君の温め方(雪花菜 凛 マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

 タブロス市内には雪が降り積もり、吹き抜ける北風がより寒さを増長させていました。

「失敗した……こんなに雪が降るなんて、予想外だったぜ……」

 一人の神人が、震えながら歩いていました。
 先程から、すでに指先の感覚がありません。
 自宅から持ってきた使い捨てカイロも、その温かさを失おうとしていました。

「用事は終わったから、家に帰るだけ……だけど、その前に何とか温まりたいぜ……」

 ぶるぶる震えながら顔を上げて、神人はハッと気付きます。
「そういえば、ここって……アイツの家の近くだったような……」
 神人は慌てて、懐から携帯電話を取り出しました。
 電話帳から、己のパートナーの番号を探し出すと電話を掛けます。
 コール音三回で、彼は電話に出ました。

『もしもし? どうかしましたか?』
「あのさ、今からお前の家、言っていいか?」
『は? どうしてです?』
「今近くまで来てるんだよ。もう寒くて死にそうだから、ちょっと温まりに寄らせてくれよ」
 頼む!
 神人が携帯電話に頭を下げる勢いで言うと、ハァとため息が聞こえてきました。
『……仕方ありませんね。気を付けて来て下さい』
「サンキュー! 恩に着る!」

 神人は、ウキウキと通話を終えた携帯電話を見つめました。
「ついでに、何か美味いもん食わして貰おう!」

解説

寒さに震えているパートナーを自宅に呼んで温めるエピソードです。
寒さに震えるのは、神人さんでも精霊さんでもどちらでも問題ありません。
同居されている方は、外出から戻ってきたパートナーを温める流れとなります。

必ず『寒さに震える側』と『温めてもてなす側』、どちらがどちらか分かるように、プランに明記をお願い致します。

パートナーの温め方は自由に考えて頂いて問題ありませんが、らぶてぃめっとは全年齢対象です。
公序良俗に反するプランはマスタリングの対象となりますので、ご注意くださいますよう、お願い申し上げます。

パートナーを温める用意をしましたので、「300Jr」消費します。
あらかじめご了承ください。

ゲームマスターより

ゲームマスターを務めさせていただく、『暑いよりは寒い方が好き』な方の雪花菜 凛(きらず りん)です。

久し振りの通常エピソードとなりました…!
寒い季節、皆様がどんな風に暖を取るのか、是非教えて頂きたいです♪
お気軽にご参加頂けますと嬉しいです!

皆様の素敵なアクションをお待ちしております♪

本業多忙のため、締め切りいっぱいまで納品にお時間を頂く可能性がございます。この点、何卒ご了承ください。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

クルーク・オープスト(ロベルト・エメリッヒ)

  助かった…暖かい…
すげえ寒かったな、侮ってたぜ
泊まりか…たしかにもう外出たくねぇし…家に連絡入れるか
ありがとな
鍋?なんかイメージと違うな
女子の食うような洒落たもんばっかり食ってるだろいつもは…
美味かった…風呂か…そうだな…お前に任せる
いろいろもてなして貰って悪りぃな
お前んちの風呂広いな…たしかに一人で入ったらなんか落ち着かねえかもな
あんまじろじろ見るんじゃねえよ
……。俺は自分でやるからいい
先に湯船入ってるからな
広いと身体ゆっくり伸ばせていいな…
あの角ってああやって洗うのか…っつか、洗うんだ!?
人肌…一晩中…休む間もなく…やらねぇ!やらねぇからな!
ベッド別ならまあ…いいぜ


瑪瑙 瑠璃(瑪瑙 珊瑚)
  ※寒さにふるえる側

玄関に着いた途端、しゃがみこんで身震い。
無理もねぇ。おれもこんなに、しばく季節とは思わなかった。

あずまし、珊瑚。
俺は玄関の靴を全て、棚の中にいれる。
お前は、古い新聞紙を何枚か持ってきて。
ああ、それくらいでいい(拡げて重ねる)。

あと、洗面器に40℃くらいのお湯を頼む。
両足にうるかす程度だべ、それに足を入れる。

ふと、母が同じようにしてくれた事を思い出す。
梅が蕾開く頃、母は突然姿を消した。

……あの頃には戻れない。
けれども、同じ優しさが、今、ここにはある。

そう思った時は、精霊の両肩をそっと抱いた。
額に顔を寄せ、口づける。
してくれた事への感謝と、母がくれた優しさを込めて。
「ありがとう」


カイン・モーントズィッヒェル(イェルク・グリューン)
  今日は、ステラ、シンを引き取る日
オーガに両親を殺された双子の姉弟…知人の母親が経営する孤児院に身を寄せてて、偶然知った
馴染もうとしないと聞いて放って置けなくて…イェルと相談し、養子に決めて
まさか今日大雪とはなぁ
「寒いか? 家で母さんが温かいココア用意して待ってる」
2人の手が寒くならないように優しく握り

ドア開けたらティエンと呼春が来て、続いてイェルも来た
「ただいま」
おかえりなさいって一言がほっとする
ステラ、シンも今日から家族
産んだ両親になれないが、両親がしたかった事を代わりにする事は出来る
「家はあったけぇな」
イェルにただいまのキス
ティエン、呼春が諭してるがいつもの事だ
「飛び蹴りは却下」
睨んでも駄目


俊・ブルックス(アルマ・グラキエス)
  寒さに震えて家に戻る
ドアを開けたらもう一枚ドアがあった

ヒェッ…ま、間違えました!
じゃない、なんでお前がここに!?
……マジかよ(真っ青)

他に行くあてもなく渋々中に入る
何だろう暖房きいてるのにまだ寒い気がする
震えてたら何か持ってきてくれた
これは…マフラー?こんなのうちにあったっけ
まあいいか、ありがたく着させてもら…え?
い、今何と仰いました?
手編み?誰の?
そんな面して編み物が趣味!?
しかもこれめちゃくちゃ上手いし暖かいし!
人は見かけによらないな…

ところで話っていうのは?
ブラコンかよ!?
いえ、何でもありませんいいお兄様で!
でもな、勘違いしてる
俺、婿じゃないんだ

恥ずかしくて暖かい通り越してもはや暑い


●1.

 俊・ブルックスは震えていた。あらゆる意味で。
 ──どうしてこうなってしまったのか。
 いや、いずれはこんな時が来る。それは必然だったのだ。


 降り続く雪に震えながら、俊が屋敷に戻ったのは夕刻の事。
「はー……寒い……!」
 早く温かな暖炉のある部屋へ。
 そう思いながら扉を開けたら、目の前にもう一枚扉があった。
 ──何を言っているか分からないと思うが、俊自身も分からない。

「よくぞ戻ったな」

 響き渡る重低音ボイス。

「ヒェッ……ま、間違えました!」
 俊は咄嗟に2m程距離を開けた。防衛本能という奴だ。
 それから、壁かと思ったモノが、イカツイ男の胸板だった事に気付いて瞬きする。
「……じゃない、なんでお前がここに!?」
 その姿、忘れる筈もない。つい先日契約したもう一人の精霊にして、俊の恋人ネカット・グラキエスの兄──その名も、アルマ・グラキエス!
 人差し指を突き出した俊に、アルマはフンと鼻を鳴らした。
「何を言っている? ここはグラキエス家の本邸。ならば、この俺が暮らしていても何の不思議もあるまい」
 仁王立ちしたアルマの言葉は、俊に深く突き刺さる。
「……マジかよ」
 顔を青くさせ肩を落とす俊を見下ろし、アルマは芝居がかった仕草で両手を広げた。
「さあ入るがいい。貴様には聞きたいこともあるしな」
「……オジャマシマス」
 一瞬、逃げる方法を考えた俊だったが、他に行く当てもない。渋々中に入ると、アルマは扉を閉めた。
 外界の冷たい空気は遮断され、屋敷の中の暖房の温かさを得る筈なのに、俊は寒気の止まらない己の体を感じる。
(何だろう……体の芯から寒気がする)
「リビングで話すぞ」
 ずんずんと先を歩くアルマの大きな背中を見ながら、俊はガチガチと震えつつその後に続いた。
 やがて、暖炉のあるリビングに辿り着くと、アルマは腕組みして俊を振り返る。
「話というのは……ぬ?」
 アルマの眉間に皺が寄った。
「貴様震えているな」
「へ? そ、ソンナコトハナイですヨ」
 ぎくしゃくと俊が視線を外せば、アルマは顎に手を当て少し思案顔に。それから、俊の脇をすり抜けて扉に向かう。
「しばし待て」
 そう言い残し、アルマはリビングを出て行ってしまった。
「?」
 俊はその背中を見送って、取り敢えず暖炉の前のソファーに腰掛ける。パチパチと暖炉の火が燃える音に暫く聞き入った。
「待たせたな」
 程なくして、大股でアルマが戻ってきた。
「これを着けてみろ」
 目の前に突き出されたモノに、俊は瞬きした。
「マフラー?」
 しかも多分、手編みだ。
 こんなのうちにあったっけ?
(まあいいか、ありがたく着させてもら……)
 俊がマフラーを受け取り首に巻いていると、アルマは腰に手を当てて笑った。
「性能は保証するぞ、何せ俺の手編みだからな、フハハハ!」
 俊はこれ以上ない程、目を見開く。
「い、今何と仰いました?」
「性能は保証するの所か?」
「じゃなくて! 手編み?誰の?」
「俺の」
「そんな面して編み物が趣味!?」
「貴様、何気に失礼だな」
 腕組みするアルマとマフラーを交互に見て、俊は、たはあと息を吐き出す。
(しかもこれめちゃくちゃ上手いし暖かいし! 人は見かけによらないな……)
 俊が何度も瞬きしていると、アルマは俊の向かいの椅子に腰を掛けた。
「ところで話っていうのは?」
 俊が尋ねると、アルマはうむと頷く。
「話とは弟のことだ。
 先にウィンクルムとなっていたようだが……よもやあれを誑かし、良からぬ企みをしているなどあるまいな?」
 大真面目に言われた言葉に、俊は一瞬停止した。
 それから、大きなモーションで右手を突き出す。
「ブラコンかよ!?」
「可愛い弟の心配をして何が悪い」
 アルマにギロリと睨まれ、俊は居住いを正した。
「いえ、何でもありません。実にいいお兄様で!」
 俊を睨んだまま、アルマは忌々し気に舌打ちをする。
「可愛い弟を、どこの馬の骨とも知れぬ輩に嫁に出すなど……」
 ──嫁?
 俊は再び停止した。
 『弟が嫁』ということは、『ネカットが嫁』で『俺が婿』で……あれ?
 ──違ってますケド。
 アルマを見れば、彼は苦虫を噛み潰した表情で俊を見ていた。
 ──ああ、勘違いをしているんデスネ。
 悟った瞬間、俊はどっと汗が噴き出すのを感じた。
 これは、訂正をするべきなのか?
 ──いや、訂正しなきゃいけないだろ。
 大体、ネカはこの兄にどういう説明をしたんだ?
 どうして、こんな勘違いをされる事になってしまった──。
 ぐるぐると思考が回り、俊は眩暈を感じた。
 今、この場に居ないネカットを恨めしく思う。
「……でもな、勘違いしてる」
 息を吐いて、意を決して、俊はアルマの言葉を遮ってから、真剣に彼を見る。

「……俺、婿じゃないんだ」
「……何?」

 沈黙が、落ちた。
 パチパチと、暖炉の炎の音だけがリビングに響く。
 
「そうか逆であったか……貴様がなあ……」
 やがて、しみじみとアルマが呟き、俊を見た。
「あの、マジマジと見ないでくれませんかね……?」
 帰宅時の凍える寒さが嘘のように、俊の体は只々熱かった。


●2.

「これまた急だね!」
 ロベルト・エメリッヒは、愉快そうに寒さに震えるパートナーを見つめた。
「助かった……暖かい……」
 クルーク・オープストは、歯の根が合わない程震え、二の腕を擦る。
 身を切る寒さを体感していた体は、招き入れられたロベルトの屋敷の中、その空気の温かさに脱力していた。
「すげえ寒かったな、侮ってたぜ……悪ぃ」
 クルークの金色の長い睫毛が震え、色白の肌が更に白くなっている様を、ロベルトは瞳を細めて見つめる。
「悪くないけど……折角だから泊まっていったら?」
 にっこりロベルトが笑うと、クルークは瞬きした。
「泊まりか……」
 迷うように彷徨う赤い瞳に、ロベルトはぴっと人差し指を立てる。
「夜になると、更に外は寒いと思うよ」
「確かにもう外出たくねぇし……家に連絡入れるか」
 一つ頷くと、クルークは携帯電話を取り出し、外泊する事を告げた。
「ありがとな」
 お礼を言うクルークに、ロベルトは緩く首を振る。
「ちょうど鍋食べてたんだ、クルークも一緒にどう?」
「鍋?」
 ぱちくりと瞬きして、クルークはロベルトを見つめた。
「なんかイメージと違うな」
「意外かな?」
「女子の食うような洒落たもんばっかり食ってるだろ、いつもは……」
 クルークの脳裏に浮かぶのは、見た目も麗しいサンドイッチにスコーン、スイーツをいただく3段の英国式3段スタンド。
 花柄のティーセットで優雅に紅茶を嗜むロベルトの姿だ。
「料理人が休みなんだよ……風邪だってさ」
 ロベルトは軽く肩を竦めて、クルークを奥の部屋へと案内する。
 クルークは、そこで改めて屋敷の豪奢さに息を飲んだ。
 並ぶ調度品、壁に掛かる絵画、どれもがクルークの日常には縁のないものばかりで、うっかり触れたりしないようにと心に決める。
 やがてロベルトが足を止めたのは、食堂のようだった。
 広いテーブルの上に、似つかわしくないガスコンロ、その上には鍋がぐつぐつと音を立てている。
「さ、食べよ♪」
 隣り合って座ると、ロベルトはお椀と割り箸をクルークに渡した。
 恐る恐る、クルークは鍋に入っている白菜と厚揚げを取って食べてみる。
「……美味い」
「よかった。じゃんじゃん食べちゃってね」
 気付けば、クルークは周囲との違和感を忘れ夢中で鍋を平らげていた。
「美味かった……」
「二人で食べるとより美味しかったね」
 ロベルトが微笑むと、屋敷のメイドが鍋やコンロを回収する。そして、何事かをロベルトに囁いて行った。
「お風呂沸いたって、一緒に入ろうよ!」
「そうだな……お前に任せる」
 クルークは満腹感に、深く考えずに頷く。
「こっち」
 ロベルトはさっと立ち上がると、クルークの手を引いて、奥の浴室へと向かった。
「お前んちの風呂広いな……」
 脱衣所からして旅館のようだとクルークは思う。
「一人で入ると寂しくてね」
「確かに一人で入ったら、なんか落ち着かねえかもな」
「着替えはこれを使って」
「色々もてなして貰って悪りぃな」
「困った時はお互い様でしょ?」
 二人は服を脱いで、湯気の立つ浴室に足を踏み入れた。
 温水ヒーター入りの大理石のタイルに、大きな大きな湯船。姿見の鏡でさえ大きい。クルークはぽかんと口を開ける。
「うん、僕の眼に狂いはないね……」
 ふと聞こえてきたロベルトの声に、クルークは我に返った。
 ロベルトが微笑んでこちらを凝視している。
「あんまじろじろ見るんじゃねえよ」
「えー?嫌?君の身体が美しい証拠だよ?」
 クルークが背を向けると、ロベルトは不服そうな声を上げた。
「背中流してあげようか~?」
「……。俺は自分でやるからいい」
「……だめ?ちぇー」
 拒否の返事に、ロベルトはつまらなさそうに唇を尖らせる。
「先に湯船入ってるからな」
 クルークはこれ以上何か言われる前にと、浴槽に身を沈めた。
「広いと身体ゆっくり伸ばせていいな……」
 丁度良い湯加減に息を吐き、クルークは伸びをする。
 そして、何となく向けた視線の先の光景に瞬きした。
 ロベルトが、頭の角を泡立てた掌で擦っている。
(あの角ってああやって洗うのか……)
「……っつか、洗うんだ!?」
 バシャンと音を立て思わず叫ぶと、ロベルトが目を丸くして振り返って来た。
「な、なにクルーク……ああ、角? そんなに驚かれると落ち着かないな」
 こちらを指差すクルークに、ロベルトは眉を下げて笑った。

「今度は人肌で暖めてあげるよ!」
 寝室に入るなり、ロベルトはカモン!とばかりに両手を広げた。
「一晩中……休む間もなくね!」
(人肌……一晩中……休む間もなく……)
 その言葉を復唱して、クルークの顔が赤く染まる。
「……やらねぇ!やらねぇからな!」
「……ちぇー」
 激しく首を横に振ったクルークに、ロベルトはぷぅと唇を尖らせた。
「せめて、同じ部屋ぐらいはいいでしょ?」
「……ベッドが別なら、まあ……いいぜ」
「じゃあ、眠るまでお喋りして温めてあげるね!」
 嬉しそうに笑うロベルトに、クルークは今晩眠る事が出来るのだろうかと、小さく笑みを零したのだった。


●3.

 その寒さは、北国育ちの瑪瑙 瑠璃にとっても予想外のものだった。
 それ故に、防寒対策が十分で無かった結果、帰宅と同時に玄関の扉を潜った所で屈み込んで動けなくなってしまった。
(無理もねぇ。おれもこんなに、しばく季節とは思わなかった)
 全身が小刻みに震えて、歯がガチガチと触れ合う音が聞こえる。
「瑠璃?」
 奥からパートナーの声が近付いてきた。
「あぎじゃー!?」
 そして驚いた声。
 ばたばたと駆け寄ってきた瑪瑙 珊瑚は、瑠璃の前に膝を付いて、その顔を覗き込む。
「ひーさいびーんや!じゃねぇ!ちゃーしよう!?わん、ぬーも用意してねぇやさー!」
 早口で慌て動揺する珊瑚を、瑠璃は視線を上げて見た。
「あずまし(落ち着け)、珊瑚」
 瑠璃の落ち着いた声に、珊瑚はぴたっと停止する。
「俺は玄関の靴を全て、棚の中に入れる」
 瑠璃は震える指で、土間に出ている靴と棚を指差した。
「お前は、古い新聞紙を何枚か持ってきて」
「ガッティン!」
 珊瑚はすっくと立ちあがると廊下を駆けていく。
 その背中に小さく微笑んで、瑠璃は震える指で靴を持ち、棚へ入れていった。
 間を置かず、ダダッと床を蹴り、珊瑚が新聞紙を抱えて戻って来る。
「新聞やさ、これくらいでいいのか!?」
「ああ、それくらいでいい」
 瑠璃は新聞を受け取ると、拡げる。
「あと、洗面器に40℃くらいのお湯を頼む」
「トー!」
「両足にうるかす程度だべ」
「ガッティン!」
 再び廊下を滑るように走っていく珊瑚に瞳を細め、瑠璃は、土間に拡げた新聞を重ねていった。
 キッチンに滑り込んだ珊瑚は、給湯器の温度を40℃に設定し、洗面器にお湯を張る。
「ヘークサニ(早く)!」
 気持ちが逸る。だって、瑠璃の為に何かしたいのだ。
(瑠璃はさ、かちゅー湯を作って、風邪だったオレを温めてくれた。
 今度は、オレが瑠璃を温める番!)
 湯が溜まると、慎重にでも急いで両手に洗面器を持ち、珊瑚は瑠璃の元へ戻った。
「瑠璃!持ってきた!」
「珊瑚、ここに置いてくれ」
 土間を指差す瑠璃に頷き、珊瑚は洗面器をそっと重ねて敷かれた新聞紙の上に置く。
 瑠璃は段差に腰を下ろし、靴と靴下を脱ぐと土間の洗面器の湯の中へ両足を浸した。
 じんわりと温かな湯が、冷え切った足先を温めていく。
 珊瑚は感心した表情で、瑠璃の隣で膝を折り洗面器を眺めた。
「なぁ、それ温まるのか?」
「ああ、とても温かいさ」
 感覚を取り戻していく指先を感じながら、瑠璃は珊瑚の問いに深く頷く。
 そして、思い出した。
 冬の寒い日、瑠璃が寒さに震えると、母が洗面器に湯を張ってくれた。
 湯は優しい魔法に掛かっているようで、瑠璃の体をぽかぽかにしてくれたものだ。
 だから、冬の日に外から家に帰ると、瑠璃は寒いと母におねだりするように告げた。
 けれど──。
 梅の花が咲いたあの日、突然、母は姿を消した。
 もうすぐ梅の蕾が開く。そうしたら温かくなる。
 そう言って笑っていたのに──。
「……瑠璃?」
 珊瑚の手が肩に触れて、瑠璃はハッと瞳を上げた。
 生命力に溢れる赤い瞳がこちらを見ている。
「少し……母の事を思い出したさ」
 ぽつり、瑠璃は口を開いた。
「母もこうして、寒い日は足浴を用意してくれたんだべ。ある日、急に居なくなってしまったけれども……」
 梅の花の下、母の名を呼んで探した。
「……あの頃には戻れない。
 けれども、同じ優しさが、今、ここにはある」
 瑠璃の言葉に耳を傾けていた珊瑚は、ゆっくり瞬きした。
「瑠璃は……今、昔と同じように温かくて、うぃーりきさん?(嬉しい?)」
「ああ」
「……よかったさー……」
 頷いた瑠璃に、珊瑚は安堵と喜びの吐息を吐き出す。
「湯、もう温くなってないか?」
 それから、湯気の出る量が減った洗面器を覗き込んだ。
「そうだな……確かに温くなったが、もう十分温もったべさ」
「じゃあ、足を拭く」
「頼む」
 瑠璃が洗面器から足を上げると、珊瑚はタオルでその足を包み水気を取る。
 瑠璃は、真剣な表情で、優しく叩くようにタオルを動かす珊瑚を見つめた。
 優しい温もり。
 決して無くしたくない、大切な──。
 手を伸ばす。
 両肩にそっと触れたら、言葉が唇から零れ出ていた。
「お、おい」
 震え掠れる声。
「ヌー?」
 珊瑚が驚いた表情でこちらを見つめてきた瞬間、肩を引き寄せて。
 ふわり。
 額に羽根が舞い落ちるような、一瞬の掠める口づけだった。
 瑠璃はそのまま、珊瑚の体を抱き締める。
 伝えたいのは、珊瑚への感謝と、母が瑠璃にくれた優しさ。
「ありがとう」
 耳元で囁く。珊瑚に届くよう、願いを込めて。
 それから──。
(『愛しい』は、珊瑚の言葉にしたら何て言うんだったか……)
 一方、珊瑚は己の心臓の音を聞いていた。
 何時になく早い。
 瑠璃と触れ合った箇所が熱くて、キスされた額は火が出そうなくらい。ふわふわした感覚。
 ──嬉しい。
 そう、どうにかなりそうなくらい、嬉しいのだ。
「ぐぶりーさびたん(どういたしまして)」
 珊瑚は、やっとそれだけを口にして、そっと瑠璃の背中に手を回したのだった。


●4.

「まさか今日大雪とはなぁ」
 カイン・モーントズィッヒェルは、分厚い雲に覆われた空を見上げた。
 舞い落ちる雪が、吐き出した白い息に踊る。
「そろそろ行くか」
 傍らの温もりに視線を戻して問い掛ければ、真剣な二つの視線がカインに突き刺さった。
「寒いか?」
 カインはゆっくりと手を差し伸べる。
 黒髪のお下げ髪を揺らして、少女は少し戸惑うようにカインとその大きな手を見た。
 くるくる癖の強い黒髪の少年は、そんな少女の様子を窺って、やはり同じようにカインの手を見つめる。
 双子の姉弟──カインが二人の事を知ったのは、つい先日の事。
 オーダー専門のアクセサリー職人であるカインの顧客に、孤児院を経営する母親が居る。打ち合わせの際に偶然上った話題。
 オーガに両親を殺された子供達を主に引き取っているのだが、つい最近やって来た子供達が馴染もうとせずに困っている──そう聞いて、カインは居ても立っても居られなくなった。
 齢5歳の姉弟は心を閉ざし、食事さえも満足に口にしようとしないという。
 即日、孤児院を訪ね姉弟と面会したカインは、ある決意をして自宅へと帰った。

『子供を引き取りたい』

 そう相談したカインに、彼の伴侶、イェルク・グリューンは優しく微笑んだ。
 それからは瞬く間の出来事。
 二人で改めて子供達に面会し、何度も話をして、気の強い兄弟が徐々に心を開いてくれ──そして二人を引き取る事を決めた。
 今日は、姉弟を家に迎え入れる日なのだ。

「家で母さんが温かいココア用意して待ってる」
 カインが微笑んで言うと、姉のステラが恐る恐るカインの手を掴んだ。それに倣うように、弟のシンもカインの手を握る。
 小さな温もりを大切に包み込んで、カインは行くかと促した。


 朝方から降り続く雪は勢いを無くしたようで、イェルクは窓の外を落ち着かない気持ちで眺めながら僅か安堵の息を吐き出した。
 とはいえ、外の寒さは身に染みるだろう。
「ココアを準備しておかないと」
 キッチンに立って、イェルクは面会時の双子の様子を思い出していた。
 お土産にと持っていったココアをイェルクが淹れて差し出した時、二人はとても嬉しそうに飲んでくれた。凄く可愛かった。
(家族が増えるのは嬉しい)
 ヤカンを火に掛け、イェルクは愛おしげに膨らんだ腹を撫でる。
 双子も、この腹の中で育っているカインとの子も、愛おしくて堪らない。
 そう思えるのは、カインがいるから。
 カインが温かな感情を教えてくれた。
(一緒に迎えに行きたかった)
 妊娠6ヵ月の体で雪道は駄目だとカインに止められてしまったのだ。
 不意に、傍でイェルクの様子を見ていたレカーロの天(ティエン)が、ピクリと尻尾を震わせた。
 黒白の子猫、呼春(こはる)もピンと耳を立てる。
 もしかして、とイェルクが思った時、玄関の扉が開かれる気配がした。
 ティエンと呼春が玄関へ駆けていくのに、イェルクも逸る胸を押さえて続く。
 玄関に辿り着くと、ティエンと呼春が尻尾を振る中、カインがステラとシンの体に着いた雪を払っていた。
「おかえりなさい」
 胸が温かくなるのを感じながらイェルクが微笑めば、カインがこちらを真っ直ぐに見て笑みを浮かべる。
「ただいま」
 カインはイェルクの言葉にほっとするのを感じながら、促すようにぽんぽんとステラとシンの頭を撫でた。
「……た、ただいま……」
 双子が声を揃え、ぎこちなく返事を返してくれるのに、イェルクは笑みを深めて三人へ歩み寄った。
 カインと目が合う。
「家はあったけぇな」
 優しくカインに引き寄せられると、指を絡め合い、イェルクは彼と口づけを交わした。
 冷たいカインの唇を感じて、イェルクはその首に両手を回し抱き締める──その身と心が暖まるようにと。
 ステラとシンは、その光景をぽかんと見つめている。
 すると、双子の前ににょきっとティエンと呼春の尻尾が現れた。

 たしたし。

『気にするな、いつもの光景だから』
『その内、慣れる』

 小さな二つの背中を、ティエンと呼春の肉球が押すと同時、何だか二人がそんな事を言っているように双子の姉弟には思えた。

「ん……」
 唇が離れ、イェルクはとろんとした瞳でカインを見てから、突き刺さる視線達に漸く気付いた。
 ティエンと呼春が双子の背中をたしたししている光景が視界に入ると同時、みるみる顔が真っ赤に染まる。
 カインといえば、ああ、いつもの光景だなと納得しつつ笑っていた。
「あの、えっと、これはその……」
 必死で子供達への弁明の言葉(とはいえ、決して悪い事ではないけれども)を探しながら、イェルクは恨めし気にカインを睨む。
「飛び蹴りは却下」
 お腹の子にも触ったらいけないしなと、カインは大真面目に先に釘を打ってきた。
 ぐっと言葉に詰まってから、イェルクは咳払いする。
「お父さんは後でお説教です」
 それよりもと、イェルクは双子の肩に優しく触れた。
「ココアを用意しました。一緒に飲みましょう」
「うんっ」
 姉弟は嬉しそうに頷く。

 そうして、『家族』の温かな生活が始まった。



依頼結果:大成功
MVP
名前:カイン・モーントズィッヒェル
呼び名:カイン
  名前:イェルク・グリューン
呼び名:イェル

 

メモリアルピンナップ


エピソード情報

マスター 雪花菜 凛
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 男性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ビギナー
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 4
報酬 なし
リリース日 02月11日
出発日 02月17日 00:00
予定納品日 02月27日

参加者

会議室


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