プロローグ
A.R.O.A.本部からどんよりとした空気を纏って出て来たのは、とある神人と、そのパートナーである精霊だった。
神人の右手中指に、一本の赤い糸――実際のところ、糸と呼ぶには些か太く、縄とするには細すぎる半端なもの――が絡み付いていた。
そしてその糸は、そのまま隣の精霊の左手中指に巻き付いている。
「……な~にが運命の赤い糸だよ」
「ハサミでも駄目、ナイフでも駄目、魔法でも駄目って。もうね。呪いだよこれは」
現在、ウィンクルムにのみ発生しているこの不可思議な現象。
運命の絆で結ばれている神人と精霊を繋ぐ赤い糸が、今朝、突如として現れたのである。
驚いた彼らはまず各々の近場にある支部に駆け込んだ。
しかしそこでは原因が解明出来ずに、こうして本部くんだりまで藁をも縋る想いで訪れたのだが。
依然として謎は謎のままだった。
自由なほうの左手で、神人は今し方配られたレジュメに目を通す。
曰く、糸は最長でも三日程度で消える。
曰く、どんな手段を用いても糸は切れない。
曰く、糸は当事者以外の存在にも見え、触れられる。
深々と溜息をつき、神人は己の右手を持ち上げ、憎たらしいほど真っ赤なそれを改めて眺める。
すると、
「おい、引っ張るなよ」
「ごめんって」
連動して精霊の左手も持ち上がった。
本部が集めた情報によると、どの指が糸で繋がるかどうかはウィンクルムによって異なるらしい。
足首同士が繋がっている症例もあるとのことだったが、いずれにせよ糸の長さは50センチ程度のものだという奇妙な一致点が発見されている。
たったの50センチ!
不便だ。とてつもなく。
前方には、まさに足首同士を赤い糸で繋がれたウィンクルムが、肩を組んで二人三脚のように和やかに歩いていた。
中には糸の出現に喜んでいるウィンクルムも居るらしかったが、この神人は兎に角不便で仕方がないと頭を悩ませていた。
そんなパートナーを、ちらりと精霊が横目に窺う。
「知ってる? 運命の赤い糸の元ネタってさあ、足首を繋ぐ赤い縄なんだってさ。SMみてえだよな」
そう言って笑う精霊の指で、赤い糸が踊っている。
「それ聞いたら世の女の子たちは怒るだろうな。まあ、糸が消えるまで家で大人しくしてようか」
「家でふたりきりでイチャイチャしようってこと?」
「……」
不便だなあ、と神人は呟く。
解説
※本部までの交通費として、300Jrを消費
■謎の赤い糸現象について
・24時間~72時間で糸が消えることは確認済み
・原因は不明
・自然に消えるまでは何をしても切れない
・神人の右親指から出た糸は、精霊の左親指へ
左人差し指×右人差し指、右中指×左中指と、一種の法則もある
足首同士の場合は、右足首×左足首(または左右逆)
・糸の長さは皆50センチ前後
・糸が出現しているウィンクルムと、していない者の数は半々
■プランについて
どの手のどの指が繋がっているのかを忘れずにご記入ください
あとはもう家に引きこもるも外でイチャイチャするも自由です!
ゲームマスターより
まだまだ寒いですね! 寒い。
物理的且つ強制的に距離を縮めてみましょう。寒いですし。
「運命の赤い糸」は恋人同士以外にも当てはまる便利な伝説だと思う。
リザルトノベル
◆アクション・プラン
セラフィム・ロイス(火山 タイガ)
セラ右薬指×タイガ左薬指 ロイス家暮らし メイドから昼食を受け取り、ふと奥に壮年の白髪交じりの父ノバが ありがとう助かるよ !父さん 苦笑)不便だけど大丈夫。何かあったら知らせるから ■ドア閉め しー 昼間からダメ!ほら食べよう(赤面)・・・今は気が気じゃないし 懲りないねっ いただきます。喜ぶよ伝えておくね ・・・それと後継者問題が解決したら、かな 言われた事はないけれど、勉強は幼い頃からしてきたし (継いだら家を空ける?タイガと離れる?まず勤まるんだろうか。不安は尽きない) 世界を回る夢はどうしたら え? それでいいの?冒険家か生物か地質学者とか世界をまたにかける医療団とかに就かなきゃと思ってた なんだ、肩の力抜けたみたい |
柳 大樹(クラウディオ)
左手の薬指 本部の外: 「赤い糸ってより、紐だよねこれ」(右手で摘まんで引っ張る 運命、ねえ。切れたら、契約も切れるんかね。 まあ、絶対切れないらしいけど。 「そんな長くないんだから、後ろより横に来なよ」 引っ張られて歩きづらいっての。 「色が赤いから目立つしなあ。家で大人しくしとこうか」 「クロちゃんち」家族には説明しとけば大丈夫だろ。たぶん。 クラウの家: クラウ一人だと殺風景だったのに、同居人ができて物が増えて生活感が増してる。 「寝るときどうしよっか?」ベッドに二人はきついし。 「寝れんの? それ」 問題しか感じねえけど。(呆れた視線 「気になんの?」 「長くて三日で消えるらしいし? 別にそこまでは」(左手の紐を眺める |
楼城 簾(白王 紅竜)
右薬指 「今日休みで良かったよね」 僕の家でのんびり。 指だし、明日以降は戻るまで有休かな。 (いつもより近い、けど、でも、指だと、だ、抱き締めてもらうとかは厳しい…って、僕は何て恥ずかしいことを) と、紅竜が僕を器用に自身の膝の上へ乗せて顔を近づけて囁いてきた。 「その発想は、なかったよ…」 顔が近くて嬉しいけど心臓が大変だ。 「紅竜の手は魔法の手だから赤い糸で制限されない方がいいのに」 触られるだけでドキドキするから、魔法の手。 「でも、紅竜とこうしていられるから、少し感謝す……」 最後まで言えずにキスされた。 まだ慣れないけど…魔法の手とこうしているから怖くないよ。 ※入浴・就寝一緒と気づいたら真っ赤になって硬直 |
セツカ=ノートン(マオ・ローリゼン)
・糸 右の小指 ・行動 この身長さでここかぁっていう気もするんだけど、移動はお姫様だっこで、あとはソファーとかでのんびりしよ? 「運命の赤い糸みたいだね」 指ごとに意味があるんだよね (僕とマオが、小指っていうことは…) そういうこと、なのかなぁ… そういうことだといいなって思いつつ、ぎゅってされるからそれに甘えておこう 「ね、せっかくだしお菓子たべよ!」 チョコとねー和菓子、どっちも。 食べさせてもらうね、美味しいっ 「マオは嬉しそうだね」 まぁ、マオが楽しそうなら何よりだよ |
アーシェン=ドラシア(ルーガル)
右手の人差し指に赤い糸 右の人差し指は人を導く指だという …皮肉だろうか 夜になっても消えないので、ルーガルの家に泊まる うちに招きたかったんだが断固拒否されると仕方ない 最近は打ち解けてきたように思えていたが、少々不安になる マニュアルは全部自室に置いているので参考にできるものもない 動けずにいたら、適当に座れと言われる …あんたは俺がいてもリラックスできるのか 自室だと 思っていいのか マニュアルが無くとも、ルーガルの言葉があれば安心できる気がする 俺にとっての人差し指はルーガルなんだろうな 糸で繋がっているので、一緒のベッドで寝る ルーガルの体温は安心する でも今日は何故か緊張感もあるというか 胸のあたりが落ち着かない |
●深める指(簾&紅竜)
落ち着いた調度品で品良く構成された部屋。
仕事の予定が細かく書き込まれた手帳を片手で閉じ、楼城 簾は安堵の息を吐き出した。
「今日が休みで良かったよね」
「同感だ」
短く同意するものの、糸が消えるまでこうして簾の自宅でふたりきりで過ごすのは、白王 紅竜にとっては元より確定事項且つ最優先事項だった。
「明日以降は、戻るまで有休かな」
「ああ」
ソファに並んで座り、現実的な問題を話すふたりの距離は、必然と言えば必然なのだが、平素よりも格段に近い。
その近さにばかり気を取られている簾の隣で、紅竜はまったく違うことについて考えていた。
例えば、入浴。例えば、睡眠。
(治るまで、最長三日。風呂と就寝まで一緒なことに気づいたら、真っ赤になって固まるだろう)
いつ指摘してやろうかと、恋愛に関してのみはまだまだ未成熟なパートナーを横目に窺い――紅竜はほんの僅かに目を瞠る。
俯き加減になり、ほっそりとした顎に手を添える簾の頬が、熟れたように赤く色づいていた。
(いつもより近い、けど、でも、指だと、だ、抱き締めてもらうとかは厳しい……って、僕は何て恥ずかしいことを)
ひとりで赤くなり慌てふためく簾の思考を正確に読み取り、紅竜はギシ、とソファを軋ませた。
驚く簾の腰に手を添え、優しく、しかしやや強引に己の太股を跨がせるようにして座らせる。
疑問符を飛ばし眼鏡のブリッジを押さえる簾は、紅竜の両足に堂々と体重を預けるわけにもいかずに落ち着きなく腰を浮かせた。
「な、何、」
「こういうのもいい」
鼻先が触れるほどの距離で向かい合い、互いの体温を感じ、糸で結ばれた掌同士を繋ぐのが。
「その発想は、なかったよ……」
ギルティ・シードを枯れさせる為に掌を合わせた夜とは異なり、紅竜にまで聞こえてしまうのではないかというほど、簾の鼓動は早くなる。
指を絡めるようにして、紅竜は手を繋ぎ直す。
より一層頬を染めた簾の指先もまた、それに応えてくれた。
「で? さっきは何を考えてひとりで赤くなっていたんだ」
全て見通した上で意地悪く追及すると、簾の視線がレンズの向こうで可哀想なほど泳ぐ。
「いや、それは、だから……そんなことより、紅竜の手は魔法の手だから、赤い糸で制限されないほうがいいのに」
「? 魔法の、手?」
触られるだけでドキドキするから、魔法の手だ、と言葉を紡ぐ簾の顔を、紅竜は黙って見詰めることしか出来ない。
無垢な男は、自分が今いとも容易く紅竜の左胸を愛おしいその声で貫いたことなど、知りもしないのだ。
「でも、紅竜とこうしていられるから、少し感謝す……」
たまらないことばかりを言う唇を、紅竜は己のそれで塞いで黙らせてやる。
不意打ちだったせいか、驚き固まる簾も両目を開けたままで、紅竜は唇の感触と共にその美しい虹彩の色もたっぷりと堪能した。
そのまま耳元で、風呂も就寝も一緒にならざるを得ないことを教えれば、簾は首まで赤くして動かなくなってしまう。
(簾の初々しさを知るのは俺だけでいい)
期待通りの反応に、紅竜は喉の奥で低く笑う。
●希う指(セツカ&マオ)
セツカ=ノートンが、そろそろソファでのんびりしようか、と言ったとき、マオ・ローリゼンは密かに胸を撫で下ろした。
不可思議な糸で繋がるふたりの身長差は、30センチ少々。
移動の際は、必然的にマオがセツカを抱きかかえることになる。
愛しいセツカをお姫様だっこし、誰に咎められるでもなくこれでもかというほど密着出来るのは喜ばしい事実だが、さすがに腰が限界を迎える寸前だったのだ。
セツカ本人と、彼の実家から送られたお菓子と、喉を潤す為の飲み物を落とさぬように抱えて、マオは漸くソファの上に落ち着くことが出来た。
「お疲れ様。マオの視線って高いんだね、羨ましい」
「怖かった?」
「まさか! 楽しかったよ。……なあに?」
「え?」
「え?」
当然のようにマオの足から下り、ソファに座ろうとしたセツカを、マオもまた当然のように引き止め、ふたりはきょとんと顔を見合わせる。
「僕がいつまでも乗ってちゃ重いでしょ?」
「……。セツカが足の上から退くと、寒くなるから」
欲望に忠実に引き止めたマオの、我ながら苦しい咄嗟の言い訳。
怪訝そうにして、それでもセツカは太股の上に座り直す。
マオの腹に無防備に凭れ、セツカはまだまだ子どもの造りをしている掌を掲げた。
「小指同士繋がって、運命の赤い糸みたいだね」
ペットボトルの蓋を切ろうとしていたマオの指が、ひっそりと滑る。
「その通り。運命の赤い糸なんじゃないかな」
飄々と答えながらも、マオの胸中は穏やかではない。
何せ恋焦がれる相手の口から、運命、という単語が飛び出たのだ。
セツカはどんな気持ちでそれを口にしたのか。
今、どんな表情を浮かべているのか。
必死で掻き集めた勇気はしかし、次の段階へ進むには、まだ幾許か足りない。
後ろから腕を回して小柄な身体を抱き締めることが、マオが出来る唯一の行動だった。
――マオの腕の中で擽ったそうに笑い声をあげるセツカが、その運命を信じたがっていることを、誰も知らない。
「ね、せっかくだしお菓子たべよ!」
「もちろん。何がいい? 食べさせてあげるよ」
セツカに強請られるまま、マオはひとつひとつそれらを口に運んでやる。
焼き菓子、チョコレート、お団子、金平糖。
美味しそうに頬張るセツカの顔を時折覗き込んでは、マオは蜂蜜のようにとろりとした笑みを口元に浮かべる。
(可愛い、餌付けしてるみたい。もっと俺に依存してくれたらいいのになぁ。こうしていればしてくれるかな)
「おいしい?」
「うんっ」
不埒な想いを知ってか知らずか、不意にセツカは振り返って真っ直ぐにマオを見上げた。
「マオは嬉しそうだね」
「ああ、嬉しいよ」
「……まぁ、マオが楽しいなら何よりだよ」
前に向き直る小さな頭を撫で、今度はクッキーを差し出した。
(俺の気持ち、ばれちゃったかな? でも大丈夫、今はまだなにもしないよ。安心してね)
ひな鳥が成長するのを心待ちにして、マオは小指から伸びる糸を一瞥する。
もっと勇気が出ますように。
愛しいこの子が健やかに在りますように。
――早く大きくなあれ。
●夢見る指(セラフィム&タイガ)
火山 タイガが諸悪の根源である糸を引っ張って怒鳴るたび、セラフィム・ロイスはお盆の上の昼食が落ちないように神に祈るしかなかった。
タイガがたどたどしい敬語で応戦しているのは、セラフィムの実父である。
苦笑を浮かべて、セラフィムはタイガの背中を全身で押すようにして自室に退散する。
「父さん。不便だけど大丈夫。何かあったら知らせるから」
「ったく。大事な息子が取られて気に食わないのはわかるけどさぁ」
何事か言い募る父親の言葉を扉で遮るのと、タイガが大きな声で文句を垂れるのはほぼ同時だった。
唇の前に人差し指を当て、静かにするよう促すと、タイガは不満げに頬を膨らませつつも素直に頷く。
聞き分けのいいところは、子どもの頃から変わらない彼の長所のひとつだ、と。
微笑ましい思い出に浸るセラフィムの腰を、まったく微笑ましくない手付きでタイガが撫でる。
「そんなことより、さっきの続き。いいだろ」
「ダメに決まってるだろ!」
扉のほうをちらちらと窺いながら、自分とタイガの間にお盆を割り込ませてそれ以上の接触をなんとか阻止する。
「……じゃあ、夜。覚悟しとけよ」
目を光らせる雄の虎は、もう子どもではなかった。
「懲りないねっ」
「困難だから燃えるんだよ! 着替えとか風呂とか動きひとつが縛りでモガ、」
力説するタイガの口を乱暴に塞ぎ、セラフィムは赤くなった顔でぎろりと睥睨した。
隣り合って席につき、メイドが用意してくれた昼食に、ふたり揃って行儀良くいただきますをする。
様々な種類のサンドッチが本日のランチだ。
利き手でなくとも簡単に食せるものを、という名目でタイガの好物でもあるカツサンドも作ってもらった。
うまいうまいとはしゃぎ、旺盛な食欲を見せるタイガに目を細め、セラフィムは香り高い紅茶を啜る。
和やかな昼食の場では話題は尽きず、話は先の父親をはじめとするセラフィムの家族にまで及んだ。
「色々あったけど、俺とセラが一人前だと証明できりゃ交際を認めてくれるんだよな」
分厚い肉を挟んだパンに齧りつき、タイガは真摯な目をしてそう呟く。
「……それと、後継者問題が解決したら、かな。言われたことはないけれど、勉強は幼い頃からしてきたし」
「え? そうなんだ……俺もマタギの技能仕込まれたしな」
瑞々しい野菜サンドを片手に、セラフィムは窓の外に広がる整った庭を眺める。
タイガと出会った庭を。
(継いだら家を空ける? タイガと離れる? まず勤まるんだろうか)
「世界を回る夢はどうしたらいいんだろう」
様々な不安に衝き動かされぽつりと胸の内を吐露したセラフィムの隣で、タイガは尻尾を揺らしてきょとんとした。
「休日に行けばいいじゃん?」
「え?」
「ん?」
奇妙な沈黙。
思わずタイガの裾を掴んだセラフィムの薬指から、赤い糸が伸びている。
「それでいいの? 冒険家か地質学者とか、世界をまたにかける医療団とかに就かなきゃと思ってた」
「待て待て。夢があっていいけど生半可なことじゃなれねーぞ! 俺も仕事があるし回る金ねーしさ」
伸びた糸は、タイガの薬指へ。
長く細く息を吐き、セラフィムはテーブルの上へと突っ伏した。
「なんだ。……肩の力が、抜けたみたい」
「そっか、良かった。でもふたりでいろんなモンを見に行くのは絶対だぞ。約束だ」
突っ伏したまま、頷く。
腹よりも、胸のほうがいっぱいだった。
●探す指(大樹&クラウディオ)
「赤い糸ってより、紐だよねこれ」
左薬指に巻き付く糸を自由な右手で摘まみ上げ、柳 大樹は誰に言うでもなくそう呟く。
夕日に包まれオレンジ色に染まった街並みが、本部を後にするふたりを出迎えた。
夕焼けに呑まれ、糸なのか紐なのか縄なのかいまいち判断のつかない不思議な物体は、その色さえも赤なのかオレンジなのか曖昧になっていた。
――さまざまな適合試験だの手続きだのを踏んで契約を結び、絆で繋がるウィンクルムだとて、ひどく曖昧な関係であることに変わりはない。
(運命、ねえ。切れたら、契約も切れるんかね。まあ、絶対切れないらしいけど)
それならば、絶対に切れないと保障されている分、この糸のほうがましなのではないだろうか。
(……まし? ましっていうのはつまり、俺はクロちゃんとの契約も切れないで欲しいと思ってる、の、か?)
ちらりと、横に立つ精霊に。クラウディオへと視線を投げる。
繋がる指のせいで、眼帯を着けている左側に控えるしかないクラウディオを見るのは、いつもよりも不便だ。
大樹にとっての不便は、今のところそれぐらいしか思いつかない。
無表情に糸を見下ろすクラウディオはどうせ、利き手が使えないと護衛に支障が出る、としか考えていないのだろう。
生真面目なこの男の世界の中心に自分の存在が置かれているのだ。
なんだかなあ、と溜息を落として、大樹は何も言わずに歩き出す。
忠実な精霊は、当然のようにほとんど指定席と化した大樹の斜め後ろにつけた。
「おーい。そんな長くないんだから、後ろより横に来なよ」
糸に引かれ、不自然に左手を後ろに持っていかれる大樹が命じてはじめて、クラウディオは糸の長さを理解したらしい。
わかった、と素直に隣にやって来る。
肩を並べて歩く行為に、恐らくふたりは同じだけの不自然さを感じていた。
「色が赤いから目立つしなあ。家で大人しくしとこうか」
「……大樹の家か?」
「クロちゃんち」
「了解した」
どこかこそばゆい不自然さを会話と夕日に隠して、ふたりで歩く。
現在、同居人と共同生活をしているクラウディオの自宅は、彼がひとりで暮らしていた頃に比べて随分と生活感が出て来ていた。
同居人本人は不在らしく、大樹はこれ幸いと寛ぎ、床に寝転がる。
大樹の手を再び引っ張ってしまわぬよう、クラウディオはすぐ側に背筋を伸ばして座った。
「寝るときどうしよっか?」
歩くだけならまだしも、ひとつのベッドを分け合うのは流石に気が引ける。
物理的にも精神的にもきつい、と言外に含ませると、
「大樹が寝台を使うと良い」
眉ひとつ動かさずに、そう即答された。
「クロちゃんは?」
「私は、寝台の側に」
「……寝れんの? それ」
「問題無い」
ごろり、と寝返りを打ち、大樹はクラウディオのほうへと身体を向ける。
隻眼が零す呆れた視線を受け止めても、クラウディオは僅かに首を傾げるだけだ。
神人が満足する就寝方法を、と答えを求めて室内を見渡した青い瞳が、ふと真っ赤な糸の上に留まる。
気になんの、と尋ねる大樹の気だるげな声に、顎を引いて同意した。
「利き手だからな。大樹は気にならないのか」
「長くて三日で消えるらしいし? 別にそこまでは」
顔の前に右手を持ち上げ、こともなげに大樹は言う。
「そうか」
「ねえ。一緒のベッドで寝れると思う? 俺たち」
「……」
もうじき夜が来る。
●導く指(アーシェン&ルーガル)
アーシェン=ドラシアとルーガルの、それぞれの人差し指を繋ぐ糸は夜になっても消えなかった。
「そんなに俺の家は嫌か」
「嫌っつーか! だから……ッ~~嫌ではねぇよ」
アーシェンの静かな問い掛けに答えになってない答えを返し、ルーガルは乱暴に自宅の鍵を開けた。
孤児院育ちのルーガルに、あの家の敷居は跨げない。
(傍から見たら、完全に俺、悪い虫ってやつだろ。ウィンクルムってだけでそういう関係じゃねえけどさ)
決して広くはない玄関を抜け、手間取りながらもふたりで家の中を進む。
(そもそもそういう関係ってなんだよ。現に糸だって人差し指に巻き付いて、……小指じゃねえんだ。いや別に深い意味は! ねえけど!)
危うく壁にぶつかりかけたりしながら、ルーガルはなんとか部屋へとアーシェンを案内する。
どっと疲労を感じ、慣れ親しんだソファへとダイブした。
長くもない糸に繋がれているのだ、自分がだらければアーシェンも勝手に寛ぐだろうというルーガルの予想は、呆気なく破られた。
赤い糸が、ぴん、と張る。
右手を引っ張られながらも、アーシェンは頑なに座らなかった。
どこか困惑したように眉根を寄せ、寄る辺なくそこに立っている姿が、寝返りを打ったルーガルの視界に入る。
(――守ってやりたい。……ん? 守ってやりたい?!)
庇護欲を掻きたてられたルーガルは、己のその心境が理解出来ずに勢い良く上半身を起こして首を左右に振る。
上目にアーシェンを窺えば、やはり、迷子のような頼りなさを纏ってそこに居た。
「どうしたよ。適当に座れば?」
咳払いをして取り繕い、ソファの空いたスペースを片手で叩いて示してやる。
「いや……マニュアルは全部自室に置いているので、参考に出来るものがない」
「あ? 部屋でリラックスするのに何でマニュアルがいるんだよ。実家のお前の部屋より狭いだろうが、しばらくはここがお前の自室だぜ」
二回。
大きく瞬きを落としてから、アーシェンはそっと、控えめにソファに腰掛ける。
「……あんたは、俺がいてもリラックス出来るのか。自室だと、思っていいのか」
「? 当たり前だろ。さて、晩飯はどうすっか」
豊かな赤茶色の髪を掻き上げ、侘しい独り住まいの冷蔵庫の中身を思い出そうと躍起になるルーガルの横で、アーシェンは生まれて初めて感じる不思議な温かさを胸の内に灯していた。
普段頼りにしているマニュアルが手元になくとも、精霊の言葉ひとつで湧き上がるこの安堵感の正体は、なんだろうか。
糸で繋がるふたりが寄り添って寝転ぶのは、ルーガルの家に唯一あるベッドの上だった。
シングルベッドを男ふたりで使用しているのだ。狭い。
息遣いから、互いに相手がなかなか寝付けずにいることなど、とうに露見しているのだが。
(しまった。客のアーシェンを壁際に寝かせるべきだった)
今更な気遣いを発揮して、せめて相棒が床へ落ちないようにと、ルーガルはその背中へと腕を回して抱き寄せた。
「右の人差し指は、」
「?!」
突然話し出したアーシェンに驚き、布団の下で足が跳ねた。
爪先が、アーシェンの脛に当たる。
「右の人差し指は人を導く指だという。……俺にとっての人差し指は、ルーガルなのかもしれない」
電気を消した部屋。
独り寝の際には感じることの出来ない、誰かの体温。
ルーガルとアーシェンの眠れない夜は、密やかに更けていく。
依頼結果:成功
MVP:
名前:アーシェン=ドラシア 呼び名:アーシェン |
名前:ルーガル 呼び名:ルーガル |
エピソード情報 |
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---|---|
マスター | ナオキ |
エピソードの種類 | ハピネスエピソード |
男性用or女性用 | 男性のみ |
エピソードジャンル | ハートフル |
エピソードタイプ | ショート |
エピソードモード | ノーマル |
シンパシー | 使用不可 |
難易度 | 簡単 |
参加費 | 1,000ハートコイン |
参加人数 | 5 / 2 ~ 5 |
報酬 | なし |
リリース日 | 02月12日 |
出発日 | 02月20日 00:00 |
予定納品日 | 03月02日 |
参加者
- セラフィム・ロイス(火山 タイガ)
- 柳 大樹(クラウディオ)
- 楼城 簾(白王 紅竜)
- セツカ=ノートン(マオ・ローリゼン)
- アーシェン=ドラシア(ルーガル)
会議室
-
2017/02/19-22:47
-
2017/02/19-21:22
アーシェン・ドラシアと精霊のルーガルだ。
よろしく頼む。
長さ50センチ、か。
……どちらの家に帰ればいいんだ? -
2017/02/19-12:44
柳大樹でーす。よろしく。(右手をひらひら振る
赤い糸っていうか、もはや赤い紐だよね。これ。
最長で三日かあ。 -
2017/02/15-21:53
-
2017/02/15-21:23