貴方の温め方(雪花菜 凛 マスター) 【難易度:普通】

プロローグ

 その日、タブロス市内には雪が降り積もりました。

「わぁ……外、真っ白! 昨日の内に食料とか買いだめしておいて良かったな」
 タブロス市内に住むとある神人は、窓の外の銀世界を眺めてぶるっと身体を震わせました。
 キンキンに冷えている外に、今はとても出ていく気にはなれません。
 温かい飲み物でも入れて、今日は読書でもしていよう。
 そう考えた時でした。
 机の上に置いていた携帯電話がぶるぶると震えて着信音を告げました。
「誰だろ?……あれ?」
 携帯電話を手に取り、ディスプレイに映る名前を見て、神人は慌てて通話のボタンを押します。
「もしもし、どうしたの?」

『……寒い、死にそう』

 電話の向こうでは、精霊がどんよりと暗い声でそう言いました。
 どうやら震えているらしく、ガチガチと歯の当たる音まで聞こえてきます。

『今日の寒さ、ちょっと舐めてた……マジで寒い。
 で、今、お前の家の近くまで来てるんだけど……ちょっと温まりに行ってもいいか?』

「わ、分かった。待ってるよ」
 少し驚きながらも神人がそう答えると、精霊はサンキュと言い残し電話を切りました。
 神人はさっと己の部屋を見渡します。
 幸い、掃除はしたばかりで綺麗……な筈。
 後は、凍えている彼の為に、彼を温めるものを用意しなければ。

「ホットチョコとか……飲むかな?」
 神人はほんのりと頬を染めます。
 チョコレートの意味なんて、彼に伝わるかは分からないけれど……これはきっと、良い機会の筈です。

解説

寒さに震えながらやってくるパートナーを自宅で温めて頂くエピソードです。
寒さに震えるのは、神人さんでも精霊さんでもどちらでも問題ありません。
同居されている方は、外出から戻ってきたパートナーを温める流れとなります。

必ず『寒さに震える側』と『温めてもてなす側』、どちらがどちらか分かるように、プランに明記をお願い致します。

温め方は自由に考えて頂いて問題ありませんが、らぶてぃめっとは全年齢対象です。
公序良俗に反するプランはマスタリングの対象となりますので、ご注意くださいますよう、お願い申し上げます。

パートナーを温める用意をしましたので、「300Jr」消費します。
あらかじめご了承ください。

ゲームマスターより

ゲームマスターを務めさせていただく、『寒い日は布団から出たくない』方の雪花菜 凛(きらず りん)です。

久し振りの通常エピソードとなり、緊張しております。
特に女性側は、本当にお久しぶりです…!
お気軽にご参加頂けますと嬉しいです!

皆様の素敵なアクションをお待ちしております♪

本業多忙のため、締め切りいっぱいまで納品にお時間を頂く可能性がございます。この点、何卒ご了承ください。

リザルトノベル

◆アクション・プラン

かのん(天藍)

 
請負先で春の庭作りの打合せを終え帰宅
日没後の更なる冷え込みに首を竦める
帰宅を知らせる電話をするも天藍も不在の模様
早く帰って彼が帰ってくる前に家を暖めておこうと風を切って急ぎ足

家に灯りが付いている事に気付き、ほっと一息付いて玄関の扉を開ける
靴を脱いだ途端、お帰りと天藍に抱き締められた
着信には気付いていたが洗い物の途中で出れなかった、迎えに行けなくてごめんと言う言葉と共に頬を包まれ
大きな手の温もりに目を細める

不意をついた囁きの反応に困っていると笑いを堪えている気配
…私の反応で遊ばないでください
帰ってきた答えに頬が染まる

まずは夕飯にしようという声と頭に置かれた手
天藍ばかり余裕なのはずるい気がします


夢路 希望(スノー・ラビット)
  ※温

連絡を受け、チョコレートケーキを前にホッとする
スノーくんが帰ってくる前に完成してよかったです
帰ってきたらすぐ温まれるようにこたつを入れて…あと、温かいアップルティーの準備もしておきましょう

お出迎えはまだ慣れていなくてドキドキ
お、おかえりなさい
あ…温かい飲み物、入れてきますね

(ケーキも一緒に持ってきて
ハッピーバレンタイン
…今年も、受け取ってもらえますか?
おずおず尋ね、笑顔に照れ笑い

抱きしめられると恥ずかしさに無言
触れる手がまだひんやりしているのに気付き、見上げ
ブランケット持ってきましょうか?
…わ、私?
少し悩んで、そっとキス
不思議そうにする彼にいたたまれない気持ちになり、胸に顔を埋めて照れ隠し


ひろの(ルシエロ=ザガン)
  廊下:
「ただい、ま」ルシェの手、あったかい。(つい擦り寄る
!?「な、なに」
?(判らない

リビング:
あったかい場所にってこと?(遅れて気づく
「あの。暖炉だけでもあったかいよ」抱えなくても。
なんか、過保護。(照れから俯く

お礼を言って、ココアで両手を温める。痺れるような指先の感覚に、改めて冷えを実感する。
「ここまでしなくてもいいのに」(ぽつり

……。(羞恥で黙り込む
これ重症って言うんじゃ。(嫌じゃない自分を分析
どうしよう。ダメになりそう。

「ルシェは、恋人とかいないの?」(我に返り質問
そうなんだ。(諦める理由が消えて困る
「うん」

風呂への途中:
……ん?
私が大事で。大切で大事なのは一人?(気づきかけ、首を振る


アメリア・ジョーンズ(ユークレース)
  温めてもてなす側

「ちょっと新しいマフラー買って来ます」って言ったっきり、なんで連絡しないの!心配…してたわけじゃないわよ!
はぁ?寒いから温めてほしい?
…た、たまたまミルクティー作ってたから、それ飲めば?
べ、別にアンタの為に作ったんじゃない!笑うな!
そしてどさくさに紛れて後ろから抱きしめて…み、耳元で喋るなバカ!
これじゃ、あたしの方が温められてるみたいじゃない…。
でも、今だから判る、ユークから感じる鼓動と、優しい触り方。
ちょっとは、ドキドキしてくれてるんだ…。
好きだって言われてから随分経つけど…好きなままでいてくれてるんだ。

「…あたしも、好き…だよ…。」

ぼそっと囁いたから、聞こえない…よね?


●1.

 「ちょっと新しいマフラー買って来ます」

 ユークレースがそう言い残し、部屋を出てから数時間。
 アメリア・ジョーンズは、落ち着かない様子で壁の時計と玄関の方向を交互に見ていた。
 窓の外は吹雪いていて、白い雪が道を覆いつくしている。
 よりによってこんな日に、何故彼は出掛けたのか。
 膝の上のファッション雑誌は、一向にページが捲られる気配は無かった。
 テーブルの上の携帯電話は、しんと静まり返ったまま、着信音の一つも鳴らさない。
「……何処に行ってるのよ、あのバカ」
 呟いた声が、温かな部屋の中に頼りなく響くのに、アメリアはソファから立ち上がった。
 キッチンに向かうと、少し冷えてしまった水の入ったやかんを火に掛ける。
 やがてボコボコと沸騰したお湯でティーポットを温めたら、アッサムの茶葉を入れ熱湯を注いだ。
 蒸らす間に、鍋のミルクを温める──この手順は、この数時間の間に何度も繰り返していた。

 ガチャリ。

「!」
 玄関で鍵の回る音。
 アメリアは火を消すと、玄関へと走る。
「はー……寒かったです」
 そこには体に着いた雪を払うユークレースが居た。
「……何処行ってたのよ、このバカ!」
 アメリアが人差し指を突き付けると、ユークレースは瞬きする。
「言いませんでしたっけ? 新しいマフラーを買ってくるって」
「それは聞いたけど!なんで連絡しないの!」
「心配、してくれたんですか?」
 ユークレースは瞳を細め、アメリアを覗き込んできた。アメリアは慌てて顔を逸らし彼に背中を向ける。
「してないわよ!」
「ふーん?」
 冷たい指先が後ろからアメリアの頬に触れた。
「ちょっ……」
 その冷たさに震えてから、抗議を口にしようとしたアメリアは、ユークレースの腕が肩を抱いてきたのに動けなくなる。
 密着してくるユークレースの体はとても冷たい。
 けれど、抱き締めてくる腕の逞しさ、そして伝わってくる彼の鼓動──じんわりとそれらを感じてアメリアは自分の体が火照るのを感じた。
「エイミーさん」
 耳朶に触れる近さで、ユークレースの唇が動く。
「僕、とても寒くて──温めて欲しいんです」
 吐息を感じた瞬間、アメリアは前に駆け出す勢いでユークレースから離れていた。
 耳が熱い。顔から火が出そうだ。
「逃げたら寒いじゃないですか」
 ユークレースが恨めしそうに、腕を前に突き出したままでアメリアを見る。
「ち、丁度ミルクティー作ってたから、それ飲めば?」
 アメリアは真っ赤になった顔を見られないようキッチンに逃げ込むと、ティーポットの紅茶をカップに注いで、それに温めたミルクを合わせた。
「僕の為に準備してくれてたんですか?」
 コートを脱ぎながらユークレースが首を傾ける。
「……た、偶々よ!」
 少し乱暴に差し出された湯気の立つカップを、ユークレースは微笑んで受け取った。
 ゆっくり口を付けたカップは温かくて、床暖房だって丁度良い温度。気遣いが見て取れユークレースの笑みが深まる。
「べ、別にアンタの為に作ったんじゃない!笑うな!」
「そういう事にしておきます。エイミーさん、こっちに来て下さい」
 ユークレースはカップを手にソファに座った。アメリアを手招きする。
「な、何よ。まだ何か欲しいものでもあるの?」
「ええ、欲しいものはありますけど……その前に、エイミーさんにこれを渡したくて」
 ユークレースは訝し気に近寄ってきたアメリアの手を引き、自分の隣に座らせた。
 可愛らしくラッピングされた袋を差し出され、アメリアは瞬きする。
 恐る恐るリボンを解いて包みを開けば、ふわふわなマフラーが現れた。
「エイミーさんに似合うと思って」
 アメリアは言葉に詰まった。マフラーを買ってくるって……あたしの為だったって事?
「中々気に入るのが見つからなくって……遅くなっちゃいました。お陰で冷え冷えです」
 ふわりとユークレースの手がアメリアの肩を抱き寄せた。
 彼の胸の中に居ると気付いた時、アメリアはまた体温が上昇するのを感じる。
「……エイミーさん、凄く温かい……」
 耳元でユークレースの嬉しそうな声。
「み、耳元で喋るなバカ!」
「動いちゃダメですよ。離れたら寒いですから」
 拘束が強まる。
 アメリアは上がりっぱなしの体温に、ぎゅっとユークレースのセーターを掴んだ。
(これじゃ、あたしの方が温められてるみたいじゃない……)
 心臓は早鐘を打っている。重なるユークレースの鼓動も。アメリアは瞳を閉じた。
(でも、今だから判る、ユークから感じる鼓動と、優しい触り方)
 同じくらいに早い鼓動。
 髪を撫でてくる手は、こんなにも優しくて、心地よい。
(ちょっとは、ドキドキしてくれてるんだ……。
 好きだって言われてから随分経つけど……好きなままでいてくれてるんだ)
 そう気付いたら、アメリアの唇は自然と想いを口に出していた。

「……あたしも、好き……だよ……」

 それは小さな小さな囁きで。
 彼には聞こえない。そう思ったけれど。

「……僕も、好きです」

 甘い声と共に、温かな唇がアメリアの唇を塞いだのだった。


●2.

 かのんが打ち合わせを終えて喫茶店を出た時、すっかり日の暮れた銀世界は、更なる寒さを湛えていた。
「遅くなっちゃいました……」
 かのんは白い息を吐き出しながら、携帯電話を手に取る。
 今日は、春の庭作りの打ち合わせで請負先の人達と喫茶店に入ったのだが、思ったよりも時間が掛かってしまった。
 短縮ダイヤルで掛けるのは、彼女の伴侶──天藍の携帯電話だ。
 コール音が数回鳴って、電話が繋がるも留守番電話の応答に、かのんは携帯電話を一度見つめてからメッセージを吹き込む。

「かのんです。今打ち合わせが終わったので、これから帰ります」

 通話を切って、かのんは空を見上げた。
 粉雪が舞っている。天藍もまだ出先ならば、一刻も早く帰って部屋を温めておきたい。
 かのんは足早に駅へと歩き出した。


 天藍が不在着信を告げる携帯電話の通知に気付いたのは、洗い物を片付けて手を拭いていた時だった。
 留守電のメッセージを確認して、天藍は窓の外を見た。
 舞い散る雪が街頭にキラキラ輝いている。外は相変わらず寒いのだろう。
(出先からの帰り道はいくつか)
 天藍は顎に手を当て思案する。出来る事なら迎えに行きたいが、行き違いになる位なら待っていた方が賢明か。
 そうと決まれば──天藍は部屋を見渡す。
 帰宅してから直ぐに暖房を入れたので、部屋の中は温まっている。
 先ほど、夕食に具沢山のスープも作り終えた。
(湯船にお湯も張っておくか)
 冷えて帰ってきたかのんが入浴できるように、天藍は早速浴室の準備に取り掛かった。

 駅から急ぎ足に雪道を急いで、かのんはやがて視界に入ってきた自宅に明りが灯っているのに瞬きした。
 温かな明りは、心に灯を灯す……一人だった時は知る事の出来なかった感覚だ。
 天藍が居てくれる──それがこんなにも幸せな気持ちを運んでくれる。
 かのんはほっと息を吐きだして、更に速くなる歩みで玄関へ向かった。
 青色のリボンが結ばれた鍵で扉を開く。
 家の中はとても温かかった。
「ただいま」
 何度言ってもまだ慣れない帰宅の言葉を控えめに口にして、かのんはコートに着いた雪を払って靴を脱ぐ。
 そして立ち上がった時、
「お帰り、かのん」
 優しい声と共に、広い胸に抱き寄せられた。
 ふわり安心する体温と香り、染み込んでくる声。
「天藍」
 そろりとかのんが天藍の背中に手を回せば、冷たい彼女の髪を労わるように天藍の手が滑る。
「着信には気付いていたんだが、洗い物の途中で出れなかった……迎えに行けなくてごめん」
 そしてその頬を両手で包み込んで、コツンとかのんと額同士を合わせると天藍は申し訳なさそうに眉を寄せた。
「寒かっただろう」
 かのんは瞳を細め、天藍を見上げる。
「今は……とても温かいです」
 大きな天藍の手。触れた箇所から彼の体温と想いが伝わってきて、かのんを優しく温めてくれる。
「夕飯も風呂の支度もできている、どちらが良い?」
 天藍の問い掛けに、かのんは少し思案する表情になった。
 喫茶店では飲み物しか口にしなかったからお腹も減っているが、お風呂で温まるのも捨て難い。
 こういう贅沢な悩みを抱える事が出来るのも、天藍が居てくれるからで、その事がとても幸せだ。
 かのんの口元に無意識に笑みが広がるのを、天藍はじっと見つめていた。
 彼女が何を考えているのか、今は手に取るように分かって、愛おしい気持ちと僅かな悪戯心が湧き上がってくる。
 天藍はかのんの耳朶の唇を寄せた。
 低い声音で囁く。
「……それとも、俺がかのんを温めようか?」
 わざと潜めた声は、かのんの背中を震わせた。
「えっ?」
 瞳を上げてこちらを見たかのんは、みるみる顔を真っ赤に染めて──。
「あ、あの、天藍、何を……!」
 目を見開いて慌てる彼女の可愛らしさに、天藍は思わず声を立てて笑いそうになるのを耐えた。
(2人で暮らし始めて2ヶ月程になるのに、慣れないというか擦れてないというか)
 全くかのんらしい。
 奥手な彼女らしい反応が可愛くて仕方なく、愛おしく思う気持ちが抑えられない。
「天藍?」
 急に口を噤んでしまった天藍を見上げ、かのんは瞬きする。そして気付いた。彼の肩が小刻みに揺れている事に。
「……私の反応で遊ばないでください」
 恨めし気に言えば、天藍はくつくつと笑みを零した。
 そして、真っ直ぐにかのんの瞳を覗き込み、弧を描く唇を開く。
「……結構本気だけど冗談にしておく」
「え?」
 彼の瞳の艶やかな煌めきに胸が大きく脈打って。
 かのんが瞬きした瞬間には、唇に甘い感触が降りていた。
「まずは夕飯にしよう」
 ぽんと頭を撫でた手に、かのんは頬が熱くなるのを感じる。
 熱い。
 頭に置かれた手も、優しい口づけを受けた唇も。
「……天藍ばかり余裕なのはずるい気がします」
 両手で火照った頬を押さえ呟けば、天藍がまた笑う気配がした。
「俺が余裕に見えるなら、それは俺が幸せだからだろうな」
 そう言って天藍はかのんの手を引く。
 繋いだ手が温かくて、かのんは微笑んだ。
 温もりと幸福は何時だって天藍が運んでくれる。


●3.

 白い雪が舞い落ちる空を見上げ、電話を手にしたスノー・ラビットは微笑んだ。
「あ、ノゾミさん? もうすぐ帰るね。何か必要なものはある?」
 電話口に出たパートナーの声に更に笑みを深め、通話を終えるとスノーは喫茶店を後にする。
 喫茶店での手伝いを終え、パートナーと暮らす部屋へ帰る──その事が、スノーの胸を言いようのない幸福感で満たしていた。

 夢路 希望は、通話を終えた携帯電話を手に、完成したチョコレートケーキを見つめていた。
「スノーくんが帰ってくる前に完成してよかったです」
 スノーが仕事に出掛けてから、希望はケーキ作りに励んでいたのだ。
 チョコレートの生地に粉砂糖を雪のように掛けた、見た目も美しい一品。
(スノーくん、喜んでくれるといいな……)
 希望はキッチンを出て窓の外を見てみる。雪はまだ降っているようだった。
 即座に、リビングのコタツのスイッチを入れる。
 それから、林檎を洗い皮付きのイチョウ切りにした。
 ポットにアッサムティーの茶葉と沸かしたお湯を入れストレートティーを作る。
 温めたガラス製ティーポットに湯通しした林檎を入れると、お湯を注いで少し置いてから捨てる。
 そのガラス製ティーポットにストレートティーを入れれば、温かいアップルティーの完成だ。
(そろそろかな……)
 ティーカップも温め、希望は壁時計を見上げる。
 ガチャリ。
 扉の鍵が開く音に、希望は小走りで玄関に向かった。
 出迎えはまだ慣れていなくて、開く扉を見つめながら、胸がドキドキと高鳴る。
 冷たい空気と共に、スノーの姿が──希望の姿を見て、優しく微笑む彼。
「お、おかえりなさい」
「ただいま」
 少しぎこちなく笑顔で希望が言えば、スノーも輝くような笑顔を返してくれる。
「家に帰れば大好きな人がいるって幸せだね」
 スノーがそう言ってニコニコすると、更に希望の頬が赤く染まった。
「あ……温かい飲み物、入れてきますね」
「ありがとう」
 パタパタとキッチンへ走っていく希望の後ろ姿を見つめ、スノーは洗面所へと向かった。
 きちんと手洗いとうがいを済ませ、リビングのコタツへもぞもぞと潜り込む。
「あったかい……」
 思わずコタツのテーブルに頬を付けてぬくぬくしていると、希望がトレイを手にやって来た。
「スノーくん、お待たせしました」
「わぁ……」
 目の前に置かれたケーキ、甘い林檎の香りのする紅茶にスノーはパァと顔を輝かせる。
 既製品にはない優しい雰囲気のチョコレートケーキは、ハート型に切った苺とバニラアイスが添えられており、見た目も可愛らしい。
「ハッピーバレンタイン」
 スノーの前に座って、希望は瞳を細めた。早鐘を打つ胸元を押さえて、スノーを見つめる。
「……今年も、受け取ってもらえますか?」
 おずおずと尋ねれば、スノーは首を大きく縦に振った。
「勿論!」
 希望はほっと息を吐き出す。
「ノゾミさんの手作りだよね?」
 スノーがフォークを持って言うのに、頬を染めた希望は視線を彷徨わせながら小さく頷く。
「えへへ……嬉しいな。いただきます」
 スノーは丁寧にケーキをフォークで切って、口に運んだ。ゆっくり味わって咀嚼する。
 その様子を希望は緊張した面持ちで見守った。
「ノゾミさんの気持ち、とっても甘くて美味しいね」
 うんと頷いて、嬉しそうに笑うスノーに、希望の顔にも輝くような微笑みが浮かぶ。
「アップルティーもすっごく美味しい。……幸せ」
 美味しいと幸せを連呼しながらケーキと紅茶を味わうスノーを、希望もまた幸せを感じながら見つめていた。

「ノゾミさん、ちょっとこっちに来てくれる?」
 ケーキと紅茶を綺麗に平らげて、スノーは希望を手招きした。
 小首を傾げながら希望が隣に移動すれば、スノーの手が彼女の肩を抱き寄せてすっぽり抱き締めてしまう。
「ノゾミさん、温かい……」
「……!」
 希望は顔が熱くなると同時、触れてくるスノーの手が冷たい事に気付いた。
 慌てて顔を上げてスノーを見れば、至近距離で鮮やかな赤の瞳と目が合う。
 近過ぎる距離に更に頬が熱を持つも、希望は何とか口を開いた。
「ブランケット持ってきましょうか?」
「ブランケットよりノゾミさんに温めてもらいたいな」
「……わ、私?」
 スノーは、光加減で焦茶に見える希望の瞳が迷うように揺れるのを、綺麗だなと見つめる。
 やがて、希望の瞳が決心したように瞬いて──二人の距離がゼロになった。
 唇に触れた熱が離れて、スノーは大きく瞬きする。
 きょとんと不思議そうにしている彼に、希望は一気に羞恥心が吹き上がって、思わず彼の胸に顔を埋めた。
 一方、スノーはキスをされたのだと自覚すると同時、唇から全身に熱が広がっていくのを感じていた。
 熱がどんどん伝染し……体も心も温かい。
(新しい契約に不安もあったけど……恋人のノゾミさんは、僕だけのものだよね)
 熱はスノーの全身を支配して、幸福感で満たしていく。
「ありがとう、ノゾミさん……」
 スノーはそっと希望の顔を上げさせると、今度は自分の熱を希望に伝えたのだった。


●4.

 ひろのは、家の中の温かさにほっと息を吐き出した。
 身を切るような外の寒さは、雪国出身のひろのには懐かしさを覚えるものだったけれども。
「お帰り」
 自室へと廊下を歩いている所で、聞こえてきた声にひろのは足を止める。
「唇が青いな」
 口を開こうとしたひろのよりも早く、ルシエロ=ザガンの指が彼女の頬に触れた。
 頬へと添えられたルシエロの手は大きくて、ひろのは瞬きする。
 親指が唇をつっとなぞった。
「ただい、ま」
 ひろのはルシエロを見上げる。タンジャリンオレンジの瞳と目が合った。
(ルシェの手、あったかい)
 頬を覆う温かさに、ひろのは無意識に擦り寄る。
 その様子に瞳を細めると、ルシエロは彼女の背中に手を回した。
「!?」
 突然の浮遊感に、ひろのは目を丸くする。
「な、なに」
 抱き上げられていると気付くのに、たっぷり5秒は掛かった。
「俺が運んだ方が早い」
 ルシエロは、ひろのを所謂お姫様抱っこして歩き出している。
「?」
 意図が理解できず、ひろのは何度も瞬きする。
 リビングに入り、暖炉の前に辿り着くと、ルシエロはひろのを抱き抱えたまま椅子に腰を下ろした。
 パチパチと炎が弾ける音と、オレンジの温かな光と空気がひろのを包む。
「風呂の準備を頼む」
「かしこまりました」
 控えていた老婦人──ルシエロのばあやだ──が、一礼して部屋を出ていくのを見た所で、ひろのは漸く気付いた。
(あったかい場所にってこと?)
 じっとルシエロを見上げれば、彼はふっと口の端を上げる。
「風呂の準備が出来るまで、ここで温まればいい」
 確かに暖炉はとても温かい。触れ合っているルシエロの体も──そこで、ひろのはルシエロに抱えられたままである事を思い出す。
「あの。暖炉だけでもあったかいよ」
 抱えなくても。
 目線で訴えると、ルシエロは離れる所か、ひろのの髪に頬を寄せ更に密着してくる。
「こうしている方が、早く暖まるだろう?」
 暖炉の明りに茶色に輝く黒髪に唇を寄せれば、氷のような冷たさだ。
(またこんなに体を冷やして、懲りないな)
 離す気はないと、意思表示するようにルシエロはひろのの髪を撫でた。
 ──なんか、過保護。
 ひろのは思わず俯いた。触れてくるルシエロの指はとても優しくて。近い位置にある彼の顔を直視できない。
「失礼いたします」
 ノックの音と共に、ばあやが部屋に戻ってきた。彼女が持つ銀色のトレイの上には、湯気を立てるカップがある。
「入浴の準備が出来るまで、こちらでお温まり下さい」
「助かる。ほら、ヒロノ。ココアだ」
 ルシエロがカップを受け取り、ひろのへ差し出す。
 両手でカップを持つと、ひろのの指にじんわりと熱が伝わった。痺れるような指先の感覚に、改めて冷えを実感する。
 温かいココアはとても甘くて美味しい。
 一礼して部屋を後にするばあやを横目に、ひろのはぽつりと呟いた。
「……ここまでしなくてもいいのに」
 温かな気遣いに嬉しい反面、申し訳ないようなそんな気持ち。
 ルシエロが喉を鳴らして笑った。
「それだけオマエを大事に想っているんだ」
 何でもない事のように言い放たれた言葉が、ひろのの全身を駆け巡った。
「……」
 言葉が、出てこない。
 頬が熱くなるのを感じる。
 ルシエロの視線が、背中を撫でる手が、とてつもなく恥ずかしく感じた。
 なのに、少しも嫌じゃない。
 伝わる体温も、鼓動も、息遣いも。全部。
(これ重症って言うんじゃ)
 『大事』と言われた事が、こんなにも嬉しい。
(どうしよう。ダメになりそう)
 ぎゅっと握ったココアのカップ。ココアで良かったと思う。水面に自分の顔が映ったら、きっと真っ赤になっているのが分かってしまうから。
 一方、ルシエロは黙ってしまったひろのを見つめていた。
 帰宅時より、頬に赤みも戻ってきた。風呂で温まれば、風邪は引かずに済むだろう。
 背中と髪を撫でて、体温を移すように抱き抱える。
「ルシェは、恋人とかいないの?」
 不意に、ひろのが口を開いた。
 ルシエロは瞬きしてひろのを見る。彼女は俯いたまま、こちらに顔を向けようとはしない。
 ふっと息を吐いて、ルシエロは瞳を細めた。
「いない。大切で大事なのは一人だからな」
「……」
 そうなんだ。
 ひろのは心で呟いてから、カップを持つ手に力が籠るのを感じた。
 我に返って、そもそもルシエロに恋人が居れば、自分の入る余地なんてない──そう思ったのに。
 どうしよう。彼を諦める理由が、ない。
 再び沈黙するひろのに、ルシエロの唇が弧を描く。
(鈍いというか、疎いというか)
 盛大に仄めかしてしまったというのに。
 その時軽いノックの音と共に、入浴の準備が出来たとばあやが告げに来た。
「風呂が沸いたようだ。温まって来い」
「うん」
 ルシエロから床に下ろして貰えば、離れた体温に名残惜しい気持ちになって。
 ひろのは早足でリビングを後にした。
「……ん?」
 廊下を歩きながら、ひろのはふと引っ掛かりを感じる。
(私が大事で。大切で大事なのは一人?)
 ──まさか。
 ひろのは首を振り、考えるのを止めたのだった。



依頼結果:大成功
MVP

メモリアルピンナップ


( イラストレーター: Q  )


エピソード情報

マスター 雪花菜 凛
エピソードの種類 ハピネスエピソード
男性用or女性用 女性のみ
エピソードジャンル ハートフル
エピソードタイプ ショート
エピソードモード ビギナー
シンパシー 使用不可
難易度 普通
参加費 1,000ハートコイン
参加人数 4 / 2 ~ 4
報酬 なし
リリース日 02月11日
出発日 02月17日 00:00
予定納品日 02月27日

参加者

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