラウスからのドS接待に、シルキアの思考が追いつかなくなる。
 クラウスはそんなシルキアの動揺などお構いなしに、彼女を壁に追いやり、
「お前は俺のもの。逃げる気が起きないようしっかり餌付けしてやらねばな」
 と、至近距離からケーキを食べさせる。
 彼女はもう、クラウスにされるがままだ。
(このままじゃ心臓がもたない……それに、素に戻ったらクラウスはどうなるんだろう……)
 胸の高鳴りの中に、言い知れぬ不安が靄の様に漂い始める。
(これ以上エスカレートしたら、クラウスも自分のした事を受け止めきれなくなるんじゃ……)
 普段の温和で誠実な彼を知るシルキアには、思い悩むクラウスの姿が容易に想像出来た。
(何とかしなきゃ……!)

●心臓に悪い秘薬
「さあ、次はお前の番だ。俺を悦ばせろ」
 クラウスは好戦的な色を宿した瞳でシルキアを見下ろし、コーヒーカップを持たせる。
 ケーキをあーんする代わりに、珈琲を飲ませろというのだ。
 カップの中で波立つ珈琲を見たシルキアは、ふとその手に握る中和剤に意識を向けた。
(これって、千載一遇のチャンス?)
「こぼすといけないから、座ってくれる?」
「……仕方ないな」
 シルキアに促され、クラウスが渋い顔をしながら着席する。
 その際彼が背中を向けた僅かな隙に、シルキアは素早く中和剤を珈琲に混入させた。
「ど、どうぞ……」
 端正な口元に差し出されたカップから、クラウスはゆっくりと珈琲を飲む。
(何か騙し討ちみたいで申し訳ないけど、許してクラウス……)
 毒ならぬ中和剤を盛った後ろめたさからか、シルキアの表情は硬く、ぎこちない。
 それがクラウスの目には、彼女が困惑しているように映った。
「その困惑……俺が怖いか?」
「そんなこと、ないよ……」
 小さく首を横に振るシルキアの頬に手を添え、クラウスは空恐ろしささえ感じさせる愉悦の微笑を刻む。
「お前を逃がす気は無い。たとえ蔑まれようと……」
 『たとえ蔑まれようと』というクラウスの言葉に、シルキアは内心ハッとした。
 彼はシルキアに見限られる事を、彼女を失う事を酷く恐れている。
 そんなクラウスの気持ちを、シルキアは痛い程心得ていた。
(S・S・Lは無から有を生む薬な訳じゃないよね。これはきっと、クラウスの深層心理なんだ。それなら、私が言える言葉はもう決まってる……)
「逃げないよ。今までの言動は、みんなあなたの中にある気持ちなんだよね。なら、私は逃げない」
 シルキアの言葉に、クラウスは満足げに口を開く。
「ならば俺の為に微笑め、永遠にだ……」
 クラウスの指先がシルキアの頬を滑り、彼女の耳に触れた……。

●試練と深い絆を与えた秘薬
 シルキアの耳に触れたクラウスの指が、ピタリと動きを止める。
「……クラウス?」
 名を呼ばれたクラウスは、目を見開き超高速でその手を引っ込めた。
「……何という醜態を晒したのだ、俺は……」
 クラウスは両手で顔を覆い、盛大に溜め息を吐く。
(何とも醜悪な黒歴史を刻んでしまった……)
 どうやら、中和剤が効いたようだ。
「ふっ……ふふっ……」
「シルキア?」
 クラウスが俄に手に温もりを感じ顔を上げると、シルキアがくすくすと笑いながら彼の手を握っている。
「……軽蔑しないのか?」
「しないよ。むしろ、これはこれで貴重な体験かな」
 カラリと言ってのけたシルキアに、クラウスは苦笑した。
「お前はこんな俺でも受け入れてくれるのか……奇跡だな」
「奇跡なんかじゃないよ。私とクラウスで培ってきたものを思えば、十分必然だよ」
(俺を落胆させまいとそうして気遣ってくれるのだな。シルキア、お前のその言動に俺が今どれ程救われているか、どうしたら伝えられるだろうか……)
 クラウスは懸命に思考を巡らせるが、気の利いた答えはすぐには見つからない。
 それでも彼は、心に溢れるその思いを口にする。
「シルキア……ありがとう」
「ふふっ、どういたしまして」
(お前がパートナーで良かった……俺は改めて心の底からそう思う)
「それにしても、とんだ試練を与える薬だったな……」
 疲労感の滲んだクラウスの言葉に、シルキアも苦笑いした。
「クラウスにはそうかもね。私にとっては、心臓に悪い薬だったけど」

 『茨の城』から出た2人を、鮮やかな西日が照らす。
 2人は此度の騒動で確かに得た深い絆を胸に、朗らかな表情で家路に就くのだった……。



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 北織 翼
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル コメディ
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ビギナー
シンパシー 使用不可
難易度 簡単
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 2 / 2 ~ 5
報酬 なし
リリース日 02月24日
出発日 03月02日 00:00
予定納品日 03月12日

参加者

会議室

  • [2]出石 香奈

    2017/02/28-16:41 

    出石香奈と、パートナーのレムよ。
    よろしくね。
    ドSなレム…ちょっと想像つかないわね。

  • [1]シルキア・スー

    2017/02/28-14:54 

    シルキアとパートナーのクラウスです。
    よろしくお願いします。


PAGE TOP